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糺す【捌】《タダス【ハチ】》

メンテナンスだった様で更新出来ずでした。

晴明(セイメイ)の元に(ナツカ)しい友からの(シキ)が届いたのは周りの景色(ケシキ)時折(トキオリ)降る雪で白く化粧(ケショウ)を始めようか、という頃だった。いつものように(ツト)めを終えて(ヤシキ)に戻ると門扉(モンピ)の上に小さな群青色(グンジョウイロ)をした鳥が()まっていた。手を挙げるとぱたぱたと飛んで晴明(セイメイ)の指に()まると鳥が姿を消して代わりに一通(イッツウ)(フミ)が現れた。広げてみると達筆(タッピツ)で流れるような文字(モジ)がしたためられている。内容としては、近いうちに久方(ヒサカタ)ぶりに酒を()()わしたい、というものだ。こちらから返答(ヘントウ)することが出来ないのが残念(ザンネン)ではあったが、十年ぶりに会えるとなれば晴明(セイメイ)の心も(オド)るというものだ。


(ヤシキ)に入って身の廻りの支度(シタク)をさせている(シキ)に部屋と大量の酒の支度(シタク)(メイ)じる。数ヶ月前に会えた枉駕(オウガイ)一瞬(イッシュン)であったし、事が一段落(ヒトダンラク)したと礼を言いに来てくれた悧羅(リラ)(シン)長居(ナガイ)は出来なかった。けれど、(フミ)にしたためられているのは、晴明(セイメイ)さえ良ければしばらく滞在(タイザイ)したい、という(ヨロコ)ばしいものなのだ。迷惑(メイワク)だなどと(ダレ)が思うだろう。十年前に突如(トツジョ)として消えた鬼の里が無事(ブジ)であることは荊軻(ケイカツ)からの(シキ)で知っていた。けれど幾度(イクド)(タズ)ねてみようとしても何処(ドコ)(ウツ)ったのかさえ分からず、こちらから(シキ)を飛ばすことも出来なかった。荊軻達(ケイカツタチ)気配(ケハイ)辿(タド)れば、とも思って幾度(イクド)かは(タメ)してみたのだがすべからく戻って来たことは無い。途中(トチュウ)気配(ケハイ)も消えていたから、式自体(シキジタイ)辿(タド)りつけず(ハバ)まれたのだろうことは読み取れた。


人が入り込んではならぬ場ということか。


それだけが確かなものとして分かって晴明(セイメイ)(サガ)すことを(アキラ)めた。この十年、時折(トキオリ)一方的(イッポウテキ)に来る(フミ)友達(トモタチ)が変わりなく過ごしているのは分かったし、何より唐突(トウトツ)ではあるが(サキ)枉駕(オウガイ)のように、ひょっこりと姿を見せてくれることもあったからだ。会う(タビ)()けこんだな、とも言われたが長く姿形が変わらぬ鬼達の方が面白(オモシロ)()きモノなのだ。


小さく笑いながら湯を使って少し肌寒(ハダザム)くも感じる縁側(エンガワ)で身体を休めていると(ヨイ)()けてくると共に、いつものように妖達(アヤカシタチ)(ツド)い始めてくる。其々(ソレゾレ)酒盛(サカモ)りを始めこれまたいつものように蛙爺(カエルジイ)()ねるように現れて晴明(セイメイ)の横に座ると勝手(カッテ)に酒を呑み始めた。


(ジイ)(ナツ)かしい者達が来てくれるそうだぞ」


ずんぐりとした姿に向けて晴明(セイメイ)が言うと、おや、ときょろりとした目を細めて(カエル)がふぉっふぉっと笑い出した。


「それはお前の機嫌(キゲン)が良いわけじゃ。なれど、長様(オササマ)がおいで(クダ)さったのもつい先日(センジツ)のことでは無かったか?」


何事(ナニゴト)かあったのか?と問われたが、ただ酒を()()わしに来るらしい、と晴明(セイメイ)は笑いながらそう遠くない日に(マミ)えることの出来た悧羅(リラ)の姿を思い出す。変わらない、という言葉は似合(ニア)わないだろう。姿形(スガタカタチ)は変わらなかったけれど(ハカナ)げな(ウツク)しさは十年で(サラ)に増していた。初めて(マミ)えた時も、(ミカド)()とした時も美しいと思ったが姿が見えた瞬間(シュンカン)(ヒザ)を折るほどに悧羅は美しかった。ほんの少し()せたようにも思えたが、(シン)と共に立つ姿に(サイワイ)なのであろうことが垣間(カイマ)見えて微笑(ホホエ)ましくもあった。晴明(セイメイ)が作った(シキ)が役に立ってくれた、と礼を言われた時は天にも(ノボ)る気持ちになり容易(タヤス)()ちた晴明(セイメイ)に苦笑する紳が目を覚まさせてくれなければ、また数日は自分を取り戻せなかっただろう。


(マミ)えた(ジカン)はそう長くはなかったけれど、姿を見れて言葉を()わせただけで晴明(セイメイ)には何よりの褒美(ホウビ)だった。自分が生きている間であれば、どんな事にも使ってもらって(カマ)わない、という晴明(セイメイ)に悧羅は笑っていた。使ってもらいまた姿を見たいという気持ちが伝わったのだろうとは思ったが、(カク)す事でもない。この十年で晴明(セイメイ)にも妻子(サイシ)が出来たが妖達(アヤカシタチ)(ツド)うこの(ヤシキ)には入れていない。別宅(ベッタク)で過ごさせているのは晴明(セイメイ)自身が妖達(アヤカシタチ)(ツウ)じていることを知られたく無かったこともあるが、悧羅達鬼神(キジン)存在(ソンザイ)を隠しておきたいからかも知れなかった。


先代(センダイ)(ミカド)身罷(ミマカ)ってからも十年の月日が()っている。()()()悧羅に()とされた官吏(カンリ)内裏(ダイリ)の者たちも随分(ズイブン)と数が()った。()()()以来、悧羅達を見ていない者の中には夢であったのではないか、と言い出す者までいる。だがそれでいいのだろう。悧羅達にとっては手を出されたから姿を見せただけであって人の子の手が(カカ)われない場に(ウツ)(スコ)やかに過ごせているならばそれが一番良いことなのだから。仮に晴明(セイメイ)が悧羅達と通じている事を知ってしまう者が出れば、また良からぬことに巻き込んでしまうだろう。鬼神(キジン)という存在自体が手に入れたくなるほどの魅惑的(ミワクテキ)なものなのだ。あの美しい鬼長(オニオサ)が苦しむことは晴明(セイメイ)の望むところではない。


(ナツ)かしみながら(カエル)と酒を呑んでいると、(ニワ)かに(アタ)りが(サワ)がしくなる。来たか、と空を仰ぐと音もなく二人の鬼が庭に降り立った。月明かりに()らされながらも晴明(セイメイ)見留(ミトド)めて二人が歩み寄ってくる。肘掛(ヒジカ)けに(アズ)けていた身体を起こして晴明(セイメイ)も笑って二人を(ムカ)えた。


「お(ヒサ)しゅうございますね、晴明(セイメイ)


(ヤワ)らかな笑顔を浮かべて荊軻(ケイカツ)がすぐ(ソバ)で立ち止まった。続くように枉駕(オウガイ)も止まって手を挙げている。まずは、と荊軻(ケイカツ)が頭を下げた。


(セン)だっては助力(ジョリョク)(イタダ)き礼を(モウ)しあげておきますね。さすがは晴明(セイメイ)の作りし式神(シキガミ)でございました」


にっこりと笑って頭を上げた荊軻(ケイカツ)に、やめてくれ、と晴明(セイメイ)は笑う。


堅苦(カタクル)しいことこの上ない。俺は友の願いと長殿(オサドノ)のお役に立てたのならそれでいい。長殿(オサドノ)もわざわざお()(クダ)さったのだぞ?これ以上の褒美(ホウビ)があるか?」


くすくすと笑いながら(カエル)()けた場に座るように(ウナガ)すと、確かに、と二人が笑って(スス)められるままに縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けた。二人に(サケ)(サカズキ)を持ってくるように(シキ)(メイ)じると余り待たせることなく二人の手元に酒が置かれた。それぞれに()ぎあいながら酒を()()わし始めると、本当に(ヒサ)しいですね、と荊軻(ケイカツ)(ツブヤ)くように言う。


枉駕(オウガイ)(セン)だって来てくれていたがな。色々と(イソガ)しいのだろう?俺たち人にとっては十年は長いがお前たち鬼にとれば一呼吸(ヒトコキュウ)の間だろうよ」


変わらない二人の姿に晴明(セイメイ)が苦笑する。本当に何一つ変わらないのだからそう思うのは仕方(シカタ)ない。


「これでも少しばかりは長い(ジカン)でございましたよ。突然(トツゼン)に姿を消したので(アン)じておってくれたのでしょう?」


「それはな。だが長殿(オサドノ)()さることだ。何の()もなく姿を消すなどとは思っていなかったし、お前も(フミ)をくれたからな。こちらから出すことは出来ないようであったので(アキラ)めたが、こうして又会えたのだ。何ということもないぞ」


そうですか、と笑う荊軻(ケイカツ)の横で、お前は見るたびに()いていくな、と枉駕(オウガイ)が笑いながら酒を(アオ)っている。さっさと一瓶(ヒトビン)(カラ)にして次の酒を頼んでいる姿に、これ、と(タシナ)める荊軻(ケイカツ)の姿も十年ぶりに見ることができた姿だった。

人の子の世に鬼の里があった時はよくこうして三人で酒を呑みながら話したものだった。


()いるのは人である(カギ)仕方(シカタ)ないだろうよ。()()()の者たちももう(ホトン)どが黄泉(ヨミ)の国に(ワタ)ってしまったからな。今ではお前たちのことを(オボ)えている者も少ない。俺はまだ(ムカ)えが来ていないだけのことだ」


「人の子の一生(イッショウ)というのは短すぎるものだな。その中で思い出されることも(カギ)りがあろうて。(ワレ)らのことを(ワス)れるのもまた仕方(シカタ)のない事であろうな」


そういうことだ、と晴明(セイメイ)(ウナズ)いた。


「この小さな頭にどれだけのものが残せるものか。()てして人というものは(オノレ)都合(ツゴウ)の悪いことから(ワス)れていくようにできているからな」


自分の頭を小突(コヅ)きながら言う晴明(セイメイ)に、(ワレ)らとて()わらぬよ、と枉駕(オウガイ)は苦笑した。


(サイワイ)な事に(ツツ)まれておるとそこに(イタ)るまでに何があったのかなど考えなくなるものだ。特に若い者たちが増えれば増えるほどに、()いた者たちは天に(カエ)る。当たり前にあるものが当たり前過ぎて(マナ)ぼうともしなくなるものだ」


何やら(フク)みのある物言(モノイ)いに晴明(セイメイ)(ワズ)かに(マユ)を上げた。式神(シキガミ)を作って欲しいと()われた時もその理由は問わなかったが何やら面倒(メンドウ)な事が起こっているのだろうということは分かった。だが多くを(カタ)らない枉駕(オウガイ)から何かを聞き出すことなど考えもしなかったし、言わないということは晴明(セイメイ)()()()()(カカ)わることは許されないものだということだということも分かっていた。


けれど、今の枉駕(オウガイ)物言(モノイ)いは晴明(セイメイ)に何があったか(タズ)ねろ、と言われているような気がした。もしくは晴明(セイメイ)から何かを引き出したいのかもしれない。(マユ)を上げたまま、何があった?、と晴明(セイメイ)(タズ)ねた。


他愛(タアイ)もない事ですよ」


枉駕(オウガイ)の代わりに(コタ)えた荊軻(ケイカツ)に、そうか、と苦笑すると枉駕(オウガイ)も、そうだな、と苦笑している。


他愛(タアイ)もないことだが(トキ)(ウツ)ろうということはこういうことなのか、と近頃(チカゴロ)よく思うばかりだな」


苦笑したままで酒を呑み続ける枉駕(オウガイ)がやけに(サミ)()に見えたがそれ以上聞く事を晴明(セイメイ)は止めた。話したければ話すだろうし、口に出したくない事なのかも知れない。


「ところで、()の国はこの所どうなのですか?()()はそう変わりありませんが」


荊軻(ケイカツ)酒瓶(サカビン)(カラ)にして近くにいた(シキ)に代わりを(タノ)みながら話題(ワダイ)を変えた。


(オサ)見聞(ケンブン)したいと(オオ)せなのですが何分(ナニブン)(イソ)がしゅうにしておられまして。晴明(セイメイ)のことも気に()けておいででしたよ」


それは()(アマ)るな、と笑いながら晴明(セイメイ)も新たな酒を持ってくるように(メイ)じる。


「あいも変わらず、といった所だな。(アヤカシ)たちも変わらず出るし、この所は陰陽師(オンミョウジ)重宝(チョウホウ)されている。星を読んだり(エキ)(セン)じたりとな。(ヤマイ)まで(アヤカシ)仕業(シワザ)だとして祈祷(キトウ)もさせられる。なかなかに(ヒイ)でている者たちも出てきているぞ?」


「それは()い事なのでしょうかねえ…。同じ(アヤカシ)としましては調伏(チョウブク)されるのも余り(ヨロコ)ばしいことではないですが」


どうであろうな、と晴明(セイメイ)は新しい酒を受け取りながら笑った。


「人を()らうモノもいるからな。まあ、(ホトン)どが死肉(シニク)や、その(シン)(ゾウ)(ネラ)っているモノなのだが、やたらと近頃(チカゴロ)はそれが多い。夜叉(ヤシャ)を見ただの九尾狐(キュウビキツネ)を見たなどともいうものもおるし、()の国での(アヤカシ)(コトワリ)(クズ)れておるのだろうて」


ほう、と(キョウ)を持ったように枉駕(オウガイ)が目を細めた。枉駕(オウガイ)達が人の子の国にいた頃は、死肉(シニク)(ネラ)うモノは少なかったように覚えている。少なくとも里の近くでそういった真似(マネ)をするモノはいなかった。それは悧羅が近隣(キンリン)の人の子の里に恩恵(オンケイ)(アタ)えていたのも大きいだろう。


「前から死肉(シニク)(ネラ)うモノはおったのか?」


「まあおるにはおったな。その(アタ)りは(ジイ)に聞いたが早かろうよ」


酒を煽って晴明(セイメイ)(カエル)を呼ぶと、ぴょこぴょこと()ねるようにして三人の前まで歩いてくると大きな頭を軽く下げた。


「お(ヒサ)しゅうございますな。また眉目秀麗(ビモクシュウレイ)な方々に(マミ)えることが(カナ)いまして(ウレ)しゅうございますぞ。長生きもするものでございますな」


ふぉっふぉっ、と笑う(カエル)荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も笑いが隠せない。(カエル)の方こそ変わりがないように見えるからだ。


長様(オササマ)にも(セン)だって(マミ)えることが(カナ)いました。あいも変わらず(ウツク)しゅうて、伴侶(ハンリョ)の紳殿が(ウラヤ)ましゅうござった。(ムツ)まじさも変わらぬようで安堵(アンド)(イタ)しむしたぞえ」


目を細める(カエル)晴明(セイメイ)が自分の座っている場を少し開けると、よいしょ、と()ねて腰掛(コシカ)ける。(フトコロ)から煙管(キセル)を出して()かし始めると、何ぞお聞きになりたいことでも?、と(ケムリ)を吐き出して輪を作りながら(カエル)(タズ)ねた。


(ナツ)かしい(ニオ)いだな」


その昔ほんの一時(ヒトトキ)ではあったが悧羅が(タシナ)んでいたことをふと思い出して枉駕(オウガイ)は小さく笑った。(オサ)として立って100年ほどは悧羅は煙管(キセル)(タシナ)んでいた。民達(タミタチ)からの里を落ち着けた事に対する(レイ)として献上(ケンジョウ)された物だったので民達の気持ちも()んでのことだったのだろうが身体に合わなかったようで、そこ100年ほどで止めてしまっていた。今でも煙管(キセル)自体は朝議(チョウギ)の場に(カザ)ってあるが、紳は悧羅が(タシナ)んでいたことすら知らないだろう。ただの調度品(チョウドヒン)だと思っているかも知れない。やはり長く生きていると思い出すことも少なくなるものだ、と自嘲(ジチョウ)しながら枉駕(オウガイ)(カエル)の吐き出す(ケムリ)(ナガ)めた。


(ジイ)もお変わりなさそうでよろしゅうごさいました。…今晴明(セイメイ)()の国は如何(イカガ)かと聞いておったところなのですよ。(アヤカシ)の世でも何か変わりがございますか?」


荊軻(ケイカツ)の問いに(カエル)は目を細めながら(ケムリ)をふかし続けている。そうでございますねえ、と少しばかり考えてからまた(ケムリ)をふかす。


「…鬼神(キジン)様方がおられた頃に(クラ)ぶれば(ワズ)かばかり(アラ)ぶっておるやも知れませぬなぁ。晴明(セイメイ)のような稀有(ケウ)な者は出てきておりませぬが術者(ジュツシャ)(ワザ)(ミガ)かれれば(アヤカシ)能力(チカラ)(トモナ)って上がるものでございますからの。そう易々(ヤスヤス)調伏(チョウブク)されては(アヤカシ)の住む場がのうなってしまいますのでな」


「確かにそれはそうでしょうね。(アヤカシ)(アク)陰陽師(オンミョウジ)(ゼン)というのは人の子の考えでございましょう。(アヤカシ)はただ生きるために行っている事なのでしょうから」


荊軻(ケイカツ)の同意に(カエル)は満足そうに目を細めて、左様(サヨウ)、と応えた。縁側(エンガワ)(ハシ)煙管(キセル)を叩いて煙草草(タバコクサ)を出すと又新しい物を詰めて火をつける。


「お聞きになりたいのはそういうことではござらんのでしょう?」


小さく笑われて、(カナ)いませんね、と荊軻(ケイカツ)は苦笑する。


「これでも鬼神(キジン)様方よりは長く生きておりますのでな。…死肉(シニク)()らうモノは前々からおりましたぞ。ただ生きるために(ハラ)()いたから、というところでございますがな。人の子の(シン)(ゾウ)などは能力(チカラ)を高めるには良いモノですからな」


「そういうものなのか?」


きょとりとして(タズ)ねる枉駕(オウガイ)(カエル)は大きな頭を(タテ)に振って見せた。


鬼神(キジン)様方は死肉(シニク)()らいつくなどという下賤(ゲセン)なことはなさらないのでしょう?長様(オササマ)()うておられたが少しばかりの精気(セイキ)(ウバ)うだけでよい、と。どのように()さるのかは(ジイ)の考えは(オヨ)びませぬ。それはあまりにも高等(コウトウ)(ワザ)でございますしの。多くの(アヤカシ)(ジカ)()らいついて血肉(チニク)と共に精気(セイキ)()らうもの」


へえ、と目を丸くする枉駕(オウガイ)に、哀玥(アイゲツ)もそうであったでしょう、と荊軻(ケイカツ)が言うと、確かに、と(ウナズ)いている。あの異様(イヨウ)光景(コウケイ)戦慄(センリツ)したのはほんの八月(ヤツキ)前の事だ。(ジカ)()(スス)り肉を()らう姿は(オゾ)ましいというしかなかった。


「…ただ、近頃(チカゴロ)はそういったモノの中でも能力(チカラ)知恵(チエ)をつけているものが(オオ)ございますな。大国(タイコク)から逃げてきた九尾狐(キュウビキツネ)もさることながら、それが夜叉と手を組んでおるとも聞きかじっておりますな。あとは(カン)混沌(コントン)狐仙(コセン)も共にいる、と。九尾狐(キュウビキツネ)について大国(タイコク)から(ワタ)ってきたのでしょうよ。九尾狐(キュウビキツネ)に関しては大国(タイコク)でかなり能力(チカラ)()がれたようでございますからの。今は(タクワ)えるために息を(ヒソ)めておりますが戻ればまた何かしら(クワダ)てましょうや」


「また、稀有(ケウ)なモノばかりが(ワタ)ったのだな。()の国の(アヤカシ)均衡(キンコウ)(クズ)れてしまいそうではないか」


(サカズキ)()ぐことも面倒(メンドウ)になって酒瓶(サカビン)のまま酒を(アオ)りながら言う枉駕(オウガイ)に、長いものには巻かれるものですよ、と荊軻(ケイカツ)が言う。


左様(サヨウ)鬼神(キジン)様方がおられた時は息を(ヒソ)めておったモノ達が頭角(トウカク)を出し始めた、というてもよろしいでしょうな。(クワ)えて大国(タイコク)九尾狐(キュウビキツネ)といえば世界に名が(トドロ)大妖(タイヨウ)でございますからな。(オモネ)るモノも多かろうて。丁度(チョウド)入れ違いのように(ワタ)ってきましたのでな」


新しい(ケムリ)をふかしながら(カエル)はまた目を細めた。それだけ強大(キョウダイ)な存在だったのだ、鬼神(キジン)というモノたちは。その場にいるだけで他の(アヤカシ)牽制(ケンセイ)していた。知恵(チエ)のあるモノ程息を(ヒソ)めて機会(キカイ)(ウカガ)っていたのだ。自分たちが思う存分に(アバ)れられる機会(キカイ)を。そしてそれは唐突(トウトツ)(オトズ)れた。絶好(ゼッコウ)機会(キカイ)(ヨク)のまま人を()らっているモノも少なくない。それらが手を組み何をしでかそうとしているかまでは分かりかねるが、(カエル)としては巻き込まれたくないのが本音(ホンネ)だった。


長く生きてはいるが大きな能力(チカラ)は持ち合わせていない。ただ長く生きただけで多少(タショウ)知恵(チエ)処世術(ショセイジュツ)()けただけだ。晴明(セイメイ)弟子(デシ)に出来たことも長く生きていられることの一つの歯車(ハグルマ)だったのかもしれない。


そういえば、と(カエル)は思い出したように煙管(キセル)を叩いた。


夜叉(ヤシャ)なるものは女子(オナゴ)(ツノ)があるそうですぞ。(マミ)えたことはございませんがな」


(ツノ)?、とその言葉に引っ掛かりを覚えたのは荊軻(ケイカツ)だけではなく枉駕(オウガイ)もだった。(ツノ)(ユウ)する(アヤカシ)はそれなりに多くいるから特段(トクダン)(メズラ)しいことではない。(ケモノ)の形をした(アヤカシ)の中にも(ツノ)を持っているモノはいる。


(ツノ)と聞けば鬼神(キジン)様方を一番に思い出しましたがな。どうやら違うようでございますよ。夜な夜な人の死肉(シニク)を求めておるようですからの」


「確かにそれは私共(ワタクシドモ)とは(コト)なりますね。夜叉(ヤシャ)というモノに(ワタクシ)(マミ)えたことはございませんし。どんなモノかも分かりません。(オサ)ならば(シキ)はあられるでしょうがね」


荊軻(ケイカツ)嘆息(タンソク)すると(カエル)は、ふぉっふぉっと笑い出した。


長様(オササマ)(アヤカシ)にして(アヤカシ)(アラ)ず。元より(カク)が違いますからな。何が起ころうとも大事(ダイジ)(イタ)らすようなことには()さらんでしょうや」


「それはそれで私共(ワタクシドモ)(キモ)を冷やすばかりなのですよ」


そうでございましょうなあ、と(カエル)は笑ったままだ。


「できれば誰にも見せず(アヤ)うい目に合わさず(オノ)がものだけにしておきたいと(ツレアイ)殿(ドノ)も思うておられるのでは?あれほどの方でございますからな」


「紳様はそうされたいのだろうがな。(オサ)(ミズカ)ら出ばらねば気の済まぬお方(ユエ)


「それが長様(オササマ)長様(オササマ)()所以(ユエン)でございましょうや。その様なお方だからこそ御二方(オフタカタ)も永きに(ワタ)(ツカ)えておられる。…(ジイ)でよろしければ何やら懸念(ケネン)があらばお伝え(イタ)しましょう。時折(トキオリ)()りて頂けるならば、ですがな」


にっこりと笑う(カエル)には何から何まで見透(ミス)かされているようだ、と荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も小さく笑ってしまう。(アヤカシ)には(アヤカシ)の世で動きがあれば伝わる事も多いのだろう。(タト)えそれが海を(ヘダ)てていたとしても(ウワサ)として流れ込むものだ。荊軻(ケイカツ)達が今居る場も(カエル)には知れているのかもしれない。ただ容易(タヤス)く手を伸ばせる場ではないので口に出さないだけなのだろう。()りてくれれば、という言葉には(カエル)は入れない、という()も込められていたように二人は感じた。


だが確かに(アヤカシ)の世の情報(ジョウホウ)(ツウ)じている(カエル)が動いてくれるならば様々(サマザマ)事柄(コトガラ)を知れる。


(ジイ)(アヤ)うくなるのではないか?」


申し出は(ウレ)しいが自分たちよりも()いて能力(チカラ)も弱い(カエル)情報(ジョウホウ)を集めてくれ、とは言い(ガタ)い。(アン)じる枉駕(オウガイ)に、なんの、と(カエル)は笑って見せた。


「これだけの年寄(トシヨ)りになりますとな、勝手(カッテ)(ウワサ)は流れ込んでくるものなのですよ。(ジイ)が動くこともなく、ですな。長様(オササマ)は人の子の世には(カカ)を持たれぬ方がよろしい。ですが、(アヤカシ)達の動きは(ゾン)じておられたほうが(ナオ)よろしい」


ふぉっふぉっ、とまた笑い出す(カエル)はもう決めてしまった様だった。(ダマ)って見ていた晴明(セイメイ)も何が何やら分からないが荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)()ては悧羅が何かしらの事柄(コトガラ)を気にして動いているのは感じ取れた。で、あればしばらく滞在(タイザイ)したい、と言ってきた友の思惑(オモワク)も分かった気がした。


「人の世の事は俺が見ておこう。何を懸念(ケネン)しておるかは聞かんがな。(ジイ)に伝えておけばお前たちが(ジイ)に会いに来た時、何かしら答えを(ミチビ)くことができるやもしれんからな」


おや、と笑う荊軻(ケイカツ)がまた新しい酒を頼んでいる。


「では礼をしませんと」


笑いながら言われた晴明(セイメイ)は、()らぬわ、と声を上げて笑った。


「礼というなら俺が生きている間にこのように酒を()()わしに来てくれ。どうせあと二、三十年もすれば俺も黄泉(ヨミ)の国に(ワタ)るだろう。十年(ゴト)ではあと二、三度しか会えぬ。それでは(サミ)しいからな」


確かにな、と枉駕(オウガイ)は苦笑したがすぐに思い直す。


(ワレ)達と()()わすだけで良いのか?お前が(オサ)(マミ)えたいと言わなど拍子(ヒョウシ)が抜けるな」


小さく笑う枉駕(オウガイ)に、俺もまだ生きたいのでな、と晴明(セイメイ)は苦笑した。余り悧羅に会いたいなどと言っていれば本当に紳に殺されるかもしれない。そう言うと荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も声を上げて笑い出す。


「それはそうだな。あのお二人に入り込もうなどと思う者はおらぬだろうが、あまり(オサ)に会いたいなどと言っておいては紳様の逆鱗(ゲキリン)に触れるからな」


「でしょうね。逆鱗(ゲキリン)()れるだけなら良いのですが…、しばらく出て来られなくなりますのでね」


それが困るのですよ、と嘆息(タンソク)してみせた荊軻(ケイカツ)晴明(セイメイ)枉駕(オウガイ)も笑い初めてしまう。笑い事ではないですよ、と(タシナ)める荊軻(ケイカツ)だったが悧羅と紳が(ムツ)まじくしてくれているのは嬉しいのだ。ただ、最近は特に紳が悧羅を離さない事が増えている。大きな事が片付いたとはいえまだ警戒(ケイカイ)しなければならない時なのだ。いつ何があるか分からないこの時であるからこそ、何かあった時にまた寝所(シンジョ)に踏み入れることは()けたい。先日でさえ(ジョウ)()わしたばかりで姿を現した悧羅の姿は(ナマ)めかしいものがあったのだから。哀玥(アイゲツ)の事があったから気を(タモ)てはしたが、そうでなければ理性(リセイ)が飛んでしまっていただろう。


私共(ワタクシドモ)(オサ)(ナマメ)かしすぎて本当に困るのですよ。これ以上それが増してしまわれたらと思うと時折(トキオリ)自分が(オソ)ろしくなる時もありますよ」


大きく溜息(タメイキ)をつく荊軻(ケイカツ)に、晴明(セイメイ)枉駕(オウガイ)がきょとりとしている。


「お前でも()()()()()()があるのだな」


(オドロ)いたように目を丸くしている晴明(セイメイ)に、(ワタクシ)も男でございますからね、と荊軻(ケイカツ)は笑って酒を(アオ)った。共に悧羅を500年支えてきた枉駕(オウガイ)(オドロ)いたようだったがすぐに笑みをたたえた。近頃(チカゴロ)の悧羅の(アデ)やかさは日に日に増して来ている。それが紳の手によるものなのだとは分かっているが確かに()()()()()()()()にならないわけでもないのだ。同じ男として紳が(ウラヤ)ましく思うこともある。気持ちは痛いほどに分かる、と言い置いて酒を(アオ)荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が言う。


「お前がそのようになったら紳様より先に俺が首を()ねてやるから(アン)じておけ」


笑う枉駕(オウガイ)に、頼みます、と言う荊軻(ケイカツ)と共に晴明(セイメイ)(ナツ)かしい話を(サカナ)にその夜を楽しんだ。

メンテナンスの通知に気づかず、書いたものを消す所でした。

危なかったです。

ちゃんと通知は読まないと、と反省しております。


遅くなりましたが、お楽しみくだされば嬉しいです。

ありがとうございました。

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