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厭悪《エンオ》

遅くなりました。

更新します。

晴明(セイメイ)が作った人形(ヒトガタ)は月が(ノボ)ると(オノ)ずから矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の姿に(テン)じた。悧羅(リラ)が何を(メイ)じるわけでも無いが鬼の姿に(テン)じると矜焃(キョウカク)(ヤシキ)に向かう。先に集まっているであろう者達に(アヤ)しまれないようになのか、別々の方向から回り込んで場に向かったり、先に(ヤシキ)についていたりと行動は様々(サマザマ)だったが、これも晴明(セイメイ)(ジュツ)(スグ)れているからだろう。


佟悧(トウリ)が持ってきてくれた文書(モンジョ)(ウラ)荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)()っている間に(アヤ)しまれないように人形(ヒトガタ)は動かして置いたのだが、その効果(コウカ)は大きかった。


戻ってきた矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)に仲間は喜び、やはり(オサ)など大したことはない、と自分達の力や考えが正しいのだと一層(イッソウ)思い込んだ。その中で、(ワズ)かに疑念(ギネン)を持っていたのは参謀(サンボウ)として場にいる姍寂(サンジャク)だった。(イツワ)りのモノかもしれない、と集まる者だけが知っている(コト)()をぶつけてみたが二人とも飄々(ヒョウヒョウ)(コタ)えた。詰問(キツモン)を受けたにしても拷問(ゴウモン)を受けたにしても二人が()()()()を吐くとは思えなかった。それでもやはり疑念(ギネン)(ヌグ)えなかったけれど、日々気を張って見ていても姍寂(サンジャク)()()る二人と何ら変わらなかった。


話し方、手合(テア)わせの仕方(シカタ)時折(トキオリ)みせる相手への態度(タイド)にも違和感(イワカン)は見られなかったし仲間達が散った後には気取(ケド)られないように(ヤシキ)まで付いてみたが中では父母の遺骨(イコツ)を前に泣く二人の姿しか見えなかった。


「必ずこんな世は終わらせる」


(ツブヤ)くように(シボ)りだされた声に(オサ)への(ウラ)みが(ツノ)っているのを感じて、ようやく姍寂(サンジャク)は肩に入っていた力を抜いた。()()はいつも二人が言っている言葉だったからだ。


最初に(オサ)というものに疑念(ギネン)(イダ)いたのは矜焃(キョウカク)だった。里が(ウツ)された十年前を(サカイ)に、事あるごとにぽつりと(ツブヤ)くようになった。里を移すという絶大(ゼツダイ)な力を見せられて(ナオ)何故(ナゼ)そう思うのか、と(タズ)ねた姍寂(サンジャク)に、力だけで良いのであれば(ダレ)でも良いはずだ、と吐き捨てるように矜焃(キョウカク)が言った。


「自分も(オサ)も一本角だ。力の差など鍛錬(タンレン)でどうとでも()められるはずだ」


遠くを見つめながら(コブシ)(ニギ)矜焃(キョウカク)に、そんなものかしらね、と姍寂(サンジャク)は笑って聞いていた。姍寂(サンジャク)は二本角だ。生まれ落ちた時から一本角とは能力(チカラ)の差が顕著(ケンチョ)にある。どんなに鍛錬(タンレン)を積んでもそこは埋められないが、一本角の持ち主達であれば鍛錬(タンレン)を積むことで(オサ)に近づけるのかもしれなかった。少なくとも矜焃(キョウカク)はそう信じて疑っていないのだ。


二本角の姍寂(サンジャク)はとうの昔に一本角と張り合う事など諦めている。持って生まれた能力(チカラ)の差は変わらないのだ。最低限の鍛錬(タンレン)はするが自分の身を守る程度でいい。その代わり(ガク)を極めることに研鑽(ケンサン)した。生まれ持った能力(チカラ)(コト)なれど知識や学問であれば自分の努力だけでどうにでも上に行くことができる。優秀(ユウシュウ)な成績をおさめていれば、文官(ブンカン)から声がかかることも(マレ)ではない。実際に文官として(ツト)め役職についている者の中には二本角も多くいる。体術(タイジュツ)を極める武官(ブカン)近衛隊(コノエタイ)では、役職に()くのは一本角でなければならないが、文官ではその(サイ)を認めてもらうことができるのだ。


とはいえ姍寂(サンジャク)は地位や名誉(メイヨ)には(キョウ)を持てない。一本角と二本角の能力(チカラ)の違いも生まれた時からそうであったから、別に疑念(ギネン)を持つこともなく過ごしてきた。だが、矜焃(キョウカク)の言葉が、少しずつ姍寂(サンジャク)の心に汚泥(オデイ)のように積もり始めた。最初はほんの少しの違和感としてしか感じていなかった。(オサナ)い頃からの友である矜焃(キョウカク)を見ていれば飽きることもなかったし、(ミョウ)な考えをするのもいつものことだった。


(オダ)やかな里で(オダ)やかに(ツツ)ましく過ごしていければ良いと思っていたはずなのに、矜焃(キョウカク)と共にいる内に毎度のように聞かされて、ついには汚泥(オデイ)が心の外に()れだした。確かに、と思うようになったのだ。


何故(ナゼ)産まれ落ちた時から能力(チカラ)の差があるのか。

何故(ナゼ)(オサ)というものが世襲(セシュウ)もなく何処(イズコ)かに産まれ落ちるのか。

そもそも何故(ナゼ)(オサ)というものが必要なのか。

(ヒイ)でた能力(チカラ)を持つ者が()るというのならば矜焃(キョウカク)の言う通り鍛錬(タンレン)で力を(タクワ)え実力のある者が頂点(チョウテン)に立つべきではないのか。


そうだ、おかしいのだ。


この世の(コトワリ)すべてが。


()れだした汚泥(オデイ)は心だけでなく身体すべてを(オオ)うようになるまで(ジカン)はそうかからなかった。その頃から少しずつ矜焃(キョウカク)(モト)に同じような考えを持つ者が(ツド)い始めた。一人二人と増え始め、少しずつ(ツド)う者達も増えていく。(トシ)(コロ)矜焃(キョウカク)と同じくらいのものもあれば歳上の者、まだ若い者もいたが、それぞれが一様(イチヨウ)(オサ)とは何なのだ?、という疑念(ギネン)鍛錬(タンレン)にぶつけた。


さすがに数が多くなってきて、このままでは力を(タクワ)える前に里に知られてしまうかもしれない、矜焃(キョウカク)からそう言われて姍寂(サンジャク)()()()の者達の事をまとめることになった。他にも適任(テキニン)がいるのではないか、と姍寂(サンジャク)は言ったけれど、お前以上の者はいない、と言われて(ウレ)しくもあった。


「とにかく力を(タクワ)えるまでは(オサ)や里に知られてはいけない。俺たちはただ(オサ)というものを見直したいだけなのだ。当代(トウダイ)(オサ)などか弱そうな鬼女(キジョ)。里を(ウツ)すような能力(チカラ)があるのは(ミト)めざるを()んが、俺たちよりも(タタカ)いに(ヒイ)でた力があるとは到底(トウテイ)思えん」


笑って言う矜焃(キョウカク)の顔は自信に満ちていた。ならば自分はその矜焃(キョウカク)の手助けをしよう、と姍寂(サンジャク)は決めた。別に姍寂(サンジャク)自身が(オサ)私怨(シエン)があるわけではない。ただこの世の(コトワリ)がおかしいと思うだけだ。(ツド)った者の中には(オサ)に対しての私怨(シエン)で動いているものも少なからずいたが、目的はなんであれ皆が同じ方向を向いているのであればそれで良いのだ。


(ツド)った者たちに間者(カンジャ)がいないかそれも(アヤ)しいと思えば調べたが杞憂(キユウ)に終わった。その間にも数は増えていく。名と(キョ)くらいは、と文書(モンジョ)(シル)しておこうかとも考えたけれど、何かあったときに(アカシ)となるものを残しているのは(アヤ)うい。姍寂(サンジャク)の頭の中で(トトノ)えておく方がいざという時のためにはいいだろう。数が増えるにつれ、誰からともなく『誅芙蓉(チュウフヨウ)』と言う声が上がった。鍛錬(タンレン)の時の()け声のようにすぐに仲間内に広がったそれは、いつしか(ツド)(サイ)に使う(コト)()にもなった。


(チュウ)』といえば『芙蓉(フヨウ)』と返す。またはその逆もあった。同じ(コト)()では()れ出た時にすぐに調べあげられてしまう。単純に反対にする事だけでも、(マギ)らわすには十分だ。『誅』には()(ホロ)ぼす意を含め『芙蓉(フヨウ)』は当代(トウダイ)(オサ)に咲いている(ハス)の意がある。(ヨウ)(オサ)を殺して場を(ウバ)い、正しい世の(コトワリ)(ミチビ)こうというものだ。


鬼たる者強くあるべし。ならばやはり強さこそが鬼本来の姿でありその(サイ)()るものが最強の名のもとに里の(カナメ)となるべきだった。だが数が増えても(オサ)身辺(シンペン)(ウカガ)い知る事はできない。


「何か考えはないのか?」


矜焃(キョウカク)に聞かれて姍寂(サンジャク)は動いた。容易(タヤス)い話、(オサ)に近しい立場にある者をこちらの間者(カンジャ)としてしまえば良いだけだ。しばらくどれが良いか見て廻ったがさすがに重鎮(ジュウチン)と呼ばれる荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)には近づくことさえできない。民達(タミタチ)に近しく接しているのは(オサ)(ツレアイ)である(シン)だったが、おいそれと近づけばすぐに見破(ミヤブ)られてしまうだろう。御殿医(ゴテンイ)咲耶(サクヤ)にも会ってみたが、何より医術(イジュツ)(ヒイ)でた一本角だ。(マジナイ)(タグイ)にも(クワシ)いと思われた。


どうしたものかしらね、と(ナヤ)んでいたところに良い者を見つけた。いつも同じ食餌処(ショクジドコロ)に来て、いつも同じ席に座る。その顔に姍寂(サンジャク)は見覚えがあったのだ。近衛隊副官(コノエタイフクカン)達楊(タツヨウ)隊長(タイチョウ)である(シン)(オサ)懐妊(カイニン)や子を産み落とすと必ず隊を一時的に離れる事は周知(シュウチ)されている。その間近衛隊(コノエタイ)(マカ)される副官(フクカン)であれば(オサ)に近すぎず遠すぎず丁度(チョウド)よかった。


名を上げた達楊(タツヨウ)の事など調べ上げるのには何ら苦労(クロウ)はなかったし、まずはその食餌処(ショクジドコロ)達楊(タツヨウ)が座る席に達楊(タツヨウ)への(マジナイ)を組み込んだ。()らえるなり(ジョウ)()わすなり(ジカ)に接すれば話も早いのだが、気取(ケド)られて失敗してはならない。接触するのは達楊(タツヨウ)が気づかぬ内に(マジナイ)が身体を(オオ)ってからの方が良かった。一月(ヒトツキ)は様子見、二月(フタツキ)()って身体全体を(マジナイ)(オオ)ったことを確かめてから姍寂(サンジャク)達楊(タツヨウ)に接した。


すでにとろりとした目をしていた達楊(タツヨウ)()とすのは容易(タヤス)かった。(ジョウ)()わそうと近づいた姍寂(サンジャク)の言葉に達楊(タツヨウ)は逆らう事なくついてきた。(ジョウ)()わしながら(マジナイ)の最後を組み込んで姍寂(サンジャク)は笑いが止まらなかった。(ツレアイ)さえいるであろうに、近衛隊副官(コノエタイフクカン)であろうと一本角であろうと、たかが二本角の姍寂(サンジャク)(マジナイ)にさえ(アラガ)えない。


本当に大した事はないではないか、と込み上げる笑いを(オサ)えきれなかった。


だが、(ジョウ)まで()わして手に入れた道具だというのに大した(シラ)せも持ってこない。知っている事など姍寂(サンジャク)でさえ知っている程度(テイド)の事だ。もう少し良い(シラ)せをと(メイ)じるが、()()といった(シラ)せは得られない。余程(ヨホド)(オサ)身辺(シンペン)のことは()らされていないのだろう。護られ過ぎているのだ、異様(イヨウ)な程。


ともすれば護られなければ(オサ)として立ってもいられないのだろう。


そう思えばますますと(オサ)とは何だ、という思いが大きくなった。周囲(シュウイ)の強い鬼達に護ってもらって(オサ)として立っているのであれば、やはり矜焃(キョウカク)の言う事は正しい。得られたことを矜焃(キョウカク)に伝えると、やはりな、と声を上げて笑っていた。


「そんな事だろうと思った。(ジュツ)()けて里を動かすほどの能力(チカラ)はあるのだろうが、こと闘いにおいては護ってもらわねばならないなど。そんな者が里の(カナメ)として(オサ)などという座についているからおかしくなるのだ」


やり直さねばな、と笑う矜焃(キョウカク)姍寂(サンジャク)も、そうね、と笑った。


面白(オモシロ)いものもあるようだしな」


闘技(トウギ)(シラ)せを(シメ)しながら笑う矜焃(キョウカク)に、出るのか?、と(タズ)ねると、当然(トウゼン)だ、と(コブシ)(ニギ)った。


(ヨワイ)(シバ)りがあるようで十七以上の者はみな出ると言っている。止める道理(ドウリ)もない。自分の力試(チカラダメ)しにもなるだろうからな」


「ふうん。私には(カカ)わりはないわね」


「まあ、そう言うな。お前には仲間たちの力を見ていてもらわねばならん。出ても良いのだぞ?」


笑う矜焃(キョウカク)に、嫌よ、と姍寂(サンジャク)は苦笑した。


「どうせあんたが勝つんでしょ?」


「分からんぞ?荽梘(スイカン)とて(ハカ)り知れぬほどの私怨(シエン)を持っておるからな。下手(ヘタ)を打てば俺もやられるだろうさ」


思ってもいないことを、と苦笑する姍寂(サンジャク)だったが、闘技(トウギ)の結果はなかなかだった。多くの仲間達は最初の(フルイ)で落とされたが、仲間内の一本角達は順当(ジュントウ)に勝ち上がる。矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)が勝ち上がるのは当たり前だと思っていたが、なかなかに(スジ)の良いものもいる。まだ、事を起こすには早い時期だろうが鍛錬(タンレン)を続けていれば間違いなく矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)に並んでくるだろう。


思惑(オモワク)通り勝者は矜焃(キョウカク)、二番手は荽梘(スイカン)に収まり、やはりこの程度の能力(チカラ)しか(オダ)やかな里に慣れてしまった鬼達は持たないのだと嘲笑(チョウショウ)してしまう。一つだけ違ったのは(オサ)だった。勝利の褒美(ホウビ)として手合(テア)わせを願った矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)に三番手であった鬼も同じ願いを()うて始まった()()は、姍寂(サンジャク)が見ても驚愕(キョウガク)してしまうものだった。鍛錬場(タンレンジョウ)に降りたった(オサ)伴侶(ハンリョ)である(シン)(イサ)めているようだったが、笑って三人に向き合った(オサ)が何と話していたのかまでは観衆(カンシュウ)(ハジ)にいた姍寂(サンジャク)には聞き取れなかった。ただわかったのはその力だ。


加減(カゲン)するという()なのか両腕(リョウウデ)()んだ(オサ)に三人がかりで(イド)んでいるにも(カカ)わらず言葉の通り手も足も出せていない。力こそ全てと思っている矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の頭に血が(ノボ)っているのは遠目(トオメ)からでも明らかだった。頭に血が(ノボ)ると見境(ミサカイ)が無くなるのは二人だけでなく仲間内の悪いところだ。笑みを()やさずに蹴りだけで翻弄(ホンロウ)された二人は確実に自分を見失っていた。


手合(テア)わせという名目(メイモク)であったのに、すでに二人は(オサ)を殺しにかかっている。二人の鬼火(オニビ)鍛錬場(タンレンジョウ)瓦礫(ガレキ)の山に変えて行くが、観衆(カンシュウ)には(ホコリ)一つ(カブ)さってはこない。いつのまにか張り(メグ)らされた(オサ)結界(ケッカイ)観衆(カンシュウ)を護っている。土埃(ツチボコリ)爆炎(バクエン)爆風(バクフウ)で何が起こっているのかも分からなかったけれど、土埃(ツチボコリ)が晴れた場には地面に蹴り落とされて()(スベ)なく吐血(トケツ)する矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の姿があった。


なんだ?何が起こったというのだ?


周りの重鎮(ジュウチン)達がやったのか、と見回したが重鎮(ジュウチン)たちは皆結界(ケッカイ)の外にいる。


ではこの状況は(オサ)がやったとでも言うのだろうか?


見つめるその先で矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)はますます動けなくなっている。(オサ)が何かしらの術を行使(コウシ)しているのは間違いがない。仲間内でも最強の部類に入る二人があの痩身(ソウシン)鬼女(キジョ)易々(ヤスヤス)とやられようはずもない。やはり術か、と姍寂(サンジャク)は連れ去られていく二人の姿を見送った。けれどいっかな戻ってこない二人の安否(アンピ)を知るために達楊(タツヨウ)には新たな(メイ)(クダ)した。


『二人の居場所を突き止め救い出せ』


(ジカン)はそれなりに(ヨウ)したが、思ったよりも早く二人を取り戻した事で一旦は安堵(アンド)することができた。この二人が居なくては今まで画策(カクサク)してきた事も一からやり直さねばならなくなったからだ。達楊(タツヨウ)から聞き出した幽閉場所(ユウヘイバショ)へも(オモム)いたが特におかしなところは見当たらなかった。拷問(ゴウモン)を受けた後の(カワ)いた血もあり二人の(ニオ)いも残っていた。四肢(シシ)(シバ)(クサリ)(カセ)も残っていたが、それには鬼としての能力(チカラ)(フウ)じる(マジナイ)がかけられていた。


鬼二人を詰問(キツモン)するのだから当たり前だな、と場を後にしながら姍寂(サンジャク)は苦笑した。戻ってきた二人にどのようなものであったのか(タズ)ねると、自嘲(ジチョウ)した表情が返された。どうもこうも、と笑う二人が話したのは文官長(ブンカンチョウ)荊軻(ケイカツ)(オソ)ろしさだった。


日頃(ヒゴロ)あまり目立たない者のほうが(オソ)ろしいものだな。淡々(タンタン)と矢で()られ続けたわ」


「どうにか()()()は吐かずに済んだがな。(オサ)が出てきてやりすぎだ、と(イサ)めていた。それで助かったのもあるが、やはり甘いやつだ」


自分達を解放(カイホウ)して後がどうなるかもわかっておらぬ(オロ)か者だよ、と不敵(フテキ)に話す二人に、そうなのか、と姍寂(サンジャク)(ウナズ)いた。


手合(テア)わせも力に(クッ)したというよりは(ジュツ)によって俺たちが能力(チカラ)を出せなかった、という方が正しいな」


うん、と荽梘(スイカン)も同意している。


「術さえ使えなくすれば何という事もないただの鬼女(キジョ)よ。あれさえ居なくなれば私のモノに近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)もなるだろうよ。対峙(タイジ)した時も思ったが美しさも私のほうが(ヒイ)でているし、いなくなれば()とすことも容易(タヤス)いさ」


楽しみだ、と笑う荽梘(スイカン)に、お前は本当に私怨(シエン)で動くやつだ、と矜焃(キョウカク)が笑っている。


「私がここにいるのは全て()()()を手に入れるためだと言っていただろう?たかが(オサ)というだけで全てを持っていかれてたまるものか。(オサ)であれば全てを手に入れられるのであれば私がそうなるのさ」


くっくっと笑う荽梘(スイカン)矜焃(キョウカク)と共に肩を落として、まあそれでもいいさ、と二人は鍛錬(タンレン)に混じった。連れ帰ってきてくれた達楊(タツヨウ)にはしばらくいつも通りに過ごしておくように(メイ)じておいた。()()()()()とは調べは進めておけ、という事だ。二人が戻ってすぐに事を起こすのは難しい。確実に二人には監視(カンシ)の目が光っているはずだ。


「…しばらくは用心(ヨウジン)しておいた方がいいと思うけど?鍛錬(タンレン)は続けるの?」


「鬼が鍛錬(タンレン)するのは当たり前の事だろう?いつもと変わらぬ行動をしておかねば余計(ヨケイ)(イブカ)しむだろうよ。それにおかしな行動をする者がいればお前や皆が気づかないはずもないだろう?」


認められては満更(マンザラ)でもない姍寂(サンジャク)もそこまで言われては()と言わざるを得なかった。確かに鍛錬(タンレン)の場の近くや矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)(ヤシキ)も周囲に見知らぬ者がいたならば誰であろうと気づくことは出来る。既に仲間内の顔は全て見知っているのだから入り込むのは(ムズ)かしい。闘技(トウギ)を見て矜焃(キョウカク)の思いに賛同(サンドウ)するものが現れても、今は受け入れるべきではない。間者(カンジャ)の可能性が否定できない(カギ)りはしばらくこの仲間達のみで動いていたほうが危険は少ないだろう。


それから五日。月がもう直ぐ半分になろうとしても矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)も周りに異変はなく、集まって鍛錬(タンレン)する者達にも変わりはなかった。ようやく肩の力が抜いた姍寂(サンジャク)(ノチ)後悔(コウカイ)することになる。





________________________________________


時は少しばかり(サカノボ)って宮に移る。


佟悧(トウリ)が持ってきた文書(モンジョ)荊軻(ケイカツ)(アズ)けられた。人形(ヒトガタ)効力(コウリョク)を失うまではあと六日(ムイカ)ある。その間に(シル)された者達を隠密(オンミツ)監視(カンシ)せよ、と悧羅(リラ)(メイ)を受け荊軻(ケイカツ)枉駕(オウガイ)が動いた。隊士達(タイシタチ)を大きく動かしては気取(ケド)られるので初めから(メイ)(クダ)していた武官隊(ブカンタイ)近衛隊(コノエタイ)の少数の隊士達がそれを(ニナ)う。(シン)も動きたがったが悧羅の伴侶(ハンリョ)として顔が割れている。目立つことになるので(ヒカ)えてもらえるように荊軻(ケイカツ)が頼んだ。子ども達も参加したがったけれど、こちらもまた顔を知られているので(ヒカ)えるしかなかった。


粛々(シュクシュク)とその日が近づく中で、一番の問題は咲耶(サクヤ)だった。紳が事情(ジジョウ)舜啓(シュンケイ)内密(ナイミツ)言付(コトヅ)けて、しばらく宮で佟悧(トウリ)を預かると言ったのだが、その日の内に診療(シンリョウ)体裁(テイサイ)で咲耶が宮にやってきた。佟悧(トウリ)を見つけるなり走り寄って頭を力一杯(ナグ)った咲耶を紳と忋抖(カイト)舜啓(シュンケイ)の三人がかりで止めなければならなかった。


「あんたって子は!最近なかなか帰ってこないと思ったら勝手(カッテ)にこんなことしてたの!?」


(ナグ)られた頭を、いったあい、とさする佟悧(トウリ)の目には(ウッス)らと涙が浮かんでいる。加減(カゲン)も無く(ナグ)られたのだから当たり前だ。だってぇ、と(ホオ)(フク)らませた佟悧(トウリ)に、だっても何もあるか!、とまた(ナグ)りかかろうとする咲耶を必死(ヒッシ)に三人が止めた。


「悧羅ちゃぁん」


助けて、と言わんばかりに佟悧(トウリ)が悧羅の背中に(カク)れた。苦笑する悧羅も咲耶の気持ちはよく分かる。自分の子が自分の(ウカガ)い知らぬところで(アヤ)ういことをしていたのだ。親としては(キモ)(ツブ)れるような面持(オモモ)ちだろう。咲耶の行動も佟悧(トウリ)を思えばこそだ。


「まあ、無事であったのだから大目(オオメ)にみてやってたも。(ワラワ)の事を思うてのことだったようであるしな」


(オサ)えこむ三人を引きずりながら悧羅の(ソバ)般若(ハンニャ)のような顔で寄ってくる咲耶を悧羅が両手を挙げて(セイ)した。


(イク)らあんたのためだっていっても、せめて一言親に言うべきでしょう!」


「だって母さんに言ったら何処(ドコ)から私が母さんの子だって分かっちゃうか分からないじゃない。ただの里の診療所(シンリョウジョ)(ツト)めてるってしときたかったんだよ」


「それにしたって、どんだけ(アブ)ないことなのか分かんなかったの?」


悧羅の背中に張り付いて顔だけ出した佟悧(トウリ)に咲耶がくってかかる。分かってたよぉ、と顔を(シズ)めていく佟悧に、分かってない!、と咲耶が一蹴(イッシュウ)した。


「やるなら舜啓(シュンケイ)(マカ)せるべきでしょう!三年も前からってあんたが十六、十七の頃でしょう?!そんな子どもがこんな(アブ)ないことして!」


「兄さんじゃ駄目だったんだよ。兄さんが悧羅ちゃんと仲良いのはみんな知ってるし。すぐにバレちゃう。私だったから良かったの!むしろ私でないとできなかったの!」


それに子どもじゃない!、と佟悧(トウリ)も咲耶に向かって声を張り上げた。


「母さんが私と同じ歳のときはどうだった?思い出して見てよ。もう一人前に動いてたでしょ?」


言われて咲耶も動きと言葉を止めるしかなかった。確かに自分が佟悧(トウリ)の歳の頃は診療所で診察もしていたし、精気(セイキ)()りに人の子の里にも行っていた。もっと言えば精気(セイキ)を分け合うために(ジョウ)()わすこともあった。昔を思い返して、咲耶は大きく息を吐いた。確かに子どもだ子どもだと思っていたが、佟悧(トウリ)には咲耶の診療所の手伝いもさせている。咲耶が思っていたよりも昔に大人になっていたのかもしれない。舜啓(シュンケイ)が歳の割にしっかりしているので甘えている娘だと思っていたけれど、自分で考えて自分で動いた。結果として、それは正しく悧羅を護ることにつながった。


「…まあ、そうね…。いつのまにか大人になってたって事か」


振り上げていた(コブシ)を降ろして、もう一度大きく息を吐くと身体を(オサ)えている三人に、もう大丈夫、と伝える。ようやく自由になって咲耶は悧羅の横に座った。


佟悧(トウリ)が持ってきたものはあんたの役に立つの?」


聞かれて悧羅は笑顔で(ウナズ)く。


「それがなければいっかな事は進まなんだったであろうて。持ってこられた時は妾も(キモ)を抜かれたがな。頭だけ(オサ)えたとて中身を(ノガ)さばまた同じことが繰り返されたであろう。妾らの気付かぬ内に佟悧(トウリ)がいち早く動いておってくれた(タマモノ)じゃ」


そっか、ともう一度咲耶は嘆息(タンソク)して佟悧(トウリ)の頭を今度は()でた。悧羅の役に立ちたかったのか?と(タズ)ねると、うん、と返ってくる。


佟悧(トウリ)は悧羅ちゃんの子も同じでしょう?悧羅ちゃんが困る事になるかも知らないって思ったら身体が動いたの。危ないのも分かってたけど、どうしようも無くなったら母さんにも父さんにも兄さんにもちゃんと言うつもりだったよ?」


うん、と咲耶は(ウナズ)いて今度は佟悧(トウリ)を抱きしめた。とにもかくにも無事で良かった、と安堵(アンド)する。佟悧(トウリ)も、勝手してごめんなさい、と謝っている姿に微笑(ホホエ)んでいると、咲耶怖いよ、と媟雅(セツガ)忋抖(カイト)啝珈(ワカ)が苦笑している。いつもあんなもんだよ?、と舜啓(シュンケイ)は笑っているがその舜啓(シュンケイ)も紳から聞かされた時は、はあ?、と声をあげてしまった。そんな事も知らずに暢気(ノンキ)に宮で(クツロ)佟悧(トウリ)(アキ)れ返ったのは言うまでもない。


「とりあえず、しばらく佟悧(トウリ)は宮で(アズ)かるけどいいか?一斉に粛清(シュクセイ)するつもりだけど、取り逃したりしたのが出たら(アブ)ないからね。ちゃんと大丈夫ってなったら帰すから」


紳が悧羅の横に座りながら咲耶に言うと、それは良いけど、と佟悧(トウリ)から身体を離した。


「でもまたこんな勝手(カッテ)されちゃ困るから、舜啓(シュンケイ)も一緒に預かってくれない?どうせ悧羅に稽古(ケイコ)つけてもらう約束もあるみたいだし、近くで見張ってないと何しでかすか分かんないから」


え?、俺も?、と名を出された舜啓(シュンケイ)に、何か文句(モンク)でもあんの?、と咲耶が一喝(イッカツ)する。


「ございません」


項垂(ウナダ)れる舜啓(シュンケイ)を笑って見やりながら、じゃあ決まりだな、と紳が悧羅を見た。


「そうだの。ここほど(ヤス)い場もあるまいよ。妾らがおらぬ時は妲己(ダッキ)がおるに。おいそれと入ってもこれぬしな」


頼むわ、と咲耶が言い紳と悧羅が、(マカ)されよう、と(ウナズ)く。ところで、と悧羅は佟悧(トウリ)を見た。


褒美(ホウビ)は何が良いかきめておるのか?」


悧羅の言葉に佟悧(トウリ)が顔を輝かせる。決めてるけどね、と言いながら指を(クチビル)に当ててみせた。


「全部無事に終わったらお願いするよ」


悪戯(イタズラ)な笑みに、なんであろうかの?、と悧羅も笑った。

いろいろありまして遅くなりました。

すいません。

明日はもう少し進められると良いのですが。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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