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閑寂【参】《カンジャク【サン】》

こんにちは。

また新しいお話に進みます。

おや、と悧羅(リラ)周囲(シュウイ)見渡(ミワタ)した。耳に伝わる川の流れる音とそれを流れる無数(ムスウ)(ハス)の華がぼんやりと輝いている。今の今まで(シン)(ジョウ)()わして(ツカ)()てて(ネム)りに落ちたはずだ。なのに今立っている場所は幾度(イクド)も呼び出された王母(オウボ)()だ。やれやれと足を進めると、何も着ていなかったはずの身体(カラダ)に真っ白な(コロモ)(マト)わされていることに気づく。


(ハダカ)(マミ)えるわけにはいかないということだろう。呼び出されたままでは何も(マト)ってはいなかったので、これは有難(アリガタ)いと思うべきだった。


先に見える朱色(シュイロ)(ハシラ)(アズマヤ)に向かって歩いて行くと横を流れる(ハス)(ツボミ)が次々に開いて行く。歓迎(カンゲイ)されてはいるようだ、と苦笑しながら(アズマヤ)の入口を(クグ)る。中ではいつものように(オダ)やかな顔をした王母(オウボ)が茶を()れてくれていた。


「また唐突(トウトツ)な呼び出しであるの」


笑いながら王母(オウボ)の前に座ると前に茶が置かれた。


「お前の伴侶(ハンリョ)がなかなか離さぬのが悪い。(ワタクシ)ももう少し早く、とは思っておったのだがな」


「ならば明けてからでもよいではないかえ」


苦笑する悧羅に、まあ良かろう、と王母(オウボ)が笑う。茶を飲むように(スス)められて、ほんにもう、と嘆息(タンソク)しながら悧羅は茶器(チャキ)を手に持った。


「で、(ナン)ぞあるのかえ?」


また厄介(ヤッカイ)(ツト)めを言われるのだろう、と思いながら悧羅は茶を(スス)る。それを微笑(ホホエ)んで見ながら王母(オウボ)はふっくらとした指で(ツクエ)(タタ)いた。鏡面(キョウメン)のような水面(ミナモ)(ウツ)し出されたのは大国(タイコク)朝廷(チョウテイ)だった。幾度(イクド)王母(オウボ)(メイ)で入り込んでいたので、その景色(ケシキ)には特段(トクダン)(オドロ)きはしない。もう一度王母(オウボ)(ツクエ)(タタ)くと景色(ケシキ)が変わった。(ウツ)ったのは一人の男だった。身につけている(コロモ)装飾品(ソウショクヒン)からそれが大国(タイコク)皇帝(コウテイ)であることは見てとれた。


「これがどうした?」


悧羅の問いには(コタ)えずに王母(オウボ)はもう一度(ツクエ)を叩く。皇帝の顔が大きく映しだされると悧羅は(マユ)(ヒソ)めた。見えたその顔は酒でも呑んでいるかのように真っ赤な色をしている。ふむ、と(ウナズ)くとまた(ツクエ)が叩かれて映し出されたのは朝廷(チョウテイ)だった。数十人もの官吏(カンリ)の顔があるが、やはりどれも真っ赤な顔だ。


「…なるほどのぅ。入れ替わっておるのだな。なれど、入れ替わられた者達は生きてはおるまいよ?」


悧羅の言葉に王母(オウボ)(ダマ)って茶を(スス)った。


「それはどうかはわからぬな。なれどこれではこのままこの王朝(オウチョウ)()()てる。それが世の(コトワリ)であれば(ワタクシ)が何を言うこともないのだがな。()()()(ワタクシ)達の(キョ)に入り込もうとしている。()()に映っているだけの数でもないようでな。何においても(カズ)脅威(キョウイ)になるだろう?」


八月(ヤツキ)前の粛清(シュクセイ)のことを言いたいのだろう。(オダ)やかな笑みを浮かべたままで王母(オウボ)(ツクエ)を叩いた。水面(ミナモ)だった場がいつもの(ツクエ)に戻る。確かに数というのは脅威(キョウイ)だ。それは悧羅も良く分かっている。例えそれが若輩者(ジャクハイモノ)の集まりであろうとも、姍寂(サンジャク)のように禁術(キンジュツ)とも呼べる物にまで手を出せば確かに勝てる、とは言い(ガタ)い。粛清(シュクセイ)の時はまだ犬神(イヌガミ)の力が弱かったからどうにかなったのだ。運に恵まれたのだと言ってもいい。


「では、これらを取り(ノゾ)けば良いのだな?だが、()()()はそう知恵(チエ)のあるモノでもあるまいて…。何かが動いておる、と思うておったが良いのであろうな」


「お前は本当に(カシコ)い娘だな」


満足そうに大きく(ウナズ)王母(オウボ)に悧羅は苦笑する。(ヨウ)はその背後にいるモノまで見つけ出せ、ということなのだ。(アヤカシ)()るだけならそう(ジカン)はかからないが、その裏のモノまで見つけ出すのには少しばかり骨が折れそうだった。


(アヤカシ)はしばらく泳がせる。どのように使役(シエキ)しておるのかも見らねばならぬ(ユエ)面倒(メンドウ)な相手でなければよいがの」


「お前に(マカ)せる。好きに動け。ここに入られなければ良い」


「で、あろうの」


入り込まれるのは悧羅にとっても困る。映し出された(アヤカシ)自体は単純(タンジュン)容易(タヤス)いモノだが、裏にいるモノが(アヤカシ)であれ人であれ、この地に近づけるわけには行かないのだ。里の民達(タミタチ)のためでもあるが、人の子のためでもある。入り込まれて仙桃(セントウ)や悧羅達の存在が知れたら良いことには(ツナガ)らない。易々(ヤスヤス)と入り込めるようにはしていないが、門を開けて出入りする以上絶対とはいかないだろう。何かに(ジョウ)じて入り込んだり(マヨ)いこんだりの可能性はある。それがないように門には(マジナイ)(ホドコ)しているがそれは(アヤカシ)のみに作用(サヨウ)する。

人の子が(マヨ)い込んだ事が無いわけではないのだ。それは悧羅達が里を(ウツ)す前からのことではあるので、迷い込んだ人の子をどうせよ、とは王母(オウボ)は言ってはいない。


王母(オウボ)懸念(ケネン)は、この妖達(アヤカシタチ)を使ってこの場に通ずる手立(テダ)てを見つけた人の子が(マヨ)いこんだ風体(フウテイ)(ヨソオ)って入り込むことなのだ、と思われた。


一人二人の仕業(シワザ)ではないかもしれない。

とはいえ、見せられただけでこれだけの数の(アヤカシ)だ。何かがある、とふいに心によぎった思いに悧羅は首を(カシ)げた。何故(ナニユエ)そう思ったのかは分からない。()()()()()()()()()

考えに(フケ)る悧羅に王母(オウボ)は微笑んでいる。


「良い手立(テダ)てを考えてくれ。あとは犬神(イヌガミ)だな。もう少し(アズ)かる。そう遠くない日にはお前にやれるだろう」


おや、と悧羅は笑った。何のことか分からずに連れてこられているのだ。()(クル)っているだろう、と思っていた犬神(イヌガミ)王母(オウボ)には従順(ジュウジュン)だったようだ。あれから姿を見ることは無かったが悪いことにはなっていないことだけは分かる。


利口(リコウ)にしてくれれば良いがの」


笑う悧羅に、大丈夫だ、と王母(オウボ)も笑っている。と、ぱん、と手を叩く音がして悧羅は寝所(シンジョ)に戻された。やれやれ、と息をついていると後ろから抱きしめられる。


王母(オウボ)様の呼び出しだったの?」


悧羅が腕の中から消えた瞬間(シュンカン)に目を覚ました紳は(アセ)る事なく待っていた。同じ事が幾度(イクド)もあれば、流石(サスガ)の紳でも慣れてしまう。だが、何も(ジョウ)()わした直後の微睡(マドロ)んだ悧羅を呼びつけなくてもいいではないか、とも思う。消えたままの姿で戻ってきた悧羅を布団(フトン)に引き入れて、何だったの?、と紳は(タズ)ねた。紳の胸に()り寄りながら悧羅は大きく息をつく。


大国(タイコク)宮廷(キュウテイ)が何やら(サワ)がしいようじゃ。裏に何ぞおるやもしれぬ、というておったに」


悧羅の応えに紳も大きく息をついた。


「また(イソガ)しくなりそう?」


「裏にいるモノの尾が(ツカ)めれば早かろうがの。ちと難儀(ナンギ)するやもしれんな」


そっか、と(ツブヤ)いて紳は悧羅を抱きしめる腕に力を込めた。まずはゆっくりと朝まで休ませなければ、また(ツカ)れを()めてしまう。幼子(オサナゴ)をあやすように背中を優しく叩き続けると次第(シダイ)に悧羅が微睡(マドロ)み始めた。


あんまり無理をして欲しくはないが…。


願いながら紳も戻ってきた悧羅の(ヌク)もりを感じながら眠りに落ちた。



翌朝(ヨクアサ)朝議(チョウギ)の場で悧羅は王母(オウボ)からの(ニン)についてを重鎮(ジュウチン)達に(シラ)せた。大国(タイコク)宮廷(キュウテイ)がどうなろうと良いではないか、と栄州(エイシュウ)憤慨(フンガイ)したが、それは荊軻(ケイカツ)(セイ)された。


王母様(オウボサマ)が何のお考えもなく(オサ)(ニン)をお(アズ)けられることなどございませんでしょう。宮廷(キュウテイ)の中だけでなく何か懸念(ケネン)がおありになるのですよ」


(タシナ)められた栄州(エイシュウ)は、それはそうだろうが、とやはり納得(ナットク)がいかない(ヨウ)で、(ヒザ)を叩いている。話さねば分からぬだろうよ、と悧羅が笑うと荊軻(ケイカツ)も大きく(ウナズ)いた。大国(タイコク)に悧羅が降りる、ということは里の管理は重鎮達(ジュウチンタチ)(アズ)けられる。紳は悧羅と共に行くことが当たり前になっているので、実際(ジッサイ)には荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)(ユダ)ねられるのだ。何をしに、何の目的でいくのかは知っておかなければならない。


王母(オウボ)(ワラワ)に見せた(アヤカシ)はそう脅威(キョウイ)となるものではない。ただの、知恵(チエ)もあまり持たぬモノ達が数だけはおるという。何やらおかしいと思わぬか?」


扇子(センス)を広げて笑う悧羅に、その|妖《アヤカシは?、と枉駕(オウガイ)(タズ)ねた。


「酒を呑んだように赤い顔をして知恵(チエ)(トボ)しい…。どのようなモノが考えられるかの?」


逆に問われて枉駕(オウガイ)が考える。数だけは多いという悧羅の話から考えるに答えは一つのようだ。


「…猩々(ショウジョウ)、でございますか」


答えた枉駕(オウガイ)に満足そうな顔をして悧羅が微笑んだ。人語(ジンゴ)(カイ)し人のような姿だがその顔は赤く酒を好む、と言われている。悧羅も(マミ)えたことはなかったがあの容姿(ヨウシ)であれば間違(マチガ)いではないだろう。


「たしかに猩々(ショウジョウ)であれば知恵(チエ)(トボ)しいとされておりますね。ですがそのようなものが大国(タイコク)宮廷(キュウテイ)に入り込み皇帝(コウテイ)官吏(カンリ)に化けているなど考えにくいのではありませんか?」


首を(カシ)げた荊軻(ケイカツ)の言葉に、そうであろうの、と悧羅も(イナ)とは言わなかった。


「とすれば、ナニモノかが(ウラ)で糸を引いている、と考えた方がよろしいでしょうね。そのナニモノかの目的が分かりかねますが」


大国(タイコク)って()には居なかった(アヤカシ)が多いもんね。悧羅と一緒に行くとよく分かるんだけどさ、強さも形も()とは違う」


ね?、と紳に言われて悧羅も(ウナズ)く。そのために民達(タミタチ)が門を開いて出入りする(サイ)に良からぬモノが入り込まぬよう厳重(ゲンジュウ)結界(ケッカイ)(ホドコ)している。


元来(ガンライ)晴明(セイメイ)のような陰陽道(オンミョウドウ)辿(タド)れば大国(タイコク)道教(ドウキョウ)じゃ。あの姍寂(サンジャク)(モチ)いた蠱毒(コドク)大国(タイコク)からのもの(ユエ)


陰陽師(オンミョウジ)であろうが道士(ドウシ)であろうが人の子の能力(チカラ)など如何(イカ)(スグ)れていても悧羅達のような鬼神(キジン)には赤子(アカゴ)の手を(ヒネ)るようなものだ。そう(オソ)れることなどないと思ってはいる。だが王母(オウボ)も言っていた通り脅威(キョウイ)となるのは数だろう。悧羅も道士(ドウシ)対峙(タイジ)したことはないが屍人(シビト)僵尸(キョウシ)として使役(シエキ)出来るほどの能力(チカラ)がある者達なのだから甘く見ていては足元を(スク)われるかもしれない。


王母(オウボ)としては猩々(ショウジョウ)使役(シエキ)しておるモノがおるとして、何が目的か(サグ)りたいようだの。猩々(ショウジョウ)であろうと(アヤカシ)じゃ。この霊峰(レイホウ)の入り口まではこれるやもしれぬ。であれば、だ」


使役(シエキ)しているかもしれないナニモノかが、この地に入り込む事が考えられる、というわけでございますね?」


言葉を引き継いだ荊軻(ケイカツ)に、悧羅は扇子(センス)を閉じる事で応えた。


「たしかに民達が出入りする門には(アヤカシ)に対する結界(ケッカイ)がございます。ですが数年に一度は人の子が(マヨ)い込むこともございましたね。たまたまでございましたから隊士達に地に降ろさせましたが、忘却(ボウキャク)の術が不十分であったならば、その者達から話を聞き(オヨ)んでいるのかも知れません」


うん、と悧羅も(ウナズ)く。この十年で(マヨ)いこんだ人の子は数えるほどだ。その都度(ツド)地に降ろし全てを(ワス)れるように(マジナイ)をかけてはいたが中には朧気(オボロゲ)ながらも覚えていたり、(マジナイ)()けて思い出したということもあり()ぬ話ではない。


大国(タイコク)(アヤカシ)使役(シエキ)する者といえばやはり道士(ドウシ)、と考えた方がよろしいでしょうね。ですが、仮にも道士(ドウシ)といえば仙人(センニン)同義(ドウギ)でございましょう?そのような者が太元玉女(タイゲンギョクジョ)のお膝下(ヒザモト)に入り込もうなどと考えますでしょうか?」


(アゴ)に指を当てながら考えこむ荊軻(ケイカツ)に皆も同意(ドウイ)する。糸を引いているモノのそのまた後ろで何かが動いているのかもしれないが、とにかく見てみなければわからないこともあるだろう。


「なによりもここに入り込まんとするものがおるは確かであろうの。何が目的であろうとも王母(オウボ)(オサメ)る場で人の子が思いのままに動くはならぬでの。…人の子の手に渡ればあまり良いことにならぬものもあるでのう」


それに、と言いかけて悧羅は言葉を切る。


あの時何故(ナニユエ)王母(オウボ)犬神(イヌガミ)の話をしたのか?


(アズ)けて八月(ヤツキ)、その間幾度(イクド)(ニン)を受けていたし王母(オウボ)気紛(キマグ)れに悧羅の元に降りてくることもあった。だが一度も犬神(イヌガミ)の事など口にしなかった。悧羅から(タズ)ねても微笑(ホホエ)むばかりで、どうしているのなど分からなかった。王母(オウボ)(アズ)けているのだから(ミョウ)な事になってはいないだろうと安心していたけれど、それでも何故(ナニユエ)今になって語る気になったのか?


単純(タンジュン)に考えれば王母(オウボ)の言葉通り犬神(イヌガミ)を悧羅の元に戻せる、というだけの事なのかも知れない。けれど大国(タイコク)現状(ゲンジョウ)を見せられた時にも感じたのだ。何かがある、と。王母(オウボ)犬神(イヌガミ)の話をしたのは()()()()()()()()()()()()()()


もしも()()思惑(オモワク)がまだ生きているのだとしたら…。


いや、しかし…。


考えられないことではないのだが確かめる(スベ)が今はない。やはり一度大国(タイコク)に降りなければ分からない。


「…何か気になる事があるの?」


よぎった小さな可能性を頭から出すように頭を振った悧羅を見て紳が(イブカ)()にしている。それに苦笑して、少しばかりな、と悧羅は応えを(ニゴ)した。何?、と聞かれるがそれには首を振る。


(ワラワ)の考え過ぎやもしれぬ。確かめねばならぬことが(オオ)なりそうじゃと思うての。妾の思い()ごしならば良いのだが()()を確かめる(スベ)がないのじゃ…」


小さく嘆息(タンソク)して悧羅は扇子(センス)を手で叩き始めた。


そうだ、確かめる(スベ)がない。唯一(ユイイツ)知っているモノは王母(オウボ)が持っている。それが(モド)れば分かることもあるのだが…。


(オサ)(ゲン)(ニゴ)されるのは(メズラ)しきことだの。どれ、一つ(ワレ)にもお聞かせ願えぬか?(トキ)には相談役(ソウダンヤク)としての(ツト)めをせねば、ただの(カザ)りの()いた(オキナ)になってしまいますぞ?」


笑いながら(ヒゲ)を触る栄州(エイシュウ)に悧羅は苦笑せざるを得ない。確かに相談役(ソウダンヤク)とはいえ、悧羅の言葉に(イナ)(トナ)えたことなど栄州(エイシュウ)はない。この500年で()を唱えたのは悧羅が紳を夜伽(ヨトギ)(ニン)から()かないと言った時だけだ。結局は折れてくれたのだがその事以外では悧羅の思う通りにさせてくれていた。栄州(エイシュウ)(オモ)な役割は悧羅の夜伽(ヨトギ)の相手を選ぶ事くらいだった。相談役(ソウダンヤク)(ニン)じているにも(カカ)わらず、だ。


そうであったな、と悧羅は小さく笑って心によぎった小さな可能性を口にだすことにした。王母(オウボ)が初めて(ミズカ)犬神(イヌガミ)の話をしたのだ、と。


(ワラワ)にただ教えようとしただけなのかもしれぬ。なれど、何であろうの…。少しばかり心に残るのだ。何故(ナニユエ)今であったのか、との…」


ふむ、と栄州(エイシュウ)(ヒゲ)をさすりながら小さく笑った。


「あの()れ者、姍寂(サンジャク)(モチ)いておったのは大国(タイコク)所以(ユエン)のある蠱毒(コドク)(ホウ)でありましたな」


うん、と悧羅が小さく(ウナズ)く横で、それって、と紳が悧羅の手を(ニギ)った。なるほど、と荊軻(ケイカツ)嘆息(タンソク)して肩を落とした。それにも栄州(エイシュウ)は微笑んでいる。


(ワレ)であるならば一度や二度は(タメ)しましょうや。確かなものとせねばこの場で行うなど(イタ)そうとはせぬでしょうな。とはいえ、この場でいくつも行えば(オサ)であられずとも気取(ケド)られることもあるでしょうや。…とすればでございますが…」


「人の子の国で幾度(イクド)(ココロ)みるでしょうね」


引き継いだ荊軻(ケイカツ)に、そういうことであろうな、と栄州(エイシュウ)(ウナズ)く。


「…あのような禍々(マガマガ)しきモノがまだ大国(タイコク)におる、ということか?」


驚愕(キョウガク)を隠せない枉駕(オウガイ)に、そういうことも考えられるという事だ、と栄州(エイシュウ)(サト)す。ぶるり、と枉駕(オウガイ)の身体が震えた。姍寂(サンジャク)(ヤシキ)で見たモノは(アヤカシ)と呼ぶにはあまりにも禍々(マガマガ)しかった。その気配(ケハイ)も、発する言葉も、(コウベ)だけで(タミ)()い散らかす姿も。思い出すだけでも身震(ミブル)いしてしまう。荊軻(ケイカツ)の言う通りに悧羅を呼びに行かず()()っていたとしたら枉駕(オウガイ)も確実に()われていただろう。悧羅を共に連れて行ったから、誰一人(ダレヒトリ)として()けることがなかったのだ。


それも悧羅に言わせれば、()()()()()()()()()、ということだった。もう少し(ジカン)()っていれば悧羅でも(オサ)え込めたがわからない、と。


それが、大国(タイコク)の人の世にいるというのか?

いつ作られたのかもわからない代物(シロモノ)であれば、その禍々(マガマガ)しさはどれほどのモノになっているのだ?


「やはりそう思うかの…」


大きく息をついた悧羅の声で枉駕(オウガイ)は気を取り戻した。普通(フツウ)であれば、と栄州(エイシュウ)が同意する。


(オサ)のように一度で全てを行える、という者は少ないでしょうな。(ワレ)が知っておる中でも(マジナイ)などの(ハク)が深い荊軻(ケイカツ)殿でも用心(ヨウジン)(イタ)すでしょうな。特に確実(カクジツ)(ガイ)()そうとするのであれば(ナオ)の事だろうて」


大きく嘆息(タンソク)する悧羅に栄州(エイシュウ)が続ける。


王母様(オウボサマ)が何の()もなく唐突(トウトツ)にそれまで話すことの無かった犬神(イヌガミ)のことを話された。何らかの糸口(イトグチ)と思う方が自然であろうな。そう考えたとして、(イク)つあるかは分からぬが」


「そうですね。(イク)つのモノが何処(イズコ)()められておるかが分かりかねますが…」


そうだな、と栄州(エイシュウ)(ウナズ)く。一つや二つであればまだどうにかなるのかもしれないが、十や二十となれば手に(アマ)る。その内の一つが宮廷(キュウテイ)に入り込むようにしているのか、それともその全てが同じ目的を持って動いているのか。何より姍寂(サンジャク)の目的は悧羅を(シイ)する事だったはずだ。(オサ)という者に疑念(ギネン)(イダ)き絶対であるべきはずの(オサ)という存在に怨恨(エンコン)を持っていた。聞き(オヨ)んだ姍寂(サンジャク)は自分が作った犬神(イヌガミ)精神(セイシン)(コワ)されていたと聞く。


そもそもその犬神(イヌガミ)(コワ)されたのか、別に作っていた時から壊れ始めていたのか(サダ)かではないが、これはなかなかに手強(テゴワ)そうな問題だ。


悧羅が里にいた犬神(イヌガミ)を持ち帰ったのは八月(ヤツキ)も前だ。それよりも早く作られていたのであれば少なく見ても一年は()っているだろう。それが一体(イッタイ)、もしくはそれ以上の数がいるとすれば間違いなく一介(イッカイ)の鬼の手には(アマ)る。悧羅でさえどうなるかは分からないだろう。


姍寂(サンジャク)の目的は悧羅を(シイ)することだったろう?って言うか(オサ)っていう者自体に疑念(ギネン)を持ってた。その思いを持って犬神(イヌガミ)を作ったんだとしたら、今動いてる(アヤカシ)達はここを見つけて里を(ホロボ)して悧羅(リラ)を殺すために動いてるってこと?」


悧羅の手を(ニギ)る手に力を込めながら紳が腰を浮かした。そんなこと許せるはずもない。冗談(ジョウダン)じゃない、とつい大きくなる声を上げる紳の手を悧羅が(ニギ)り返した。落ち着け、と(オダ)やかな悧羅の声に、でも、と紳が振り返る。よいから、と微笑まれて浮かせていた腰をまた悧羅の横に降ろした。


「ただの小さき可能性(カノウセイ)の話しじゃて。なれど、妾だけでなく栄州(エイシュウ)までもそのように思うたのであれば大きな(タグ)いはなかろう。一度はその場を見ねば分からぬ。なれど一つだけわかるモノがおるのじゃよ」


(ニギ)ったままの手を(サス)りながら悧羅が言う。


王母様(オウボサマ)にお(アズ)けしておりまする犬神(イヌガミ)にございますね?」


荊軻(ケイカツ)が言うと悧羅は(ウナズ)く。


「あれが知っておることがあるやもしれぬ。知っておって欲しいと思うておるのだがな。自身が幾度目(イクドメ)に作られたのか、という事さえ知ることが出来ればそれだけでも大きなこと(ユエ)


いつ(カエ)すとまでは言われなかったが、近い内に、とは言っていた。そう遠くない日に悧羅の元に戻るのだろう。王母(オウボ)の事だ。()()()()()を知っていたのかもしれない。


いつもそうだ。王母(オウボ)自身が人の世に(カカ)わり過ぎては()(コトワリ)が流れから(ハズ)れてしまう。例えその時に知っていても教えなかった、ということは()()()()()()()()()()ということだ。神仙(シンセン)綱紀(コウキ)の中にでもあるのだろうか?、と時折(トキオリ)考えてしまうが悧羅には(ウカガ)い知る事などできようはずも無かった。ただ粛々(シュクシュク)と民達と里とこの地を護っていくしかできないのだ。


「それらのモノの目的が妾であるならば話は早い。なれど、決してこの地に踏み込ませるはまかりならぬ。妾一人の能力(チカラ)で抑え込めればよいが…。まずは数であるの」


大きく嘆息(タンソク)して悧羅は途方(トホウ)もない問題に当たったものだ、と苦笑する。もしも本当に犬神(イヌガミ)が他にも作られていたとして大国(タイコク)にどれだけの辻道(ツジドウ)があるのかも分からない。()の国よりも広い土地で全ての辻道(ツジドウ)(サガ)すだけでも骨が折れる。蠱毒(コドク)の法を姍寂(サンジャク)何処(イズコ)で知識を仕入れたのかも分からない。


姍寂(サンジャク)(ヤシキ)にいた犬神(イヌガミ)のように全てが暴走(ボウソウ)しているか。


同じ目的を持ったモノとして(ツド)い力を合わせているか。


もしくはより強くなるために(タガ)いを()い合って一番強いモノが残っているか。


いずれにしてもここで頭をどれだけ(ヒネ)ろうとこれ以上わかることは無いだろう。


「死して(ナオ)、里や(オサ)に手をかけようとするとは…。ほんに女子(オナゴ)執念(シュウネン)(オソ)ろしゅうございますな」


小さく笑う栄州(エイシュウ)に、ほんにの、と悧羅も(ウナズ)いた。八月(ヤツキ)前に全てが片付(カタヅ)いたはずであったのに、まだ悧羅の心を(マド)わすとは栄州(エイシュウ)の言う通り(オソ)ろしいものだ。(ウラ)(ツラ)みがない者も(オソ)ろしいが、やはり小さな火種(ヒダネ)があるとそれは気づかない内に大きくなり、いつのまにか(ソバ)にあると気づいた時には爆炎(バクエン)になり(ウズ)を巻いて(オソ)いかかってくるのだ。


「とにもかくにも降りてみねば分かるまい。少しばかり降りてどのような塩梅(アンバイ)であるか見て(マイ)る。妾が里を離れておる間にも何があるか分からぬ(ユエ)、気だけは抜かぬように(イタ)せ」


「ですが(オサ)。あのようなモノが(イク)つおるのかも分からぬのに大国(タイコク)に降りるは(アブ)のうございませぬか?」


枉駕(オウガイ)不安気(フアンゲ)に言葉を(ツム)ぐ。承知(ショウチ)しておる、と悧羅は居住(イズ)まいを正してしっかりと重鎮達(ジュウチンタチ)を見た。


何事(ナニゴト)もなければよろしいが、こればかりは妾にも分からぬ。(ナン)ぞあればすぐに戻りて(サク)()るが、妾が戻れぬこともあると心(イタ)せ。まずは出入りの門の結界(ケッカイ)をより(ツヨ)めておく。王母(オウボ)の土地である全てに妾の、結界(ケッカイ)を張れれば良いのだが、何処(イズコ)までかなどは分からぬ(ユエ)、それは(カナ)わぬな。なれど里のみであれば張れる。姍寂(サンジャク)の作った犬神(イヌガミ)がおると思うて動くとなれば(ネラ)うは妾であろう。妾がおらねば里に(キバ)()くと考えよ」


眼前(ガンゼン)の三人が、御意(ギョイ)、と小さく頭を下げた。まずはその二つを(ホドコ)してから大国(タイコク)に降りる事になりそうだった。

録画してたクセスゴ見てたんですが、どぶろっくさんで爆笑してしまいました。


お話がまた新しい物語に入ります。

どうなっていきますやら楽しみにして頂けると頑張れます。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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