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糺す【伍】《タダス【ゴ】》

こんにちは。

更新します。


一部ギリギリラインがありますので、苦手な方はご注意下さいませ。

(シン)悧羅(リラ)は次の日になっても寝所(シンジョ)から出ることが出来なかった。休むことも許されずに()とされ続けて何をどうすべきであったのかを考える事さえも紳が悧羅に許さなかったからだ。


「今は俺の事だけ考えててくれたらそれでいいんだよ」


快楽(カイラク)最中(サナカ)時折(トキオリ)聞こえる紳の声だけが悧羅をその場に(トド)めおいた。()てさせられる(タビ)に強くなる身体(カラダ)(シビ)れと(オボロ)になっていく意識(イシキ)の中で必死(ヒッシ)に紳の名を呼び続けるしか出来なかった。(アマ)りの官能(カンノウ)の強さに幾度(イクド)か意識を手放(テバナ)しそうになったけれど都度(ツド)、まだだよ?、と笑いを含んだ紳の言葉と手によって引き戻される。いつしか本当に紳の事しか考えられなくなっていた悧羅を(イトオ)しそうに見つめながら、やめる?、と(タズ)ねられても首を振るのが精一杯(セイイッパイ)だった。身体中が自分のものではないように(シビ)れて(タギ)ってしまっていても、まだ、と伝えてしまう自分が不思議(フシギ)でならなかったけれど、もうどうでも良かった。とにかく紳が悧羅の中から出て行くのが()えられずに出ようとすると、嫌だ、と哀願(アイガン)してしまうのだ。そんな悧羅に(コタ)えて紳も(イツク)しむ手を休めようとはしなかった。


やらなければならないことがあるのは分かってはいたけれど、どうしても(タガ)いが(タガ)いを離したくなかった。知らない場所に連れて行く、と言った紳の言葉はすでに()たされていたようにも悧羅は思ったけれど(ノボ)るたびに又(チガ)う世界が見える。幾度(イクド)も、だが(スベ)(コト)なる場に(イザナ)われて、それでも眠る事も許されない。今まで(ジョウ)()わしてきた中で()()()()()()()()()までされても(アラガ)う力など残っていなかった。数えきれないほどに(ムツ)み合って真っ白な世界に連れて行かれて紳と悧羅が同時に(タオ)れ込むように意識(イシキ)手放(テバナ)したのは大国(タイコク)から宮に戻って二日後のことだった。


先に目を覚ましたのは紳だった。悧羅の中に入ったまま(オオ)(カブ)さるように悧羅の上で眠ってしまっていたらしい。身体の下に悧羅の細く(ヤワ)らかな身体があることに(アワ)てて身を起こそうとしたが意識を手放(テバナ)して深い眠りに()ちているはずの悧羅の身体はそれを許さなかった。無意識(ムイシキ)の中ででも紳が自分から離れることを(コバ)んでいるかのようで(アマ)りの(イト)おしさについ口付けてしまう。だがこのままでは()(ツブ)してしまいそうで、ぐったりとした悧羅の身体に腕を廻してころりと体勢(タイセイ)を変える。悧羅を自分の身体の上に乗せるように整えるが余程(ヨホド)深い眠りについているようで身じろぎ一つしない。


いつもならほんの少しの音や動きで目を()ます悧羅が、ここまで深い眠りにつく事などなかった。特に粛清(シュクセイ)を行ってからのこの八月(ヤツキ)(ウナ)されている事も多かったし、いつもより眠りも浅かった。それが今は何も気づく事なく眠ってくれている。紳が無理(ムリ)をさせた事もあるかもしれないが(オダ)やかな寝顔(ネガオ)はそれだけで紳を安堵(アンド)させるには十分だった。長く(ツヤ)やかな髪を()いていると色々な事が思い出された。自分に(コタ)えて紳の手にかかって()ちていく悧羅の(ナマメ)かしい姿まで思い出されてまた(タギ)りそうになる自分を(オサ)える。


嫉妬(シット)(クル)ってるのは自分だけだと思っていたのにな、と苦笑しながらそれでも悧羅が涙を流すほどに紳が(ジョウ)()わした相手に()いてくれていたことが(ウレ)しかった。どうあっても悧羅を想う自分の想いの方が、悧羅が紳を想う気持ちよりも上回っていると思っていたから。


だが、違ったのだ。


本当に(タガ)いが唯一無二(ユイイツムニ)の存在だった。


媟雅(セツガ)(サズ)かった時に分かっていた事なのにこんなにもそれをひしひしと感じたことは初めてだった。それは悧羅に対する紳の()()と、無理をさせてはならないという自制心(ジセイシン)が働いていたからかもしれない。500年前に手を離してしまった後悔(コウカイ)自責(ジセキ)から何よりも大切に、壊物(コワレモノ)でも()れるかのように紳は悧羅を(イツク)しんできたけれど、想いのままに(イツク)しんで良かったのだ。どのように(イツク)しもうが悧羅への想いは変わらないし、悧羅が紳を想う気持ちも変わらないだろう。


悧羅の右手を取って顔の前に持ってくると、くっきりとした(チギ)りの疵痕(キズアト)が見えた。紳の左手にもある消えない疵痕(キズアト)だ。悧羅と手を(ツナ)ぐ時には疵痕(キズアト)(カサ)なるように(ツナ)ぐ。離れていても悧羅が苦しんでいたりすれば思いは疵痕(キズアト)を通して伝わってくるけれど、(カサ)ねていればより()く感じることができる。疵痕(キズアト)にそっと口付けてその手に自分の疵痕(キズアト)(カサ)ねて指を(カラ)ませる。途端(トタン)(サイワイ)に満ち(アフ)れた悧羅の想いが流れ込んできて()いた手で紳は悧羅の身体を抱きしめた。


本当に想いは同じなのだ。


流れ込む想いには紳への愛情しか感じない。

それもこれ以上ないほど、(スベ)てを(ササ)げる、というほどの想いだ。


ありがとう、と胸の上で眠る悧羅に紳は(ササヤ)くように伝えた。


「…俺を選んでくれて…、本当にありがとう…」


(カサ)ねた(チギ)りの疵痕(キズアト)から想いを流し込みながら紳は何度も(ササヤ)いた。聞こえていなくても疵痕(キズアト)から流れ込んで悧羅の身体や心を満たしてくれればそれでいい。目を()ましたなら一番に伝えればいいのだ。それでまた離せなくなったとしても、どうにかなるだろう。大国(タイコク)後始末(アトシマツ)(カン)することは悧羅の新しい眷属(ケンゾク)である哀玥(アイゲツ)が調べを進めているはずだ。宮廷(キュウテイ)内の事は王母(オウボ)の指示を待つしかないが、人の子の世の流れなのだからそのままに、と言われるだろう。紳や悧羅がすべき事は、姍寂(サンジャク)が残したモノが本当に残っていないのか、ほかにかけられた(マジナイ)があればそれを()くことだけだ。


全部片付(カタヅ)いたらゆっくり二人で逢引(アイビ)きでもしような。


胸の上で満たされたように眠り続ける悧羅の頭を()でながら、紳もまた目を閉じた。



次に目が覚めたのは戸の外から磐里(バンリ)加嬬(カジュ)の声が聞こえたからだった。お目覚めですか?、という(オダ)やかな声音(コワネ)に紳と悧羅は共に目を開けた。胸の上で目を(コス)っている悧羅の中に入ったままだった紳は苦笑しながら、出てもいい?、と(タズ)ねる。その問いに一瞬(イッシュン)何を聞かれているか分からなかったのだろう。きょとりとした悧羅が次には顔を赤らめて紳の胸に()()した。そのまま(ワズ)かに(ウナズ)く悧羅があまりに可愛(カワイ)くて紳は声を上げて笑いながら悧羅の中から出る。身体を(フル)わせた悧羅を布団に置いて(ヒタイ)に口付けてから紳は寝間着(ネマギ)(マト)って部屋の入り口を開く。


「おはよう。…悪いね、まだ出てこれないみたいだ」


廊下(ロウカ)に座っていた磐里(バンリ)加嬬(カジュ)が、まあまあ、と顔を(ホコロ)ばせて(ツクエ)の上の水差(ミズサ)しを新しいものに変えてくれた。お(ツト)めは無事に?、と聞く磐里(バンリ)に、一応(イチオウ)はね、と紳が肩を(スク)める。


「まだ後始末(アトシマツ)が残ってるからあと数回は()りなきゃならないだろうけどね。荊軻(ケイカツ)達に(シラ)せるのは全部終わってからになりそうだよ」


「それは(ヨロ)しゅうございました。一昨晩(イッサクバン)お戻りではなかったようですのに、お部屋に血の(アト)がございましたので、何かあったのではないかと私共(ワタクシドモ)(アン)じておりましたから」


ほっと肩を落とす磐里(バンリ)に紳は苦笑する。(アワ)てて大蛇(ウワバミ)(ギョク)を取りに戻った時に血が落ちたのだろう。気づいたのは磐里達(バンリタチ)だけか?、と(タズ)ねると、妲己(ダッキ)も、と応えが返ってきた。


「妲己はすぐにでも血の後を追いたがったのですけれど、御子(オコ)方の手前(テマエ)(ヒカ)えたようでございました。後程(ノチホド)お顔をみれれば安堵(アンド)(イタ)しますでしょう」


微笑(ホホエ)磐里(バンリ)に、わかった、と紳は(ウナズ)いた。紳も悧羅もいない間、宮の護りを固めるのは妲己の役目だ。媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝珈(ワカ)であればすでに自分の身は自分で護れるが下の皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)はまだそうはいかない。先日のように舜啓(シュンケイ)が宮に(トド)まっていてくれるならば妲己の負担(フタン)も少なくなるだろうが、それはそれで紳にとっては複雑(フクザツ)に感じてしまう。

いざとなれば、近衛隊(コノエタイ)武官隊(ブカンタイ)隊士達(タイシタチ)も宮の護りを固めにくるはずだけれど、それでも妲己がいてくれているから紳も悧羅も王母(オウボ)(ニン)で里を離れることができるのだ。


「悧羅が起き上がれるようになったら妲己に一番に会いに行くことにするよ。子ども達は?」


笑う紳に、もう学舎(マナビヤ)へ、と加嬬(カジュ)が応える。そんなに長く眠っていたのか、と思っているとその思いを読んだのか、もう()(コク)を過ぎておりますれば、と小さく笑っている。


「もう少し(イタ)しましたら軽いお食餌(ショクジ)をお持ちいたしますね。湯殿(ユドノ)も整えておりますのでいつでもお使いくださいませ」


分かった、と礼を言いながら紳が思い出したように、そうだ、と(ツブヤ)いた。


「新しい家族が出来たんだよ。まだ大国(タイコク)に降ろしてるから今度一緒に戻ってくると思う。そいつがどうやって過ごすかは分からないけど、一応(イチオウ)妲己みたいな部屋を用意してやっててくれる?」


まあ、と女官(ニョカン)二人が目を丸くする。家族、だと言われたから悧羅が懐妊(カイニン)したのか、と期待(キタイ)してしまったが紳の話し()りではそうではないらしい。


「妲己のようなものなのですか?」


()()なるものかな?妲己が(オコ)らなければ良いけどね。形は妲己とは全然違うから最初は戸惑(トマド)うかも知れないけど、悧羅を(アルジ)だって決めてるから力になってくれると思うよ」


(サト)すように話す紳に、かしこまりました、と礼を取って二人が部屋を出て行った。静かに閉められた戸を見やりながら、水差(ミズサ)しから新しく冷えた水を飲んで悧羅にも持っていく。紳から降ろされたままの姿で布団に顔を(ウズ)めている悧羅の名を呼ぶと顔を見せないまま頭を振っている。


「なに?どうしたの?」


苦笑しながら悧羅の横に座ると、ちらり、と視線だけが紳を(トラ)えた。水の入った湯呑(ユノ)みを枕元(マクラモト)に置いてもう一度、悧羅?、と名を呼ぶと視線が外される。


「…恥ずかしゅうてかなわぬ…。あのようになるまで(オボ)れてしまうとは思うておらなんだ…」


()せた顔は見えないが耳が赤く()まっていることに気づいて紳は悧羅を抱き上げた。これ、と(アセ)る悧羅に、駄目(ダメ)、と笑って膝に座らせる。両手で顔を(オオ)った悧羅の手を(ハズ)そうとすると、嫌じゃ、と首を振っている。


「嫌だじゃないでしょ?そんな風にされてたら口付けることも出来ないじゃないか。それとももう一回(オボ)れさせたら手が離れるかな?」


くすくすと笑いながら言うと、これ以上は、と悧羅も(アワ)てたように手を離したが、まだ赤く火照(ホテ)った顔を紳の胸に(ウズ)めて隠してしまった。その姿が今まで見たことのないほど可愛(カワイ)い姿であったので、紳は声を上げて笑ってしまう。


「何でそんなに可愛(カワイ)いんだよ。困るなあ」


笑う紳に、揶揄(カラカ)うでない、と恥ずかしそうな悧羅の声が届く。紳としては本音(ホンネ)を言っただけなのだけれど悧羅は揶揄(カラカ)われたと思ったのだろう。小さく笑い続けながら紳は悧羅の小さな(アゴ)に手を当てて上向かせる。そのまま深く口付けると悧羅の身体がまた震え出した。


「本当に(コマ)った(ヒト)だよ。これ以上(サソ)われたらまた寝所(シンジョ)から出れなくなるでしょ?さすがに後始末(アトシマツ)に行かないと哀玥(アイゲツ)も待ってるだろうしね」


(タギ)る自分をどうにか(オサ)えて笑い続ける紳の胸にまた悧羅は顔を(ウズ)めた。どうあっても今は顔を見られるのは恥ずかしくて(タマ)らない。


「…(サソ)ってなどおらぬではないか…」


(ツブヤ)くように言う悧羅の背中を紳が指でなぞるとまた身体が()(カエ)り始める。


「これで(サソ)ってないって言えるの?」


揶揄(カラカラ)う紳に、これ、と悧羅は身体を離そうとする。それを離さないように抱きしめると悧羅を抱き上げて自分の方に身体を向けさせた。


「やっぱり無理みたいだ」


苦笑しながら悧羅の身体を持ち上げてゆっくりと降ろしながら、中に入り込むとそれだけで悧羅の身体がびくりと大きく震えた。


「…っ!だがこれ以上は…っ」


入り込んだだけで息も声も乱れる悧羅に紳は笑って、大丈夫、と伝える。


「夜にしかあそこまで()とさないから。確かめるだけだよ、俺だけの悧羅だってことをね」


だから見せてね?、と笑う紳の首に悧羅のしなやかな腕が廻された。





___________________________________


紳と悧羅が大国(タイコク)宮廷(キュウテイ)の屋根に降り立ったのはその日の月が高く昇ってからの事だった。王母(オウボ)から(タマワ)った漆黒(シッコク)(コロモ)(マト)って降りたった二人の前に哀玥(アイゲツ)行儀(ギョウギ)よく座して待っていた。腕の中から悧羅を降ろそうとして紳は苦笑しながら、立てる?、と(タズ)ねる。寝所(シンジョ)から出ようとした悧羅は腰から下が震えて立つ事がままならなかったのだ。宮の中の事であったので紳が悧羅を抱いて動いていたが、(オボ)れて()ち続けた悧羅にとっては衝撃(ショウゲキ)だったらしく、また顔を赤らめていた。何があった?、と心配して(タズ)ねる妲己(ダッキ)にも、何でもない、としか悧羅は応えられなかった。


「俺にとってはこれ以上ない(ホマレ)だけどね」


そう伝えてみたがやはり悧羅は恥ずかしかったようだ。少しの(ジカン)であれば立てるようにも歩けるようにもなった悧羅を連れて宮を出たのは夕刻(ユウコク)の事だった。空を()けながらも、今日も(オボ)れてもらうからね、と笑った紳に、これ以上かえ?、と悧羅はまた顔を赤らめていた。


本当に(アイ)らしくて(タマ)らなくなる。


くすくすと笑い続けている紳に(アキ)らめたように、悧羅が溜息(タメイキ)をついていた。


(クル)うほどに(オボ)れさせて欲しいと言うたは(ワラワ)であったからの…」


「そうだよ?悧羅が悪いね、俺の(タガ)(ハズ)しちゃったのは悧羅なんだから」


「そうであればやむを()ないであろうな。…(ワラワ)が望んだことであるしの。なれど、…その…、少しばかり手加減(テカゲン)を…」


()じらうようにまた顔を赤らめながら言う悧羅に、(イヤ)だ、と紳は笑うしかない。


「しばらくは手加減(テカゲン)なんてしないよ。あんなに可愛(カワイ)い姿を見れるのは俺だけなんだから。まだまだ見せてもらわないと()りてないんだからね」


笑い続ける紳に悧羅がますます顔を赤らめるのが見えて、こんな姿を見たことのある者はいないだろう、と紳は優越感(ユウエツカン)(ヒタ)ることが出来た。とにもかくにも早く後始末(アトシマツ)を済ませてしまわないと、悧羅を()でる(ジカン)が少なくなってしまう。幾日(イクニチ)も顔を見ていない子ども達も心配ではあったので、少し立てるようになった悧羅と共に大国(タイコク)に降りたのだ。


屋根の上に立った悧羅に哀玥(アイゲツ)()せて礼を取っている。これが本当に()()犬神(イヌガミ)なのか、と紳は(イブカ)しんでしまう。頭しかなかったはずの哀玥(アイゲツ)には体躯(カラダ)が出来ているし、それも王母(オウボ)御力(ミチカラ)()せる(ワザ)なのだろう。哀玥(アイゲツ)、と悧羅が呼ぶと()していた体躯(カラダ)を起こして悧羅の足元に()り寄ってくる。大きな体躯(カラダ)を悧羅が撫でると(ウレ)しそうに()いていた。


「待たせてすまなんだな。(ツカ)れてはおらぬかえ?」


“なんの。(アルジ)よりの初の(メイ)でございますれば、(ホマレ)に思うばかりでございます”


低い声音(コワネ)で喜びを(カク)せずに(ヘビ)の尾を振る哀玥(アイゲツ)に、そうか、と悧羅は微笑(ホホエ)む。


「して、どうであった?」


哀玥(アイゲツ)の頭を撫でることをやめずに悧羅が問うと、(フタ)つばかり、と甘えるような声で哀玥(アイゲツ)(コタ)えた。


小生(ショウセイ)が作られた時にはすでに()()()十体(ジュッタイ)は作っておったはずでございます。おる場は同じ(マジナイ)で作られた小生(ショウセイ)が引き合いまする。()()()が作ったモノが二体(ニタイ)残っておりましたが、まだ小さきモノでございました。()()におったモノに近づくことが出来なんだのでしょう”


(スデ)に取り込んでおります、と言う哀玥(アイゲツ)に、そうか、と悧羅が笑う。


“後は虫を使った蠱毒(コドク)(イク)つかございましたが焼き払いましてございますが、()()()が作ったモノ以外は捨て置いております”


「人の子が作ったモノ…ってこと?」


哀玥(アイゲツ)(シラ)せに考え込みながら紳が聞くと、(シカ)り、と声が返ってくる。


「人の子が人の子を(ノロ)うために作りしモノであれば、(ワラワ)らが手を出すまでもあるまいな」


なるほど、と(ウナズ)く紳の前で哀玥(アイゲツ)(ウナズ)いている。人の子の()すことで悧羅や王母(オウボ)の治める場に(アヤ)うさが(オヨ)ばないのであれば悧羅達が手を出すことは(ユル)されない。それは人の子の世の(コトワリ)(カカ)わる、ということになるからだ。悧羅達が人の子に(カカ)わるのは王母(オウボ)(ニン)が下りた時だけに(カギ)っていた。


宮廷(キュウテイ)の中のこともそのままに。猩々(ショウジョウ)金華猫(キンカビョウ)なども元来(ガンライ)大国(タイコク)に住まう(アヤカシ)でございますので、小生(ショウセイ)手出(テダ)しはしておりませぬ。…(アルジ)(キバ)()かんとすれば容赦(ヨウシャ)(イタ)しませぬが、()()()()()()()()(コボ)れ落としたモノを(ネラ)っておっただけのようでございますから”


うん、と微笑(ホホエ)みながら(ウナズ)く悧羅に甘えるように哀玥(アイゲツ)がますます()り寄っている。ようやってくれた、と()められて満足(マンゾク)そうに哀玥(アイゲツ)が小さく鳴いた。それを笑いながら撫でて、悧羅は大国(タイコク)全土(ゼンド)()る。宮廷(キュウテイ)巣食(スク)っていた犬神(イヌガミ)禍々(マガマガ)しさが消えたせいなのか、容易(タヤス)全土(ゼンド)に悧羅の結界(ケッカイ)が張れる。哀玥(アイゲツ)(シラ)せ通り姍寂(サンジャク)や他の鬼の気配(ケハイ)はないが、人の子が作ったのであろう弱い(マジナイ)気配(ケハイ)はある。時折能力(チカラ)の強い人の子の気配(ケハイ)妖達(アヤカシタチ)所在(ショザイ)が感じ取れるが、道士(ドウシ)大国(タイコク)住処(スミカ)にしている妖達(アヤカシタチ)であれば、こちらから手を出す必要はない。


結界(ケッカイ)()いて、よろしかろう、と(ウナズ)く。後のことはまたどうにかして欲しければ王母(オウボ)から呼ばれるはずだ。だがどうしても(ヌグ)いされない思いがある。哀玥(アイゲツ)、と呼ぶとそれだけで悧羅の意図(イト)(サッ)したように哀玥(アイゲツ)は悧羅から体躯(タイク)を離した。


“…()()(コワ)れ始めていたのは小生(ショウセイ)が作られる前からのようでございます。最期(サイゴ)(コワ)したのは小生(ショウセイ)でございますが、一つ気になる事がございます”


気になること?、と紳が首を(カシ)げた。大国(タイコク)の問題が片付(カタヅ)いたなら一旦(イッタン)終わりだ、と思っていたのだが、悧羅も哀玥(アイゲツ)も違うようだ。どういうこと?、と悧羅に視線を(ウツ)すと(アゴ)優美(ユウビ)な指を当てて考え込んでいるようだ。


「…いや…。姍寂(サンジャク)一人で行ったにしては(アマ)りにも(コト)(オオ)きゅう気がしてならぬでの。(コワ)れておったにしても(ガク)(フコ)うあったとしても。哀玥(アイゲツ)一人を作るのであらばどうにかなろうが、そうであれば八月(ヤツキ)前の粛清(シュクセイ)(スベ)片付(カタヅ)いておったように思えてならぬ…」


悧羅にとってはそこが一番頭の中に渦巻(ウズマ)いていた。哀玥(アイゲツ)を使えば一万の民を(マド)わすことが出来たのは納得(ナットク)がいく。だが()()()()()(ケン)のように十体(ジュッタイ)犬神(イヌガミ)を作り、それをまた蠱毒(コドク)のようにして落ち着いた頃の里や悧羅達を(オソ)わせることまで姍寂(サンジャク)が一人で考えられただろうか?


何かがある、と王母(オウボ)の場で感じたのは大国(タイコク)犬神(イヌガミ)の後ろに何かがいる、と感じたからだ。


「それって、まだ片付(カタヅ)いてないってこと?」


(マユ)(ヒソ)める紳に、そのような気がするだけだ、と悧羅は小さく笑う。ただの小さな考え違いだと思いたかった。けれど哀玥(アイゲツ)は、()、と悧羅の考えを肯定(コウテイ)した。


小生(ショウセイ)()ろうた()()()(ヤシキ)に居たのは二体(ニタイ)()()()の父母でございましょう。…もう一人、歳若(トシワカ)い鬼がおったはずでございますが小生(ショウセイ)()い出た時には姿が見えませんでした”


そうか、と悧羅は嘆息(タンソク)した。哀玥(アイゲツ)()ってしまったと思っていた姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)が残っている、ということだ。()()()()では何体の鬼が()われていたか判断(ハンダン)困難(コンナン)であったろうし、(ヤシキ)が焼き(ハラ)われることも考えに入れていたのだとしたら姿を(クラ)ますことなど容易(タヤス)いだろう。


「…え?じゃあ、()()()黒幕(クロマク)ってこと?」


ますます(マユ)(ヒソ)める紳に、(イナ)、と悧羅は首を振った。


「それだけではここまでの事にはならぬであろう。…手を組んでおるモノがおる、と思うたほうがよろしかろう」


嘆息(タンソク)する悧羅に哀玥(アイゲツ)()り寄る。紳も悧羅の手を(ニギ)った。やっと悧羅をあの苦しみから()いてやれると思ったのにまだ続くのか、と思うと紳もまた嘆息(タンソク)するしかない。


()()()縁者(エンジャ)であれば小生(ショウセイ)気配(ケハイ)を覚えております。里に入る事を許していただけるのであればすぐに見つけて見せましょう。…()()()()()の話でございますが”


「…まあ、おらぬであろうな…。姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)であれば近隣(キンリン)の者達には顔が知れておろう。すでに里を出ておる、と思うておったがよろしかろうな」


(フタタ)び大きく嘆息(タンソク)した悧羅に、()、とまた哀玥(アイゲツ)が同意した。


“ナニモノと通じておったかまでは小生(ショウセイ)にも分かりかねます。作ったのは()()()でありました(ユエ)小生(ショウセイ)との制約(セイヤク)()()()との間に(ムス)ばれたものでございましたから。…お役に立てず申し訳ございません…”


(コウベ)()れる哀玥(アイゲツ)に、そのような事はない、と悧羅がまた頭を撫でた。


(ワラワ)の方でも調(シラ)べさせる(ユエ)。すまぬが哀玥(アイゲツ)、里に戻ったならば()()()気配(ケハイ)辿(タド)ってくりゃるかえ?」


“里に入ってもよろしいのでございますか?”


大きく目を見開く哀玥(アイゲツ)に、悧羅は、無論(ムロン)だ、と笑っている。紳も、入らないつもりだったの?、と(オドロ)いた顔をして哀玥(アイゲツ)を見た。


「俺、もう新しい家族が出来たから部屋を用意するように女官達(ニョカンタチ)に伝えちゃったよ?」


その言葉に哀玥(アイゲツ)が目を丸くして紳を振り(アオ)いだ。違うの?、と笑っている紳に哀玥(アイゲツ)が深く項垂(ウナダ)れる。


“…小生(ショウセイ)(アルジ)(ガイ)さんとして作られ申したのです。お呼びがかかれば(メイ)(ソム)くことは(イタ)さぬと(チカ)いまするが、御側(オソバ)近くに(ハベ)ることなど許されぬ、と思うておりました”


小さく鳴く哀玥(アイゲツ)の姿に、本当に変わったものだ、と紳も悧羅も苦笑する。項垂(ウナダ)れたままの哀玥(アイゲツ)の前に紳と悧羅がしゃがみ込んでそれぞれに頭を撫でる。


「でもお前は変わっただろう?悧羅を(アルジ)として認めて悧羅のために()くすんだろう?」


身命(シンメイ)にとして”


撫でられながらも項垂(ウナダ)れたままの哀玥(アイゲツ)に、じゃあ家族だ、と紳が笑う。


「俺達里の民達(タミタチ)は悧羅を護るためにいる。悧羅はその民達(タミタチ)を護るためにいてくれている。お前が悧羅のために()くすなら悧羅の大事なものも一緒に護ってくれるんだろ?」


無論(ムロン)です、と応える哀玥(アイゲツ)に、じゃあ(ソバ)にいないとね、と紳は撫でる手を降ろした。顔を上げて悧羅を見た哀玥(アイゲツ)(ヤワ)らかな微笑みをたたえた悧羅が見えた。微笑みながら(ウナズ)く悧羅に、感謝(カンシャ)申し上げます、とまた項垂(ウナダ)れる哀玥(アイゲツ)の名を悧羅が優しく呼ぶ。ゆっくりと顔を上げた視線を受け止めて悧羅はその頭をもう一度撫でた。


(ワラワ)にはここにおる紳との間に六人の子がおる。其方(ソナタ)よりも長く(ワラワ)(ソバ)におってくれた妲己(ダッキ)という(キツネ)(アヤカシ)も大切な者じゃ。…其方(ソナタ)も共に護ってくりゃるかえ?」


悧羅の言葉に哀玥(アイゲツ)がその場に()した。御意(ギョイ)のままに、と(フル)える声で言う姿に笑って悧羅はその背中を撫でた。


「では一度(イト)しい者達のおる場に戻るとしようかの。妲己(ダッキ)哀玥(アイゲツ)()かねば良いがの」


くすくすと笑いながら立ち上がった悧羅を紳が抱き上げる。


「まだ()けられないでしょ?」


悪戯(イタズラ)に笑う紳の言葉に少しばかり顔を赤らめながら悧羅は哀玥(アイゲツ)に、戻るえ、と微笑んだ。

まだまだ困難が続きそうです。

さて、どうなりますやら。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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