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真実《シンジツ》

残酷描写が少しあります。

苦手な方はご注意ください。

荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)、そして媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝珈(ワカ)が手分けをして(ホウム)った者たちの縁者(エンジャ)(シラ)せを持って廻り終わるまでには七日(ナノカ)(ヨウ)した。一万の民の縁者(エンジャ)(シラ)せて廻るのはそれなりに骨が折れたが、どの縁者(エンジャ)達も自分の子や(ツレアイ)がそのような(オロ)かな事に加担(カタン)していたことを泣いて()びた。決して自害(ジガイ)などするな、という悧羅(リラ)の言葉にも嗚咽(オエツ)()らすばかりだった。


同時に荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)(ジカン)を見つけては()らえた者たちへの詰問(キツモン)を始めた。日が()つにつれ少しずつ自分を取り戻し始めた十と四の者たちは一様(イチヨウ)(ソソノカ)されたのだ、と口にしている。


「力こそ全ての鬼の世で近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)武官長(ブカンチョウ)に護られるだけの力無き(オサ)など(オサ)()りえる資質(シシツ)もないのだ、と。闘いの中に身を(トウ)じて能力(チカラ)発揮(ハッキ)すべき我々(ワレワレ)安穏(アンノン)と暮らして良いはずがない。ここが大国(タイコク)であるならば(ナオ)のこと掌握(ショウアク)して(アヤカシ)も人の子もすべからく能力(チカラ)ある鬼の足元に(ヒザ)まづかせるべきた、と言っていた」


荊軻(ケイカツ)に矢で射貫(イヌ)かれながらある者は言い、またある者は枉駕(オウガイ)()(ツラヌ)かれて叫びを上げながら二人の詰問(キツモン)(コタ)えた。


「最初はそんな事やれようはずもない、と思っていたのにまるでそれが当たり前の様に感じてしまっていた。『誅芙蓉(チュウフヨウ)』の名の(モト)に自分たちが新たに里を繁栄(ハンエイ)させていく(カナメ)になるのだと信じていた。そうする事こそが、民達(タミタチ)(サラ)安寧(アンネイ)(ミチビ)けるのだと。鍛錬(タンレン)で集まる(タビ)にその気持ちは大きくなった」


それらの言葉に荊軻(ケイカツ)(マユ)(ヒソ)めた。まるで何かの(マジナイ)にでもかけられているかのように皆が同じ事を言う。姍寂(サンジャク)がかけたにしても、一本角の者にまでこう思わせるような能力(チカラ)があるようには思えない。(トウ)姍寂(サンジャク)(タズ)ねても何も応えず、殺してくれ、と哀願(アイガン)するばかりなのだ。


何かおかしい、と思ったのは荊軻(ケイカツ)だけではなかったようだ。枉駕(オウガイ)も皆が同じような事を言い続ける事に疑念(ギネン)を感じた。どんなに刺し続けても、弓で()られ続けても聞き出せる言葉が誰一人として(コトナ)らない。誰であれ少しばかりの言葉の食い違いはあるものなのに、まるでそれは()りこまれたように繰り返される。十と四の数が()()()()()()()()()()のだ。


「おかしいと思わぬか?」


荊軻(ケイカツ)(ツト)めの場に戻り勝手(カッテ)に茶を()れながら枉駕(オウガイ)疑念(ギネン)を口にした。向かい合った場に座りながら差し出された茶を受け取って、そうですね、と荊軻(ケイカツ)も小さく息をついた。


粛清(シュクセイ)し、残った者からは詰問(キツモン)で話を聞く。それだけのことのはずだったのですが、何かがおかしいとは思います」


(マジナイ)(タグイ)ではないのか?ああも同じことを繰り返すのはやはりおかしいだろう?矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の時は(オノレ)意思(イシ)で語っていたように思ったのだが。こやつらは何やらに考えを支配(シハイ)されているように応えが同じだ」


足の爪先(ツマサキ)で足元の(ユカ)を数回軽く蹴りながら枉駕(オウガイ)()れた茶を(スス)る。荊軻(ケイカツ)も受け取った茶を(スス)りながら(ユカ)(ナガ)めやった。


「考えられないことではないとは思いますが、矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)()けたということはないでしょう。あれらは(ヨク)で動いておりましたし、何よりもう事切(コトキ)れておるのですから」


二人を詰問(キツモン)していた時の事を思い出しながら荊軻(ケイカツ)はますます(マユ)(ヒソ)める。例え二人の内のどちらかが(マジナイ)を掛けていたとしても、術者(ジュツシャ)が死ねば効力(コウリョク)は失われるものだ。二人の(ヤシキ)(アラタ)めた時も特にそういった気配(ケハイ)は感じなかった。別の場所でかけているならば見落としている可能性もないではないが、あの二人と(マジナイ)が結びつかない。


「かと言って姍寂(サンジャク)にそれ程の能力(チカラ)があるとは思えないのですよ」


嘆息(タンソク)する荊軻(ケイカツ)に、そうか?、と枉駕(オウガイ)が意外そうに首を(カシ)げた。枉駕(オウガイ)はそうは思っていないのか、と問う荊軻(ケイカツ)に少しばかり考え込む姿が映る。


(ワレ)はそういった(タグイ)には(ハク)があまりないのでな。素人(シロウト)思慮(シリョ)だと笑ってくれても(カマ)わないのだが。姍寂(サンジャク)周到(シュウトウ)達楊(タツヨウ)を落としているだろう?お前も言っていたではないか。掛けるにはそれなりの能力(チカラ)(ガク)がいる、と」


そういえば、と荊軻(ケイカツ)もはっとする。達楊(タツヨウ)油断(ユダン)していた事を差し引いても近衛隊(コノエタイ)副官(フクカン)(マカ)せるほどの実力はある。枉駕(オウガイ)(シン)荊軻(ケイカツ)悧羅(リラ)には遠く(オヨ)ばずとも、だ。


達楊(タツヨウ)を落とす事が出来るのであれば、若輩者(ジャクハイモノ)の一本角や二本角の連中(レンチュウ)を落とすことくらい容易(タヤス)いのではないか?それに(マジナイ)だとして、だ。姍寂(サンジャク)はまだ生きているだろう?」


「確かに枉駕(オウガイ)が言う事もわかります。…ですが例えそうであったとしてもですよ?一万もの鬼を支配下(シハイカ)に置けるかどうか…」


考えあぐねる荊軻(ケイカツ)に、そうか、と枉駕(オウガイ)(ウナズ)いた。(ワレ)はよく知らぬが、と前置きして新たに茶を()れる。


(マジナイ)というものは(コト)()だけでかけるものなのか?呪符(ジュフ)や道具を(モチ)いたりはせんのだろうか?」


その言葉にまた荊軻(ケイカツ)は、はっとさせられる。自分よりも、格上(カクウエ)や確実に(マジナイ)(ホドコ)したい時などはそういったものを使うことがある。使うことで術者(ジュツシャ)能力(チカラ)底上(ソコア)げする代わりに返された時の反動(ハンドウ)も大きくなるため、あまり使うことを(ヨシ)とはしていないが返されない限り、術者(ジュツシャ)不利益(フリエキ)(ショウ)じない。術者自(ジュツシャミズカ)らをその(マジナイ)(カテ)とするならば、能力(チカラ)増幅(ゾウフク)は望めるだろう。


「…調べてみる価値(カチ)はありそうですね」


「何かこう分かりやすい物などはないのか?」


考える荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)(タズ)ねる。(マジナイ)に掛けられているとして、対象者(タイショウシャ)に何らかの(シルシ)でもあれば荊軻(ケイカツ)()けるだろうと思われた。それに荊軻(ケイカツ)が首を振る。


達楊(タツヨウ)の時のような(マド)わすだけのものならば容易(タヤス)()けますが、万が一にも呪符(ジュフ)道具(ドウグ)(モチ)いていた場合はそちらから()かねばなりませんね。(マジナイ)だとして動くならば下手(ヘタ)手出(テダ)しが出来ません」


「ならばどうする?どこから調べれば良い?」


術者(ジュツシャ) 姍寂(サンジャク)だと仮定(カテイ)すれば、まずは(ヤシキ)(アラタ)めた方がよろしいでしょうね」


なるほどな、と立ち上がる枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)も続く。もしも呪符(ジュフ)や道具があるのなら早めに見つけた方が良い。()()()()の物であってもそれらは日を()うごとに力を増すからだ。早々(ソウソウ)(ツト)めの場を出て姍寂(サンジャク)(ヤシキ)へと向かう。矜焃(キョウカク)との幼友達(オサナトモダチ)とあって、矜焃(キョウカク)(ヤシキ)から然程(サホド)遠くない場に姍寂(サンジャク)(ヤシキ)はあった。一度、身を(アズ)かる、と伝えに来たのは枉駕(オウガイ)であったので迷う事なく(ヤシキ)に着く事が出来た。


戸の前に立って声をかけるが(コタ)えがない。


「誰もいないのですか?」


先に立って戸に声をかけている枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)(タズ)ねると、いや、と枉駕(オウガイ)が首を振る。


先日(センジツ)(オトズ)れた時には父母と妹が居た」


「それにしては気配(ケハイ)がありませんね。(ツト)めに出ているような(ジカン)でもないでしょうに」


(アタ)りはまだ夜明け前だ。(ワズ)かに(シラ)んでいるのはまだ遠く(ハシ)の方だけ。そうだな、と枉駕(オウガイ)(ウナズ)き、今度は声だけでなく戸を(タタ)いた。戸が(コワ)れそうな力で叩いてみるがやはり(コタ)えがない。


「…おかしいな」


(ツブヤ)いて枉駕(オウガイ)は戸に手をかけた。(ジョウ)もかけられていない戸は、からりと容易(タヤス)く開いた。だが開けた途端(トタン)枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)の鼻に、つん、とした(ニオ)いがついた。

つい先日(センジツ)()いだ(ニオ)いだ。粛清(シュクセイ)の場で、悧羅が()り取っていく者たちが(ハナ)っていた(ニオ)いと同じもの。


__________________ 血の(ニオ)い_________________。


同時に(ヤシキ)の中から流れ出す異様(イヨウ)気配(ケハイ)枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)も顔をしかめた。


「…なんだ?」


中に入ることも(ハバ)かられる様な気配(ケハイ)に一瞬枉駕(オウガイ)の足が止まる。


「分かりませんね…。ただあまり良いモノでは無さそうです。用心(ヨウジン)しながら失礼することにしましょう」


これだけの血の(ニオ)いだ。中の者たちの命があることはないだろう。


「せめて自害(ジガイ)でないことを(イノ)るしかないな」


大きく嘆息(タンソク)する枉駕(オウガイ)に、そうですね、と(ツブヤ)いて荊軻(ケイカツ)は共に(ヤシキ)の中に足を踏み入れた。外とは違い(ヤシキ)の中はまだ暗い。(アカ)りを手にしたい所だが他者の(ヤシキ)ではどこに何があるのかなど勝手(カッテ)も分からない。この異様(イヨウ)な空気の中で(オノレ)能力(チカラ)(サラ)け出すことは気が進まないが、仕方(シカタ)ない。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)鬼火(オニビ)を出して(アタ)りを()らし出した。


見える範囲内(ハンイナイ)には血の(ニオ)いの元となるようなモノは見当たらない。


「どうする?二手(フタテ)に別れるか?」


荊軻(ケイカツ)に視線を落としながら(タズ)ねる枉駕(オウガイ)に、やめた方がよろしいでしょう、と荊軻(ケイカツ)は首を振った。そうだな、と枉駕(オウガイ)(ウナズ)いている。気配(ケハイ)(ヌシ)が何かも分からないのだ。共に動いていた方が何かあった時にも素早(スバヤ)対応(タイオウ)できるだろう。(サイワイ)にも(ヤシキ)は広くはない。土間(ドマ)を照らしながら進むと、ふと荊軻(ケイカツ)が足を止めた。


「どうした?」


視線を荊軻(ケイカツ)に投げると、あれは?、と指を指している。指し示された方を見やると土間(ドマ)の一部が盛り上がっていた。何だろうな、と(ツブヤ)きながら枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)はそこまで歩く。近くに寄ると、それは盛り上がりではなく中から何かが出た後のようだ。土は中から押し出されるように両側に広がり穴が見える。そこまで深い穴ではなさそうだが、周囲の暗さも相まって中を(ウカガ)い知ることが出来ない。穴の中を鬼火(オニビ)で照らすと(ツボ)があった。手を入れようとする枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)(セイ)した。


異様(イヨウ)気配(ケハイ)()()からする。無闇(ムヤミ)に手を入れない方がいい。


「…一旦退(シリゾ)きましょう。中の事も気にはなりますが、私共(ワタクシドモ)の手には(アマ)るやもしれません。(オサ)と共に(マイ)った方が良さそうです」


荊軻(ケイカツ)の言葉に、今からか?、と枉駕(オウガイ)(マユ)(ヒソ)めた。まだ夜明け前だ。ともすれば(シン)(ジョウ)()わしている最中(サナカ)かもしれない。


枉駕(オウガイ)の言いたい事も分かりますが、()()は早く(オサ)めたほうがよろしいでしょう。…心苦(ココログル)しくはありますが、やむをえません。私共(ワタクシドモ)にまで何かあれば、(ダレ)(オサ)をお(ササ)えできましょうか」


荊軻(ケイカツ)の言葉に、わかった、と枉駕(オウガイ)は立ち上がった。共に玄関(ゲンカン)の戸を出て宮に向かって()ける。これほどまでに荊軻(ケイカツ)が用心するのは(メズラ)しい。粗方(アラカタ)のことであるならば、(オサ)に願い出る事なく枉駕(オウガイ)と二人で(オサ)めてきた。だが、今回ばかりは違う。得体(エタイ)の知れないモノにまるで(オビ)えてでもいるように前を()ける荊軻(ケイカツ)の背中は(アセ)っているように見えた。


言葉を発する事もなく二人は()けて、不躾(ブシツケ)だとは思ったが宮の中庭に降り立った。普段(フダン)荊軻(ケイカツ)ならば決してしない行動に、やはり何かに(オビ)えているのだ、と枉駕(オウガイ)確信(カクシン)する。悧羅(リラ)(シン)の自室の前まで歩いて、荊軻(ケイカツ)が静かに、(オサ)、と声をかけた。すぐには(コタ)えが無かったが、二度目に、(オサ)、と声をかけると中から戸が開かれた。開いた戸から見えたのは軽く寝間着(ネマギ)羽織(ハオ)った紳の姿だ。


「…何かあれば踏み込んでくるとは言ってたけど、本当に踏み込んでくるか?」


苦笑しながら言う紳も荊軻(ケイカツ)の表情を見て何かを(サッ)したようだ。そのまま、ちょっと待ってくれ、と戸を開いたまま中に入ると、まだくったりと寝所(シンジョ)に横たわる悧羅に声をかける。


「起きれる?荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が来てる。あんまり良い(シラ)せじゃないみたいだよ」


おや、と苦笑しながら起きあがろうとする悧羅を支えると、びくり、とその身体が震えた。今の今まで(イツク)しんでいたのだ。余韻(ヨイン)が残っているのは仕方ないだろう。くすり、と笑って紳は悧羅に口付けてから寝間着(ネマギ)上衣(ウワゴロモ)を着せる。一度水を飲ませてから二人で戸の前に行くと縁側(エンガワ)荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)()している。二人の前に()して悧羅が顔を上げるようにいうと、静かに二人が顔を上げた。上げられた荊軻(ケイカツ)の表情に、悧羅は苦笑するよりない。


其方(ソナタ)がそのような顔をするとはの。余程(ヨホド)の事であったのだな。如何(イカガ)(イタ)した?」


柔らかに問われて荊軻はまだ明らかではないが、と前置きして見たこと感じたことを悧羅に話す。とにかく異様(イヨウ)なのだ、という荊軻(ケイカツ)の言葉に、ふむ、と悧羅が少し考え込んだ。


「まだ(ヤシキ)の中を(アラタ)めておるわけではございませんので、(オサ)にお見せしたくないものも残っておるとは思います。なれど、あれは私共(ワタクシドモ)では手に(アマ)ると存知(ゾンジ)ます」


荊軻(ケイカツ)(シラ)せを聞いて、一つ(タズ)ねるが、と悧羅は口を開いた。


姍寂(サンジャク)(ヤシキ)矜焃(キョウカク)(ヤシキ)の近くに辻道(ツジドウ)はないか?…いや、どちらかと言えば矜焃(キョウカク)(ヤシキ)の近くかの。(ワラワ)(シイ)さんとして集まっておったは矜焃(キョウカク)(ヤシキ)の周りであったな」


辻道(ツジドウ)…で、ございますか?」


周りを見ながら()けていたわけではないので、荊軻(ケイカツ)には(オボ)えがない。枉駕(オウガイ)を見ると、同じように首を(カシ)げている。


「分かりかねます。そのような事を気にした事もございませんでしたな」


(コタ)える枉駕(オウガイ)に、そうであろうの、と悧羅は苦笑した。目的がなければ通るだけの道に(キョウ)を持つ者などいないだろう。くすり、と笑って悧羅は立ち上がると草履(ゾウリ)()いた。悧羅?、と声をかける紳に振り向いて悧羅は微笑(ホホエ)みながら荊軻(ケイカツ)を指さした。


「これがこれほどまでに(オビ)えるは、この500年無かったのでな。早い方がよろしかろう。まずは矜焃(キョウカク)(ヤシキ)まで案内(アナイ)(イタ)せ」


は、と立ち上がる荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)を見ながら、そんな格好(カッコウ)で行くの?、と紳だけが納得いかなそうに(ホオ)(フク)らませている。もう、と言いながらも自分も草履(ゾウリ)()くと、ふわり、と悧羅を抱き上げた。自分で()けられる、と言うのに寝間着(ネマギ)(ミダ)れたらどうする、と退()いてはくれない。仕方なくそのまま抱かれていることにして、悧羅は荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)先導(センドウ)(メイ)じた。


は、と二人の声がして一足(イッソク)飛びに()け始める。その後を追うように紳が悧羅を抱いたまま地を蹴って()ける。風になびく髪を押さえて前を行く二人の背中を見ていると、少しずつ夜が明けてくる。まだ民達(タミタチ)が動き出す(ジカン)ではないのが悧羅にとっては僥倖(ギョウコウ)と言えた。心に浮かんだ事がもしも(ウツツ)としてあるのであれば、民達に見せたいものではないからだ。


全力(ゼンリョク)()けた荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)の背中を追ったせいで、目当(メア)ての矜焃(キョウカク)(ヤシキ)までつくのにはほんの(ワズ)かな(ジカン)しかかからなかった。地に降り立つと紳が悧羅を降ろす。周りをぐるりと見廻してから悧羅は、姍寂(サンジャク)(ヤシキ)はどちらだ、と(タズ)ねた。


「ここからですと左に二町(ニチョウ)ほどの所ですな」


ふむ、と考え込みながら悧羅は矜焃(キョウカク)(ヤシキ)の周りを歩き始めた。『誅芙蓉(チュウフヨウ)』を(カカ)げた者たちはこの場に集まり鍛錬(タンレン)の場に移動していたと聞いている。とすれば、鍛錬(タンレン)の場に行くまでの道に辻道(ツジドウ)があるはずなのだが…。


(ヤシキ)の周りをぐるりと廻ってから、遠くない日に粛清(シュクセイ)を行った道を辿(タド)って、悧羅はふと足を止めた。元々辺境(ヘンキョウ)の場にある矜焃(キョウカク)(ヤシキ)だが鍛錬(タンレン)の場に行くための道が(セマ)くなり一本道になっている。前には(ヤシキ)二軒(ニケン)。後ろにも(ヤシキ)二軒(ニケン)。整えられた道ではなく獣道(ケモノミチ)と言っても良いが、一応は十字(ジュウジ)辻道(ツジドウ)を形作っている。


その中央に歩み寄ってしゃがんで土を触ると、そう遠くない日に()り出したような柔らかさがある。すん、と(ニオ)いを()ぐと()いたような腐臭(フシュウ)に混じって(カス)かに血の(ニオ)いがした。


ここで間違いは無いようだな。


立ち上がって手に付いた土を(ハラ)うと、背後(ハイゴ)から、(オサ)?、と枉駕(オウガイ)から声をかけられた。振り向いて小さく笑って、だいたいわかった、と伝える。


姍寂(サンジャク)(ヤシキ)案内(アナイ)してくりゃるかえ?」


分かったとはどういうことだ、とは皆が思ったがとりあえずは姍寂(サンジャク)(ヤシキ)に向かって歩き始めた。歩いている間も悧羅は周りをきょろきょろと見ている。二町(ニチョウ)離れているのであれば、この(アタ)りに(マジナイ)(ホドコ)したとは考えにくいが、何とも禍々(マガマガ)しい気配(ケハイ)(タダヨ)っている。


これに当てられては理性(リセイ)自制(ジセイ)などきかぬであろうな、と苦笑する悧羅の手を紳が(ニギ)った。


「…何、この変な感じ…?」


その手を(ニギ)り返して、気づいたのであれば大事(ダイジ)ない、と笑ってみせる。しばらく歩くと、ここです、と荊軻(ケイカツ)が足を止めた。出るときに戸を閉めていなかったからか、開かれた戸からは血の(ニオ)いと禍々(マガマガ)しい気配(ケハイ)(タダヨ)っていた。確かにこれは荊軻(ケイカツ)判断(ハンダン)が正しかっただろう。無理に踏み込んでいれば悧羅は二人に会うことは二度と(カナ)わなかったかもしれない。なるほどの、と先に進む悧羅の手を紳が離さずについてくる。


背後に立つ荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)に、待っておくか?、と笑うと、とんでもない、と首を振っている。例え(カナ)わなくても、こんなに禍々(マガマガ)しい場に悧羅を一人で行かせることなど出来ようはずもない。紳は言わずもがなで付いていくだろう。


「では(ワラワ)(ソバ)(ハナ)れるでない。大人(オトナ)しく言うことを聞いてくれればよいがの」


は、と荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が悧羅の背中に着いた。さて、と中に踏み込んでその暗さにまずは鬼火(オニビ)を出す。無数(ムスウ)の悧羅の鬼火(オニビ)(アタ)りを照らし出して土間(ドマ)を進むと、あれにございます、と荊軻(ケイカツ)が声をかけた。見やると確かに土が盛り上がっている。(ソバ)まで行ってしゃがむと穴の中にあるモノを悧羅は取り出した。少し大きめの(ツボ)だが、(フウ)は中から(ヤブ)られている。(ツボ)(アラタ)めると表面に呪符(ジュフ)であったものが焼け()げて貼り付いていた。


(ツボ)の中には(カワ)いたものとまだ新しいものだが血が入っている。やれやれ、と嘆息(タンソク)して立ち上がると悧羅は部屋に(ツウ)ずる戸を開けた。途端(トタン)に、血と腐臭(フシュウ)が強くなって思わず共にいた三人は顔をしかめた。だが、その場には血は見当たらない。奥にもう一つ戸があるのが見えて悧羅は部屋の中に上がり込む。三人も続いたのを見やって戸の前まで歩くと禍々(マガマガ)しさが増したように感じた。


(ヤシキ)の大きさから見てこの先が最後の部屋だろう。ゆっくりと()を開けると先程までとは違う生々(ナマナマ)しい血の(ニオ)いと腐臭(フシュウ)が悧羅達を(ツツ)んだ。鬼火(オニビ)で照らすと部屋中に血が飛び散って、(ユカ)だけでなく天井(テンジョウ)(カベ)にまで貼り付いている。中には肉片(ニクヘン)も共に貼り付いていた。


「なんだよ、これ…」


(シボ)りだすような紳の声には応えずに、悧羅は(ニギ)った手に力を込めた。耳を()ますと、ぴちゃりぴちゃり、と小さな音がする。血が(シタタ)るような音だが、違うことを悧羅は分かっている。血の(ユカ)(ヒル)むことなく部屋の中を歩いて音の方に進むと黒い陰が見えた。陰は小さく(ウゴメ)いているがその下に亡骸(ナキガラ)があることは見てとれた。鬼火(オニビ)で照らされても何ら気にする事もなく、それは(ウゴメ)いている。


「…もし?」


小さく悧羅が声をかけるが(ウゴメ)く陰は動かない。もう一度、もし、と声をかける悧羅にようやくそれは動いた。振り向いたそれを見て紳も枉駕(オウガイ)荊軻(ケイカツ)驚愕(キョウガク)を隠せなかった。


()()()()()()()()()()()


大きく開かれた口の周りは血で(ヨゴ)れ、上げられた頭の下には血を流し続ける亡骸(ナキガラ)がある。


()()()()()()()


喰われていた亡骸(ナキガラ)然程(サホド)遠くない(ジカン)に殺されたのだろう。時折(トキオリ)まだ手の指が痙攣(ケイレン)でもするように、びくり、と動いている。それに(マユ)一つ動かさず、悧羅はその場に膝をついて犬の頭と視線を合わせた。


(ワラワ)が里の(オサ)、悧羅である。其方(ソナタ)姍寂(サンジャク)に作られたのかえ?」


(オダ)やかに(タズ)ねる悧羅に、犬はにたりと笑った。口の(ハシ)から血が(シタタ)ってなんとも異様(イヨウ)光景(コウケイ)だ。切り落とされたのであろう首からもまだ新しい血が少しずつ流れ出している。


如何(イカ)にも】


にたり、と笑ったままで犬が応えた。話すなどとは思っていなかった三人は目を見開いてしまう。


【悧羅という鬼女(キジョ)()るために力が欲しいと彼奴(アヤツ)が望み、(ワレ)が作られた。そうか、お前が悧羅か】


話すたびにその口から腐臭(フシュウ)と血の(ニオ)いが部屋に満ちていく。


【あれの悪意(アクイ)非常(ヒジョウ)美味(ビミ)であったのに。戻らぬということは、(ワレ)()き物としての役も終わったのであろうな】


せっかく能力(チカラ)を貸してやったのに、と犬はにたりと笑いを深めた。


「そうさの。すでに()らえておるに、其方(ソナタ)(モト)には戻らぬであろうな」


嘆息(タンソク)する悧羅に、犬は、(カマ)わん、と吐き捨てた。


彼奴(アヤツ)の心はすでに(コワ)しておいたでな。戻ったとして(ワレ)の役には立たん。好きにするがよいさ】


「…其方(ソナタ)はどうするのだ?(ワラワ)としては里に(アダ)なすのであれば其方(ソナタ)(メッ)せねばならぬ。なれど其方(ソナタ)(クヤ)しかろう思いも分からぬではない」


ほう、と犬が目を細めた。目の前の悧羅はその気になれば自分と口を()かずとも(メッ)することができるだけの能力(チカラ)を持っているようだ。だが、自分が(クヤ)しいだろうと言う。生かしても良いということか、と犬は笑うしかない。


(ワレ)を生かしてお前に何の(トク)があろうか。すでにこの姿だ。どこに行こうと(アダ)なすとは思わんのか?】


甘い奴だな、と嘲笑(チョウショウ)されて、そうかもしれぬな、と悧羅も(ウス)く笑った。


(ワレ)報酬(ホウシュウ)さえもらえればよい。彼奴(アヤツ)が戻らぬのでこの場の物をまずは()ろうたが、(ワレ)彼奴(アヤツ)制約(セイヤク)はお前を()(ホロボ)すための能力(チカラ)を与える、というものだ。報酬(ホウシュウ)彼奴(アヤツ)が死んだ時の(ムクロ)の肉としていたが。お前がここにおるということは願いは成就(ジョウジュ)しておらんのだろう?】


「そういうことになるの。ではどうする?」


問う悧羅に、面白(オモシロ)い奴だ、と犬は声を上げて笑った。


【お前を殺すために作られた(ワレ)に道を選ばせるのか?面白(オモシロ)い。実に面白(オモシロ)い】


「そうは言うても其方(ソナタ)が向こうて来たとて、(ワラワ)に触れることなく(メッ)する事ができるでな。すこしばかり(ナサケ)をかけてもよろしかろう?」


笑う悧羅に、(ナサケ)とな、と犬が笑った。


【ではこうしよう。彼奴(アヤツ)の肉はまだ残っておるか?】


頭だけなら、と悧羅が応えると、十分(ジュウブン)と犬はまたにたりと笑う。


【その肉を(ワレ)によこせ。それで彼奴(アヤツ)との制約(セイヤク)は満たされる。その後はお前の眷属(ケンゾク)とせよ】


意外な申し出に悧羅は、おや、と笑った。


【お前ならば(ツカ)えても申し分がない】


報酬(ホウシュウ)などはないぞ?(ワラワ)眷属(ケンゾク)になると言うことは民達を護るということになるえ?」


悧羅の言葉に、そのようなもの、と犬が吐き捨てた。


【お前の眷属(ケンゾク)になるだけで十分な報酬(ホウシュウ)だ。お前がそれを望むなら(ワレ)もこの地の民達に手は出さぬ。悪い話ではないだろう?】


ふむ、と悧羅は考える。確かに力は強大だが眷属(ケンゾク)など持った事もない。自分自身にどのようなことが起こるのかも分からない。(イナ)、と言って(メッ)するのは容易(タヤス)いが、それで良いものかとも悩んでしまう。


「…眷属(ケンゾク)の話は一度置いておいてもよいか?(ワラワ)もすぐには決められぬ(ユエ)其方(ソナタ)がほんに(ワラワ)の民達に(ガイ)さぬ、と見せてたも。それまではきちんと(マツ)るが場は移させてもらうに、よろしいか?」


【さもありなん、と言ったところだな。それで良い。だがここを()らい尽くすまで、持っていくは待て】


にたりと笑った犬に、承知(ショウチ)した、と悧羅は頷いて立ち上がると三人を(トモナ)って(ヤシキ)の外に出た。終われば出てくるだろう。やれやれ、と嘆息(タンソク)する悧羅に、一体何なの?、と紳が聞いてくる。


「…犬神(イヌガミ)じゃ。(ワラワ)(シイ)するために作ったのであろうの。ここは大国(タイコク)の上じゃて、下界(ゲカイ)に降りて|蠱毒(コドク)()たのだろうな」


姍寂(サンジャク)が…、でございますか?」


驚いたように荊軻(ケイカツ)(タズ)ねた。それに(ウナズ)いて悧羅は最初にみた辻道(ツジドウ)の話をする。


「あそこに埋めて上を通る者達に(マジナイ)をかけておったのだろう。自分に()かせたは良いが犬神(イヌガミ)能力(チカラ)が大きすぎて姍寂(サンジャク)が飲まれたのだろうの。どちらにせよ(アワ)れなことよ。荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)もよく(トド)まった。留まらねば今頃は食い荒らされておったであろうな」


笑う悧羅に、そんなに?、と紳が驚いている。


「良くも悪くも(ウラ)みから生み出されたものというは(ハカ)り知れぬものがあるでな。初めに感じた禍々(マガマガ)しさのまま(ハナ)たれておったなら、民達を()ろうて力をつけ(ワラワ)の手にも余ったやもしれぬ。まだ、(ワラワ)の方が強くあったが(ユエ)、話もできた。よう見つけてくれた」


荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)に向けて悧羅が言うと、いえ、と二人が頭を下げた。どちらにせよ悧羅の手を(ワズラ)わせてしまった。


「で、あれをどうするの?」


(ヤシキ)の中を指差して紳が(タズ)ねる。報酬(ホウシュウ)代わりに姍寂(サンジャク)縁者(エンジャ)()っている音は外まで響いてきている。


眷属(ケンゾク)とか、俺は反対だからね!得体(エタイ)が知れなさすぎる!」


まあそうだの、と悧羅は微笑んだ。


「とにもかくにも姍寂(サンジャク)(コウベ)()らわせねばの。あれが姍寂(サンジャク)()らわば他者にかけられていた(マジナイ)()けよう。そのままその場に留めてしばらく(マツ)る。…ちと王母(オウボ)の考えもきかねばなるまいよ」


眷属(ケンゾク)など持った事もない悧羅が、果たしてそれをして良いものなのかが分からない。悧羅の(ソバ)におく事で妲己(ダッキ)のような(アヤカシ)(テン)じるならば良いが逆もあり得る。しばらくは考える(ジカン)が欲しかった。


「何にせよ、これでおかしな事の合点(ガテン)はゆく。(マコト)が明らかになったというは良い事であろうの」


大きく溜息(タメイキ)をつくと悧羅は空を見上げた。夜明け前だった空はもう明るくなっている。里の民達も日々の()らしを始める頃だ。その前にどうにか手を打てたことを今は喜ぶよりないようだった。

一町:110mくらいです。

二町で220mくらいだと思ってくださいませ。


新たな仲間が出来ますやら?


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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