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糺す【拾玖】《タダス【ジュウク】》

話がまとまらず一日空いてしまいました。

更新いたします。



動いた、と(シラ)せが(トド)いたのは天に満月のみが(カガヤ)く夜、()(コク)から()(コク)(ウツ)ろうかという頃だった。(スデ)朝議(チョウギ)の場に顔を(ソロ)えていた荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)は大きく(ウナズ)いて悧羅(リラ)(シン)を見る。(トモ)漆黒(シッコク)(コロモ)(マト)った二人は静かに(ウナズ)いている。枉駕(オウガイ)、と悧羅が声をかけると小さく頭を下げて一巻(ヒトマキ)文書(モンジョ)を悧羅に手渡(テワタ)した。広げるとそこに荊軻(ケイカツ)優美(ユウビ)な文字で(シン)枉駕(オウガイ)選抜(センベツ)した隊士達(タイシタチ)の名が(シル)されている。


(カク)300ずつの一本角、精鋭(セイエイ)でこざいますれば」


うん、と微笑(ホホエ)んで以前見せたように()()に息を吹きかけると全ての文字(モジ)が浮き上がって小さな紫の人形(ヒトガタ)に変わり、もそもそと動き出す。その中の(ムッ)つが悧羅の横にいる子ども達に着くと、宮に(ツド)え、と声が聞こえた。真っ白になった文書(モンジョ)に子ども達の名前が浮かぶのと同時に次々に名前が浮かんでくる。子ども達はそれぞれが隊服(タイフク)に身を(ツツ)んでいるが皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)内密(ナイミツ)に進められていた(クワダ)てを知らされたのは一日の(ツト)めが終わって夕餉(ユウショク)を皆で()っていた時だった。知らされた時には、そんな大変な事をどうして今まで自分達に教えてくれなかったのか、と思ったがそれだけ極秘裏(ゴクヒリ)に進めていたのだ、と紳に言われてしまっては何も言えなかった。


悧羅(リラ)能力(チカラ)片鱗(ヘンリン)(オサ)ってなんなのかを知るいい機会(キカイ)だ。里を(ウツ)した時には皓滓(コウサイ)は小さかったし灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)は産まれても無かったしな。…ただし(ハラ)に力は入れとけよ?()()()()()()()からな」


()()()()()()()の意味は子ども達全員が良く分からなかったけれど、とにかく置いて行かれなかっただけでも良かったと思うことにした。文書(モンジョ)(スベ)ての名が戻ると荊軻(ケイカツ)が悧羅から受け取って巻き取り始める。


「南の方から降りたようでございます。門を開いたのはそこから少し北に行った場でございますね。これまでのことから考えましても開いた同じ場にしか戻ることは出来ぬようでございますし、()()()よろしゅうございますか?」


よいよ、と笑う悧羅に妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)が共に頭を上げる。宮の外に(ツド)い始めた隊士達(タイシタチ)気配(ケハイ)を感じ取ったのだ。(アルジ)、と二人に()り寄られてそれぞれを()でながら(アン)ずるな、と言う。あちらには?、と(タズ)ねる悧羅に、つつがなく、と二人が(コタ)えた。


「それと(オサ)(オソ)くなってしまいましたがこれを」


(タモト)から別の文書(モンジョ)を出して荊軻(ケイカツ)が悧羅に渡すと開いて目を通しながら、やはりか、と苦笑している。横から(ノゾ)いた(シン)にはそこに(シル)されている名が(ダレ)の者かが分からない。荊軻(ケイカツ)を見ると小さく笑いながら悧羅から文書(モンジョ)を受け取っている。


(シン)様も(マミ)えたことはあられるはずでございますよ。(オサ)立式(リッシキ)前に宮の前にいた(オキナ)を覚えておられませんか?」


「忘れるわけないでしょ?は?()()縁者(エンジャ)だったって事?」


思い出したくもない(ニガ)い事を思い出して紳は(マユ)(ヒソ)めた。あの(オキナ)(ダマ)されて紳は悧羅を信じることが出来なくなったのだ。(マド)わされたのは紳の(イタ)らなさから来るものだから(スベ)てを(オキナ)(セキ)にすることは出来ないが、それでも思い出すと苦々(ニガニガ)しく思えてしまう。


「どうにも辿(タド)るのに(ジカン)がかかってしまいました。どういう(ワケ)でございましょうか、翁以降(オキナイコウ)短命(タンメイ)になっておるようでして。()()()辿(タド)り着くまで何十代と(サカノボ)りましたので」


「…それは王母(オウボ)(イカ)りをこうたのだろうて。王母(オウボ)は何も言わぬがな」


くすくすと笑う悧羅に、なるほど、と荊軻(ケイカツ)納得(ナットク)したようだ。紳と悧羅の間柄(アイダガラ)を引き()き500年も苦渋(クジュウ)を与える元凶(ゲンキョウ)となったのだ。化身(ケシン)(ムスメ)と呼ぶ悧羅にそのような事をされたのでは(オダ)やかな王母(オウボ)(イカ)りを買ったとしても仕方(シカタ)ない。調べた縁者達(エンジャタチ)(ソウ)じて長く生きても60年ほどだった。中には十数年で生命が終わっていた者もいた。


「だけど()()(オキナ)は一本角だっただろ?一本角が(マジ)われば二本角は生まれないんじゃなかったか?」


「それも不可思議(フカシギ)な事に()()()以来一本角は生まれ落ちておりません。子に一本角はおりましたがその者達から生まれ落ちた者は全て二本角でございます」


「…それも又、王母様(オウボサマ)御力(ミチカラ)ってことか?」


(トナリ)を見るとくすくすと笑いながら悧羅が、であろうの、と(ウナズ)いた。


余程(ヨホド)(ハラ)()えかねたのであろうな」


「まあ俺もあの(オキナ)腹立(ハラダ)たしいからね。生きて俺の前に出てきたら間違(マチガ)いなく()()ててるだろうから」


顔を(シカ)めて頬杖(ホオヅエ)を付いた紳に、もう死んでおりますよ、と荊軻(ケイカツ)は苦笑してみせた。さて、と口を開いたのは栄州(エイシュウ)だった。


「そろそろ(ツド)うたようであるな。(ワレ)年老(トシオ)いておる(ユエ)、共に(マイ)れぬのが(ナサ)けないが…。(オサ)、つつがなく」


深く礼を取る栄州(エイシュウ)に、(マカ)せよ、と笑って先に立ち上がった紳が差し出した手を悧羅は取る。ふわり、と立ち上がると子ども達と荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が続いた。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)も立ち上がって先に宮の外へと()け出して行く。その後に荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が続くと紳が子ども達に、いい?、と(タズ)ねる。振り向かれた子ども達は、もちろん、と大きく(ウナズ)いて先に宮の外に()けだした荊軻(ケイカツ)達の後を追う。


「さて、行きますかね」


悧羅の手に軽く口付けて紳が微笑むと悧羅も(オダ)やかに微笑んだ。共に漆黒(シッコク)下駄(ゲタ)()くと手を引いたまま紳が宮の中庭を()って外へと()け出す。宮の門の前に(スデ)(ツド)っていた者達が悧羅の姿を見留(ミトド)めて膝を着こうとするのを悧羅は止めた。そのままでよい、と静かな声が響いて(ツド)った隊士達(タイシタチ)は立ったまま立礼(リツレイ)する。(ツド)え、とだけ言われて来たものの何故(ナゼ)今集められるのかも分からないのだ。集められた者たちに向けて荊軻(ケイカツ)手短(テミジカ)に十五年かけて調べ上げた事と、今から行う事を話して聞かせる。まさか、と動揺(ドウヨウ)の声は近衛隊隊士達(コノエタイタイシタチ)から聞こえた。隊長(タイチョウ)、と小さく(ツブヤ)かれて紳は小さく嘆息(タンソク)するよりない。


「信じたく無いのは俺も同じだったよ。だけど調べれば調べるほどに()()()辿(タド)りつくんだ。何が目的かは分からないけどな。…悧羅に対して私怨(シエン)があるのかも分からないし。だけどこのままにしてたら、里の平穏(ヘイオン)は護れない。何より近衛隊(コノエタイ)の一員がそんな事に加担(カタン)してるなら俺が(セイ)さなきゃな」


話す紳の(コロモ)近衛隊(コノエタイ)隊長(タイチョウ)(マト)隊服(タイフク)ではなかった。悧羅が着ているのと同じ漆黒(シッコク)(コロモ)だ。悧羅が漆黒(シッコク)(コロモ)(マト)う時には粛清(シュクセイ)と同じように(ウバ)生命(イノチ)背負(セオ)覚悟(カクゴ)を決めていることである事を集められた隊士達(タイシタチ)は知っていた。紳もそれを(マト)っているということは(ミズカ)らで()()()生命(イノチ)背負(セオ)うことを決めているということだ。はい、と呑み込みたくない事実を必死に呑み込んで近衛隊(コノエタイ)隊士達(タイシタチ)は静かに(ウナズ)く。それを見やって枉駕(オウガイ)(クワダ)てを()いて聞かせる。


開けられた門の場はわかっている。そこで待ち伏せし出て来たところを(タタ)く。枉駕(オウガイ)武官隊(ブカンタイ)は開かれた門から晴明(セイメイ)の作った呪符(ジュフ)荊軻(ケイカツ)(ホドコ)した(マジナイ)辿(タド)って人の子の隠れ住んでいる場所を(ツブ)す事になっている。残った近衛隊(コノエタイ)(オモ)に悧羅の護衛(ゴエイ)と連れてくるであろう妖達(アヤカシタチ)対処(タイショ)だ。(メイ)を受けて、は!、と()を示した隊士達(タイシタチ)(タノ)む、と枉駕(オウガイ)が深く(ウナズ)いた。


それに悧羅と共に残る事になる近衛隊(コノエタイ)に一つだけ紳が補足(ホソク)した。


「残るお前たちはとにかく(ハラ)に力を入れて自分を(タモ)てるようにしとけ。今回は悧羅(リラ)(オサ)()所以(ユエン)が分かるからな。命令だ。()()()()()()()()()()()


「それはどういう事ですか?」


問われたが紳は苦笑して、一緒にいたら分かるとだけ言っておいた。それ以上(タズ)ねられても口で()いてやる事も(ムズカ)しいのだ。見て肌で感じてもらわなければわからないこともある。少し考えながらやはり()いてやることは出来ないな、と紳は(アキラ)めて命令だけ守れ、と伝えた。多くの隊士達(タイシタチ)困惑(コンワク)する中で一人、舜啓(シュンケイ)は悧羅の(ソバ)に立つ媟雅(セツガ)を見ていた。七日(ナノカ)()りに見た媟雅(セツガ)はやはり()せているのが離れていても分かる。一回りほど小さくなった媟雅(セツガ)の横には妲己(ダッキ)が寄り添うように(ハベ)っていた。


もしかしたら立つ事さえもふらついてしまうのかもしれない。


隊士達(タイシタチ)の方に一切(イッサイ)視線を向けないのはその中に舜啓(シュンケイ)がいるであろう事を分かっているからだろう。身体(カラダ)隊士達(タイシタチ)の方に向けることはあっても視線は地か荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)の背に向けられているばかりだ。


今度会えたら自分の気持ちを伝えるのだと決めていた。だがこれほどの(ツト)めの前では見えている媟雅(セツガ)に声を掛けることも腕を(ツカ)むことも許されない。まずは、この(ツト)めを粛々(シュクシュク)とこなして終わらせないと、媟雅(セツガ)と話す事もできないだろう。伝えたとしても許されないかもしれないが、どうしても伝えなければならないのだ。舜啓(シュンケイ)自身の為に。伝えて(コバ)まれたのであれば、どれだけでも()覚悟(カクゴ)も出来ている。(タト)え受け入れられず媟雅(セツガ)恋仲(コイナカ)になる相手を見つけようと、他の男と(ジョウ)()わそうと、ずっと待ち続ける覚悟も出来た。(チギ)る相手でないなら(ウバ)えばいいだけの話だ。…その間に舜啓(シュンケイ)が他の相手と(ジョウ)()わさずにいられるかは別にして。媟雅(セツガ)の姿に(オド)る心を押し殺して舜啓(シュンケイ)は大きく息をついた。まずは目の前のことに気を置いておかねばならない。


さて、と悧羅の声がして隊士達(タイシタチ)一斉(イッセイ)に視線を返す。哀玥(アイゲツ)、と声を掛けられて御意(ギョイ)と一歩(アシ)を進めると、頼みますね、と荊軻(ケイカツ)が頭を()でた。(マカ)されよ、と低く鳴いて哀玥(アイゲツ)()け始めると荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)、それに武官隊(ブカンタイ)が続く。それを見やって紳が悧羅を抱き上げて子ども達に行くぞ、と声を掛けて高く()け出した。続く子ども達と妲己(ダッキ)の後に近衛隊(コノエタイ)が続く。()()()が降りた場へ哀玥(アイゲツ)(ニオ)いを辿(タド)りながら先導(センドウ)していく。四半刻(シハントキ)もかからずに里の門を抜け北へ進み何もない空で哀玥(アイゲツ)が止まった。(ニオ)いはここで途切(トギ)れている。


「ここですか?」


後に付いて来ていた荊軻(ケイカツ)に、()哀玥(アイゲツ)が応えた。では、と続いて到着(トウチャク)する枉駕(オウガイ)に声をかけると哀玥(アイゲツ)を中心に布陣(フジン)を敷く。敷き終わった頃に紳と悧羅達が着いてその背後に子ども達と妲己(ダッキ)が降り立つ。続く近衛隊(コノエタイ)に紳が手で布陣(フジン)を示して悧羅を中心に扇状(オウギジョウ)配置(ハイチ)した。腕の中から悧羅を降ろすと寄り添うように立って大刀(ダイトウ)(カツ)ぐ。


「あんまり()()()()()()()よ?」


(ヒタイ)に軽く口付けて言う紳に悧羅は、さての?、と笑ってみせる。苦笑しながら紳は悧羅の(マト)った(コロモ)(エリ)を大きくずらして両肩を(アラワ)にする。本当は見せたくないのだが、今回ばかりは仕方(シカタ)ない。(ユワ)え上げられた髪の隙間(スキマ)から悧羅の両肩や背中にある(ハス)の華が宵闇(ヨイヤミ)にぼうっと(ホノ)かに浮かび上がった。華が増えていることに(オドロ)いたのは隊士達(タイシタチ)だけではない。里を(ウツ)す前よりも咲いた華と(ツボミ)が増えている事に荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も息を呑む。(オサ)?、と枉駕(オウガイ)が声を掛けると、気にするでないと笑っているばかりだ。ほれ、来るぞと微笑む悧羅の前で何もなかった空間に門が現れ始めていた。




()()()は教えられていた通りにその夜計略(ケイリャク)を共にする者の元へと向かった。(ヨイ)()ける頃であれば紳と悧羅は寝所(シンジョ)(コモ)るはずだと教えていたので、では日が(ウツ)り変わる頃が良いだろうとなったのだ。この十五年余り里には大きな(イサカ)いは無かったし武官隊(ブカンタイ)近衛隊(コノエタイ)の日々の(ツト)めも見廻りや鍛錬(タンレン)ばかりだ。安穏(アンノン)とした日々に慣れた者たちがどう驚愕(キョウガク)するのかと思うと可笑(オカ)しくて込み上げてくる笑いを止める事もできない。笑いながら里から少し離れた北の場で門を開き(クグ)ると、いつもの洞穴(ホラアナ)の前で()いた人の子と数百の妖達(アヤカシタチ)が待っていた。見渡(ミワタ)すだけでも狐仙(コセン)猩々(ショウジョウ)猫又(ネコマタ)檮杌(トウコツ)窮奇(キュウキ)…。その他、数多(アマタ)妖達(アヤカシタチ)が目に入って、よくもまあこれだけ集めたものだと笑ってしまう。だが九尾狐(キュウビキツネ)がいないところを見ると、やはりあれだけの大妖(タイヨウ)使役(シエキ)出来なかったようだ。


「よく集めたもんだね」


笑いながら近寄(チカヨ)ると、十五年もあればな、と()いた人の子が(シワガ)れた声で笑った。


烏合無象(ウゴウムゾウ)とはいえこれだけ()れば少しなりとも(スキ)は作れよう?この(コク)であれば皆油断(ユダン)寝入(ネイ)っておるのだろうからな」


「まあ、そうだろうね。寝所(シンジョ)(コモ)ってるんだろうし。そんな(トキ)()め込まれたら(アワ)てるだろうなあ」


(サワ)ぎを思い(エガ)いてまた笑ってしまう。本当に多少なりとも(アワ)てて(アセ)ってくれればいい。これが失敗したならまた別の面白(オモシロ)いことを考えて仕掛(シカ)ければいいだけだ。()()()()()()()()()()()。くすくすと笑いながら考える。特段(トクダン)個人的に里や(オサ)(ウラ)みがあるわけではない。ただ(オサナ)い頃から言い聞かされていただけだ。昔は一本角(イッポンヅノ)家系(カケイ)だったのだ、と。では何故(ナゼ)自分も周りの縁者(エンジャ)二本角(ニホンヅノ)なのか、と(タズ)ねた自分に納得(ナットク)する応えを出してくれる者はいなかった。


「天の(イカ)りをかったのだろう」


それだけ応えられても、は?、としか思えない。


何故(ナゼ)怒りをかったといえるのか。

何故(ナゼ)天が(サダ)めたと思えるのか。


辿(タド)ってみても理由など分からなかった。わかった事といえば悧羅が(オサ)として立った後から一本角(イッポンヅノ)が産まれなくなったという事実だ。けれど一本角であった者たちは長寿(チョウジュ)の鬼でありながら(スデ)に死んでいたし、それどころか自分の縁者(エンジャ)は皆短命(タンメイ)で、長く生きて60年。人の子となんら変わらないほどしか生きれていない。妖達(アヤカシタチ)と共にいる()いた人の子は自分も他の鬼と同じように(ジカン)があると思っているようだが、それは違う。()()()()()()と言ってはみたものの自分にとっても長く貴重(キチョウ)な十五年なのだ。だが、よく分からない事に翻弄(ホンロウ)されるまま今の自分達を受け入れている縁者(エンジャ)達にも(ハラ)が立った。何もしないまま短命(タンメイ)を受け入れて二本角であることに不満も(イダ)かず、それで良いのかと苦々(ニガニガ)しかった。。そうであれば分かっている事実。悧羅が立った後から短命(タンメイ)になったのだ、という事実だけで()()に何かしらあるのだろうということだけで十分動くには(アタイ)する。自分が(カカ)わっていることは知られてもいないだろうし、知られていても他の縁者(エンジャ)が巻き込まれてどうなろうと知ったことでもない。どうせ遅かれ早かれ死んでいくのだから。であればこそ面白(オモシロ)可笑(オカ)しくしてやりたい。


一人くすくすと笑っていると()いた人の子が(アキ)れたように自分を見ている。


「さて、手引(テビ)きを頼む」


「良いけど里の中にはどうやって入る気なのさ?門には(マジナイ)が掛かってて里の者以外は入れないって教えただろ?」


笑いながら(タズ)ねると、(ワシ)()めすぎだ、と笑われた。


「お前から聞き(オヨ)んだ(マジナイ)解呪(カイジュ)する(ホウ)(スデ)に見つけておる。その穴を開けるためにこれだけの妖達(アヤカシタチ)使役(シエキ)しなければならなかったがな」


(アゴ)妖達(アヤカシタチ)(シメ)しながら()いた人の子は(シワガ)れた声で笑い続けている。確かに人の子にしてはそれなりに()けた術者(ジュツシャ)だ。里が(ウツ)される前に里に出入りしていた晴明(セイメイ)と同じくらいの力量(リキリョウ)は持っているのは初めて(マミ)えた(トキ)から分かっていた。だからこそ利用しようと考えたのだ。


まあどう動くにしても失敗しそうだと思えば(オトリ)にしてしまえばいいだけだ。


ふうん、と肩を(スク)めて込み上げる笑いを(オサ)えずに、じゃあ行く?、と指を鳴らすと()いた人の子が作った門が現れた。待ち()ねた、と笑いながら()いた人の子と共に門を(クグ)る。後に続いてくる妖達(アヤカシタチ)を引き連れてまるで凱旋(ガイセン)でもするかのように()いた人の子が先を進むが出る先は空の上だ。さすがに落ちるだろう、と思っていると狐仙(コセン)が1匹走って来ると、その背に()いた人の子を乗せて歩き始めた。


よく(シツケ)たもんだよ、と苦笑しながら共に歩んで門を出て思わず、わあお、と声を上げてしまった。門を抜けた先に見えるのはただ空があるはずだった。そこから南に(クダ)った先に里に入る門がありそこから中に入る予定だった。


だが見えたのは風になびく紫の髪。

その(マワ)りを取り囲む見慣(ミナ)れた隊士達(タイシタチ)の姿だ。


(トナリ)を見ると()いた人の子は狐仙(コセン)(マタガ)ったまま(カタ)まっている。どういうことだ?、と(カタ)まったままでどうにか(シワガ)れた声で(タズ)ねられるが、さてねえ、と笑うしかない。


「どうやら読まれてたみたいだね」


(トナリ)を見ると()いた顔は歓喜(カンキ)に満ち(アフ)れたように小さく笑い身体(カラダ)(フル)えだしている。初めて(マミ)えた悧羅の姿に見惚(ミホ)れているのは明らかだった。いつもは肩まで(カク)している肌は大きく開かれ(ナマメ)かしい雰囲気(フンイキ)(タダヨ)っているのだ。滅多(メッタ)に見れるもんでもないよ、と小さく笑いながらも(クワダ)てが全て失敗(シッパイ)だったのだと知る。それもまた面白(オモシロ)い、と笑い出すと聞き慣れた声が(ヒビ)いた。


千賀(センガ)


笑いながら大きく両手を広げて千賀(センガ)は向き直った。悧羅と同じ漆黒(シッコク)(コロモ)に身を(ツツ)んだ紳が静かに自分を見ていた。何とも言えない視線を受け止めて千賀(センガ)はますます笑いを深くする。これは隊長(タイチョウ)、と小さく頭を下げると大きな嘆息(タンソク)が聞こえた。


「これは壮観(ソウカン)ですね。武官隊(ブカンタイ)近衛隊(コノエタイ)精鋭(セイエイ)。全て一本角(イッポンヅノ)ばかりでお出迎(デムカ)えていただけるなんて光栄(コウエイ)です」


悪びれた様子(ヨウス)も見せないその姿に紳は又大きく息をつくしか無い。なんでこんなことを、と聞く気にもなれなかった。歳若(トシワカ)くして近衛隊(コノエタイ)入隊(ニュウタイ)した千賀(センガ)はよく紳に(ナツ)いていた。鍛錬(タンレン)にも力を抜くことなく里や悧羅を護らなければと(ツネ)に言ってくれていた。他の隊士達(タイシタチ)からの評価(ヒョウカ)も高く、為人(ヒトトナリ)も心地のよい者だった。共に過ごす(ジカン)が多かった分、弟のように思っていたし悧羅と(チギ)りを(ムス)ぶとなった時も誰よりも喜んでくれていた。紳の何とも言えない心持ちを読んだのか、知ってますか?、と広げていた手を下ろして笑いを深めた。


「俺の縁者(エンジャ)、長く生きる者はいないんですよ。昔は一本角もいたらしいけど、どういうわけか()()()(サカイ)に二本角しか生まれなくなった。しかも辿(タド)れば(オサ)が立たれた後から」


何かがあると思いますよね?、とまた両手を広げて大袈裟(オオゲサ)千賀(センガ)は肩を(スク)めて見せる。


縁者(エンジャ)はみんな(アキラ)めたように、天の(イカ)りをかってしまったんだろうって言う。何にもしないで千年は軽く生きる鬼なのに人の子と変わらない程度で死んでいくのに馬鹿(バカ)げたように受け入れてるんです。そんな事が起こってる者達がいることを誰にも知られずに、ですよ?(アキ)れちゃいますよね?」


開かれたままの背後の門から枉駕(オウガイ)武官隊(ブカンタイ)が入っていくのは分かったけれど、今更(イマサラ)どうでも良かった。千賀(センガ)一人で止められるはずもないし、()いた人の子の隠家(カクレガ)がどうなろうと知ったことでは無い。


「せめて生きた(アカシ)くらい残せばいいのに。なあんにもしないんです。本当に(ナサ)けないったらないですよ」


くすくすと笑いながら頭を()千賀(センガ)にもう一度紳は大きく嘆息(タンソク)して酲紂(テイチュウ)という名を知っているか?、と(タズ)ねる。


「ずっと昔のじいちゃんの名前ですね。そのじいちゃんの子どもの後から一本角が生まれなくなって長く生きられないようになりましたよ。…そのじいちゃんが何かしたんでしょうけど、そんなの俺に関係あります?俺だけじゃ無い。他の縁者(エンジャ)にだって、そのじいちゃんの血なんて(ホトン)ど残ってやしないでしょうに。(ノロイ)のようなものだけがへばりついてるんですよ」


確かにな、と紳は(ウナズ)いた。荊軻(ケイカツ)(シラ)せにしたためられていた酲紂(テイチュウ)な名は千賀(センガ)から辿(タド)れば何十代も前になる。千賀(センガ)の言う通りその血は(ツメ)の先程も残ってはいないだろう。だが(ギャク)を返せばそれだけ王母(オウボ)の怒りをかったのだ。


先代(センダイ)の頃の官吏(カンリ)の一人だ。里が荒廃(コウハイ)していく中で率先(ソッセン)して私腹(シフク)(コヤ)して民達(タミタチ)見捨(ミス)てた。(オノレ)のしたことを(カエリ)みず私怨(シエン)を悧羅にぶつけ続けてた。…酲紂(テイチュウ)が心を入れ替えてたらお前たちにそんな(ノロイ)はかからなかっただろうな」


不憫(フビン)に思うよ、と言う紳に千賀(センガ)は声を上げて笑ってしまう。何が不憫(フビン)だ、と思った。一本角に生まれつき近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)にまで(ノボ)()め、あろうことか(オサ)である悧羅の伴侶(ハンリョ)にまで選ばれた。長い生も約束されている。そんな紳が(ネタ)ましくて仕方なかった。今も(トナリ)(オサ)を連れて言われても何の(ナグサ)めにもならない。


「だけどお前のしてきた事は許される事じゃ無い。里の民達(タミタチ)だけでなく悧羅まで(アヤ)うくするところだった。それは分かってたんだよな?」


「もちろんですよ?」


当たり前の事を聞かれて千賀(センガ)は首を(カシ)げて見せた。


「少し面白可笑(オモシロオカ)しくしてやりたかったんですよ。(イサカ)いも無くなって安穏(アンノン)とした日々を当たり前のように享受(キョウジュ)できている民達(タミタチ)にも。天の怒りとやらをかう元凶(ゲンキョウ)となった(オサ)にも。いい刺激(シゲキ)になったでしよ?ずっと見てましたけど、俺はそれなりに面白(オモシロ)くて笑えましたよ」


馬鹿野郎(バカヤロウ)、と紳が小さく(ツブヤ)いて(ニギ)大刀(ダイトウ)に力を()めた。見ていたということは悧羅が自分を(エサ)にして大怪我(オオケガ)()った事も、(ウバ)いたくもない一万の若い民達(タミタチ)(シイ)さなければならなかった事も知っているということだ。それを面白(オモシロ)かった、などと言い笑って見ていたということか?(アマ)りの(イカ)りに手か(フル)えてしまう。まるで500年前、宮で紳を(アオ)った酲紂(テイチュウ)と同じ姿がそこに見えた。血は(ウス)くなっても持ち合わせているものは同じなのかもしれない。何処(ドコ)かで誰かが気付(キヅ)いて過去を振り返ることが出来ていたら、王母(オウボ)の怒りも()けていたかもしれないのに。それに気付かないなど(オロ)かで稚拙(チセツ)だと言うしか無い。(ニギ)りしめた手にそっと触れられて紳は(トナリ)を見る。少しばかり心配そうな顔をした悧羅が紳を見つめていた。その表情に自分を取り戻す事ができる。大丈夫(ダイジョウブ)だ、と伝えると小さく微笑んで手が引かれる。


「…一応(イチオウ)聞くけど、お前考えを(アラタ)めることはないか?ここで失敗するにしても考えを(アラタ)めて残された生を悧羅や民達(タミタチ)のために使う気はないか?」


紳の言葉に千賀(センガ)が吹き出して声を上げて笑い出した。


「そんな事あると思います?」


(ハラ)(カカ)えて笑いながら浮いた涙を拭く姿は本当に酲紂(テイチュウ)に似ていた。


「そんな容易(タヤス)(アキラ)めるくらいなら、もっと前にそうしてますよ。そうでしょ?でも誤魔化(ゴマカ)せてると思ってたんだけどなぁ。やっぱり姍寂(サンジャク)や大国の犬神騒動(イヌガミソウドウ)まで(ハヤ)り過ぎたと思ったんですよね。そこからですか?」


「まあ、そうだな」


「やっぱりそうですか。人の子の言う通りにするんじゃなかったかな」


笑いながら千賀(センガ)(トナリ)を見ると()いた人の子はまだ言葉も出せないほどに震えている。これもここまでしか使えないな、と笑って千賀(センガ)(カタ)(スク)めた。


「じゃあ、俺はお(イトマ)しましょうかね。ここで(ツカ)まると面白(オモシロ)く無くなっちゃうでしょう?」


言うなり急降下(キュウコウカ)を始める千賀(センガ)を紳が追いかける。


「…逃げられるはずが無いだろう…」


千賀(センガ)の前に立って共に降りながら大刀(ダイトウ)首筋(クビスジ)に当てると、ですよねぇ、と笑っている。()(ニギ)る手に一瞬(イッシュン)力を込め直して、悪い、と(ツブヤ)くしかない。


「…なんで隊長(タイチョウ)(アヤマ)るんですか…。本当に甘いですよね」


小さく笑った千賀(センガ)首筋(クビスジ)に当てた大刀(ダイトウ)を振り抜いた。首と(ドウ)が離れて落ちていく身体の後を追うように血飛沫(チシブキ)が後を追う。(クチビル)()みながら頭と(ドウ)(ツカ)んで悧羅の元に戻る。戻る途中(トチュウ)から甘い(ニオ)いが(タダヨ)い始めていた。頭と(ドウ)を持って戻った紳を見て悧羅が、笑っておるではないか、と千賀(センガ)の頭を見て言う。腕を持ち上げて顔を見ると本当に(ウッス)らと笑っている。逃げられるはずもないことも分かっていながら、甘いですね、と笑った千賀(センガ)の顔のままだった。込み上げてくる思いを押し殺して背後の隊士(タイシ)二人に頭と(ドウ)をそれぞれ預ける。それから、もう一度隊士達(タイシタチ)(ハラ)に力を入れろ、と伝えた。


「…始まるぞ。()()()()()()()()


よく分からない命令にとりあえず(シタガ)う事にして隊士達(タイシタチ)(ハラ)に力を入れた。何の(ニオ)いなのか(アタ)りには甘い(ニオ)いが(タダヨ)っていた。紳が悧羅の元に(フタタ)び戻るとにっこりと悧羅が()いた人の子に向かって微笑(ホホエ)んだ。

大分寒くなってきましたね。

お身体にお気をつけてお過ごしください。


一日空いてしまいましたがお楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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