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糺す【拾陸】《タダス【ジュウロク】》

こんにちは。

更新します。

お楽しみ下されば嬉しいです。

朝を(ムカ)えると昨夜の湯当(ユアタ)りが(ウソ)であったかのように身体(カラダ)が軽かった。手早(テバヤ)身支度(ミジタク)()ませてから(カガミ)で顔を確かめるが(マブタ)()れもない。これならば悧羅(リラ)以外に媟雅(セツガ)号泣(ゴウキュウ)してしまった事など(ダレ)にも知られることはないだろう。よし、と両手で自分の(ホオ)(タタ)いてから家族が待つ食事処(ショクジドコロ)に向かう。早めに入る方なのだが、(メズラ)しくほぼ皆が(ソロ)っていた。居ないのは忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)だ。二人は?、と()に着きながら(タズ)ねると、そろそろおいでますよ、と(ゼン)(ハコ)びながら磐里(バンリ)が教えてくれる。


「お二人とも昨夜(サクヤ)(オソ)いお(モド)りでございましたから。少しばかりお寝坊(ネボウ)なさっておられるようです」


ふうん、と置かれた(ゼン)の茶を手に取ると、(ネム)れたかえ?、と悧羅(リラ)の声がした。ちらりと悧羅を見ると(オダ)やかに微笑(ホホエ)みながら茶を(スス)っている。うん、と(ウナズ)くとにっこりと笑いながら湯呑(ユノ)みを置いている。


母様(カアサマ)は?()()()()父様(トウサマ)すぐ(モド)ってきたの?」


媟雅(セツガ)が湯に向かってすぐであったな。(シカ)られてしもうた」


小さく笑う悧羅の横から、当たり前でしょ?、と(シン)が頭を()でている。


「あんまり(オソ)いときは寝てていいって言ってるのに。言うこと聞いてくれないんだもんね。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)もいないんだからずっと(スワ)ってるなんて駄目(ダメ)だよ。今日は寝てていいからね」


「なんの。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)(モド)ってくるやもしれぬでな。考えるにも良い(ジカン)なのだえ?」


()でていた手で悧羅の(ホオ)(サワ)りながら、もう、と紳は小さく嘆息(タンソク)している。その姿に目を細めながらこの二人のように(タガ)いを(オモ)い合えたらどんなに良いだろう、と思ってしまう。それが到底(トウテイ)媟雅(セツガ)には思い(エガ)くことの出来ない辛酸(シンサン)の上にあるものだとしても、今の二人はとても(シアワセ)そうだ。(ゼン)に手を合わせて朝餉(チョウショク)()り始めると忋抖(カイト)灶絃(ソウゲン)が入ってきて媟雅(セツガ)両隣(リョウドナリ)にそれぞれ(スワ)る。まだ(ネム)そうに欠伸(アクビ)をしている二人の前にも加嬬(カジュ)(ゼン)を置いた。


哀玥(アイゲツ)妲己(ダッキ)もまだ戻ってないの?」


(ゼン)に手を合わせながらまだ姿の見えない二人について忋抖(カイト)(タズ)ねる。もうそろそろだとは思うがの、と(コタ)える悧羅に、そっか、と忋抖(カイト)(ハシ)を進めている。哀玥(アイゲツ)は悧羅の(メイ)以外では忋抖(カイト)と共に動くのでこうも長く居ないと忋抖(カイト)(サミ)しいのだろう。媟雅(セツガ)とていつも居るはずの二人の姿が見えないと(サミ)しく感じてしまっているから、その気持ちはよく分かる。


「ちと厄介(ヤッカイ)な事を(タノ)んでおるからのう。あの二人であらば(ナン)なく、とは思うておるが…。戻らば(ネギ)ろうてやってたも」


悧羅の言葉に、うん、と忋抖(カイト)(コタ)えて(ハシ)を置いた。いつの間にやら全て(ショク)してしまっている。早くない?、と苦笑しながら媟雅(セツガ)(ハシ)を置いた。眠れたとはいえあまり食欲(ショクヨク)はない。冷たい果実(カジツ)だけを()ってまた(チャ)を飲み始める。食事(ショクジ)の進んでいない媟雅(セツガ)に、どうかしたのか?、と紳が心配そうに(タズ)ねながら立ち上がって寄ってくる。(ヒタイ)に手を当てられて媟雅(セツガ)()てくれる紳に、昨日ちょっと湯当(ユアタ)りしたから、と笑ってみせた。


近頃(チカゴロ)(イソガ)しくさせたからな。調子(チョウシ)悪いなら(ツト)め休むか?」


「大丈夫だよ。ただの湯当(ユアタ)りなんだから。父様(トウサマ)心配しすぎだよ」


笑う媟雅(セツガ)の頭をくしゃりと()でて、そうか?、と紳は悧羅の隣に戻る。いつもそうだ。媟雅(セツガ)たち子ども達が少しでもいつもと違うとすぐに紳も悧羅も気づいて気遣(キヅカ)ってくれる。特に紳は子ども達に甘い。六人全員が紳の直下(チョッカ)である近衛隊(コノエタイ)入隊(ニュウタイ)しているのだから、他の隊士達(タイシタチ)と同じ(アツカ)いでいいのだが(ツト)めの間は隊長(タイチョウ)として()()うが、ほんの少し周りに人が居なくなるとすぐに父の顔になってくれる。それは(ウレ)しくもあるが、近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)としての紳を(ソバ)で見れるのは(ホコ)らしい。媟雅(セツガ)達が産まれた頃から紳の姿は変わらない。それは悧羅も同じだが、何となく二人とも若返っている気もする。媟雅(セツガ)達の成熟(セイジュク)が二人よりも遅かったからかも知れない。


「ならきつくなったらすぐに言うんだぞ?」


「分かってるよ」


小さく笑う媟雅(セツガ)(ネン)を押すように紳が言うと、ほんに甘い、と悧羅が笑っている。それに笑って忋抖(カイト)達が立ち上がるのに続いて媟雅(セツガ)も立ち上がった。先に行ってるよ、と皓滓(コウサイ)が言い置いて皆で近衛隊(コノエタイ)隊舎(タイシャ)に向かう。紳は朝議(チョウギ)の後に来るのでこれがいつものことだ。()けているとやはりまだ身体が気怠(ケダル)い気はしたけれど動いていればその内取れる程度のことだ。だが弟達はそうは思わなかったようで、(ダマ)って灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)が両手を引いてくれた。大丈夫なのに、と苦笑する媟雅(セツガ)に前を行く忋抖(カイト)啝珈(ワカ)が、駄目(ダメ)だと言う。


姉様(アネサマ)気づいてないかも知れないけど顔色悪いよ?本当に休んだ方がいいんじゃない?」


「そんな事ないってば。少し湯当(ユアタ)りして(ツカ)れが()まってるだけだから」


くすくすと笑いながら引かれるままに弟達に付いて行くと、なんなら(カカ)えようか?、と皓滓(コウサイ)まで聞いてくる。本当に大丈夫だ、と笑うが弟妹(テイマイ)達はあまり納得していないようだった。甘いのは父だけでは無さそうだ、と思いながら隊舎(タイシャ)に降り立つと紳が来るまでに済ませておかなければならない(ツト)めを副官(フクカン)である達楊(タツヨウ)から(クダ)される。辺境(ヘンキョウ)見廻(ミマワ)りが(オモ)なのだが、その(サイ)(サト)を広げている場の確認(カクニン)民達(タミタチ)の声を聞いてくるのも(フク)まれた。これもいつものことなので早々(ソウソウ)に済ませることにする。見廻(ミマワ)りのために辺境(ヘンキョウ)まで()けて民達(タミタチ)と話していると、身体の気怠(ケダル)さもいつのまにか消えていた。媟雅(セツガ)が悧羅と紳の(ムスメ)だということは民達(タミタチ)も知っているが、気さくに話しかけてくれる。一応(イチオウ)姫様(ヒメサマ)とは呼ばれるが皆笑いながら話しかけて、時には果物(クダモノ)などまで持たせてくる始末(シマツ)だ。


「持ちきれないよ」


笑いながら言う媟雅(セツガ)に、そう言いなさんな、と笑う民達は皆困った事などないよ、と(オダ)やかだ。


長様(オササマ)のお(カゲ)でね。長様(オササマ)はお変わりないかい?」


これもいつもの事だった。悧羅がほんの少し里に()りれない日が続くと何かあったのではないか、と民達の方が(アン)じてくれる。これが悧羅が500年、身を(ケズ)って護ってきたものだと思うと嬉しく思う。


「いつも通りだよ。近頃(チカゴロ)私より若いんじゃないかって思っちゃう。娘より若々しいって困るよねえ」


肩を(スク)めて見せると、旦那様(ダンナサマ)がおられるからねえ、と民達も笑っている。その紳も若々しくなってきていると伝えると、おやまあ、と誰もが声を上げて笑った。


「そりゃあ何十年振りにまた御子(オコ)を見れるかも知れないねぇ」


揶揄(カラカ)うような民達の声には二人への敬愛(ケイアイ)が含まれていて、あり得る話だね、と媟雅も笑った。持ちきれないほどの()(カカ)えたままで隊舎(タイシャ)に戻ると紳も丁度(チョウド)()り立った所だったようで媟雅(セツガ)を見つけると笑いながら()を取り上げてくれる。


「また沢山(タクサン)もらったなあ」


「皆、いいって言うのにどんどん持ってきてくれるんだもん。持ちきれないって何度も言うんだけどね。母様(カアサマ)に食べて欲しいんだよ、きっと」


隊舎(タイシャ)の戸を開けながら、だろうね、と紳も苦笑している。後で宮に持っていっとくよ、と笑いながら戸を開けられて媟雅を中に入れると自分も入って戸を閉めた。紳の姿を見るなり隊士達(タイシタチ)挨拶(アイサツ)(レイ)をとっている。それに手を振って(コタ)えながら紳も(ツクエ)()を置いてこの日の(ツト)めを隊士達(タイシタチ)に伝えた。(タノ)む、と言う紳に、()、と(コタ)えて皆が(ツト)めに散っていく。媟雅(セツガ)も自分に与えられた(ツト)めをこなすために部隊(ブタイ)の仲間達と共に外に出た。(ツト)めも特段(トクダン)手こずる事もなく終わらせて部隊長(ブタイチョウ)が紳に(シラ)せに行くのを見送って鍛錬場(タンレンジョウ)に入り、武官隊隊士達(ブカンタイタイシタチ)と共に鍛錬(タンレン)をつけてもらう。先に鍛錬場(タンレンジョウ)に入っていた者たちがぼろぼろになりながら、(ツト)めに向かう姿に苦笑してしまうが数刻後(スウコクゴ)には同じ姿になっていた。身体はぼろぼろに(ツカ)れたけれど、何も考えなくて済んだのは媟雅(セツガ)にとっては都合(ツゴウ)が良かった。同じ部隊(ブタイ)の者たちとその場に(スワ)りこんでいると頭上(ズジョウ)から紳の声がかかる。(スワ)り込んだままの媟雅(セツガ)の前にしゃがみ込んで紳は笑っている。


(ツト)めが終わったら悧羅に揚饅頭(アゲマンジュウ)買っていってくれないか?近頃(チカゴロ)また(ショク)が落ちてんだ」


笑いながら媟雅(セツガ)の手に小銭(コゼニ)(ニギ)らせる。大きな(ツト)めの前や考えなくてはならない事があると悧羅は(ショク)が落ちる。ただでさえ痩身(ソウシン)であるのに食べれない日が続くとより()せてしまうのだ。だが周りに部隊の者がいるのに紳が父の顔になるのは(メズラ)しい。


「俺が行けたら良いんだけど今日も遅くなりそうだからさ。おばちゃんの店も閉まっちゃうだろ?(タノ)める?」


「分かった。…でも出来るだけ早く帰ってね。母様(カアサマ)どんなに言っても動かないから」


小銭(コゼニ)(フトコロ)仕舞(シマ)いながら言う媟雅(セツガ)に、分かってるよ、とまた笑って紳は頭を撫でて去っていく。


何だろう、本当に(メズラ)しい。


きょとりとしてしまいながら立ち上がると仲間達も、よいしょ、と立ち上がっている。上がった息もどうにか落ち着いて皆で隊舎(タイシャ)に戻り残った(ツト)めを部隊長(ブタイチョウ)から(メイ)じられて手早く終わらせて戻った頃には(トリ)(コク)を廻っていた。部隊長(ブタイチョウ)(シラ)せを済ませると、御苦労(ゴクロウ)さん、と戻ってよいと(ユル)しが出た。いつもなら弟妹(テイマイ)達が終わるのを待つのだが、紳からの(ツカ)いも(タノ)まれている。甘えて下がる事にして媟雅(セツガ)はそのままいつもの揚饅頭(アゲマンジュウ)屋に向かった。一日が終わるとどっと疲れも出てくるが(ハカ)らずも舜啓(シュンケイ)と顔を合わせなくて済んだのは良かったかもしれない。疲れはしたが身体の(ダル)さも消えていつもの(ツト)めの後の疲労感(ヒロウカン)があるだけだ。歩きながら大きく伸びをして目当ての店に着くと、店の中から恰幅(カップク)の良い女主人が手を振ってくる。笑って少し()け出すと店から出てきた女主人が広げた(ウデ)の中に飛び込んだ。


「久しぶりじゃあないかい、(ヒメ)さん」


甘い饅頭(マンジュウ)(ニオ)いがする腕に抱きしめられて媟雅(セツガ)は笑ってしまう。


「女の子がこんなに(ドロ)だらけになって。ちったあ紳さんに考えろって言わなきゃなんないね」


顔についていたのであろう(ヨゴ)れを取ってくれながら豪快(ゴウカイ)に笑う女主人は(オサナ)い頃から媟雅(セツガ)可愛(カワ)いがってくれている叔母(オバ)のような存在だった。


「おばちゃん久しぶり。元気だった?」


「見りゃあ分かるだろ?元気でなけりゃあ少しは()せるってもんだよ」


わはは、と笑いながら女主人は媟雅(セツガ)の頭を撫でてくれる。で、どうしたんだい?、と聞かれて悧羅のために饅頭(マンジュウ)を買いに来た、と言うとうんうんと(ウナズ)いて店の中に戻り手際(テギワ)よく紙袋(カミブクロ)饅頭(マンジュウ)(ホウ)り込んでいる。小さい頃、一緒に作るとねだって女主人と悧羅と共に作った事もある饅頭(マンジュウ)だ。悧羅の好物(コウブツ)でもあるが媟雅(セツガ)好物(コウブツ)でもある。手元を見ていると(ナツ)かしくなってつい笑みが(コボ)れた。


「…おばちゃん…、また一緒に作りにきても良い?」


「何だい、よそよそしい。当たり前だろう?忙しいんだろうけど、小ちゃい頃みたいにひょっこり来てくれないと(ホウ)けちまうよ?」


大人になっちまったねえ、と豪快(ゴウカイ)に笑われて媟雅(セツガ)も笑ってしまう。確かに(オサナ)い頃は妲己(ダッキ)にせがんで宮を抜け出して女主人の元に遊びに来ていた。(ダマ)って宮を抜け出して店の手伝いをしている所を紳に見つけられて大笑いされたものだ。あの頃から少し年老(トシオ)いたが、この声を聞くと悧羅に包まれている時と同じように安心してしまうから不思議(フシギ)なものだ。悧羅達に言わせれば物心(モノゴコロ)着く前から女主人には(ナツ)いていたそうで、(ハラ)の中にいる時もここの饅頭(マンジュウ)だけは悧羅も食べれていたと教えられていた。腹の中にいた時から女主人の為人(ヒトトナリ)をどこか感じていたのかも知れなかった。


「ほら、姫さん。あったかい内に持って帰ってやんな」


紙袋(カミブクロ)一杯(イッパイ)に詰められた饅頭(マンジュウ)に、入れすぎだよ、と笑って支払(シハラ)いを済ませる。


「あれ以上()せられちまったら風が吹いたら飛んでっちまいそうだからね。ちゃんと食べるように言っとくれよ」


「うん。おばちゃんの饅頭(マンジュウ)なら母様(カアサマ)食べるんだよね。弟達も好きだからすぐ無くなるんだよ」


紙袋(カミブクロ)を受け取って甘い(ニオ)いに包まれるとつい一つ(ツマ)んでしまう。そりゃ(ウレ)しいねえ、と減った饅頭(マンジュウ)を一つまた紙袋(カミブクロ)に入れられて苦笑しながら、また来るね、と媟雅(セツガ)は宮に戻り始める。いつでもおいでぇ、と下から(サケ)ばれて笑いながら手を振る。甘い饅頭(マンジュウ)頬張(ホオバ)りながら急いで()けて宮の中庭に降り立つと目の前の悧羅の自室の戸は大きく開け(ハナ)たれていた。(ツクエ)に向かって文書(モンジョ)を広げている悧羅の姿が目に入って、遠目(トオメ)からでも少し()せたのが見てとれた。縁側(エンガワ)に寄りながら、母様(カアサマ)、と声をかけると顔を向けて、おや、と笑いながら立ち上がっている。


「良い(ニオ)いがするの」


部屋からゆっくりと出てきた悧羅が媟雅(セツガ)の腕の中の紙袋(カミブクロ)の中に手を伸ばして饅頭(マンジュウ)を取る。


父様(トウサマ)が買っていってって。(メズラ)しく仲間のいる前で言われたから吃驚(ビックリ)しちゃったよ。母様(カアサマ)があんまり食べないから心配してるみたいだよ?」


「…とはいえ、()うてき過ぎではないかえ?」


「おばちゃんが入れるんだもん。母様(カアサマ)にそれ以上()せられたら困るんだって」


手にした饅頭(マンジュウ)を口に運びながら、おやまあ、と悧羅が笑っている。そのまま磐里(バンリ)加嬬(カジュ)を呼ぶと二人がぱたぱたとやってきた。媟雅(セツガ)を見つけると、まあお早い、と喜びながら紙袋(カミブクロ)を受け取っている。


(オオ)ございますねえ」


苦笑する二人にも悧羅が食べるように(スス)めると、笑いながら一つずつ手に取って食べ始めた。


若君(ワカギミ)方が喜ばれますね。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)もおりましたらよろしゅうございましたのに」


笑いながら美味(オイ)しそうに食べる二人に、そろそろ戻ろう、と悧羅が教えている。持っていた饅頭(マンジュウ)も食べ終えてくれたようでほっとする媟雅(セツガ)加嬬(カジュ)湯殿(ユドノ)(スス)めてくれた。


長湯(ナガユ)なさってはなりませんよ?また湯当(ユアタ)りしてしまいますからね」


二つ目の饅頭(マンジュウ)頬張(ホオバ)りながら言われて笑いながら媟雅(セツガ)湯殿(ユドノ)に向かおうとすると中庭に次々に弟妹(テイマイ)達が降りてきた。まるで饅頭(マンジュウ)があることを知っていたかのように、いい(ニオ)いがする、と磐里(バンリ)の腕の中から取り上げて食べ始めている。磐里(バンリ)達の言う通りすぐに無くなりそうだった。笑いながら湯殿(ユドノ)に向かう媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)が追いかけてきて腕を取ってきた。一緒に入ろう、と手を引かれて笑いながら共に湯を使う。身体を清めていると、身体大丈夫?、と啝珈(ワカ)(タズ)ねてくれた。朝から心配してくれていたので気になっていたのだろう。


「動いてたら大丈夫になったよ。ただの湯当(ユアタ)りだって言ったじゃない。みんな心配し過ぎなんだよ」


「だって姉様(アネサマ)、本当に顔色悪かったんだよ?忋抖(カイト)達も心配してたもん。お昼も()ってなかったでしょ?」


そういえば、と媟雅(セツガ)は言われて気づいた。ただ(イソガ)しかっただけなのだが、昼餉(チュウショク)()っていなかったようだ。気づいてなかった、と笑うと、もう、と(アキ)れたように啝珈(ワカ)が湯をかけてくる。何かあったの?、とも聞かれたが、何も、と笑って見せた。


()()()()でしょう?少し気が張り詰めてるのかも知れないね。母様(カアサマ)がどう動くにしても十五年前みたいに一人で背負(セオ)わせたくないから」


「…ならいいけどさ。それは啝珈(ワカ)も同じだし。父様(トウサマ)皓滓(コウサイ)達も連れて行くって言ってるけど、まだ三人には何にも言ってないみたいだしね」


「直前で話すって言ってたよ?私たちも母様(カアサマ)()()姿()を見たからちゃんとしなきゃって思ったんだし、父様(トウサマ)が言うんだったら大丈夫だよ」


まあそうだよね、と湯に()かる啝珈(ワカ)が大きく溜息(タメイキ)をついている。どうかしたの?、と媟雅(セツガ)も湯に()かりながら聞くと、思い出しただけだ、と苦笑された。粛清(シュクセイ)の時の悧羅の姿のことだろう、とは媟雅(セツガ)にもすぐに分かった。返り血を()けることさえせずに(ウバ)った生命(イノチ)を全て背負(セオ)っていたように見えた。


「ほんと…(オサ)って重いよねぇ。これが最後(サイゴ)にしてほしいよ」


(ツブヤ)くように言った啝珈(ワカ)媟雅(セツガ)(ウナズ)く。あの細い身体に背負(セオ)重圧(ジュウアツ)がこれ以上重くならないことを祈ることしか出来ないのが(クヤ)しいが、それでも自分たちも十五年前よりは使えるはずだ。(マモ)ろうね、と言われて、もちろんと笑ってから二人は湯から上がる。湯殿(ユドノ)を出て中庭の見える方に歩いていくと、もうないじゃん!、とこれまた(メズラ)しく紳の声がした。約束通り早く帰って来てくれたようだが手には紙袋(カミブクロ)(ニギ)られている。中には饅頭(マンジュウ)が入っていたはずの袋なのだが中を(ノゾ)きこんで大きく肩を落としている。どうやらあれだけあった饅頭(マンジュウ)は弟達に食べ尽くされてしまっていたようだ。美味(ウマ)かったよ?、と悪戯(イタズラ)に笑っている玳絃(タイゲン)の頭を小突(コヅ)いて、俺の分が無いじゃないか、と笑っている。その背中に(トナリ)を歩いていたはずの啝珈(ワカ)が走って飛びついた。


父様(トウサマ)、お帰りなさあい!」


おっと、と言いながらも紳は笑って、ただいまと言っている。媟雅(セツガ)も歩み寄って行くと(ツカ)いをした事に対しての礼を言われる。


「おばちゃんの事だから山のように入れてくれてたんだろ?俺の分が無いんだよ。悧羅は食べた?」


「戻ってきてすぐに食べてくれてたよ。磐里(バンリ)達も」


ならいいか、と笑って紙袋(カミブクロ)玳絃(タイゲン)の頭に(カブ)せると見ていた悧羅はくすくすと笑っている。


「こうなると思うておったに。紳の分は取ってもろうておるよ」


笑う悧羅に、さすが、と破顔(ハガン)して紳が口付けている。本当に今でも恋仲(コイナカ)間柄(アイダガラ)のようだと子ども達が笑っていると磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が皆に湯を使うように言っている。


「上がられたら夕餉(ユウゲ)でございます。姫様(ヒメサマ)がたには冷たいものをお持ちしましたよ」


父母と弟達が湯に向かうのを見送って加嬬(カジュ)(ゼン)を置いてくれる。冷たい水とよく冷えた桃が乗せられた(ゼン)(ハサ)むように啝珈(ワカ)媟雅(セツガ)は共に縁側(エンガワ)に座った。()が落ちて暗くなった宮は湯を使った後はとても(スズ)しく過ごしやすい。(タガ)いに()れたままの髪を手拭(テヌグ)いで拭き取りながら置かれた水と桃を口にする。甘い味が広がって妲己(ダッキ)にも食べさせたいと思う。桃は妲己(ダッキ)好物(コウブツ)なのだ。本当に早く二人とも戻ってきてくれないかなぁ、と思いながら空を見上げると月が(ノボ)り始めている。


「どこまで行ってるんだろうねえ」


啝珈(ワカ)も同じことを考えたようで頬杖(ホオヅエ)をついて桃を次々に口に(ホウ)り込む。本当だね、と笑いながら無くなる前にもう一切れ媟雅(セツガ)ももらって後は啝珈(ワカ)(ユズ)った。媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)妲己(ダッキ)に育ててもらったようなものだから長いこと姿が見えないとやはり(サミ)しいものだ。


母様(カアサマ)はもう少しって言ってたから、きっとすぐだよ。私たちにはわからなくても母様(カアサマ)には何処(ドコ)にいるかくらい分かってるはずだから」


媟雅(セツガ)の言葉に啝珈(ワカ)も、うん、と(コタ)えた。二人の脚ならどんなに遠くても光のように()けていることだろう。妲己(ダッキ)気配(ケハイ)は元より哀玥(アイゲツ)は悧羅の眷族(ケンゾク)だ。どんなに離れていても(ツナ)がっているのだから心配する必要もない。桃を食べ終えてごろりと縁側(エンガワ)に横になる啝珈(ワカ)に苦笑しながら媟雅(セツガ)はまた月を見上げた。



その日の夕餉(ユウショク)には媟雅(セツガ)が買ってきた饅頭(マンジュウ)()えられていた。自分の(ゼン)に乗っているものだけでは()りなかったらしく弟達にせがまれて媟雅(セツガ)饅頭(マンジュウ)は無くなってしまう。お前らなあ、と苦笑しながら紳が分けてくれるとその紳に悧羅が分ける。


「悧羅は食べなきゃ駄目でしょう」


笑いながら悧羅の口に饅頭(マンジュウ)を運ぶ紳を見ながら、その日の夕餉(ユウショク)(ニギ)やかなものだった。夕餉(ユウショク)を終えて磐里(バンリ)加嬬(カジュ)たちも含めて茶を飲みながら他愛(タアイ)も無い話をする。夜が()けてくると誰からともなく夜の支度(シタク)を済ませて自室に()がっていく。媟雅(セツガ)も小さな欠伸(アクビ)をしながら父母に、おやすみ、と言い残して夜の支度を済ませて自室へ向かう。月の(ノボ)具合(グアイ)から見て()(コク)近いか廻っているといったところだろう。また小さく欠伸(アクビ)が出るのを手で押さえながら自室の戸を開いて、媟雅(セツガ)はびくりと身体を(カタ)めてしまった。開けた戸の先で(ホノ)かな(アカ)りの中に座っている舜啓(シュンケイ)の姿があった。一度(ヤシキ)に戻ったのか隊服(タイフク)姿ではない。隊長(タイチョウ)である紳の戻りも早かったから、部隊長(ブタイチョウ)である舜啓(シュンケイ)(ツト)めが終わっていて当然(トウゼン)だった。


一つ大きく息をついて媟雅(セツガ)は部屋の中に入ると戸を閉める。舜啓(シュンケイ)から少し距離をとって(スワ)居住(イズ)まいを(タダ)した。


「…長く待ってたの?」


早鐘(ハヤガネ)を打つ(シン)(ゾウ)の音が響いて舜啓(シュンケイ)にまで聞こえるのではないかと心配になるほどだ。媟雅(セツガ)の問いに、いや、とだけ舜啓(シュンケイ)が応えた。宮での(ジカン)の使い方は知っている。いつ頃女官達(ニョカンタチ)がそれぞれの自室に(アカ)りを(トモ)しにくるのかも、いつごろそれぞれが自室に戻るのかも。その(ジカン)見計(ミハカ)らって来ていたので待っていた(ジカン)などほんの(ワズ)かなものだ。


今日一日毎日のように謝罪(シャザイ)に来ていた媟雅(セツガ)は顔を見せなかったし、ちらりと見かけることはあっても(イソガ)しいのか休む(ヒマ)もなく動いているようだった。(ツト)めが終わる頃には会えるだろうと思っていたけれど舜啓(シュンケイ)隊舎(タイシャ)に戻った時には、すでに宮に下がっていた後だった。声も聞けず姿を見かけても視線も合わせず、ということがたった一日であったのに舜啓(シュンケイ)には(ツラ)かった。


これを十四日も媟雅(セツガ)()いていたかと思うと、(ナサ)けなくて仕方(シカタ)なくなる。媟雅(セツガ)が別れ話なのか、と聞いた意味も分かった気がした。こんな思いをさせられ続けていたらそう考えても仕方(シカタ)ないだろう。


正直(ショウジキ)に言えば昨日来たのはそのつもりだった。


(アヤ)うい目に合わせてしまった舜啓(シュンケイ)自身も不甲斐(フガイ)無かったが、何よりも他の男と自分を間違(マチガ)えるなど、ましてや肌を(カサ)ねるなど許せるはずもなかった。けれど伝えに来たものの媟雅(セツガ)(タオ)れ込んでいるし、顔も青ざめている。冷やしていたのだろうが()れた手拭(テヌグ)いも落ちていた。とにかく布団(フトン)に入れようと抱き上げたのだがそれだけで心が(オド)ってしまうのだ。よく見ると(マブタ)()れている。きっと泣き続けていたのだろうことが容易(タヤス)く思い(エガ)けて心が苦しくなった。目を冷やしてやりながら考えていると、舜啓(シュンケイ)が何を言えるのだろう、と思えた。


元々恋仲(コイナカ)にならなければ(ジョウ)()わさないなどと卑怯(ヒキョウ)制約(セイヤク)を結ばせた。自分はそれまで幾人(イクニン)もの鬼女(キジョ)と肌を(カサ)ねてきていたにも(カカ)わらず、だ。それをたった一回、しかも酒に酔って舜啓(シュンケイ)だとばかり思っていたと言う媟雅(セツガ)が身体を許そうとしていたのに対して怒る権利(ケンリ)など自分にあるのだろうか。


舜啓(シュンケイ)だと思っていたからこそ媟雅(セツガ)は身を(アズ)けようとしていたのに…。


そう思うと手を離すべきなのか分からなくなった。手を離せば落ち着いた頃に媟雅(セツガ)恋仲(コイナカ)になる者を見つけるかも知れない。そうまでしなくても(ジョウ)()わす相手くらい見つけるだろう。その時に()たして自分が耐えられるのだろうか、とも思えてきて覚悟(カクゴ)を決めているような媟雅(セツガ)の声に思わず口付けてしまった。もう一度考えたくてその場は去ったけれど触れた事で熱を持った身体を(シズ)めるのはなかなかの拷問(ゴウモン)だった。その(アタ)りの鬼女(キジョ)でもいいから(シズ)めたいとまで思ったほどだ。それをどうにか(コラ)えられたのは、今日またここに来なければならない、と自分に言い聞かせたからだ。


(カタ)まったように少し離れた場所に座る媟雅(セツガ)を真正面から見つめて舜啓(シュンケイ)は小さく息をついた。

長くなりますので分けました。


お楽しみいただけましたか?

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