表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/204

閑寂《カンジャク》

遅くなりました。

更新いたします。

里の日々は(オダ)やかに(メグ)っていた。悧羅(リラ)各里(カクサト)(オトズ)れたことも大きかったけれど、中心に住む民達から仲睦(ナカムツ)まじさの変わらない悧羅(リラ)(シン)の姿を見聞(ミキ)きしたのも大きかった。二人でいるとその場に(ハナ)が咲いたようになり、御子(オコ)(サズ)かる前までの二人と何ら変わらない姿を見た者も聞いた者も一様(イチヨウ)安堵(アンド)した。悧羅と紳の子ども達もそれぞれ(オサ)の子である、という重責(ジュウセキ)を持ったようで近衛隊(コノエタイ)武官隊(ブカンタイ)鍛錬(タンレン)に参加したり、一緒に各里の見廻(ミマワ)りに行ったりするなど自分に出来ることを行うようになっている。勿論(モチロン)それは上の三人だけであったが、鍛錬(タンレン)の場には十四になった皓滓(コウサイ)も積極的に参加しているようだ。


同時に(マナビ)を深めるために学舎(マナビヤ)に通い、民の子達と共に学問に(ハゲ)む。それだけでは()りないと文官(ブンカン)(ツト)めの場にまで(オモム)き、里のこれまでの足跡(ソクセキ)辿(タド)る。(シマ)いには、まだ()りないと紳と悧羅にせがみ、()をつけてもらって宮でも知識(チシキ)を深めていた。闘技(トウギ)で三番手に入った舜啓(シュンケイ)は約束通り悧羅に稽古(ケイコ)をつけてもらいにやってくることも多くなっている。稽古(ケイコ)とはいえ、ただ悧羅に(モテアソ)ばれているのだが、その(サイ)には媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝忋(ワカ)も混じって稽古(ケイコ)をつけてもらっていた。


姉様(アネサマ)兄様(アニサマ)、がんばって!」


縁側(エンガワ)で妲己の(ソバ)に座っている皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)応援(オウエン)している。俺にはないのかよ!、と舜啓(シュンケイ)が叫びながら悧羅に向かっていくが(トウ)の悧羅は笑っているばかりだ。四人がかりでも悧羅は笑いを()やす事なく舞うかのようにひらりひらりと(カワ)しては(スキ)が出来ると打ち込んでくれる。終わる頃には息も()()えの四人に、何処(ドコ)がまだ甘いのかを教えてくれた。打ち込みも(カワ)しの甘いところを突いてくれるので、鍛錬(タンレン)のやり甲斐(ガイ)はあるのだが、息一つ(ミダ)すことのない悧羅は鍛錬(タンレン)を続けるたびにその強さが四人に伝わって、心が折れそうになることもしばしばだった。力を(オサ)えて相手をしてくれているのに全く()がたたない。(タオ)れこんだり座り込んだりする四人に、くすくすと笑いながら悧羅が、今日はここまでじゃの、と言いながら縁側(エンガワ)に座り笑い続ける妲己(ダッキ)を撫でる。


母様(カアサマ)今日もすっごおい!」


皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が悧羅に抱きつきながら嬉々(キキ)として笑った。それがいつもの光景(コウケイ)だった。


「なんで一発も入れられないんだよお」


倒れ込んだままで(ナゲ)くように(ウメ)舜啓(シュンケイ)に声を上げて妲己が笑った。


(ワレ)(アルジ)の動きも追えぬ若輩者者共(ジャクハイモノドモ)には一撃(イチゲキ)を入れるなど甘いわ。まだまだ(カス)ることさえ(ムズ)かしかろう”


まずは動きを追えるようにすることだ、と助言(ジョゲン)する妲己に、追えるようにねぇ、と嘆息(タンソク)しながら舜啓(シュンケイ)は起き上がって(スワ)りこんだ。そのまま頬杖(ホオヅエ)をついて考え込む舜啓(シュンケイ)に、追いかけっこでもするかえ?、と悧羅が微笑(ホホエ)む。


「それもいいかもしれないねぇ。母様(カアサマ)(ツカ)まえられたら動きについていけるようになったって事だもんね?」


息を整えながら啝珈(ワカ)が言うと、なるほどねぇ、と忋抖(カイト)も立ち上がりながら(コロモ)についた土や(ホコリ)(ハラ)う。確かに自分達は悧羅の動きさえ追えていない。気がつけば身体(カラダ)が浮いて飛ばされているのだ。まずは動きを追えるようにならないとまともな鍛錬(タンレン)にさえならないだろう。


「では、明日からは追いかけっこにしてみるかえ?(ワラワ)(ツカ)まえられたならば次に進むとしようか?」


笑いながら言う悧羅に、そうしてみるよ、と舜啓(シュンケイ)が仕方無さそうに肩を(スク)めた。まずは悧羅に追いつけなければ意味がない。(コロモ)(スソ)さえ(サワ)れもしない今では話にもならないのだから。


「ならばそう(イタ)そうかの」


ふふふ、と笑う悧羅の前で、とん、と中庭に降りる音がする。


「何だよ、まあたやられたのか?」


降り立った(シン)が中庭に倒れ込んだり座り込んだりしている子ども達と舜啓(シュンケイ)を見て苦笑している。()りないねぇ、と言いながら悧羅の(ソバ)まで歩いてくると、そのまま軽く口付ける。


「お(モド)りやし」


横に座る紳に悧羅が微笑むとその身体を引き寄せて紳は精気(セイキ)を送り始める。四人相手に鍛錬(タンレン)をつけていたとはいえ能力(チカラ)を使ってはいないだろうが、それでも少し(ツカ)れているだろう。


「何?まだ(サワ)れてもいないの?」


揶揄(カラカ)うように笑う紳に、そうなんだよね、と舜啓(シュンケイ)が笑いながら立ち上がった。


「気がついたら飛ばされてるんだよね。何処(ドコ)が弱いかとかは(オシ)えてくれるんだけどなかなかどうして上手(ウマ)くいかない」


「追いつけてもいないから話にもなんないんだよ。で、明日から母様(カアサマ)と追いかけっこする事になっちゃった」


忋抖(カイト)溜息(タメイキ)をつきながらまだ座り込んだままの媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)に手を貸している。忋抖(カイト)の手を取って立ち上がった二人と共に悧羅達の(スワ)っている縁側(エンガワ)に歩みよった。


「悧羅を(ツカ)まえられなくちゃどうしようもないからね。でもとりあえずそれをこなさなくちゃ咲に進めそうもないから」


「悧羅を(ツカ)まえる?」


首を(カシ)げて紳が悧羅を見る。悧羅が微笑むと、そんなの簡単(カンタン)じゃない、と紳が声を上げて笑った。またそんな、と苦笑する舜啓(シュンケイ)に、だって、と紳が悧羅を引き寄せる腕に力を込めた。


「俺はもう(ツカ)まえてるもん」


ほら、と()いた手で引き寄せた悧羅を指差して笑う紳に舜啓(シュンケイ)も子ども達も苦笑するよりない。それは紳だからできる事なのだ。


「それは父様(トウサマ)だからなの!普通にしたって無理なんだよ、母様(カアサマ)速すぎするだもん」


啝珈(ワカ)(アキ)れたように紳に言うと、そうか?、と紳は笑ったままだ。皓滓(コウサイ)灶絃(ソウゲン)玳絃(タイゲン)も悧羅から紳に抱きつきながら、母様(カアサマ)すっごく(ハヤ)いんだよ!、と興奮(コウフン)しながら飛び()ねている。


「あっちにいたと思ったら、こっちにきたりするんだよ?ぼくたちも見えないんだ」


抱きつかれながら紳もそうか、と嬉しそうに笑っている。


「ぼくたちも追いかけっこしたいなぁ。お稽古(ケイコ)じゃないならいいよね、父様(トウサマ)?」


「でも追いかけっこしても悧羅に追いつけるかな?」


頑張るもん!、と両の(コブシ)(ニギ)皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)に、やってみるといい、と紳が許しをだした。やったあ!と喜ぶ三人を見ながら、これ、と悧羅が(タシナ)めるように紳に()れる。


「いいじゃない。追いかけっこでしょ?危なくなんかならないよ」


「いやしかし…。上の子達も共に行うのだえ?ぶつかりでもしたらどうするのじゃ?」


「心配し過ぎ!下の三人だって動きたいだろうしね。見てるだけっていうのもつまんないんだろ?上の子達と一緒に動けば色々(マナ)ぶこともあるだろうしね」


大丈夫だよ、と触れられた悧羅の手を(ツカ)んで(サト)すように紳が言う。


「それに妲己だって見てるんだろ?危なくなったら妲己が助けに入るさ」


ね?、と紳に見られて妲己も無論(ムロン)と苦笑している。


“お怪我(ケガ)などされる前には(ワレ)が引き取ろう”


「ほらね、大丈夫だよ。追いかけっこしてる悧羅達の間に入るなんて妲己には容易(タヤス)いだろうからね」


()められて妲己は横たわったまま()を振っている。褒められて悪い気はしない。その姿を見て紳は笑った。だが言った言葉に(ウソ)はないのだ。悧羅の動きを追えるのは妲己くらいのものだろう。妲己がいて下の子ども達が怪我をするなどあり得ないし、悧羅とて何かあればすぐに助けに入るだろう。何より上の子ども達だけでなく下の子ども達も悧羅の強さを肌で感じてもよい年頃(トシゴロ)だ。紳の意図(イト)()みとったのか、悧羅も小さく息をついた。仕方ないの、と苦笑する悧羅を見て皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)満面(マンメン)の笑みをたたえてはしゃぎ始めた。


「お前らもこいつらに先に(ツカ)まえられた、なんてことになるなよ?」


悪戯(イタズラ)に笑う紳に忋抖(カイト)が肩を落とす。


「これで負けたら年上として立つ()がないよね」


「そういうことだ。(ハゲ)みにもなるだろう?」


(イヤ)な圧だけどね、と舜啓(シュンケイ)が苦笑している。


「まあ、とりあえず()でも使ってこいよ。お前ら土埃(ツチボコリ)だらけだぞ?」


紳に言われて四人は自分の姿を見下ろす。確かに土埃(ツチボコリ)(コロモ)も肌も汚れてしまっている。


「どうせ舜啓(シュンケイ)は泊まっていくんだろ?」


「明日も(ツト)めだからね。こっちの方が早いもん」


じゃあ入ってこい、と手を振る紳に(シタガ)って忋抖(カイト)が弟達にも声をかけて子ども達が湯殿(ユドノ)に向かった。背中を見送りながら笑っている紳に、やれやれ、と悧羅は身体を(アズ)ける。精気(セイキ)を送り込まれながら小さく息をつく悧羅の身体を抱きしめる腕に紳は力を込めた。


「疲れたんだろう?」


「少しばかりの…」


ふう、と息をつく悧羅の膝に妲己が(コウベ)を乗せる。その(コウベ)を撫でる悧羅の頭に紳が顔をつける。


「やっぱり無理しすぎなんだよ。少しは悧羅自身のために休まないと。沢山(タクサン)一度に背負(セオ)いすぎるんだもんな、いつもいつも」


“ほんに。(アルジ)はいつも(ミズカ)らを後回(アトマワ)しにされるでな”


それが心配なのだが、と嘆息(タンソク)する妲己を悧羅が優しく撫でる。大事(ダイジ)ない、と笑う悧羅に、そんなわけないだろう、と紳が溜息(タメイキ)をつく。まだ夜さえしっかり眠れていないことは、抱きしめて眠る紳だからこそ知っている事だ。粛正当時(シュクセイトウジ)ほどではないが、まだ時折(トキオリ)(ウナ)されては目を()ましている。都度(ツド)安心させるようにかき(イダ)いているのだが(ジョウ)の疲れで微睡(マドロ)みはするものの深い眠りについているわけではない。きっと今夜もそうだろう。


王母(オウボ)からの(ニン)もいつも通りに淡々(タンタン)(クダ)され続けている。(イナ)と言う事なく全てを悧羅が受けているのは、まだ(アズ)けたままにしている犬神(イヌガミ)のこともあるだろうし、十年前に新たに与えられた華の(オン)もあるのだろう。それが分かっているからこそ紳も無理をしていると分かっていても止めることが出来ないでいるのだ。


「まあとりあえずは俺たちも湯を使おう。俺も(ツト)めでべったべたなんだよね」


一緒に入ってくれるよね?、と(アオ)ぎみる悧羅に紳が伝えると、仕方(シカタ)がないのお、と悧羅は微笑んだ。その(クチビル)に軽く口付けると悧羅が紳の身体から起き上がった。妲己も悧羅の膝から(コウベ)を降ろして縁側(エンガワ)に寝そべった。先に立ち上がって紳が悧羅の手をとって立ち上がらせる。そのまま共に歩いて湯殿(ユドノ)に向かう。一つは忋抖達(カイトタチ)が使っているだろうし、露天(ロテン)媟雅(セツガ)達が使っているだろう。


(アン)(ジョウ)()いていた湯殿(ユドノ)に入って身を清めてから湯に()かる。いつものように悧羅を自分の膝に乗せて華を確かめながら、後ろから悧羅を抱きしめて精気(セイキ)を送り始める。助かる、と言いながら紳の胸に身体を(アズ)ける大きな溜息(タメイキ)が出てしまう。(アタタ)かい湯と紳の腕に包まれていると、ついとろりと微睡(マドロ)みそうになる。


「眠いの?」


とろりとした意識が紳の声で(ウツツ)に戻された。


其方(ソナタ)(ツツ)まれておると気が(ユル)んでしまうようでの…」


すまぬ、と苦笑しながら湯で顔を洗うとわずかばかり目が覚める。少し早めに上がって早めに休ませた方が良さそうだ、とその姿を見て紳は思う。お互いの身体が良く温まっていることを確かめてから、紳は湯から上がろうと悧羅を引き上げた。もうかえ?、と少しばかり不満そうな顔に、今日は駄目、と紳が(タシナ)める。元来(ガンライ)湯に()かるのが好きな悧羅は長湯(ナガユ)をすることが多い。もう少し湯に()かりたいのだろうが今日は早く休ませたいのだ。


「今日は早く休もう。でないと悧羅が本当に疲れて(タオ)れちゃうだろう?」


「…では今日は(ジョウ)()わさない、ということなのかえ?」


首を(カシ)げて聞く悧羅に紳がきょとり、と目を見開くとますます悧羅は首を(カシ)げた。


何てことを容易(タヤス)く言ってくれるのか…。


ふわりとした手拭(テヌグ)いを悧羅に(ワタシ)すと大人しく()き始める悧羅を見ながら紳は大きく肩を落とした。身体を拭いている悧羅を抱き寄せて、深く口付ける。


「どうしてそういうこと言うかなぁ?」


抱きしめたままで苦笑して、たまには我慢(ガマン)しようと思ったのにさ、と言う紳に悧羅が微笑んだ。


(コラ)えるなど物忌(モノイ)みの時だけで充分じゃ。他の夜は其方(ソナタ)に包まれておらねば(ワラワ)(ヤス)らかに眠ることさえできぬ」


知らぬわけでもあるまいし、と笑う悧羅の腰に手を当てて抱き上げると紳はそのまま座り込んだ。おや?、と悧羅が苦笑する。


「ここでかえ?」


(アオ)ったのは悧羅でしょ?」


膝に乗せた悧羅の首筋(クビスジ)(クチビル)()わせると抱きしめた身体がびくりと震える。確かに、と言う悧羅の声には笑いが含まれている。


「確かに(アオ)ったのは(ワラワ)(ホウ)であるの。(セキ)はとらねばなるまいて。…それに、」


紳の(ホオ)を包んで口付けると悧羅は(アデ)やかに笑う。


(ワラワ)とて(コラ)えられぬようじゃ…。それ(ユエ)、」


言葉を切った悧羅の次にくる言葉に紳は自分の言葉を(カサ)ねた。


「一回だけ許して、でしょ?」


先に言葉を(ツム)がれて悧羅はまた(アデ)やかに笑う。(ワラワ)が申そうとおもうておったに、と(ホオ)(フク)らませる悧羅に紳が柔らかく笑う。


()()は俺のなの。どうしてもの時に使う言葉なんだから。でも、悧羅にならたまには使ってもらってもいいかな?」


くすくすと笑い合いながら、悧羅は先の言葉を(ツム)ぐ。


「ならば、一度だけ許してたも?」


その言葉に紳が破顔(ハガン)して悧羅に深く口付けた。


「一回だけと言わず、どれだけでも。悧羅が望むだけの俺をあげるよ」


おやおや、と笑う悧羅を強く抱きしめて紳は(イツク)しむことを(コラ)えることをやめることにした。



長い湯を使って湯殿(ユドノ)を出ると待ちきれなかったのか、子ども達はもう夕餉(ユウショク)()り始めていた。遅いよ!、と()められながら二人も席に着く。すぐに加嬬(カジュ)冷酒(レイシュ)を乗せた(ゼン)を持ってきてくれた。礼を言って受け取ると(サカズキ)を取る紳に悧羅が酒を()いでやる。子ども達にとってはいつもの姿だけれど舜啓(シュンケイ)が、いいなあ、と笑っている。


舜啓(シュンケイ)だって呑んでるじゃないか」


酒を飲みながら紳が言うと、俺は手酌(テジャク)なの、と苦笑している。


「本当に仲がいいよねぇ。まあ、俺が(ユズ)たんだから仲良くしててもらわないと嫌なんだけどね。たまに(ウラヤ)ましくなるよ」


磐里(バンリ)に新しい酒を頼みながら言う舜啓(シュンケイ)に、(マカ)せとけ、と紳が笑っている。あの時五つだった舜啓(シュンケイ)と酒を飲めるようになったもいうのも不思議(フシギ)な感覚だ。新しく持ってきてくれた酒を磐里(バンリ)から受け取るとその酒瓶(サカビン)舜啓(シュンケイ)の手から媟雅(セツガ)(ウバ)いとっている。


手酌(テジャク)が嫌なら()ぐくらいしてあげるわよ」


苦笑しながら舜啓(シュンケイ)(サカズキ)に酒を()媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)が目を丸くして、(メズラ)しい、と微笑みながら()がれた酒を飲み干した。(カラ)になった(サカズキ)に新しく酒を()いでやりながら媟雅(セツガ)も苦笑している。酒瓶(サカビン)(ゼン)に置きながら媟雅(セツガ)夕餉(ユウショク)を取るのを止めていた手を(フタタ)び動かし始めることにした。何やら媟雅(セツガ)中で舜啓(シュンケイ)格付(カクヅ)けが上がっているように見えて、紳と悧羅は目を合わせて笑い合う。これは本当に舜啓(シュンケイ)が二人の息子になる日も遠くないかもしれない。


「そういえば忋抖(カイト)佟悧(トウリ)とはどうなってんだよ?」


夕餉(ユウショク)()り始めながら紳が揶揄(カラカ)うように(タズ)ねると、どうもこうもないよ!、と忋抖(カイト)ががっくりと項垂(ウナダ)れる。


(ヒマ)さえ出来れば(サソ)いにくるんだよ。お陰で近頃(チカゴロ)佟悧(トウリ)がくると反射的(ハンシャテキ)に隠れちゃうようになっちゃったもん。ぐいぐいくるから(ギャク)(コワ)いんだ」


思い出してますます項垂(ウナダ)れる忋抖(カイト)に皆が笑うと、笑い事じゃないって!、と頭を()いている。


「ぐいぐい行くのは咲耶(サクヤ)(ユズ)りなんだろうなぁ。強気っていうか物怖(モノオ)じしないっていうか。それが佟悧(トウリ)の良いところなんだけどな。何が駄目(ダメ)なんだよ?」


駄目(ダメ)っていうか、姉様(アネサマ)みたいなとこあるからなあ。小さい頃から知ってるし俺は身内(ミウチ)だと思ってるし、いきなりそんなこと言われても女として見れないでしょ?」


確かにな、と紳は苦笑した。


「別に(チギ)りたいと言われているわけじゃないんだから楽しめばいいのに。忋抖(カイト)って意外と(カタ)いよねぇ」


(トナリ)に座る啝珈(ワカ)から(ヒジ)(ツツ)きながら言われても、そういう問題じゃない、と忋抖(カイト)が大きく(イキ)をついた。持っていた(ハシ)を置いて悩む忋抖(カイト)舜啓(シュンケイ)(サカズキ)を差し出した。(ダマ)って受け取る忋抖(カイト)に酒を()いでやると一気に呑みほしている。


兄様(アニサマ)母様(カアサマ)みたいな(ヒト)が好きだもんね。佟悧(トウリ)ちゃんはちょっと違うもんね」


皓滓(コウサイ)に言われて忋抖(カイト)は苦笑する。確かに忋抖(カイト)理想(リソウ)とするのは母である悧羅のような鬼女(キジョ)だ。見つけ出すのは(ムズカ)しいとは分かっているが一番身近(ミヂカ)に里一番の鬼女(キジョ)がいては、全ての他の鬼女(キジョ)(カス)んで見えてしまうのは(イナ)めない。かといって一夜限(ヒトヨカギ)りの(ジョウ)()わすことがない、というわけではないのだが。理想(リソウ)だと言われた悧羅は(ウレ)しそうに笑って紳を見ている。


「なかなかいないと思うけどね。悧羅みたいな鬼女(キジョ)って」


「分かってるけどさ。じゃあ誰でも良いっていうわけにもならないでしょ?俺だってまだ若いしまだ成長途中(トチュウ)だし。その内ひょっこり、この(ヒト)だって思えることがあるかもしれないじゃない」


(カラ)になった(サカズキ)に酒を()いでやりながら舜啓(シュンケイ)が言うと、忋抖(カイト)も苦笑した。一回(タメ)せば?、と舜啓(シュンケイ)にも言われて忋抖(カイト)が、やめてよ、と首を振った。


「隠れることだけは上手(ウマ)くなったけどね。その内夜這(ヨバ)いでもかけられそうな勢いなんだよ?舜啓(シュンケイ)からも言ってやってよ。そろそろ(アキラ)めろって」


大きく嘆息(タンソク)する忋抖(カイト)にその場の皆が、それは無理だ、と笑った。


佟悧(トウリ)はこうと決めたら突き進むからな。本当に咲耶(サクヤ)そっくりだ。忋抖(カイト)の言う通り、その内夜這(ヨバ)いにくるかもってのも間違ってはないかもしれないぞ?」


くすくすと揶揄(カラカ)う紳に、勘弁(カンベン)してよ、と忋抖(カイト)は青ざめている。本当にない話ではないのだ。佟悧(トウリ)舜啓(シュンケイ)と同じで宮に自由に入る事を許されている。自分たちの部屋に行くまでにも悧羅の(マジナイ)がかけてあるが進む順序(ジュンジョ)も全ての覚えているのだ。忋抖(カイト)が身を守るには佟悧(トウリ)に知られずに部屋を変えるか、悧羅に(マジナイ)をかけ直してもらうくらいのことしかできない。


母様(カアサマ)本当に俺の部屋変えるか、(マジナイ)かけ直してくれないかなぁ?俺安心して眠れないよ…」


肩を落とす忋抖(カイト)に悧羅は笑っている。


忋抖(カイト)の願いとあらば聞かねばなるまいな。好きな部屋に(ウツ)ればよろしかろう。()()辿(タド)りつくまでの(マジナイ)ならばすぐにかけてやるえ?」


「本当?やった!でも佟悧(トウリ)には教えないでよ?」


あまりの(オビ)えようにまたその場の皆が笑ってしまう。教えなくても佟悧(トウリ)は見つけるまで(アキラ)めはしないだろうことは容易(タヤス)く思い(エガ)けるからだ。皆も(タノ)むからね!、と(ネン)を押されて皆、分かった、と(ウナズ)くしかない。不安が少し(ヤワ)らいだのか途中(トチュウ)で止めていた(ハシ)(フタタ)び動かし始めている忋抖(カイト)の顔には笑顔が戻っている。そこまで(オビ)えさせる佟悧(トウリ)()(カタ)が気にはなるところではあるが、まずは安心したような忋抖(カイト)の姿に皆苦笑するしかなかった。


夕餉(ユウショク)が済むと、しばらく酒を片手に談笑(ダンショウ)して皆自室に下がっていった。玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)には妲己(ダッキ)が共に(ハベ)って眠る。小さい子ども達と妲己は今までも共に眠っている。何かあった時に護るためでもあるし、(オサナ)い子ども達は皆妲己と共に眠りたがるのだ。廊下(ロウカ)途中(トチュウ)までは同じだが、ある一定(イッテイ)の場からはそれぞれの部屋に行くには順序(ジュンジョ)辿(タド)らねばならない。子ども達が増えると共に護るために悧羅が(アラ)たに(ホドコ)してきたからだ。


舜啓(シュンケイ)も宮に泊まる時にはいつも使う客間(キャクマ)に入るとすでに()かれていた布団(フトン)に身体を(アズ)けた。(ツト)めの後に悧羅に鍛錬(タンレン)をつけてもらっているので、それなりに(ツカ)れている。明日からはまず悧羅を(ツカ)まえる事を目指さなくてはならない。それもかなり(ムズカ)しい事だとは分かっている。八月(ヤツキ)前の粛清(シュクセイ)の場に舜啓(シュンケイ)もいたのだ。悧羅の(スゴ)さと重責(ジュウセキ)は十分に分かったつもりだ。


(オサナ)い頃には分からなかったけれど、今ならわかる。あのまま舜啓(シュンケイ)が約束通り悧羅を(ヨメ)にもらっていたとしても悧羅を(ササ)えてやることは出来なかっただろう。どんなに舜啓(シュンケイ)が悧羅を大事に思っていても(オサ)として立った500年の重みをわかってはやれない。わかろうとすることは出来ても見てきたわけではないのだから、それは()()()()()()()()(オモンバカ)ることしかできなかった。


やっぱり紳に(アズ)けてよかった。


今思えば舜啓(シュンケイ)が悧羅に(イダ)いていたのは恋慕(レンボ)ではなく忋抖(カイト)(イダ)いているような(アゴガ)れにも()た思いだったのかもしれない。舜啓(シュンケイ)とて悧羅のような鬼女(キジョ)を探しているのだ。忋抖(カイト)の気持ちは分かる。今はそれは媟雅(セツガ)だと信じて(ウタガ)ってはいないが、それも啝珈(ワカ)が言ったように交わ()わしてみなければわからない事もあるだろう。媟雅(セツガ)にその気が無いのでどうにもならないが、その点では舜啓(シュンケイ)佟悧(トウリ)も変わらないかもしれない。


やっぱり俺も母さんに()てるんだろうな。


自嘲(ジチョウ)しながら布団(フトン)(モグ)ると、ほどよい疲れとほろ()いですぐに微睡(マドロ)み始めることができた。もう少しで深い眠りに落ちるだろう、というところで舜啓(シュンケイ)は部屋の外に気配(ケハイ)を感じて目を()ました。宮の中の者達がどこに行くにも舜啓(シュンケイ)のいる客間(キャクマ)を通る必要はない。それは舜啓(シュンケイ)が他の場に行く時も同じことだ。宮の中に(アヤ)しい者はいないが、こんな夜更(ヨフ)けに客間(キャクマ)(オトズ)れるなど何かあるのだろう。何より今夜ここに舜啓(シュンケイ)がいることは皆が知っているのだから。


何だろう、と思いながら身を起こすと戸の外から聴き慣れた声が聞こえた。舜啓(シュンケイ)、と小さな声で呼んだのは媟雅(セツガ)の声だ。寝入(ネイ)っていたら気づけなかったかのような小さな声に舜啓(シュンケイ)布団(フトン)から出て戸を開けた。


「どうしたの?」


戸を開けた先には媟雅(セツガ)が座っている。何かあった?、と(タズ)ねると中に入ってもいいか、と逆に(タズ)ねられた。よく分からずに、もちろん、と(マネ)き入れると立ち上がって部屋の中に入っていく。戸を閉めて布団(フトン)の上に座った媟雅(セツガ)の前に座って、もう一度、どうしたの?、と尋ねてみる。うん、と困ったような顔をする媟雅(セツガ)舜啓(シュンケイ)も首を(カシ)げるしかない。


「あのね、」


しばらく考えた込むようにしていた媟雅(セツガ)が思い切ったように口を開いた。うん?、と首を(カシ)げたままの舜啓(シュンケイ)の耳に思いがけない言葉が届いた。


「…舜啓(シュンケイ)はさ…、(ジョウ)()わしてる(ヒト)がいるの…?」

思ったよりも遅くなってしまいました。

遅くなってしまい申し訳ありません。


お楽しみ頂ければ嬉しいです。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ