表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/204

糺す【拾弐】《タダス【ジュウニ】》

こんにちは。

更新致します。

朝議(チョウギ)()(シン)荊軻(ケイカツ)から渡されて手に取った文書(モンジョ)を読み終わると、それを投げ出しながら溜息(タメイキ)をつくしか無かった。投げ出された文書(モンジョ)を拾い上げながら荊軻(ケイカツ)溜息(タメイキ)をつく。頭を(カカ)えた紳を枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)気遣(キヅカ)うように見守るしかない。紳の(トナリ)に座っている悧羅(リラ)は何を言うでもなくその膝に手を置いた。頭を(カカ)えていた手を片方だけ()いて膝に置かれた手を(ニギ)ると、そっと上から手が(ツツ)まれた。その姿を見ながら拾い上げた文書(モンジョ)()き取りながら荊軻(ケイカツ)(フタタ)び大きく嘆息(タンソク)する。巻き取っている文書(モンジョ)には、この十五年で見つけた間者(カンジャ)近頃(チカゴロ)動向(ドウコウ)(シル)してある。紳にとっては読みたくも無ければ信じたくもない事柄(コトガラ)ばかりだ。(イク)(スデ)に分かっていた事とはいえ、やはり目にすると動揺(ドウヨウ)衝撃(ショウゲキ)が大きいのは仕方が無いだろう。


巻き取った文書(モンジョ)を自分の横に置くと、悪い、と紳の小さな声がする。いいえ、と荊軻(ケイカツ)は静かに首を振った。これでも始めの頃よりは幾分(イクブン)か落ち着いてくれた方だ。()()()の名が上がった時には戸惑(トマド)って声も出せていなかった。紳がそれ程に戸惑(トマド)うのは悧羅に何かあった時だけだと思っていた荊軻(ケイカツ)達も紳の戸惑(トマド)いぶりに(オドロ)いたものだ。見守る中で、大丈夫(ダイジョウブ)だ、と大きく息をついて紳が真っ直ぐに顔を上げた。


「…無理(ムリ)をせずとも良いのだえ?何であれば紳はこの(クワダ)てから(ハズ)れても良いのだがな…」


(ツツ)んだ手を()でながら言う悧羅に、いや、と紳は小さく笑って見せた。


「分かってるつもりなんだけどね。何処(ドコ)かでやっぱり信じたくない気持ちが残ってるんだろうな」


痛々(イタイタ)しくも笑う紳に、心中(シンチュウ)(サッ)しする、と栄州(エイシュウ)苦虫(ニガムシ)()んでいる。この十五年で集めた物は全てが紳を傷付(キズツ)けるには十分な事柄(コトガラ)ばかりだ。紳にとっての第一が悧羅なのは皆が知っている事だがそれでも上がってくる(シラ)せに(マユ)(ヒソ)めたくなるのも分かる。それほどまでに動いている(コトワリ)稚拙(チセツ)()ぎるのだ。


「…(スデ)(サク)仕掛(シカ)け終わっておりますれば早々(ソウソウ)に動きがあれば分かりますでしょう。私共(ワタクシドモ)だけでも(カタ)はつきましょうから(オサ)(モウ)される通り今回ばかりは紳様はお(ハズ)れになられてもよろしいのでは?」


紳を(オモンバカ)って荊軻(ケイカツ)が言うが紳は首を振って、それは出来ないよ、と苦笑する。


「悧羅が動く時に俺が(ソバ)に居ないなんてこと(ユル)されるわけないでしょ。見張(ミハ)ってないとどんな無茶(ムチャ)でもしちゃうんだから」


()いた手で悧羅の(ホオ)()でる紳に悧羅は小さく嘆息(タンソク)するしかない。だが今回ばかりは紳の心の方が気に掛かる。言うてもきかなんだろうな、と溜息(タメイキ)をつくと紳はまた小さく笑って見せた。大丈夫だ、ともう一度紳が言って朝議(チョウギ)(フタタ)び始められる。では、と荊軻(ケイカツ)(アマ)面白(オモシロ)くも無い話を始めた。


「まず(トトノ)えましょうか。初めは闘技(トウギ)での矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)(コト)は始まりましたね。あの二人が姍寂(サンジャク)の作った犬神(イヌガミ)…、今の哀玥(アイゲツ)でございますね。それに当てられていたかは分かりませんが其処(ソコ)から(オサ)に対する不穏(フオン)が見え始めました」


うん、とその場の者達が(ウナズ)きながら十五年前の事に思いを()せる。一つは力で全てを(オサ)めるべきといい、一つは悧羅に対する私怨(シエン)で動いていた。


「その後姍寂(サンジャク)哀玥(アイゲツ)を用いて民達(タミタチ)(マド)わし『誅芙蓉(チュウフヨウ)』を(カカ)げた者たち…一万でございますが(オサ)により粛清(シュクセイ)という形を取らざるを()ませんでした」


その言葉に悧羅の胸の奥がちくり、と痛んだけれど顔に出さないように(ツト)める。もう少し早く哀玥(アイゲツ)の存在や姍寂(サンジャク)(コワ)れた心を読み取っていることが出来ていれば一万もの若い民達(タミタチ)(アヤ)めずに済んでいたかもしれない。その思いは十五年()った今でも変わることはない。ふいにずっしりと両肩が重くなったように感じたけれど、それを()(ハラ)うように悧羅は軽く頭を振った。(オサ)?、と枉駕(オウガイ)が声をかけたが、何でもない、と荊軻(ケイカツ)に先を(ウナガ)すように言う。紳と(ツナ)がれたままの手に少し力が入れられたのが分かった。思い出して()やむな、ということなのだろう。


「最後が大国(タイコク)犬神騒動(イヌガミソウドウ)でございますね。姍寂(サンジャク)が作っておりましたモノは十体。その内の数体が(ハカ)らずも蠱毒(コドク)様相(ヨウソウ)(テイ)(チョウ)腐敗(フハイ)させておったようですが、王母様(オウボサマ)(ニン)(クダ)りまして始末(シマツ)が済んだ。…ここまでが十五年前の事でございますが、よろしゅうございますか?」


一旦言葉を切って荊軻(ケイカツ)が見廻すと皆大きく(ウナズ)いている。よくよく考えればそうも大きな騒動(ソウドウ)が立て続けに起こっていたことが異変の兆候(チョウコウ)であったのだ。あの時に哀玥(アイゲツ)が悧羅の眷族(ケンゾク)となっていなければ今でも(カク)には近づけていなかったかもしれない。


「この十五年で調べ上げた事から申し上げますと、まずは姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)で妹、と名乗(ナノ)っておりました者は妹としての縁者(エンジャ)では無かったということでございます。とある(マジナイ)でそう見えていただけの事。そしてその者は姍寂(サンジャク)(カド)わかして壊れさせ(ミズカ)らの手を(ヨゴ)すことなく身を(ヒソ)めておりました。これに気づかれたのは啝珈姫(ワカヒメ)様ですね」


極秘密裏(ゴクヒミツリ)に調べていたのだが唐突(トウトツ)夕餉(ユウショク)の席で啝珈(ワカ)が、変な者がいる、と言い出したのは十年前になる。啝珈(ワカ)突破(トッピ)な発言はいつもの事であったので何も気にせずに紳や悧羅、(ホカ)の子ども達も特に気にせずに食餌(ショクジ)を続けていたのだが啝珈(ワカ)から出た言葉は、(ナツ)かしい(ニオ)いがする者がいる、というものだった。(ナツ)かしいとはどういうことか、と(タズ)ねる紳に、えっとねぇ、と(ハシ)を進めながら啝珈(ワカ)は考え込んでいた。


啝珈(ワカ)もさあ小さい頃にしか居なかったからはっきりとはしないんだけど…。()の国の(ニオ)いをさせてるのがいるんだよね」


()の国?、と紳も悧羅も顔を見合わせた。うん、と言う啝珈(ワカ)は首を(カシ)げた。


「そんなに近かったかなあって思うんだよね。だって匂いがしてる(ヤツ)って二本角なんだよ?ちょっと姿を消すことがあるんだけどその間に匂いがついてくるの」


「ちょっとってどのくらいなんだよ?」


忋抖(カイト)(タズ)ねると、四半刻(シハントキ)くらいかなぁ、と啝珈(ワカ)が応える。その応えに皆が、は?と聞き返すしかない。悧羅が全力で()けても一日半、紳や荊軻達(ケイカツタチ)であっても三日はかかる。それを四半刻(シハントキ)()()するなどあり得る話ではない。それも二本角が、だ。(ダレ)なのか(タズ)ねると名前は知らないと言う。


「だけどよく父様(トウサマ)に引っ付いてるよ?部隊(ブタイ)何処(ドコ)かは知らないけど。今度見かけたら教えるよ」


啝珈(ワカ)の言葉に紳が一瞬(コオ)りついたがそれに気づいたのは悧羅だけだった。その後、こっそりと教えられた者が頭を(ヨギ)った者と同じであったことに宮に帰ってきた紳は落胆(ラクタン)(カク)せはしなかった。


啝珈姫(ワカヒメ)様が気づかれた事を元にその者を調べましたところ、頻繁(ヒンパン)大国(タイコク)に降りておる事、それとは別の門を使って()の国に(ワタ)っている者だということが分かりました。その者が使っている門は陰陽道(オンミョウドウ)のものである事は晴明(セイメイ)に確かめております。程よく晴明(セイメイ)大国(タイコク)におりましたことも幸運(コウウン)でございましたね」


伯道上人(ハクドウショウニン)という大国(タイコク)で名のある道士(ドウシ)の元に自己(ジコ)研鑽(ケンサン)しに来ていた晴明(セイメイ)の元に枉駕(オウガイ)が現れたことに(オドロ)いてはいたが何も聞かずに同行してくれたことには感謝(カンシャ)すべきだった。その者が通った門を見て、だから(カカ)わるなと言ったのだ、と苦笑する晴明が消えかかった門にその場で手早く呪符(ジュフ)をしたためて貼り付けた。その呪符(ジュフ)自体はすぐに消えたがもう一つ呪符(ジュフ)をしたためて枉駕(オウガイ)に渡す。


「引き合うからな」


すまぬ、と礼を言う枉駕(オウガイ)にやめてくれ、と笑う晴明(セイメイ)がありがたかった。それを辿(タド)って更なる(シラ)せを集める事ができたのだから。()の国まで引き合う呪符(ジュフ)を持ち(ワタ)ると(カエル)が待っていた。晴明(セイメイ)から(シラ)せを受けていた、と笑う(カエル)から妖達(アヤカシタチ)の動きを聞き、引き合う呪符(ジュフ)の行き先を確かめてから里に戻った。


枉駕(オウガイ)(シラ)せにより(オサ)が数度、()(ワタ)られておられますね。上々(ジョウジョウ)仕上(シア)がりであった、とお聞きしておりますが?」


悧羅に微笑(ホホエ)荊軻(ケイカツ)に、うんと(ウナズ)くと、それはよろしゅうございます、と満足そうだ。


「同時に私共(ワタクシドモ)の方でも(ワナ)仕掛(シカ)けております。姍寂(サンジャク)の一件でお分かりいただけますように二本角に私共(ワタクシドモ)が掛けた(マジナイ)を読み取れる者などそうおりません。それが、陰陽師(オンミョウジ)と手を組んでおったとしても所詮(ショセン)は人の子でございますから」


嘆息(タンソク)する荊軻(ケイカツ)に、気づかれても(カマ)わぬと思うたのだろう?、と枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)が苦笑している。まあそうでございますね、と荊軻(ケイカツ)も苦笑した。相手も荊軻(ケイカツ)達に気取(ケド)られようと(カマ)わない、というような動きだ。(タト)気取(ケド)っていたとしてもそのままにしている事だろう。それも分かっているからこそ幾重(イクエ)にも(ワナ)を張り巡らせることが出来たのだ。


「ですが易々(ヤスヤス)気取(ケド)られるとは思うておりませぬよ?この(ワタクシ)(ホドコ)させていただいたのですからね」


悪戯(イタズラ)な笑いを浮かべる荊軻(ケイカツ)に、そうであろうの、と悧羅は(ウナズ)きながら紳の手を(ニギ)る力を込める。紳にとってはやはり面白(オモシロ)く無い話だ。


「大丈夫だよ、悧羅」


(ニギ)られた手を撫でながら落ち着きを取り戻した紳が(オダ)やかに声を発した。ここまではもう幾度(イクド)となく確かめ合ってきた話だ。文書(モンジョ)にしるされていた事柄(コトガラ)が話されるのはこれからなのだから、悧羅を支えて護るべき自分がいつまでも戸惑(トマド)っていてはならない。


「ここからは新しいお話になります。紳様と(オサ)には(サキ)(シラ)せでお読みいただいておりますが、枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)殿へもお伝えせねばなりませんので御容赦(ゴヨウシャ)くださいませ」


紳と悧羅に向かって軽く頭を下げると二人が小さく(ウナズ)いた。それを確かめてから荊軻(ケイカツ)は横に置いていた文書(モンジョ)を開く。


「人の子と手を組んでおりますのは近衛隊(コノエタイ)(ゾク)する二本角(ニホンヅノ)男鬼(ダンキ)でございます。特に(ツト)めに(アラ)はなく、言葉の端々(ハシバシ)には()をお護りするのだという気概(キガイ)も感じられておりました。たまたま(ミョウ)陰陽師(オンミョウジ)と出会い意気投合(イキトウゴウ)したようでございます」


「そう容易(タヤス)く手を組めるものなのか?」


(イブカ)しむ栄州(エイシュウ)に、悧羅は苦笑した。


「なんらかの思いが共にあり同じ方を向いているのであれば目的は(チガ)えど手を組むこともできようて。(ワラワ)らが晴明(セイメイ)懇意(コンイ)にしておることを見ればそれも分かろうて」


確かに、と栄州(エイシュウ)は白い(ヒゲ)を撫でた。晴明(セイメイ)稀有(ケウ)な存在だが栄州(エイシュウ)たちを(タツト)真摯(シンシ)に応じてくれていた。だからこそ民達(タミタチ)も友として受け入れていたのだ。


「ですが間者(カンジャ)となっておる者が通じておるは晴明(セイメイ)にとれは関わり合うな、と言うておる者でございます。(マジナイ)間者(カンジャ)が行った先にも掛かるようにしておりましたが、全く気取(ケド)っておりません。()の国に渡った妖達(アヤカシタチ)(オモ)にして使役(シエキ)できるモノを集めているようでございます」


妖達(アヤカシタチ)を持って(ワレ)らに(イサカ)いを仕掛(シカ)けるつもりなのであろうな。何とも(タワ)けた事を考えつくものだ」


(アキ)れたように息をつく枉駕(オウガイ)に、(シカ)り、と栄州(エイシュウ)も同意する。その陰陽師(オンミョウジ)としては使役(シエキ)しているつもりでも相手は(アヤカシ)だ。何らかの制約(セイヤク)を持ちかけられているだろうに、一人でそれを(マカナ)えるとでも思っているのか。(アマ)りにも過信(カシン)()ぎると言えよう。


晴明(セイメイ)みたいに(アヤカシ)から寄ってくるなら分かるけどね。何の制約(セイヤク)も無く、ただ共にいる。互いに(シン)を置いてるから何かあれば(タヨ)り合うってのもいるから。実際(ジッサイ)、俺たちと晴明(セイメイ)の関係だってそんなもんだろ?」


紳が言うと栄州(エイシュウ)がまた、(シカ)り、と微笑みながら(ヒゲ)を撫でる。


「人の子の里への恩恵(オンケイ)を与えてあった時には、何某(ナニガシ)(タヨ)らばその分の見返(ミカエ)りが(ショウ)じておりましたからな。(オサ)が出されていた制約(セイヤク)といえば里に害を()さない事と、民達(タミタチ)精気(セイキ)()ることに(アラガ)うなという事くらいでございましたがのう」


(ナツ)かしむように笑う栄州(エイシュウ)に悧羅は苦笑する。恩恵(オンケイ)を与えるのであれば、もう少し何かしら取り上げろとよく言われていたものだ。特段(トクダン)血肉(チニク)()らうわけでもなしそれで十分だ、と言っていたのだがまだ若かった栄州(エイシュウ)にはなかなか納得(ナットク)出来なかったようだった。そんなこともあったな、と小さく笑う悧羅に、ほんに、と栄州(エイシュウ)も笑っている。(ミズカ)らの感情を外に出すことも無かった悧羅が目の前で笑うようになるなどその時には思えもしないことだった。


「まあ、本人は使役(シエキ)しているつもりでも(ギャク)に利用されてることもあるだろうな。取り込もうとしておるのは大国(タイコク)から(ワタ)ったモノが多いのだろう?」


やれやれ、と肩を(スク)めた枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)が、そうでございますね、と(コタ)える。こちらに(ウツ)って()の国とは(コト)なる妖達(アヤカシタチ)の姿や能力(チカラ)の違いに(オドロ)いたのは事実(ジジツ)だ。だからといって荊軻(ケイカツ)達にとれば大したことはないのだけれど、それでも悧羅が出なければならない程のモノも多い。気を抜けばこの場合に入り込もうとする妖達(アヤカシタチ)牽制(ケンセイ)するのも悧羅が王母(オウボ)から与えられた(ニン)なのだから。支えなければならない悧羅の負担(フタン)が大きくなってしまったのは荊軻(ケイカツ)達にとっては心苦しくもあるが、大きな(イサカ)いではないから良い、といつも悧羅は笑って言うのだ。


「まあどちらにせよ(オサ)(ワタクシ)とは別に動いて下さっておりますから大事(ダイジ)には(イタ)りませんでしょう。…妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)を動かしておられるのでしょう?」


悧羅を見ると小さく笑っている。それが応えで良さそうだった。


「あとは()()でございますね」


座ったままで(タモト)から木箱(キバコ)を取り出して前に置くと皆の視線が集まった。何だ?、と聞く枉駕(オウガイ)の前で木箱(キバコ)に掛けていた封呪(フウジュ)(マジナイ)()くと中から(アカ)(カザ)りを取り出した。話は聞いていたけれど見るのは悧羅も初めてだ。(カス)かに(ケモノ)のような(ニオ)いが鼻をくすぐった。十五年、悧羅と紳、忋抖(カイト)以外はその存在すら知らなかった物だ。


「十五年前に姍寂(サンジャク)(ヤシキ)(アト)で見つけたものでございます。…何の(カカ)わりもない物かも知れませんが」


立ち上がって悧羅に差し出すと白い手がそれを受け取った。表や裏と返しながら(アラタ)めながら、ほう、と目を細める。荊軻(ケイカツ)が言っていた通り里の技物(ワザモノ)ではない。()め込まれている(ギョク)も里には無い物だったし、(ツク)りとしては()の国でも見たことの無い物だ。どちらかといえば大国(タイコク)で造られた物のような()りに見える。(カス)かな(ケモノ)(ニオ)いは馴染(ナジ)みのあるモノと同じ(タグイ)のようだった。


「…(キツネ)だの」


(カザ)りを紳に手渡すと(アラタ)める前に(ニオ)いを()いでいる。確かに妲己(ダッキ)同類(ドウルイ)(ニオ)いがした。紳の手から(カザ)りを取って悧羅がそれを紳の頭に置くと場の皆が息を呑む。今まで紳であった者が見たことの無い鬼女(キジョ)(テン)じたからだ。紳は何が起こっているのか分からずに、何?、と言っているがその声が自分の物でない事に気づいて首を(カシ)げた。


「何なの?一体?」


(トナリ)に座る悧羅を見るとくすくすと笑いながら手を伸ばして頭の上に置かれた(カザ)りを取ると、見慣(ミナ)れた紳の姿がまた現れる。何が何やらと首を(カシ)げた紳に見せるために悧羅は自分の頭に(カザ)りを置いて見せる。途端(トタン)に悧羅の姿が男鬼(ダンキ)(テン)じて、は?、と紳は目を見開いた。(ツナ)いだ手はそのままなのでそれが悧羅であることは分かるが、目の前で起こっていることが信じられない。面白(オモシロ)そうに(カザ)りを取るといつもの悧羅がそこにいた。


「さもありなん、といったところだの。()けるは(キツネ)得意(トクイ)とするところであろうからの。狐仙(コセン)から与えられた物なのだろうて。これを使(ツコ)うて姍寂(サンジャク)の妹として見せかけておったのだろうな」


くすくすと笑いながら(カザ)りを荊軻(ケイカツ)に返すが、皆その場で起こったことが(ニワ)かには信じられない。見た目も声も全て(コト)なっていた。こんな物を使っていたのでは(イク)ら妹と(ショウ)していた者を(サガ)しても見つからないわけだ。


(マッタ)くもって(オドロ)きでございますな。姿形(スガタカタチ)から声音(コワネ)まで(チゴ)うておりましたぞ。同じであったのは(カミ)の色だけでございますなあ」


いやはや、と栄州(エイシュウ)は笑った。


「お二人ともなかなかのお姿でございましたぞ?紳様など一度そのお姿で里に降りられてみては如何(イカガ)か?すぐさま男鬼(ダンキ)達が寄って来られようや」


揶揄(カラカ)うように笑う栄州(エイシュウ)に、やめてよ、と紳は首を振った。そんな(キョウ)はないよ、と苦笑する紳も悧羅が元の姿に戻ったことに安堵(アンド)する。あのままの姿でいられたら(イツク)しむことも(ハバカ)られる。


(キツネ)()ける、とは聞いておりましたがよくもまあ(ツヤ)っぽい姿になるものなのですな。妲己(ダッキ)()けたところは見たことがありませぬが、あれも()けるのですか?」


面白(オモシロ)いものを見た、と枉駕(オウガイ)までも笑っているが、さてどうかの、と悧羅は肩を(スク)めた。妲己(ダッキ)()けたところは見たことがないし、妲己(ダッキ)自身もやったことが無い、と以前言っていたような気がする。


()ける必要があれば出来るのかも知れぬが…。(ワラワ)と共におって()ける必要もないのではないか?なれど元来(ガンライ)(キツネ)(アヤカシ)()けて人の子を(タブラ)かすモノであるからの。(ナマメ)かしい姿にならねば(タブラ)かすこともできぬであろう?(タブラ)かす者の思いに応じて()けるものじゃ」


それが(タノ)しいのだろうがな、と笑い続けている栄州(エイシュウ)に皆苦笑するしかない。


姍寂(サンジャク)(トラ)えられたことで必要が無くなり捨て置いた、ということでございましょうね。心変(ココロガ)わりして持ち去る前に(ワタクシ)が手にしたのは僥倖(ギョウコウ)でございましたか?」


小さく息をつきながら(カザ)りを木箱(キバコ)(オサ)めてもう一度封呪(フウジュ)(ホドコ)す。()()を今も持っておられたら正体(ショウタイ)見破(ミヤブ)ることにも難儀(ナンギ)していただろう。


「捨て置いておった事といい、荊軻(ケイカツ)が見つけた事といい良い方に(テン)じたことはよろしかろうの。…このような物が良からぬ事を考えておる者の手に(ワタ)れば、民達(タミタチ)混沌(コントン)()とすは容易(タヤス)かろうからの」


(アズ)かって置いてくれ、と言うと荊軻(ケイカツ)木箱(キバコ)(タモト)仕舞(シマ)った。悧羅が(アズ)かっても良いのだが、子ども達に知れると面白(オモシロ)がって使いたがるだろう。そう皆に言うと、確かに、と誰もが(ウナズ)いた。


啝珈(ワカ)なんてこれ(サイワイ)と使うだろうね。悪戯(イタズラ)大好きだから」


玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)もであろうな。ほんに誰に()たのか…」


苦笑する紳に悧羅も小さく笑ってしまう。本当に身体も心も大きくなったというのに啝珈(ワカ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)はまだまだ(ワラベ)のような心持(ココロモ)ちでいることも多い。啝珈(ワカ)などはまだ紳が戻ると抱きついているし、玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)も悧羅が戻ると(ソバ)を離れたがらない。紳や悧羅にとれば可愛(カワ)いらしいものではある。


「ですが此度(コタビ)(クワダ)てには御子方(オコガタ)も共に()かれるおつもりなのでしょう?」


「そのつもりみたいだよ」


上の媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝珈(ワカ)は悧羅の(オサ)としての重責(ジュウセキ)()の当たりにしたことはあるが下の皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)は見たことがない。十五年前から見せる機会(キカイ)が無かっただけなのだが今回は悧羅が(ナン)たるかを知るには丁度(チョウド)良い。連れて行こうと言い出したのは忋抖(カイト)だったが(イナ)と言う必要も無かったので紳が承諾(ショウダク)した。(トシ)(コロ)も二十を越えたし皓滓(コウサイ)は身体の成熟(セイジュク)も止まっている。この機会(キカイ)(ノガ)せば大きな(イサカ)いを(オサ)める悧羅の姿を見る機会(キカイ)はまた遠い日までないかもしれないからだ。


王母(オウボ)(ニン)に上の子ども達が同行(ドウコウ)する様になったのも最近(サイキン)のことだ。(アヤ)ういと反対した悧羅に、何のために自分たちがいるのだ、と子ども達から言われてしまっては悧羅も()と言わざるを()なかった。


皓滓(コウサイ)達には直前(チョクゼン)まで何のためにに行くのかは教えてないけどね。口を(スベ)らすような子たちだとは思ってないけど、変に勘繰(カング)られても困るから」


頬杖(ホオヅエ)をついて笑う紳に、よい頃合(コロア)いでしょう、と重鎮達(ジュウチンタチ)(ウナズ)いた。上の子ども達は悧羅の粛清(シュクセイ)の姿を見たことで自分の責務(セキム)を自覚した。少しばかり遅かったような気もするが一度見せておかなければならないとは皆が思っている。悧羅だけは血生臭(チナマグサ)くなる自分の姿を見せたくないように思っている様だが、大切なことだ、と紳が()き伏せた。


「最後にもう一点でございますが。どうやら動きがらあるのは次の満月(マンゲツ)の夜のようでございます。(ウシ)(コク)の神とも契約(ケイヤク)を結んでおるようですから、まだまだ使役(シエキ)される(アヤカシ)は多くなると思うておりましたがよろしいでしょう。…妖同士(アヤカシドウシ)総合戦(ソウガッセン)と言わざるを得ませんね」


「…ほんにせんなき事よの…。(ワラワ)とすれば妖達(アヤカシタチ)無益(ムエキ)(イサカ)いを起こしたくはないのだがなあ…」


大きく肩を落とした悧羅を紳様が引き寄せた。(チギ)りの疵痕(キズアト)をそっと(カサ)ねると発した言葉とは裏腹(ウラハラ)に紳への何とも()(ガタ)い気持ちが流れ込んでくる。自分の手を(ヨゴ)すことよりも、間者(カンジャ)となっている者を(サバ)くことによって(キズ)つくであろう紳の気持ちの方が気に掛かるのだろう。だが紳としては悧羅が(アヤ)うい目に合う方が心を痛める。しかもそれが自分の(オサ)める部隊(ブタイ)の者が(カカ)わっているのであれば尚更(ナオサラ)だった。


その者だけは自分の手で()らなければならない、と決めている。違うと信じて(アカシ)を集めたけれどどれも全てがその者を指し示す。十分過ぎるほどに集まった(シラ)せに紳も覚悟(カクゴ)を決めた。どんなにその者との(カカ)わりが深くても悧羅に(アダ)()す者にかける容赦(ヨウシャ)は持ち合わせていない。


だがどうしても突き付けられる現実(ゲンジツ)に心が動かされるのは仕方(シカタ)ないだろう。それは紳が飲み込まなければならない事でやらなければならない事とは違うのだ。


「とはいえ此処(ココ)らで終わらせた方がよろしいでしょう。動くは次の満月の夜…十日後でございますね。()の者が門を(クグ)()の国に(ワタ)りましたら開戦(カイセン)(マイ)りましょう」


粛々(シュクシュク)と、と頭を下げた荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)がならう。


「すまぬが(タノ)むえ」


悧羅の言葉に、御身(オンミ)のために、と三人は声を(ソロ)えて礼を深くした。

お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。


次も早めに…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ