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縁【玖】《エニシ【ク】》

遅くなりました。

更新いたします。

また少し長くなってしまいました。

妓姣(ギコウ)咲耶(サクヤ)手当(テアテ)甲斐(カイ)があってか(サワ)られた(ハラ)の痛みは残っていたようだが、(シン)の送る精気(セイキ)悧羅(リラ)にも(メグ)り始めてくれたようだった。連日(レンジツ)朝一番で宮に来ては悧羅を()てくれる妓姣(ギコウ)には有難(アリガタ)かったが、(ハラ)の中を()られる(タビ)()(シノ)ぶ悧羅を見ているのが紳には一番(ツラ)い。それでも(ハラ)の子のためだ、と声も上げない悧羅の(ソバ)にいて精気(セイキ)を送り続けることしか紳に出来ることはない。それを()びると決まって悧羅は言うのだ。


「紳が(ソバ)にいてくれる事ほど(サイワイ)な事などない」


だがさすがに少しばかりは休ませたくて荊軻(ケイカツ)朝議(チョウギ)の休みを(モラ)い受けた。朝から妓姣(ギコウ)診察(シンサツ)があるため、その後の悧羅はぐったりとしてしまう。大事(オオゴト)であれば荊軻(ケイカツ)(シラ)せを持ってくるということで話をつけて枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)にも納得(ナットク)してもらった。二人には子のことは話していないが悧羅の体調(タイチョウ)が思わしくないのは知ってくれている。朝議(チョウギ)はなくとも顔だけは時折(トキオリ)見せてくれ、と願われたので悧羅が眠っている時に妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)に呼びにいかせるようにした。


悧羅と子に半分ずつ紳の精気(セイキ)が行き(ワタ)るようになったからか少しずつ悧羅の顔色も(モド)り始めたのは二月(フタツキ)()とうかというころだった。真っ白だった(ホオ)にはほんの少し(アカ)みが()してきたがそれでもまだ青白(アオジロ)い。一人で身体(カラダ)を起こす事は(ムズ)かしく紳の胸を借りなければ(スワ)ることもままならなかったが、悧羅は(サイワイ)過ぎると言い続けた。紳が湯殿(ユドノ)などに行く時には子ども達が必ず(ソバ)に着く。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(メイ)()りた時以外は(ハベ)り続けている。起きている時は長く子ども達と話も出来る様になり、舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)には申し訳ないと()びるほどだった。


「俺たちの精気(セイキ)()ってくれたら良いのに」


気遣(キヅカ)舜啓(シュンケイ)がそう言ったが、子が(ハラ)にいる時はその父となる者からしか受け付けないのだ、と紳が教えると仕方(シカタ)ないと(アキラ)めたようだ。(ハラ)に子が居なくても紳からしか(モラ)わぬよ、と悧羅が小さく笑うと、もう!、と少しばかり不満(フマン)そうだったけれど媟雅(セツガ)(サト)されて渋々(シブシブ)ながら了承(リョウショウ)したようだ。媟雅(セツガ)にしてみれば自分以外に精気(セイキ)を分けると言い出す舜啓(シュンケイ)(イヤ)ではないのだろうかと紳が心配したが媟雅(セツガ)はけろりとしたものだった。


舜啓(シュンケイ)にとって母様(カアサマ)は特別だからね。自分を(カエリ)みずに母様(カアサマ)を大事にしてくれてるんだから感謝(カンシャ)しかないよ」


一度ほんの少し(ハナ)れたことで舜啓(シュンケイ)媟雅(セツガ)の間には硬い(キズナ)が出来たようで悧羅に寝物語(ネモノガタリ)として話すとくすくすと笑っている。


「それは何よりじゃ。あれらが仲良(ナカヨ)うにしておってくれねば(ワラワ)(サミ)しゅうなるでの。一度離れてみらばどれだけ(オノレ)大事(ダイジ)な者であったのかわかることもある」


「…俺たちみたいに?」


小さく笑って(ヒタイ)に口付けると、そうだの、と悧羅も笑った。


「まさかまた子を(サズ)かるとは思うておらなんだが。…どちらかのう…?」


紳の手を自分の(ハラ)に当てがって(タズ)ねる悧羅にどっちでも可愛(カワイ)いよ、と紳は言う。まだ触れられては痛むだろうに必ず悧羅は休む前になると紳の手を(ハラ)に当てがってくれる。


「痛むでしょう?無理しなくていいんだよ?」


手を退()こうとする紳を(トド)めて、安心するのだ、と言う。


「紳に()れられておれば(ワラワ)も子も(ヤス)らげる。ただでさえ(ジョウ)()わすことも出来なんだ。…甘えてばかりじゃが(ユル)してたも」


胸に擦り寄る悧羅に、何言ってんの、と紳は嘆息(タンソク)してしまう。


「悧羅が甘えるのは俺だけでしょ?どれだけでも甘えていいの。これを()に他と(ジョウ)()わすような男だって思ってるなら大間違(オオマチガ)いだからね?前にも言ったけど俺は悧羅しか抱けないの。…悧羅と一度離れてから本当(ダレ)見てもそういう気になった事ないし、悧羅を思い出すんだよね。悧羅が今、頑張ってくれてるんだから俺がそれくらい(コラ)えないでどうするの」


「なれど、無理はしてくれるでないよ?休みなく精気(セイキ)を送り込んでくれるは有難(アリガタ)く思うておるが、紳が()たぬのではないかと(アン)じてしまうでな」


微睡(マドロ)み始めた悧羅の背中をぽんぽんと叩きながら、心配するな、と伝える。背中を優しく(タタ)き続けるとまだ疲れの残る悧羅はすぐに小さな寝息(ネイキ)を立て始める。その姿を見てから紳も眠りにつくのがこの所の決まり事のようなものだ。(オダ)やかな寝顔(ネガオ)を見ているとそれだけで安堵(アンド)する。精気(セイキ)を送り込み続ける事で紳が(タオ)れるのではないかと悧羅は(アン)じてくれるが紳にとっては(ギャク)だ。自分が(タオ)れようとも悧羅が少しでも(ラク)になってくれればそれで良い。腕に乗せられた悧羅の頭を()でていると、紳様、と哀玥(アイゲツ)が声を掛けてくる。うん?、と返すとおずおずとしたように顔を上げた。


“…時にはしっかりとお休み下さい。昼も夜も休みなしでは(アルジ)(モウ)される通り御身体(オカラダ)(サワ)りましょう”


「俺は大丈夫(ダイジョウブ)だって。そう容易(タヤス)(タオ)れるような(キタ)(カタ)はしてないから」


“ですが…、あまり深く眠っておられませんでしょうに…。(アルジ)何某(ナニガシ)かあれば小生(ショウセイ)妲己(ダッキ)殿がすぐに気付きます(ユエ)。必ずやお起こししますから…”


心配してくれる哀玥(アイゲツ)に礼を言って手を伸ばして頭を撫でる。確かに精気(セイキ)を送り込み続けなければならないので深く寝入(ネイ)ることはない。寝入(ネイ)ってしまって()()()()()()()()()()()()()()と思うと眠れないと言ったほうが正しいのだが。そうして過ごしてようやく悧羅の身体が少しばかり上向(ウワム)いてきたのだ。ここで紳が手を休めてしまって取り返しのつかない事になったらそれこそ紳は自分を(ユル)す事などできないだろう。


「悧羅や子が頑張(ガンバ)ってくれてるんだから、俺だって少しくらい無茶(ムチャ)もするさ。妓姣(ギコウ)の言ってた五月(イツツキ)を過ぎて悧羅が安心できるようになったらちゃんと休むよ」


小さく鳴く哀玥(アイゲツ)を撫でていると、くっくっと笑う声が妲己(ダッキ)から聞こえる。


無駄(ムダ)なことよ哀玥(アイゲツ)(シン)(アルジ)のこととなれば(オノレ)見失(ミウシナ)うでな。(ワレ)らが気がけておってやればよい。無理だと思うたら()み付いてでも休ませてやることとしようや”


「…()みつきたいだけじゃないの?それ?」


言い方は()()ないがどうやら妲己(ダッキ)にまで心配をかけてしまっているらしい。名を呼んでくれるようになったのは(ウレ)しいが体躯(タイク)を大きく(モド)した妲己(ダッキ)()みつかれては生命(イノチ)を取られかねないではないか。哀玥(アイゲツ)手加減(テカゲン)してくれるかもしれないが妲己(ダッキ)絶対(ゼッタイ)手心(テゴコロ)など(クワ)えてくれはしないのが分かって紳は苦笑した。


“一度くらいは()み付いておってもよかろうよ。…とにかくヌシも(ネム)れ。(ワレ)はともかくとして哀玥(アイゲツ)心労(シンロウ)()えぬのは(ワレ)(コノ)まぬ”


ばしりと強めに尾で(タタ)かれてどうやら妲己(ダッキ)も本当に心配してくれているのだと(サト)る。分かったって、と笑いながらもう一度悧羅を見て(オダ)やかな表情であることを確かめる。ぎゅっと引き寄せてから目を閉じるとふわりと(ヤワ)らかな尾が身体を優しく(タタ)き始めてくれた。らしくない事をしてくれるものだ、と妲己(ダッキ)気取(ケド)られないように小さく笑いながら心地良(ココチヨ)い尾の感触(カンショク)に身を(ユダ)ねると(シズ)むように眠りに落ちていくのが分かる。


これは深く眠ってしまうかもしれない、とは何処(ドコ)かで思ったけれど(ツカ)れの()まりきった身体は(アラガ)うことが出来なかった。



ぽんぽん、と肩を幾度(イクド)か叩かれて紳は(ハジ)かれたように目を()ました。思ったよりも深く眠ってしまっていたようだ。悧羅に何かあったのかもしれない、と急いで腕に収めていたはずの姿を(サガ)すがあるべき者がそこに無い。は?、と身体から()退()いて行くのが分かる。


「悧羅!?悧羅、どこ!?」


(アワ)てて(サケ)びながら(マワ)りを見渡(ミワタ)してようやく気付く。悧羅どころか妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)も居ない。_______寝所(シンジョ)ではないのだ。だが見覚(ミオボ)えのある顔がすぐ(トナリ)にあった。肩を叩いて紳を目覚(メザ)めさせたのもどうやらその者だったらしい。悧羅が腕の中に居ないことに一抹(イチマツ)の不安が()ぎるが()()では(アセ)っても仕方がないことだけは理解できる。(ハヤ)る心を(オサ)えて紳は居住(イズ)まいを正して礼を取った。


(トナリ)(スワ)っていたのは(マギ)れもなく、王母(オウボ)_________その者だった。


(ワタクシ)だけのお呼び出しとは…。悧羅を護れていなかった事への(バツ)をお(アタ)えになられるのでございましょう?」


深く()して礼を取る紳に小さな嘆息(タンソク)が聞こえた。やはり王母(オウボ)(バツ)(クダ)るのだろうと覚悟(カクゴ)を決める。遠からず()()()()()()()とは思っていた事だ。悧羅の懐妊(カイニン)にも気づかず自分の感情だけで()()き続けた挙句(アゲク)、その生命(イノチ)さえ失うところであったのだ。悧羅を娘とし化身(ケシン)として鬼の里に()ろした王母(オウボ)にとれば(ユル)(ガタ)いことだろう。


「どのような(バツ)でもお受け(イタ)所存(ショゾン)にございますが、せめて悧羅が子を産み落とすことが出来るほどの身体になるまでお待ちいただけませぬか?その後であれば(ワタクシ)のことなど切り(キザ)んで頂きましょうが、焼き(ハラ)っていただきましょうが(ツツシ)んでお受けいたします(ユエ)


どうか、とますます(ヒタイ)(ユカ)(コス)り付けて願う紳の耳には流れ落ちる瀑布(バクフ)のような水の音しか聞こえない。悧羅の身を(アヤ)うくしておいてこれ以上の願いをするなど(オロ)か過ぎることだとはわかっているが、今悧羅の(ソバ)を離れるわけにはいかないのだ。どれほどの(ジカン)をそうしていたかは分からないが、ぽんと肩を叩かれた。


(ムスメ)伴侶(ハンリョ)よ、顔をあげよ」


(オダ)やかな声音(コワネ)にゆっくりと紳が顔を上げると眼前(ガンゼン)にゆったりと座る王母(オウボ)の姿が目に入る。余程(ヨホド)(イカ)りに(フル)えているのではないかと思っていたのだが、予想に(ハン)して王母(オウボ)の顔は微笑(ホホエ)みをたたえていた。


(ワタクシ)がお前を呼んだのは(バツ)(アタ)えるためではないぞ?」


ほほほ、と(ヤワ)らく微笑まれて紳はきょとりとするしかない。()()以外で紳だけがこの場に呼ばれる(コトワリ)など無いはずだ。悧羅であれば(ツト)めを(アズ)かるために呼ばれる事はあったが、紳が呼ばれたのはこれで二度目でしかない。しかも一度は悧羅と共に、であったのだ。首を(カシ)げた紳に王母(オウボ)扇子(センス)で口元を(カク)しながら微笑んでいる。


「…まあ少しばかり考えないでもなかったがな。お前に(バツ)(アタ)えてしまっては後々(ノチノチ)(ムスメ)に何と()められるか分からぬでは無いか」


「そのような事はないと(ゾン)じますが…」


あるのだよ、と王母(オウボ)は笑いながら紳を見やる。(コト)は聞かずとも(スベ)て知っている。悧羅を若々(ワカワカ)しく(タモ)っていたのも王母(オウボ)に考えがあってのことだ。その悧羅と(マジ)わるたびに伴侶(ハンリョ)である紳にもその恩恵(オンケイ)が流れ込んでいたようで以前(マミ)えた時よりも紳は若々(ワカワカ)しさを取り戻している。元々(モトモト)(ヨワイ)三十ほどで身体(カラダ)の成長は止まっていたはずだ。能力(チカラ)自体の(オトロ)えがないのは紳が研鑽(ケンサン)()み続けているからだろう。もしかしたら無意識(ムイシキ)の内に悧羅が分け与えていたのかもしれないが、そうだとすれば本当に王母(オウボ)の考えの上を行くことばかりしてくれる。


それほどまでに一時(イットキ)でも長く共におりたいのだろう。


そう思うと自然と笑いが()み上げてくるのも仕方ない。血を()やした者達についてもこれまでの(ハナ)(ヌシ)達はその後を考えることもなく気付くこともしなかっただろう。悧羅が500年前の官吏(カンリ)足取(アシド)りを追っていることは決して無駄(ムダ)ではないが、心を痛めることになることは間違いがない。それが分かるまでにはそう(ジカン)(ヨウ)さないだろうし、分かった後の悧羅の心中(シンチュウ)(オモンバカ)れば紳を取り上げることは悧羅を絶望(ゼツボウ)に追いやることになってしまう_________それは王母の望むことではない。


「娘の身体(カラダ)が思わしくないのは(ゾン)じておった。だがお前がここまで無理(ムリ)をするとは思うて無かったな。…(スデ)大蛇(ウワバミ)(ギョク)(ソコ)をつき始めておるだろう?お前…(ミズカ)らの生命(イノチ)(ケズ)っておるな?」


微笑みながら指をさされて紳は言葉に詰まる。確かに大蛇(ウワバミ)(ギョク)は残り少ない。いざという時のために取っておきたくて近頃では()る事を(ヒカ)えている。とはいえ紳には悧羅と(チギ)る前に溜め込んでいた500年分の余剰(ヨジョウ)精気(セイキ)があるので大した事はない、と思っていたのだ。ほんの少し生命(イノチ)(ケズ)ったとしても悧羅の体調がもう少し上向(ウワム)けば人の子から()れば(マカナ)える程度のことなのだから。


「多少の無理ならば(ワタクシ)には何のこともございません。それで悧羅と子が護れるならば安いものです」


小さく嘆息(タンソク)しながら微笑むと、うん、と王母(オウボ)も笑っている。


「お前であればそうであろうな。…娘も(ギャク)であれば同じことをしたであろうよ。だが、それでは娘が泣いてしまう。(ワタクシ)()()がお前を失って泣くのを見るのは(コラ)えられぬ」


「ですが、今悧羅の(ソバ)を離れるわけには(マイ)りません。今こうしておる間にも痛みに(オソ)われておるのではないかと…」


早く悧羅の(ソバ)に戻して欲しいと願うのだが、王母(オウボ)は、そう()くな、と扇子(センス)を閉じた。閉じた扇子(センス)の先で紳の(アゴ)上向(ウワム)けると、(トキ)に、と微笑みを深くした。


「お前、娘の(ソバ)で一生を終える覚悟(カクゴ)は変わってはないのか?」


「それは(ワタクシ)に悧羅から離れよ、という事でございましょうか?」


問い返した紳に何も応えず王母(オウボ)はただ微笑み続ける。その眼差(マナザ)しをしっかりと受け止めて、(オソ)れながら、と紳は王母(オウボ)を見つめた。


「もしもそのような事を(オオ)せであられるのであれば、この場で(ワタクシ)生命(イノチ)をお取り下さい。(ワタクシ)は悧羅が定命(ジョウミョウ)()げるまで(ソバ)を離れる事は致しませぬ。悧羅が生命(イノチ)を失った時には(ワタクシ)生命(イノチ)もそこで終わると決めておりますれば」


紳の言葉に、であろうな、と王母(オウボ)は声を上げて笑った。特段(トクダン)紳の生命(イノチ)を取ろうなどと考えていた訳ではない。ただその覚悟(カクゴ)を確かめておきたかったのだ。紳の生命(イノチ)王母(オウボ)(ウバ)ったなどとなれば悧羅が後を追おうとすることは分かりきっている。(タガ)いで(オギナ)いあっているからこそ悧羅も無理な(ツト)めでも()(トナ)えず(ツト)め上げてくれるのだ。それは紳がいる里を護りたいという思い(ユエ)だということは王母(オウボ)にも分かる。そうでなければ500年、(ダレ)からも精気(セイキ)()らず(ハナ)(ヌシ)として里を支えられようはずもない。


例え(ハス)の娘だとしても(コトワリ)(イッ)している。そのような(コトワリ)(ハズ)れる事をし続けて(ナオ)(ハナ)が枯れ落ちなかったことが王母(オウボ)にも不可思議(フカシギ)でならない。(コトワリ)の中にいる者達の事ならば先を読み取る事など容易(タヤス)いが悧羅はその先を歩いていってしまうのだ。


500年前に紳と(タモト)(ワカ)つ事になった時からそれは顕著(ケンチョ)になった。子袋(コブクロ)(ツブ)精気(セイキ)()らず生命(イノチ)(ケズ)り続けた。()ろした鬼の子たちはもう戻らないだろうと思っていたが悧羅は気付き里をあるべき場へと戻した。初めに華を増やしてやったのはほんの(タワム)れに過ぎなかった。(ハス)の娘であろうとも里を(ウツ)せば(スベ)ての華が開くだろうと思っていたからこそ、移すことに必要な分だけを(オギナ)ってやるつもりだったのだ。里に戻ってしばらく娘を近くで()でれれば華として戻るだろうとも考えていた。


だがそれら全てを悧羅は超えて行くのだ。


華は残り民達(タミタチ)を護り王母(オウボ)(ニン)じることさえ(ミズカ)らを(エサ)にしてまで確実に(ツト)めあげる。(ダマ)って見ていることが出来ないほどに…。王母(オウボ)もそう幾度(イクド)も手を貸す事を(ヨシ)としているわけではないのだが、どうも悧羅を見ていると手を差し伸べたくなってしまう。


これも悧羅が王母(オウボ)の考えの先を行っているからかもしれない。王母(オウボ)の心さえ動かすなど今までの者たちでは考えられなかったことだろう。


「お前もなかなかに手のかかる者を伴侶(ハンリョ)としたものだな」


扇子(センス)で紳の(アゴ)を支えたまま王母(オウボ)が苦笑する。


「手がかかるなどと(オオ)せになられますな。悧羅の(ソバ)におれることがどれだけ(ワタクシ)にとっての(サイワイ)であるかなど(ゾン)じておいででございましょう。悧羅以上に、(ワタクシ)(サイワイ)にしてくれる者などおらぬのです」


「それでお前の生命(イノチ)(ケズ)られようともか?」


「悧羅の役にたてるのであらばそれもまた(サイワイ)でございます」


視線(シセン)(ハズ)さずに(マヨ)うことなく応える紳から扇子(センス)(ハズ)して王母(オウボ)(オダ)やかに笑った。考えてみれば紳もまた異質(イシツ)だ。悧羅が精気(セイキ)()らないことを知らない内から悧羅にしか分けぬと決め鬼の本能(ホンノウ)に何なく(アラガ)ってみせた。人の子からほんの(ワズ)かばかりの精気(セイキ)()っていたようだが如何(イカ)にそれを()め込もうとも500年、自己(ジコ)研鑽(ケンサン)し続けることなど容易(タヤス)い事ではない。


これもまた(ハス)の娘の歯車(ハグルマ)に必要だという事か。


ふふふ、と声を上げてしまうと(ハラ)(ソコ)から笑いが込み上げてくる。(コラ)え切れずに高らかに声を上げて笑う王母(オウボ)に紳が目を見開いてしまう。いつも(オダ)やかな姿しか見せていなかった王母(オウボ)が本当に可笑(オカ)しいというように笑い続けているのだ。


「あいすまぬ」


ひとしきり笑うと笑い過ぎて浮かんだ涙をふっくらとした指で(ヌグ)いながら王母(オウボ)はいつもの(オダ)やかな顔に戻った。手を、と(ウナガ)されて紳はよく分からないまま両手を差し出す。左の手首に悧羅との(チギ)りの(キズ)を見つけてそこに王母(オウボ)がふっくらとした手を当てた。ちくり、とした痛みが走ったが特に何を言うでもない王母(オウボ)に紳も言葉を出す事は出来ない…が、痛みの次に来たのは(フル)え上がるほどの身体に流れ込む精気(セイキ)(ナミ)だった。大蛇(ウワバミ)(ギョク)()(クダ)いた時とは(クラ)べものにならないほどの精気(セイキ)(ウズ)に呑み込まれそうになる。


____________何だ、これ________?


呑み込まれそうになる意識(イシキ)を必死に(タモ)つと王母(オウボ)の触れている部分に少しずつだが精気(セイキ)が集まり始めるのを感じた。大きく息をついて()()意識(イシキ)(メグ)らせると急速(キュウソク)精気(セイキ)凝固(ギョウコ)していくのが分かる。同時にちくりとした痛みがずっと続いていた事にも気づいた。精気(セイキ)が手首に凝固(ギョウコ)してしまうと痛みも消え同時に王母(オウボ)の手が退()かれる。手を確かめようとした紳に、娘を(タノ)む、と王母(オウボ)の声と共に手を(タタ)く音が聞こえた。瞬時(シュンジ)に紳はいつもの寝所(シンジョ)に戻されている。すぐに(アタ)りを見回すと布団(フトン)の中で安らかな寝息(ネイキ)を立てている悧羅の姿が見えて大きく嘆息(タンソク)した。


よかった…、無事(ブジ)のようだ…。


安堵(アンド)しながら悧羅の(ホオ)を撫でていると起きていたのだろう。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)が身を起こしている。寝所(シンジョ)から突如(トツジョ)紳が消えたのだ。そんな事を出来るのは王母(オウボ)だけだと分かっていたから(アセ)りはしなかったのだろうが、戻るまでの間悧羅を護ってくれていたことに礼を言う。


王母(オウボ)様からのお呼び出しですね。何やら急ぎの(ツト)めでも?”


小声(コゴエ)(タズ)ねる哀玥(アイゲツ)に、いや、と首を振る。


「何だか確かめられただけのような…。よく分からないけど笑われた」


笑われた?、と首を(カシ)げる哀玥(アイゲツ)妲己(ダッキ)(ウナズ)いて悧羅の横にそっと(スベ)りこむ。起こさないように静かにしたつもりだったのだが衣擦(キヌズ)れで顔が(コス)れてしまったらしい。小さく声を上げて目を開けてしまった悧羅が擦り寄ってくる。


「…何処(ドコ)ぞに行っておったのか…?」


離れていた事など知る(ヨシ)もないのにそう聞いてくる悧羅に、どうして?と(タズ)ねると寝間着(ネマギ)()えている、と身体に腕が(マワ)された。そんなに長く離れていたのか、と妲己(ダッキ)を見ると半刻(ハンコク)だ、と鼻を鳴らしながら一言応えがあった。


「…王母(オウボ)様からのお呼び出しだよ。何でもない事だった」


悧羅を抱きしめながら(ヒタイ)に口付けると、王母(オウボ)?、と悧羅が紳を見上げる。悧羅を置いて紳だけを呼び出すなど何でもない事のはずがない。


「何ぞされなかったかえ?何処(ドコ)か痛む、()けているなどということはあるまいな?!」


(アセ)って起きあがろうとする悧羅を(アワ)てたように妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(トド)める。紳も身体が起き上がらないように抱きしめようとしたのだがするりと抜けて悧羅が半身(ハンシン)を起こしてしまった。


「こら!無理するな」


腕を着いて身体を起こしているがあまりに(アワ)てているようで紳の身体をどうにか確かめようとしている。着いている腕を離すとぐらりと(カタム)く悧羅の身体を両側から妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(ササ)えた。


(アルジ)よ、お休みください”


二人が(タシナ)めているが紳の身体がどうにかなってしまったのではないかと(アセ)る悧羅は言う事を聞いてはくれない。どうにか紳の身体を確かめようとする悧羅に紳が近寄って抱きしめると手や足がある事をひらひらと振って見せる。胸の中から両手を伸ばして紳の顔にひとしきり触れるとようやく何処(ドコ)も欠けていない事がわかったようだ。


「…よかった…」


大きく息をついてぐったりと紳の胸に寄りかかった悧羅に、大丈夫だって、ともう一度伝えて背中を叩く。かたかたと小さく(フル)えている身体でどれだけ紳を心配してくれていたのかが伝わってくる。起き上がれないはずの身体を(タタ)き起こしてまで紳を(アン)じてくれる想いの強さは嬉しかったけれど、無理をするなととりあえず(イサ)めておく。


「ほら、横になるよ」


背中をさすりながら言ってみるのだが悧羅は首を振るばかりだ。やれやれと紳が嘆息(タンソク)すると哀玥(アイゲツ)妲己(ダッキ)が、せめて、と()布団(フトン)を悧羅の身体に(マト)わせる。


“お身体をお冷やしになられてはなりませぬ”


“…今は紳から離れたくないのであろうからな…。(イタ)し方あるまい。ヌシが悪いのだぞ?”


責めるような目で妲己(ダッキ)に見られて紳は苦笑するしかない。自分の意思で王母(オウボ)の元に行ったわけではないのだが、悧羅にそれを伝えてしまったのは確かに紳の失態(シッタイ)だ。ゆっくりと落ち着けてから話せばここまで焦らせることはなかっただろう。掛けられた布団(フトン)で悧羅を包みながら本当に大丈夫だから、ともう一度伝えてみる。言葉はないが何度も胸の中で(ウナズ)く悧羅に精気(セイキ)を送り始めると、(オドロ)いたように顔を上げた。


「…どうかした?」


きょとりとして首を(カシ)げながら悧羅に精気(セイキ)を送り込み続けるのだが、悧羅の目は見開かれていくばかりだ。ようやく収まってきていた悧羅の身体が(フタタ)(コマ)かく(フル)えだして、紳、と(シボ)りだすように出された声もまた(フル)えている。なあに?、と(オダ)やかに返すが悧羅の顔がどんどん青ざめていくのは仄暗(ホノグラ)い部屋の中でも見てとれた。


「…(シン)…、其方(ソナタ)何をされた…?」


胸の寝間着(ネマギ)(ツカ)む悧羅の(フル)えが強くなって、何も?、と応えながらとりあえず落ち着くように背中をさする。けれど頭を振りながら何があった?と食い下がってくる悧羅に紳はますます首を(カシ)げるしかない。


「ただ確かめられただけだよ?この先もずっと悧羅の(ソバ)から離れる気はないのかって。当たり前だって応えたけど。そんなの聞かなくても分かるのにね?」


くすくすと笑って見せるが悧羅は青ざめた顔のままだ。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)も、(アルジ)?、と擦り寄ってくるが(フル)える声は、(ホカ)には?、と()り返し(タズ)ねてくる。


(ホカ)って言われてもなぁ…。ああ、手を出せって言われたから出したけど…」


「手?」


目を見開いて紳の胸から離れた悧羅が(カタム)いて擦り寄っていた妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(アワ)てて支える。こら、と引き戻そうとした紳の手を悧羅は(ツカ)むと自分の前に引き寄せて確かめる。


「…何ということを…」


ぽつりと(ツブヤ)いた刹那(セツナ)、悧羅の身体が(クズ)れ落ちてそのまま声を上げて泣き始めた。唐突(トウトツ)慟哭(ドウコク)に急いで紳が悧羅を抱き上げて胸に(イダ)く。


「どうしたの?ほら、落ち着いて、身体に(サワ)るだろ?」


送り込もうとした精気(セイキ)を悧羅が(コバ)む。ますます(イブカ)しみながら名を呼ぶと泣きじゃくりながら手を見るように言われてしまう。何が何やらと思いながら悧羅を胸に(アズ)かって両手を見ると(チギ)りの傷痕(キズアト)の下に小さく光るモノが見えた。確か王母(オウボ)()れた所だ。目の前に持ってきて確かめるとそこにあったのは哀玥(アイゲツ)の目の下にあるモノと同じ小さな(ハス)の華だった。あれ?、と首を(カシ)げてしまうと悧羅はますます泣きじゃくって紳にしがみついた。


「何ということを…。其方(ソナタ)(ワラワ)と同じになってしもうた…。哀玥(アイゲツ)のように望んだものではあるまいに…、どうしたら良いのだ…」


「悧羅と同じ?哀玥(アイゲツ)?どういうこと?」


聞いてみるが悧羅は胸の中でどうすれば、と泣きじゃくるばかりだ。哀玥(アイゲツ)、と呼ぶと少しばかり背筋(セスジ)を伸ばして哀玥(アイゲツ)が紳に寄ってくる。手首の華を確かめると、なるほど、と(ウナズ)いた。


“紳様は小生(ショウセイ)と同じく(アルジ)精気(セイキ)(ヒト)しい者となられたのです。小生(ショウセイ)は望んで眷族(ケンゾク)となりましたが、紳様は王母様(オウボサマ)に植え付けられたのでしょう。身体の精気(セイキ)が変わり始めておるのです。そこから王母様(オウボサマ)の場にある蓮の華から精気(セイキ)を取り込む事が出来るようになるのですが…、これは(アルジ)眷族(ケンゾク)となった者にしか与えられぬモノですので…”


「…俺も悧羅の眷族(ケンゾク)になったってことか?」


“…いえ、小生(ショウセイ)とは(コト)なる華の咲き方でございますれば、何と申し上げましょう…。(アルジ)の一部となられたと申し上げた方がよろしいでしょうか…”


なるほど、と笑う紳に笑い事ではない!、と悧羅が声を張り上げる。


「このような事…、許されることではない。紳は(ワラワ)のものじゃがこのような事を望んでなどおらぬ!」


泣き叫ぶ悧羅は今にも王母(オウボ)の場を目指して()けて行きそうな勢いだ。何処(ドコ)にあるか分からない王母(オウボ)の場などどれだけ()けたとて迎えいれられなければ辿(タド)り付けるはずもない。三人掛かりで(オサ)えて紳の胸の中に(トド)めながら、とにかく落ち着け、と紳が悧羅に口付ける。泣き叫んでいた口を(フサ)がれてしばらくするとどうにか声が小さくなった。(クチビル)を離すと、どうすれば、と小さく(ツブヤ)いている。それに笑って紳は、良いじゃないか、と悧羅の涙を拭いた。


「何を言う…。何も良い事などない」


首を振る悧羅に紳は、いいよ?と笑みを深くした。


「俺が悧羅の者って(シルシ)なんだろ?それ以外は何にも変わらない。悧羅の一部になれたんなら何より(ウレ)しいことなんてないじゃないか。これで少しでも悧羅を助けろって王母様(オウボサマ)の優しさだよ。本来なら悧羅を傷つけたんだから(バツ)を与えられるところだ。…悧羅の一部になる事が(バツ)なんだったらどれだけでも植え付けてもらって(カマ)わないさ」


なれど、とぽろぽろと泣く悧羅の涙を拭きながら紳は続ける。


「悧羅と全てを共にするって印だ。死ぬ時だって一緒だよ?どちらか先に見送るなんて心配もしなくていいんだ。哀玥(アイゲツ)だって華を持ってるけど、ちゃんと哀玥(アイゲツ)としての自我(ジガ)で動いてる。悧羅を助けるために精気(セイキ)(ユズ)り受けていいってことなんだろう?」


“…そういうことであるかと…”


()を示した哀玥(アイゲツ)に、ほらね?、とまた紳は笑いながら悧羅を抱きしめて精気(セイキ)を送り始める。(アラガ)おうとした悧羅に、駄目だよ?、と伝えると(アキ)らめたのか受け入れ始めてくれた。


「俺の精気(セイキ)であることには違いないんだから。今度王母様(オウボサマ)(マミ)えた時に悧羅が怒りたいなら怒ればいい。でも俺はこれでいいからね?」


小さく笑い続けながら伝える紳の胸の中で悧羅は泣き続ける。すまぬ、すまぬと幾度(イクド)も繰り返しながら泣く悧羅に、本当に俺は(シアワセ)なんだ、と紳は伝え続けた。

王母様は優しいのかイジワルなのか…。

分からない人だなあと筆者も思います。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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