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縁【拾】《エニシ【ジュウ】》

遅くなりました。

更新致します。

(シン)に咲いた(ハス)の華の精気(セイキ)悧羅(リラ)身体(カラダ)には良い影響(エイキョウ)(アタ)えた。元々(モトモト)(ミズカ)らと同じ精気(セイキ)が紳の中に一度(メグ)ることにより紳の精気(セイキ)となって悧羅に送り込まれるからだ。しばらくは手首の華を見る(タビ)に泣いていた悧羅が夢を見たのは紳に華が植え付けられて一月(ヒトツキ)()った頃だった。見慣(ミナ)れてしまった川と水の瀑布(バクフ)。その中に朱色(シュイロ)(ハシラ)を見つけて走り出した事で、それが夢だと(サト)る。(ウツツ)の悧羅の身体では起き上がることは出来る様になったけれど、まだ歩く事やまして走る事など出来ないからだ。


(ハシラ)辿(タド)り着く前にふっくらとした腕で抱き留められてすぐさま悧羅は王母(オウボ)()めた。


何ということをしてくれたのだ、と。


「紳は(ワラワ)(チギ)りを(ムス)んでくれはしたが(ワラワ)の良いように使って良いものではない!それを身勝手(ミガッテ)(ハナ)を植え付け、(ワラワ)と同じ道、同じ苦渋(クジュウ)を味合わせるなど望んでもおらぬ!」


(ツツ)まれた腕を突き飛ばすように離れて泣き(サケ)ぶ悧羅に王母(オウボ)はただ微笑(ホホエ)んでいる。


「華を消してたも!紳を(モト)(モド)しや!」


(サケ)びすぎて荒れる息もそのままに王母(オウボ)(イカ)りをぶつけ続けるが王母(オウボ)は静かに首を振った。手を伸ばして涙を()こうとしてくれるがそれを(ハラ)って、何故(ナニユエ)!、と悧羅は(サケ)ぶ。


何故(ナニユエ)(ワラワ)()も無しにあのようなせんないことをしたのじゃ!華を増やすは(ワラワ)だけが受け止めること。紳を巻き込んでおくれでないよ!」


(サケ)び過ぎて(ヒザ)から(クズ)れ落ちた悧羅の肩に王母(オウボ)()れた。泣くな、と静かな声がするがこれが泣かずにいられようはずもない。紳はモノでは無いのだ。ただ悧羅が(イト)しく想い共に居たいと願った、それを受け入れてくれた唯一無二(ユイイツムニ)の大切な伴侶(ハンリョ)だ。


(ムスメ)、あのままでは伴侶(ハンリョ)生命(イノチ)(ケズ)られてゆくばかりであったのだ。お前の中に宿(ヤド)る子を()かせることも出来ず、そうなればお前も後を追うことは(ワタクシ)にも分かること。それを(ヨシ)とする事など(ワタクシ)には出来ぬ」


「ならば!ならば(ワラワ)の華を開かせればよろしかろう!さすれば(ワラワ)だけで(ゴウ)背負(セオ)うておられたでは無いか!」


着いた(ユカ)(タタ)くと(ニブ)い痛みがあった。幾度(イクド)(タタ)き続けると(コブシ)から血が流れ出す。


「今のお前の身体は華を開かせるに()えられぬ。だから伴侶(ハンリョ)(タズ)ねたのだ。お前から離れる気はないのだな?、と。伴侶(ハンリョ)(コタ)えは()であった」


「そうであったとしても!紳を(ワラワ)(チカ)しいモノに変えるなど許されぬ!」


(タタ)き続ける(コブシ)(キシ)んで流れ出す血が多くなるのも分かるが何処(ドコ)へぶつけようも無かった(イカ)りをようやく王母(オウボ)に伝えられるのだ。何処(ドコ)が痛もうが、何処(ドコ)(キシ)もうがどうでも良かった。叩き続ける(コブシ)をそっと(ツツ)まれて悧羅が顔を上げると王母(オウボ)(ヒザ)を着いている。


「変えてはおらぬ」


(オダ)やかに微笑(ホホエ)んで悧羅の血で()れた(コブシ)を開かせながら王母(オウボ)はもう一度、変えてはおらぬ、と言い聞かせるように話す。


(ワタクシ)はただ道を作っただけだ。お前の伴侶(ハンリョ)がこれ以上生命(イノチ)(ケズ)らぬように。それでお前が(カナ)しまぬように。伴侶(ハンリョ)伴侶(ハンリョ)のままだ。(アン)じるな。…お前が泣くようなことは(ワタクシ)はせぬ」


傷ついた悧羅の(コブシ)()でながら、(アン)じるな、と王母(オウボ)の声と姿が(ウス)くなり始める。王母(オウボ)!、と(サケ)んだ悧羅はその声で目を覚ました。夢の中で(サケ)んだはずなのに(ウツツ)でも声を上げてしまったようだ。(ホオ)を流れて落ちる(ナミダ)でやはり夢であったのだ、と大きく息をつくと声で起こしてしまったのだろう。紳が、どうしたの?と身を起こし始めている。


「…夢を見ただけだ…、すまぬ…」


流れ落ちる涙を拭こうとした手を紳が(アワ)てたように(ツカ)んだ。(ツカ)まれた手が少し痛んでもう片方も布団(フトン)の中から出すと両の手が血で()れていた。


「何だよ、これ?」


自分の寝間着(ネマギ)(ソデ)で血を(ヌグ)いながら、まさか、と紳が布団(フトン)()いだ。子が流れ出してしまったのかと思ったのだが悧羅の寝間着(ネマギ)血塗(チヌ)られていない。ほうっと安堵(アンド)して布団(フトン)をかけ直すと(トモ)に起きてしまった妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)がそれぞれ手拭(テヌグ)いと新しい寝間着(ネマギ)枕元(マクラモト)に置いている。受け取った手拭(テヌグ)いで悧羅の(コブシ)を拭きあげるとまるで何かに幾度(イクド)(タタ)きつけたような傷が何処彼処(ドコカシコ)に見える。これくらいならば紳にも(イヤ)せる程度だ。(テノヒラ)をかざして治癒(チユ)術式(ジュツシキ)行使(コウシ)すると、いつもの白く長い指と細い手が戻った。すまぬ、と()びる悧羅に口付けてから新しい寝間着(ネマギ)(ソデ)を通してまた紳は悧羅の(トナリ)に滑り込んだ。細い身体を引き寄せて抱きしめながら精気(セイキ)を送る。


「悪い夢だったの?」


“何やら(ウナ)されておいででございましたよ。お起こししようかと(マヨ)うたほどです”


夢、だったのだろうと思う。手の傷も知らぬ()何処(ドコ)かにぶつけたのだろう。夢の中の王母(オウボ)にでさえ(イカ)りをぶつけなければ紳に(ホドコ)されたことを許すことはできそうも無いのだ。


「悪い夢…なのであろうな。王母(オウボ)が出てきた」


紳の胸に()()って大きく息をつきながら思い出すように夢の中の出来事(デキゴト)を話して聞かせる。どうしても許せないのだ、と言う悧羅の頭を紳が()でた。


「そんなに深く思い詰めなくても良いんだって。俺は(ウレ)しいんだから。…でも夢にしては(ウツツ)の悧羅の手まで傷つくなんてねえ」


「知らぬ()にぶつけたのであろうよ。…(ワラワ)もこればかりは(ハラ)()えかねておるのでな」


送り込まれる精気(セイキ)にも本来は(アラガ)いたいほどなのだがそれは紳が許してくれない。自分のことを思うならば受け入れてくれと言われてしまっては、悧羅に(イナ)と言えるはずもなかった。


“ただの夢ではないやもしれませぬよ”


紳の胸に顔を(ウズ)めている悧羅に妲己(ダッキ)の声が届いた。思わず顔を上げると枕元(マクラモト)に居たはずの妲己(ダッキ)が紳の背後に座っている。その口に(クワ)えていたものを紳と悧羅の間にぽとりと落とした。(ホノ)かに(カガヤ)きを(ハナ)つそれは一輪(イチリン)の小さな(ハス)の華だった。身体の間に落ちた華を(ヒロ)い上げた紳が、なるほどね、と苦笑している。悧羅の身体ごと呼び出すのは(ツカ)れさせると思ったのか、心だけ呼び出したのだろう。もしくは王母(オウボ)が悧羅の心の中に入ったのか…。どちらにせよ悧羅の手についた傷の意味は分かったような気がする。


「本当だ。じゃあ()()()()()って言葉も信じていいんじゃない?()()()は悧羅の分身(ブンシン)から俺が精気(セイキ)を受け取るための(タダ)の道なんだよ。その(アカシ)に俺は本当にどうもないしね」


「では其方(ソナタ)が子を()けぬようになる、と言うたも(マコト)だったということかえ?」


夢が(マコト)であったなら悧羅に向けられた王母(オウボ)の言葉に(イツワ)りは無いということになる。不安気(フアンゲ)な目で(アオ)ぎ見られて伝えるつもりもなかった事を紳は伝えるしか無くなってしまった。


「…まあ、少しは無理してたかもね。でも悧羅から俺が少し離れても大丈夫(ダイジョウブ)になったら人の子から()りに行くつもりだったからね。そう大きな事にはなってなかったと思うけどな」


安心させるようになるべく(オダ)やかに何でもないことのように伝えたのだが悧羅への衝撃(ショウゲキ)は大きかった。そんなに無理をさせていた事が深く心を(エグ)る。声も無く泣き出してしまうと、もう平気だよ?、と強く紳が抱きしめた。


「道が出来たからなのか王母様(オウボサマ)に呼ばれてから身体の調子は(スゴ)くいいから。(ケズ)ってた分も余るほどだよ」


泣くなって、と苦笑しながら細い背中を叩く紳に、すまぬ、と悧羅が()びる。


「何で(アヤマ)るの?悧羅のためならどんな事だってするのは知ってるでしょ」


「なれど生命(イノチ)(ケズ)らせるのは望まぬ。…紳は(ワラワ)がおらぬようになれば(オノレ)もと言うてくれた。それは(ワラワ)とて同じなのじゃ。其方(ソナタ)(ソバ)におってくれねばもう(ワラワ)は一人では立てぬほどに」


紳の背中に腕を回して(スス)り泣きながら(ウッタ)える悧羅の髪に、分かってるよ、と紳が顔を(ウズ)めた。だからだったのか、とふと笑いが出た。紳だけが呼び出されたことも悧羅が夢だと思っていたことも全て王母(オウボ)が悧羅を失わないためのものなのだ。それだけ悧羅はまだ王母(オウボ)にとっても里にとっても必要だということなのだろう。


「じゃあ今度王母様(オウボサマ)(マミ)えたらお礼を言わなきゃね。どうやら俺も助けてもらったみたいだし、道を作ってもらえたお陰で悧羅も子も護ることが出来てる。悧羅が最期(サイゴ)(ムカ)えるまで一緒(イッショ)にいれそうだからね」


そうでなくては(イヤ)じゃ、とより一層(イッソウ)紳に抱きついてくる悧羅を抱きとめながら、約束するから大丈夫、と紳は(ササヤ)くように伝え続ける。幾度(イクド)幾度(イクド)も伝え続けて泣き疲れたように眠りに落ちていく悧羅を強く抱きしめて離れるものか、と自分自身に(チカ)いを立てた。


それから夜毎(ヨゴト)、悧羅は夢を見続けた。夢の中の王母(オウボ)はただ立ちすくみ悧羅を見つけると、変えてはおらぬと(オダ)やかに繰り返す。目を覚ませば必ず寝所(シンジョ)何処(ドコ)かに華が落ちている。身体ごと呼ばれるわけではないので(ウツツ)の事なのだと悧羅に教えるためであろうが一月(ヒトツキ)も夢を見続けると中庭の池は揺蕩(タユタ)うことも出来なくなるほど華で()()くされてしまった。なんとまあ、と日々増える華を池に浮かべることも出来なくなって磐里(バンリ)が部屋に水盤(スイボン)支度(シタク)をする。時折(トキオリ)(シラ)せを持ってくる荊軻(ケイカツ)もその様に苦笑せざるを()なかった。


王母様(オウボサマ)はどうしても(オサ)のお(イカ)りを(シズ)めて欲しいのでしょう。そろそろ許して差し上げては如何(イカガ)でございましょうか?」


起き上がれるようになってくれた悧羅に(シラ)せを渡しながら言ってみるが応えは(イナ)だ。


「紳の身体がほんに変わっておらぬのかが分からぬ内は許す気などない」


(シラ)せを受け取って中を開きながら投げやりに言葉を出す悧羅に(トナリ)に座っている紳が(コマ)ったように笑い出す。一人で座れるようにはなったがまだ何処(ドコ)かには触れて精気(セイキ)を送り込み続けなければすぐに顔色が悪くなる。妓姣(ギコウ)診立(ミタテ)では悧羅も子も共に上向(ウワム)いており約束の五月(イツツキ)には(ヨシ)と言えそうだとのことなのだが、それも王母(オウボ)が取り(ハカ)らってくれたからだ。


「俺は本当にどうも無いって言うんだけどね。むしろ調子(チョウシ)が良いくらい。王母様(オウボサマ)にお礼を、って悧羅に言い聞かせてるけど聞いてくれないんだよ」


「当たり前じゃ。(ワラワ)(シン)()もなくこのような事をするなど…。たとえそれが紳と(ワラワ)を護るためだとしても、何も言わずではしてはならぬことじゃ。紳も(ワラワ)王母(オウボ)道具(ドウグ)ではないのだえ?」


心底(シンソコ)(アキ)れ返ったような物言(モノイ)いにまた紳は笑ってしまう。


「そのような事を申されて…。華を()悧取られでもなさればどうなさるおつもりですか…。ここは甘んじられてよろしいところだと(ゾン)じますよ?」


(サト)すような荊軻(ケイカツ)の言葉にも悧羅は、(イヤ)じゃと首を振る。


夜毎(ヨゴト)夢に出てくるというのに()びの一つもないのはおかしかろう?(ハナ)を置いてゆくのが何のためかもわからぬ。(ワラワ)に夢でない事を伝えるためだけならば一度で()りること。この事ばかりは(ワラワ)は折れぬ」


憤慨(フンガイ)する悧羅など(メズラ)しい、と荊軻(ケイカツ)は小さく笑うしかない。紳を無下(ムゲ)(アツ)かわれたと思えばこそなのは分かるつもりだが、そうでもしなければ悧羅も紳も子も()たなかったのだろう。それに気づかない悧羅ではないのだが、それでも許せないことなのだとその胸中(キョウチュウ)(オモンバカ)る。だがこれだけの事を言い(ハナ)たれていながらも悧羅に対して王母(オウボ)(イカ)りが向けられないかは心配してしまうところではあった。


「どちらにせよ庭にもう一つ池を造らねばなりませんでしょうね。このままではすぐに水盤(スイボン)一杯(イッパイ)になりましょう。…それをお読みになられている間にでも(ワタクシ)が造ってもよろしゅうございますか?」


(シラ)背に目を落としている悧羅が、好きにしや、と抑揚(ヨクヨウ)のない声で()を出すと、くすくすと笑いながら荊軻(ケイカツ)が中庭に出る。もともとほんの数輪(スウリン)の華を浮かべるだけであったから宮を(カマ)えた時に大きな池は造らなかった。宮の外にはまだ池は(イク)つもあるが王母(オウボ)の華ならば悧羅の(ソバ)、すぐに見えるところに浮かべていたほうが良いような気がするのだ。


さて何処(ドコ)に致しましょうかね。


元からある池を広げても良いのだがそれでは景観(ケイカン)があまりよろしくない。中庭を見渡(ミワタ)しながら少し廊下(ロウカ)を歩くと一本の(モモ)の樹が見えた。悧羅が里を()()(ウツ)した時に王母(オウボ)から(タマワ)った仙桃(セントウ)の樹だ。仙桃(セントウ)()ぐことは里を移して以来無かったが今こそ使うべきなのでは無かったのだろうかと荊軻(ケイカツ)は小さく笑った。樹の裾野(スソノ)は開けており何となく仙桃(セントウ)の樹だけが(サミ)()に立っている。


此処(ココ)が良いでしょうね。


王母(オウボ)から(タマワ)った樹の(ソバ)であるならば、これもまた王母(オウボ)から(サズ)けられた悧羅の華を浮かべるのは当たり前のように思える。樹を傷つけないようにひらりと(テノヒラ)を動かすと荊軻(ケイカツ)鬼火(オニビ)が三つ仙桃(セントウ)の樹の周りに現れる。思い(エガ)いている池の形に鬼火(オニビ)の姿を変えて地に置くと浅くもなく深くもない池の形が作られていく。周りを固める石は近く部下に(メイ)を出すこととして水を引かねばならない。有難(アリガタ)い事に悧羅の宮は山の中腹(チュウフク)(カマ)えられている。中庭に降りて今作ったばかりの池の形の中に入って(ソコ)に手を当てるとすぐに水の気配(ケハイ)を感じることができた。示指(シシ)()()をとん、と(タタ)くとじわじわと水が(アフ)れてくる。これでしばらく待てば水が()まり良い池となるはずだ。


それにしても、と荊軻(ケイカツ)廊下(ロウカ)に戻りながら苦笑する。悧羅があのように感情(カンジョウ)(オモテ)に出すのは何百年振りだろうか。紳が(ソバ)に居るようになってから()(シノ)んでいた頃からは考えられないほど表情(ヒョウジョウ)(ユタ)かにはなっていたけれど、表立って(イカ)りを(アラワ)にしそれを荊軻(ケイカツ)に見せるなど500年前に出会った頃にしか無かったように思う。それだけ(ムカシ)を取り戻しているということが荊軻(ケイカツ)(ウレ)しくてならない。紳が(ソバ)に居る事を望んでくれなければ、今もずっと()(シノ)(コオ)りついた心のままであっただろう。だからこそ(ウシナ)った時の事を考えると悧羅が容易(タヤス)(コワ)れることも想像(ソウゾウ)することが出来た。子ども達に恵まれているとはいえ悧羅にとって紳はなくてはならないものだ。悧羅自身を(タモ)つためでもあるし、紳が(ソバ)に居ない間も里の何処(ドコ)かで(サイワイ)であることを願い、そのためだけに苦渋(クジュウ)を受け入れていたのだから。


きっと王母様(オウボサマ)も気づいておられるのだ。


悧羅という里の民達(タミタチ)にも王母(オウボ)自身にもかけがえのない者を失うことが無いように紳に道を(サズ)けたのだ。(ハラ)宿(ヤド)ったまだ見ぬ子を護るために紳がどれだけ無理をしていたかは荊軻(ケイカツ)から見ても明らかだった。以前悧羅がしていたように(ミズカ)らの生命(イノチ)(ケズ)り落としながら精気(セイキ)を送り込んでいるのは顔と(ツカ)れをみれば一目瞭然(イチモクリョウゼン)であったのだから。


「せめて人の子から()りに行かれてくださいまし」


幾度(イクド)悧羅が休んでいる時に(スス)めたか分からない。けれど決まって紳の応えは(イナ)だった。


「今、悧羅の(ソバ)を離れるわけにはいかないんだ。もう少し落ち着いたらちゃんと()りに行くから」


そう笑ってはいたけれどそこまで()つのか荊軻(ケイカツ)は不安でならなかった。そこに王母(オウボ)が華を植え付けたと知り(イカ)る悧羅には申し訳なかったけれど、内心(ナイシン)では安堵(アンド)したのだ。紳が無事でいるということは悧羅も無事であるということなのだから。今でも悧羅は王母(オウボ)を許すつもりは無いようだが、あのままでは間違(マチガ)いなく紳の精気(セイキ)生命(イノチ)()()てていた。悧羅が気付ける時には(スデ)に取り返しのつかない所であったはずなのだ。知っていたからこそ荊軻(ケイカツ)も動かないでは無かった。民達(タミタチ)大蛇(ウワバミ)(ギョク)が残っている者がいないか(ヒソ)かに隊士(タイシ)に調べさせたのだが、悧羅が(クダ)して三十余年(ヨネン)を過ぎた今では持っている者は少なく、中には(ヤマイ)(カカ)っている者もいた。そのような者たちから取り上げるわけにはいかず、せめて荊軻(ケイカツ)の持っていた分は紳に渡したのだがそれも数粒(スウツブ)でしかなかった。


「心配いらないよ。俺は悧羅を置いて先に()くなんてことは許されないんだから」


「そうでなければ(ワタクシ)(コマ)りますよ。紳様(シンサマ)を超える鬼が居ない以上、まだ近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)(ニン)も返されては里も(オサ)の護りも(オロソ)かになってしまうのですから」


嘆息(タンソク)してみせたが本当に心配していたのだ。紳に華が植え付けられ道が出来た事を知る者は悧羅と荊軻(ケイカツ)以外にはいない。どうやら悧羅に精気(セイキ)を送り込む時にだけ浮かび上がるようでそれ以外は何も無かったかのように消えてなくなるからだ。そんな事を容易(タヤス)く出来るのも王母(オウボ)であるからこそなのは分かっている。


本当に感謝(カンシャ)してもしきれないのですよ。


心の中で王母(オウボ)に礼を()べながら来た道を戻って悧羅の自室に声を掛けながら入ると持ってきていた文書(モンジョ)を巻き取っている所だった。


「…やはり思うた通りであったの…。これでは他の官吏(カンリ)であった者たちの縁者(エンジャ)達も同じであろうな」


大きく溜息(タメイキ)をついた悧羅から文書(モンジョ)を受け取って荊軻(ケイカツ)()しながら、そうでございますね、と(ウナズ)いた。(ワタシ)文書(モンジョ)の中身は500年前悧羅が一掃(イッソウ)した官吏(カンリ)達の縁者(エンジャ)の事がしるされている。まだ全てを調べ終わったわけでは無いが、当時腐敗(フハイ)(カカ)わっていた者達の半数はどうにか足取(アシド)りが追えた。中にはもう血が()えていた者もいたけれど、まだどうにか血を(ツナ)いでいる者も少なくない。残り半数がどうであるかはまだ(ツカ)めていないが、子ども達や舜啓(シュンケイ)の手が増えたことで悧羅と荊軻(ケイカツ)だけで調べていた時よりも早く(シラ)せを上げる事が出来た。


「その者達には(ジカ)(マミ)えたのかえ?」


「いいえ。(マミ)えたとして全てを伝えてしまえば千賀(センガ)縁者(エンジャ)のようにそこで()えることも考えられますもので…。どのように暮らしておるのかだけを確かめるようにはしております」


荊軻(ケイカツ)の応えに、悧羅は深く(ウナズ)いた。大昔にどのような事があったにせよ、今この里に暮らしている者たちは悧羅が護って行くべき民達(タミタチ)であることに変わりはない。許されぬ(ツミ)背負(セオ)わされていようとも(カギ)りある(ジカン)であるならばよりそれを()()めて余生(ヨセイ)を過ごして欲しい。


「…知らぬこととはいえ王母(オウボ)(イカ)りは消えぬであろ。(ワラワ)が許すというても、であろう。知らずとも良いこともあろうからそれでよい。…残りの者たちの調べも進めてくりゃれ」


ふうっと大きく息をついた悧羅の身体を紳が引き寄せた。


「少し無理しすぎだよ?いつもより長く起き過ぎてる」


触れた腕から精気(セイキ)を送り始めると悧羅の(ホオ)(アカ)みが挿し始めるのは少し離れた場に()している荊軻(ケイカツ)にも見てとれた。体調が上向(ウワム)いてきてからというもの少しばかり(ツト)めを始めた悧羅はすぐに(コン)()めるのだ。寝込(ネコ)んでいた間にも気になっていたのだろうから(イタ)(カタ)ないことではあるのだが、まだ長い(ジカン)座っていると身体に気怠(ケダル)さが(オソ)いかかる。


「起き上がれるようになったのだから(オサ)としての(ツト)めも少しは()たさねば荊軻(ケイカツ)(シカ)られてしまうでの」


紳に寄りかかりながらくすくすと笑う悧羅に言われて荊軻(ケイカツ)はやれやれと肩を落としてみせる。


(ワタクシ)(シカ)るのは(オサ)が無理ばかりなさる事ですよ。本来ならまだ休んでおいていただいてもよろしいのですが…。こればかりはと(オオ)せになられるではないですか」


まあそうだの、と苦笑する悧羅に荊軻(ケイカツ)も紳も苦笑するしかない。


「そういえば枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)殿も(オサ)具合(グアイ)がよろしいのであれば起きておられる時にお目にかかりたいと申しておりましたよ。…とはいえまだ御子(オコ)の事は内密(ナイミツ)でございますから、もう少し(カンバ)しくなられてからの方が、とは申し上げておきましたけれど」


おや、と笑う悧羅がそろそろ良いのではないか?、と見上げるがそこでは静かに首を振っている紳がいる。


妓姣(ギコウ)が言ってるでしょ?五月(イツツキ)を過ぎるまでは安心出来ないって。それまでは駄目(ダメ)。起きれるようになったっていってもまだすぐ(ツカ)れるし、自分で歩くことも出来ないでしょう?」


「それはそうだが…。顔を見せるくらいは…」


駄目(ダメ)って言ったら駄目(ダメ)荊軻(ケイカツ)には話してあるから俺も隠さず精気(セイキ)を送ってやれるけど二人はまだ知らないんだから。それに二人に会ったら悧羅は余計(ヨケイ)な心配をかけないように振る舞うだろ?無理はしないで」


「…だそうだ。すまぬが荊軻(ケイカツ)、今しばらくは誤魔化(ゴマカ)しておいてたも」


くすくすと笑いながら見られて荊軻(ケイカツ)も笑ってしまう。本当に仲睦(ナカムツ)まじいのが見て取れてやはりそれを(ウレ)しく思ってしまう。


(ウケタマ)わりましょう。此度(コタビ)一件(イッケン)(ワタクシ)随分(ズイブン)(ウソ)を申すのが上手(ウマ)くなりましたから。(アン)じられるようになられてから(マミ)えた方が(オドロ)きと(ヨロコ)びも大きいことでしょう」


では、と二人に礼をとって部屋を後にすると背後で早く横になるように、と紳の声が聞こえた。まだ起きていたいという悧羅の声も聞こえてきたがどうやら聞いてはもらえなかったようで布団(フトン)に横たえられる音もした。二人の声があまりに(サイワイ)に満ち溢れていて込み上げる笑いを(コラ)えながら荊軻(ケイカツ)は自分の(ツト)めの場に戻っていった。

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