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縁【肆】《エニシ【シ】》

遅くなりました。

更新します。

(ヨイ)()けた頃に里を収める重鎮達(ジュウチンタチ)悧羅(リラ)の宮を(オトズ)れていた。十日(トオカ)振りに(マミ)えた悧羅の姿を見るのに()したままの荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)は少しばかり躊躇(タメラ)ったけれどくすくすと小さく笑う悧羅から顔を上げよ、と声を掛けられてしまっては仕方(シカタ)なく(シタガ)うしかない。どんな事になっているやら、と嘆息(タンソク)しながら頭を上げると十日(トオカ)前ほどでは無いが少しばかりの(ナマメ)かしさは残っていた。ごめんね?、と苦笑している(シン)(マッタ)くと肩を落として()()()()()()()()ように自分自身に意識(イシキ)を集める。栄州(エイシュウ)は、ほうほうと満足そうに目を細めて(ヒゲ)()でているばかりだが、どうしてそう自分を(タモ)てるのか()()でもあれば教えて欲しいものだった。まだまだですの、と見透(ミス)かされたように笑われて荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も苦笑するしかなかった。


「長らく出れずにすまなんだな。…其方(ソナタ)達も苦労(クロウ)したのであろうの」


小さく笑いながら見られた荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)は、お(カゲ)様で、と少しばかり(ホオ)(フク)らませた。隊士達(タイシタチ)には三日(ミッカ)と言ったものの荊軻(ケイカツ)達が(ツト)めにまともに(モド)れたのは七日(ナノカ)後だった。一応(イチオウ)三日(ミッカ)(モド)りはしたのだがどうにも(ネツ)()めなかった。結局(ケッキョク)(ツト)めに出ても粗方(アラカタ)(メイ)を出すと(ヤシキ)に戻って(ツレアイ)をかき(イダ)いていなければ持ち(コタ)えられなかった。どうにか七日目(ナノカメ)にして自制(ジセイ)出来るようになり戻ったのだが共に行っていた隊士達(タイシタチ)(コラ)えて荊軻(ケイカツ)(メイ)通り三日(ミッカ)で戻ってくれていた。かなり(コク)(メイ)だった、とは思い申し訳なくも感じたが仕方(シカタ)が無かった。どれだけ隊士達(タイシタチ)(コラ)えているかは分かっていたけれど、ここは荊軻(ケイカツ)重鎮(ジュウチン)特権(トッケン)ということで自分に甘くすることに目を(ツブ)っておいた。


「…里は変わりないかえ?」


小さく笑いながら(タズ)ねる悧羅に、今のところはつつがなく、と荊軻(ケイカツ)(コタ)えた。道満(ドウマン)が集めた妖達(アヤカシタチ)妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)()に返したが、二人と妖達(アヤカシタチ)の間には制約(セイヤク)が結ばれているらしい。(クワ)しくは分からないが二人とも悧羅の(ガイ)になることは無いと言っていたので一先(ヒトマ)(ヨシ)とした。道満(ドウマン)洞穴(ホラアナ)()()()枉駕(オウガイ)以下武官隊隊士達(ブカンタイタイシタチ)が焼き(ハラ)い他に(ガイ)となるものが無いかは妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)が調べ尽くした。脅威(キョウイ)となるものも無く、他愛(タアイ)もない(マジナイ)が残されていたようだが二人によって(メッ)されている。


そこまで(シラ)せると、それで(ヨロ)しかろう、と悧羅が微笑(ホホエ)んだ。つい視線(シセン)(ハズ)してしまった荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)に声を上げて笑う(シン)を目で(トガ)めながら荊軻(ケイカツ)が小さく嘆息(タンソク)して先を続けた。


手引(テビ)きをした千賀(センガ)縁者(エンジャ)には此度(コタビ)の事はまだ伝えておりません。…(オサ)と紳様のお考えを(ウカガ)いましてから、と思いましたもので」


その言葉に紳も笑いを止めて居住(イズ)まいを(タダ)した。千賀(センガ)亡骸(ナキガラ)(スデ)に紳が(ミズカ)らの鬼火(オニビ)葬送(ソウソウ)した。亡骸(ナキガラ)も無く千賀(センガ)の行った事を縁者(エンジャ)に伝えたとして、その(ツミ)の大きさに()えられるのだろうかとも思う。何しろ十五年前の事に(サカノボ)って話さなければならない。闘技(トウギ)矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)に始まり『誅芙蓉(チュウフヨウ)(サワ)ぎの姍寂(サンジャク)以下一万の(タミ)粛清(シュクセイ)にも(カカ)わっている。大国(タイコク)犬神騒動(イヌガミソウドウ)にまで手を貸していたけれど、それを知っているのはここにいる者たちだけだ。何処(ドコ)まで話していいものかも考え無ければならないところだろう。悧羅も少しばかり考えてはいるようで小さな(アゴ)に指を当てがって視線を落としている。紳の思いを(オモンバカ)ってくれてのことだろうとは分かっているが、このまま何も無かったことにするわけにはいかないだろう。


「話すしかないだろうね」


嘆息(タンソク)して言葉を出した紳を皆が見やる。それに小さく笑って、仕方ないでしょ?、と紳は続けた。


「たとえ500年前の官吏(カンリ)だった者に由来(ユライ)していたとしても、今()縁者(エンジャ)達に(カカ)わりがないとしても伝えておかないとどうして千賀(センガ)(モド)ってこないのか話せない」


肩を(スク)める紳の手を(ニギ)りながら、なれどと悧羅が心配そうに言う。それに大丈夫(ダイジョウブ)と笑うと、それにと紳は()()()千賀(センガ)表情(ヒョウジョウ)を思い出した。


「あの時の千賀(センガ)の顔は悧羅を(オトシ)めていた酊紂(テイチュウ)と同じだった…(コワ)いくらいにね。同じような考えをもつ者が縁者(エンジャ)の中に居ないとも(カギ)らない。それをされるとさすがに俺も嫌だし、それに何となくなんだけど千賀(センガ)縁者(エンジャ)はもうしばらくすれば血が途絶(トダ)えると思うんだよ」


「血が…でございますか?」


首を(カシ)げる荊軻(ケイカツ)に、うん、と紳は(ウナズ)く。どうしてそう思うのかは分からないが()()()もそう思った。


(ナツ)かしい名ですな…酊紂(テイチュウ)とは…」


小さく笑いながら栄州(エイシュウ)が目を細めた。先代(センダイ)の頃から文官(ブンカン)(ゾク)していた栄州(エイシュウ)は当時の事を思い出しながら白い(ヒゲ)を撫でた。一介(イッカイ)文官(ブンカン)であった栄州(エイシュウ)の目から見ても腐敗(フハイ)した官吏(カンリ)の中心にいたのは(マギ)れもなく酊紂(テイチュウ)だった。当時まだ若かった荊軻(ケイカツ)と共に(イサ)めた事で栄州(エイシュウ)もその(ショク)()われ辺境(ヘンキョウ)の護りに()かされた。荊軻(ケイカツ)が悧羅に文官長(ブンカンチョウ)(ニン)じられたことで栄州(エイシュウ)を引き戻してくれたのだ。もちろん荊軻(ケイカツ)(ゲン)だけでは無かったのだろうが、先代(センダイ)身罷(ミマカ)った後、悧羅が立つのがもう少し遅ければ栄州(エイシュウ)も天に(カエ)っていただろうと当時を振り返って思う。


「あの者は官吏(カンリ)の職を良いことに好き放題(ホウダイ)でございましたからの。先代(センダイ)精気(セイキ)()りに人里(ヒトザト)に行かれるようになり宮の中の事など捨て置くようになられた頃から(ヒド)くなっておりましたが…。そうでございますか、(ショク)()われた後も(ミズカ)らを(カエリ)みることをせなんだのですな」


大きく溜息(タメイキ)をつくと、であればと(ヒゲ)を撫でる手を休めた。


「今おる酊紂(テイチュウ)縁者(エンジャ)となる者達にどれほど血が残っておらぬとしても王母様(オウボサマ)のお(イカ)りは買いましょうて。であれば紳様の(オオ)せの通り減ることはあろうが増えることはまずありますまいな」


「…それはそれで何ともせんないことよの…」


肩を落とす悧羅に、(イナ)栄州(エイシュウ)が首を振った。


(オサ)は里の(カナメ)()()()(オサ)が立たれ腐敗(フハイ)した官吏(カンリ)一掃(イッソウ)なされた(ユエ)民達(タミタチ)はどうにか生命(イノチ)(ツナ)げたのですぞ?それを(オノレ)(カエリ)みず後世(コウセイ)にも伝えず、であらば当然の(ムク)いでございましょうや」


栄州(エイシュウ)の言葉に紳も(ウナズ)く。何処(ドコ)かで王母(オウボ)慈悲(ジヒ)(カナ)う事があったならばここまでの長い(ジカン)(ノロイ)のような(ゴウ)背負(セオ)うことは無かったのだ。それに疑念(ギネン)を持ち千賀(センガ)とは(ギャク)の道を辿(タド)る者がいたならばと無念(ムネン)にも思えてしまう。


「何にしても俺が行くよ。近衛隊(コノエタイ)の中にそういう者が出たんだから(マト)める俺が出ないことには始まらないだろう。納得(ナットク)してもらえるかどうかは分からないけどな」


「ならば(ワラワ)(マイ)ろう」


(ニギ)った手に力を込めてくれる悧羅に紳はゆっくりと首を振った。気持ちは(ウレ)しいがここは悧羅がわざわざ出るような事でもない。


「悧羅が出ちゃったらそれで全てが終わっちゃう。話も頭の中に入らないかもしれないからね。誰か行くなら荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)、もしくは酊紂(テイチュウ)の事を知る栄州(エイシュウ)が良いだろうな」


なれど、と言葉を(ツム)ごうとする悧羅の(ホオ)()いた手を当てて()でながら大丈夫(ダイジョウブ)ともう一度伝える。


葬送(ソウソウ)したのも俺だしね。最後まできちんと(ツト)めないと。これでも近衛隊(コノエタイ)隊長(タイチョウ)なんだから…、ってわけだから(ダレ)一緒(イッショ)に行ってくれると有難(アリガタ)いんだけど…」


場にいる三人に紳が視線を戻すと、なるほどと皆も(ウナズ)いている。確かに悧羅が出てしまえばそれだけで何か疑念(ギネン)があろうとも聞くこともせずに()と言うだろう。ここは紳の言う通り悧羅ではなく荊軻(ケイカツ)達の誰かが同伴(ドウハン)した方が良い。では、と声を上げたのは栄州(エイシュウ)だ。


(ワレ)(マイ)りましょうや。…酊紂(テイチュウ)の事をよく知る者が共に行ったほうがよろしかろう。時には相談役(ソウダンヤク)としての御役目(オヤクメ)()たさねばなりますまいよ」


(オダ)やかな微笑(ホホエ)みをたたえながら(ヒゲ)を撫でて悧羅を見ると余程(ヨホド)紳の心を(オモンバカ)っているのだろう。心配そうな目をして紳の手を(ニギ)りながら目を細めている。


「なれど…やはり…。では、(ワラワ)(ソバ)には(ハベ)らぬ(ユエ)近くに…」


「悧羅が近くまで一緒に来たらそれだけで(オドロ)かれちゃうだろ?」


「ならば目立たぬように(イタ)(ユエ)…」


「悧羅はいるだけで目立つんだってば」


笑いながら(ホオ)を撫で続けて(ナダ)める紳の姿とどうにか付いていこうとする悧羅の姿に荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)も苦笑してしまう。この二人は自分がどれだけ傷付(キズツ)こうがそれを(カエリ)みることはしないのに(タガ)いの事になると途端(トタン)(アセ)り始める。


「とにかく駄目(ダメ)だって。宮にいて?終わったらすぐに悧羅のところに戻ってくるから」


「いや、しかし…」


どうにも心配そうにしている悧羅に栄州(エイシュウ)が声を上げて笑った。こんな姿を生きている間に見れるなど思っていなかった。三十余年(ヨネン)前に紳を夜伽(ヨトギ)の相手に選んでいなければこの姿は決して見る事が出来ないものであっただろう。笑いを(コラ)えながら栄州(エイシュウ)が、ではと(ヒゲ)を撫でる手を休めて二人を見る。


(オサ)には共に行っていただくが外でお待ちいただく、と言うことで如何(イカガ)かな?()()()()()()()(ケッ)して()()()()()()()


「悧羅が目立たないのなんて無理だろう?立っているだけで目立っちゃうんだから。栄州(エイシュウ)まで()き付けないでよ」


苦笑する紳に、いやいやと栄州(エイシュウ)は笑っている。


随分(ズイブン)と前になりますかの?(オサ)がお一人で宮を抜け出し紳様をお(ムカ)えに行かれたことがござったろう。(ダレ)にも気づかれず大騒(オオサワ)ぎになり申した」


そういえばそんな事もあった、と皆思い出す。媟雅(セツガ)身籠(ミゴモ)ってくれた後、(チギ)りの()もまだという頃だった。それまで(マッタ)精気(セイキ)()っていなかった悧羅の身体のためにしばらく近衛隊(コノエタイ)を離れて側にいることを決めた最後の夜に悧羅が紳を迎えに来た事があった。妲己(ダッキ)も連れずたった一人で紳を迎えに来た悧羅は(ダレ)にも気づかれずに紳が出てくるまで半刻(ハンコク)程姿を(カク)していた。もちろん宮の中は大騒ぎで戻って来た後は女官(ニョカン)達や妲己(ダッキ)荊軻(ケイカツ)にとくとくと(タシナ)められていた。(ナツ)かしいですね、と笑う荊軻(ケイカツ)に皆同じように笑う。


「紳様と(チギ)られることが(ウレ)しゅうてならなんだのでしょうや。今思い出せば(オサ)があのような事をされるのも紳様であればこそ。今の紳様を(オモンバカ)られるのも無理はなかろう。であらばあの時のように(カク)れておられれば」


栄州(エイシュウ)、と顔を(ホコロ)ばせた悧羅に駄目(ダメ)(セイ)したのは紳だ。あの頃とは悧羅の存在感は格段(カクダン)に違う。どんなに気配(ケハイ)を消しても近くに居るだけで周囲の(ツボミ)が華開くこともある。あの頃は(オサ)えられていた悧羅の(オサ)としての能力(チカラ)が隠されることがなくなり紳が精気(セイキ)を送り込み続けていることで生命(イノチ)(ケズ)る必要がなくなったのも要因(ヨウイン)の一つだろう。無意識下(ムイシキカ)()()()()(オサ)としての能力(チカラ)を華開けばますます生命(イノチ)(ケズ)ることになることを知っていたのだ、と今考えれば容易(タヤス)く分かる。


「とにかくあの頃とは悧羅が違うでしょ?何処(ドコ)にいたって分かるようになっちゃってるんだから今回ばかりは連れて行けないって」


「そのようにせんないことを言うてくれるでないよ」


どうにか食い下がろうとする悧羅をもう一度撫でて、駄目(ダメ)と紳は首を振った。


「せっかく栄州(エイシュウ)が良きことを申してくれたというに…」


肩を落とした悧羅に苦笑するが連れて行きたくない理由は他にもある。もしも千賀(センガ)縁者(エンジャ)に同じような考えを持つ者がいたならばみすみす悪意の中に置くわけにも行かない。紳と栄州(エイシュウ)が居れば危険な事は無いだろうがそれでも可能性がある(カギ)(ヤス)らげる場に居て欲しいのだ。ただでさえ十五年前から続く(クワダ)てだ。そして500年前からの因縁(インネン)にも関わっているのであれば(ツラ)かった事を思い出して欲しくもない。紳は紳で悧羅の心内(ココロウチ)(オモンバカ)っている。


「紳様がここまで(オオ)せなのですから、(オサ)。お心を()んで差し上げなさいませ」


苦笑し続ける荊軻(ケイカツ)(サト)されて悧羅は大きく嘆息(タンソク)した。仕方(シカタ)あるまいか、と(アキラ)めたような悧羅に、絶対(ゼッタイ)付いてきちゃ駄目(ダメ)だからね、と(ネン)を押すと少しばかり(ホオ)(フク)らませて承知(ショウチ)した、と悧羅が(ウナズ)いた。


「ほんに仲睦(ナカムツ)まじいのは良いことですな」


また声を上げて笑いながら、では(ワレ)がお(トモ)(イタ)すということで(オサ)には(コラ)えていただきましょうや、と目を細めた。


「くれぐれも(タノ)まれてくりゃれ。(ワラワ)は言いつけ通り宮にて待つ(ユエ)


「お(マカ)せあれ」


まるで子を心配するような悧羅に紳も栄州(エイシュウ)も苦笑するしかない。やれやれと(ホオ)を撫でていた手で頭を撫でてから、隊士達(タイシタチ)は?と紳が荊軻(ケイカツ)に向き直った。その質問には枉駕(オウガイ)が苦笑している。


「どうにか(アタ)えた三日(ミッカ)(ツト)めには戻っておりますよ。中には(ボウ)っとしておる者もおりますけれど(ジカン)()てば(シズ)まりましょう」


その応えに、三日(ミッカ)しかやらなかったの?、と紳が笑う。()()()()()()()三日(ミッカ)だけとは荊軻(ケイカツ)も無理を()いたものだ。


「里の(マモ)りを(オロソ)かにするわけには(マイ)りませんので。特に大きな事も起こっておりませぬから早めに帰してはおりますよ」


ねえ?、と見られて枉駕(オウガイ)も大きく(ウナズ)く。どうにか見廻(ミマワ)りや鍛錬(タンレン)は出来る程度だが悧羅に当てられた余韻(ヨイン)は残っているようで時折(トキオリ)(ホウ)けている事が多い。早めに隊士達(タイシタチ)(ヤシキ)に帰すのにはまだ使い物にならない事と(タギ)る思いが残っているのを分かっているからだ。とにかく一日でも早く(シズ)めてもらわないと枉駕(オウガイ)としても実は困っている。


「この(サイ)、紳様が(オサ)をお連れにならないのは(ワレ)にとっても喜ばしいことですよ。今の隊士達(タイシタチ)(オサ)のお姿を見てしまえば又どうなることか分かりませんからね」


小さく嘆息(タンソク)して肩を落とす枉駕(オウガイ)に、おやと悧羅が微笑(ホホエ)むと紳が声を上げて笑った。


「やっぱりそうだよね。悧羅が出ちゃうと()()もあるかもなっては思ったんだよ」


だから出したくないんだ、と見ながら笑われて悧羅は肩を(スク)めるしかない。そうまで言われてしまっては少しばかりどうにか付いて行こうと思っていた考えも捨てなければならなかった。その姿がまた(アデ)やかすぎて目を(ソム)ける荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)を見やって紳が悧羅を(タシナ)める。


「そういうわけなんだからこっそりと付いてこようと思っても駄目(ダメ)だからね?あの二人見れば出ちゃいけないの分かるでしょ?」


顔を(ソム)けたまま二人は指し示されて小さく嘆息(タンソク)している。(ヒソ)かに考えていたことまで紳に止められて今度は本当に悧羅も納得(ナットク)するしかなかった。


「悧羅が出て(カク)れてても(ダレ)かに手をつけられたら話どころじゃなくなっちゃうんだから」


いいね?、と優しく言われて悧羅は大きく(ウナズ)かざるを()なかった。



(オソ)(ジカン)談話(ダンワ)を終えた翌日(ヨクジツ)()が高くなってから紳は栄州(エイシュウ)と共に千賀(センガ)(ヤシキ)(オトズ)れた。朝の内から荊軻(ケイカツ)千賀(センガ)の父母に縁者(エンジャ)を集めておくように(シラ)せを出していたので大きくはない(ヤシキ)に四十(アマ)りの縁者(エンジャ)(ツド)っていた。千賀(センガ)の母は(スデ)に亡く父と兄がいたけれどそれは(トコ)()していた。近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)として来た紳を前にして(トコ)から起きあがろうとしたけれど、そのままで良いと伝えて手短(テミジ)かにこれまでの経緯(ケイイ)千賀(センガ)処遇(ショグウ)について話す。(スベ)ての縁者(エンジャ)から、何という事を、と悲嘆(ヒタン)の声が()れた。


千賀(センガ)から縁者(エンジャ)短命(タンメイ)であると聞いた。その元凶(ゲンキョウ)となった事柄(コトゴラ)についても分かっている事で良ければ話すが?」


元凶(ゲンキョウ)?、と何処(ドコ)からともなく声が上がった。紳や栄州(エイシュウ)が当たり前のように享受(キョウジュ)している長命(チョウメイ)(ウバ)われてしまっている元凶(ゲンキョウ)とは何なのか?(オトズ)れた二人が過ごしていた(ジカン)の中で自分たちの縁者(エンジャ)がどれだけ代替(ダイガ)わりをしてきたことか。いつのまにか当たり前だと思っていた事に元凶(ゲンキョウ)があるのならば知りたいと思う。長く生きて60年。それも直系(チョッケイ)ではなく婿(ムコ)(ヨメ)といった違う血を持った者に(カギ)られている。もしも元凶(ゲンキョウ)を知る事でこの(ノロイ)のようなものから()(ハナ)たれるのであれば…と願ってしまうが(コタ)えた紳の言葉に皆この(ノロイ)()けないのだ、と思うしかなかった。


当時の酊紂(テイチュウ)を知る栄州(エイシュウ)がその為人(ヒトトナリ)を話し悧羅の立式(リッシキ)前に(オトシ)め続けていたと紳から聞かされてはそう思うより無かったのだ。同時に何故(ナゼ)自分たちまで、という思いも(ヨギ)ったがそれは自分たちが今まで言い聞かせていたように天が(ユル)さないことをした(ムク)いなのだろう。それほどまでに自分たちの遠い先代(センダイ)は天の(イカ)りを買ってしまったのだ。


やはり受け入れるしかないのだ、とその場に(ツド)った者たちは一様(イチヨウ)に肩を落とした。


「血を(ツナ)いでいくことが出来ないのは不憫(フビン)に思う。直系(チョッケイ)でないとしても酊紂(テイチュウ)の血が(ワズ)かばかり入り込む事でその(ツレアイ)にも(ノロイ)のようなものがかかるのは何ともし(ガタ)い。(オサ)もせんなきことだと(オオ)せになられておったがどうすることも出来ぬ。…(オサ)は神ではないのでな」


栄州(エイシュウ)の言葉に(ツド)ったものが息を呑む。(オサ)であれば自分たちを救ってくれるのではないか、と一抹(イチマツ)の期待があった。千賀(センガ)酊紂(テイチュウ)といった大罪人(ダイザイニン)を出した者たちが望むこと自体烏滸(オコ)がましいが少しでも長くこの世に(トド)まれるならば(スガ)りたかった。


(オサ)であろうとも(ムズカ)しいことなのですね」


(トコ)()したまま(ツブヤ)くように千賀(センガ)の兄が言う。申し訳ないが、と紳も応えるしか無い。


「悧羅は確かに(オサ)だ。(アヤカシ)にして(アヤカシ)(アラ)ずなのは俺も知ってる。だけどその上の神と呼ばれる方々や天の意志には(アラ)がえない。そこに(カカ)われば悧羅に対して何が起こるか分からない。…今の里に悧羅がいなければどういうことになるかは分かってくれるだろう?」


(サト)すように(オダ)やかに話すと、それはもちろんと応えがあった。悧羅の存在(ソンザイ)がどれだけ民達(タミタチ)を救いどれだけ里を安泰(アンタイ)にさせたのかは短い生の中でも語り継がれて来ていた事だ。自分たちは見たわけでも過ごしていたわけでも無いが今過ごせている里が当たり前でないことは聞いている。先代(センダイ)腐敗(フハイ)させた里がどのような物であったかなど(ウカガ)い知ることは出来ないが近隣(キンリン)の者たちのように長く生を享受(キョウジュ)している者達から悧羅の功労(コウロウ)なのだと知らされてきた。その腐敗(フハイ)に自分達の遠い血の者が深く(タズサ)わっているのであれば天の(イカ)りも(ウナズ)けた。何故(ナニユエ)自分達ばかりが短命(タンメイ)であるのか、その(コトワリ)さえ分からなかった事に明確(メイカク)意志(イシ)があったのだと分かった事だけでもこの宿命(シュクメイ)を受け入れるには十分(ジュウブン)だ。


何よりその中心となった(オサ)伴侶(ハンリョ)である紳が相談役(ソウダンヤク)栄州(エイシュウ)を連れてこのような所まで足を(ハコ)び自分達の知らなかったことまでも話してくれたのだ。千賀(センガ)葬送(ソウソウ)してくれたのも紳だという。里に入れる事が(カナ)わなかったことまで申し訳なかったと(アヤマ)ってくれた。本来ならば荊軻(ケイカツ)から(シラ)せが来るだけだ。曲がりなりにも近衛隊(コノエタイ)隊士(タイシ)として入隊(ニュウタイ)していたのだから何処(ドコ)かで逝去(セイキョ)する可能性はあった。それはどの隊士達(タイシタチ)も同じことだ。それらの(シラ)せは全て荊軻(ケイカツ)(シラ)せで縁者(エンジャ)に届く。千賀(センガ)とて同じことのはずだった。それなのにわざわざ紳が(ヤシキ)に出向き全てを話してくれている。それだけでどれだけ紳が千賀(センガ)を思い、また里と(オサ)である悧羅を思っているのかが伝わって(ツド)った縁者(エンジャ)達は(ダレ)からともなく()して(ヒカ)え始めた。(トコ)に着いていた者たちまで身を起こして紳に対して()して礼を取る。ちょっと待て、と言う紳の言葉に()したまま縁者(エンジャ)たちが首を振った。


此度(コタビ)一件(イッケン)()息子(ムスコ)に成り代わりまして()してお()び申し上げます。(オサ)御世(ミヨ)が長く(オダ)やかに続きます事を罪人(ザイニン)縁者(エンジャ)の身ではございますが御祈(オイノ)(イタ)しますことをお(ユル)(クダ)さいますよう」


(ムセ)び泣く声の中からが弱いながらもしっかりとした声音(コワネ)千賀(センガ)の父が言葉を発した。それに、伝えておく、と(ウナズ)いて紳が皆に頭を上げるように言うのだが()した者たちは顔を上げない。


「とにかく頭を上げてくれ。悧羅からの言伝(コトヅテ)もあるんだ」


もう一度頭を上げるように伝えるのだが(ダレ)一人として動かない。やれやれ、と(トナリ)に座っていた栄州(エイシュウ)が立ち上がって()している者に近づいてそ身体に()れるとぐらりと(カタム)いて(タオ)れ込む。え?、と紳も立ち上がって千賀(センガ)の父の(ソバ)に駆け寄りその身体に触れるが今まで話していた者とは思えないほどに冷たくなって(カタ)まっている。


「どういうことだ?…え?何で?」


近くの者たちに触れてみても皆同じで、それは栄州(エイシュウ)の方も同様(ドウヨウ)だった。紳を見るとゆっくりと静かに首を振ってみせる。大きく溜息(タメイキ)をつきながら紳の隣に戻ると、読み通りでござったな、と(ツブヤ)いた。何が?、と(タズ)ねる紳に栄州(エイシュウ)は視線を事切(コトキ)れている者たちに落とす。


「血が()える時が来たのでございましょう…」


「は?こんな突然(トツゼン)に?!」


目を見開く紳に栄州(エイシュウ)も肩を落とすしかない。今まで話し泣き驚愕(キョウガク)していた者たちからは考えられないほど、(スデ)数刻(スウコク)前に息絶(イキタ)えていたかのような現状(ゲンジョウ)に紳が信じたくない気持ちは分かる。栄州(エイシュウ)とて同じ思いだ。


「…天にすれば500年の猶予(ユウヨ)を与えておったということでございましょうな…。また同じような事を(クワダ)てる者が現れぬ内に…とでもいう所であろう」


大きく嘆息(タンソク)する栄州(エイシュウ)と、そんな、と言葉を失う紳の前で冷たくなった者たちの身体がさらさらと(スナ)のように(クズ)れ始めた。目を見開く二人の前で(コロモ)だけがその場に落ちて全てが土に(カエ)って行く。残った静寂(セイジャク)の中に一輪(イチリン)(ハス)の華がぽつんと何処(ドコ)からともなく現れた。朝露(アサツユ)()れたようなそれは(ホノ)かに(カガヤ)いている。


「…王母様(オウボサマ)か…」


立ち上がってその華を見ながら紳も大きく肩の力を落とした。全てを知った今千賀(センガ)縁者(エンジャ)が悧羅の里にいることを許すことは出来ない、ということなのだろう。


「決して自害(ジガイ)(ユル)さぬ」


そう伝えるように紳は悧羅から(アズ)かっていた。これ以上の血が流れることは(コノ)まないはずであったのに…。血は流れてはいないが何ともやるせない思いで胸が痛い。悧羅が縁者(エンジャ)(ツミ)を問わずとも王母(オウボ)はそれを(ユル)さなかったのだろう。


咲いた(ハス)の華を手に乗せて紳はもう一度大きく溜息(タメイキ)をつくしか出来なかった。

文章が上手くまとまらず…。

書くということは本当に難しいと感じています。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

ありがとうございました。

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