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糺す【陸】《タダス【ロク】》

おはようございます。

更新します。

朝になって数日振(スウジツブ)りに会えた(シン)悧羅(リラ)皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)は顔を(ホコロ)ばせて走り寄り抱きついてきた。上の子ども達、媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝珈(ワカ)はさすがに抱きついたりはしなかったけれど、紳と悧羅の無事(ブジ)な姿に胸を()で下ろした。それは妲己(ダッキ)も同じであったようで前日の朝に会ってはいたものの悧羅の(ソバ)から離れようとはしない。


「そのように(サミ)しゅうあったのかえ?」


微笑(ホホエ)む悧羅の膝の上に玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が座り、だって全然会えてなかったもん、と(ホオ)(フク)らませている。宮に戻ってからも二日間、紳と寝所(シンジョ)(コモ)っていたから確かにしばらく会えてはいなかった。まだ(オサナ)さの残る三人が淋しがるのは(イタ)(カタ)ないことだろう。膝に座った二人を優しく抱きしめながら、すまなんだな、と()びると、いいよ、と二人が声を合わせて(コタ)える。


母様(カアサマ)はお怪我(ケガ)とかしなかった?」


膝の上から二人に聞かれて、大事(ダイジ)ない、と悧羅は(コタ)えるしかない。わざととはいえ大怪我(オオケガ)をしたなどといえば心配をかけてしまうだろうし、もう()えてしまった(キズ)だ。(カタワ)らで妲己(ダッキ)と紳が少しだけ耳を動かしたけれど知らずにおれるのならばそのままでいいこともある。小さく笑う悧羅に、やれやれ、とでも言うように二人が小さく息をついたのが分かったが、悧羅は苦笑するしかなかった。


「じゃあもう一旦(イッタン)大国(タイコク)に降りるっていう王母様(オウボサマ)(ニン)は終わったって事でいいの?」


紳と悧羅を(カコ)むように座っている上の三人の中から忋抖(カイト)(タズ)ねたが、それには悧羅は(コマ)ったように小さく笑うしかない。それを見た忋抖(カイト)が、まだなんだね、と嘆息(タンソク)した。


「どうであるかは分かりかねる、といったところじゃ。用心だけは(イタ)すがな」


片付(カタヅ)けば良かったのにねえ」


(クチビル)()き出しながら肩を(スク)める啝珈(ワカ)に、紳も悧羅も苦笑する。今回の事で(スベ)てが片付(カタヅ)けば良い、と思っていたのは二人も同じだったが()てして物事(モノゴト)とはそう上手(ウマ)く進まないものだ。致仕方(イタシカタ)あるまいよ、と安心させるように微笑(ホホエ)む悧羅に、あんまり無理しないでよ、と媟雅(セツガ)が声を掛けた。その媟雅(セツガ)雰囲気(フンイキ)がこれまでより柔和(ニュウワ)になっている事に紳も悧羅も気づいたが言葉には出さない。媟雅(セツガ)が何か言ってくれば聞くけれど、こちらからどうなのだ?、と聞かれるのも媟雅(セツガ)性分(ショウブン)からすれば(コノ)まないだろう。何より紳も分かってはいる事ではあるが聞きたくない、という気持ちの方が(マサ)るのだ。


無理(ムリ)などは(イタ)さぬよ。それよりも、其方(ソナタ)達に(マミ)えさせたい者がおるのだが…」


微笑みながら(コタ)えていると中庭に、すとりと降り立つ音がして悧羅は言葉を切った。宮に戻るとすぐに里やこの広大(コウダイ)王母(オウボ)の場を見廻(ミマワ)るために哀玥(アイゲツ)は出て行った。少し休め、と言ったのだが早めに悧羅に(シラ)せを()げたかったのだろう。(アン)じていただくには(オヨ)びません、と(ヤミ)()ける様に消えて行ったのだ。足音からして哀玥(アイゲツ)が戻って来たのだろう。


良い頃合(コロアイ)だった、と一番戸に近い啝珈(ワカ)に戸を開けてくれるように紳が(タノ)むと、はぁい、と軽く立ち上がりながら部屋の戸を開けた啝珈(ワカ)が、え?、と止まっている。見知(ミシ)らぬ気配(ケハイ)に悧羅の(カタワ)らで妲己(ダッキ)体躯(カラダ)を起こし始めた。その背中に手を置いて(アン)ずるな、と悧羅が(ナダ)めるが体躯(カラダ)は起こしたままだ。止まったままの啝珈(ワカ)に紳がまた(ウナガ)すと気を取り戻したように戸を大きく開けてくれた。


そこでようやくその場の者にも中庭が見えて紳と悧羅以外が目を見開いている。妲己が立ち上がって低く(ウナ)りだしてしまったので悧羅はそれを(セイ)した。


哀玥(アイゲツ)、これへ」


悧羅に名を呼ばれた哀玥(アイゲツ)は座っていた大きな体躯(カラダ)を起こすとおずおずと悧羅達のいる部屋に入ってくる。戸の前で止まろうとしたが悧羅が笑って自分の前を叩いた。ですが、と躊躇(タメラ)哀玥(アイゲツ)に、良いから、と悧羅は笑ってもう一度自分の前を叩く。(アキラ)めたように部屋に入って悧羅の前まで進む哀玥(アイゲツ)を子ども達も妲己もじっと見つめている。何しろ異形(イギョウ)なのだ。今まで見たことのない姿なのだから凝視(ギョウシ)してしまうのは仕方(シカタ)ない。

大きな黒い体躯(タイク)(オオカミ)のようだが頭は犬。悧羅の前に座って小さく尾を振っているがそれは白い(ヘビ)なのだ。だが悧羅は(オク)することなくその頭を撫でている。悧羅の膝の上に乗ったままの玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)は目を丸くしたまま固まってしまっているのだが紳までも手を伸ばして、お(ツカ)れ、と(ネギラ)っている。


其方(ソナタ)達に(マミ)えて()しゅうあったは()()じゃ。哀玥(アイゲツ)名付(ナヅ)けた。これより先、妲己(ダッキ)の様に(ワラワ)其方(ソナタ)らを(マモ)ってくれよう。仲良(ナカヨ)うにするのだよ」


悧羅の方に向けていた体躯(カラダ)媟雅(セツガ)達に向けて哀玥(アイゲツ)が礼を取った。


哀玥(アイゲツ)と名を(タマワ)りました。姫君(ヒメギミ)若君方(ワカギミガタ)拝謁(ハイエツ)出来ましたこと(ウレ)しゅうございます”


子ども達に礼を取った後、哀玥(アイゲツ)妲己(ダッキ)に向き直る。妲己殿(ダッキドノ)、と名を呼んでまた礼を取る。


異形(イギョウ)の姿(ユエ)(シン)に置けぬと思いまするがよろしゅうに”


目を細めて低く(ウナ)っていた妲己(ダッキ)だったが哀玥(アイゲツ)の目の下に小さな(ハス)の華がある事に気づいて悧羅を見る。王母(オウボ)じゃ、と悧羅に微笑(ホホエ)まれて、なるほど、と妲己(ダッキ)(ウナ)るのをやめた。確かに同じ(アヤカシ)だが嫌な気配(ケハイ)は感じない。悧羅に(ツカ)える妲己(ダッキ)がからこそ分かるが強い忠誠心(チュウセイシン)垣間(カイマ)見える。悧羅や子ども達に(ガイ)さず、忠誠(チュウセイ)(チカ)っているのであれば妲己(ダッキ)()(トナ)える事などない。


(ワレ)こそよろしゅう頼む。共に(アルジ)御為(オンタメ)()くそうぞ”


尾を振りながら、歓迎(カンゲイ)する、と言う妲己(ダッキ)の前ではすでに哀玥(アイゲツ)の背を物珍(モノメズラ)しそうに玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が撫で始めている。皓滓(コウサイ)は少しばかり固まったままだが、忋抖(カイト)面白(オモシロ)そうに、へえ、と顔を(カガヤ)かせながら頬杖(ホオヅエ)をついていた。紳が哀玥(アイゲツ)に子ども達や妲己の名を教えると、もう一度深く礼を取った。そんな姿にますます目を細めて忋抖(カイト)哀玥(アイゲツ)を呼ぶと、首を(カシ)げながら前まで動いた。(サワ)っていた玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が、ああもう、と追いかける様に悧羅の膝の上から立ち上がって哀玥(アイゲツ)の背中にしがみつき始めた。


ふうん、と目の前に座った哀玥(アイゲツ)を見ながら忋抖(カイト)がその頭を撫でる。母様(カアサマ)、と何やら決めたように呼ばれて悧羅が忋抖(カイト)を見ると、にこにこと笑っている。


母様(カアサマ)の側にいない時は哀玥(アイゲツ)、俺に貸してくれない?」


おや?、と不思議(フシギ)そうに首を(カシ)げる悧羅に忋抖(カイト)は笑いながら哀玥(アイゲツ)を撫で続けている。心地良(ココチヨ)いようで目を細めている哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)を気に入っているようだ。


「どうせ里の事とか宮の中の事とか教えないといけないでしょ?俺が教えるよ。何だか気も合いそうだしね」


「…哀玥(アイゲツ)が良いなら(ワラワ)(カマ)わぬよ?妲己も下の子らにまだ手がかかるでの」


やった!、と喜びながら忋抖(カイト)哀玥(アイゲツ)に、いい?、と(タズ)ねている。戸惑(トマド)ったように悧羅を見る哀玥(アイゲツ)に、好きなように、と悧羅が笑うと大きく(ウナズ)いた。


(アルジ)(メイ)(クダ)りました時はそちらに動きますが、若君(ワカギミ)小生(ショウセイ)をお望みであらば御側(オソバ)に”


「それは妲己も一緒だから分かってるよ。俺より母様(カアサマ)を先に考えてくれないと俺も(コマ)るしね。じゃあ、よろしくな」


笑いながら頭をくしゃりと撫でられて哀玥(アイゲツ)は甘えたような声で鳴いている。哀玥(アイゲツ)忋抖(カイト)を気に入ったようだが、玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)から、兄様(アニサマ)ずるぅい、と言われている。早いもの勝ちだよ、と笑う忋抖(カイト)(ホオ)(フク)らませて、いいなぁ、と言う玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)を妲己が(クワ)えて背に乗せた。


若君方(ワカギミガタ)(ワレ)(コラ)えていただきませぬと、(ワレ)(サミ)しゅうなりますぞ”


尾で二人を包みながら言う妲己に、ごめんなさぁい、と二人が抱きついている。忋抖(カイト)に撫でられている哀玥(アイゲツ)(ソバ)に座っている媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)も撫でるのを見やって紳の膝から皓滓(コウサイ)も降りて撫で始める。見た目よりもふわりとした毛並(ケナ)みであった事に(オドロ)いたようだったが、尾の(ヘビ)が口を閉じたのを見て安心もしたようだった。


「また(ニギ)やかになったね」


子ども達から解放(カイホウ)された悧羅の手を取って紳が笑うと、悧羅も大きく(ウナズ)いて微笑んだ。そのようだ、と笑う悧羅の(ヒタイ)に軽く口付けてから手を引いて立ち上がる。そろそろ朝議(チョウギ)(ジカン)だ。哀玥(アイゲツ)が確かめて来た(シラ)せも聞かないとゆっくりと休ませる事も出来ないだろう。荊軻達(ケイカツタチ)にも哀玥(アイゲツ)(マミ)えさせなければならない。立ち上がった悧羅が妲己と哀玥(アイゲツ)を呼ぶと二人を(サワ)っていた子ども達も媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)の元に動いた。二人を(トモナ)って朝議(チョウギ)の場に入るまでに紳が重鎮達(ジュウチンタチ)の事を哀玥(アイゲツ)に伝えている。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)には会ったことはあるが栄州(エイシュウ)には初めて会う事になる。とことことついてくる哀玥(アイゲツ)に、(アン)ずるな、と悧羅が優しく伝えた。


場に入った悧羅達を見て重鎮達(ジュウチンタチ)は目を見開いたがとりあえず何も言う事なく伏して礼を取っている。いつものように悧羅と紳が座り悧羅の背後に妲己が(ハベ)る。どうしようか(マヨ)っている哀玥(アイゲツ)に悧羅が自分の左隣を叩いて、ここが其方(ソナタ)の場じゃ、と笑った。(ウレ)しそうに尾を振って(シメ)された場に座した哀玥(アイゲツ)を撫でてから悧羅は重鎮達(ジュウチンタチ)に顔を上げるように伝える。頭を上げた三人から、まずは、と荊軻(ケイカツ)が口を開いた。


王母様(オウボサマ)よりの御務(オツト)(トド)こおりなく御済(オス)ませになられましたこと、お(ツカ)れでございましたと申し上げます」


それには苦笑した悧羅にまだ何かある事は分かったけれど、慣例通(カンレイドオ)りの礼を三人が取る。悧羅が里や朝議(チョウギ)を離れていた間には何も問題は無かったと聞かされて(ヨシ)と言うと荊軻(ケイカツ)も肩の力を抜いたようだ。


「して、()()()()?」


疑念(ギネン)()えられなかったのだろう。枉駕(オウガイ)哀玥(アイゲツ)に視線を向けて悧羅に(タズ)ねると、()うたことはあるはずだがの、と悧羅は笑っている。どちらにせよ哀玥(アイゲツ)の事を伝えなければ、その先の話は出来そうもない。


(ワラワ)眷族(ケンゾク)となった。()()()犬神(イヌガミ)じゃて。哀玥(アイゲツ)名付(ナヅ)けた(ユエ)、よしなに(タノ)む」


悧羅の言葉と共に哀玥(アイゲツ)が頭を下げると荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が目を見開いた。栄州(エイシュウ)だけは(ジカ)(マミ)えた事は無かったので首を(カシ)げているばかりだが(マミ)えた事のある二人にとっては信じられないほどに風格(フウカク)が変わっているのだ。


「…本当に()()()()なのでございますか?」


うん、と微笑(ホホエ)む悧羅が面白(オモシロ)そうに二人を見ている。紳も同じような思いを抱いたので二人の気持ちはよく分かってしまい苦笑を(カク)せなかった。


王母(オウボ)(アズ)けて(タマワ)った(ユエ)犬神(イヌガミ)というよりは…狗神(イヌガミ)かのう」


白く長い指で(クウ)に字を書きながら悧羅は笑っている。


(ワラワ)(ソバ)におらぬ時は忋抖(カイト)が貸してくれと言うておるでの。(コト)片付(カタヅ)けば忋抖(カイト)と共にある事が増えるであろうがの。いたく気にいっておるようであったに」


はあ、と呆気(アッケ)に取られている二人を横目に栄州(エイシュウ)だけが笑っている。


「良いではないか。(オサ)の護りが固くなるのは良い事だ。見たところ妲己と変わらぬほどの能力(チカラ)はありそうだしの」


「それはそうでございますが…。あまりにも風格(フウカク)(チガ)いすぎておりまして、何とも信じ(ガタ)い」


目を丸くしたままの枉駕(オウガイ)を見ながら紳と悧羅は笑ってしまう。初めて(マミ)えた時の禍々(マガマガ)しさを知っているからこそ信じられない気持ちは分からないでもない。だがこの少しの(ジカン)を共にしただけの紳と悧羅には哀玥(アイゲツ)(シン)()るものである、と十分に感じることができていた。紳や悧羅に対する姿や子ども達、妲己に対する姿を見てその気持ちはより強くなった。


(シン)()ると思うておる(ユエ)余程(ヨホド)王母(オウボ)(シツケ)られたのであろうや」


くすくすと笑いながら哀玥(アイゲツ)を撫でていると、そういうことでございますれば、と荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)も大きく(ウナズ)いて息を吐いた。


「では、大国(タイコク)についてお(ウカガ)いしてもよろしいですか?」


荊軻(ケイカツ)(ウナガ)されて悧羅はあったことを手短(テミジカ)に話して聞かせる。


「今あった(チョウ)(シマ)いになるであろうがそれも世の(コトワリ)の流れであらば(イタ)(カタ)あるまいて。宮廷(キュウテイ)大国(タイコク)に住まう妖達(アヤカシタチ)については(アダ)()さねば捨て置いてよろしかろう。姍寂(サンジャク)の作りしモノについては哀玥(アイゲツ)大国(タイコク)(マワ)って(メッ)してくれたに、それはそこで(シマ)いじゃな」


言葉を切って小さく嘆息(タンソク)する悧羅に三人が(マユ)(ヒソ)めた。()()()()()()、という事は他に何か気になる事がある、という事なのだろう。


「確かにそれ以上人の子の(コトワリ)()れるはならぬであろうな。だが、(オサ)は何を気にしておられる?」


栄州(エイシュウ)(タズ)ねると、うむ、と悧羅が言葉を(ニゴ)した。その手を(ニギ)って紳が後を引き()ぐ。


「悧羅はね、今回のことが姍寂(サンジャク)だけでした事じゃないって思ってるみたいなんだよ。誰かがまだ裏で動いてるんじゃないかって心配してるんだ」


は?、と三人が目を見開く。(コマ)ったような悧羅が哀玥(アイゲツ)(ウナガ)すと低い声が響き始める。


小生(ショウセイ)を作りし者は葉の色の髪の鬼でございます。ただ、あの者が小生(ショウセイ)への(ミツ)ぎを(オコタ)った(ユエ)()い出して縁者(エンジャ)()うたのですが(ヤシキ)におったのは父母と思われる二体のみでございます。もう少し歳若(トシワカ)女子(オナゴ)がおったはずなのですが見当たらないのです”


それは、と荊軻(ケイカツ)が息を呑んだ。()()()(ヤシキ)の状況からでは(ムクロ)(イク)つあったのかなど知れようはずもなかったのだ。枉駕(オウガイ)から聞くに父母と妹が居たという事であったので、そこにある(ムクロ)だったモノはその三人だと思っていた。確かめようにも飛び散った肉片(ニクヘン)(オビタダ)しい血で部屋は(ヨゴ)れていたし骨も(クダ)かれていたので埋葬(マイソウ)することも(カナ)わず(ヤシキ)ごと焼き(ハラ)うしかなかった。


哀玥(アイゲツ)に視線を向けると申し訳なさそうに項垂(ウナダ)れているが、悧羅は、気に()むな、とその背中を撫でている。


“あの者の縁者(エンジャ)であれば小生(ショウセイ)気配(ケハイ)辿(タド)れます。(アルジ)にお許しを(タマワ)りまして里やこの地を廻り(メグ)りましたが、おりませぬ”


「…やはりそうであったか」


小さく嘆息(タンソク)する悧羅に、はい、と哀玥(アイゲツ)(コタ)えた。うん、と(ウナズ)いて悧羅は枉駕(オウガイ)を呼ぶ。


其方(ソナタ)しかその者を見た者はおらぬのだが、どのような者であったか(オボ)えはあるかえ?」


(タズ)ねられた枉駕(オウガイ)は少し考える。姍寂(サンジャク)(アズ)かる、と伝えに行った時父母は泣いていたが妹と名乗(ナノ)る者はどうであっただろうか?その場に居たことは居たが気配(ケハイ)(ウス)かったようにも思う。それも今考えれば、の話なのだけれど。


「…姍様(サンジャク)と同じ葉の色の髪が揺蕩(タユタ)っていた女子(オナゴ)であったと(オボ)えております。二本角(ニホンヅノ)鬼女(キジョ)でありましたが、姍寂(サンジャク)の事を伝えても余り動じていないように見えたような…。今思えば、でございますが…」


なるほどの、と栄州(エイシュウ)が息をついた。


「であれば、(マコト)縁者(エンジャ)であったかさえも(ウタ)がわしいの」


「そうでございますね。里の者たちの名簿(メイボ)があるわけでもございませんし…。()()()()()()けており、かつ誰かに知恵をつけられておるならば入り込むことなど容易(タヤス)い事でございましょう」


荊軻(ケイカツ)もまた大きく嘆息(タンソク)して、してどうお考えなのですか?、と悧羅を見る。悧羅も少しばかり考えているようだ。


「あまりにも周到(シュウトウ)過ぎる、とは思うておる。哀玥(アイゲツ)を作ったは姍寂(サンジャク)で間違いはないのだが、大国(タイコク)にはそれとはまた別にに十体(ジュッタイ)犬神(イヌガミ)が作られておった。…その他に(ムシ)を使った蠱毒(コドク)もあったという。それらを作ったのは姍寂(サンジャク)気配(ケハイ)と思いが残っておった(ユエ)哀玥(アイゲツ)辿(タド)れたのだがな。…もしも、との話としてその者が(コワ)れかけていた姍寂(サンジャク)(カドワ)かし様々なモノを作らせたのだとすれば、その者の気配(ケハイ)を追うは(ムズカ)しかろうな」


「ですが(ジカ)(カカ)わらずとも知恵と手を貸せば(ワズ)かながらでも気配(ケハイ)は残りますものでございましょう?」


それが、と哀玥(アイゲツ)が口を開いた。


呪法(ジュホウ)は作ったモノとの制約(セイヤク)を結ぶのです。例え知恵を貸していても手を出さなければ制約(セイヤク)を結んだ事にはなりませぬ”


少しでも手を貸せば(コト)なるのですが、と言う哀玥(アイゲツ)に、とすれば、と荊軻(ケイカツ)が後を引き()ぐ。


「そのような者がおったと考えることと(イタ)しまして、まずはどのような者であったのかを調(シラ)べなければなりませんね。哀玥(アイゲツ)が場を見ても気配(ケハイ)辿(タド)れぬのであれば里にはもう居ない、と思っておったほうがよろしいでしょう」


であろうな、と悧羅も(ウナズ)く。粛清(シュクセイ)から八月(ヤツキ)()っているのだ。里を出奔(シュッポン)していると考えていて間違いは無いだろう。だが里の者であったなら出入りすることは容易(タヤス)い。姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)であったならば(ハジ)くことも出来ただろうが、もしも縁者(エンジャ)でなかったとしたらそれもまた(ムズカ)しくなる。悪意(アクイ)を持っている者全てを(ハジ)くという手もあるが、ただ(タワム)れであったとすればそれに()かるとも思えない。


「でもさ、どうしてそこまでってのが俺は引っ掛かるんだよね。矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)みたいに力とか私怨(シエン)とかがあるなら分かるよ?姍寂(サンジャク)も元は矜焃(キョウカク)の思いに賛同(サンドウ)して…ってのも分かる。だけどその裏にいる者が居たとして何で里や悧羅を執拗(シツヨウ)(ネラ)うんだろう?」


頬杖(ホオヅエ)をついて言う紳に、確かに、と重鎮達(ジュウチンタチ)も大きく(ウナズ)いた。


()の国におった時は人の子に(カカ)わりを持っておった(ユエ)、人の子が(オサ)反旗(ハンキ)(ヒルガエ)すということは考えられようがの。()()()に里が(ウツ)ってからはそう関わりを持たれておられぬ。であれば何であろうのお」


大きく嘆息(タンソク)しながら考えを口に出す栄州(エイシュウ)に、私怨(シエン)ではないのか?、と枉駕(オウガイ)がぽつりと(ツブヤ)くように言った。何に対しての?、と聞く荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が考え込んだ。


「…いや、ただふとそう思っただけなのだが。特段(トクダン)決め手があるわけでもない。だが(オサ)相手(アイテ)痕跡(コンセキ)も残さず次から次へと手を打っているというのがな。如何(イカン)ともし(ガタ)い」


周到(シュウトウ)(カク)れている、ということなのでしょうか?余程(ヨホド)知恵(チエ)のあるモノと手を組んでいるのかもしれませんね。…失礼ながら(オサ)(ウラ)みを()うているという(オボ)えはございますか?」


小さく笑いながら聞く荊軻(ケイカツ)に悧羅も苦笑するしかない。


「思い当たりが(オオ)うてどれかは分からぬな。それは其方(ソナタ)も知っておろうに」


笑う悧羅に、まあそうでございますね、と荊軻(ケイカツ)も笑う。500年の間に無慈悲(ムジヒ)な事を行わねばならない事もあった。それによって持っていた地位や名誉(メイヨ)などが地に堕ちた者も多かった。その者達の縁者(エンジャ)であれば悧羅に(ウラ)みを(イダ)いている者もいるかもしれない。


(オサ)にだけ、というのももしかすれば(コト)なるやもしれぬぞ?(ワレ)ら鬼全てということも考えられようし、荽梘(スイカン)のように紳様や(オサ)に個別に、ということも考えられようて」


(オダ)やかな笑みを浮かべて(ヒゲ)を撫でる栄州(エイシュウ)に、また俺?、と紳も苦笑するしかない。


「逆もあるやも」


笑ったままの栄州(エイシュウ)に、なるほど、と紳も笑うしか無い。(ヨウ)するに今まで悧羅と夜伽(ヨトギ)()わした者の中に紳に私怨(シエン)を持っている者がいるかもしれない、と言いたいのだろう。


「ですが枉駕(オウガイ)(マミ)えたのは鬼女(キジョ)だったのでしょう?とすれば(オサ)への(ウラ)(ツラ)みの方が…」


うん、と悧羅が小さく(ウナズ)いて息をついた。身体を妲己(ダッキ)(アズ)けると柔らかい尾が悧羅を包んでくれながら、その、と妲己(ダッキ)が口を開いた。


“それはほんに女子(オナゴ)なのですか?そこまで周到(シュウトウ)に知恵を付けておるものであれば化けることも出来るのでは?”


妲己(ダッキ)の言葉にきょとり、としたのは悧羅だけでは無かった。その場の皆がきょとり、とする。その考えは無く枉駕(オウガイ)哀玥(アイゲツ)(シラ)せ通り鬼女(キジョ)だと思っていたからだ。


「…妲己(ダッキ)其方(ソナタ)今とんでもないことを言うてくれたえ?」


身を起こそうとする悧羅を引き止めるように妲己(ダッキ)の尾が抱き留めた。悧羅が疲れている事も歩くことも覚束(オボツカ)ないことも言葉にはしないが分かっている。王母(オウボ)(ニン)ではなく紳の手によるものだとも分かっているので何も言わないだけだ。引き留められるままに身体を(アズ)けて悧羅が苦笑しながら部屋を見ると紳も三人の重鎮達(ジュウチンタチ)も考えこんでいる。


妲己(ダッキ)の言う事もあり()るやもしれませぬな。化ける、となれば本当にそれなりのモノと手を組んでいるのか、そのモノ自体が別のモノであったのか…。よくよく考えて動かねばなりますまいよ」


やれやれ、と悧羅は肩を落とした。何にせよ今しばらくは気が抜けそうに無いようだ。


姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)辿(タド)るにしても気を張らねばならないようですね。私共(ワタクシドモ)(ヤシキ)に入り哀玥(アイゲツ)を持ち帰った事も知られておると思っておった方が良いようですし。まあ、同じモノとは思えぬかも知れませぬが」


ちらりと見られて哀玥(アイゲツ)が小さく頭を下げた。


小生(ショウセイ)が覚えておる気配(ケハイ)がそのモノであれば、とは思うておりますが。妲己殿(ダッキドノ)が言われる通り化けておったのであれば気配(ケハイ)も変えておったと思うておったが良いでしょう。となれば小生(ショウセイ)の覚えておるモノもどこまで(タシ)かなものか…”


お役に立てず、と項垂(ウナダ)れた哀玥(アイゲツ)を悧羅が呼んで膝を叩いた。え?、と目を見開く哀玥(アイゲツ)がおずおずと(コウベ)を悧羅の膝に乗せると優しくその頭を撫でてくれる。気に()むな、と撫でられて哀玥(アイゲツ)は目を細めた。


哀玥(アイゲツ)が悪いわけではない。何より大国(タイコク)(ニン)(トドコオ)りなく済んだは哀玥(アイゲツ)がきてくれたからであるしの。…どちらにせよ尾を見せたは計略(ケイリャク)の内やもしれぬ(ユエ)、打てる手は打たねばなるまいよ」


そうでございますね、と荊軻(ケイカツ)も大きく(ウナズ)いた。


「まずは姍寂(サンジャク)の妹と名乗(ナノ)っていたモノについて調べてみましょう。近隣(キンリン)の者達ならば容姿(ヨウシ)など覚えておりましょうから」


「動く奴も(カギ)った方がいいかもね。民達(タミタチ)無駄(ムダ)心労(シンロウ)かけるのは悧羅も嫌でしょ?」


(ニギ)られたままだった手に力が込められて、悧羅も、そうだの、と小さく笑った。大きく動いても相手は気取(ケド)っているだろうから問題はないが民達の暮らしを(サワ)がしてしまうのは望むところではない。


「では粛清(シュクセイ)の時に動いた者たちを動かしましょう。少数(ショウスウ)ですが枉駕(オウガイ)紳様(シンサマ)からも(シン)()るとされておる者達でございますれば大事(ダイジ)ございませんでしょう。里に張っておられる結界(ケッカイ)はどうされますか?」


「…()いてもよろしかろう。張り続けておっては民達(タミタチ)も心(オダ)やかでは過ごせまい」


言いながら哀玥(アイゲツ)を撫でていた手を一度休めて、ひらりと手を振る。里を(オオ)っていた悧羅の結界(ケッカイ)気配(ケハイ)が消えたのを場の全員が感じ取った。


「そう容易(タヤス)く全てが明らかになるとは思うておらぬ。ゆっくりと(マイ)らねば足元(アシモト)(スク)われるやもしれぬでな。大国(タイコク)ほどの大事(オオゴト)はしばらくは起こらぬ、と思うておりたいが…」


「それは俺も願うよ。無茶(ムチャ)ばかりするからね、悧羅は。俺の(シン)(ゾウ)がどれだけあっても()りなくなるよ」


(トナリ)嘆息(タンソク)する紳に、すまぬ、と苦笑する悧羅を見て、余程(ヨホド)(キモ)を冷やすようなことがあったのだろう、と重鎮達(ジュウチンタチ)は紳の胸中(キョウチュウ)(オモンバカ)る。元々(モトモト)無茶(ムチャ)な事をしてきていたのは500年(ソバ)に居た三人は(イヤ)というほど知っている。それでも、紳と共にいるようになってからは落ち着いた方だと思っていたのだが、今回ばかりはそうで無かったようだ。


「お気持ちはお(サッ)ししますよ」


苦笑しながら言われて紳は、良かったよ分かってくれて、と笑っている。


「では(オサ)(オオ)せの通り気を抜かずゆるりと進めて行くとしましょう。次はこちらから先手(センテ)を取れるように(イタ)しませんと()めてばかりおられても矜持(キョウジ)(タモ)てませぬのでね」


何やら(フク)んだ物言(モノイ)いの荊軻(ケイカツ)に場に居た者が小さく笑う。どうやら(オダ)やかながらも静かに(オコ)っているようだ。(マカ)せる、と笑う悧羅に荊軻(ケイカツ)が静かに頭を下げた。

さて、誰が誰を?、というお話になってきました。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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