縁【拾壱】《縁【ジュウイチ】》
こんにちは。
更新遅くなってしまいました。
お楽しみください。
「湯浴みをしたい」
唐突に言い出したのは腹の子がもうすぐ五月を迎えようかとする頃だった。大量の血が流れた上に妓姣と咲耶の手技でどうにか保っていた子を護るため、床から出ることを禁じられた悧羅はその時から身体を磐里と加嬬に整えてもらう程度だった。髪は寝たままで女官二人が洗ってくれていたが、やはり湯に浸かりたくなったのだろう。もともと湯に入ることを好む悧羅が今まで言い出さなかっただけでも褒めてやるべきかもしれなかった。
「湯…って、…まだ無理なんじゃないの?疲れちゃうじゃないか」
紳も気持ちは分かるがと一応止めてみたのだが童のように首を振る悧羅に苦笑してしまう。
「磐里と加嬬が清めてはくれておるが、どうにも…。臭うのではないかと思うてしまう。紳と共におるのに…」
は?、ときょとりとした紳は次には声を上げて笑ってしまった。要は共にいる紳が湯浴みが出来ていない悧羅を臭い不快に感じているとでも思っているのだ。磐里や加嬬に清めてもらっていてそんな事があるはずもないのに。ただ湯を使いたいだけかと思っていたらまさかそんな恋仲の様な事を言われるとは思ってもいなかった。診立を終えた妓姣も悧羅のその姿に微笑みながら手を洗っている。今しがた痛みを伴う妓姣の診察を終えたばかりだというのに開口一番がそれでは笑うしかなくなってしまう。子は大事ないと伝えたからかもしれないが、確かにそろそろ湯を使わせてもよい頃合ではある。よいしょ、と立ち上がって悧羅の側に座ると妓姣がぽんぽんと布団を叩く。
「まあそうお焦りになられますな。婆とのお約束まであと数日。さすれば短い刻で終えると言うて下されば婆が良いと申しますでな」
最初に診た時とは顔色が格段に良くなった悧羅の頬を撫でながら微笑むが、やれやれと小さな嘆息が聞こえてくる。それに笑いながら御身体は如何じゃ?、と尋ねた妓姣に随分と良い、と応えがあった。
「長いこと起きておられるようにもなったでな。妓姣の申し付け通り床から自分では離れてはおらぬ故立てるかどうかは分からぬな。足の力が衰えておろうよ」
「よしよし。ちゃんと婆の言いつけをお守り頂いておるのだな。…では長様、少しばかり立ち上がってみられよ」
おや?、と笑いながら悧羅はゆっくりと身を起こしてそろりと立ち上がる。思っていた通り足の力が弱まっているのか少しばかりふらつきかけたがどうにか立ち上がる事は出来た。隣ではらはらとしながら悧羅を支えようとする紳に数歩離れるように妓姣が言う。
「倒れちゃったらどうするのさ」
「婆がおりますれば大事ござらぬ。妲己殿も哀玥殿もおられる。さあ早う。そうしておられる間に長様が倒れられても知りませぬぞ」
ほほほ、と笑う妓姣に従って紳が数歩悧羅から離れると、そこに向かって歩いてみるようにと悧羅に伝えている。少しばかり震える足を踏み出すと途端に傾く悧羅の身体を妲己と哀玥が挟んで受け止めた。主、と背に掴まるように二人が言うがそれは妓姣に止められた。
「なりませぬよ。付いて行かれるのはよろしいが手を貸してはなりませぬ」
しかし、と妓姣に顔を向ける二人が首を振られて小さく鳴きながら悧羅に擦り寄る。数歩離れた場所の紳もはらはらと心配そうにしてすぐに支えに行こうとしているが、お動きになられますな、と妓姣に釘を刺されてしまう。
「ほれほれ、ちいっとばかり動けると示して頂だかねば湯の許しはやりませぬぞ」
「寝ておれと言うたり動けと言うたり…。ほんに妓姣には敵わぬな」
くすくすと小さく笑って身体を挟む妲己と哀玥に少し離れてくれるように悧羅が言うと、ほんの数寸だけ身体を離す。湯が賭けられているのでは出来ないでは済ますわけにはいかないようだ。それでも五月振りに自分の足で歩くのはなかなかにしんどいものがある。ほんの数歩の場でしかないのに、これまで動かねばならないときは紳が抱きかかえてくれていた。自分で思うよりも足だけではなく全身の力が弱ってしまっているようだった。それでもどうにかふらつきながらも紳の元まで辿り着くことが出来ると悧羅よりも紳の方が大きな安堵の息をついてしまう。
「ああもう、はらはらしたあ」
辿りついた悧羅を抱きとめて紳が言うと悧羅の両側からも大きな嘆息が聞こえてくる。妲己と哀玥も同じ気持ちのようだ。ただ一人妓姣だけが、うんうん、と大きく頷きながらよいしょと立ち上がる。
「だいぶん御身体の力が弱っておられるの。これからは少しずつ動いてよろしい。力を付けねば御子を産み落とせぬでな。なれど決して無理はなさるでないよ。まずは旦那様に手を引いていただいてお部屋の中を動くようになされ。旦那様もお助けになりたいであろうが、ぐっと堪えておかれよ」
悧羅の背中をぽんぽんと叩いて、ではまた明日にと部屋を出て行く妓姣の後を哀玥が追う。
“主、我にお乗りになられませ”
寝所に戻そうと妲己が体躯を大きくするが、今妓姣に甘やかすなと言われたばかりだ。
「出来るだけ己で動けと言うておったに。紳も釘を刺されておったであろ?」
“我には申し付けられておりませぬ”
さあ、と促す妲己に苦笑して自分で動くと悧羅が伝えると小さく鳴きながら大きくした体躯のままで項垂れた。
「背だけ貸してたも」
自分の身体が傾むかないように妲己に手を添えると嬉しそうに尾を振る姿が見える。それに笑いながら紳が悧羅の身体を支える。戻る?、と聞かれたが少しばかり外が見たかった。
「ほんの少し縁側に出てみたいのだが…」
「ちょっと長すぎない?抱えようか?」
「…其方、今堪えよと言われたばかりではないか」
苦笑する悧羅に、だって、と心配する紳に手を借りて隣には妲己に寄り添ってもらいながらゆっくりと縁側に出ると久しぶりの陽の光が暖かい。里の季節が移り変わることはないがそれでも見上げれば空が高く青く続き風が身体を撫でて行く。これまで寝所の天井ばかりを見て過ごしていた目には僅かに眩し過ぎるくらいだった。目を細めて久しく眺めていなかった中庭を見やりながら今日も里は穏やかなのだろうと小さな笑いが出た。
「少しだけなら座ってもいいよ?でも本当に少しね」
部屋の中に戻りたくない悧羅の思いを分かってくれたのか、何も言わずとも紳が悧羅を抱え上げると膝の上に乗せて座る。
“では我は茶でも頼んでくるとしよう。紳、余り御無理をさせぬようにな”
尾を振りながら去って行く妲己の背中を見送りながら、俺かよ、と紳が苦笑している。その姿に小さく笑う悧羅が紳の胸に身体を預けようとして止めた。
「なに?どうしたの?」
膝の上で背筋を伸ばして座る細い身体を引き寄せると少しばかり戸惑ったように身を起こそうとした。
「こら、無理しない」
言いながら引き寄せて半ば強引に身体を預かると、いや、と悧羅が両手で顔を覆う。
「…ほんに臭うのではないかと思うてしもうて…。こんなにも長いこと湯に浸からなんだは紳とおるようになってからは無かった故…」
覆った指の間から紅くなった顔が見えて紳ががっくりと項垂れてしまう。
どうしてこの女はこうなのだろう…。
「何処も臭ったりしてないよ。いつもの悧羅の甘い匂いだけ。…そんなに可愛い姿を見せないでくれる?まだ堪えなくちゃいけないんだからね」
力を抜くと身体を離そうとする悧羅を抱きしめて髪に顔を埋めると、あんまり臭うてくれるな、とますます悧羅が顔を紅くした。余りに初々しい姿に沸りそうになる身体を必死に抑えこむ。大きく息をはいてどうにか堪えるが、これでは妓姣から善が出た時に悧羅を離せるか自信がなくなってしまう。
「本当に大丈夫だって。だいたいどうして今更そんな事考え出したの?」
紅く火照った頬に指の隙間を見つけて口付けると、気になってしもうたのじゃ、と恥じらうように小さな声がする。
「幾ら磐里や加嬬が美しゅうに整えてはくれておっても、その昔のように一人で休んでおるわけではないであろ?妲己のほうが鼻はきくであろうがあれは妾の一部故気にすることもなかったのだが…。その…やはり紳には少しばかり恥ずかしゅうに思えてきてしもうて…」
「…三十年一緒に居て?…もっと恥ずかしい事だってしてるじゃない」
「それはそれ、これはそれとは違うのじゃ。…何というか、紳には整えておる妾だけを見て欲しいというのかの…。妾もよく分からぬ」
ますます顔色を紅らめる悧羅が本当に娘子の様で紳は声を上げて笑ってしまう。笑い事ではない、と顔を隠したままで責められてしまうのだが、これが笑わずにいられようか。恋仲であった時でさえ見ることの出来なかった姿を逑になって三十年も過ぎたのに見せられるとは思ってもいなかった。
「困ったなぁ…。本当にどうしてこんなに可愛いんだよ」
笑い続けながら悧羅を抱きしめると、本当に少し離れてくりゃれと哀願されるが、嫌だとますます強く抱きしめる。
「大丈夫だって。本当に臭いなんてしないから。それに悧羅はどんな時だって整ってるよ?俺としては少し気を抜いてもらった方が嬉しいくらいだ」
言った言葉に偽りはない。元々里一番の美しさを誇るのが長なのだからそれは誰もが認めることだ。鬼女であるから民達の前に出る時や朝議のある時は薄く化粧を施されているが華美を好まない悧羅がつけるのは白粉と紅くらいのもの。それでも目を見張る程になってしまう。化粧を施されていない時でもその美しさと儚さが相まって今度は可愛らしさが入ってくる。化粧を施されていない悧羅を知る者は宮に出入りできる者に限られるから、紳もその一人であることには間違いがないのだが出来れば誰にも見せたくない。それが例え子ども達であっても、なのだがそんな紳の気持ちなど悧羅は知る由もないだろう。
「本当に閉じ込めたいくらいだよ。腹の子が元気だったら今頃寝所に飛び込んでたな」
笑いを堪えきれない紳に咎めるような悧羅の声がするが嬉しくて堪らないのだから仕方ない。
「出来れば本当に誰にも見せずに俺だけが愛でてたいんだよ?そうもいかないから我慢してるんだけど。まあ、でもこういう悧羅を見れるのは俺だけなんだけどね」
「紳以外に妾がその様なことを思うはずもなかろう?紳であればこそそう思うてしまうのだ。…可笑しいとは思うておるのだが…」
諦めたように顔から両手を離すと火照った顔に風が当たって心地良い。少しずつ熱が冷めて行くのが分かるが紳はまだ笑い続けているばかりだ。もう、と嘆息して廻されたままの腕を叩くと、ごめんと詫びは聞こえるが笑いは止まらないようだ。
「何にも可笑しくないよ?それっていつまでも俺の前では綺麗でいたいって思ってくれてることだもんね。それだけ俺の事を大切に思ってくれてる証だ」
より一層悧羅を抱きしめてありがとうね、と伝えていると廊下の先から磐里と妲己がやってきた。久しぶりに縁側まで出れている悧羅に微笑みながら、よろしゅうございました、と隣に座って茶を淹れてくれる。
「何やらお楽しそうでございましたね。旦那様の喜ばしい声など久方振りに耳にしましたよ」
淹れた茶を紳と悧羅に渡しながらくすくすと笑う磐里にそういえば長いこと腹の底から笑うことなど出来ていなかったと二人は思い返した。腹の子が危ういと告げられ、紳に華まで植え付けられて泣くことはあったけれど笑い合う事は少なかった。
「妲己から伺いましたよ。少しばかり動くようにと妓姣殿が仰せになられたとのこと。私共もおりますれば、少しずつ身体を慣らされましょう」
うん、と頷く悧羅に磐里も僅かに安堵する。まだ心から安心すべきではないがほんの少し床から離れる許しが出たことは素直に喜ばしい。何よりずっと寝所の中だったのだ。昼間は戸を開け放っているようにはしていたが気分が滅入ってしまっていたことだろう。紳の笑い声が聞こえたのも悧羅の身体が良い方向に向かっていることもあるだろうが、久方ぶりに二人で外を眺められた事が紳が思っていたよりも楽しく感じているのは磐里の目から見ても明らかだ。
「湯浴みをしたいと申したのだが、今しばらく待てと言われてしもうた」
「長は湯がお好きでございますからね。五月も使えぬなどは初めてですものね」
ほんに、と溜息をつく悧羅にもうすぐだって、と紳が慰めるように廻していた腕で身体を叩いた。
「妓姣だってあと少しって言ってくれたんだから。ここまで頑張ったんだからもう少しだけ我慢しようね?」
諭すように言う心配に、致し方あるまいな、と悧羅が苦笑する。紳のことであるから悧羅が湯浴みをしたがる本当の意味を磐里に言うのではないかと思ったがどうやらそれは免れたようだ。紳にしてみればあまりにも可愛らしかった悧羅の姿を他に教えたくないだけなのだが。
「ですが余り長い刻はまだなりませぬよ?お茶を飲まれたら寝所にお戻り下さいまし。妓姣殿が善と言われるまでは御身体をお厭い頂きませぬと」
「そうだね。少し長く起きすぎてる。帰りも歩く?」
湯呑みを磐里に返しながら尋ねる紳に、無論だ、と悧羅も湯呑みを返す。じゃあ、と膝から悧羅を下ろして先に立ち上がると紳が手を伸ばした。その手を取って悧羅が立ち上がるとやはり少しふらついてしまう。慌てて引き寄せようとする紳に大事ない、と伝えてしっかりと立つとゆっくりと歩き出す。寝所まではなかなかの距離ではあるのだが紳の手を借りてどうにか歩き切る事ができた。ほっと安堵するとやはり少し疲れたようだ。疲労が押し寄せてきたのを見留めた紳がすぐに横してくれる。そのまま精気を送り始めてくれて身体に滲み渡っていくのを感じると、とろりと微睡み始めてしまう。
「眠っていいよ」
額に当てられた手の温もりと隣に侍った妲己の温もりですとん、と悧羅は眠りに落ちた。
“やはりまだお疲れになられるのだろうな”
尾で悧羅を包みながら囁く妲己に、そうだな、と紳も同意する。
「だけどもう少しだよ。ここまで頑張ってくれたんだからきっと良い子を産んでくれるさ。また妲己の出番が増えるな」
子ども達が幼かった頃を思い出して小さく笑う紳に、願ってもないことだ、と妲己が鼻を鳴らした。瞬く間に深い眠りに落ちた悧羅の横に頭を寄せて妲己も目を閉じる。出来ればこの少ない眠りの中で悧羅が王母に呼ばれる事がないようにと願いながら妲己も静かに眠りに落ちた。
ふっくらとした腕に包まれて感触に、またか、と悧羅は小さく息をついた。先程まで紳と他愛もない話をしながら中庭を眺め倖の中で眠りについたはずであったのに。この短い刻でさえも呼び出すのか、と少しばかり憤慨してしまう。
「娘よ、変えてはおらぬ」
もう幾度となく聞かされてきた言葉にうんざりもしてしまう。身体を離すと王母がたおやかに微笑んでいる。
「…その言の葉は聞き飽きた。妾が聞きたいのはそのようなことではない」
悧羅の言葉に、そうだろうな、と王母はますます微笑みを深くした。そのまま小さく頭を下げると、すまなかった、とようやく聞きたかった言葉が出る。
「…妾ではなく紳に言うて欲しいものだがな…。如何に王母といえども赦せぬこともある。王母の地に戻らせてもろうたは有難く思うておる。であればこそ命にも応じる。なれど紳をモノとして見るは妾には断じて赦せることではないのでな」
大きく嘆息しながらも真っ直ぐに王母を見て言う悧羅に、そうだな、と小さく笑う王母の姿が映る。
「私はお前たちを地に降ろした。であればこそ、お前たちは私の良いように動くべきであると思っていた。今までの者達は私の考えの中で動いていたのでな。…だが、お前は違う。やはり蓮の娘だな」
どういうことだ?、と訝しむ悧羅に、ほほほという笑いが聞こえた。
「お前は私の考えの先を行ってしまうということだ。私が良いように動かそうとしても容易く運ばない。以前にお前が申していたように私は私、お前はお前なのだな。娘に気付かされるとは私も衰えたものだ」
ますます眉を顰めるしかない悧羅に王母が手を伸ばして頬に触れる。
「制約しよう。お前の大切なものに私が手を出す時は必ずお前に伝える。是と言わねば行わぬ。それでよいか?」
「構わぬ。であれば王母からの命も必ずやり遂げると妾も制約しようではないか。…なれど紳に作った道は本当に道なのだな?紳に何かしら関わることではないのだな?」
どうしても気になっていた事を尋ねると、それは大事無い、と王母が微笑んでみせた。
「そうしなければお前の伴侶は失われていた。こればかりは許してもらえぬか?お前と伴侶を守るためには致し方なかったことだ」
あまり呑み込みたいことでもなかったが紳の生命にまで関わることであった、と聞かされては呑み込むしかなさそうだ。
「委細承知した。なれど叶うならば紳にも直に詫びてたも。妾をこうして呼び出すことができるのであらば紳を呼び出すのも容易かろう。あれが赦せば妾も植え付けられた華の道については何も言わぬ」
「ならば急かねばなるまいな」
今夜にでも、と消えようとする王母に華を置くのは何故なのだ、と尋ねてみたが、薄れゆく姿とは別に、しばらくすれば分かる、とだけ声が響いた。王母の姿もなくただ瀑布のような水の落ちる音だけが木霊す中に取り残されタズ悧羅も少しずつ自分の意識が身体に戻って行くのを目に映る周りの景色が暗くなっていくことで感じ取る。
その内に分かる、とはどういう事なのであろうか…。
まだ見えている周りの川には沢山の蓮の華が流れに逆らうことなく揺蕩っていた。この場が侵される事などないだろうに悧羅に少しずつ華を預ける真意が分からない。まして此処にある華を全て預けられてもそれはそれで困ったことになる。宮は広いとはいえ絶えまなく咲き続けて生まれ落ちる華達を置いておく場も限られるからだ。王母は悧羅が自分の考えの先を行くと笑っていたが悧羅自身はそうは思っていない。先を行かねば華を刈り取られてしまうのではないか、と思うからこそ自分に出来る最善を探して進んできただけの事だ。だが今の王母の姿から推察するにまだ悧羅の華を刈り取るつもりも枯らすつもりもないように思えた。であればまずは腹の子を護りきっちりと世に出してやらねばならない。
大事が終わった時に道満が使役していた妖達は全て妲己と哀玥の麾下となった。里に入ることは許していないが里の門の外周や霊峰との境で中に入ろうと企てる妖達の抑止となってくれている。小さな揉め事に悧羅が出向かなくてもよいように、と二人が考えた結果のことであるし、何より床を離れる事ができない今はそれがとても有難い事だった。烏合無象の衆とはいえ元々大国にいた妖達も多い。地の利はあるしそれなりに能力に長方いるモノなので揉め事を平定する程度容易いことのようだ。妖達の手に負えない時は妲己か哀玥のどちらかが行けば難なく対処も出来ている。
悧羅の塩梅がこうであるから、もしかすれば王母自身が動いていることも考えないでなはないけれど十分過ぎるほどの休息が取れ子も護れているのだから知らぬふりをして甘んじていても構わないのだろう。よくよく考えれば此方に戻って来て以降、王母の命に逆らうことなく応じてきたのだ。悧羅達が戻る前は王母も自ら妖達の対処をしていたし、しばらくの休みを取ったのは玳絃、灶絃の産月に近くなって紳が王母に直接申し出た時だけだ。
あれから二十四年、ずっと現とこの場の境を護ってきた。たかが二十四年だが中には犬神騒動の時の様に大事もあった。また子を授かれるとは思っていなかったけれど、それがあったからこそ王母へ悧羅の思いも伝えられたと思えば、子のお陰なのだろうと小さな笑いも出てしまう。
暗くなっていく周りの景色と自分の意識の中で紳に詫びると言ってくれた王母の言を信じることにして沈む意識に身を任せる。
紳から王母が夢に出てきたと聞いたのは次の日の朝だった。詫びられた、と焦っている紳に苦笑しながら約束を守ってくれた王母に悧羅は心の中で礼を言った。
秋深くなってきましたね。
日常回が続いておりますが、お楽しみいただけているなら嬉しいです。
ありがとうございました。