糺す【肆】《タダス【シ】》
こんにちは。
遅くなりましたが更新します。
ギリギリラインばかりになってしまったので、苦手な方はご注意を下さい。
一昼夜ぶりに戻った宮はすでに寝静まって暗くなっていたが、紳と悧羅の自室にだけは仄かに灯が灯されていた。戻らなかった昨夜もきっと磐里と加嬬が支度だけは整えていてくれていたのだろう。夜が明ければ又大国に降りて確かめなければならない事が多々あるが、まずはゆっくりと湯を使いたかった。悧羅を抱き上げたままで何も言わずにそのまま湯殿に向かう紳もどうやら同じ思いの様だ。
「変わりがなかったわけでも無さそうだね」
宮の気配を探っていると紳が小さく笑いながら悧羅を見る。言わんとすることは悧羅にも分かった。いつもの子ども達と妲己、女官二人の気配の他にもう一つ馴染みのある気配を感じたのだ。しかもそれは二人の娘である媟雅と共にいるのが感じ取れる。そのようだ、と笑う悧羅と共に湯殿に入り二人で湯を使っていると、どちらともなく笑いが出てしまう。くすくすと笑う悧羅に湯を掛けながら、紳は、何だか複雑なんだけど、と小さく嘆息した。その気持ちは悧羅も同じではあったが、媟雅が自分の意思で決めた事ならばなにも言うことはない。
「その様なことを言うたとて、紳とて媟雅の歳の頃には情を交わす者くらいおったであろ?」
揶揄うように言う悧羅に、それはそうだけど、と紳が頭から湯を掛ける。
「そんな意地悪言わないでよ。…あ、ちょっと妬いてくれてる?」
顔に掛かった湯を拭きとっている悧羅の顔を覗き込んで少しばかり嬉しそうな顔で見られて悧羅は、少しな、と苦笑した。応えを聞くなり深く口付けられて体勢を崩しそうになった悧羅の身体を紳が抱きとめる。
「悧羅に妬かれるのって俺凄く嬉しいんだよね」
唇は離したが悧羅の身体は離さないままで紳が嬉しそうに笑う。そのまま抱き上げて湯に浸かるとまた深く口付けられて悧羅は身体の芯が痺れてしまう。
「…また其方はそのようなことばかり言うて…」
乱れた息の中から責めるように呟く悧羅に紳は、本当に嬉しいんだよ?、と笑いながら今度は啄むように濡れた唇を吸いあげてくる。ますます身体が痺れてきて、紳、と悧羅は名を呼ぶしかない。潤んだ目で見つめられながら乞われて紳は笑みを深くする。揶揄われた仕返しとでも言う様に、なあに?、と意地悪に笑っている。既に身体が痺れ始めてしまった悧羅は困った様に首を傾げて紳の頬を包んだ。
「寝所に入ってはくれぬか?」
とろりとした目で乞われて、ここじゃなくていいの?、と紳は苦笑している。
「媟雅達が来るやもしれぬからな。…寝所までは持つであろうて」
「…そんなに堪えきれなくなったゃったの?」
くすくすと笑いながら悧羅の背中を指でなぞるとそれだけで悧羅の身体がびくりと反り返る。だからならぬと言うに、とますます潤む目で見られて紳も自分が沸るのを止められなかった。これは本当に悧羅の言う通り寝所に入らないと、朝までここで組み敷いてしまいそうだった。わかった、と悧羅を離して湯船を出てから身体の水気をふわりとした手拭いでとっていく。一足先に寝間着を纏った紳が悧羅の髪の水気を拭き取ってくれる。髪を任せて悧羅も寝間着に袖を通して整えると、ある程度髪の水気を取った手拭いを紳は投げ捨てた。
手を引いて自室に入ると卓の上に支度されていた水差しから互いに水を飲む。火照った身体が少しは冷えるか、とも思ったのだが二人には全く効果がなかった。まあ無理だよね、と苦笑しながら紳は悧羅の手を引いて寝所に入る。互いに衣を脱ごうとして、紳が悧羅の手を止めた。おや?、と首を傾げる悧羅に、駄目だよ、と言い聞かせた。
「それは俺がしたい事なんだから、楽しみを取り上げないでくれる?」
「そういうものなのかえ?…紳は妾には分からぬことを楽しみにしておるのだな」
くすりと笑って悧羅は寝間着をもう一度整えた。まあ分からないかもね、と苦笑しながら悧羅の寝間着をずらして白い肌を出すと口付けながらそのまま布団に押し倒す。しなやかな腕が紳の首に廻されて、紳の身体の芯にも痺れが走る。いつものように|慈《イ《ツク》しみを始めようとした紳に悧羅が首を振った。
「なあに?どうしたの?」
笑って聞く紳に悧羅が小さく笑って見せた。
「…ここまで堪えたのだえ?…まずは妾の中に入ってはくれまいか?」
恥じらいながら紳から少しだけ視線を外して告げられて、ああもう!、と紳は悧羅を強く抱きしめた。細い脚を片方だけ持ち上げて一気に悧羅の中に入り込む。するり、と受け入れてくれた悧羅は願ったものの一気に中に入り込まれて甘い声を堪えきれなかったようだ。奥まで入り込んで一旦止まると紳は悧羅の頭を撫でる。
「そんなに俺が欲しかったの?」
額に口付けながら聞くと、困ったように悧羅が小さく笑っている。
「…そうでなければ願わぬであろ?…早く貰わねば嫉妬でどうにかなってしまうほどに」
「それを言うなら俺だって嫉妬でいつも狂いそうだよ?俺以外にも悧羅の艶かしい姿を知ってる奴がいるんだから」
額を付けて囁く紳に、おや?、と悧羅がきょとりとした。
「…妾は紳に伝えておらなんだかの?」
首を傾げる悧羅に、何を?、と紳が聞き返すしながらもっと奥に入り込むと甘い声が聞こえた。
「妾は紳と情を交わすまでこのように乱れたことなどなかったえ?ただひたすらに耐えておっただけのことであった故。声を上げたことも応えたことも、果てたことすらない」
喘ぎそうになる声を堪えながら伝える悧羅に、え?、と今度は紳が首を傾げた。
「…本当に…?」
沸き上がってくる幸福感を必死に抑えながら聞く紳に悧羅は何でもないように大きく頷いている。
「華も触れさせとうなかった故、寝間着を取ることも許しておらなんだ。寝間着の上から触れられたことはあったがな」
「何でそこまで我慢したの?堪えるのって、かなりきついでしょ?」
情を交わすのは鬼にとっては本能のようなものだ。契りを交わさずともただの日々の愉悦の一つでもある。悧羅と出会う前の紳もそうやって情を交わしながら過ごしていた。寄ってくる鬼女は多かったから自分で探したり誘ったりすることまではしなかったけれど、誘われて別に嫌だと思わなければ応じていた。男鬼にとれば鬼女を自分の腕の中で乱れさせ果てさせることが愉しいものなのだ。堪えられればそれだけどうにか堪えられないほどに攻め立てて乱れさせるように努める。それを堪えるのは鬼女にとっても辛いものではないのか、と思う。鬼としての本能にさえ逆らっている、ということにもなるからだ。
まあ、紳にとっては相手が果てようが果てまいが自分の欲さえ吐き出せれば良かったので、そこまで相手を慈しむようなことはしていなかったけれど。
今思えば最低なことをしていたものだ、と自嘲する紳に悧羅の声が届く。
「堪えておったわけではない。…ただ苦痛であっただけ故、嫌悪しかなかったからの。快楽など求めてもおらなんだし、早う終わることだけを考えておったに。肌が触れ合うことすら嫌であったな」
眉を顰めて思い出したくもない記憶を辿ると、小さく嘆息が出てしまう。腕の中に容易く収まっている悧羅の頬に紳が口付けると蘇っていた思い出から解き放たれる。
「じゃあ、華も直に触らせたことないの?」
うん?、と悧羅が首を傾げた。触れられないように隠していたのは事実だ。夜伽の礼を取りに来た者達にも、寝間着を取らないことと華に触れないことを制約させていた。
「…まあ、そうだの。出来るだけ…、とでも言うておこうかの。衣の上からは触れられておったに。…ああ、唯一許しておったは舜啓だけであったな。共に湯浴みをしておった故」
共に湯浴みをすると、すっごおい、とにこにこして華に触れたがる舜啓にはさすがに悧羅も駄目だとは言えなかった。何より自分の子のようなものだ、と思っていたから特段許しを与えるものでもなかったのだ。
「…なあんだ、じゃあ悧羅のこういう姿を知ってるのは俺だけなの?」
考えに耽っていた悧羅を紳が勢いをつけて突き上げ始める。前触れもなくかき乱されて息を呑みながらどんどんと昇らされて込み上げる声を抑えることも出来ずに悧羅の身体が反り返って中に入ったままの紳を締め付けた。激しく締めつけられて果てそうになるのを堪えながら紳は悧羅を逃がさないように強く抱きしめる。勢いを緩めることなく、更に攻めたてると何度も何度も悧羅の身体が反り返り、その度に強く紳を締めつけた。
「しばし…っ」
待て、と言いたいのだろうことは分かったがそれを聞いてやれるほど今の紳には余裕がなかった。
初めて悧羅と情を交わした時に腕の中で乱れて喘いで幾度も果てる艶かしい悧羅の姿と、細くしなやかな身体と左肩に美しく咲く蓮の華を先に見て触れたことのある男がいるのだ、ということに腑が千切れそうだった。あの時手を離さなければこんな姿を誰に見せることもなく紳だけのものにしておけたのに、と思えば悔しくて仕方がなかった。破瓜の相手も自分が務めたかった、と心の底から後悔した。
けれど、悧羅から初めて聞かされた言葉は紳にとってこれ以上無いほどの倖だった。腕の中から自分の名を呼んで慈しむ事に抗いもせずに応えて肌を直に重ねることも許されていたのは紳だけであったのだ。そう思えば身体の芯から、ぶるりとした震えが上がる。一度動きを止めると幾度も果てさせられた悧羅は息も荒れてくったりとしている。その身体を抱き起こそうと触れただけで、びくりと悧羅の身体が震えて甘い声が聞こえてくる。
悧羅の中から出ることはせずに布団の上に座るとより深く入り込まれて、悧羅から堪えきれないような喘ぎが漏れる。無意識に閉じようとする悧羅の細い脚を開かせて自分を挟ませると、その動きだけで甘い声が漏れる。背中を指ですっとなぞると堪ないとでもいうように悧羅が紳にしがみついた。
「そういう大事なことは早く言ってよね」
愛おしい身体を抱きしめて紳が言うと、腕の中から潤んだ目が仰ぎ見てくる。濡れて赤くなった唇に口付けながら強く抱きしめると、だから、と悧羅が囁いた。
「妾のほうが…、妬いてしまう故…」
どうして?、と小さく笑いながら悧羅の額に口付けると困ったように顔を背ける姿が映る。その姿が可愛くてつい意地悪をしたくなってしまう。
「ねえってば。どうしてか教えてよ?」
先の言葉が聞きたくて紳は追い討ちをかけるようにもう一度悧羅の背中を指でなぞった。びくりと震えあがる悧羅の身体を押し付けるようにしてますます奥深くに入り込むと甘い声と共に、また悧羅が果てたのが分かる。倒れこみそうになる身体を紳にしがみついて支えている悧羅に、ねえ?、と紳の笑いを含んだ声が降ってくる。
「…教えてくれないと、もう終わりにしちゃうよ?」
悧羅の耳元で紳が囁くとそれだけで悧羅の身体が震えてしまう。囁いた耳を優しく噛まれて、悧羅の身体がまた痺れ始めた。それは嫌だ、と言う悧羅を押さえつけて動き出すと細い腕が、必死に紳にしがみついた。ほら早く?、と笑う紳に攻めたてられながら荒れる息の中から、分かったから、と悧羅が訴えた。このまま攻め続けていられては言葉を出すことさえ許されない。ただ翻弄されるままに紳によって官能を与え続けられるだけだ。
「やっと教えてくれる気になったの?」
苦笑しながらまた悧羅を押しつけて深い場所で僅かに動くと背中に廻されていた悧羅の手に力が入って紳の背中に爪跡が着く。ほら、と先を促す紳から、もう一度顔を背けて悧羅はほんの少し頬を膨らませた。
「…紳は妾の他の者にもこうして慈しみを与えておったのであろ?妾の他にも紳に慈しまれながら愉悦に浸り果てさせてもろうた者がおると思うたら…。気が狂いそうになるのじゃ…」
荒れた息の中から淋しそうな震える声音がして紳はぶるり、と身体が震えるのが分かった。悧羅、と名を呼ぶが顔を背けたままで悧羅は頭を紳の胸に預けている。もう一度名を呼ぶと小さく頭が振られた。今は顔を見られたく無い、ということだろう。くすくすと笑いながら、悧羅、と呼んで両手で小さな頭を包んで紳は悧羅の顔を自分に向けさせた。与えた快楽で潤んでいる目に薄らと涙が浮かんでいる。嫉妬に狂っているのは自分だけだと思っていたけれど、どうやら本当に悧羅も本当に苦しく思っていたようだ。まだ顔を背けようとする悧羅の顔を優しく留めおいて紳はそっと口付ける。
「…馬鹿だなぁ…。そんなこと気に病んでたの?」
小さく笑うと、そのようなことではない、とまた悧羅は顔を背けようとする。それを駄目だよ?、と留め置いて深く深く口付けながら悧羅を布団に押し倒した。そのまま激しく動き出すとくぐもった声が漏れだしてくる。息が苦しくなって唇を離した悧羅を追うように口付け続けると離れていた腕が紳の背中に廻されて抱きついてくる。頭を振って、無理だ、と訴える悧羅に構うことなく動き続けるとこれまでで一番激しく身体が跳ねた。思わず唇を離して逃げようとする悧羅に、駄目、と紳が伝えると潤んだ目に浮かんでいた涙が溢れて落ちた。
頬に口付けてそれを受け止めながらも動きを止めないでいる紳に翻弄されるままに悧羅は幾度も昇らされて幾度も果てる。その間中締め付けられて紳も一度奥深くで果てたけれど、それでも動きは止めることはしない。息を整えることも出来ずに喘ぎと甘い声を聞かせ続けられて紳も止まることが出来ない。何よりもあんなに可愛らしい嫉妬を聞かせられてやめられるわけもない。
何度も、待ってくれ、と甘い声の中から言われるが無理なのだ。もう一度悧羅の奥深くで吐き出してから、ようやく動きを止めると紳の背中から力なく腕が落ちた。乱れきった悧羅に軽く口付けるが悧羅はされるがままだ。
「まだだよ?」
その姿に苦笑しながらまた動き始めるとすぐに悧羅が果てる。耐えるように布団を掴んでいる悧羅の手を外させて、こっち、と細い腕を紳は自分の首に廻させた。苦しいほどに幾度も昇らされている悧羅には紳にしがみつく力も残っていない。それでもどうにか廻された腕で紳の身体に絡みつこうとする姿が愛おしくて全てを奪うように紳は悧羅の唇を奪った。呼吸することも許されないような快楽に悧羅も溺れるしかない。何度も、もう無理だ、と哀願しても止むことのない官能に悧羅の目から新しい涙が溢れてくる。また果てそうになって、悧羅は唇が離された合間に、紳、と名を呼ぶ。どうしようかな?、と悪戯な顔をする紳の息も乱れている。頼むから、ともう一度名を呼ぶと、もう、と笑いながら深く口付けてくれた。そのまま強く抱きしめられて激しさを増す紳の動きに耐えられずに大きく跳ねた悧羅と同時に奥深くで紳も果てた。
ぐったりと腕を落とした悧羅を口付けから解き放つととろりとした目から涙が沢山溢れ落ちている。紳自身も乱れた息の中から、悧羅、と名を呼ぶが言うことを聞かない身体を動かすことが出来ないのだろう。視線だけがゆっくりと紳を捉えた。
「今日はまだ駄目だよ?もっと俺のものにするからね?」
ゆっくりと動き出す紳に合わせてまた声を上げる額に口付けるとその軽い刺激だけですぐに果ててしまうほどに悧羅の身体は溺れてしまっている。紳と情を交わすようになって二十年になるけれど、ここまで攻めたてられて休息も与えられないことなどなかった。これまで与えられていた官能を遥かに凌ぐ強い快楽に抗うことさえできない。
いや…、抗いたくないのだ。
何処までも堕ちていく自分が分かってはいたけれど紳に堕とされるのであればそれは悧羅にとって倖でしかない。けれど果てさせられるたびにより深くより強くなる刺激に頭の奥まで痺れて何も考えることが出来なくなる。それでも唯一ちくりと心に棘のように刺さって抜けない思いはあるけれど、それを伝えた今でさえどうすることも出来ないことも分かっている。悧羅はどのような理由があろうと他の男に身体を許していたのだから、紳が誰と情を交わしていたとしても何も言えないのは分かっているのだ。それでも毎夜慈しまれるたびに、この腕やこの慈しみ方を知っている者が他にいるのだ、と思うだけで苦しくなっていた。
紳に慈しまれて悧羅と同じように果てさせた者が幾人いるかなどはわからない。悧羅と出会う前までの話だということも分かってはいるが、その事実がいつも刺さっていることは否めなかった。
何を言えるというのだ、と思っていたのについ伝えてしまった。
後悔しても遅い、と思いながらも考えがまとまらない。少し考えようとすると紳が与えてくる刺激が強さを増して襲ってくるからだ。
もう駄目だ、と悧羅は考えることさえもやめざるを得ない。ひたすらに与え続けられる快楽に抗えず求められるままに受け入れてまた数回果てさせられて一体これまでにどれだけ果てさせられたのかも分からない。横たえられている布団の衣擦れが触れることさえ刺激になってしまうくらいに身体は沸り切っている。いつもならば、おかしくなる、と紳に乞い願うところだが今日ばかりはおかしくなりたかった。言ってはならないことを伝えてしまったのだからそれを忘れるほどに、おかしくしてほしかった。
その思いは契りの疵から紳にも伝わってゆく。だからこそ紳も攻めることをやめないのだから。むしろおかしくなってくれるのならこれほど嬉しいことがあるだろうか?誰と情を交わしてもただ堪えるだけだった、と言ってくれた悧羅は紳の腕の中で乱れて応えてくれている。甘い声を上げて身体を沸らせて紳の慈しみや攻めに応えて昇り幾度も果ててくれている。その姿もその声も潤んで果てる前に口付けを乞う悧羅の姿を知っているものなど居なかったのだ。
本当に全てが紳のものであったのだ。
そう知ってしまったからには悧羅に与える快楽も官能も全て紳が与えて紳が教えた事になる。最上級のものをこれからもずっと与え続けていかなければ、と思えば手を休めることも出来ない。もう一度大きく跳ねる悧羅の身体を抱きしめると、更に深く入り込んで紳は動きを一旦とめた。
お互いが乱れた息の中で紳は悧羅の顔に張り付いた髪を取り除いていく。指が顔に触れるたびに、びくりと震える悧羅に苦笑しながら、あのね?、と紳は語りかけた。身体を動かすことも出来ない悧羅が視線だけを動かして見ると、穏やかな笑顔を浮かべている紳が見えた。乱れた疲れ切って声も出ない悧羅の唇を啄むと、また悧羅の身体が震えた。それに苦笑して紳は続ける。
「確かに俺は悧羅と会う前に情を交わす鬼女はいたよ?それこそ一夜限りで顔も覚えてない。勿論恋仲になったことがないわけじゃなかったけど、それも長続きしてないんだ。だけど、悧羅が心配してるようなことはない。確かに情は交わしてたけど悧羅にしてるみたいに心を込めてたわけじゃない。相手が果てようが果てまいがどうでもよかったし、自分の欲わ吐き出すためだけで交わしていたようなものだから、一晩に何回も求めた事もない」
荒れた息の中から見上げる悧羅の額に口付けると、また身体がびくりと震えている。悧羅の息はまだ整ってもいないし、目もとろりとし続けている。
「俺がこういう風に慈しむのは悧羅だからだよ。悧羅以外にこんなに丁寧にしたことないし、何度も果ててもらいたいって思ったこともない。何より悧羅を欲しがるみたいに、ずっと離さないなんてこともなかったんだから」
だから妬かなくていいよ?、ともう一度口付けると、真かえ?、と悧羅が呟く。それに笑顔で頷くと紳の頬に悧羅の手が触れた。気怠さですぐに落ちそうになる腕を紳が握って受け止める。
「…では、紳が妾のように慈しむのは妾だけなのかえ?」
「そうだよ?悧羅だから大切にしたいし悧羅だから慈しみたいんだよ?こんなに欲しがる俺もどうかしてるとは思うけどね」
肩を竦めながら言う紳に、よかった、と悧羅が大きく溜息をつく。
「…ほんに…、良かった…」
僅かに滲んでくる視界で悧羅は懸命に紳に手を伸ばした。うん、と笑っている紳の顔を引き寄せて深く口付ける。
この慈しみ方を知っているのが悧羅だけなのだとしたら、何を嫉妬に狂うことがあっただろう。胸の奥に刺さっていた棘が抜け落ちていくのを感じながら悧羅は唇を離した。唇が触れ合うほどの距離で、ならば、と悧羅は乱れた息の中から紳を見つめた。流れ落ちる涙もそのままに、狂わせてくれ、と乞う。
「今もこれからも紳が妾のように慈しむものがいないのであれば、日々妾を紳が与えてくれる快楽で堕として狂うほどに溺れさせてたもれ」
願う悧羅に深く口付けて紳は笑う。もちろん、と言いながら紳は少しばかり悧羅の中の奥に進んだ。喘ぎに変わる声に被せるように紳は優しく語りかける。
「悧羅が知らなかったところに俺が連れて行くよ。おかしくなるって言われても止められないからね?」
いい?、と聞くが攻められている悧羅にはもう応える術はない。ただ紳の与えてくれる快楽に溺れるように沈んでいくのだけが分かったが、抗うことは出来なかった。
お楽しみいただけましたか?
ありがとうございました。