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糺す【弐拾】《タダス【ニジュウ】》

おはようございます。

一気に寒くなりましたね。

更新いたします。

にっこりと微笑(ホホエ)んだ悧羅は目の前で小さく(フル)えながらも歓喜(カンキ)の表情を止めない()いた人の子を(ナガ)めやった。狐仙(コセン)(マタガ)ったその者は(トシ)の頃で言えば60から70(ホド)か。人の子の短い(セイ)にしては長く生きている方だろう。だが見てみればその身体(カラダ)には多くの精気(セイキ)は残っていないようだ。(ホウ)っておいても数年で定命(ジョウミョウ)(ムカ)えるだろうと思われた。背後に付いてきている妖達(アヤカシタチ)使役(シエキ)するためにそれなりの能力(チカラ)は使っただろうが(ミズカ)らの力量(リキリョウ)は分かっているのか九尾狐(キュウビキツネ)がいない。居たとしても大した事ではないが、(カリ)にも大国(タイコク)大妖(タイヨウ)として名を(トドロ)かす九尾狐(キュウビキツネ)(アラソ)わなくて良いのならば悧羅にとっても有難(アリガタ)い。敵対(テキタイ)するよりも手を(ムス)びたいほどの相手ではあるからだ。


しかし何とも(イヤ)しい顔つきだ、と悧羅は自分を()めるように見つめ続ける()いた人の子から視線を(ハズ)したい気持ちになった。その昔(ミヤコ)(ミカド)が悧羅を(ホッ)した時よりも下卑(ゲビ)た視線が刺さってくる。晴明(セイメイ)()かぬ、といった(ワケ)も分かるというものだ。男の後ろに(ヒカ)えるように座っている数多(アマタ)妖達(アヤカシタチ)を見ながら、やれやれ、と悧羅は小さく息を落とした。意識下(イシキカ)で人や(アヤカシ)(マド)わすを雰囲気(フンイキ)を少しずつ出していく。急激(キュウゲキ)に出してしまうと悧羅の後ろの子ども達も隊士達(タイシタチ)も、()ては戻ってきた枉駕(オウガイ)達も耐えられないからだ。…少しずつ甘い(ニオ)いが広がり(タダヨ)う中で荊軻(ケイカツ)だけは悧羅を見ないように(ツト)めている。一度見たことのある荊軻(ケイカツ)が今の段階(ダンカイ)でこの反応(ハンノウ)ならば、隊士達(タイシタチ)や子ども達が自分を(タモ)てるとは思わない方がいいかもしれない。小さく苦笑して悧羅は男を見据(ミス)えた。


其方(ソナタ)蘆屋道満(アシヤドウマン)と申す者か?」


静かな宵闇(ヨイヤミ)に悧羅の声だけが響いてその場にいた者たちの背中がぶるり、と(フル)えた。今まで感じたことのない感覚(カンカク)に自分の手足があるのか確かめるものまでいる。それは蘆屋道満(アシヤドウマン)と呼ばれた男も(コト)ならなかった。名を呼ばれただけで全身から(フル)えが走って甘美(ガンビ)な気持ちに(オチイ)ってしまいそうになる。どうにか(コラ)えて、そうだ、と(コタ)えると、何故(ナニユエ)に?、と(タズ)ねられた。


何故(ナニユエ)千賀(センガ)と共に(ワラワ)らの安寧(アンネイ)(クズ)さんとする?」


声が(ヒビ)くたびに自分の周りの甘い(ニオ)いも強くなってくる。その(ニオ)いさえ年老(トシオ)いた身にも(カカ)わらず自分が久々(ヒサビサ)(タギ)り始めさせられていることにも道満(ドウマン)(オドロ)いてしまう。これ程までとは思ってもいなかった、と歓喜(カンキ)(アマ)り大きく嘆息(タンソク)してしまう。(クワダ)てを共にした千賀(センガ)も十分に眉目秀麗(ビモクシュウレイ)な男だった。だが、目の前にいる者達はその秀麗(シュウレイ)さの(ハル)か上にいる。(ヒタイ)には黒曜石(コクヨウセキ)真珠色(シンジュショク)一本角(イッポンヅノ)(ユウ)し、その場に立っているだけでも自分の持っているものであれば(スベ)てを(ササ)げたいとさえ思ってしまう。これでは何の能力(チカラ)もない只人(タダビト)ならば夢現(ユメウツツ)の間に精気(セイキ)()り取られてしまうのは明白(メイハク)だ。


安寧(アンネイ)(クズ)そうなどとは思うておらぬ。(ワシ)はお前に会いたかった」


おや、と悧羅は小さく首を(カシ)げてみせる。その間にも(アタ)りは甘い(ニオ)いに(ツツ)まれて少しずつ強くなっていく。


何故(ナニユエ)(ワラワ)()うてみたいと思うたのだえ?」


ますます甘い(ニオ)いが広がる中で静かに悧羅は(タズ)ねるが背後(ハイゴ)隊士達(タイシタチ)の中には呆然(ボウゼン)(ヒザ)を折り出す者まで出始めている。それは子ども達も同じようでどうにか()えてはいるが身体の(シン)(シビ)れだすのを止められない。


「いとも単純(タンジュン)な話よ。お前はあの安倍晴明(アベノセイメイ)懇意(コンイ)にしておるのだろう?」


何故(ナニユエ)にそう思うのじゃ?」


晴明(セイメイ)の名が出たことに悧羅は(イブカ)しんだ。(ミヤコ)(ミカド)達を()とした時の人の子は(ホトン)どが黄泉(ヨミ)(ワタ)ったと聞いていたし、悧羅達を(ジカ)に見たことのない者達は只の噂話(ウワサバナシ)として語っているはずだ。それ以降姿を現すこともしなかったし、(カカ)わりを持っていた人の子が全てこの世を去るまで待ってから里を(ウツ)した。噂話(ウワサバナシ)として流れているならば、わざわざ晴明(セイメイ)がそれを(タダ)すとは思えない。(マコト)であると知れればまた(ミカド)のような()れ者が出てくるのは分かりきった事であったし、何より晴明(セイメイ)自身、悧羅達との(ツナ)がりに(カカ)わって欲しくはないはずなのだ。人形(ヒトガタ)の礼を()べに行った時の変わらない晴明(セイメイ)態度(タイド)に紳も悧羅もそう感じていた。(ツウ)じられる優越感(ユウエツカン)がそうさせるのかもしれないが、晴明(セイメイ)の考えはどちらかといえば(アヤカシ)に近い。全てをあるがままに受け入れている。それが(タト)えどれほど人の子にとって無情(ムジョウ)なものであったとしても。そんな晴明(セイメイ)(ミズカ)(カカ)わりあいたくないと笑っていた道満(ドウマン)に悧羅達の事を話して聞かせているとは思えないのだ。


「お前たちが現れたと聞いた時に晴明(セイメイ)(タズ)ねたが知らぬという。現れた時に(ミカド)晴明(セイメイ)を呼ばぬのは有り()ぬことだ。(サグ)れば(サグ)るほどに(アヤ)しい。晴明(セイメイ)は人にして人に(アラ)ず。(アヤカシ)(チカ)しいからな」


なるほど、と悧羅はごちた。(アヤ)しんで調べていたが確かなものも()られずにいた所を千賀(センガ)と会った、ということか。そういうと、(シカ)り、と道満(ドウマン)は大きく両手を広げた。話には聞いていた、と。


「これほどまでとは思っていなかった!美しいとは聞いていたがこれほどまでとは!お前を切り()(ハリツケ)て、その血肉(チニク)(スス)ればあんな晴明(セイメイ)など(ワシ)の足元にも(オヨ)ばなくなる!(ワシ)希代(キダイ)陰陽師(オンミョウジ)として名を()せることができる!何より晴明(セイメイ)ですら手に入れる事の出来なかった鬼の(オサ)(ワシ)が手にしたと知ればどのような顔をするであろうな?」


それこそ愉悦(ユエツ)、と言い(ハナ)道満(ドウマン)は周りが見えていないのだろう。下卑(ゲビ)高笑(タカワラ)いを響かせながら何ともいえない高揚感(コウヨウカン)に身を(ユダ)ねている。やれやれ、とまた嘆息(タンソク)しながらそれまで少しずつ出していた(マド)わしを悧羅は一気(イッキ)()(ハナ)った。()せ返るほどの甘い(ニオ)いが(アタ)りを(ツツ)んで子ども達と隊士達(タイシタチ)一斉(イッセイ)に膝を折った。(トナリ)に立っていた紳も間近(マヂカ)で当てられてその場でかき(イダ)きたくなるのを必死(ヒッシ)(コラ)えて、悧羅の背後から抱きしめるだけに(トド)める。(サワ)ってしまえば(シマ)いなのだが、(サワ)らずにはいられない。


そしてそれは目の前の道満(ドウマン)も同じだったようだ。広げていた両手がだらりと落ちて息をするのも忘れているかのように見入っている。


「…其方(ソナタ)晴明(セイメイ)には成れぬ。(ワラワ)らを自分の(カテ)にしようとしか思うておらぬ者と懇意(コンイ)にするはずもなし…」


聞こえてくる声が遠いところから聞こえているような感覚(カンカク)(オソ)われて頭の(シン)から手足の先まで(シビ)れてまるで(ジョウ)()わしている時のような官能(カンノウ)が広がってくる。このままではならぬ、と(ボウ)っとする頭で身体を(フル)い立たせながら道満(ドウマン)は左の指を思い切り(ヒネ)った。ぼきりという小さな音がして小指(ショウシ)の骨が折れた。ずきりと来た痛みで少しばかり頭が()れてくる。意外な行動に悧羅も、ほうと目を細めた。人の子であれ(アヤカシ)であれ悧羅の(マド)わしに()ちないモノなどいない。(アラガ)うことさえ出来ずに(クズ)れて()ちるものなのだがなかなかにして骨がありそうだった。


伊達(ダテ)に長く()(クダ)っておるわけでも無さそうだ。


くすり、と笑う悧羅の姿に皆がへたり込んでいく中、どうにか意識(イシキ)(タモ)とうと道満(ドウマン)(フトコロ)から脇差(ワキザシ)を取り出して(ミズカ)らの手に突き立てた。


「おやおや、なかなかじゃの。晴明(セイメイ)(クラ)ぶられるだけはあるようじゃ」


くすくすと鈴を転がすように笑いながら悧羅は紳の手を(ハナ)れて歩きだす。一歩一歩道満(ドウマン)に近づくとより妖艶(ヨウエン)(ナマメ)かしい姿が鮮明(センメイ)になっていく。


手にいれたい、と手の痛みの中から道満(ドウマン)(セツ)に願った。これを手に入れて晴明(セイメイ)に見せつけてやるのだ。お前が(ホッ)しても手に入らなかった者は自分の手の中だ、と。そう思えば手の痛みなどどうでも良くなる。あんな小童(コワッパ)(ゴト)きにどれだけの苦渋(クジュウ)()めさせられたと思っているのだ。突き立てた脇差(ワキザシ)を引き抜いて今度は足を刺す。痛みはあるがそれで頭の中が()れてくれるのであれば何ということも無かった。近寄られれば近寄られるほどに自分が自分で無くなりそうで道満(ドウマン)背後(ハイゴ)(ヒカ)えている妖達(アヤカシタチ)(メイ)を出す。鬼の隊士達(タイシタチ)は皆膝を折っている。今ならば誰も(オサ)を護る者などいない。(ヒカ)えている妖達(アヤカシタチ)如何(イカ)烏合無象(ウゴウムゾウ)(シュウ)とはいえ(カス)(キズ)程度(テイド)、もしくは道満(ドウマン)緊縛(キンバク)(シュ)(トナ)える(スキ)くらいは作れるだろう。行け、と命じるが背後(ハイゴ)で動く気配(ケハイ)がない。何だ?、と動きにくくなった身体を動かして後ろを見て道満(ドウマン)は目を見開いた。


居ないのだ。

そこに居たはずの数多(アマタ)妖達(アヤカシタチ)の姿が見えない。


は?、と小さく声を上げるとすぐ近くでくすくすと笑う声がした。(アワ)てて振り返ると手を伸ばせば届く距離(キョリ)に悧羅の姿がある。宵闇(ヨイヤミ)にあって白い肌が浮かび上がり満月の光だけであるはずなのに、立っているその場が(カガヤ)いているようだ。離れた場にいても(クズ)れて落ちそうだったのに、目の前に立つ悧羅は遠目(トオメ)で見ているよりも痩身(ソウシン)(ハカナ)げだ。それなのにこの存在感は何なのだろう?すらりと立つ悧羅はまるで肩の華のように水の中に立つ姿のようだ。


(オノ)(マワ)りも見えておらなんだかえ」


優美(ユウビ)な長く白い指を口元に当てて小さく笑い続ける悧羅の後ろで見たこともないほどの大きな体躯(タイク)(キツネ)と、これまた見たこともない犬の頭を持った異形(イギョウ)(アヤカシ)が見える。その大きな二つの体躯(タイク)の足元や背後に今まで道満(ドウマン)使役(シエキ)していたはずの妖達(アヤカシタチ)(ヒカ)えているのが見えた。どういうことだ?、と叫ぶ道満(ドウマン)には起こっていることが分からない。使役(シエキ)したモノ達とは道満(ドウマン)との間に制約(セイヤク)がある。それを()いて自分のモノにするなど並大抵(ナミタイテイ)の事ではない。(フタタ)び、どういう事だ!、と叫んだ道満(ドウマン)(キツネ)の足元に(ヒカ)えていた(アヤカシ)の一匹が静かに口を開いた。


【長いものには巻かれろ、というからな。お前と結んだ制約(セイヤク)よりもこちらの方が我々(ワレワレ)有益(ユウエキ)であっただけだ】


さも当然のように言い放たれて(マタガ)っていた(アヤカシ)まで動こうとして(アセ)った道満(ドウマン)は持っていた脇差(ワキザシ)を思い切り狐の背に突き立てた。ここで逃げられてはこの高い空から一直線(イッチョクセン)に落ちて終わるだけだ。脇差(ワキザシ)を突き立てられた(キツネ)は苦痛の声を上げて刺された場所から血が流れ出している。道満(ドウマン)とて(アヤカシ)の1匹や二匹(メッ)することなど容易(タヤス)い。他のモノを取られようとも一匹程度であれば(シバ)り続けて力づくで使役(シエキ)し続けることなど何という事でもないのだ。


「おやまあ、何と(ムゴ)い事をする者であろうか」


口元(クチモト)に当てている指はそのままに少しばかり(マユ)(ヒソ)めて悧羅の反対の指が動いた。瞬間(シュンカン)(キツネ)に刺し込んでいた腕が(カタ)から離れた。生温(ナマヌル)い血の流れる感覚(カンカク)に目を見張ってしまうが、今まで自分の身体に付いていたはずの腕は(キツネ)の背中に転がっている。そちらからも血が流れ出して(キツネ)の毛を赤く()め始めた。思わず切り取られた肩を押さえて道満(ドウマン)は悧羅を見る。何事(ナニゴト)も無かったかのように(タタズ)む悧羅がもう一歩道満(ドウマン)に近づくと(マタガ)っている(キツネ)が小さな鳴き声を上げている。まるで悧羅に対して助けて欲しいと言わんばかりの鳴き声に手を伸ばして(キツネ)(ホオ)()でると突き立っていた脇差(ワキザシ)が切り取られた道満(ドウマン)の腕と共に(ムラサキ)(ホノオ)(ツツ)まれて燃えて落ちた。先程(サキホド)よりも近い場に悧羅が立ち、そこから立ち(ノボ)る甘く妖艶(ヨウエン)(ニオ)いに身体の痛みを忘れるほどの(シビ)れが走る。思わず手を伸ばした道満(ドウマン)の腕が悧羅に届く刹那(セツナ)、伸ばした腕がそこにない事にまた目を見開いてしまう。は?、と吹き出す血飛沫(チシブキ)と落ちていく自分の腕の前に振り抜いた大刀(ダイトウ)を抱え上げる紳がいた。


「…俺のものに(キタナ)い手で(サワ)るな」


静かな声だが大刀(ダイトウ)(カツ)いだまま紳は悧羅を引き寄せている。引き寄せた分自分が(タギ)るのを(コラ)えて(カツ)いだ大刀(ダイトウ)を廻すと切先(キッサキ)道満(ドウマン)の首に当てた。当てられた切先(キッサキ)が肌に触れて血が流れ出す。だがそれもどうでも良い事のように思えた。目の前の悧羅と紳は立っている、ただそれだけでこの世のものとは思えないほどの美しさなのだ。


「悧羅を(ハリツケ)(ナガ)めておきたい気持ちは分からなくもないけどな。お前なんぞに(カミ)一筋(ヒトスジ)だって触らせられないね。容易(タヤス)()れられるほど(ヤス)い女じゃないんだよ」


悧羅に手を伸ばされた事が余程(ヨホド)(ハラ)()()ねたのだろう。(メズラ)しく(イカ)りを(アラワ)にしている紳の(ホオ)に悧羅が触れて、そう(イカ)るな、と(ナダ)めた。だって、と切先(キッサキ)(ハズ)さずに紳が悧羅を見やる。


「こいつ悧羅に(サワ)ろうとしたんだよ?…俺のなのに」


少し(ホオ)(フク)らませる紳の顔を引き寄せて、わかっておるよ、と口付けると、こら、と(アワ)てて紳が身体を離す。()き立つ思いを必死に(コラ)えているのに悧羅からそんな事をされてはこの場で衆目(シュウモク)があろうとも()()いてしまいたくなるではないか。おや、と笑う悧羅の前で開かれたままの門から枉駕(オウガイ)武官隊隊士達(ブカンタイタイシタチ)が戻ってくるのが見えた。けれど門を抜けた隊士達は周囲(シュウイ)(タダヨ)う甘い(ニオ)いと、その中心にいる悧羅の見たこともない妖艶(ヨウエン)(ナマメ)かしい姿に一様(イチヨウ)に身体を(シビ)れさせてその場に膝をついた。どうにか自分を(タモ)った枉駕(オウガイ)は悧羅を見ないようにしながら、同じく視線を(ハズ)している荊軻(ケイカツ)の元へ()ける。


「あちらは?」


「問題ない。全て(コワ)した、というか焼き払った」


短く言葉を()わすと、よろしいでしょう、と荊軻(ケイカツ)が大きく(ウナズ)いた。隊士達はどうやら全てが()()()()()()()()()妖達(アヤカシタチ)対処(タイショ)を前もって妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(マカ)せる、と言った悧羅の判断(ハンダン)は正しかったようだ。背を向けて見ないようにしていてもむせかえる様な(ニオ)いと(ナマメ)かしい雰囲気(フンイキ)を感じて一度見たことのある荊軻(ケイカツ)でさえ自分自身を(タモ)つのが精一杯(セイイッパイ)だ。


(スサ)まじいな」


頭を何度も振りながら荊軻(ケイカツ)と同じように悧羅に背を向けながら枉駕(オウガイ)はごちた。(ミヤコ)(ミカド)達を()とした時とは桁違(ケタチガ)いに(マド)わす魅力(ミリョク)が増している。この数十年でこれ程までに変わるものか、と小さな笑いさえ出てきてしまう。


「紳様が(タガ)(ハズ)されたのでしょうね。…本当にもう…」


荊軻(ケイカツ)もまた苦笑しながら、いい加減(カゲン)(オサ)めていただかないと、と肩を落とした。この場に居合(イア)わせた者は数日は使いものにならないだろう。人や鬼だけを(マド)わしているようだが(ツネ)(ソバ)(ハベ)っている妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)以外の妖達(アヤカシタチ)もその場に(カガ)み込むように(クズ)れ始めている。このままでは里に帰ることも妖達(アヤカシタチ)()に帰すことも出来なくなるだろう。大きく息をついて、(オサ)荊軻(ケイカツ)が声をかけた。静かすぎる場においてその声はよく通り悧羅に届く。その一言で道満(ドウマン)隠家(カクレガ)(ツブ)し終わった、ということが悧羅に伝わる。くすくすと笑って悧羅は指をすっと横にひいた。線を(エガ)くような仕草(シグサ)だったが目の前の道満(ドウマン)の視界がぐるりと廻った。は?、と思う(アイダ)に自分が落ち始めている事に気づく。


(ワラワ)(マミ)えたのだから十分であったであろ?」


遠くなる意識(イシキ)(ウス)くなる悧羅の姿の中でその声だけが聞こえて、次の瞬間(シュンカン)には視界が閉じた。落ちていく(コウベ)(ナガ)めながら悧羅の鬼火(オニビ)がその(コウベ)(キツネ)の上に残ってぐらつき始めた身体(カラダ)(ツツ)んだ。(マタタ)()に全てが燃え落ちて大きく開かれていた門もがらがらと大きな音を立てて(クズ)れ落ちていく。作った術者(ジュツシャ)が生を終えた、という(アカシ)でもあるそれを見やりながら悧羅は大きく息をはいた。流れた血は多かったけれど、どうにか一段落(ヒトダンラク)つけたようだ、と肩の力を抜く。けれど、その一息(ヒトイキ)で膝をついていた者たちが一斉(イッセイ)(クズ)れ落ちた。それは子ども達も同じであったようで妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)()け寄った。その(サマ)(オサ)()めるように荊軻(ケイカツ)が大きく嘆息(タンソク)する。すまぬ、と苦笑して(コロモ)(タダ)して(アラワ)にしていた肌を仕舞(シマ)う。小さく笑い続けながら周りを見ると紳に言われていたはずの近衛隊(コノエタイ)も門から出てきた武官隊(ブカンタイ)もすべからく(タオ)れ込んでいるのが見えた。


おやまあ、と苦笑を深くする悧羅を引き寄せて一先(ヒトマ)(シズ)めて、と紳が(ヒタイ)に口付けた。


「でないと俺も()たないよ?」


(コマ)ったように笑う紳に、願ってもないな、と笑いながら悧羅は(マド)わす雰囲気(フンイキ)(オサ)え始める。急いで全て(オサ)え込んではみたものの残る残滓(ザンシ)までは取り込めない。(タダヨ)う甘い(ニオ)いが残る中ではまだ誰も起き上がれないようだった。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)でさえ背を向けたままなのは紳にとってみれば好都合(コウツゴウ)だ。周りを見ながら小さく笑い続けている悧羅を引き寄せて一度長く深く口付ける。誰にも見られていないことをいい事に(モテアソ)ぶ様な口付けから()いてやると悧羅もまた紳の(タギ)りが伝わったのか息が上がっている。(ウル)んだ目で見つめられて、(ササヤ)くようにもっと、と強請(ネダ)られて(タガ)(ハズ)れそうになる。後でね、と()れた(クチビル)()めてから離したくもない身体を離すと紳は荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)に声をかけた。


出来れば振り返りたくはない二人だったけれど仕方なく大きく嘆息(タンソク)して振り返り紳と悧羅の(ソバ)()け寄った。苦笑している紳には荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)もまた少なからず当てられているのが分かった。


「よく(タモ)てますね」


(トナリ)に立っても悧羅を(ジカ)に見ることが出来ない二人に鈴を転がすような笑い声が届く。


(タモ)ててないよ?でも()()()どうにかしないと悧羅と(コモ)れないんだよ」


くすくすと笑い続ける悧羅を横目に紳が隊士達(タイシタチ)を指さした。確かに、と二人も苦笑するがどうすれば良いかが分からない。自分自身を(タモ)つだけでも必死なのに他者(タシャ)までとは…。やれやれ、と息をつくと紳は近衛隊(コノエタイ)の方に向かっている。近くまで寄ると、ほら、と手を(タタ)いた。


「だから(ハラ)に力を入れとけって言っただろう?()()()()()()()()って(メイ)じたのに、仕方(シカタ)のない(ヤツ)らだな」


苦笑しながら気合(キア)い入れて(ハラ)に力を入れろ、と伝えると(ボウ)っとする頭を(カカ)えながら隊士達(タイシタチ)が重い身体を持ち上げ始めた。(モヤ)のかかった様な頭とは裏腹(ウラハラ)に身体は(タギ)って仕方(シカタ)がない。熱を持った身体も思うようにならず持ち上げたは良いけれど立ち上がれない隊士達(タイシタチ)にまた紳が手を(タタ)いて気合(キア)い!、と笑う。そんなこと言われても、と(ツブヤ)きながら隊士達(タイシタチ)は頭を振る。振り返って武官隊(ブカンタイ)を見るとそちらも同じようだった。


「とりあえず動けるようになるまでは(ハラ)に力入れろ」


言い置いて悧羅が声をかけている子ども達の元に向かう。六人全員が夢現(ユメウツツ)のような顔をして起き上がらせようとする悧羅の手が()れるだけで男である忋抖(カイト)皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)は理性を(ウシナ)いそうになっているのは見てとれた。こら、とそれぞれの頭を小突(コヅ)きながら目を覚まさせる。


「気持ちは分かるけど悧羅を押し倒しちゃ駄目(ダメ)だ」


俺のだからな、と笑いながら隊士達(タイシタチ)に伝えたように(ハラ)に力を込めろと子ども達に伝える。どうにか起き上がった子ども達もそれぞれに頭を振って(モヤ)を晴らそうとするが上手くいかない。


「何なのよ、これ…」


(ウメ)くような啝珈(ワカ)の声に続く言葉は子ども達から上がらない。各々(オノオノ)(タギ)る自分を(コラ)えるのに必死なのだ。紳が止めてくれなければ男子(ダンジ)達は母であろうとも()()いているだろう。気合(キア)いをいれてもぞわぞわと()きたつ(タギ)りに難無(ナンナ)く身を(ユダ)ねそうになってしまう。


「だから()()()()()()()()って言っといただろう?先に忠告(チュウコク)した意味(イミ)も無いじゃないか」


分かったろ?、と笑われて子ども達が無言で(ウナズ)く。どういう意味なのか分からなかったが肌で感じてようやく理解した。


「こんなの一溜(ヒトタマ)りもないよ」


灶絃(ソウゲン)がどうにか言葉を(シボ)り出して立ち上がると他の子ども達も負けていられない、とでも言うように次々と立ち上がる。ふらつきそうになる身体を(ササ)えようとした悧羅の手を、駄目(ダメ)!、と男子(ダンジ)達は(コトワ)った。先程(サキホド)までではないが、まだ甘い(ニオ)いは周囲(シュウイ)(タダヨ)っている。悧羅自身から立ち(ノボ)(ナマメ)かしさも消え去ったわけではない。


母様(カアサマ)、申し訳ないけどちょっと(ハナ)れて。せめて宮に帰って父様(トウサマ)が引き込むまでは…」


哀願(アイガン)するような皓滓(コウサイ)の言葉に、せんないことを、と悧羅は少し(コマ)ったような笑顔を向けた。その姿さえも心を(ウバ)われてしまいそうで思わず子ども達は皆悧羅から視線を(ハズ)してしまった。おやまあ、と紳を見上げる悧羅に、仕方(シカタ)ないよ、と紳が苦笑する。背後を振り返るとどうにか近衛隊(コノエタイ)武官隊(ブカンタイ)も立ち上がることが出来たようだった。立ち上がった隊士達(タイシタチ)荊軻(ケイカツ)三日(ミッカ)休息(キュウソク)をやる、と伝えている。


「その間に()()()くださいませ。(ツト)めに(サワ)りが出てしまいますからね」


まだ夢現(ユメウツツ)のような隊士達(タイシタチ)一応(イチオウ)返事はしたもののどうしたものか、と困惑(コンワク)しているようにも見えた。それにまた苦笑して紳は隊士(タイシ)(アズ)けていた千賀(センガ)亡骸(ナキガラ)をその手に取った。


「…どうする?」


(トナリ)に付いて来た悧羅が紳の腕に触れながら静かに聞いてくる。悧羅が近くに来たことで隊士達(タイシタチ)は身体ごと視線を(ハズ)さずにはいられなかった。手にした亡骸(ナキガラ)を見つめて一つ大きく息を吐くと、紳は(ミズカ)らの鬼火(オニビ)()()(ツツ)んだ。燃え上がって(ノボ)って行く(ホノオ)を見ながら何となくではあるのだが千賀(センガ)縁者(エンジャ)(ホド)なく血筋(チスジ)()えるだろう、と思った。この一件(イッケン)でますます王母(オウボ)(イカ)りをかっただろうから。紳が()の当たりにした千賀(センガ)は500年前の酲紂(テイチュウ)と同じ顔をしていた。そのまま縁者(エンジャ)が血を(ツナ)いでいけば、また同じように悧羅を(オトシ)める者が出てくるはずだ。であれば血が()えることも仕方(シカタ)なく思えた。(タト)え弟のように思っていた者だとしても悧羅に(ガイ)()す者は許せない。それだけは紳にとって変わらない事実だ。


埋葬(マイソウ)せずとも良かったのか?」


いつのまにか(ニギ)っていた(コブシ)をしなやかな手で(ツツ)まれて(ホノオ)から悧羅に視線を戻すと、うん、と紳は(ウナズ)いた。


「…これだけの事をした奴を里に戻すわけにはいかないしね。自分で葬送(ソウソウ)出来たから大丈夫だよ」


そうか、と小さく微笑む悧羅の手を(ニギ)り返して荊軻(ケイカツ)達を見るとそれぞれに(ウナズ)いていた。


「では、里に(モド)るといたしましょうか」


荊軻(ケイカツ)微笑(ホホエ)むと悧羅も小さく笑って見せた。(オダ)やかな声音(コワネ)で話してはいるが荊軻(ケイカツ)限界(ゲンカイ)が近いのだろう。


妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)


静かに呼ぶと二人が駆けて()り寄ってくる。それぞれの頭を撫でながら、ようやってくれたと(ネギラ)って妖達(アヤカシタチ)対処(タイショ)(アズ)ける。御意(ギョイ)と二人が頭を下げると紳が悧羅を抱き上げた。さすがにもう(タモ)てそうになかった。


(ミナ)(モド)るえ」


紳の限界(ゲンカイ)を肌で感じて苦笑しながら悧羅が声をかけると()という声を背後に紳は()けだした。

どうにか一段落(?)です。

残りの問題はどうなりますやら…。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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