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縁【拾壱】《縁【ジュウイチ】》

こんにちは。

更新遅くなってしまいました。


お楽しみください。

湯浴(ユア)みをしたい」


唐突(トウトツ)に言い出したのは(ハラ)の子がもうすぐ五月(イツツキ)(ムカ)えようかとする頃だった。大量の血が流れた上に妓姣(ギコウ)咲耶(サクヤ)手技(シュギ)でどうにか(タモ)っていた子を護るため、(トコ)から出ることを(キン)じられた悧羅(リラ)()()()から身体を磐里(バンリ)加嬬(カジュ)に整えてもらう程度だった。髪は寝たままで女官(ニョカン)二人が洗ってくれていたが、やはり()()かりたくなったのだろう。もともと()に入ることを(コノ)む悧羅が今まで言い出さなかっただけでも()めてやるべきかもしれなかった。


「湯…って、…まだ無理なんじゃないの?(ツカ)れちゃうじゃないか」


(シン)も気持ちは分かるがと一応(イチオウ)止めてみたのだが(ワラベ)のように首を振る悧羅に苦笑してしまう。


磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が清めてはくれておるが、どうにも…。(ニオ)うのではないかと思うてしまう。紳と共におるのに…」


は?、ときょとりとした紳は次には声を上げて笑ってしまった。(ヨウ)は共にいる紳が湯浴(ユア)みが出来ていない悧羅を(ニオ)不快(フカイ)に感じているとでも思っているのだ。磐里(バンリ)加嬬(カジュ)に清めてもらっていてそんな事があるはずもないのに。ただ()を使いたいだけかと思っていたらまさかそんな恋仲(コイナカ)の様な事を言われるとは思ってもいなかった。診立(ミタテ)を終えた妓姣(ギコウ)も悧羅のその姿に微笑(ホホエ)みながら手を洗っている。今しがた痛みを(トモナ)妓姣(ギコウ)診察(シンサツ)を終えたばかりだというのに開口一番(カイコウイチバン)()()では笑うしかなくなってしまう。子は大事(ダイジ)ないと伝えたからかもしれないが、確かにそろそろ()を使わせてもよい頃合(コロアイ)ではある。よいしょ、と立ち上がって悧羅の(ソバ)に座ると妓姣(ギコウ)がぽんぽんと布団(フトン)(タタ)く。


「まあそうお(アセ)りになられますな。(ババ)とのお約束まであと数日。さすれば短い(ジカン)で終えると言うて下されば(ババ)が良いと申しますでな」


最初に()た時とは顔色(カオイロ)格段(カクダン)に良くなった悧羅の(ホオ)()でながら微笑むが、やれやれと小さな嘆息(タンソク)が聞こえてくる。それに笑いながら御身体(オカラダ)如何(イカガ)じゃ?、と(タズ)ねた妓姣(ギコウ)随分(ズイブン)と良い、と(コタ)えがあった。


「長いこと起きておられるようにもなったでな。妓姣(ギコウ)の申し付け(ドオ)(トコ)から自分では離れてはおらぬ(ユエ)立てるかどうかは分からぬな。足の力が(オトロ)えておろうよ」


「よしよし。ちゃんと(ババ)の言いつけをお守り頂いておるのだな。…では長様(オササマ)、少しばかり立ち上がってみられよ」


おや?、と笑いながら悧羅はゆっくりと身を起こしてそろりと立ち上がる。思っていた通り足の力が弱まっているのか少しばかりふらつきかけたがどうにか立ち上がる事は出来た。(トナリ)ではらはらとしながら悧羅を(ササ)えようとする紳に数歩離れるように妓姣(ギコウ)が言う。


(タオ)れちゃったらどうするのさ」


(ババ)がおりますれば大事(ダイジ)ござらぬ。妲己(ダッキ)殿も哀玥(アイゲツ)殿もおられる。さあ(ハヨ)う。そうしておられる間に長様(オササマ)が倒れられても知りませぬぞ」


ほほほ、と笑う妓姣(ギコウ)(シタガ)って紳が数歩悧羅から離れると、そこに向かって歩いてみるようにと悧羅に伝えている。少しばかり(フル)える足を()み出すと途端(トタン)(カタム)く悧羅の身体(カラダ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(ハサ)んで受け止めた。(アルジ)、と背に(ツカ)まるように二人が言うがそれは妓姣(ギコウ)に止められた。


「なりませぬよ。付いて行かれるのはよろしいが手を貸してはなりませぬ」


しかし、と妓姣(ギコウ)に顔を向ける二人が首を振られて小さく鳴きながら悧羅に擦り寄る。数歩離れた場所の紳もはらはらと心配そうにしてすぐに支えに行こうとしているが、お動きになられますな、と妓姣(ギコウ)(クギ)()されてしまう。


「ほれほれ、ちいっとばかり動けると(シメ)して(イタ)だかねば湯の許しはやりませぬぞ」


「寝ておれと言うたり動けと言うたり…。ほんに妓姣(ギコウ)には(カナ)わぬな」


くすくすと小さく笑って身体を(ハサ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)に少し離れてくれるように悧羅が言うと、ほんの数寸(スウスン)だけ身体を離す。湯が()けられているのでは出来ないでは済ますわけにはいかないようだ。それでも五月(イツツキ)振りに自分の足で歩くのはなかなかにしんどいものがある。ほんの数歩の場でしかないのに、これまで動かねばならないときは紳が抱きかかえてくれていた。自分で思うよりも足だけではなく全身の力が弱ってしまっているようだった。それでもどうにかふらつきながらも紳の元まで辿(タド)り着くことが出来ると悧羅よりも紳の方が大きな安堵(アンド)の息をついてしまう。


「ああもう、はらはらしたあ」


辿(タド)りついた悧羅を抱きとめて紳が言うと悧羅の両側からも大きな嘆息(タンソク)が聞こえてくる。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)も同じ気持ちのようだ。ただ一人妓姣(ギコウ)だけが、うんうん、と大きく(ウナズ)きながらよいしょと立ち上がる。


「だいぶん御身体(オカラダ)の力が弱っておられるの。これからは少しずつ動いてよろしい。力を付けねば御子(オコ)を産み落とせぬでな。なれど決して無理はなさるでないよ。まずは旦那様(ダンナサマ)に手を引いていただいてお部屋の中を動くようになされ。旦那様(ダンナサマ)もお助けになりたいであろうが、ぐっと(コラ)えておかれよ」


悧羅の背中をぽんぽんと(タタ)いて、ではまた明日(アス)にと部屋を出て行く妓姣(ギコウ)の後を哀玥(アイゲツ)が追う。


(アルジ)(ワレ)にお乗りになられませ”


寝所(シンジョ)に戻そうと妲己(ダッキ)体躯(タイク)を大きくするが、今妓姣(ギコウ)に甘やかすなと言われたばかりだ。


「出来るだけ(オノレ)で動けと言うておったに。紳も(クギ)()されておったであろ?」


(ワレ)には申し付けられておりませぬ”


さあ、と(ウナガ)妲己(ダッキ)に苦笑して自分で動くと悧羅が伝えると小さく鳴きながら大きくした体躯(タイク)のままで項垂(ウナダ)れた。


「背だけ貸してたも」


自分の身体が(カタ)むかないように妲己(ダッキ)に手を()えると嬉しそうに尾を振る姿が見える。それに笑いながら紳が悧羅の身体を支える。戻る?、と聞かれたが少しばかり外が見たかった。


「ほんの少し縁側(エンガワ)に出てみたいのだが…」


「ちょっと長すぎない?(カカ)えようか?」


「…其方(ソナタ)、今(コラ)えよと言われたばかりではないか」


苦笑する悧羅に、だって、と心配する紳に手を借りて隣には妲己(ダッキ)に寄り添ってもらいながらゆっくりと縁側(エンガワ)に出ると久しぶりの()の光が暖かい。里の季節が(ウツ)り変わることはないがそれでも見上げれば空が高く青く続き風が身体を撫でて行く。これまで寝所(シンジョ)天井(テンジョウ)ばかりを見て過ごしていた目には(ワズ)かに(マブ)し過ぎるくらいだった。目を細めて久しく(ナガ)めていなかった中庭を見やりながら今日も里は(オダ)やかなのだろうと小さな笑いが出た。


「少しだけなら座ってもいいよ?でも本当に少しね」


部屋の中に戻りたくない悧羅の思いを分かってくれたのか、何も言わずとも紳が悧羅を(カカ)え上げると膝の上に乗せて座る。


“では(ワレ)(チャ)でも(タノ)んでくるとしよう。紳、余り御無理(ゴムリ)をさせぬようにな”


尾を振りながら去って行く妲己(ダッキ)の背中を見送りながら、俺かよ、と紳が苦笑している。その姿に小さく笑う悧羅が紳の胸に身体を預けようとして止めた。


「なに?どうしたの?」


膝の上で背筋(セスジ)を伸ばして座る細い身体を引き寄せると少しばかり戸惑(トマド)ったように身を起こそうとした。


「こら、無理しない」


言いながら引き寄せて(ナカ)強引(ゴウイン)に身体を(アズ)かると、いや、と悧羅が両手で顔を(オオ)う。


「…ほんに(ニオ)うのではないかと思うてしもうて…。こんなにも長いこと湯に()からなんだは紳とおるようになってからは無かった(ユエ)…」


(オオ)った指の間から(アカ)くなった顔が見えて紳ががっくりと項垂(ウナダ)れてしまう。


どうしてこの(ヒト)はこうなのだろう…。


何処(ドコ)(ニオ)ったりしてないよ。いつもの悧羅の甘い(ニオ)いだけ。…そんなに可愛(カワイ)い姿を見せないでくれる?まだ(コラ)えなくちゃいけないんだからね」


力を抜くと身体を離そうとする悧羅を抱きしめて髪に顔を(ウズ)めると、あんまり(ニオ)うてくれるな、とますます悧羅が顔を紅くした。余りに初々(ウイウイ)しい姿に(タギ)りそうになる身体を必死に(オサ)えこむ。大きく息をはいてどうにか(コラ)えるが、これでは妓姣(ギコウ)から(ヨシ)が出た時に悧羅を離せるか自信がなくなってしまう。


「本当に大丈夫(ダイジョウブ)だって。だいたいどうして今更(イマサラ)そんな事考え出したの?」


(アカ)火照(ホテ)った(ホオ)に指の隙間(スキマ)を見つけて口付けると、気になってしもうたのじゃ、と()じらうように小さな声がする。


(イク)磐里(バンリ)加嬬(カジュ)(ウツク)しゅうに(トトノ)えてはくれておっても、その昔のように一人で休んでおるわけではないであろ?妲己(ダッキ)のほうが鼻はきくであろうがあれは(ワラワ)の一部(ユエ)気にすることもなかったのだが…。その…やはり紳には少しばかり()ずかしゅうに思えてきてしもうて…」


「…三十年一緒に居て?…もっと()ずかしい事だってしてるじゃない」


「それはそれ、これはそれとは(チガ)うのじゃ。…何というか、紳には(トトノ)えておる(ワラワ)だけを見て欲しいというのかの…。(ワラワ)もよく分からぬ」


ますます顔色を(アカ)らめる悧羅が本当に娘子(ムスメゴ)の様で紳は声を上げて笑ってしまう。笑い事ではない、と顔を隠したままで()められてしまうのだが、これが笑わずにいられようか。恋仲(コイナカ)であった時でさえ見ることの出来なかった姿を(ツレアイ)になって三十年も過ぎたのに見せられるとは思ってもいなかった。


(コマ)ったなぁ…。本当にどうしてこんなに可愛(カワイ)いんだよ」


笑い続けながら悧羅を抱きしめると、本当に少し離れてくりゃれと哀願(アイガン)されるが、嫌だとますます強く抱きしめる。


大丈夫(ダイジョウブ)だって。本当に(ニオ)いなんてしないから。それに悧羅はどんな時だって(トトノ)ってるよ?俺としては少し気を抜いてもらった方が(ウレ)しいくらいだ」


言った言葉に(イツワ)りはない。元々(モトモト)里一番の美しさを(ホコ)るのが(オサ)なのだからそれは誰もが認めることだ。鬼女(キジョ)であるから民達(タミタチ)の前に出る時や朝議(チョウギ)のある時は(ウス)化粧(ケショウ)(ホドコ)されているが華美(カビ)(コノ)まない悧羅がつけるのは白粉(オシロイ)(ベニ)くらいのもの。それでも目を見張る程になってしまう。化粧(ケショウ)(ホドコ)されていない時でもその美しさと(ハカナ)さが(アイ)まって今度は可愛(カワイ)らしさが入ってくる。化粧(ケショウ)(ホドコ)されていない悧羅を知る者は宮に出入りできる者に(カギ)られるから、紳もその一人であることには間違(マチガ)いがないのだが出来れば誰にも見せたくない。それが(タト)え子ども達であっても、なのだがそんな紳の気持ちなど悧羅は知る(ヨシ)もないだろう。


「本当に閉じ込めたいくらいだよ。(ハラ)の子が元気だったら今頃寝所(シンジョ)に飛び込んでたな」


笑いを(コラ)えきれない紳に(トガ)めるような悧羅の声がするが(ウレ)しくて(タマ)らないのだから仕方ない。


「出来れば本当に誰にも見せずに俺だけが()でてたいんだよ?そうもいかないから我慢(ガマン)してるんだけど。まあ、でもこういう悧羅を見れるのは俺だけなんだけどね」


「紳以外に(ワラワ)がその様なことを思うはずもなかろう?紳であればこそそう思うてしまうのだ。…可笑(オカ)しいとは思うておるのだが…」


(アキラ)めたように顔から両手(リョウテ)を離すと火照(ホテ)った顔に風が当たって心地(ココチ)良い。少しずつ熱が冷めて行くのが分かるが紳はまだ笑い続けているばかりだ。もう、と嘆息(タンソク)して廻されたままの腕を叩くと、ごめんと()びは聞こえるが笑いは止まらないようだ。


「何にも可笑(オカ)しくないよ?それっていつまでも俺の前では綺麗(キレイ)でいたいって思ってくれてることだもんね。それだけ俺の事を大切に思ってくれてる(アカシ)だ」


より一層悧羅を抱きしめてありがとうね、と伝えていると廊下(ロウカ)の先から磐里(バンリ)妲己(ダッキ)がやってきた。久しぶりに縁側(エンガワ)まで出れている悧羅に微笑みながら、よろしゅうございました、と(トナリ)に座って(チャ)()れてくれる。


「何やらお楽しそうでございましたね。旦那様(ダンナサマ)の喜ばしい声など久方(ヒサカタ)振りに耳にしましたよ」


()れた茶を紳と悧羅に(ワタ)しながらくすくすと笑う磐里(バンリ)にそういえば長いこと(ハラ)(ソコ)から笑うことなど出来ていなかったと二人は思い返した。(ハラ)の子が(アヤ)ういと告げられ、紳に華まで植え付けられて泣くことはあったけれど笑い合う事は少なかった。


妲己(ダッキ)から(ウカガ)いましたよ。少しばかり動くようにと妓姣(ギコウ)殿が(オオ)せになられたとのこと。私共(ワタクシドモ)もおりますれば、少しずつ身体を慣らされましょう」


うん、と(ウナズ)く悧羅に磐里(バンリ)(ワズ)かに安堵(アンド)する。まだ心から安心すべきではないがほんの少し(トコ)から離れる(ユル)しが出たことは素直に喜ばしい。何よりずっと寝所(シンジョ)の中だったのだ。昼間は戸を開け放っているようにはしていたが気分が滅入(メイ)ってしまっていたことだろう。紳の笑い声が聞こえたのも悧羅の身体が良い方向に向かっていることもあるだろうが、久方(ヒサカタ)ぶりに二人で外を(ナガ)められた事が紳が思っていたよりも楽しく感じているのは磐里(バンリ)の目から見ても明らかだ。


湯浴(ユア)みをしたいと(モウ)したのだが、今しばらく待てと言われてしもうた」


(オサ)は湯がお好きでございますからね。五月(イツツキ)も使えぬなどは初めてですものね」


ほんに、と溜息(タメイキ)をつく悧羅にもうすぐだって、と紳が(ナグサ)めるように廻していた腕で身体を叩いた。


妓姣(ギコウ)だってあと少しって言ってくれたんだから。ここまで頑張(ガンバ)ったんだからもう少しだけ我慢(ガマン)しようね?」


(サト)すように言う心配に、(イタ)し方あるまいな、と悧羅が苦笑する。紳のことであるから悧羅が湯浴(ユア)みをしたがる本当の意味を磐里(バンリ)に言うのではないかと思ったがどうやらそれは(マヌガ)れたようだ。紳にしてみればあまりにも可愛(カワイ)らしかった悧羅の姿を他に教えたくないだけなのだが。


「ですが余り長い(ジカン)はまだなりませぬよ?お茶を飲まれたら寝所(シンジョ)にお戻り下さいまし。妓姣(ギコウ)殿が(ヨシ)と言われるまでは御身体(オカラダ)をお(イト)い頂きませぬと」


「そうだね。少し長く起きすぎてる。帰りも歩く?」


湯呑(ユノ)みを磐里(バンリ)に返しながら(タズ)ねる紳に、無論(ムロン)だ、と悧羅も湯呑(ユノ)みを返す。じゃあ、と(ヒザ)から悧羅を下ろして先に立ち上がると紳が手を伸ばした。その手を取って悧羅が立ち上がるとやはり少しふらついてしまう。(アワ)てて引き寄せようとする紳に大事(ダイジ)ない、と伝えてしっかりと立つとゆっくりと歩き出す。寝所(シンジョ)まではなかなかの距離(キョリ)ではあるのだが紳の手を借りてどうにか歩き切る事ができた。ほっと安堵(アンド)するとやはり少し(ツカ)れたようだ。疲労(ヒロウ)が押し寄せてきたのを見留(ミトド)めた紳がすぐに横してくれる。そのまま精気(セイキ)を送り始めてくれて身体に()(ワタ)っていくのを感じると、とろりと微睡(マドロ)み始めてしまう。


「眠っていいよ」


(ヒタイ)に当てられた手の(ヌク)もりと(トナリ)(ハベ)った妲己(ダッキ)(ヌク)もりですとん、と悧羅は眠りに落ちた。


“やはりまだお(ツカ)れになられるのだろうな”


尾で悧羅を(ツツ)みながら(ササヤ)妲己(ダッキ)に、そうだな、と紳も同意する。


「だけどもう少しだよ。ここまで頑張(ガンバ)ってくれたんだからきっと良い子を産んでくれるさ。また妲己(ダッキ)の出番が増えるな」


子ども達が(オサナ)かった頃を思い出して小さく笑う紳に、願ってもないことだ、と妲己(ダッキ)が鼻を鳴らした。(マタタ)()に深い眠りに落ちた悧羅の横に頭を寄せて妲己(ダッキ)も目を閉じる。出来ればこの少ない眠りの中で悧羅が王母(オウボ)に呼ばれる事がないようにと願いながら妲己(ダッキ)も静かに眠りに落ちた。



ふっくらとした(ウデ)(ツツ)まれて感触(カンショク)に、またか、と悧羅は小さく息をついた。先程(サキホド)まで紳と他愛(タアイ)もない話をしながら中庭を(ナガ)(サイワイ)の中で眠りについたはずであったのに。この短い(ジカン)でさえも呼び出すのか、と少しばかり憤慨(フンガイ)してしまう。


(ムスメ)よ、変えてはおらぬ」


もう幾度(イクド)となく聞かされてきた言葉にうんざりもしてしまう。身体を離すと王母(オウボ)がたおやかに微笑(ホホエ)んでいる。


「…その(コト)()は聞き()きた。(ワラワ)が聞きたいのはそのようなことではない」


悧羅の言葉に、そうだろうな、と王母(オウボ)はますます微笑(ホホエ)みを深くした。そのまま小さく頭を下げると、すまなかった、とようやく聞きたかった言葉が出る。


「…(ワラワ)ではなく紳に言うて欲しいものだがな…。如何(イカ)王母(オウボ)といえども(ユル)せぬこともある。王母(オウボ)の地に(モド)らせてもろうたは有難(アリガタ)く思うておる。であればこそ(メイ)にも応じる。なれど紳をモノとして見るは(ワラワ)には(ダン)じて(ユル)せることではないのでな」


大きく嘆息(タンソク)しながらも()()ぐに王母(オウボ)を見て言う悧羅に、そうだな、と小さく笑う王母(オウボ)の姿が(ウツ)る。


(ワタクシ)はお前たちを地に降ろした。であればこそ、お前たちは(ワタクシ)の良いように動くべきであると思っていた。今までの者達は(ワタクシ)の考えの中で動いていたのでな。…だが、()()は違う。やはり(ハス)(ムスメ)だな」


どういうことだ?、と(イブカ)しむ悧羅に、ほほほという笑いが聞こえた。


()()(ワタクシ)の考えの先を行ってしまうということだ。(ワタクシ)が良いように動かそうとしても容易(タヤス)く運ばない。以前にお前が申していたように(ワタクシ)(ワタクシ)、お前はお前なのだな。(ムスメ)に気付かされるとは(ワタクシ)(オトロ)えたものだ」


ますます(マユ)(ヒソ)めるしかない悧羅に王母(オウボ)が手を伸ばして(ホオ)に触れる。


制約(セイヤク)しよう。お前の大切なものに(ワタクシ)が手を出す時は必ずお前に伝える。()と言わねば行わぬ。それでよいか?」


(カマ)わぬ。であれば王母(オウボ)からの(メイ)も必ずやり遂げると(ワラワ)制約(セイヤク)しようではないか。…なれど紳に作った道は本当に道なのだな?紳に何かしら関わることではないのだな?」


どうしても気になっていた事を(タズ)ねると、それは大事無い、と王母(オウボ)微笑(ホホエ)んでみせた。


「そうしなければお前の伴侶(ハンリョ)は失われていた。こればかりは許してもらえぬか?お前と伴侶(ハンリョ)を守るためには(イタ)し方なかったことだ」


あまり呑み込みたいことでもなかったが紳の生命(イノチ)にまで(カカ)わることであった、と聞かされては呑み込むしかなさそうだ。


委細承知(イサイショウチ)した。なれど(カナ)うならば紳にも(ジカ)()びてたも。(ワラワ)()()()()呼び出すことができるのであらば紳を呼び出すのも容易(タヤス)かろう。あれが(ユル)せば(ワラワ)も植え付けられた華の道については何も言わぬ」


「ならば()かねばなるまいな」


今夜にでも、と消えようとする王母(オウボ)に華を置くのは何故(ナニユエ)なのだ、と(タズ)ねてみたが、(ウス)れゆく姿とは別に、しばらくすれば分かる、とだけ声が響いた。王母(オウボ)の姿もなくただ瀑布(バクフ)のような水の落ちる音だけが木霊(コダマ)す中に取り残されタズ悧羅も少しずつ自分の意識が身体に戻って行くのを目に(ウツ)る周りの景色(ケシキ)が暗くなっていくことで感じ取る。


その内に分かる、とはどういう事なのであろうか…。


まだ見えている周りの川には沢山(タクサン)(ハス)の華が流れに(サカ)らうことなく揺蕩(タユタ)っていた。この場が(オカ)される事などないだろうに悧羅に少しずつ華を(アズ)ける真意(シンイ)が分からない。まして此処(ココ)にある華を全て(アズ)けられてもそれはそれで(コマ)ったことになる。宮は広いとはいえ()えまなく咲き続けて生まれ落ちる華達を置いておく場も(カギ)られるからだ。王母(オウボ)は悧羅が自分の考えの先を行くと笑っていたが悧羅自身はそうは思っていない。先を行かねば華を()り取られてしまうのではないか、と思うからこそ自分に出来る最善(サイゼン)(サガ)して進んできただけの事だ。だが今の王母(オウボ)の姿から推察(スイサツ)するにまだ悧羅の華を()り取るつもりも()らすつもりもないように思えた。であればまずは(ハラ)の子を護りきっちりと世に出してやらねばならない。


大事(オオゴト)が終わった時に道満(ドウマン)使役(シエキ)していた妖達(アヤカシタチ)は全て妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)麾下(キカ)となった。里に入ることは許していないが里の門の外周(ガイシュウ)霊峰(レイホウ)との(サカイ)で中に入ろうと(クワダ)てる妖達(アヤカシタチ)抑止(ヨクシ)となってくれている。小さな()め事に悧羅が出向かなくてもよいように、と二人が考えた結果のことであるし、何より(トコ)を離れる事ができない今はそれがとても有難(アリガタ)い事だった。烏合無象(ウゴウムゾウ)(シュウ)とはいえ元々(モトモト)大国(タイコク)にいた妖達(アヤカシタチ)も多い。地の()はあるしそれなりに能力(チカラ)()方いるモノなので()め事を平定(ヘイテイ)する程度容易(タヤス)いことのようだ。妖達(アヤカシタチ)の手に負えない時は妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)のどちらかが行けば(ナン)なく対処(タイショ)も出来ている。


悧羅の塩梅(アンバイ)()()であるから、もしかすれば王母(オウボ)自身が動いていることも考えないでなはないけれど十分(ジュウブン)過ぎるほどの休息(キュウソク)が取れ子も護れているのだから知らぬふりをして甘んじていても(カマ)わないのだろう。よくよく考えれば此方(コチラ)に戻って来て以降(イコウ)王母(オウボ)(メイ)に逆らうことなく(オウ)じてきたのだ。悧羅達が戻る前は王母(オウボ)(ミズカ)妖達(アヤカシタチ)対処(タイショ)をしていたし、しばらくの休みを取ったのは玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)産月(ウミヅキ)に近くなって紳が王母(オウボ)に直接申し出た時だけだ。


あれから二十四年、ずっと(ウツツ)とこの場の(サカイ)を護ってきた。たかが二十四年だが中には犬神騒動(イヌガミソウドウ)の時の様に大事(オオゴト)もあった。また子を(サズ)かれるとは思っていなかったけれど、それがあったからこそ王母(オウボ)へ悧羅の思いも伝えられたと思えば、子のお陰なのだろうと小さな笑いも出てしまう。


暗くなっていく(マワ)りの景色(ケシキ)と自分の意識の中で紳に()びると言ってくれた王母(オウボ)(ゲン)を信じることにして(シズ)意識(イシキ)に身を(マカ)せる。



紳から王母(オウボ)が夢に出てきたと聞いたのは次の日の朝だった。()びられた、と(アセ)っている紳に苦笑しながら約束を守ってくれた王母(オウボ)に悧羅は心の中で礼を言った。

秋深くなってきましたね。

日常回が続いておりますが、お楽しみいただけているなら嬉しいです。


ありがとうございました。

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