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糺す【弐】《タダス【ニ】》

こんにちは。

更新しますがギリギリラインがあります。

苦手な方はご注意下さい。

名を呼ばれた気がして悧羅(リラ)重苦(オモクル)しいながらもゆっくりと目を開けた。ぼんやりと見え始めた場は(ミヤ)ではない。見たこともない天井(テンジョウ)だが、自分が布団(フトン)に寝せられているのは背中に当たる感触(カンショク)で何となく分かった。目を開けたは良いが(マブタ)を開けていることさえも(ツラ)くて又目を閉じようとすると、悧羅!、と名を呼ばれた。聞き慣れた声と(ノゾ)き込むようにして見下ろしてくる(シン)の顔が見える。紳?、と声を出したつもりだったが(カス)れて声にならず、ただ(クチビル)が動いただけだったようだ。


「…良かった、目ぇ開けてくれた…」


ぼんやりとした視界(シカイ)の中で大きく肩を落として息をつく紳の姿が見えた。(ヒタイ)からかなりの(ハヤ)さで精気(セイキ)が送り込まれ続けているのも感じる事ができて、無理をしてくれるな、と腕を動かそうとしたのだが身体(カラダ)も重くて動かせない。


何がどうしたのであったか?


大きく息をつきながら思い出そうと悧羅は(ツト)める。身体の重さと(ニブ)く続く痛みとで気を抜けばまた目を閉じてしまいそうになるが、ああそうであった、と犬神(イヌガミ)の事を思い出した。悧羅を(ネラ)っているのであれば、と自分を(エサ)にしたまでは良かったが思いの(ホカ)深傷(フカデ)()わされてしまったのだ。思い出すと(ニブ)く続く痛みも重苦しい身体の事にも合点(ガテン)がいった。送り込まれ続ける精気(セイキ)身体(カラダ)(ユダ)ねてみるが余程(ヨホド)身体が(ホッ)しているのかどれだけ送り込まれても身体が(ラク)にならない。このままでは紳を枯渇(コカツ)させてしまいそうだ。()けつきそうな(ノド)からどうにか、もう良い、と声を(シボ)り出すが()れた声で言われても紳は首を振るばかりだ。


仕方あるまいな、ともう一度大きく息をついて背中の(ツボミ)に気持ちを集める。横たわっている悧羅の背中から(ホノ)かな虹色(ニジイロ)の光が(ホトバシ)り始めて紳が、悧羅!、と(イサ)めた。声は届くがこれ以上紳を(ツカ)れさせるのは悧羅にとっても(コノ)ましいことではない。全てを開かせるつもりは無いが身体の状況(ジョウキョウ)では開いてしまうかもしれない。だがそんなことなど(カマ)うことはない。背中が熱く熱を持って身体中に精気(セイキ)(メグ)っていくのを感じる。左肩や右足から腹にかけて続いていた(ニブ)い痛みも少しずつ退()いて消えていく。ふう、と息をつくと()けつくような(ノド)の痛みも消えていた。紳、と名を呼ぶとようやく声が出た。


(ナマリ)のように重苦しかった身体(カラダ)先刻(センコク)よりは軽くなっている。寝たままで両の指を動かしてみると(シビ)れは残っているが動かすことが出来て、とりあえず安堵(アンド)する。身体を起こそうとすると紳がそれを押し(トド)めた。


「まだ寝てて」


(ツブヤ)くように言った紳の顔は今にも泣き出しそうだ。腕を伸ばしてその(ホオ)に触れると()いた手で強く(ニギ)り返してくる。


「すまぬ…。(アヤ)うい目に合わせてしもうた…」


ゆっくりと伝えると大きく首を振る紳の目から大粒(オオツブ)(ナミダ)(アフ)れ出た。(ホオ)に当てたままの手に紳の涙が伝って、すまぬ、ともう一度悧羅は()びた。(ヒタイ)に当てられた手からはまだ紳の精気(セイキ)が流れ込んできている。背中がまだ熱いのは感じているので、悧羅の身体に(オウ)じてゆっくりと華開(ハナヒラ)いているのだろう。開き終われば身体に十分(ジュウブン)精気(セイキ)は戻るはずだ。


「…もう大事(ダイジ)ない(ユエ)、そう泣いてくれるな。紳が枯渇(コカツ)してしまっては(ワラワ)()(タマ)れぬ…」


伝う涙を(ヌグ)う手の(シビ)れも取れ始めている。足や手の指も冷たかったが血が(メグ)って(アタタ)かくなるのも感じ取れた。それでも紳は首を振りながら精気(セイキ)を送り込む事をやめはしない。


「…居なくなってしまうかと思ったじゃないか…!なんで…、何でこんな無理したの…っ!」


(ムセ)び泣きながら言う紳に悧羅は、すまぬ、と微笑(ホホエ)むしか出来ない。悧羅が意識を手放(テバナ)している間、不安で不安で仕方(シカタ)なかったのだろう。逆であれば悧羅もそうであったはずだ、とは思ったけれどこうするしかなかった。華が三つ残っていることもあり生命(イノチ)を取られる事はないと踏んでいたのだが、(キワ)どいところであったようだ。


「ほんに、すまなんだ…」


もう一度()びると紳が大きく首を振った。涙で(ニジ)んではいるが悧羅の顔には赤みが刺し始めている。一番の(アヤ)うさはどうにか()っしたようだ。()れて(モド)った時には()まれた場所からの血は止まらないし、千切(チギ)れかけた左腕(ヒダリウデ)右脚(ミギアシ)もどんなに精気(セイキ)を送り込んで治癒(チユ)術式(ジュツシキ)行使(コウシ)しても(ツナ)がらなかった。悧羅だけを置いていくのは身を切られる思いだったが一度宮に(モド)って大蛇(ウワバミ)(ギョク)を持ってきて身体に取り込みながら精気(セイキ)を送り込み続けてようやく血止(チド)めだけは出来たのだ。青ざめて真っ白になっていく顔から冷たさだけが伝わって500年前、腕の中で冷たくなっていく悧羅の姿と(カサ)なった。


(タノ)むから目を開けてくれ、と(イノ)るような気持ちで名を呼び続けて何百回と()ってから目を開けてくれたのだ。(アフ)れ出る涙を(アタタ)かさを取り戻した悧羅の指が(ヌグ)ってくれてやっと紳は大きく息をついた。ここは?、と(タズ)ねられて、自分の(ヤシキ)だ、と(コタ)える。()()()()の悧羅を宮に連れ帰る事など出来なかった。悧羅が最後に紳の名を呼んだのも宮には戻るな、という事だと分かっていたからだ。本当なら里に戻ることも悧羅は(コバ)んでいたのかも知れない。犬神(イヌガミ)(スデ)に悧羅の血の(ニオ)いを(オボ)えているはずだ。血の(ニオ)いを辿(タド)れば入り口近くまでは(セマ)ってくるだろう。一時的(イチジテキ)にその場に()(トド)めたとはいえ、長く持つとは思えない。里を(アヤ)うくするかもしれないとは考えないでも無かったが、悧羅を(トド)めるには里に帰って大蛇(ウワバミ)(ギョク)を使うより他に考えが(オヨ)ばなかったのだ。宮に居たのも一瞬(イッシュン)であったから子ども達や女官達(ニョカンタチ)には気づかれずに済んだ。妲己(ダッキ)だけは血の(ニオ)いで気取(ケド)ったかもしれないが出てくる前に紳が宮を出たので会うことなく戻ってこれた。会っていたら間違(マチガ)いなく付いて来ていただろうし、子ども達にも知られていたかもしれない。それだけは()けたかった。


「紳の(ヤシキ)を血で(ケガ)してしもうたな…」


大きく息をついて苦笑する悧羅に、そんなこと気にしている場合ではない、と紳は(タシナ)めた。悧羅の血であれば(ケガ)されたなどと思うはずもないのだから。落ち着き始めた悧羅に紳はもう一度(タズ)ねる。


どうしてここまでの無理をしたのか、と。


うん、と苦笑(クショウ)して悧羅は紳を見た。


()()(ワラワ)(コワ)すために作られたと言うておった。何より()()気配(ケハイ)が強すぎておった(ユエ)大国(タイコク)に他に()められたままの犬の首がおるのかすらもわからなんだ。…ならば(ワラワ)(エサ)にすれば口を(スベ)らすやもしれぬと思うたのだ」


「だからってここまで無理しなくても…。死ぬとかだったんだよ?本当に(アブ)なかったんだ」


それにも悧羅はうん、と苦笑した。悧羅自身もここまで深傷(フカデ)()わされるとは思っていなかった。対峙(タイジ)した時に畏怖(イフ)は感じたが、まだどうにかなるだろう、と思っていたのは事実だ。


「少しばかり(アモ)うみておったに…。(ワラワ)失態(シッタイ)じゃ。許してたも」


「…無事だったんだから良いって言いたいけど、もうあんなのは(イヤ)だ。悧羅が居なくなったら俺は何のために生きればいいのさ…?この(サイ)だからはっきり言っておくけど、俺は悧羅が死んだら後を追うからね」


「…そのような(サミ)しいことを言うてくれるでない」


困ったような顔をする悧羅に紳は首を振る。悧羅のために生きる、と500年前に決めたのだ。悧羅が生きている(カギ)りは紳も生きるが、悧羅が居なくなってしまっては生きている価値(カチ)も目的も失ってしまう。(チギ)った後でもその思いは何ら変わっていない。紳は悧羅のためだけにいるのだ。


「それを(サミ)しいと思ってくれるなら、もうこんな無理はしないって約束して。俺を置いてどこにも行かないって」


(ホオ)に当てられたままだった手を両手で(ツツ)んで紳が願った。承知(ショウチ)した、と微笑む悧羅の包んだ手に紳は(ヒタイ)をつけてもう一度大きく嘆息(タンソク)する。その姿に目を細めて、ほんにすまなんだ、と悧羅が(ワズ)かに身体を起こした。華の精気(セイキ)(メグ)ってはいたがやはり身を起こすとまだ目が(クラ)む。


「いいから寝てて」


優しく言われるが悧羅は微笑んで首を振った。背中の(ツボミ)がどうなっているのかも気にはなるところなのだ。紳にそう伝えると何も(マト)っていない悧羅を胸で(ササ)えてから長い髪を寄せる。悧羅が自分の意思(イシ)で華を咲かせた事はない。里を(ウツ)した時も必要な分だけ(オノ)ずと華開いた。確かめると一つの(ツボミ)がいつもよりも(フク)らんではいたが開いてはいない。ほっと安堵(アンド)して髪を下ろす代わりに悧羅を抱き寄せた。そこから精気(セイキ)を送り込むと、紳、と(タシナ)められる。


大蛇(ウワバミ)(ギョク)()ってるから、俺は大丈夫。華は開いてないよ。一つ(フク)らんではいるけどね」


そうか、と胸に身体を預ける悧羅に布団(フトン)をかけて(ツツ)む。華が開くほどの精気(セイキ)は必要ない、ということだろう。それは紳で(マカナ)えるということでもある。元々(モトモト)民達(タミタチ)から(アズ)けられた(ギョク)は悧羅のためのものだ。今まで懐妊(カイニン)してくれた時にしか使っていなかったが、今回ばかりは仕方ないだろう。むしろ今使わずにいつ使うというのか。紳以外から精気(セイキ)()らないと決めている悧羅に受け入れてもらえるのは自分だけなのだから。まだ沢山(タクサン)残しておいたのは(サイワイ)だった。紳の胸に顔を擦り寄せて、ふう、と安心したような息をつく悧羅に少し眠るように伝えるが首を振っている。


深傷(フカデ)()った甲斐(カイ)はあったえ?」


悧羅の言葉はもう(カス)れてはいない。どういうことだ?、と問うと悧羅は小さく笑って()()は口を(スベ)らせた、と(ツブヤ)いた。それに紳はきょとりとしてしまう。あの時紳は悧羅を護ること、安全な場所まで逃げることを最優先(サイユウセン)にしていた。結果として悧羅の能力(チカラ)でどうにかここまで戻ってこれたが、()()が何を言っていたのかなど憶えていない。唯一(ユイイツ)(オボ)えているのは、鬼を里を悧羅を(コワ)す、と言っていたことだけだ。


「何か言ってたっけ?」


(タズ)ねると悧羅はますます紳に身体を預けた。どうしてもまだ目の前が(クラ)んてしまう。紳の(コロモ)が戻ってきたままであることは気づいていたけれど、今はこの腕に(ツツ)まれていたいのだ。


(スベ)らせたであろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」


ああ、と紳も思い出す。悧羅よりも優位(ユウイ)に立ったと思ったのであろう犬神(イヌガミ)は確かにそう言っていた。紳にはそれどころでは無かったが、悧羅はその言葉を引き出したかったのだろう。


「あれが大国(タイコク)の地で姍寂(サンジャク)が作ったものを全て()ろうでしもうたというたは間違いはないであろうよ。宮廷(キュウテイ)猩々(ショウジョウ)(ハナ)(エサ)を求めて寄り集まった同胞(ドウホウ)()ろうて能力(チカラ)を強めたのであろうな。…それもまた蠱毒(コドク)の法の(イヤ)しいところであるのう。それだけでは()()らず宮廷(キュウテイ)の人の子を()ろうておったのだろう。…金華猫(キンカビョウ)までらおったのは予想外(ヨソウガイ)であったが、死骸(シガイ)になっていた者たちの中には金華猫(キンカビョウ)に当てられた者もおりそうだ」


話しながらも息をつく悧羅に、本当に少し休んで、と紳が願うが、このままがいい、と言われてしまう。やれやれ、と息をつく紳を悧羅が(アオ)ぎみて微笑んだ。


「この腕の中以上に(ヤス)らげる場などありはせぬ」


「また、そんな事言って…。まだ駄目(ダメ)だよ?さっき目が覚めたばっかりでしょうが」


悧羅を(ツツ)布団(フトン)を直しながら紳がその身体を叩く。とんとん、と優しく叩くが胸に顔を当てたままで悧羅は首を振った。


精気(セイキ)を送り込んでくれるのであらば紳に包まれる方が良い。其方(ソナタ)がほんに傷ついておらぬかも(ワラワ)は知りとうて(タマ)らぬのじゃ。…ならぬかえ?」


小さく首を(カシ)げて聞く悧羅に紳は肩を落とすしかない。悧羅の身体が心配なのだがこんなに近くで可愛(カワイ)らしい顔をされて()われては(アラガ)えるわけがないではないか。見上げる悧羅に軽く口付けると紳は(アキラ)めたように笑った。


「本当に仕方(シカタ)のない(ヒト)だよね。…こんな時まで俺を(タギ)らせちゃうんだから」


でも待って、と笑いながら紳は(サト)すように言いながら悧羅の髪を()く。せめて湯の支度(シタク)をしてからね、と笑うと悧羅は少し(ホオ)(フクラ)ませた。


「そんな顔しないの。すぐだから。それまでゆっくり休んでて」


(ヒタイ)に口付けると(イタ)仕方(シカタ)ないの、と悧羅も小さく息をついた。うん、と(ウナズ)いてから紳は悧羅の身体を布団(フトン)に横たえた。


「ほんにすぐじゃな?そう待たせておくれでないよ?…紳が(ソバ)におってくれねば(サミ)しゅうてかなわぬ…」


紳の手を(ニギ)って言う悧羅にうん、と笑ってもう一度口付けてから紳は立ち上がって部屋を出ていく。紳が居なくなってしまった部屋に(シズ)けさが戻る。身体の気怠(ケダル)さは残っているけれど、目覚(メザ)めた時ほどではない。だが、こんな形で紳の(ヤシキ)に入る事になるとは思ってもいなかった。紳の(ヤシキ)の庭には近隣(キンリン)童達(ワラベタチ)が集まって遊んでいることが多い。悧羅も子ども達が(オサナ)い頃はよく連れてきて庭先(ニワサキ)で遊ぶ童達(ワラベタチ)と遊ばせていた。縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けて子ども達の遊んでいる姿を見守ってはいたが、中に入ることまでは無かったのだ。(ヤシキ)を含め、この(アタ)りの土地は紳の物で悧羅と(チギ)ってからも紳は手放(テバナ)してはいない、とは言っていた。部屋を見渡(ミワタ)してみると手入(テイ)れをしていたのだろう。痛んでいる箇所(カショ)も見当たらない。


思い出の場所だから、と言っていたけれどそれでも(ツト)めの間をぬって手入(テイ)れをするなど手のかかる事だっただろう。ころり、と布団(フトン)の中で身体を返してから、大きく息をつく。背中の(ツボミ)はまだ熱さを(ハナ)っている。少しずつ華からの精気(セイキ)が流れ出すのが感じ取れた。開くまでは無くとも紳が送り込まない間は華の精気(セイキ)が必要だということなのだろう。


ふう、と身体に(メグ)精気(セイキ)に身を(マカ)せながら紳が早く戻ってきてくれる事を願う。手指(シュシ)足先(アシサキ)に残っていた(シビ)れも消えている。犬神(イヌガミ)()い付けている(マジナイ)も長くは持たない。出来るだけ早く身体を()やさなければならないのだ。何よりも紳に(ツツ)まれたいのが本心(ホンシン)なのだけれど。気を抜くと微睡(マドロ)みそうになるが眠っている(ジカン)()しい。もう一度大きく息をついていると、からり、と戸が開かれた。顔だけを戸に向けると紳が入ってきている。ほっと安堵(アンド)して近づいてくる紳に手を伸ばすと、本当にもう、と苦笑しながら手を取りながら悧羅の横に座った。握った手に口付けると悧羅が両腕を広げて求めてくる。もう、と苦笑しながら布団(フトン)の中に(スベ)り込んで紳は悧羅に深く口付けた。広げられていた両腕が紳の背中に廻されて、それだけで紳は(タギ)ってしまう。


自分の(コロモ)を脱ぎ捨てて肌と肌が触れ合うと、もう(コラ)えようがなかった。(イツク)しんで触れる手や(カサ)なった肌からも精気(セイキ)は送り込み続けながらゆっくりと悧羅の身体を開く。まだ気怠(ケダル)さは残っているだろうが、それでも紳に応えて甘い声を上げながら(ノボ)っていく悧羅を抱きとめていると身体を(イタワ)ってやることも出来なくなる。


「ごめん、優しく出来ないかもしれないよ?」


腕の中で荒れた息と甘い声を上げる悧羅に()びてから、紳は悧羅の中にゆっくりと入り込んでいく。入り込む紳に合わせて悧羅の口から甘い声が上がるがそれを口付けて(フサ)ぐ。奥まで入り込んで(クチビル)を離して少し動くとますます甘い声が紳の耳に届いてくる。その声でまた(タギ)ってきて紳は動きを速めた。


「…やっぱり優しく出来ないや、ごめんね?」


苦笑しながら悧羅の手を布団(フトン)に縫い付けて言う紳を腕の中から(ナマメ)かしく(ウル)んだ目が見つめてくる。()びた紳に首を振って応える悧羅に笑いながら、甘い声を出す(クチビル)(ツイバ)むように吸い上げた。時折(トキオリ)動きを止めると、(イヤ)だ、とでも言うように悧羅が首を振って()う。


本当に困らせるのが上手(ウマ)い。


苦笑して紳は()われるままに動きを速めた。(アエ)ぎが大きくなって()り返り始める悧羅を強く抱きしめると、紳、と何度も名を呼ばれる。困らせられてばかりでは紳も(タマ)らない。あれだけ心配をかけられたのだから、少しくらいは意地悪(イジワル)をしてもいいだろう。()う悧羅に、今日は駄目(ダメ)、と言うと縫いとめた腕を振り(ホド)こうともがく。駄目(ダメ)だよ?、ともう一度伝えて片手で悧羅の手を縫い止めて()いた手で身体を強く抱きしめながら()り返る身体を()がさないように(トド)めた。どんどんと動きを速めると(コラ)えきれずに一際(ヒトキワ)大きな(アエ)ぎを上げて悧羅の身体がびくりと(フル)えた。それでも紳は動きを止めない。何度も名前を呼ばれるが、その(タビ)に、駄目(ダメ)、と伝える。(イヤ)だ、と(ウッタ)える悧羅に一度だけ軽く口付けると、もっと、と()われる。


駄目(ダメ)。今日はちゃんと聞かせて?」


(ウル)んだ目で見ながら首を振り続ける悧羅に苦笑しながらひたすらに悧羅の中をかき回すと幾度(イクド)も身体が()ねて幾度(イクド)()てていくのが分かる。いつもなら名を呼ばれるのは悧羅が()てる前に口付けを()う時だ。だが今日ばかりは紳は悧羅の願いを(コバ)み続ける。()てる(タビ)に甘い声が聞こえて、ますます紳を(タギ)らせるには十分だった。


「俺もそろそろ駄目(ダメ)かもよ?」


縫いとめていた手を(ハナ)して両腕で悧羅の細い身体を抱きしめると、紳の(ホオ)優美(ユウビ)な手で包まれる。引き寄せて深く口付けてくる悧羅が(イト)おしくて(タマ)らなくなる。また身体が()り返りそうになって悧羅が(クチビル)を離した。代わりに紳の首に腕が廻されて悧羅の身体が大きく震えて反り返った。本当に無理かも、と伝えた紳に悧羅が強く抱きついてくる。逃げ出そうとする身体を紳から離れないように強くしがみついていると大きな官能(カンノウ)が込み上げてきた。速まる紳の動きに応えるように悧羅の声もますます甘くなり、奥深くで紳が()てると共に悧羅の身体も大きく跳ねて果てた。果てた悧羅のまだ奥に紳が入り込むと(タマ)らないように小さく声を出す悧羅にようやく紳は深く口付けた。くったりとした身体を抱きしめながら口付けを繰り返すと、悧羅の手が紳の(ホオ)を包む。


(クチビル)を離すと荒れた息の中から悧羅が、もう一度、と(ササヤ)いてくる。悧羅の中からまだ出ていない紳にはその顔と声だけで(タギ)るには十分だ。


「身体が辛くなるよ?…それにまた意地悪(イジワル)しちゃうかもしれない。いいの?」


(クチビル)が触れる距離(キョリ)(ササヤ)くと、よい、と悧羅も(ササヤ)く。


(ワラワ)は紳のもの。紳の好きなようにすれば良い。どれほど(ワラワ)(イジ)めてくれてもよい(ユエ)、もう一度紳を(ワラワ)にくりゃれ」


頼む、と悧羅が願うとくすくすと笑いながら紳が悧羅に深く口付けた。悧羅の中に入り込んだままで(タギ)らされて、誰が(イナ)と言えるだろう。それがこの世で一番大切で一番(イト)おしい者からの願いなら尚更(ナオサラ)だ。


「どれだけでも俺をあげるよ。しっかりと受け止めてね」


「当たり前ではないか。紳がくれる者を(ワラワ)が取りこぼすものか」


うん、と微笑んで紳はまた悧羅を(イツク)しむ手を動かし始めた。






_________________________________________


さらりとした衣擦(キヌズ)れの音で紳と悧羅は(ウッス)らと目を開けた。悧羅の身体にはまだ気怠(ケダル)さが残っているがそれは犬神(イヌガミ)()わされた傷のためではない。もう駄目(ダメ)だ、と言う紳に幾度(イクド)も願って(ジョウ)()わし続けてもらったからだ。気怠(ケダル)いながらも心地良(ココチヨ)微睡(マドロ)みの中で衣擦(キヌズ)れの音が近づいてきて小さく吐息(トイキ)をつきながら悧羅は身を起こす。紳も続くように身を起こして目を(コス)ると悧羅の背後に(オダ)やかな微笑みをたたえた王母(オウボ)が立っていた。え?、と(アワ)てて膝を着こうとしたが紳も悧羅も何も(マト)っていない。良い良い、と笑う王母(オウボ)に軽く礼をして紳は悧羅と自分を布団(フトン)で包んだ。そのまま悧羅を引き寄せて腕の中に収める。


「…また何もこのような場にまで降りてこずともよいものを…」


腕の中から苦笑する悧羅の前に膝を着いて王母(オウボ)はふっくらとした手で悧羅の(ヒタイ)に触れている。すまなかったな、と言う王母(オウボ)は紳を見ている。目を見開く紳に王母(オウボ)は頭を下げた。


(オソロ)しかっただろう?娘がおらぬようになるのではないか、と。(ワタクシ)が少しばかり無理をさせてしまったようだ」


()びる王母(オウボ)(アセ)って紳は頭を上げてくれるように願う。


「とりあえず無事だったからいいのです。…本当に手を離れていたらどうであったかは分かりかねますが、今は良いのです」


腕の中の悧羅を抱きしめて紳が伝えると、そうか、とすまなそうな顔をして王母(オウボ)が頭を上げた。と、同時に悧羅の身体がぶるり、と(フル)えた。悧羅?、と声をかけようとして背中から光が(ハナ)たれていることに気づく。(ホノ)かな光だが見たことのある光に紳はまた(アワ)てて悧羅の華を確かめた。(フク)らんでいただけの(ツボミ)がゆっくりと開き始めて虹色(ニジイロ)の光が(アザ)やかになってくる。王母様(オウボサマ)!、と()めるような紳の声に、まあ待て、と王母(オウボ)は笑っているばかりだ。


仕方なく(ダマ)って見守る紳の前で一つの華が開いて朝露(アサツユ)(シタタ)っている。(シタタ)った(ツユ)が二つ小さな新しい(ツボミ)に姿を変え始めた。()けるような痛みが走って悧羅が顔を(シカ)めると、しばし(コラ)えよ、と王母(オウボ)が笑ったままだ。ふう、と大きく息をつくと、そうだ、と王母(オウボ)がまた笑う。紳が見守る目の前で姿を変え始めた(ツボミ)はしっかりとその姿を現した。これって、と言葉を失う紳の腕の中で()けつく痛みから()かれて悧羅は大きく息をついて紳の胸に身体を預けた。王母(オウボ)も悧羅の(ヒタイ)から手を離して大きく(ウナズ)いた。


「どうだ?」


言葉少なに聞かれて、悧羅は苦笑するしかない。


「…なかなかにせんないことをしてくれるものだの…。(ワラワ)の背に全て華を(キザ)むつもりかえ?」


「なんの。これはお前を(アヤ)うい事にしてしまった()びだ。…まさかここまでの無茶をする娘とは思うていなかったがな」


ほんに(ワタクシ)の考えの(オヨ)ばぬ事をする、と苦笑する王母(オウボ)は悧羅の(ホオ)()でた。華が開かれた事で身体に残っていた傷の痛みは無くなった。あまり(ジカン)を置きたくなかった悧羅にとってはありがたい事だったけれど、紳は(オドロ)きを(カク)せない。だが、まだ悧羅を紳から奪うつもりは王母(オウボ)にはなさそうだった。それだけは確かに伝わって紳は大きく息をついて胸に預けられた悧羅の身体を抱きしめた。


(ツカ)んだものは離すでないよ?娘は早いうちに全てを(タダ)すつもりであろうからな。…まあ、ちと難儀(ナンギ)しておるようだが、昨夜のような無理はせずともよいだろう。尾は(ツカ)んでおるようであるしな」


「あれ以上のことが起きてしまってはさすがに私は王母様(オウボサマ)(ウラ)んでしまうやもしれません」


紳が悧羅の代わりに応えると、王母(オウボ)も、そうであろうな、と苦笑している。ほんにすまなかったな、ともう一度(シン)()びる王母(オウボ)に紳は頷いた。それに微笑んで王母(オウボ)はゆっくりと立ち上がった。


「お前が娘の伴侶(ハンリョ)で良かった、とこれほどに思った日はないな」


二人に背を向けながら、そうであった、と王母(オウボ)が立ち止まった。


「娘、名を与えよ。それに(オウ)じるだろう」


現れた時と同じように衣擦(キヌズ)れの音だけを残して王母(オウボ)が薄くなるようかのように消えていった。姿が見えなくなって紳は大きく息をついて肩の力を抜いた。


「悧羅、大丈夫?」


腕の中の悧羅を声をかけると、なんともまあ、と小さな笑いが聞こえた。


「ほんに唐突(トウトツ)なお方じゃて。…せっかく紳と微睡(マドロ)んでおったというに…」


「そういう問題じゃないでしょ、華増えちゃったじゃないか」


()ったわけではないなら良いではないか、という悧羅に、またそんな簡単(カンタン)に、と紳は嘆息(タンソク)するしかなかった。だが悧羅は、名か、と次の事を考えているようだ。外は明るくなりかけていたが動くのは夜になってからだろう。ふう、と息をついて紳は悧羅を引き寄せた。


「まだ、(ジカン)あるよ。もう少し休もう」


布団(フトン)に横になりながら微笑む紳の背中に悧羅が腕を廻した。


「そうであらば、もう一度妾に紳をくりゃれ」


「いいよ、どれだけでもあげるって言ったでしょ?」


笑いながら紳は悧羅に深く口付ける。今夜がまた昨夜と同じようにならないことだけを祈りながら二人はまた(ムツ)み合い始めた。

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