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縁【陸】《エニシ【ロク】》

こんにちは。

更新いたします。

じわじわと押寄せる(シビ)れた(アシ)ではどうすることもできず湯殿(ユドノ)に入った悧羅(リラ)(スベ)てを(シン)(マカ)せるしかなかった。加嬬(カジュ)を呼ぶと言ってみたのだが駄目(ダメ)だと一蹴(イッシュウ)されてしまう。身体(カラダ)(キヨ)められ(カミ)まで洗われて、それくらいは出来ると言うのだが紳は聞いてくれない。自分の身体も清めてから悧羅を抱き上げて湯船(ユブネ)に入り膝に乗せてからゆっくりと(アシ)(ホグ)し始める。(シビ)れと膝を曲げるたびに痛みがあるのか(マユ)を寄せる悧羅が自分ですると言うがそれにも紳は首を振る。こんなになるまで紳を(オモンバカ)ってくれた悧羅を少しでも楽にしたかった。


「ごめんな、痛いよね。少し我慢(ガマン)して。湯で温めると早く治るはずだから」


(ホウ)っておいてもその内(モド)る。そう気にせずともよい」


笑いながら紳とは(ギャク)の脚を悧羅は自分で(ホグ)し始める。(タイ)したことではない、と言ってはいるが(シビ)れと痛みが強いことは見ていて分からないはずがない。


本当に無理ばかりさせてしまった。


(ツカ)れているだろうに何を言うでもなく紳の気持ちだけを何よりも大切に思ってくれたからこそ、無理強(ムリジ)いした夜毎(ヨゴト)(ジョウ)も受け入れ昼間の(ツト)めも行い取れるはずの休息(キュウソク)も取らせていなかった。(シマ)いには()()だ。四刻半(シコクハン)も膝を曲げて座ったままで途中(トチュウ)どれだけの痛みがあったことだろう。紳が目覚(メザ)めた時には(スデ)感覚(カンカク)も無かったようだ。大した事ではない、と悧羅は言うがそれが容易(タヤス)く行えることでは無いことくらい紳でも分かる。紳が悧羅の頭を腕に乗せたり膝に乗せたりする事とは(ワケ)(チガ)う。悧羅の身体(カラダ)何処(ドコ)も羽の様に軽いのだからどれだけ乗せていても紳の腕や脚が(シビ)れることなどない。だが(ギャク)は別だ。ただでさえ細すぎる身体に同じ体勢を()いた上、動けなくなるほどの痛みを与えてしまうなど本当に自分が(ナサ)けなく感じて紳は大きく溜息(タメイキ)をついた。


「本当にごめん。無理ばっかりさせてる」


「だから()びてくれるなと申しておるに。何をそんなに()いる事があろうか?」


くすくすと笑いながら自分の脚をさすったり()んだりして悧羅は紳を見上げると泣き出しそうな紳の顔が目に(ウツ)った。そんな顔をしてくれるでない、と笑う悧羅に、でも、と紳は何か言いたそうだ。


「気にするで無い。(ワラワ)と紳は(ツレアイ)であろう?(ワラワ)(クル)しゅうて(タマ)らなんだ時、紳は()えず(ソバ)におってくれたではないか。それと同じことをしたまでじゃ」


ふふふ、と小さく微笑(ホホエ)む悧羅は本当に(ウレ)しそうだ。紳の助けに少しでもなれたことが(サイワイ)(タマ)らぬ、と言ってくれる悧羅の脚を()(ホグ)しながら見上げた(クチビル)にそっと口付ける。


「おや、褒美(ホウビ)をもろうてしもうた」


小さく笑いながらまた視線(シセン)(ミズカ)らの脚に(モド)して大分動くようになったと紳に見せてくれる。うん、と(ウナズ)きながら片手で悧羅を強く抱きしめる。これほどまでに紳を(イト)しく想ってくれている者など悧羅以外にいないだろう。そう伝えると、紳もであろ?と笑われる。


(ワラワ)の事を何より(イト)しく想うてくれるは紳以外におらぬでは無いか。(ワラワ)にとれば(シン)がいないことなどもう考えられぬし考えたくもないな」


いつの間にか当たり前になった二人で湯を使う事も、膝に乗せられて抱きしめられる事も些細(ササイ)な事だろうが悧羅にとれば望んでも手に入らないと思っていたものだ。それが当たり前だと思えるほどに離れていた500年を忘れさせてくれるほどに紳は悧羅を大切にしてくれている。であれば悧羅が出来る事であれば(タト)身体(カラダ)(キシ)んでも紳が望むままにしたいのだ。紳が望み(イヤ)されてくれるのであれば脚の痛みや(シビ)れでも(イト)おしく思えてならない。


「それは同じだけど無理させたくはないんだよ。悧羅は俺の事ってなると(イヤ)って言わないからさ。…それに甘えてる俺もどうかと思うけどね」


頭上(ズジョウ)溜息(タメイキ)がつかれて(フタタ)び悧羅が紳を見上げた。おや?、と(アデ)やかに笑いながら(イヤ)だなどと言うはずもない、と伝える。


「甘えさせてくれるは紳であろ?時には(ギャク)でも良いではないか。(ワラワ)にはこれ以上ない(ホマレ)であるほどに」


「悧羅は俺に甘いからなあ」


「それは紳であろ?」


笑い合って口付けると(タガ)いが(タギ)り始める。さすがに今日ばかりは休ませたいのだが動くようになった(アシ)で悧羅が紳に向き直った。そのまま紳を受け入れながら膝に乗られてはさすがに(コラ)えきれない。すぐにでも動きだしたい気持ちだけを(オサ)えて悧羅を押し付けると紳を(タギ)らせる甘い声がすぐ耳元(ミミモト)で聞こえた。おくれ、と甘い声で言われて(タガ)(ハズ)れそうになるのも(コラ)える。


「さすがに今日は悧羅も休ませるよ?何だか皆に顔色が悪いって言われてるみたいだし…」


「そう見えるかえ?」


(ウル)んだ目で見つめられて紳もよくよく悧羅を見るが、()で温まった今ではほんのりと(アカ)()まった(ホオ)しか見えない。明日の朝しっかりと確かめるしかなさそうだった。


「でも本当に今夜は休ませるからね。…ここで終わりだよ?」


「そのようにせんないことを言うてくれるでないよ…。(ワラワ)は紳と(ムツ)み合いたいというに…」


「そんなに可愛(カワイ)い事言っても今夜は駄目(ダメ)。ただし、これで満足させてみせるから」


もう、と(ホオ)(フク)らませた悧羅に深く口付けて紳は悧羅を抱き上げて突き上げはじめた。宣言(センゲン)通り一度で悧羅を満足させるために、これまで悧羅が()やしてくれたことに感謝しながら幾度(イクド)絶頂(ゼッチョウ)(ミチビ)いていく。意識(イシキ)手放(テバナ)し始めた悧羅と(トモ)()てて、くったりとした身体を抱き上げて湯殿(ユドノ)から出たのは一刻(イッコク)()ってからだった。


湯殿(ユドノ)から出てきた紳がまだ悧羅を(カカ)えている事に待っていた磐里(バンリ)加嬬(カジュ)妲己(ダッキ)さえ首を(カシ)げたが、湯当(ユアタ)りしたと言う紳の言葉で納得した。鏡台(キョウダイ)の前に座らせようとしたが、くったりとした悧羅は自分の力で体勢(タイセイ)(タモ)つ事が出来ず苦笑した紳が自分の胸に悧羅の身体を(アズ)かった。まあまあ、と笑いながら悧羅の寝支度(ネジタク)(トトノ)え始める磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が冷たい水を紳に(ワタ)してくれる。礼を言って受け取りながら紳は妲己(ダッキ)に声をかけた。何だ?、と悧羅に()り寄っている妲己(ダッキ)近頃(チカゴロ)悧羅の体調(タイチョウ)が思わしくないのか、と(タズ)ねる。


(アルジ)はどうもないと言われるがな。…お顔色が(スグ)れぬとは思うておる”


「いつから?」


気怠(ケダル)そうにしておられたは五日(イツカ)ほど前からであったがな。少しばかりお()せにもなられたようであるし、この(アカ)りの中では何とも言い(ガタ)いが()の光の元で見れば何となくであるな”


そうか、と預けられた身体がずれないように抱きしめながらやはり無理をさせていたのが原因(ゲンイン)だろうと紳は思った。


“ヌシが気づかぬもの無理はなかろうよ。(アルジ)はヌシの前では気を抜いておられなんだからな。…それほどにヌシを気遣(キヅカ)っておられたのだろうて”


「俺が気づかないってどれだけだよ。昼間俺が(ツト)めに出てる間は休んでないのか?」


水を飲みながら聞くと、ないな、と溜息(タメイキ)混じりに妲己(ダッキ)が言う。


「少しはお休みくださいませと私共(ワタクシドモ)も申し上げておりますのですが、(ツト)めの文書(モンジョ)も後を()たないものですから…」


(ジカン)を見つけてはお休みいただくように申しておりますが、何やら考え込んでおられることも(オオ)ございますね」


磐里(バンリ)加嬬(カジュ)もそれぞれに心配していたようでこれ(サイワイ)にと紳に教えてくれる。


千賀(センガ)のように先代(センダイ)一掃(イッソウ)した縁者(エンジャ)達が短命(タンメイ)ではないか、と思うておられるようだ。荊軻(ケイカツ)殿に調べさせておられる。(ワレ)哀玥(アイゲツ)にも荊軻(ケイカツ)が調べた場にまだ住んでおるのか確かめよと(メイ)じられることもある”


「そんな大事(オオゴト)(カカ)えてたのか…」


(ツカ)れが溜まって当たり前だ、と嘆息(タンソク)する紳に、ヌシのためだろうて、と妲己(ダッキ)が尾で紳を(タタ)いた。


“同じようなものがおってまた同じような事が起きんとも(カギ)らぬだろう。()()()がまた近衛隊(コノエタイ)(ゾク)しておればヌシの心が(クズ)れかねぬ、と思うておられるのだ”


有難(アリガタ)く思え、とまた尾で(タタ)かれて持っていた水を悧羅にこぼしそうになりながら、分かってるよ、と紳は苦笑する。そんなことを考えて動いてくれているとは知らなかった。紳がいつも通りであればすぐにでも(シラ)せて動きたかったのだろうが、荊軻(ケイカツ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)としか動いていないということは悧羅も里に降りながら見聞(ケンブン)し確かめていたのだろう。それでは昼間休む(イトマ)もないわけだ。その上夜は夜で紳に()()かれ続け眠りも取れていないのであれば、いつ(タオ)れてもおかしくはない。紳が寝ている間に枕元(マクラモト)にあった文書(モンジョ)の山は荊軻(ケイカツ)からの()()に対する(シラ)せなのだと思われた。


やれやれ、と大きく嘆息(タンソク)して寝支度(ネジタク)の終わった悧羅を抱き直す。本当に明日の朝にはしっかりと悧羅の顔色を確かめなからばならないようだ。


“ヌシがせねばならぬことは一日も早く此度(コタビ)の件を飲み込むことだ。でなけれは(アルジ)は無理をし続けてしまわれる”


無理にとは言わぬがな、とまた嘆息(タンソク)する妲己(ダッキ)に、もう大丈夫(ダイジョウブ)だ、と紳は笑って見せた。一日中眠れていたこともあるかもしれないが、どれだけ悧羅が紳を(イタワ)(オモンバカ)ってくれているかが分かった。これ以上ないほどに()やしてもらえたからか、心に残っていた鬱々(ウツウツ)とした気分も身体を(オオ)っていた気怠(ケダル)さも(ウソ)のように消えている。紳の中で一番大切な者が何であるのかを(フタタ)び確かめる事が出来たからかもしれないが、本当に晴れ晴れとした心持(ココロモ)ちなのだ。夕餉(ユウショク)如何(イカガ)なさいますか?、と磐里(バンリ)(タズ)ねてくれたが(ヨイ)()けているし悧羅も眠ってしまっている。


「明日の朝餉(チョウショク)としてもらうよ。せっかく作ってくれたんだしね」


悧羅を抱き上げながら立ち上がると、ではそのようにと二人が妲己(ダッキ)と共に部屋を()した。おやすみ、と三人に声を掛けてからくったりとしたままの悧羅と共に布団(フトン)に入る。温まり過ぎた身体に冷たい布団(フトン)感触(カンショク)が心地良かったが悧羅に(ヤマイ)など引き起こさせてはならない。しっかりと抱きしめてすでに冷え始めた悧羅の身体を()布団(ブトン)でくるんだ。紳の約束通り湯殿(ユドノ)の中で(オボ)れきった悧羅は目を開けることさえしない。紳が眠れていない以上に悧羅も眠れていなかったのだろうから深い眠りに落ちてくれているだけでも安心する事ができる。小さく寝息(ネイキ)をたてる悧羅を抱きしめて(ムラサキ)の髪に顔を(ウズ)めると香油(コウユ)(ニオ)いに混じって悧羅の(ニオ)いがする。こんな風にゆっくりと悧羅を抱きしめたこともしばらくなかった。妲己(ダッキ)女官達(ニョカンタチ)()ては荊軻(ケイカツ)までも悧羅の体調(タイチョウ)(スグ)れないことに気づいていたのに一番に気づくべき自分が全く気づけていないことが(ナサ)けなかった。抱きしめたままで精気(セイキ)を送り込みながら朝になればまずは悧羅の身体を()ようと決めて紳ももう一度眠りに落ちていくことにした。



腕の中の悧羅が小さな(ウメ)きを上げたのはもうそろそろ磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が声をかけにくるであろう頃だった。昨日までの紳では気付かないほどの小さな(ウメ)きではあったがその時は違った。目を開けると腕の中の悧羅はまだ目を閉じたままなのだが何かが違う。眠っているようなのだが(ウナ)されているようではない。御簾(ミス)の中の薄暗(ウスグラ)い中にあって悧羅の顔色が青白(アオジロ)く見える。(ヒタイ)に手を当てて身体の中を()始めると昨日まであったはずの余剰(ヨジョウ)の精気が極僅(ゴクワズ)かになっている。眠る前にも送り込んだはずなのに一晩(ヒトバン)でここまで減ることなど有り得ない。何処(ドコ)か痛むのか顔を(シカ)めている悧羅を一旦(イッタン)離して(トコ)に横たえると声をかけて見る。幾度(イクド)か声をかけると目を開けた悧羅が(ノゾ)き込んでいる紳を見つけて首を(カシ)げた。


「悧羅、何処(ドコ)か痛む?」


目が開いたばかりの悧羅は問われている意味がよく分からないのかますます首を(カシ)げている。微睡(マドロ)む目を(コス)りながら、いいや?、と応えているが一瞬顔を(シカ)めたのを紳は見逃(ミノガ)さなかった。


(ウソ)つかないの。何処(ドコ)?」


(ヒタイ)に手を当ててとりあえずの精気(セイキ)を送り込みながらもう一度紳が(タズ)ねると(アキラ)めたのか、(ハラ)だ、と小さく嘆息(タンソク)している。


「なに、古疵(フルキズ)が少しばかり痛むだけじゃ。何ということもない」


「そんなわけないでしょ?俺が一緒に居るようになってからそんなに痛むこと無かったじゃないか」


()いた手で悧羅の古疵(フルキズ)のある場所に触れると余程(ヨホド)痛むのか小さく息を止めている。少し我慢(ガマン)して、と腹を(サグ)る。下腹(シタバラ)(キズ)自体が()れたり(アカ)くなっているところは見当たらない。ということは中か、と(サグ)っていくと触れた部分に()()()()を感じてふと手を止めてしまう。もしかして、とは思うが有り得ないとも思った。触れた手はそのままに少し考えるが悪い方にばかり考えが(メグ)る。けれどそう考えれば一度に精気(セイキ)が使われたのも合点(ガテン)が行く。


「最近咲耶(サクヤ)はいつ来た?」


咲耶(サクヤ)?、と問い返す悧羅に、いいからと応えを(ウナガ)す。


千賀(センガ)の事のしばらく前であったとは思うが…?」


悧羅の応えに紳の背中に冷たい汗が走った。小さく(フル)えだすのを(コラ)えて妲己(ダッキ)を呼ぶように悧羅に伝える。ますます首を(カシ)げる悧羅に(タノ)むからと願うと、よく分からないのだろう。きょとりとしながらも、妲己(ダッキ)(オダ)やかに呼んでくれた。何処(ドコ)からともなくするりと現れた妲己(ダッキ)に、紳が呼んだ、と伝えてくれている。


“何だ、ヌシか。(ワレ)を呼びつけるなど…”


鼻を鳴らしながら紳を見た妲己(ダッキ)がその顔を見て近づいてくる。耳を紳の顔に()せると悧羅に聞こえないように用件を伝えられて、承知(ショウチ)とまたするりと消えた。妲己(ダッキ)ならば(メン)も通っている。すぐに連れてきてくれるはずだ。


「何がどうしたというのだえ?」


消えた妲己(ダッキ)を見ながらまだきょとりとしている悧羅を抱き起こして紳が強く抱きしめる。精気(セイキ)を送り込むことを速めながら、どうか()ってくれと()き上がってくる(フル)えを悧羅に気取(ケド)られないように大きく紳は息をついた。紳?、と腕の中から見上げている悧羅にごめんと(アヤマ)るとまたきょとりとしている。


「何を()びておるのだ?ただの古疵(フルキズ)の痛みじゃ。気に()んでおるのか?それならば気にするな」


青白い顔のままで微笑(ホホエ)みながら気遣(キヅカ)う悧羅に紳は何も言えない。もしも紳が思っていることが間違(マチガ)いでなければ深く悧羅を傷付(キズツ)ける事になってしまう。自分のことばかりに気を取られ過ぎて悧羅のことを(ナイガシ)ろにしてしまった(ツミ)ということか。(クチビル)()むしかない紳の(ホオ)に悧羅が()れた。


「どうした?何をそのように(アン)じておる?」


うん、と言いながら身体を冷やさないように布団(フトン)で悧羅を(ツツ)んでから抱きしめ直す。ごめん、ともう一度(アヤマ)ると、だから何じゃ?、と悧羅はきょとりとしたままだ。


「俺って本当に最悪(サイアク)だよ」


嘆息(タンソク)する紳の胸に()り寄りながら精気(セイキ)を送り込まれて悧羅がほうっと息をついている。やはりかなり身体が気怠(ケダル)かったのだろう。


「何をそう思うておるのか知らぬがな…。紳が最悪なものか。(ワラワ)の一番の伴侶(ハンリョ)なのだえ…」


送り込まれた精気(セイキ)(ハラ)の痛みも幾分(イクブン)(ヤワラ)いだのか、とろりと微睡(マドロ)み始める悧羅に休めるなら休んでていい、と紳が伝える。紳は?、と(タズ)ねられて、妲己(ダッキ)を待つと応える紳にやはり何か(アン)じているのだ、と悧羅は思う。だが何をそんなに(アン)じているのかが分からない。聞いても応えてはくれないだろうと思い直して目を閉じようとすると部屋の戸が静かに開けられた。御簾(ミス)ごしだが妲己(ダッキ)気配(ケハイ)ともう一つ。何とも(ナツ)かしい気配(ケハイ)に、おや?、と悧羅が身を起こそうとした。それを紳が(トド)めて妲己(ダッキ)にこちらに通すように伝えている。戸が閉められて、少し体躯(タイク)を大きくした妲己(ダッキ)御簾(ミス)を上げると、おやおや、と微笑(ホホエ)んでいる妓姣(ギコウ)の姿があった。妓姣(ギコウ)、と(オドロ)く悧羅を強く抱きしめて紳が礼を言っている。何が何やら分からないでいる悧羅の(ハラ)妓姣(ギコウ)が触れる。退()いていた痛みが(ワズ)かに戻ってきて顔を(シカ)める悧羅を紳が強く抱きしめてくれる。


「お久しゅうございますな、長様(オササマ)。…で、いつからでございましょうや?」


何が?、と聞く悧羅に、痛みですな、と妓姣(ギコウ)(オダ)やかに微笑(ホホエ)むばかりだ。


「痛んできたのは五日(イツカ)ほど前からかの…。なれど妓姣(ギコウ)(セン)だって物忌(モノイ)みはあったえ?何故(ナニユエ)其方(ソナタ)が呼ばれたのかが(ワラワ)にはとんと分からぬ」


うんうん、と(ウナズ)きながら、よいしょ、と妓姣(ギコウ)は立ち上がって悧羅の足元に座り直した。


「少しばかり失礼いたしますよ、長様(オササマ)


は?、と(オドロ)いている悧羅を横目に妓姣(ギコウ)(ハラ)の中を()始めた。紳を受け入れることには()れているが、こればかりは悧羅も()れない。身体(カラダ)(アズ)けていた紳の胸をつい(ツカ)んでしまうと、頑張(ガンバ)れ、と紳が抱きしめる腕に力を込めてくれた。六人産んだがその都度(ツド)()られていたよりも長い(ジカン)をかけて妓姣(ギコウ)(ハラ)の中を()られて大きく息をつかなければやり過ごせなかった。どうにか妓姣(ギコウ)診察(シンサツ)が終わった時には悧羅の(ヒタイ)には(ウッス)らと汗が(ニジ)んでいた。ようやく()(ハナ)たれてまた痛みだした(ハラ)にも顔を(シカ)めてしまう。いつの間にか妲己(ダッキ)が持ってきていた手桶(テオケ)で手を洗う妓姣(ギコウ)に紳が声を掛けると静かに(ウナズ)いている。


「…もう少し(オソ)うございましたら間に合わなんだ。大事(ダイジ)(イタ)らずようございました」


よいしょ、と立ち上がって悧羅の横に座ると(ヒタイ)に浮いた汗を手拭(テヌグ)いで拭き始める。何のことじゃ?、と紳を見上げるとぼろぼろと泣いていた。


「何じゃ、どうした?」


手を伸ばして(ナミダ)を拭いてやると力が抜けたように大きく息をついている。その姿に妓姣(ギコウ)も、おやおや、と笑いながら紳に手拭(テヌグ)いを渡すと受け取った紳がますます(ムセ)び泣いている。妓姣(ギコウ)?、と悧羅が声をかけると(オダ)やかな()みを浮かべて、ほほほ、と笑う。


「お話致しましょうや。まず初めに長様(オササマ)御懐妊(ゴカイニン)しておられるよ」


は?、と声を上げて身体を起こそうとすると今度は紳ではなく妓姣(ギコウ)に止められた。


「いや…なれど…。物忌(モノイ)みはあったえ?それに今になってか?」


「今になってとは申されても長様(オササマ)の身体はまだ()い始めてはおられぬではないか。むしろ最後に(ババ)がお会いした頃よりも若々しくあられる。何のことはない」


なれど、とまた身体を起こそうとして、これ、と悧羅は妓姣(ギコウ)に止められてしまう。無理をなさってはならぬ、と強めに言い置かれて紳を見上げるが手拭(テヌグ)いを顔に当ててまだ泣き続けていた。何が何やら、と嘆息(タンソク)する悧羅に妓姣(ギコウ)が落ち着くようにと言いながら(ホオ)()でた。


「まずは御懐妊(ゴカイニン)はしておられるが(アヤ)ういところであったと申し上げましょうや。どうにか(ババ)が間におうたようですがの、今無理をなされば御子(オコ)は流れる。(ババ)(ヨシ)と言うまで(トコ)から出てはなりませぬ。(ヨロ)しいな?」


「そうは申しても…、(ワラワ)には(マコト)とは思えぬえ?」


首を(カシ)げる悧羅に妓姣(ギコウ)が続ける。


長様(オササマ)物忌(モノイ)みと思うておられたは御子(オコ)が流れ出ようとしていたもの。どうにか(トド)まられたが(ツロ)うて母君(ハハギミ)に痛みを出して教えなさったのであろう。ほんに(ハラ)の中でよう(コラ)えた良い子じゃて」


ほほほ、と笑う妓姣(ギコウ)に、間に合った、とようやく涙が止まったのか紳の声がした。


「よう(ババ)を呼んでくださったの、旦那様(ダンナサマ)。明日であれば間に()うてはおらなんだでしょうや。(ヨロ)しいな、旦那様(ダンナサマ)(ババ)が良いと言うまで長様(オササマ)のお(ソバ)を離れてはなりませぬぞ?」


(オダ)やかな妓姣(ギコウ)の言葉に紳は何度も(ウナズ)いている。


長様(オササマ)ようと思い出してみられよ。物忌(モノイ)みの間が少しばかり長かったであろ?本来であらばそのままないものであったはず。無理をなさったりはしておられなかったかえ?」


いや、と首を振る悧羅を紳が強く抱きしめた。


「俺が無理させてた。…色々あってたから…」


紳の応えに妓姣(ギコウ)が満足そうに微笑んだ。


「どうにか御子(オコ)(コラ)えられるように手助けは致したが、ほんに大事(ダイジ)ないとは申せませぬ。お伝えになられるのはほんに近しい方のみになされよ」


うん、と紳が(ウナズ)いているが悧羅にはまだ信じられない。妓姣(ギコウ)と呼ぶと、(ババ)を信じなされと(サト)された。どうやら戯言(タワゴト)ではないらしい、と悧羅は大きく息をついた。まさか今になってまた子を(サズ)かるなど、と腹に手を当てると小さく笑いが出てしまった。


(ババ)もしばらくは連日(マイ)る。お許しいただけますかな?」


有難(アリガタ)いが…。ならば妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)を迎えにやろうて。妓姣(ギコウ)の良き(ジカン)妲己(ダッキ)に伝えてくりゃれ」


「おやおやそれは(ババ)の方が有難(アリガタ)い。ではくれぐれも(トコ)から出てはなりませぬぞ?それから(ハラ)の痛みが(ヒド)うなったらすぐにでも(ババ)を呼びなされ」


よいしょ、と立ち上がった妓姣(ギコウ)を送るように悧羅が妲己(ダッキ)に伝えると一度擦り寄ってから、御意(ギョイ)と二人で部屋を出て行く。あまりに一度に信じ(ガタ)いことばかり起きてしまって苦笑してしまう。それにしてもよく紳が気づいてくれたものだ、と悧羅は紳を見上げる。


「すまぬな、紳。…ようやっと二人の(ジカン)であったのにもう一人増えるそうな…」


くすくすと笑う悧羅に紳が勢いよく首を振って見せた。間に合わないと思った、とまた涙を浮かべる紳に、おやまあと悧羅が手を伸ばす。


「俺が無理ばっかりさせてたから…。物忌(モノイ)みの時期も知ってたのに気づいてやれなかった。ごめんな、本当に(ツラ)かったよね?」


「いや…、(ワラワ)も気付いておらなんだしの。紳が気付いてくれなんだなら知らぬままであったろうよ。やはり(ワラワ)の紳は(ヒイ)でた者であったの」


笑い続けながら紳の胸に擦り寄って悧羅は安堵(アンド)の溜息をついた。妓姣(ギコウ)の手当の賜物(タマモノ)だろう。(ニブ)く続いていた痛みも(ヤワ)らいでいる。(クワ)えて紳が精気(セイキ)を分けてくれているのでこの所続いていた気怠(ケダル)さも(ワズ)かばかり軽くなったような気がした。悧羅を胸に抱いたまま紳も布団(フトン)に入って悧羅の身体をゆっくりと横たえる。


「とにかく間に合ってよかった。妓姣(ギコウ)の言いつけも守らなきゃならないから、しばらく(ツト)めから離れようね」


横たえた悧羅をもう一度引き寄せて(ヒタイ)に口付けると(ドコ)から出なければ良いのであろう?、と悧羅は笑っている。


「それよりも子ども達に何と伝えようかの?(ワラワ)でさえ信じられぬ(ユエ)(オドロ)くであろうな」


「そんなの喜ぶに決まってるよ。俺がちゃんと伝えるから悧羅は身体を大事にして。本当にごめんな。哀しい思いをさせるところだった」


まだ本当に安心するのは早いのかもしれないが大きく息をついて紳は悧羅を抱きしめた。()えた血や千賀(センガ)の事ばかりに気を取られすぎていた自分を本当に(ナグ)りたかった。血が()えようがこうしてまた(ツム)がれていく生命(イノチ)もあるのだ。自責(ジセキ)後悔(コウカイ)にばかり呑み込まれて一番大切なことを忘れてしまうところだった。


「でも誰にまで伝えるかが(ムズカ)しいところだけどね」


髪を()いてやりながら身体(カラダ)を優しく叩いてやると悧羅がすぐにとろりと微睡(マドロ)み始めた。


「まだ早いから磐里(バンリ)達が起こしに来るまでは休もう」


うん、とすでに眠りに入りながら悧羅が紳の胸に擦り寄ってくる。その身体を抱きしめて精気(セイキ)を送りこみながら紳も目を閉じた。


大分寒くなってきました。

皆様ご自愛下さいませ。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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