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縁【拾伍】《エニシ【ジュウゴ】》

間が空いてしまいましたが更新します。

姚妃(ヨウヒ)は本当に元気な子だった。姉や兄達に甘やかされて少しばかり()が強かったけれど、(アブ)ない事や行ってはいけない事はきちんと教えてくれている事に(シン)悧羅(リラ)も胸を()で下ろすことが出来た。上の子ども達の溺愛(デキアイ)ぶりからして(スベ)てを(ユル)してしまうのではないかと(イササ)か不安だったのだ。子ども達だけならず舜啓(シュンケイ)までも姚妃(ヨウヒ)を自分の子のように可愛(カワ)いがっていて、媟雅(セツガ)(ツト)めの休みの前には姚妃(ヨウヒ)(ネム)るのを許しているだけでなく、自分が休みの前にも(アズ)かるほどだった。


媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)(チギ)りの日取(ヒド)りも決まり易者(エキシャ)によれば一月後(ヒトツキゴ)新月(シンゲツ)(ヨル)()かろうということでその日に決まっている。宮を出るかの話は(トド)まって良いのであればこれ以上(ウレ)しいことはない、と舜啓(シュンケイ)が顔を(カガヤ)かせたらしい。


「悧羅の(ソバ)にずっと居れるって事でしょ?やったね」


鼻唄(ハナウタ)でも歌い出しそうに喜んでいた、と媟雅(セツガ)に聞かされて紳も悧羅も苦笑してしまった。それは媟雅(セツガ)としてはどうなのだろうと(オモンバカ)ったのだが、言ったでしょ?、と媟雅(セツガ)は笑うばかりだった。


「もともと舜啓(シュンケイ)母様(カアサマ)(ヨメ)にしたかったって言ってたし?仕方(シカタ)ないから父様(トウサマ)(ユズ)ったって。それって本当なの?」


苦笑しながら(タズ)ねる媟雅(セツガ)に、そんな事もあった、と紳と悧羅は(タガ)いに顔を見合わせて笑う。あれは舜啓(シュンケイ)(ヨッ)つの(コロ)だったろうか。紳とでなければ(チギ)るつもりもなく、かといって想いを伝えられるはずもなく一人()()てるのを(タダ)ひたすらに待ち続けていた。舜啓(シュンケイ)に父母である白詠(ビャクエイ)咲耶(サクヤ)のようになりたい者は居ないのかと問われた悧羅が、居るが(カナ)わぬ願いだと教えた時に、自分の(ヨメ)にすると言ってくれた。幼子(オサナゴ)なりに悧羅を(オモンバカ)っての事だと思っていたが舜啓(シュンケイ)本心(ホンシン)から言ってくれていたようだ。媟雅(セツガ)身籠(ミゴモ)る事が出来て紳と(チギ)りを結べることになった時に(オサナ)舜啓(シュンケイ)が紳に言ったのだ。


「じゃあ仕方(シカタ)ないね。紳にあげるよ」


その時の紳が(ハラ)(ソコ)から笑っていたのを思い出す。


「そうそう。俺、(ユズ)られたんだよ。媟雅(セツガ)を悧羅が身籠(ミゴモ)ってくれて、悧羅が(チギ)りを結びたいけど出来ない奴がいるって教えてたからね。それが俺だって分かって仕方(シカタ)ないからあげるよって言われた」


その時の事を思い出して紳がまた可笑(オカ)しそうに笑い出した。


(ヨワイ)(ヨッ)つの舜啓(シュンケイ)にだぞ?もう面白(オモシロ)いったらなかったよ」


全部媟雅(セツガ)のお(カゲ)なんだよ、と声を上げて笑う紳に、身の(ホド)知らずだなあ、と媟雅(セツガ)も笑っている。


舜啓(シュンケイ)にとって母様(カアサマ)はその頃からの(アコガ)れだからね。今となっては笑い話にしてるけど本当に父様(トウサマ)(ユズ)って良かったっても言ってたよ。自分じゃあ母様(カアサマ)(ササ)え切れなかっただろうからってさ」


「おやまあ。そのような事を言うてくれておるのかえ?それは(ウレ)しゅうあるのお。子同然(ドウゼン)であった舜啓(シュンケイ)がほんに(ワラワ)(セガレ)になってくれる事だけでも喜ばしいというに。…何より媟雅(セツガ)伴侶(ハンリョ)として(サイワイ)にすると(チコ)うてくれたでの」


くすくすと笑う悧羅に媟雅(セツガ)も、うん、と微笑(ホホエ)む。悧羅は(アコガ)れの存在で特別に大切なのは変わらないが自分の手で(サイワイ)にしたいのは媟雅(セツガ)だけだと言ってくれた。娘である媟雅(セツガ)も悧羅に(アコガ)れを(イダ)いているし舜啓(シュンケイ)の言う特別に大切なのだ、という意味も分かっている。それは恋慕(レンボ)とは(チガ)う。羨望(センボウ)なのだ。そして悧羅をそこまで大切に思ってくれている舜啓(シュンケイ)だからこそ媟雅(セツガ)もその腕の中に(モド)りたいと願った。大切な事を(カク)さずに伝えてくれてどんな媟雅(セツガ)でも受け入れると言ってくれた。その言葉がどれほど媟雅(セツガ)の心を()かしてくれたのか舜啓(シュンケイ)は知る(ヨシ)もないだろう。(チギ)りを結んで血が()ざり合えばそれも伝わってしまうかもしれないが、それで良いとさえ思えるほどに媟雅(セツガ)の心は(オダ)やかだ。


「なれど媟雅(セツガ)が宮に残ると言うてくれて(ワラワ)(ウレ)しゅう思うておるよ。何より妲己(ダッキ)が付いていくと言い出さぬか(アン)じておったほどに」


「…妲己(ダッキ)は私に甘すぎるんだよ」


悧羅の(トナリ)(バベ)っていた妲己(ダッキ)が、なんの、と声を上げて体躯(タイク)を起こして媟雅(セツガ)の後ろに(ハベ)った。


“姫は(ワレ)がお育てしたのですぞ?お姿が見えなくなるなど(サミ)しゅうなるではありませぬか。(マン)が一、宮を出ると(モウ)しておられたならば毎日お顔を拝謁(ハイエツ)に行っておったことでしょう”


付いて行くとは言わないが、と小さく鳴く妲己(ダッキ)を、分かってるよ、と媟雅(セツガ)が抱きしめる。


妲己(ダッキ)はいつだって私の味方(ミカタ)でいてくれるもんね。母様(カアサマ)から離れる事は出来ないから付いては来てくれないだろうけど、私も妲己(ダッキ)と離れたくは無かったから残れるのは本当に安心したよ」


“そう(モウ)していただけるなど(ホマレ)(キワ)みでございますな。時折(トキオリ)(ワレ)とも共に眠って下さいますか?”


くっくっと笑う妲己(ダッキ)一層(イッソウ)強く抱きしめて、もちろん、と媟雅(セツガ)(ヤワ)らかな毛並(ケナ)みに顔を(ウズ)める。妲己(ダッキ)にとって媟雅(セツガ)が特別であるように媟雅(セツガ)にとっても妲己(ダッキ)は特別なのだから、離れて(サミ)しくないはずが無かったのだ。


姚妃姫(ヨウヒヒメ)の後は媟雅姫様(セツガヒメサマ)御子(オコ)(タワ)むれることが出来ましょう。とはいえ姚妃姫(ヨウヒヒメ)もおられますのでやはり背に(カゴ)を乗せることになりましょうや”


「そんなことしなくったって尾で(ツツ)めるでしょ?」


笑うと媟雅(セツガ)を長い尾で抱きとめて引き寄せられると(ツツ)まれなれた(ニオ)いに大きく息をついてしまう。妲己(ダッキ)(ツツ)まれると身体(カラダ)は成長しても心は幼子(オサナゴ)に戻ってしまう気がした。


「…妲己(ダッキ)がずっと(ソバ)に居てくれたらいいのになあ…」


ぽつりと(ツブヤ)いてしまうと、おやおやと尾で(タタ)かれた。


(ワレ)何処(ドコ)にも行きませぬよ。(アルジ)のお(ユル)しがあれば姫の御側(オソバ)(ハベ)っておってもよろしいのですが…。(ワレ)(アルジ)は無理ばかりなされますので目を離せないのでございますよ”


(ナダ)めるような妲己(ダッキ)に、分かってるよ、と媟雅(セツガ)(ウナズ)く。妲己(ダッキ)にとっても悧羅は唯一無二(ユイイツムニ)(アルジ)だ。媟雅(セツガ)が産まれる前からずっと悧羅を(ササ)えてきたのだろうから無理に離れて欲しいとは思わない。


「何じゃ、話を聞いておれば(ワラワ)が悪いことをしておるような気になるのう」


くすくすと笑いながら悧羅が妲己(ダッキ)()でる。


(ワラワ)定命(ジョウミョウ)()きらば妲己(ダッキ)の好きにしてよいのだがな。まだ(ワラワ)妲己(ダッキ)がおらねば(サミ)しゅうなるでの。なれど時には媟雅(セツガ)(ソバ)におりたいのであれはそうしてもろうてもよろしいえ?…どうにも媟雅(セツガ)の方が(サミ)しゅう思うておるようであるからの」


笑う悧羅に、またそのような縁起(エンギ)でもないことを、と妲己(ダッキ)が顔を上げた。まだまだ永く世に(トド)まってもらわなければ、と(シカ)ると、本当だよ、と紳が同意を(シメ)す。


「そんな先のことまで考えてたら今を楽しめないじゃないか。…まあでも媟雅(セツガ)は思ってるより()れてるのかもしれないね」


()れてる?、と妲己(ダッキ)から少し身体を起こした媟雅(セツガ)に、うん、と紳が頭を撫でてくれる。宮を出ないとはいえ舜啓(シュンケイ)(チギ)りを()わすことがどのような事になるのか思い(エガ)くのは(ムズカ)しいだろう。(オダ)やかに過ごして()()()を待ち望んでいても小さな不安はあるものだ。それは新しく共に生きる者を見つけたは良いが、本当にこれが正しい選択(センタク)だったのか、と時折(トキオリ)う考えてしまうことにもなるだろう。悧羅でさえ夜伽(ヨトギ)の相手としての紳は受け入れたが(チギ)ると覚悟(カクゴ)してくれるまでにはそれなりの(ジカン)(ヨウ)していた。


媟雅(セツガ)身籠(ミゴモ)ってくれたから覚悟(カクゴ)を決めてくれたに過ぎない。それまでは紳がもしも子を欲しいと思った時にはすぐに手放(テバナ)すつもりでいたのだから。鬼の永い(セイ)だからこそ(チギ)りの相手を見つけるのは(ムズカ)しい。恋仲(コイナカ)の時とは違い、何かが違うとは思っても離縁(リエン)するとなれば又それなりに苦労(クロウ)(トモナ)うし何より血を混ぜる事で全てを相手に知られてしまうのだから易々(ヤスヤス)離縁(リエン)も出来ないのだ。


だからこそ()()()()と思える者を見つけるにはそれなりに(ジカン)覚悟(カクゴ)がいる。


舜啓(シュンケイ)なら大丈夫(ダイジョウブ)だと思ってても心の何処(ドコ)かに(チギ)って変わることに少し(コワ)さを感じてるんだよ。血が混ざり合う事で今まで知らなかった相手の事や自分のことまで知られる事にもなるしね」


ふうん、と媟雅(セツガ)は紳を見る。自分では(オダ)やかに()()()を待ち望んでいているつもりでも周りから見ればそう見えてしまうのかもしれない。


「…あんまり考えた事なかったけど…。(サミ)しそうに見えてた?」


首を(カシ)げて(タズ)ねる媟雅(セツガ)に、少しね、と紳が小さく笑ってみせた。頭に乗せた手で媟雅(セツガ)の髪をくしゃくしゃと混ぜながら、大丈夫だって、と言い聞かせる。身体を(アズ)けていた妲己(ダッキ)も、少しばかりは、と長い尾で顔を()でた。


母様(カアサマ)もそんな気持ちになったりした?」


自分が感じてもいなかった事を言われて戸惑(トマド)いながら悧羅に(タズ)ねると、うん?、と悧羅が首を(カシ)げる。


「…(サミ)しゅう思うた…という事はなかったの…。なれど(ワラワ)(ゴウ)に紳を巻き込むは少しばかり戸惑(トマド)うたかの…。何より(ワラワ)は紳とは(チギ)りたくとも(チギ)れぬと思うておったに」


小さく笑いながら(コタ)える悧羅に、ああそうか、と媟雅(セツガ)(ウナズ)いた。


夜伽(ヨトギ)の相手としてならば(ソバ)に置いておいても良かったであろうが、(チギ)るとなれば話が(チゴ)うてくるでな。…媟雅(セツガ)が来てくれなんだら覚悟(カクゴ)は決まらなんだままであったろうの」


くすくすと笑う悧羅を引き寄せながら、だろうね、と紳が苦笑している。


「俺が子を欲しがったら手を(ハナ)すつもりでいたみたいだからね、悧羅は。ほんと媟雅(セツガ)が来てくれて良かったよ。でないと今頃こうしていられなかったんだからね」


庭で遊ぶ姚妃(ヨウヒ)と上の子ども達、哀玥(アイゲツ)の姿を紳が指さした。


「俺たちの(サイワイ)は全部媟雅(セツガ)が持って来てくれたんだよ。だから一番(シアワセ)になって欲しいし、舜啓(シュンケイ)だったら大丈夫(ダイジョウブ)だって思ってるから(マカ)せるんだ。…まあ違ったら(モド)ってくればいいだけの話だ」


「…おやまあ。(チギ)りもまだというにそのようなせんないことを…。なれど宮に(トド)まってくりゃるのだえ?何かあらば紳や妲己(ダッキ)に言えばよい。無論(ムロン)(ワラワ)で良ければいつでも聞くに。媟雅(セツガ)(オノ)が心のままに動けばよい」


優しく微笑(ホホエ)んで言う悧羅に、うん、と媟雅(セツガ)も笑う。悧羅でさえも少し(ナヤ)んだと聞いて安心したのか、確かに少し(サミ)しい気がしてくる。(チギ)りを()わすということは生まれ育った者達から離れてしまうと思っていたのは事実だ。新しく伴侶(ハンリョ)となってくれる舜啓(シュンケイ)と二人の間に生まれて来てくれるであろう子を守っていかなければならないから。


(チギ)りを(ムス)んだからって父様(トウサマ)母様(カアサマ)の子どもじゃ無くなるわけじゃないもんね」


ぽつりと(ツブヤ)いた媟雅(セツガ)に、当たり前だ、と紳も悧羅も大きく(ウナズ)いた。


(コマ)ったことがあれば(タヨ)れば良い。一緒の宮に居るんだから遠慮(エンリョ)もいらないだろ。媟雅(セツガ)は俺たちの大事な(ムスメ)だってことは変わりゃしないんだからね」


媟雅(セツガ)(サイワイ)であればそれが何よりじゃ」


大きく(ウナズ)いて、そうだ、と思い出したように媟雅(セツガ)が手を(タタ)いた。


「お願いがあるんだけど」


願い?、と問い返す悧羅に媟雅(セツガ)は貸して欲しい物がある、と言う。紳や悧羅が持っている物であれば何でも貸せるが媟雅(セツガ)が欲しがる物を二人が持っていただろうかとも思う。何かあったっけ?、と不思議(フシギ)そうに悧羅を見る紳に、分からぬなと微笑みを返す。


父様(トウサマ)母様(カアサマ)(チギ)りの()で使った小刀(コガタナ)って貸してもらえるのかな?」


「…ああ、あれねぇ…」


苦笑しながら紳が悧羅を見る。もちろん残っているし(チギ)りの()の後、荊軻(ケイカツ)(タノ)みこんで(ユズ)ってもらった。代々(ダイダイ)(オサ)(チギ)りで使われて来た物であるから(ノチ)(オサ)(チギ)りでも必要なのだ、とは言われてかなり(シブ)られたのだが()()()()()(ホカ)(ワタ)したくも使わせたくもなかった。悧羅が自分の子袋(コブクロ)(ツブ)す事に使った物だ。荊軻(ケイカツ)の気持ちも分からないでは無かったけれど、悧羅との(チギ)りが終わった後は紳の(イマシ)めとして持っておきたかった。


我儘(ワガママ)言ってるのは分かってるけど、悧羅が子袋(コブクロ)(ツブ)す事に使った(カタナ)だ。俺たちの(チギ)りには一番良い物だったけど、それを(ホカ)(ヤツ)には使って欲しくないんだ」


かなりの我儘(ワガママ)であったことは分かっていた。だが(ユズ)れなかった。仕方(シカタ)ございませんね、と溜息(タメイキ)混じりに渡してくれたが新たに小刀(コガタナ)を作るとは言っていなかった。荊軻(ケイカツ)としては新たに作ることで悧羅の御世(ミヨ)が終わりを()げるような気がしていたのだろう。それからずっと紳が持っている。悧羅も知らない事なのだが、こんな場で教える事になるとは思ってもいなかった。


「…荊軻(ケイカツ)が持っておるとは思うが…。()()を使いたいのかえ?」


何も知らない悧羅が媟雅(セツガ)に問いかけている。


「うん。父様(トウサマ)母様(カアサマ)(チギ)りに使った物を使えれば少しでも二人みたいに仲睦(ナカムツ)まじくいれるんじゃないかなぁって…。私が勝手(カッテ)に思ってるだけでまだ舜啓(シュンケイ)には伝えてないんだけど」


どうかな、と(タズ)ねてくる媟雅(セツガ)に悧羅は少しばかり(コマ)ったような笑顔を向けている。


「…あまり縁起(エンギ)の良い物ではないのだがな…」


紳と悧羅の(チギ)りを結ぶためにはこれ以上ない物であったけれど、一度はもう(ツナガ)る事はないと思って自分の子袋(コブクロ)(ツブ)すために使ったものだ。血に(マミ)れている物で媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)(ヨロコ)ばしい門出(カドデ)(ケガ)してしまうのではないか、とも思ってしまう。ちらり、と紳を見るとどうやら同じ思いのようで思い(ナヤ)んでいるようだ。(コタ)えを出しかねている二人に、分かってるよ、と媟雅(セツガ)が言う。


母様(カアサマ)子袋(コブクロ)(ツブ)すのに使った物だって。それだけ大事な物なんだってことも分かってる。でもだからこそ二人の娘として()()を使わせてもらいたいの」


「…いやねぇ…、だけどさ…」


「それに父様(トウサマ)母様(カアサマ)(ツナ)いでくれた物だよ?縁起(エンギ)が悪い物なんかじゃないよ」


ずいっと身を乗り出して、お願いと()われて紳は悧羅を見た。(コマ)ったような顔はしているが媟雅(セツガ)の強い思いが伝わってきてどうやら折れるしかないと考えているようだ。小さく嘆息(タンソク)して紳が、分かった、と(ウナズ)いた。紳、と名を呼ばれて小さく微笑む悧羅にもう一度(ウナズ)いてみせる。


「ここまで決めてるならね。それに俺と悧羅を(ツナ)げてくれたのは媟雅(セツガ)だ。…だったら媟雅(セツガ)にも使ってもらった方が良いのかもしれない」


では荊軻(ケイカツ)に、と悧羅が言うがそれは必要ないと紳は笑う。


「俺が持ってるから。()()()には出すよ」


その言葉に(オドロ)いたのか悧羅が、は?、と声を上げた。それに笑って引き寄せる腕に力を込めながら(ホオ)に口付ける。


「大事なものだからね。これから先(ダレ)にも使わせるつもりはなかったんだよ。…俺の(イマシ)めとしても持っておきたかったから荊軻(ケイカツ)に無理言って(ユズ)ってもらってたの」


(イマシ)めなどとせんないことを…」


嘆息(タンソク)する悧羅に笑う紳が、でも媟雅(セツガ)ならいいよ、と目の前に座る(ムスメ)に向き直った。


「そんなに大事な物なら無理は言わないんだけど?」


心配そうな媟雅(セツガ)に、大丈夫だよ、と笑ってみせる。


「さっきも言ったけど俺と悧羅をもう一度結びつけてくれたのは媟雅(セツガ)が来てくれたからだ。その媟雅の願いとくれば(コトワ)り切れないよ。…でも返してくれよ?記念に取っておきたいって言われても(ユズ)れないからな?まあ、俺が死んだら形見(カタミ)として持っておいてくれると(ウレ)しいけど」


「そっちの方が縁起(エンギ)でもないよ。まだまだ先の事なんだから今からそんな事言わないで。大体(ダイタイ)、子どもの私達より若々しくなってるんだから、長生きしてもらわないと嫌だからね?」


形見(カタミ)だなんて、と(ホオ)(フク)らませる媟雅(セツガ)に紳が声を上げて笑う。元より早く死ぬつもりなどない。悧羅と共に居れるようになってまだ三十余年(ヨネン)しか()っていないのだから。


「そんなつもりは(マッタ)くないよ。悧羅と(ハナ)れてた倍の年月くらいは一緒にいたいからね」


ね?、と視線を落とされた悧羅が当たり前じゃと苦笑している。


「まだまだ離れておった分は取り返せてはおらぬからの」


鈴を転がすように笑う悧羅に紳も笑う。その姿を見ながら妲己(ダッキ)可笑(オカ)しそうに声を(コラ)えながら笑い出している。


(アルジ)らの様に仲睦(ナカムツ)まじくおるは(タガ)いを(タツト)びおうておられるからこそ。姫と舜啓(シュンケイ)であらば大事(ダイジ)ございませんよ”


長い尾で身体を巻き取られて引き寄せられるとまた妲己(ダッキ)のふわりとした毛並(ケナ)みに(ツツ)まれた。


「確かに相手を(タツト)べなくなったら駄目(ダメ)だろうね。でも喧嘩(ケンカ)はしそうだなぁ。父様(トウサマ)母様(カアサマ)喧嘩(ケンカ)なんてしてないけど、そこは真似(マネ)出来なさそう」


小さく笑いながら言うと妲己(ダッキ)も笑い続けている。


“その時は(ワレ)舜啓(シュンケイ)()み付いてやりましょうや”


「私が悪いかもしれないじゃない?」


“その様な事は良いのです。姫を傷つけたとあらば(ワレ)制裁(セイサイ)(クダ)すのみ。(ワレ)は何があろうと姫の味方でございますれば”


笑い続ける妲己(ダッキ)に、本当に甘すぎるよ、と媟雅(セツガ)は苦笑するしかなかった。



その()、自室に戻ってしばらくして舜啓(シュンケイ)(モド)ってきた。悧羅が調べていた事はまだ全て調べ終わってはおらず時折(トキオリ)荊軻(ケイカツ)から舜啓(シュンケイ)(タノ)み事として願われるらしい。元より手伝(テツダ)うと子ども達も言っていたし、舜啓(シュンケイ)(ミズカ)ら手を()げた。だが少しばかり調べにくい場に舜啓(シュンケイ)が行くことが多いのは媟雅(セツガ)には心配だった。それだけ舜啓(シュンケイ)能力(チカラ)荊軻(ケイカツ)が認めているということなのだけれど、出来れば子ども達の(ダレ)かを(トモ)なわせて欲しいものだ。


今回は休みが(カサ)なった事もあり媟雅(セツガ)が共に行くと行ったのだが、駄目(ダメ)だと言われた。あまり見せたくない事でもあるのだろうとは思ったけれど、悧羅に(カカ)わることなので媟雅(セツガ)は知っておきたいのだ。


「だから媟雅(セツガ)はそうやって(カカ)え込み過ぎるんだよ。紳と悧羅の長子(チョウシ)だからってあんまり肩を張る必要ないってば。これからは俺も半分背負(セオ)うんだし、たまの休みくらいゆっくりしときなって」


媟雅(セツガ)の心を見透(ミス)かしたように笑われて結局連れて行ってはもらえなかった。けれど、途中(トチュウ)忋抖(カイト)(ヒロ)ったらしい。(ツト)めの方向が同じだったらしいのだが、まあ忋抖(カイト)が共に行ったのであればと帰ってきた舜啓(シュンケイ)の話を聞きながら媟雅(セツガ)安堵(アンド)した。里の中で(アヤ)うい場などあるはずもないのだが調べている事に(カカ)わる者たちの中に千賀(センガ)のような者が居ないとも(カギ)らないのだ。媟雅(セツガ)自身も調べに行くことがあるからわかる事だが皆が短命(タンメイ)であることを受け入れているわけではない。あくまで(ツト)めの見廻(ミマワ)りを(ヨソオ)って行くのだけれど、(トコ)()している者やその縁者(エンジャ)達からは、何故(ナゼ)自分たちばかりという声も聞かれるのだ。


調べに(クワ)わることが決まった時に紳と悧羅から王母(オウボ)(イカ)りについては聞き(オヨ)んでいたけれど何も知らずに血を(ツナ)いで来た者達にとっては何故(ナゼ)という思いが()くのも当然(トウゼン)のことだろう。そこまでして王母(オウボ)が悧羅に(コダワ)(コトワリ)は分からないけれど悧羅が里にとっても民達(タミタチ)にとっても必要であることくらいは分かる。何より手の(トド)かない場に住まう王母(オウボ)は神の一人だ。その胸中(キョウチュウ)や考えを媟雅(セツガ)に分かろうはずも無かった。


「とりあえず無事(ブジ)(モド)ってくれて良かったよ。…またあんまり聞きたくないような事も聞いたんでしょ?」


自室に入る時に舜啓(シュンケイ)が持ってきた酒を()いでやりながら(タズ)ねると、まあね、と苦笑している。


荊軻(ケイカツ)さんには(シラ)せてるから問題ないよ。だけどなかなか進まないね。血を追うっていうのも(ムズカ)しいよ。って言っても荊軻(ケイカツ)さんが調べた縁者(エンジャ)のことについて調べるだけだから一番大変なのは荊軻(ケイカツ)さんなんだけどさ」


「確かにね。一体どうやって調べてるのか…。500年前の事だよ?記憶(キオク)(オボロ)だろうにねえ」


うん、と酒を(アオ)りながら舜啓(シュンケイ)は苦笑する。(シラ)せを持っていった荊軻(ケイカツ)は古い巻物(マキモノ)(イク)つも手元(テモト)に置いていた。随分(ズイブン)と古い物のようだったから、そこから紐解(ヒモト)きながら調べあげているのだろう。


「まあ荊軻(ケイカツ)さんを文官長(ブンカンチョウ)(ニン)じた悧羅の目は間違(マチガ)いなかったって事だろうね」


(カラ)になった(サカズキ)にまた酒を()いでくれる媟雅(セツガ)に笑って言うと、それはそうね、と同意してくれた。


荊軻(ケイカツ)さんが居ないと母様(カアサマ)が立ち()かないって言ってたし。沢山(タクサン)助けてもらってきたんだろうね」


500年も前からと思うとその永い歳月(トシツキ)溜息(タメイキ)が出る。その500年、悧羅が一人で里の(カナメ)として立ってきたのを(ソバ)(ササ)え続けてきてくれたのだ。本当に有難(アリガタ)いと思ってしまう。


「そうだ、舜啓(シュンケイ)(チギ)りの()で使う小刀(コガタナ)の事なんだけど…」


昼間、紳と悧羅に願った事を舜啓(シュンケイ)に伝えると、(カマ)わないよ?、と当たり前のように()(シメ)してくれた。媟雅(セツガ)の事だから何かしら紳と悧羅になぞられた事を願うだろうとは思っていたので特段(トクダン)(オドロ)くようなことでもないし、むしろ媟雅(セツガ)の願いであれば(スベ)(カナ)えてやりたい。そう思ったからこそ媟雅(セツガ)の全てを受け入れるし、(チギ)った後でも媟雅(セツガ)が望むなら(ホカ)の男と(ジョウ)()わすことがあったとしても()めることはしないと決めている。


媟雅(セツガ)(カギ)って()()()()()は無いと思っているから、そんな余裕(ヨユウ)な事が思えるのかもしれないが…。


「でもそれって代々(ダイダイ)(オサ)が使ってきてた物なんでしょ?荊軻(ケイカツ)さんに言って貸してもらえるもんなの?」


首を(カシ)げる舜啓(シュンケイ)に、それは大丈夫みたい、と媟雅(セツガ)が笑う。


記念(キネン)だって言って父様(トウサマ)が無理言って(ユズ)ってもらってたらしいから。今は父様(トウサマ)が持ってるみたいだよ」


記念って…、と苦笑する舜啓(シュンケイ)にとりあえず媟雅(セツガ)も笑っておいた。さすがに舜啓(シュンケイ)であろうと紳と悧羅の間にあったことは知らないはずだ。(オサナ)い頃は共に湯浴(ユア)みをしていたらしいが疵痕(キズアト)は隠していただろう。媟雅(セツガ)達にさえ(カク)し通していたのだから舜啓(シュンケイ)にも見せてはいないはずだと思う。


「まあ、願掛(ガンカ)けみたいなものなんだけど…。父様(トウサマ)母様(カアサマ)が使ったもので舜啓(シュンケイ)(チギ)りを結べたら、あの二人みたいに最期(サイゴ)まで仲睦(ナカムツ)まじくいられるかなぁ…って」


(カラ)になった酒瓶(サカビン)(ツクエ)に置いて次も?、と(タズ)ねると舜啓(シュンケイ)が笑いながら首を振った。()いであった酒を一気に呑み干すと(サカズキ)媟雅(セツガ)が受け取って(ツクエ)に置いている。その手を取って引き寄せると、大丈夫(ダイジョウブ)だよ、と(ヒタイ)に口付けた。


「紳と悧羅に負けないくらい(シアワセ)にしてみせるから。同じくらい子どもも欲しいけど七人は無理かなぁ。媟雅(セツガ)は何人欲しい?」


「持てるなら持てるだけ。でもあの様子(ヨウス)じゃあ、まだまだ下に増えそうだから、もしかしたら弟妹(テイマイ)と同じ(トシ)の子になっちゃうかもしれないね」


確かに、と笑いながら舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)(カカ)え上げて寝所(シンジョ)(ハコ)ぶ。そっと横にしながら、じゃあ急がないといけないかな?、と口付けた。

遅くなりました。

日常回ですね。


お楽しみいただけましたら幸いです。

ありがとうございました。

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