縁【肆】《エニシ【シ】》
遅くなりました。
更新します。
宵が更けた頃に里を収める重鎮達が悧羅の宮を訪れていた。十日振りに見えた悧羅の姿を見るのに伏したままの荊軻、枉駕は少しばかり躊躇ったけれどくすくすと小さく笑う悧羅から顔を上げよ、と声を掛けられてしまっては仕方なく従うしかない。どんな事になっているやら、と嘆息しながら頭を上げると十日前ほどでは無いが少しばかりの艶かしさは残っていた。ごめんね?、と苦笑している紳に全くと肩を落として持っていかれないように自分自身に意識を集める。栄州は、ほうほうと満足そうに目を細めて髭を撫でているばかりだが、どうしてそう自分を保てるのかコツでもあれば教えて欲しいものだった。まだまだですの、と見透かされたように笑われて荊軻も枉駕も苦笑するしかなかった。
「長らく出れずにすまなんだな。…其方達も苦労したのであろうの」
小さく笑いながら見られた荊軻と枉駕は、お陰様で、と少しばかり頬を膨らませた。隊士達には三日と言ったものの荊軻達が務めにまともに戻れたのは七日後だった。一応三日で戻りはしたのだがどうにも熱は冷めなかった。結局務めに出ても粗方の命を出すと邸に戻って逑をかき抱いていなければ持ち堪えられなかった。どうにか七日目にして自制出来るようになり戻ったのだが共に行っていた隊士達は堪えて荊軻の命通り三日で戻ってくれていた。かなり酷な命だった、とは思い申し訳なくも感じたが仕方が無かった。どれだけ隊士達が堪えているかは分かっていたけれど、ここは荊軻達重鎮の特権ということで自分に甘くすることに目を瞑っておいた。
「…里は変わりないかえ?」
小さく笑いながら尋ねる悧羅に、今のところはつつがなく、と荊軻が応えた。道満が集めた妖達は妲己と哀玥が野に返したが、二人と妖達の間には制約が結ばれているらしい。詳しくは分からないが二人とも悧羅の害になることは無いと言っていたので一先ず善とした。道満の洞穴はあの日に枉駕以下武官隊隊士達が焼き払い他に害となるものが無いかは妲己と哀玥が調べ尽くした。脅威となるものも無く、他愛もない呪が残されていたようだが二人によって滅されている。
そこまで報せると、それで宜しかろう、と悧羅が微笑んだ。つい視線を外してしまった荊軻と枉駕に声を上げて笑う紳を目で咎めながら荊軻が小さく嘆息して先を続けた。
「手引きをした千賀の縁者には此度の事はまだ伝えておりません。…長と紳様のお考えを伺いましてから、と思いましたもので」
その言葉に紳も笑いを止めて居住まいを正した。千賀の亡骸は既に紳が自らの鬼火で葬送した。亡骸も無く千賀の行った事を縁者に伝えたとして、その罪の大きさに耐えられるのだろうかとも思う。何しろ十五年前の事に遡って話さなければならない。闘技の矜焃、荽梘に始まり『誅芙蓉』騒ぎの姍寂以下一万の民の粛清にも関わっている。大国の犬神騒動にまで手を貸していたけれど、それを知っているのはここにいる者たちだけだ。何処まで話していいものかも考え無ければならないところだろう。悧羅も少しばかり考えてはいるようで小さな顎に指を当てがって視線を落としている。紳の思いを慮ってくれてのことだろうとは分かっているが、このまま何も無かったことにするわけにはいかないだろう。
「話すしかないだろうね」
嘆息して言葉を出した紳を皆が見やる。それに小さく笑って、仕方ないでしょ?、と紳は続けた。
「たとえ500年前の官吏だった者に由来していたとしても、今居る縁者達に関わりがないとしても伝えておかないとどうして千賀が戻ってこないのか話せない」
肩を竦める紳の手を握りながら、なれどと悧羅が心配そうに言う。それに大丈夫と笑うと、それにと紳はあの時の千賀の表情を思い出した。
「あの時の千賀の顔は悧羅を貶めていた酊紂と同じだった…怖いくらいにね。同じような考えをもつ者が縁者の中に居ないとも限らない。それをされるとさすがに俺も嫌だし、それに何となくなんだけど千賀の縁者はもうしばらくすれば血が途絶えると思うんだよ」
「血が…でございますか?」
首を傾げる荊軻に、うん、と紳は頷く。どうしてそう思うのかは分からないがあの時もそう思った。
「懐かしい名ですな…酊紂とは…」
小さく笑いながら栄州が目を細めた。先代の頃から文官に属していた栄州は当時の事を思い出しながら白い髭を撫でた。一介の文官であった栄州の目から見ても腐敗した官吏の中心にいたのは紛れもなく酊紂だった。当時まだ若かった荊軻と共に諌めた事で栄州もその職を追われ辺境の護りに就かされた。荊軻が悧羅に文官長に任じられたことで栄州を引き戻してくれたのだ。もちろん荊軻の言だけでは無かったのだろうが、先代が身罷った後、悧羅が立つのがもう少し遅ければ栄州も天に還っていただろうと当時を振り返って思う。
「あの者は官吏の職を良いことに好き放題でございましたからの。先代が精気を狩りに人里に行かれるようになり宮の中の事など捨て置くようになられた頃から酷くなっておりましたが…。そうでございますか、職を追われた後も自らを省みることをせなんだのですな」
大きく溜息をつくと、であればと髭を撫でる手を休めた。
「今おる酊紂の縁者となる者達にどれほど血が残っておらぬとしても王母様のお怒りは買いましょうて。であれば紳様の仰せの通り減ることはあろうが増えることはまずありますまいな」
「…それはそれで何ともせんないことよの…」
肩を落とす悧羅に、否と栄州が首を振った。
「長は里の要。あの時長が立たれ腐敗した官吏を一掃なされた故民達はどうにか生命を繋げたのですぞ?それを己を省みず後世にも伝えず、であらば当然の報いでございましょうや」
栄州の言葉に紳も頷く。何処かで王母の慈悲に適う事があったならばここまでの長い刻呪のような業を背負うことは無かったのだ。それに疑念を持ち千賀とは逆の道を辿る者がいたならばと無念にも思えてしまう。
「何にしても俺が行くよ。近衛隊の中にそういう者が出たんだから纏める俺が出ないことには始まらないだろう。納得してもらえるかどうかは分からないけどな」
「ならば妾も参ろう」
握った手に力を込めてくれる悧羅に紳はゆっくりと首を振った。気持ちは嬉しいがここは悧羅がわざわざ出るような事でもない。
「悧羅が出ちゃったらそれで全てが終わっちゃう。話も頭の中に入らないかもしれないからね。誰か行くなら荊軻か枉駕、もしくは酊紂の事を知る栄州が良いだろうな」
なれど、と言葉を紡ごうとする悧羅の頬に空いた手を当てて撫でながら大丈夫ともう一度伝える。
「葬送したのも俺だしね。最後まできちんと務めないと。これでも近衛隊の隊長なんだから…、ってわけだから誰か一緒に行ってくれると有難いんだけど…」
場にいる三人に紳が視線を戻すと、なるほどと皆も頷いている。確かに悧羅が出てしまえばそれだけで何か疑念があろうとも聞くこともせずに是と言うだろう。ここは紳の言う通り悧羅ではなく荊軻達の誰かが同伴した方が良い。では、と声を上げたのは栄州だ。
「我が参りましょうや。…酊紂の事をよく知る者が共に行ったほうがよろしかろう。時には相談役としての御役目も果たさねばなりますまいよ」
穏やかな微笑みをたたえながら髭を撫でて悧羅を見ると余程紳の心を慮っているのだろう。心配そうな目をして紳の手を握りながら目を細めている。
「なれど…やはり…。では、妾も側には侍らぬ故近くに…」
「悧羅が近くまで一緒に来たらそれだけで驚かれちゃうだろ?」
「ならば目立たぬように致す故…」
「悧羅はいるだけで目立つんだってば」
笑いながら頬を撫で続けて宥める紳の姿とどうにか付いていこうとする悧羅の姿に荊軻も枉駕も栄州も苦笑してしまう。この二人は自分がどれだけ傷付こうがそれを省みることはしないのに互いの事になると途端に焦り始める。
「とにかく駄目だって。宮にいて?終わったらすぐに悧羅のところに戻ってくるから」
「いや、しかし…」
どうにも心配そうにしている悧羅に栄州が声を上げて笑った。こんな姿を生きている間に見れるなど思っていなかった。三十余年前に紳を夜伽の相手に選んでいなければこの姿は決して見る事が出来ないものであっただろう。笑いを堪えながら栄州が、ではと髭を撫でる手を休めて二人を見る。
「長には共に行っていただくが外でお待ちいただく、と言うことで如何かな?目立たぬように。決して目立たぬように」
「悧羅が目立たないのなんて無理だろう?立っているだけで目立っちゃうんだから。栄州まで焚き付けないでよ」
苦笑する紳に、いやいやと栄州は笑っている。
「随分と前になりますかの?長がお一人で宮を抜け出し紳様をお迎えに行かれたことがござったろう。誰にも気づかれず大騒ぎになり申した」
そういえばそんな事もあった、と皆思い出す。媟雅を身籠ってくれた後、契りの儀もまだという頃だった。それまで全く精気を摂っていなかった悧羅の身体のためにしばらく近衛隊を離れて側にいることを決めた最後の夜に悧羅が紳を迎えに来た事があった。妲己も連れずたった一人で紳を迎えに来た悧羅は誰にも気づかれずに紳が出てくるまで半刻程姿を隠していた。もちろん宮の中は大騒ぎで戻って来た後は女官達や妲己、荊軻にとくとくと嗜められていた。懐かしいですね、と笑う荊軻に皆同じように笑う。
「紳様と契られることが嬉しゅうてならなんだのでしょうや。今思い出せば長があのような事をされるのも紳様であればこそ。今の紳様を慮られるのも無理はなかろう。であらばあの時のように隠れておられれば」
栄州、と顔を綻ばせた悧羅に駄目と制したのは紳だ。あの頃とは悧羅の存在感は格段に違う。どんなに気配を消しても近くに居るだけで周囲の蕾が華開くこともある。あの頃は抑えられていた悧羅の長としての能力が隠されることがなくなり紳が精気を送り込み続けていることで生命を削る必要がなくなったのも要因の一つだろう。無意識下でこれ以上長としての能力を華開けばますます生命を削ることになることを知っていたのだ、と今考えれば容易く分かる。
「とにかくあの頃とは悧羅が違うでしょ?何処にいたって分かるようになっちゃってるんだから今回ばかりは連れて行けないって」
「そのようにせんないことを言うてくれるでないよ」
どうにか食い下がろうとする悧羅をもう一度撫でて、駄目と紳は首を振った。
「せっかく栄州が良きことを申してくれたというに…」
肩を落とした悧羅に苦笑するが連れて行きたくない理由は他にもある。もしも千賀の縁者に同じような考えを持つ者がいたならばみすみす悪意の中に置くわけにも行かない。紳と栄州が居れば危険な事は無いだろうがそれでも可能性がある限り安らげる場に居て欲しいのだ。ただでさえ十五年前から続く企てだ。そして500年前からの因縁にも関わっているのであれば辛かった事を思い出して欲しくもない。紳は紳で悧羅の心内を慮っている。
「紳様がここまで仰せなのですから、長。お心を汲んで差し上げなさいませ」
苦笑し続ける荊軻に諭されて悧羅は大きく嘆息した。仕方あるまいか、と諦めたような悧羅に、絶対付いてきちゃ駄目だからね、と念を押すと少しばかり頬を膨らませて承知した、と悧羅が頷いた。
「ほんに仲睦まじいのは良いことですな」
また声を上げて笑いながら、では我がお伴致すということで長には堪えていただきましょうや、と目を細めた。
「くれぐれも頼まれてくりゃれ。妾は言いつけ通り宮にて待つ故」
「お任せあれ」
まるで子を心配するような悧羅に紳も栄州も苦笑するしかない。やれやれと頬を撫でていた手で頭を撫でてから、隊士達は?と紳が荊軻に向き直った。その質問には枉駕が苦笑している。
「どうにか与えた三日で務めには戻っておりますよ。中には呆っとしておる者もおりますけれど刻が経てば鎮まりましょう」
その応えに、三日しかやらなかったの?、と紳が笑う。あの悧羅を見て三日だけとは荊軻も無理を強いたものだ。
「里の護りを疎かにするわけには参りませんので。特に大きな事も起こっておりませぬから早めに帰してはおりますよ」
ねえ?、と見られて枉駕も大きく頷く。どうにか見廻りや鍛錬は出来る程度だが悧羅に当てられた余韻は残っているようで時折惚けている事が多い。早めに隊士達を邸に帰すのにはまだ使い物にならない事と沸る思いが残っているのを分かっているからだ。とにかく一日でも早く鎮めてもらわないと枉駕としても実は困っている。
「この際、紳様が長をお連れにならないのは我にとっても喜ばしいことですよ。今の隊士達が長のお姿を見てしまえば又どうなることか分かりませんからね」
小さく嘆息して肩を落とす枉駕に、おやと悧羅が微笑むと紳が声を上げて笑った。
「やっぱりそうだよね。悧羅が出ちゃうとそれもあるかもなっては思ったんだよ」
だから出したくないんだ、と見ながら笑われて悧羅は肩を竦めるしかない。そうまで言われてしまっては少しばかりどうにか付いて行こうと思っていた考えも捨てなければならなかった。その姿がまた艶やかすぎて目を背ける荊軻と枉駕を見やって紳が悧羅を嗜める。
「そういうわけなんだからこっそりと付いてこようと思っても駄目だからね?あの二人見れば出ちゃいけないの分かるでしょ?」
顔を背けたまま二人は指し示されて小さく嘆息している。密かに考えていたことまで紳に止められて今度は本当に悧羅も納得するしかなかった。
「悧羅が出て隠れてても誰かに手をつけられたら話どころじゃなくなっちゃうんだから」
いいね?、と優しく言われて悧羅は大きく頷かざるを得なかった。
遅い刻の談話を終えた翌日の陽が高くなってから紳は栄州と共に千賀の邸を訪れた。朝の内から荊軻が千賀の父母に縁者を集めておくように報せを出していたので大きくはない邸に四十余りの縁者が集っていた。千賀の母は既に亡く父と兄がいたけれどそれは床に伏していた。近衛隊隊長として来た紳を前にして床から起きあがろうとしたけれど、そのままで良いと伝えて手短かにこれまでの経緯と千賀の処遇について話す。全ての縁者から、何という事を、と悲嘆の声が漏れた。
「千賀から縁者が短命であると聞いた。その元凶となった事柄についても分かっている事で良ければ話すが?」
元凶?、と何処からともなく声が上がった。紳や栄州が当たり前のように享受している長命を奪われてしまっている元凶とは何なのか?訪れた二人が過ごしていた刻の中で自分たちの縁者がどれだけ代替わりをしてきたことか。いつのまにか当たり前だと思っていた事に元凶があるのならば知りたいと思う。長く生きて60年。それも直系ではなく婿や嫁といった違う血を持った者に限られている。もしも元凶を知る事でこの呪のようなものから解き放たれるのであれば…と願ってしまうが応えた紳の言葉に皆この呪は解けないのだ、と思うしかなかった。
当時の酊紂を知る栄州がその為人を話し悧羅の立式前に貶め続けていたと紳から聞かされてはそう思うより無かったのだ。同時に何故自分たちまで、という思いも過ったがそれは自分たちが今まで言い聞かせていたように天が許さないことをした報いなのだろう。それほどまでに自分たちの遠い先代は天の怒りを買ってしまったのだ。
やはり受け入れるしかないのだ、とその場に集った者たちは一様に肩を落とした。
「血を繋いでいくことが出来ないのは不憫に思う。直系でないとしても酊紂の血が僅かばかり入り込む事でその逑にも呪のようなものがかかるのは何ともし難い。長もせんなきことだと仰せになられておったがどうすることも出来ぬ。…長は神ではないのでな」
栄州の言葉に集ったものが息を呑む。長であれば自分たちを救ってくれるのではないか、と一抹の期待があった。千賀や酊紂といった大罪人を出した者たちが望むこと自体烏滸がましいが少しでも長くこの世に留まれるならば縋りたかった。
「長であろうとも難しいことなのですね」
床に伏したまま呟くように千賀の兄が言う。申し訳ないが、と紳も応えるしか無い。
「悧羅は確かに長だ。妖にして妖に非ずなのは俺も知ってる。だけどその上の神と呼ばれる方々や天の意志には抗がえない。そこに関われば悧羅に対して何が起こるか分からない。…今の里に悧羅がいなければどういうことになるかは分かってくれるだろう?」
諭すように穏やかに話すと、それはもちろんと応えがあった。悧羅の存在がどれだけ民達を救いどれだけ里を安泰にさせたのかは短い生の中でも語り継がれて来ていた事だ。自分たちは見たわけでも過ごしていたわけでも無いが今過ごせている里が当たり前でないことは聞いている。先代の腐敗させた里がどのような物であったかなど伺い知ることは出来ないが近隣の者たちのように長く生を享受している者達から悧羅の功労なのだと知らされてきた。その腐敗に自分達の遠い血の者が深く携わっているのであれば天の怒りも頷けた。何故自分達ばかりが短命であるのか、その理さえ分からなかった事に明確な意志があったのだと分かった事だけでもこの宿命を受け入れるには十分だ。
何よりその中心となった長の伴侶である紳が相談役の栄州を連れてこのような所まで足を運び自分達の知らなかったことまでも話してくれたのだ。千賀を葬送してくれたのも紳だという。里に入れる事が叶わなかったことまで申し訳なかったと謝ってくれた。本来ならば荊軻から報せが来るだけだ。曲がりなりにも近衛隊の隊士として入隊していたのだから何処かで逝去する可能性はあった。それはどの隊士達も同じことだ。それらの報せは全て荊軻の報せで縁者に届く。千賀とて同じことのはずだった。それなのにわざわざ紳が邸に出向き全てを話してくれている。それだけでどれだけ紳が千賀を思い、また里と長である悧羅を思っているのかが伝わって集った縁者達は誰からともなく伏して控え始めた。床に着いていた者たちまで身を起こして紳に対して伏して礼を取る。ちょっと待て、と言う紳の言葉に伏したまま縁者たちが首を振った。
「此度の一件、亡き息子に成り代わりまして伏してお詫び申し上げます。長の御世が長く穏やかに続きます事を罪人の縁者の身ではございますが御祈り致しますことをお許し下さいますよう」
咽び泣く声の中からが弱いながらもしっかりとした声音で千賀の父が言葉を発した。それに、伝えておく、と頷いて紳が皆に頭を上げるように言うのだが伏した者たちは顔を上げない。
「とにかく頭を上げてくれ。悧羅からの言伝もあるんだ」
もう一度頭を上げるように伝えるのだが誰一人として動かない。やれやれ、と隣に座っていた栄州が立ち上がって伏している者に近づいてそ身体に触れるとぐらりと傾いて倒れ込む。え?、と紳も立ち上がって千賀の父の側に駆け寄りその身体に触れるが今まで話していた者とは思えないほどに冷たくなって固まっている。
「どういうことだ?…え?何で?」
近くの者たちに触れてみても皆同じで、それは栄州の方も同様だった。紳を見るとゆっくりと静かに首を振ってみせる。大きく溜息をつきながら紳の隣に戻ると、読み通りでござったな、と呟いた。何が?、と尋ねる紳に栄州は視線を事切れている者たちに落とす。
「血が絶える時が来たのでございましょう…」
「は?こんな突然に?!」
目を見開く紳に栄州も肩を落とすしかない。今まで話し泣き驚愕していた者たちからは考えられないほど、既に数刻前に息絶えていたかのような現状に紳が信じたくない気持ちは分かる。栄州とて同じ思いだ。
「…天にすれば500年の猶予を与えておったということでございましょうな…。また同じような事を企てる者が現れぬ内に…とでもいう所であろう」
大きく嘆息する栄州と、そんな、と言葉を失う紳の前で冷たくなった者たちの身体がさらさらと砂のように崩れ始めた。目を見開く二人の前で衣だけがその場に落ちて全てが土に還って行く。残った静寂の中に一輪の蓮の華がぽつんと何処からともなく現れた。朝露に濡れたようなそれは仄かに輝いている。
「…王母様か…」
立ち上がってその華を見ながら紳も大きく肩の力を落とした。全てを知った今千賀の縁者が悧羅の里にいることを許すことは出来ない、ということなのだろう。
「決して自害は許さぬ」
そう伝えるように紳は悧羅から預かっていた。これ以上の血が流れることは好まないはずであったのに…。血は流れてはいないが何ともやるせない思いで胸が痛い。悧羅が縁者に罪を問わずとも王母はそれを許さなかったのだろう。
咲いた蓮の華を手に乗せて紳はもう一度大きく溜息をつくしか出来なかった。
文章が上手くまとまらず…。
書くということは本当に難しいと感じています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ありがとうございました。