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糺す【玖】《タダス【ク】》

遅くなりました。

更新します。

荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)晴明(セイメイ)(ヤシキ)滞在(タイザイ)しながら夜毎(ヨゴト)()の国を見聞(ケンブン)して廻った。昼間でも良かったのだが妖達(アヤカシタチ)が動き出すのは夜が()けてからの方が格段(カクダン)に多い。(イサカ)いを起こすつもりもないので、ただどういった妖達(アヤカシタチ)が、この十年で()の国で能力(チカラ)を伸ばしているのかが知りたかった。能力(チカラ)()めたモノが王母(オウボ)の場に近づくことは(コノ)ましくはないし、知らぬ内に足元を(スク)われるような事があってはならないからだ。


(サイワイ)にも二人が鬼神(キジン)だと知ると大概(タイガイ)妖達(アヤカシタチ)友好的(ユウコウテキ)であったから話をする事も容易(タヤス)かった。その中でも多く聞かれたのが大国(タイコク)から(ワタ)って来たという九尾狐(キュウビキツネ)の話だ。


処刑(ショケイ)されたと見せかけて逃げ出していたようだ。しばらく大国(タイコク)に身を(カク)していたようだが、次の(ネラ)いを()に決めたようで今は弱った能力(チカラ)(モド)すために死肉(シニク)()らっている」


その昔の九尾狐(キュウビキツネ)と同じモノなのかは分からないが、とも言う妖達(アヤカシタチ)に確かにと荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)納得(ナットク)せざるを()ない。転生(テンセイ)なのか新しいモノなのかは分かっていないがいつの時代にも九尾狐(キュウビキツネ)大妖(タイヨウ)として名を()せている。以前荊軻(ケイカツ)が調べた鬼の史実(シジツ)の中でもその名はよく目にしていたのだ。


「どちらにせよ私共(ワタクシドモ)の里に(ガイ)(オヨ)ぼさねば捨て置いてよろしいでしょうね」


九尾狐(キュウビキツネ)といえば朝廷(チョウテイ)に入り込み皇帝(コウテイ)(ミカド)(タブラ)かすのであろう?()()()(ワタ)ったのもそれが目的だろうな」


考えが一致(イッチ)した事で荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)は別の地を廻り始める。彼方此方(アチラコチラ)様々(サマザマ)妖達(アヤカシタチ)情報(ジョウホウ)()ながら見聞(ケンブン)を続け、気づいた時には十年前に里が有った(ハズ)の場まで行き着いた。里が有った場所は大きく(エグ)り取られ何処(ドコ)からか水が流れ込み広大(コウダイ)(ミズウミ)になっていた。人の子の国を四つに分断(ブンダン)していた霊峰(レイホウ)も無くなった事で国同士の行き来も容易(タヤス)くなったのか、人の流れも多い。人の子の数も少しばかり増えているようだ。


交流(コウリュウ)のあった北の国のことは気にはなったけれど、平賀永之介(ヒラガエイノスケ)が死んだ後も荊軻(ケイカツ)達が居なくなっていても何も変わらず暮らしを(キズ)いている姿が見えて二人は安堵(アンド)する。鬼の里が無くなった事で東西(トウザイ)や南の国などは(ヨロコ)んだかもしれないが、北の国の人の子はよく鬼達に(ナツ)いていたし、悧羅(リラ)から受ける恩恵(オンケイ)にも心から感謝(カンシャ)しているのを知っていたからだ。その恩恵(オンケイ)突然(トツゼン)(ウバ)われてどうしているのか、と気になっていたのだ。


「…姿は見せぬ方が良かろうな」


少し増えた北の国の人の子の姿を見ながら言う枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)(ウナズ)いた。ここで姿をみせればまた悧羅(リラ)からの恩恵(オンケイ)があると勘違(カンチガ)いさせてしまうだろう。見える顔には当時幼子(オサナゴ)だった者たちの面影(オモカゲ)もある。人の子が(ミズカ)らの力で前へ進もうとしているのならばそれが一番良い事なのだ。せめて息災(ソクサイ)にしている事を見る事が出来ただけでも悧羅への良い手土産(テミヤゲ)になるだろう。ほんの十年前まで住んでいた場を(ナツ)かしみながら、本当に人の子は勝手(カッテ)()えるものだと二人はまた別の場を見るために()け始めた。


夜が明け始める頃には晴明(セイメイ)(ヤシキ)に戻り、また夜が()けると見聞(ケンブン)に廻る。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が二人同時に里を()ける事など無かったが、その甲斐(カイ)はあった。同時に同じモノを見て話す事で互いの考えを()わることもできた。見聞(ケンブン)する事も時には休んで晴明(セイメイ)(ツド)ってきた妖達(アヤカシタチ)と酒を()()わしていても色々な話が聞けた。夜叉(ヤシャ)というモノには出くわすことはそうそう無いらしいが、鬼達の様に人型(ヒトガタ)をしている、ということらしかった。(カエル)も言っていた通り(ジカ)に動かなくとも話は入ってくるようで見かけたらしいと言われる場にも二人は行ってみたのだが結局姿を見る事は(カナ)わなかった。


そうして()の国を廻り終わる頃には里を()けて三月(ミツキ)()ってしまっていた。滞在(タイザイ)している晴明(セイメイ)(ヤシキ)も雪を白く(オオ)われて久しく感じていなかった季節を肌で感じた。


随分(ズイブン)長居(ナガイ)をしてしまいました」


そろそろ御暇(オイトマ)(イタ)します、と伝えた荊軻(ケイカツ)に、また近い内に、と言いながらその夜は皆で酒を()()わすことにした。


「しばらくしたら俺も(トウ)(ワタ)ることになりそうだ」


酒を呑みながら言う晴明(セイメイ)に、(トウ)?、と枉駕(オウガイ)が首を(カシ)げた。うん、と(ウナズ)きながら晴明(セイメイ)は小さく笑っている。


「海を渡った先に大きな大陸(タイリク)があるだろう?そこの事なのだが、()の国では(マナ)べないこともあるからな。陰陽道(オンミョウドウ)はあちらから(ワタ)ったものだ。少しばかり(ワザ)(ミガ)きにいこうと思ってな」


おや、と荊軻(ケイカツ)が苦笑した。希代(キダイ)術師(ジュツシ)と言われながらもまだ(マナ)ぶのか、と笑う枉駕(オウガイ)に、なんの、と晴明(セイメイ)は笑っている。


「…あまりよろしくない術者(ジュツシャ)も出て来ているからな。それこそ俺と変わらぬ能力(チカラ)を持ちながら好き放題(ホウダイ)している(ヤカラ)もいる。能力(チカラ)は使う者次第(シダイ)()きことにも(アラ)ぶることにもなり()るものだ。牽制(ケンセイ)…、とまでは言えないだろうが何某(ナニガシ)かあってから(カナ)わなかった、では話にならんだろう?」


「お前と変わらぬ、というのは面白(オモシロ)いな。晴明(セイメイ)ほどの者はそう現れぬと思っていたが、すでに居るとは(キョウ)を持ってしまうでは無いか」


苦笑する枉駕(オウガイ)に、やめておけ、と晴明(セイメイ)は手を振った。


「あまり()い者ではない。俺も会う事はそうないが、…そういえば大分前にお前たちのことを聞かれたな」


思い出したように言いながら晴明(セイメイ)は酒を呑み続けている。私共(ワタクシドモ)の事をですか?、と首を(カシ)げる荊軻(ケイカツ)に、うん、と晴明(セイメイ)(ウナズ)いた。


「あれはどれくらい前であったかな…。まだお前たちに(マミ)えた者達も多くいた頃だったから五、六年位前になるか。元々()(クダ)っている奴なのでな、(ウワサ)を聞きつけて俺に聞きに来た、といった感じだがな。すでにお前たちはこの地には居なかったし、()うたことはあるが何処(ドコ)におるかは知らんと言っておいた。(イツワ)りではないし、教えたい奴でもない」


晴明(セイメイ)がそれ程までに嫌悪(ケンオ)するほどの者なのですか?」


「あまり(カカ)わりたくない、と言った方がいいな。昔から()い思いは(イダ)いていないし。お前たちの事を知れば良からぬ事を考えるのは目に見えている。(カカ)わらぬ方が良いぞ」


辟易(ヘキエキ)したように酒瓶(サカビン)を振る晴明(セイメイ)に、そうしておきますよ、と荊軻(ケイカツ)は笑った。だが大国(タイコク)晴明(セイメイ)が来るとは思っても居なかった。今の大国(タイコク)に来た所で(チョウ)(トトノ)っていないのではないだろうか、とも思うが口には出さずにおく。悧羅(リラ)王母(オウボ)(ニン)大国(タイコク)宮廷(キュウテイ)(タダ)したのは三月(ミツキ)前のことだ。正したとはいえ巣食(スク)っていた妖達(アヤカシタチ)は捨て置いているそうだから、そう易々(ヤスヤス)と整っているとは考え(ガタ)い。…もしかしたら荊軻(ケイカツ)達が居ない間に何かしら行っているのかも知れないが、海を(ヘダ)てたこの場ではそれを知ることは出来ない。


(トウ)(ワタ)る、ということは朝廷(チョウテイ)に行くのか?」


同じように考えていたのだろう。枉駕(オウガイ)(タズ)ねると、いいや、と晴明(セイメイ)は首を振った。(チョウ)官吏(カンリ)になどは興味(キョウミ)はない。


伯道上人(ハクドウショウニン)という方がおられるそうでな。(フミ)を出したら一時(イチジ)(アズ)かってもよい、と返事を(イタ)だいた。道教(ドウキョウ)でも名を知れたお方だからな。一時(イットキ)なりとも弟子(デシ)にしてもらえるのであれば海を(ワタ)るのも面白(オモシロ)いだろう?」


なるほど、と笑いながら船で渡るのですか?、と聞く荊軻(ケイカツ)に、いいや、と晴明(セイメイ)は更に笑っている。


妖達(アヤカシタチ)には空を()けてくれるモノもいる。朧車(オボログルマ)が乗せて行ってくれると言うから甘えるつもりだ。…まあもう少し暖かくならねば俺も(コゴ)えてしまうのは嫌だしな」


「お前らしい」


笑いながら新しい酒瓶(サカビン)から酒を(アオ)りながら、そういった道士(ドウシ)がいるのであれば会ってみたいとも荊軻(ケイカツ)は思う。大国(タイコク)であれば(クダ)るだけでよい。姍寂(サンジャク)一件(イッケン)についても晴明(セイメイ)()として(アオ)ぐような者ならば何かしら知っているかもしれないからだ。


どちらにせよ晴明(セイメイ)大国(タイコク)に渡って、また()の国に帰ってからの方が(ノゾ)ましい。(タト)晴明(セイメイ)が友とはいえ王母(オウボ)(オサ)める場にいれるわけにはいかないのだ。万が一入ったとして呼び込んだ荊軻(ケイカツ)だけが(バツ)を受けるならば良いが、きっと悧羅にもその(セキ)は問われる。これ以上の苦渋(クジュウ)を悧羅に与えるわけにはいかないのだ。考える荊軻(ケイカツ)の耳に、ところで、と枉駕(オウガイ)の声が響く。


()におる陰陽師(オンミョウジ)とはそれなりに数がおるものなのか?」


「何だ?(キョウ)を持つなと言っただろう?」


新しい酒瓶(サカビン)を手に取る枉駕(オウガイ)(アキ)れたように(ナガ)めながら晴明(セイメイ)溜息(タメイキ)をついた。


「別に(キョウ)を持ったわけではない。お前程の能力(チカラ)を持ちながら()(クダ)ったままという者も(メズラ)しいのではないか、と思ってな。名ぐらい知っておいても(ソン)はなかろう?()()()()り寄ってきたとしても用心できるでは無いか」


くすくすと笑う枉駕(オウガイ)に、確かにそうですね、と荊軻(ケイカツ)も同意する。実を言えば()()()()()が居るということさえも知らなかった。陰陽師(オンミョウジ)はすべからく(ミカド)(ツカ)えたり人の子のために能力(チカラ)を振るうものだと思っていた。だが晴明(セイメイ)の言い方ではそうでは無いようだ。良からぬ事を考えたり、他者(タシャ)(オトシイ)れたりすることに(ヒイ)でているのだろう。それでも晴明(セイメイ)と変わらぬ能力(チカラ)(ユウ)しており、かつ荊軻(ケイカツ)鬼神(キジン)(キョウ)を持っているのだとしたらいつか()り寄ってくるかもしれない、とは考えておかねばならないだろう。悧羅であればそれが()き者が(タクラ)みを(イダ)いている者なのかは一目(ヒトメ)見れば分かるだろうが、精気(セイキ)()りに人の子の場へ降りた一介(イッカイ)の鬼であれば(ダマ)されるかもしれない。


それは荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)にも言える事だ。


用心するにこしたことはないのは確かだった。


「…まあそうだな。根本的(コンポンテキ)陰陽師(オンミョウジ)というものは宮仕(ミヤヅカ)えの役人(ヤクニン)という立場(タチバ)なのだが。()()()播磨国(ハリマコク)から来ていてな、そこには宮仕(ミヤヅカ)えをしていない在野(ザイヤ)術師(ジュツシ)が多くいる。播磨法師(ハリマホウシ)というのだが、()()()はそこの首魁(シュカイ)だ。俺よりも(トシ)(コロ)は上だな。もう老齢(ロウレイ)に近い。名を蘆屋道満(アシヤドウマン)という」


何処(ドコ)に居るかは知らんぞ?、と言う晴明(セイメイ)の横で、枉駕(オウガイ)酒瓶(サカビン)を揺らしている。何やら考え込んでいるような枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)晴明(セイメイ)(マユ)(ヒソ)めた。


「…何か思うところでもあるのか?」


(タズ)ねる晴明(セイメイ)枉駕(オウガイ)は、うん?、と天井(テンジョウ)(アオ)いだ。聞かれたくないことでもあるのだろう、と晴明(セイメイ)も思い直して、(カワヤ)に行ってくる、と部屋を出て行く。戸が閉められて晴明(セイメイ)気配(ケハイ)が遠くなってから、枉駕(オウガイ)?、と荊軻(ケイカツ)が声をかける。返事の代わりに、可笑(オカ)しいとは思わんか?、と枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)を見た。


()の国の妖達(アヤカシタチ)の力の(クズ)れといい、()()()()()()()といい…。(クワ)えて晴明(セイメイ)大国(タイコク)(ワタ)る。晴明(セイメイ)ほどの能力(チカラ)を持つような術者(ジュツシャ)(ワレ)ら鬼に(キョウ)を持っておって、何より(ワレ)らが(サガ)しても妖達(アヤカシタチ)(ウワサ)になっておるような九尾狐(キュウビキツネ)夜叉(ヤシャ)には(マミ)えていない」


「まあそうですが…。たまたま、ということもございましょう?」


そうだがな、と枉駕(オウガイ)は苦笑している。


晴明(セイメイ)のように稀有(ケウ)な者であるならば、(ワレ)らのように懇意(コンイ)にしておる妖達(アヤカシタチ)がおるのではないか、と思うたのだよ。ただそれだけの事だ」


…そう。それだけの事なのだ。だがここでその名を聞いた事も、荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が長く()の国で見聞(ケンブン)を広げる事になったことにも何かの意志(イシ)があるのだとすれば気に留めておく必要があると思っただけだ。


枉駕(オウガイ)の言わんとすることは分かりますよ。そうであれば困った事になりますが、私共(ワタクシドモ)()の国におることを知った上で息を(ヒソ)めているのだとすればなかなか厄介(ヤッカイ)でございますね」


「ただの小さな懸念(ケネン)だ。だが名くらいは知っておいた方がよかろうよ」


蘆屋道満(アシヤドウマン)ね、と苦笑を深めてまた酒を(アオ)り始めた枉駕(オウガイ)はそれ以上を語ろうとはしなかった。晴明(セイメイ)気配(ケハイ)も近づいていたし、真意(シンイ)も分からぬ者にばかり気を取られていても仕方(シカタ)がない。ゆっくりと(カエル)晴明(セイメイ)から話を聞きながら粛々(シュクシュク)と追い詰めて行けばいいのだ。(アセ)って答えを見つけ出そうとしても、容易(タヤス)く進むとは思ってもいないし何より自分が荊軻(ケイカツ)(アワ)てるな、と言った手前(テマエ)枉駕(オウガイ)()くわけにはいかない。


(オサ)には様々(サマザマ)土産話(ミヤゲバナシ)も出来た事だし喜んでいただけるだろう。俺もそろそろ里が(コイ)しくなってきた」


「それは(ワタクシ)も同じですよ。こんなに長らく(オサ)のお(ソバ)を離れたこともございませんでしたし、里がどうしておるか少しばかり心配もしておりますから」


嘆息(タンソク)しながら酒を呑む荊軻(ケイカツ)に、枉駕(オウガイ)が声をあげて豪快(ゴウカイ)に笑って見せた。


「お前の懸念(ケネン)(オサ)紳様(シンサマ)がこれ(サイワイ)寝所(シンジョ)(コモ)っておられぬかどうかだろう?あながち間違(マチゴ)うてはおらぬかもしれぬがそれはそれで里が安泰(アンタイ)である、ということだ。良いではないか」


「そうですがね。あのお二人は見境(ミサカイ)を無くされることもしばしばなのでたまには(シカ)らねばならないのですよ」


それがお前の役目だからな、と笑う枉駕(オウガイ)(サカズキ)を差し出して来たので荊軻(ケイカツ)もそれに自分の(サカズキ)を当てた。陶器(トウキ)の当たる音がして、(アセ)らず行こう、という枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)(ウナズ)く。


何事(ナニゴト)(スベ)ては(ワレ)らが(オサ)のためだ。(オサ)(サイワイ)(ワレ)らが護らねば。(オサ)(ワレ)らのために()(ケズ)ってこられた分、(カエ)していかねばならぬのだからな」


笑う枉駕(オウガイ)に大きく(ウナズ)いて荊軻(ケイカツ)も酒を(アオ)る。500年前に自分が(ミト)めた者に間違(マチガ)いはなかった、とほんの少し荊軻(ケイカツ)は心の中で自分を()めた。





_________________________________________


長らく滞在(タイザイ)した晴明(セイメイ)(ヤシキ)(ウシ)(ガミ)を引かれる思いを(イダ)きながら別れを()げたのは、それから七日後(ナノカゴ)の事だった。(カエル)晴明(セイメイ)からの話を聞きに、そう間を()けずにまた会いにくる事にはなるのだが、それでも別れは(ツラ)いものがあった。会いにくるとはいえ二人で(クダ)ることはそうないだろうし、今日までのように三人で酒を()()わす機会(キカイ)はもう(オト)ずれないかもしれないのだ。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)のように晴明(セイメイ)長寿(チョウジュ)では無いし、まだ矍鑠(カクシャク)としていても次に会う時はまた(トシ)(カサ)ねて()いているだろう。晴明(セイメイ)定命(ジョウミョウ)(ムカ)えるまでには数える(ホド)しか会えないと思えば、やはり人の子の一生などほんの(ワズ)かな(ジカン)でしかないと思えてならない。


晴明(セイメイ)定命(ジョウミョウ)(ムカ)えれば、これほどに気の合う人の子も現れないだろう。だが、それはそれで()いことなのかもしれなかった。永く生きれば生きるほど見送(ミオク)る者も多くなる。里でもそうだが懇意(コンイ)にしている者たちが先に天へ(カエ)るのを見送(ミオク)るのはそれなりに(サミ)しいものなのだ。それが()(コトワリ)とはいえ。悧羅が里を(ウツ)し人の子との(カカ)わりを()った事には、そういう()もあったのかもしれない。


思えば(オサ)として立って500年、(シン)(ソバ)にいるようになるまで悧羅は極力(キョクリョク)(シタ)しい者も作らなかった。(オサ)という立場もあったけれど、里に()りて民達(タミタチ)()れあえば気の合う者も出ただろう。それをしなかったのは出来るだけ心を()てつかせて最期(サイゴ)(トキ)が来ても悲嘆(ヒタン)する者が少なくあるように、と思っていたのかも知れなかった。今でこそ護るべき民達(タミタチ)()れあい気を許す者たちも増えてはいるが、(ヒトエ)に紳の力が大きい。紳が居なければ今も(ナオ)、そのままの姿で(サイワイ)(ツカ)めていなかっただろう、と思えばやはり(シン)が居てくれて良かったと思うより無かった。


さて、その(オサ)はどうしておられるだろうか、と二人で笑いながら()の国から離れた場所で門を開き中に入ったのは晴明(セイメイ)(ヤシキ)出立(シュッタツ)して三日(ミッカ)()っていた。特段(トクダン)()の国からでも門は開けるのだが、均衡(キンコウ)(クズ)れつつある妖達(アヤカシタチ)や鬼に(キョウ)を持っている道士(ドウシ)がいると聞かされていたので、極力(キョクリョク)離れた場で開いたに過ぎない。瀑布(バクフ)のように流れ落ちる雲の手に(イダ)かれるように門を(クグ)ると背後で門の閉じる音がした。(ハジ)かれ無かった事に安堵(アンド)して先を進むとしばらくして見覚(ミオボ)えのある里の(アカリ)が見え始める。里にも(ヨイ)(セマ)っているようだが、変わりのない里の姿とそれを(ノゾ)むように立つ悧羅の宮を見て、二人はまた安堵(アンド)した。悧羅や紳が居て里に何かしらの異変(イヘン)があるとは思っていなかったけれど、それでもやはり何処(ドコ)かで不安ではあったのだ。


「変わらぬようですね。何よりです」


笑う荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)(ウナズ)いて一先(ヒトマ)ず二人は宮へと()ける。戻った事を(シラ)せに、という名目(メイモク)もあったが何より二人が一刻(イッコク)も早く悧羅の姿を見たかったのだ。その思いは二人が思っているよりも大きかったようで知らぬ()()ける速度が上がっていることに気づいて二人は共に苦笑するしかなかった。宮を(カコ)堅牢(ケンロウ)門扉(モンピ)を越えて、悧羅の住まいである宮への戸を開き中に入る。そう(ヨイ)()けていないのだから、まだ紳と悧羅も寝所(シンジョ)に入ってはいないだろう。宮の中に入って()れた順序(ジュンジョ)廊下(ロウカ)を進むと悧羅と紳の自室の前の廊下(ロウカ)に出た二人は視線の先に(オダ)やかに微笑(ホホエ)んで立っている悧羅を見て思わず走り寄ってしまった。


二人が門を(クグ)った気配(ケハイ)がして宮に向かってくることも分かった悧羅が待っていてくれていたのだろう。立って待っていた悧羅の前に()して礼を取ると、お(モド)りやし、と(ヤワ)らかな声が二人を(ツツ)んだ。


「長らく里を()けてしまいまして申し訳ございません」


()したままの荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)に、くすくすと悧羅の(スズ)(コロ)がすような笑い声が届く。(ラク)にしや、と言われて顔を上げると悧羅が自室に入るように(ウナガ)した。それはさすがに()すと、おや、と笑いながら悧羅が縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けた。開け(ハナ)たれていた部屋の中から、何だよ入らないの?、とこれまた久しぶりに聞く紳の声がして()れた(カミ)()きながら寝間着(ネマギ)姿の紳が出てくる。お帰り、と笑われて二人も、お久しゅう、と礼をとった。悧羅の(トナリ)に座った紳を見ながら変わらない二人にほっと息をつく。


「少しばかりは休めたかえ?」


微笑(ホホエ)んだままの悧羅に聞かれて枉駕(オウガイ)が、とても、と笑う。そうかえ、と笑いながら言う悧羅が、里も変わり無かった、と教えてくれた。


其方達(ソナタタチ)のこと(ユエ)、休めと言わねば休まぬのでな。気が(マギ)れたのであればそれが一番よろしい。…晴明(セイメイ)も変わりなかったかえ?」


「はい。(オサ)がよろしゅうに、と申しておられたと伝えましたところ、本当に喜んでおりましたよ」


その姿が容易(タヤス)く浮かんだのだろう。おやおや、と悧羅が笑みを深くした。紳と共に礼に行った時は長居(ナガイ)も出来ず礼を言う(ジカン)(カギ)られていた。少しばかり()いた晴明(セイメイ)がいつまで生きておられるだろうか、とも(ワズ)かばかり気にはなっていたのだ。息災(ソクサイ)でいてくれているのなら、それで良い。そう遠くない日に別れる日が来るとしても、だ。


「して、()の国はどうであった?其方達(ソナタタチ)の事だ。ついでとでも言うて彼方此方(アチラコチラ)見聞(ケンブン)して(マワ)ったのであろう?」


「休めって言ったのに見聞(ケンブン)してちゃ休みにならないよねって悧羅と話してたんだけど、二人のことだからじっとはしてないでしょ?」


悧羅だけでなく紳にまで見透(ミス)かされて荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も苦笑してしまった。確かに休め、と言われて行ったのに結局は夜な夜な見聞(ケンブン)に廻っていたのだから(ツト)めをしている事と変わりはなかったかもしれない。


「ですが里を離れて古き友と酒を()()わせたのですから、十分(ジュウブン)休息(キュウソク)でござったよ」


足を(クズ)しながら笑う枉駕(オウガイ)に紳が笑っている。ならいいけど、とまた髪を()き始めた。紳と悧羅に見聞(ケンブン)した()の国の事と妖達(アヤカシタチ)均衡(キンコウ)が自分達が居なくなってから(クズ)れているようだ、と枉駕(オウガイ)が話すと、うん、と悧羅が(ウナズ)いている。大国(タイコク)から(ワタ)った(アヤカシ)影響(エイキョウ)の少なからずあるのだろう、と伝えるとまた(ウナズ)いている。


「さもありなん、といったところであろうの。此方(コチラ)に手を出さねば何ということもない。人の子の世に巣食(スク)妖達(アヤカシタチ)の事は何某(ナニガシ)かあれば王母(オウボ)が言うてくるであろうからの」


言ってこないとしても先手(センテ)を打たなければならないのだが、と思いながら悧羅は先を促す(ウナガ)した。三月(ミツキ)も里を離れていた二人がそれだけしか得てきていないとは思っていないのだ。


「しばらく(ノチ)晴明(セイメイ)大国(タイコク)(ワタ)るそうでございます。(チョウ)に用があるではなし伯道上人(ハクドウショウニン)なる道士(ドウシ)に何やら(マナ)びにくるとか。…それと晴明(セイメイ)同格(ドウカク)術師(ジュツシ)がおる、とも申しておりました。役人(ヤクニン)としておらず()(クダ)った者だ、と。晴明(セイメイ)はあまり(カカ)わりたくない、とも申しておりましたね」


荊軻(ケイカツ)(シラ)せに、へえ、と(キョウ)を持ったのは紳の方だった。紳も晴明(セイメイ)陰陽師(オンミョウジ)としての(ウデ)は認めている。妖達(アヤカシタチ)懇意(コンイ)にしたいという稀有(ケウ)な者ではあるが人の子国にいた時は晴明(セイメイ)以上の術者(ジュツシャ)は居ないと思っていたほどだ。だからこそ、姍寂(サンジャク)一件(イッケン)を収めるために晴明(セイメイ)式神(シキガミ)を作ってもらえれば、と(アン)をだした。それは面白(オモシロ)いのう、と悧羅は笑っているが紳には面白(オモシロ)いとは思えない。何かしら少し引っかかってしまう。


面白(オモシロ)くはないでしょ?」


笑う悧羅を(タシナ)めるが、そうか?、と笑うばかりだ。


「だって晴明(セイメイ)みたいな奴なんでしょ?悧羅を(ヨメ)にしたいって言い出したらどうするの」


揶揄(カラカ)うように言っては見たが紳が不安に思うのはそこではない。晴明(セイメイ)同格(ドウカク)術者(ジュツシャ)がいる事自体は紳達にとってはどうでも良いことだ。(キバ)()かれようが鬼である紳達にとってはただの人の子と変わらない。気になるのは晴明(セイメイ)のような者が晴明(セイメイ)と同じように妖達(アヤカシタチ)(ツウ)じていた場合だ。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)の話ではあまり良い印象(インショウ)を持つことは出来ない。()の国の妖達(アヤカシタチ)均衡(キンコウ)(クズ)れている事といい、大妖(タイヨウ)と呼ばれる妖達(アヤカシタチ)が自分達と入れ替わるように()の国に(ワタ)ったことといい時期(ジキ)(カサ)なり過ぎているようにも思うのだ。


(ワタ)った妖達(アヤカシタチ)に会うことは(カナ)いませんでしたが、何かしらの(ウワサ)があれば(アヤカシ)の世は蛙爺(カエルジイ)が、人の子の世は晴明(セイメイ)が教えてくれる、と申してくれましたから。…(タズ)ねるためには幾度(イクド)()りねはなりませんが、それは(ワタクシ)枉駕(オウガイ)(ツト)めます」


「それはまた…。(アヤ)ういことに巻き込まねばよいがの。じゃが、晴明(セイメイ)の元に()りるは其方達(ソナタタチ)にはよろしかろうて。あと何度(マミ)えることが(カナ)うかなど分からぬでな。大事(ダイジ)(イタ)さねばの」


そうでございますね、と荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も大きく(ウナズ)いた。二人がそう思いながら帰ってきたことも悧羅は(オモンバカ)ってくれたのだと思うと嬉しくもある。


「ほんに人の子の一生など(ワラワ)らにとれば(マバタ)きの間のようなもの(ユエ)晴明(セイメイ)大国(タイコク)(ワタ)ってまで()(アオ)道士(ドウシ)がおるのであらば、どのような者なのか気にもなるところじゃな。(ワラワ)らの知らぬ事も知っておるやも知れぬしの」


「でも人の子とは余り(カカ)わりたくないんでしょう?俺たちの存在(ソンザイ)が知れるのも(コノ)ましくないって言ってたじゃない」


悧羅の頭に手を乗せて紳が言うと、そうだな、と悧羅も苦笑している。道士(ドウシ)道士(ドウシ)()る目的は不老不死(フロウフシ)仙人(センニン)になる事だ。王母(オウボ)の場や悧羅達が(キョ)(カマ)えていることが知れれば如何(イカ)修行(シュギョウ)()んでいても、この場に(キョウ)を持って()からぬ事を考えるかもしれない。そうならないように悧羅達がいるのだが、同じような考えを持つ者が(ツド)えば面倒(メンドウ)になるだろう。その時はその時で(オウ)じるだけなのだけれど。


「それと北の国など元々里があった場の近隣(キンリン)は少しばかり数が増えて(オダ)やかでございましたよ」


考えに(フケ)っていた悧羅に荊軻(ケイカツ)が伝えると、悧羅はそれはよろしいことだ、と笑ってみせる。


「何より其方達(ソナタタチ)が戻ったことが何よりじゃ。(ツト)めは()まっておろうが(ワラワ)らに(ジカン)はゆるりとある。ゆるりゆるりと歩もうかの」


くすくすと笑う悧羅に、そうでございますね、と大きく(ウナズ)きながら護られている感覚(カンカク)が二人を(ツツ)んだ。(カエ)ってきたのだ、と(フカ)感慨(カンガイ)()かりながら二人は三月(ミツキ)の間にあったことをゆっくりと話して聞かせることにした。

今日もメンテナンスに気づかず…。

もう少し早く更新できる予定だったのですが、申し訳ありません。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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