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縁【拾弐】《エニシ【ジュウニ】》

おはようございます。

更新します。

妓姣(ギコウ)からどうにか(ヨシ)()りたのは(ハラ)の子が五月(イツツキ)を超え動き始めた頃だった。(スデ)六月(ムツキ)目に差し掛かろうかとする頃であったので、湯浴(ユア)みがやっと出来ると喜ぶ悧羅に紳は苦笑してしまう。全く(ニオ)わないと幾度(イクド)伝えてもそのたびに()じらう悧羅が可愛(カワ)いらしかったのでもうしばらくは見ておいてもよかったのだ。妓姣(ギコウ)(モウ)し付け(ドオ)(ホカ)の者の手を借りてだが悧羅も部屋の中ならば(ナン)なく動けるようになっていたし、時には距離(キョリ)()ばして部屋の外の廊下(ロウカ)を歩き中庭を(ナガ)めることも出来るようになっている。まだ身体(カラダ)(ツカ)(ヤス)いので無理をさせないように気をつけておいてやらなければならないが、それでも懐妊(カイニン)が分かった初めの(コロ)とは大違(オオチガ)いだ。


「ですが長湯(ナガユ)はまだなりませぬよ。湯浴(ユア)みと(モウ)しても(ツカ)れますのでな。…それから旦那様(ダンナサマ)()()()()()()()()?」


悪戯(イタズラ)な笑みを浮かべられて紳はますます苦笑した。湯浴(ユア)みは(ユル)すが(ジョウ)()わすな、ということらしい。


「分かってるよ。…もうここまで我慢(ガマン)したら子を産み落とした後まで(コラ)えても変わらない。悧羅と子を護る方が大事だからね」


小さく笑いながら()(シメ)したが、それには悧羅が(サミ)しそうな顔をした。


「…ならぬのか?」


湯浴(ユア)みができると(ヨロコ)んでいたばかりなのに妓姣(ギコウ)に首を(カシ)げて小さく息をついている。紳がどれだけ(コラ)えているかを知っているからこそ、出来るならば(ジョウ)()わしたかったのだろう。もちろん悧羅自身が紳と(ムツ)み合いたいのもあるのだが静かに妓姣(ギコウ)に首を振られて肩を落としてしまう。


御子(オコ)を第一に考えなされ。(ババ)子袋(コブクロ)の出口を(シバ)(ジュツ)長様(オササマ)御身体(オカラダ)上向(ウワム)いたからこそ()けかけておるのじゃ。まだ(ツカ)(ヤス)御身体(オカラダ)ではそこまで(コラ)えられぬ」


「なれどほんの少しであれば良いのではないか?」


どうにか、と言う悧羅に妓姣(ギコウ)はまた首を振って、なりませぬ、と(シカ)るように伝える。もう、と嘆息(タンソク)する悧羅が紳を見て、すまぬ、と()びた。本当に申し訳なさそうな姿に紳は腕を伸ばして悧羅の頭を()でた。


「気にしないで。楽しみはとっておくに(カギ)るんだよ。(ツレアイ)になるまで何百年と待ったんだから、たった数月(スウツキ)なんて(マバタ)きの(アイダ)だから。…子を産み落として妓姣(ギコウ)(ヨシ)が出たらしばらく(ハナ)せなくなると思うけどね」


笑って言う紳に、おやおや、と妓姣(ギコウ)が笑っている。


「それではしばらく(ババ)意地悪(イジワル)(イタ)しましょうや。旦那様(ダンナサマ)が、まだかと言われるまで(ヨシ)(モウ)さずにおってみようかの」


「それは勘弁(カンベン)してよ。何よりの拷問(ゴウモン)になっちゃうんだから」


(アセ)る紳に、ほほほといつもの笑いを浮かべる妓姣(ギコウ)に紳も肩を落としてしまう。妓姣(ギコウ)の言うことは(マモ)らなければ悧羅も子も(マモ)れない今は(コラ)えなければならないのは承知(ショウチ)している。何より紳が無理をさせて懐妊(カイニン)に気づかなかったことで、ここまで悧羅と子を(アヤ)うい目に合わせてしまった()()もある。だからこそ(コラ)えられているというのが本音(ホンネ)だが、産み落とした後まで悧羅を取り上げられてしまっては(タマ)らない。


「まあまあ。今はもう少し御身体(オカラダ)御力(オチカラ)を付けて(イタダ)きませんとな。慶事(ケイジ)(オロ)されるのも今しばらく待たれよ。もしも早めに生まれ落ちてしもうた時の事も考えねばならぬでな」


確かに、と紳は大きく(ウナズ)いた。一月(ヒトツキ)二月(フタツキ)早く生まれ落ちてしまっても子が生き永らえることは(メズ)らしくないが早くなればなるほど子の力も弱い。ようやくここまで辿(タド)りつけたのは妓姣(ギコウ)の力があってこそだ。せめて八月(ハチツキ)を超えるまでは安心出来ない。今慶事(ケイジ)として()ろしても万が一を考えれば不安が残る。


「どうせなら生まれてから慶事(ケイジ)として()ろしても良いんだから、そこは(アワ)てないよ。出来るだけ産月(ウミヅキ)までは(ハラ)に居て欲しいけど、早く出たがる子かもしれないしね」


「その方が(ヨロ)しかろう。元気な御子(オコ)ではあるが長様(オササマ)御身体(オカラダ)もある。少しばかり(ハヨ)う生まれてもおかしゅうはないのでな」


(ハヨ)うに生まれてしもうたら子は無事でおってくりゃるのかえ?」


妓姣(ギコウ)と紳の会話に不安を感じたのか悧羅が(アセ)ったように(タズ)ねてくる。それに(オダ)やかな笑いを浮かべて、妓姣(ギコウ)がぽんぽんと布団(フトン)を叩く。


「少しばかり(ハヨ)うても(ババ)がおりますれば。ですが出来るだけ産月(ウミヅキ)近くまで(ハラ)におってもろうた方が御子(オコ)には(ヨロ)しい。母君(ハハギミ)(ハラ)の中ほど安心できる場などありませぬからの。…ですから無理はなさらぬように御身体(オカラダ)に力を付ける事を考えなされ」


(サト)すような言葉に、あい分かった、と悧羅が大きく(ウナズ)くと、ではまた明日(アス)に、と妓姣(ギコウ)妲己(ダッキ)と共に部屋を()していった。妓姣(ギコウ)()るとすぐにそわそわし出す悧羅が早く()を使いたいと思っている事が容易(タヤス)く分かって紳は笑ってしまう。少し待つように伝えて(ホオ)に口付けてから磐里(バンリ)加嬬(カジュ)を呼ぶと、すぐにぱたぱたと小走(コバシ)りに()けつけた二人に湯殿(ユドノ)支度(シタク)(タノ)む。


「お(ユル)しが出たのですね」


顔を(カガヤ)かせて支度(シタク)に走った加嬬(カジュ)を見ながら悧羅が苦笑する。悧羅本人よりもそこまで身体が戻ってくれたことを喜んでくれている姿が(ウレ)しかった。磐里(バンリ)も悧羅の支度(シタク)を整えながらそれでも長湯(ナガユ)はなりませんよ、と(タシナ)めることを(ワス)れない。分かっている、とは言うが久しぶりの湯にゆっくりと()かりたい思いもあった。


「では旦那様(ダンナサマ)とお入りになられますか?」


聞いた磐里(バンリ)当然(トウゼン)と紳が(コタ)えようとしたが、急いで首を振る悧羅にそれは(セイ)されてしまう。悧羅?、と不思議(フシギ)に思って首を(カシ)げると、今回は加嬬(カジュ)(タノ)むと言う。


「どうして?俺で良いじゃない?」


ますます首を(カシ)げる紳に悧羅はほんの少し顔を(ソム)けた。


「…六月(ムツキ)近くも入っておらなんだのだえ?どれだけ(ヨゴ)れておるかわからぬ。…そのような姿を紳に見せられるわけがなかろうに」


顔を(アカ)らめて両手で(オオ)う姿に、まあまあと磐里(バンリ)は笑っているが紳はがっくりと項垂(ウナダ)れてしまう。このところ本当に恋仲(コイナカ)(モド)ったような姿ばかり見せられて(マイ)らされてばかりだ。


「だからそんな事気にしないって言ってるのに。久々(ヒサビサ)に俺も悧羅と湯浴(ユア)みしたいんだけどなあ」


(アカ)火照(ホテ)った顔を手で(ツツ)むと、顔を(オオ)ったままで首を横に振っている。


「…明日からは共に願う(ユエ)、今回ばかりは堪忍(カンニン)してたも…」


()じらうように小さな声で言われてしまって仕方(シカタ)なく紳が()(シメ)すと、ほっと大きく安堵(アンド)する悧羅が見えた。本当に何処(ドコ)まで(オボ)れさせれば気が済むのだろう、と苦笑してしまう。


「でも付いては行くからね?何かあったときに(ソバ)に居ないとどうしようもないんだから」


「それは哀玥(アイゲツ)(タノ)む。紳はここで待っていてたもれ」


哀玥(アイゲツ)だって悧羅が湯に(シズ)んだらどうしてやる事もできないでしょ?湯殿(ユドノ)の入り口で待つなら良いでしょ?」


「…まあ、それならば…」


二人の会話を聞いていた磐里(バンリ)(コラ)えきれずに声を上げて笑い出している。


「本当に仲睦(ナカムツ)まじいことで(ウラヤ)ましゅうございますね。(ワタクシ)にもそのような時がありましたようなありませんでしたような…。(ソバ)()らねばならぬ哀玥(アイゲツ)も目のやり場に(コマ)りますでしょうよ」


ねえ?、と視線(シセン)を返されて悧羅の横に(ハベ)っていた哀玥(アイゲツ)が小さく笑っている。


小生(ショウセイ)(ホカ)を知りませぬのでな。(アルジ)紳様(シンサマ)のようにいつも仲睦(ナカムツ)まじいことが当たり前だと思うておりますよ”


小さく笑い続ける哀玥(アイゲツ)を悧羅が()でると嬉しそうに鳴いてみせる。


(アルジ)御為(オンタメ)であるならば湯の中にでも飛び込みましょうぞ。どうぞ、ご安心なさりませ”


「そこまでされたら俺の出番が無くなるでしょ?」


笑い合っていると加嬬(カジュ)が部屋に戻ってきた。紳と哀玥(アイゲツ)(ササ)えてもらいながら湯殿(ユドノ)まで歩くと、決して入らぬようにと紳に言い置いて悧羅は磐里(バンリ)加嬬(カジュ)と共に湯殿(ユドノ)の中に入った。はいはい、と苦笑しながら手を振って見送るとゆっくりと湯殿(ユドノ)の戸が閉められる。立って待つのもなんなので哀玥(アイゲツ)の横に座ると面白(オモシロ)そうに哀玥(アイゲツ)が笑っている。


「どうしたの?」


頭を撫でながら(タズ)寝る紳に、可愛(カワイ)らしくあられる、と目を細めながら湯殿(ユドノ)の閉められた戸を見る。中から磐里(バンリ)加嬬(カジュ)の声がして(タシナ)められているのが聞こえてきた。


小生(ショウセイ)がお会いした時は高貴(コウキ)な方だと思うておりましたが、この所の(アルジ)は何とも可愛(カワイ)らしゅうて娘子(ムスメゴ)のようにあらせられる”


小さく笑いながら哀玥(アイゲツ)に、確かにね、と紳も笑ってしまう。どうやら娘子(ムスメゴ)のようだと思っていたのは紳だけではなかったようだ。哀玥(アイゲツ)でさえそう思うのならば妲己(ダッキ)など余計(ヨケイ)に感じているかもしれない。そう言うと悧羅が()ずかしそう顔を(アカ)らめるので言わないだけで。悧羅も子も随分(ズイブン)と安心出来るようになって来たからか妲己(ダッキ)機嫌(キゲン)近頃(チカゴロ)良いのも悧羅のそんな姿を微笑(ホホエ)ましく思っているからなのだろう。


「俺もあんな姿見るのは初めてだしね。(オサ)として(ダレ)かの前に立たなきゃいけないことが多かったからかもしれないけどさ」


“紳様でさえそう思われるのであれば、とても(メズラ)しいことなのでしょうな”


うん、と哀玥(アイゲツ)の頭から手を離して壁に身体を(アズ)けると楽しそうな声が湯殿(ユドノ)の中から聞こえてくる。絶対(ゼッタイ)に入るなとは言われたがこれほど(ウレ)しそうな声を聞かされてはつい中を(ノゾ)きたくなってしまう。(ノゾ)いてみればきっと又娘子(ムスメゴ)のような()じらう姿を見れるだろう。けれどそんな姿を見せられては今度は紳が自分を(コラ)えきれなくなるのも分かって、小さく苦笑してしまった。紳様?、と(トナリ)から声を掛けられて、何でもないよと哀玥(アイゲツ)(コタ)えるが込み上げる笑いは(コラ)えきれそうもなかった。


本当にいつになればまた自分だけのものに出来るのか。


これまで六人の子を(サズ)かったけれど一切(イッサイ)悧羅に触れる事が出来なかったことはなかった。紳が望めば悧羅は(コタ)えてくれるだろうがそれでは妓姣(ギコウ)の言いつけを(ヤブ)ってしまうことになるし、悧羅自身への負担(フタン)も大きくなる。やれやれと頬杖(ホオヅエ)を付いて紳は嘆息(タンソク)した。自分の(セイ)だと分かっているからこそ(リッ)していられるが本当に拷問(ゴウモン)に近い。毎夜毎夜腕に抱いて寝ているというのに(ジョウ)()わることを自制(ジセイ)するなど夜伽(ヨトギ)(ニン)(アズ)けられた後しばらくの間だった。夜伽(ヨトギ)(ツト)めてしまえば悧羅から離れなくてはならなくなる、と思えば手を付けられなかったことが今では(ナツ)かしく思い出される。


あの頃は悧羅(リラ)が自分の子を(ハラ)んでくれるなど思ってもいなかったし、(チギ)りを結び(ツレアイ)となって永い生を共に過ごしてくれるようになるなど考えもしなかった。紳だけの(アワ)い願いであったと思っていたのに。


(サイワイ)ばかりもらってるよなあ。


くすくすと笑い続けていると湯殿(ユドノ)の戸が中から静かに開けられた。どうやら終わったようだ、と立ち上がると湯殿(ユドノ)脱衣場(ダツイバ)椅子(イス)腰掛(コシカ)けている悧羅の姿が見える。湯に入る事が出来たからか、確かに磐里(バンリ)加嬬(カジュ)に清めてもらっていた頃よりも肌が白くなっているように見えた。脱衣場(ダツイバ)に入って手を伸ばすとその手を取って悧羅がゆっくりと立ち上がる。


「…(ノゾ)いてはおらなんだであろうな?」


自室まで歩く間に聞かれて、約束だからね、と紳は苦笑してしまう。


哀玥(アイゲツ)だって見張っててくれたんだから、大丈夫だよ。そんなに見られたく無かったの?」


「思っていたよりも(ヨゴ)れておったのでな…。見られたくは無かった。なれどこれで安堵(アンド)して紳の横に(バベ)ることができるようになった」


ふふ、と(ウレ)しそうに笑う悧羅に紳が小さく息をつく。


「だから気にならないって言ってるのに。悧羅だったら何だって良いんだよ?」


自室の鏡台(キョウダイ)の前に座らせると、そういうわけにもいかぬ、と小さく(ホオ)(フク)らませながら髪を(トトノ)えに後を追ってきた加嬬(カジュ)に身を(マカ)せながら(トナリ)(ハベ)った哀玥(アイゲツ)()でている。


「のう、哀玥(アイゲツ)其方(ソナタ)(クル)しゅうあったであろ?」


鼻が()哀玥(アイゲツ)味方(ミカタ)になって欲しかったのだろうが哀玥(アイゲツ)(コタ)えは、(マッタ)く、と笑いを(フク)んだものだった。


(アルジ)(ツネ)(ハナ)のような(ニオ)いでございますれば。お(ソバ)におれば(ツツ)まれて(マモ)られておるのだ、と小生(ショウセイ)は思うておりまする”


おやまあ、と苦笑する悧羅に、ほらね?、と紳が座りながら言う。


「明日からは一緒(イッショ)に入ってよね?…俺だって悧羅と入れない(ジカン)が長かったんだから(サミ)しいんだよ?」


手を取ってそこに口付けながら言うと悧羅は小さく笑っている。共に入って悧羅が(コラ)えきれるかも心配ではあるが、それは紳も同じだろう。だが悧羅と(ハラ)の子を護るためであるならば妓姣(ギコウ)(モウ)しつけられた通り紳が(コラ)えることは容易(タヤス)く分かる。元々、自制(ジセイ)を効かせることが出来る男なのだから、子が産まれるまで待つと言ったからにはそうするのだろう。それはそれで申し訳なくも感じてしまうのだが、今は妓姣(ギコウ)(モウ)し付けとそれを護る紳に甘えるしか無さそうだ。


何よりほんの少し()()かっただけなのに悧羅の身体は気怠(ケダル)さに(オソワ)れてしまっている。あれはど(コノ)んで待ち望んでいた湯であるのに(ツカ)れを()めてしまっていては楽しむ事も出来そうにない。


「あい分かった。明日からは紳と共に入る。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)にばかり(マカ)せては(ワラワ)長湯(ナガユ)をしたいと我儘(ワガママ)(モウ)し出すやもしれぬしな」


苦笑する悧羅に、そのようなことは(ユル)しませぬよ、と磐里(バンリ)茶器(チャキ)を持って部屋に入ってくる。


「今日とてもう一度御身体(オカラダ)(キヨ)めたい、と(モウ)されるのをお止め(イタ)しましたでしょう?ほんに()()びれるようになっただけでも喜ばしいことですのに、ここで御無理(ゴムリ)などなされてはなりませんからね」


温かい茶を()れて支度(シタク)を整え終えた悧羅と紳に手渡(テワタ)しながら磐里(バンリ)(アキ)れたように肩を落としている。


三度(ミタビ)(キヨ)めましたのに旦那様(ダンナサマ)のお近くにおりたいのだから、となかなか聞き入れて頂けなくて(コマ)りましたのよ?」


ちらりと見られて紳はくすくすと笑い出した。楽しそうな声が聞こえていた湯殿(ユドノ)の中では磐里(バンリ)加嬬(カジュ)苦労(クロウ)していたようだ。


「しばらく前から気にし出してたからね。俺は気にしないって言ってるのに聞きやしないんだから。でもお(カゲ)で悧羅が気にしなくて良くなったみたい。でも、(ツカ)れただろ?少し休んだ方がいいね」


(ワタ)された茶を(ウマ)そうに(スス)りながら紳が悧羅の顔色を見る。見透(ミス)かされてしまった悧羅は小さく笑うしかない。


「ほんの少しばかり(ツカ)れただけじゃて。…もう少しばかり起きておりたいのだが…」


茶を(スス)る悧羅に場に居た者たちが(スベ)(イナ)と言って(タシナ)める。哀玥(アイゲツ)まで首を振っていては悧羅の(ゲン)は聞き入れてもらえそうにもなかった。仕方(シカタ)あるまいな、と嘆息(タンソク)しながら湯呑(ユノ)みを(ツクエ)に置くと、それでいい、と紳が笑いながら悧羅の頭を撫でる。


「では旦那様(ダンナサマ)も共にお休み下さいませ。妲己(ダッキ)もそろそろ戻ってくるでしょうから哀玥(アイゲツ)と共に(モモ)を差し上げましょうね」


湯呑(ユノ)身を片付(カタヅ)けながら、代わりに(ツクエ)水差(ミズサ)しを置いて磐里(バンリ)哀玥(アイゲツ)の頭を()でた。(モモ)!、取って喜ぶ姿が妲己(ダッキ)と変わらずに皆で笑っていると中庭に妲己(ダッキ)が降り立つ音がした。(ウワサ)をすれば、と笑いながら立ち上がって部屋に入ろうとする妲己(ダッキ)の足を加嬬(カジュ)が拭いてくれている。されるままになっていた妲己(ダッキ)も終えられるとすぐに悧羅の(ソバ)まで駆け寄ってきた。湯浴(ユア)みを終えている悧羅を見て()り寄りながら、少しお疲れのようでございますね、と(ノド)を鳴らした。(ダレ)(カレ)も同じことを言うものだ、と笑いながら妲己(ダッキ)を撫でる。


磐里(バンリ)其方(ソナタ)哀玥(アイゲツ)(モモ)をくりゃるそうだえ。二人とも(ワラワ)に付いてばかりであるからな。磐里(バンリ)からの褒美(ホウビ)であろうて」


小さく笑い続ける悧羅に褒美(ホウビ)ならいつも頂いておりますよ、と哀玥(アイゲツ)も擦り寄ってくる。


(アルジ)のお(ソバ)におれることほどの褒美(ホウビ)はございませぬのでな”


おやまあと笑みを深くする悧羅に、(シカ)り、と妲己(ダッキ)(ウナズ)いた。


「…ほんに其方(ソナタ)らは(ワラワ)に甘すぎるのう」


二人を撫でる悧羅を見ながら磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が笑いながら、さあさあ、と立ち上がった。


「冷えた(モモ)を差し上げますよ。時には旦那様(ダンナサマ)とお二人でゆっくりとお休みいただきましょうね。心配であれば二人ともしばらく休んでからまた(ハベ)ればよろしいのですから」


(ウナガ)磐里(バンリ)加嬬(カジュ)と共に二人が足取りも軽く出て行ってしまって自室が急に静かさに包まれてしまう。ほんの少し(サミ)しく思っていると、よいしょと紳が立ち上がって悧羅に手を伸ばした。差し出された手を取って立ち上がるとゆっくりと寝所(シンジョ)に連れていかれた。


「ほら、少し休んで。あんまり顔色が良くない。久しぶりの湯だったから思ったよりも疲れてるんだよ」


布団(フトン)な横になるように言われて素直(スナオ)(シタガ)うが紳は横に座ったままで精気(セイキ)を送り込もうとする。(チギ)りの(キズ)の下に浮かび上がる小さな(ハス)の華を見ながら悧羅がころりと紳の方に身体を向けた。ぽんぽんと布団(フトン)(タタ)くいて紳も横になるように願う。


「紳とて疲れが()まっておろう?磐里(バンリ)が気を()かせて紳との(ジカン)を取ってくれたのじゃ。…なればこそ(ワラワ)のすぐ近くにおってたも」


また()じらうような姿で言われて紳は、本当にもう、と苦笑するしかない。ほんの些細(ササイ)仕草(シグサ)がどれだけ紳を(アオ)ると思っているのだろう。


仕方(シカタ)ないなあ。…じゃあせっかくだから一緒に昼寝(ヒルネ)でもすることにしようか」


笑いながら悧羅の横に(スベ)りこんで身体が冷えないように()布団(フトン)で包んでから布団(フトン)の中で細い身体を引き寄せて精気(セイキ)を送り始めると、ほうっと大きな安堵(アンド)の息をついている。


「やっぱり疲れてたね?いつもより長く起きてる上に()まで使ったんだから当たり前か。本当に少し眠った方がいいよ」


うん、と言いながら胸に擦り寄ってくる悧羅の背中を優しく叩くと紳の(コロモ)(ツカ)まれる。


「寝ておる間に何処(ドコ)にも行っておくれでないよ?」


「悧羅を置いて?俺が何処(ドコ)に行くっていうのさ」


馬鹿(バカ)だなあ、と笑いながら抱きしめる腕に力を込めると、(サミ)しゅうてな、と(ツブヤ)くような声が胸の中から聞こえてきた。何が?、と(タズ)ねるとまた少し()じらうように(ホオ)(アカ)らめてより一層(イッソウ)紳に抱きついてくる。


「…(ハラ)に子が来てくれてからというもの紳と(ジョウ)()わせておらなんだからの。肌が触れ合う所におってくれねば何とも(サミ)しゅうて紳が何処(ドコ)ぞに行ってしまうのではないかと思うてしまうのだ」


(ジョウ)()わしている時はそう不安に()かられることも無かったが(ハダ)を触れ合わせない(ジカン)が長いと何故(ナゼ)か不安になってしまう。身体だけで(ツナ)ぎ留められている(カカ)わりではないのにそう思ってしまうのがどういうわけなのかは悧羅にもわからない。一度手に入らないと(アキラ)めていたものが(テノヒラ)の上にあって手を伸ばせばいつも微笑(ホホエ)んでくれる距離(キョリ)にあるというのに、気を抜けば(コボ)れて落ちそうな心持(ココロモ)ちに(オソ)われる。今でさえ腕の中に包まれているのに(タガ)いを確かめ合う事が出来ないことへの葛藤(カットウ)なのかもしれない。


「心配しなくても俺は何処(ドコ)にもいかないよ。たかが一年近く(ジョウ)()わせないくらい何てことない。500年(コラ)えてたんだからね。その時はこうして悧羅を抱きしめる事だって許されなかったんだから、十分(ジュウブン)だよ」


抱きついている悧羅をより一層(イッソウ)強く抱きしめて紳が髪に顔を(ウズ)める。悧羅がそう思ってくれていることが何より(ウレ)しく思えてしまう。


「何より俺の子を宿(ヤド)してくれてるんだから、そんな悧羅を置いて何処(ドコ)かに行こうなんて考えないよ。何処(ドコ)に行くのだって悧羅と一緒でなきゃ。…でも、子が無事に生まれたら本当にしばらくは離してやれないから覚悟(カクゴ)しててよね?」


小さく笑いながら伝えると、願ってもない、と胸に顔を(ウズ)めたままで悧羅も小さく笑っている。


「むしろ今すぐにでも()()()()()()()くらいじゃ」


「…それは俺も同じだけど妓姣(ギコウ)(オコ)られるからね。でもあんまりそんな風に恋仲(コイナカ)の時でも見せなかった姿ばっかり見せられると、本当に俺が()たないから少し自重(ジチョウ)してくれる?」


嘆息(タンソク)する紳に、そのような事をしておるのか?、と悧羅は言う。どうやら無自覚(ムジカク)の内に()じらってみせたり、紳が居なくなると不安に思ったりしているようだ。


近頃(チカゴロ)は特にね。まるで娘子(ムスメゴ)のようだって哀玥(アイゲツ)とも話してるんだから。本当にどれだけ俺を(オボ)れさせたら気が済むんだか…」


引き寄せた身体を優しく叩いて、本当に少し休もう、と悧羅を(ウナガ)す。しばらくそうしていると微睡(マドロ)み始めたのか紳の(コロモ)(ツカ)む手の力が(ユル)まった。そのまま静かな寝息(ネイキ)を立て始めたのを見てようやく紳も安堵(アンド)する。あのままでは妓姣(ギコウ)(モウ)し付けを(ヤブ)って組み敷いていたかもしれなかったからだ。


(ツナ)がれた(エニシ)()つことなど紳が望むわけもないのに、時折(トキオリ)悧羅はこうして不安に()られることがある。(ハダ)(カサ)ねていられた時は少なかったがこの所多くなっているようにも感じた。きっと子が(ハラ)にいることで少しばかり気持ちも()らぐのだろう。特に今回ばかりは悧羅の身体と子を護る事に気を張り続けなければならない。言葉(コトバ)でどれほど伝えても、心の奥底で小さな不安の火種(ヒダネ)(クスブ)るのは紳にも良く分かる。


「本当に悧羅しか見えてないんだけどな…」


くすくすと笑いながら子が生まれたらどう仕返(シカエ)してやろうか、と紳の悪戯心(イタズラゴコロ)に火が()いた。


めっきり寒くなりましたね。

皆様ご自愛下さい。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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