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顧みる《カエリミル》

おはようございます。

今日もよろしくお願い致します。

闘技(トウギ)が終わりを(ムカ)えて宮に戻った悧羅(リラ)達はまず湯殿(ユドノ)に向かった。(ムカ)えてくれた磐里(バンリ)加嬬(カジュ)忋抖(カイト)の姿に、なんとまあ、と目を細めた。(イタ)る所から出血し(アザ)青黒(アオグロ)変色(ヘンショク)を始めている。子ども達の中で最後まで勝ち残っていたのは忋抖(カイト)だったが、その(コロモ)もぼろぼろに引き裂かれていた。


「湯殿から出られましたらお手当(テアテ)せねば」


(アセ)る二人に、()めときゃ(ナオ)るよ、と笑って忋抖(カイト)は弟達を連れて湯殿に向かった。媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)も共に入ると露天(ロテン)に向かったので、いつものように悧羅(リラ)(シン)と共に湯を使った。背中の(ハナ)(ツボミ)に変わりがない事を確かめて、悧羅の身体(カラダ)(キズ)一つない事を見るために身体を清められた時にはさすがに悧羅は苦笑するしかなかった。


大事(ダイジ)ないというておるに」


身体を清めてもらいながら悧羅が笑うが、駄目(ダメ)、と(スミ)から(スミ)まで確かめてようやく紳も一息(ヒトイキ)つけたようだった。湯の中に()かると紳の(ヒザ)に引き寄せられて座らせられる。抱き寄せた腕から精気(セイキ)を送り始めて、ああ良かった、と紳が大きく嘆息(タンソク)した。そのせいもあっていつもより長く湯を使った二人が上がった時には、子ども達はすでに縁側(エンガワ)夕涼(ユウスズ)みをしていた。


年中(ネンジュウ)(オダ)やかな里の季節(キセツ)なのだが、()が落ちてくると肌を()でる風は少しばかり冷たく感じる。夕涼(ユウスズ)みには(モット)も気持ちの良い(ジカン)だ。中庭では玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)にせがまれたのだろう。妲己(ダッキ)が二人を背に乗せて軽く走っている。目を細めてそれを見やりながら子ども達の(ソバ)に寄ると中庭にとん、と降り立つ音がした。

紳と二人で見やると咲耶(サクヤ)舜啓(シュンケイ)が歩いてくる。


「どうしたの?やっぱり夕餉(ユウショク)抜きになったのか?」


紳が笑いながら問いかけると、そうなの、と舜啓(シュンケイ)が頭を()いている。どうやらまだ湯も使わせてもらえていないような姿に、とりあえず使ってこい、と紳が舜啓(シュンケイ)(ウナガ)した。そうする、と湯殿(ユドノ)に向かっていく舜啓(シュンケイ)の背中を見送っていると咲耶が忋抖(カイト)の横に座った。なるほど、と悧羅が小さく笑う。闘技(トウギ)で思いの(ホカ)怪我(ケガ)()った忋抖(カイト)を心配して来てくれたのだろう。すまぬな、と(ソバ)に座る悧羅に、ほんとよ、と咲耶は(ホオ)(フク)らませている。手当(テアテ)を受けている忋抖(カイト)は、大丈夫だよ、と(コバ)んでいるが咲耶には(カナ)わない。


「いいから出して」


ぶすっとして言われて(サカ)らわない方が良いと忋抖(カイト)は理解したようだ。(ダマ)って(コロモ)をずらし始めた。こんなに無理して、といつもよりも(アラ)めに手当(テアテ)を始められて、痛いって!、と忋抖(カイト)(ナゲ)いた。痛いって言わない!、と一喝(イッカツ)されて忋抖(カイト)(ダマ)るしかなかった。だが、咲耶が来たのは忋抖(カイト)の事だけではないのだろう。


「気になったんだろ?」


紳も縁側(エンガワ)腰掛(コシカ)けて笑いながら咲耶の背中に話しかけた。忋抖(カイト)手当(テアテ)をする手は休めずに、何なのよあれ、と咲耶がぼそりと(ツブヤ)いた。言いたいことはわかる。闘技(トウギ)の勝者と二番手に残った矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の事だ。


「何なのよ、一体何だってのよ!?何勘違(カンチガ)いしちゃってるわけ?!」


ふつふつと()き出す(イカ)りを(オサ)えきれずに咲耶が少しばかり声を張り上げた。力が入りすぎて手にしていた医療道具(イリョウドウグ)がぼきりと折れる。持っていた忋抖(カイト)の腕にまで力を込められて、咲耶痛いって!、と忋抖(カイト)が言っている。


「男がこれくらいで痛いって言うな!」


「いや!爪ささってるからね?!」


言い合いを始める二人に紳が声を上げて笑う。悧羅が、そう()れてくれるな、と咲耶を(タシナ)めると、だって!、と咲耶は大きく息を吐いた。


「あれ絶対あんたを殺す気だったでしょ?何?今の若い(ヤツ)らはあんなのばっかりなの?」


聞かれて、さての?、と悧羅は苦笑するしかない。力こそ全てと言い(ハナ)った二人の姿が(ヨミガエ)る。


「あんなんばっかりじゃないよ?私の友達は母様(カアサマ)大好きな子が多いし」


啝珈(ワカ)が言うと媟雅(セツガ)も、うん、と(ウナズ)く。


「私の周りにもいないかな。ちょっと異質(イシツ)だよね」


「ぼくのお友達もみんな父様(トウサマ)母様(カアサマ)の事すごいっていうよ?嫌いっていうのはきかないもん」


皓滓(コウサイ)も少し考えるように首を(カシ)げている。おや(ウレ)しいの、と笑う悧羅に、笑い事じゃないでしょう!、と咲耶がまた声を荒げた。余程(ヨホド)(イラ)ついているようだ、と悧羅は苦笑した。()()()も思ったが長い鬼の世だ。(オサ)というものに疑念(ギネン)を持つ者が出てくるのは(イタ)(カタ)のない事だと思う。500年以上前の先代(センダイ)の世であれば、ああいう者たちは重宝(チョウホウ)されたかもしれない。だが、苦渋(クジュウ)辛酸(シンサン)()めた民達(タミタチ)はそれを(ヨシ)とはしないだろう。鍛錬場(タンレンジョウ)で悧羅と手合(テア)わせをしたい、(マコト)(ツカ)える価値(カチ)があるのか見極(ミキワ)めたいと言った二人への非難(ヒナン)の声は、その苦渋(クジュウ)を耐えてきた者たちからだった。


「だいたい、何であんたが(ウラ)まれてんのよ?里を(ウツ)した時だって産まれてて当然(トウゼン)年頃(トシゴロ)(ヤツ)らだったじゃない。()()見てまだ悧羅がどんなに里に必要かって分かんないくらいの阿呆(アホウ)なの?」


ぶつぶつと言いながら忋抖(カイト)治療(チリョウ)を終えて、咲耶は媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)を見る。あんたたちは?、と聞かれて、どうもないよ、と二人が応えた。何処(ドコ)かしら痛むのは痛むが忋抖(カイト)の姿を見ていては(マカ)せる方が(オソ)ろしい。忋抖(カイト)のように出血しているわけでもなし、(ジカン)さえあれば自然と回復(カイフク)する程度(テイド)のものだ。あらそう?、と少しばかり残念(ザンネン)そうにする咲耶に媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)が苦笑した。で?、と咲耶が悧羅に向き直る。


「なんで(ウラ)まれてるのかはわかんないわけ?」


「そうさのう、」


悧羅は少しばかり言葉を(ニゴ)す。子ども達のいる前で言っても良いものか、と戸惑(トマド)ったが、良いんじゃない?、と後押ししたのは紳だった。


「子ども達だって知りたいだろう。いつまでも子どもだって言うわけでもないからね。悧羅の役割っていうのもまだ漠然(バクゼン)としか分かってないだろうし、いい機会(キカイ)なんじゃないかな?」


(ウナガ)す紳に磐里と加嬬が冷酒(レイシュ)を乗せた(ゼン)を持ってきて(カタワ)に置いた。媟雅(セツガ)忋抖(カイト)の前にも(ゼン)を置くと、いいの?、と忋抖(カイト)嬉々(キキ)として紳に聞いている。


「頑張ったからね、今日は特別だ」


やった!、と酒を(アオ)り始める忋抖(カイト)に苦笑しながら紳も酒を飲み始める。媟雅(セツガ)はあまり(タシナ)む方ではないので、これは?、と置かれた(ゼン)を指さした。舜啓(シュンケイ)様の分でございますよ、と磐里に言われて、ああね、と媟雅(セツガ)(ゼン)に悧羅の方に寄せた。完敗(カンパイ)(キッ)した相手と酒を()()わせるほど、まだ媟雅(セツガ)為人(ヒトトナリ)が出来ていない。


押しやった(ゼン)を悧羅が引き寄せるのと舜啓(シュンケイ)が廊下の先から寝間着(ネマギ)羽織(ハオ)って歩いてくるのは同時だった。さっぱりしたぁ、と伸びをしながら歩いてくる舜啓(シュンケイ)に悧羅は自分の隣を叩いて座るように示す。顔を(ホコロ)ばせて、少しばかり駆け足になりながら悧羅の側に座った舜啓(シュンケイ)(サカズキ)を持たせ酒を()いでやる。


「では舜啓(シュンケイ)(ソロ)った事であるし話してみようかの。妲己」


声をかけると中庭を駆けていた妲己が悧羅の側に舞うように降り立つと、背に乗っていた玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)がそこから降りる。当たり前のように一人ずつ媟雅(セツガ)忋抖(カイト)の膝に座るのを見やって、妲己も腰をおろした。


「お前たちは(ワラワ)の子だが、(オサ)というものがどうあるべきか考えたことはあるかえ?」


優しく(タズ)ねる悧羅に子ども達は一斉(イッセイ)に考え始める。一番だよね!と玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が手を挙げて応える。


「そうだの。母は一番じゃ。では何をもって一番なのじゃらうか?」


可愛(カワイ)いから!、とまた二人が応えて悧羅は優しく微笑んだ。子ども達にとっては悧羅は可愛(カワイ)く映っているらしい。くすくすと笑っていると、(カナメ)だからでしょ?、と忋抖(カイト)が口を開いた。


母様(カアサマ)は里の(カナメ)だ。里が安泰(アンタイ)でいられるのは民達(タミタチ)の力も大きいだろうけど、母様(カアサマ)っていう絶対の存在が安心を与えるんだよ」


そうだよね、と啝珈(ワカ)(ウナズ)く。


母様(カアサマ)が居て民達の知らないところでも王母様(オウボサマ)から(マカ)される妖達(アヤカシタチ)討伐(トウバツ)牽制(ケンセイ)をやってくれてるから民達も安心して暮らせれるもんね」


「でも、母様(カアサマ)だって万能(バンノウ)じゃないじゃない。能力(チカラ)を使いすぎると()せってしまう。(ハナ)(ツボミ)もまだあるからって油断(ユダン)して母様(カアサマ)にばかり(タヨ)るのは(チガ)う気がするよ」


そうさな、と悧羅は微笑んだ。紳が若い鬼達の士気(シキ)を上げて能力(チカラ)底上(ソコア)げをしたいのも媟雅(セツガ)の言うところが大きいだろう。新しい(ハナ)(ツボミ)の事を知っている者は(カギ)られている。(ツレアイ)である紳と子ども達、宮(ツカ)えの女官(ニョカン)である磐里(バンリ)加嬬(カジュ)、里の重鎮(ジュウチン)三人、あとは咲耶と舜啓だけだ。咲耶の伴侶(ハンリョ)でもある白詠(ビャクエイ)も娘である佟悧(トウリ)でさえも知らない。あまり知られて良いものでもないからだ。


媟雅(セツガ)の申してくれる通り母とて万能(バンノウ)ではない。だからこそ紳も若い者たちの能力(チカラ)底上(ソコア)げとどんな思いを持っておるのか知りとうて闘技(トウギ)を開いたのであろう」


「結果としては上々(ジョウジョウ)だよ」


酒を飲みながら笑う紳に、何が上々(ジョウジョウ)よ、と咲耶が一瞥(イチベツ)を投げた。


下手(ヘタ)したら悧羅が危険になってたかもしれないのよ?大体なんで悧羅が(ウラ)まれなきゃなんないの?」


そうだよ、と忋抖(カイト)も言う。


「見てて思ったんだけど、あの女の鬼って力が全てって言ってたけど何か違う気もしたんだよね。母様(カアサマ)に対して個人的に(ウラ)みがあるって感じだった。…特に最期(サイゴ)の方とか」


考え込む忋抖(カイト)を見ながら、それね、と紳は苦笑する。どうも俺が欲しかったみたいだな、と笑う紳にその場を見ていた舜啓以外が、はあ?、と声を上げた。


「…それって父様(トウサマ)恋慕(レンボ)してたってこと?でも父様(トウサマ)母様(カアサマ)(チギ)ってるから?逆恨(サカウラ)みじゃない!」


思わず腰を上げて声を荒げる啝珈(ワカ)に舜啓が、そうだよね、と笑っている。最初はただの手合わせを望んでいると見ていた。けれど対峙(タイジ)した時、矜焃(キョウカク)は純粋に力試(チカラダメ)ししたいのは分かったが、荽梘(スイカン)の目は悧羅の奥にある何かを見ていた。悧羅に向けられていたのは明確(メイカク)殺意(サツイ)だった。


「何だか紳と面識(メンシキ)あるみたいな話し方だったけど…。紳、覚えはないの?」


悧羅から新しく酒を()いでもらいながら舜啓が紳を見る。覚えねぇ…、と紳は少しばかり考え始めた。正直(ショウジキ)に言えば全く覚えがない。500年前に悧羅の手を離してしまってから、紳は悧羅以外を見ようとも思わなかったし事実そうしてきた。(タト)え悧羅が自分を見てくれることがこの先なくとも、悧羅さえ生きていてくれていればいいと思っていた。言い寄ってくる鬼女(キジョ)がいないわけでは無かったが、悧羅以外欲しくはなかったしそういった思いにもなれなかった。


父様(トウサマ)(アコガ)れてる鬼女(キジョ)って結構(ケッコウ)多いよ?知らない間に言い寄られてたって事ないの?」


媟雅(セツガ)にも聞かれるが紳は苦笑するしかない。娘に自分の女関係を教えるというのも気恥(キハ)ずかしいものだ。


「それがねぇ…、まったく覚えてないんだよね」


わはは、と笑う紳に、あんたねえ、と咲耶が(アキ)れたように肩を落とした。紳が里の鬼女(キジョ)たちに人気があるのは咲耶だって知っている。悧羅と(チギ)る前も(チギ)りを()わした後も(ヒソ)かに想いを寄せる鬼女(キジョ)はまだ多くいる。


「だって俺500年前から悧羅しか見てないし、悧羅しか欲しくなかったしさ。…まあ、俺良い男だし?恋慕(レンボ)されるのは仕方ないにしてもさ。確かにそういう事言ってきてくれた女もいたにはいたけど…、良く覚えてないんだよね」


よいしょ、と酒瓶(サカビン)(サカズキ)を持って立ち上がると紳は悧羅の横に座った。本当に全く覚えてない、と笑いながら言う紳に悧羅も小さく笑う。紳の手から酒瓶(サカビン)を取って酒を()いでやりながら、困ったものだ、と悧羅は(ツブヤ)いた。二人の姿を見ながら、ちょっと待って?、と疑問を口にしたのは忋抖(カイト)だった。


父様(トウサマ)が500年前から母様(カアサマ)恋慕(レンボ)してたのは知ってたけど、今の父様(トウサマ)の言い方じゃあ500年の間(ジョウ)()わした相手はいないってことにならない?だって全部断ってたってことだよね?」


うん?、と紳が首を(カシ)げて、人の子からは()ってたよ?、と事もなげに応えた。悧羅の横で酒を飲んでいた舜啓もあまりの事に驚いてむせ込んだ。紳は簡単に言っているが通常考えられない事なのだ。人の子から()れる精気(セイキ)などたかが知れている。何より鬼の本分(ホンブン)としても他者(タシャ)(ジョウ)()わすのは当たり前のことだ。舜啓だって(チギ)る相手は媟雅(セツガ)だと決めているが、一夜限(ヒトヨカギ)りに(ジョウ)()わすことなど(メズラ)しいことではない。()わすことで相手と精気(セイキ)を分け合う事にもなるからだ。


「ありえないでしょ?」


咳込(セキコ)みながら言う舜啓に、そう?、と紳は笑っている。子ども達も、なんでそこまで、と(ナカ)呆然(ボウゼン)とするばかりだ。真実を知る咲耶と妲己は、やれやれ、と肩を落としている。責めるように妲己が紳の背中を尾で(タタ)くと、悪い、と微笑んできた。


「まあ、そこは色々あるんだよ。問題はそこじゃないだろ?実はさ少し前から力こそ全てって思ってる若い奴らがいるってのは隊士達(タイシタチ)の話で知ってたんだよね。単純な考えだけなら良いけどって思ってたんだけど、今日の闘技(トウギ)で良く分かった。(ホウ)っておくと悧羅に仇為(アダナ)すかもしれないな」


「そうね…。確かに今そういう考え方を持ってる(ヤツ)らがいるって分かったのは良かったかも。今日の二人だけじゃないかもしれないし。数が(フク)らめば若さの勢いもあって、ちょっと(イヤ)な感じになるわよね」


咲耶も少しばかり考え込んだ。若さというのは良い意味でも悪い意味でも自分の考えに酔うところがある。こうでありたい、こうであるべきだ、と思うのは勝手だが里の根幹(コンカン)()るがすような事になっては一大事(イチダイジ)だ。


「だからこそ、と思うてあえて(ワラワ)がでたのだが…。裏目(ウラメ)にでたやもしれぬな」


悧羅に対してと言うよりは(オサ)というものに対して疑念(ギネン)(イダ)く者たちへの抑止(ヨクシ)になればと考えたのだが、余計(ヨケイ)火種(ヒダネ)を大きくしたかもしれなかった。()()()が居るとして考えても今日のように姿が見えなければどうにも動きようがない。やれやれ、と肩を落とす悧羅の頭に紳の手が乗せられた。


「心配ないよ」


ぽんぽん、と頭を撫でられて悧羅は苦笑する。まるで幼子(オサナゴ)をあやしているかのようだ。


「本当に強いものってのが何なのか分かってないような若輩者(ジャクハイモノ)に負ける俺じゃないし。(オサ)が何のためにいるのかも分かってない(ヤツ)らは自分から(ハヤ)って尻尾(シッポ)を出すさ」


「そうであれば良いが…。(イク)若輩者(ジャクハイモノ)であれ未熟者(ミジュクモノ)であれ、妾の近しい者たちの前では()は出さぬであろう?」


まあね、と紳も肩を(スク)めた。数としてはそこまで(フク)らんでいるとは読んでいない。年の頃にしても矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)と同じくらいだろうとは思っている。だが悧羅の言う通り自分たちの前に堂々(ドウドウ)と姿を現すのはそれなりに力を(タクワ)えてからだろう。


「でもさ、今日の一件で悧羅の力は計り知れないってのは伝わったと思うんだよね、俺」


(サカズキ)を置きながら舜啓が言う。おや?、と悧羅が笑うと苦笑しながら舜啓が続けた。


「だって悧羅、遊んでたもんね?俺たち三人に対して足だけ、しかも片手で余るくらいしか蹴ってない。実力の一割も出してないよね?それを見ていただけだとしても見抜けないなら相当(ソウトウ)自惚(ウヌボ)れか阿呆(アホウ)のどっちかでしょ。そういう(ヤカラ)に悧羅の首は()れないよ」


悧羅に蹴られた自分の(ハラ)をさすりながら言う舜啓に、母様(カアサマ)遊んでたの?、と玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が目を丸くしている。遊んでいるつもりはなかったがの、と苦笑する悧羅に、(ウソ)つき、と舜啓が声をあげて笑う。


「どっちにしても矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)から多少の調べはつくんじゃない?荽梘(スイカン)はどうか分からないけど、矜焃(キョウカク)はその辺(モロ)そうだし。枉駕(オウガイ)さんと荊軻(ケイカツ)さんに預けたんでしょ?だったら何も分かりませんでしたって事はないんじゃないかな」


確かに、と場の全員が(ウナズ)くしかない。どちらにせよ、と悧羅は嘆息(タンソク)した。


民達(タミタチ)無用(ムヨウ)(アラソ)いがおきなければそれで良い」


舜啓の言う通り枉駕と荊軻が何らかの調べを悧羅に(シラ)せてくれるだろう。やり過ぎなければの話ではあるが。こと荊軻は日頃(ヒゴロ)(オダ)やかなだけに一度(テキ)と認めてしまえば加減(カゲン)を知らない。どんな手を使っても調べ尽くすだろう。


「まあ、私も診療所(シンリョウジョ)に来る者たちの会話にはそれとなく耳を(カタム)けとくわ」


それしか今はできないもんね、と咲耶が大きく息をついた。宮に来た時よりも落ち着いてくれているようで、悧羅も紳もほっと安堵(アンド)する。頼む、と言う紳に手を挙げて咲耶が応えた。


「じゃあ一旦帰るわ。舜啓は?」


立ち上がった咲耶が舜啓を見ると、磐里に酒を頼んでいる。これは帰る気がないな、とちらりと媟雅(セツガ)を見ると何やら落ち着かない様子で舜啓から目を逸らしているのが見えた。


あら、もしかして?、とは思ったが口には出さずにおく。舜啓?、ともう一度聞くと、泊まる、と応えが返ってくる。


「帰ったって夕餉(ユウショク)抜きだし。悧羅に稽古(ケイコ)つけてもらう約束もあるからね。どうせ明日も(ツト)めだから宮から行った方が近い」


稽古(ケイコ)の言葉に反応したのは子ども達だった。自分たちでさえ悧羅に稽古(ケイコ)をつけてもらったことがない。手合わせをしている悧羅の姿を見たのも今日が初めてだった。


「ずるい!なんで舜啓だけ?」


子ども達に(セマ)られて、それが褒美らしくての、と悧羅が笑った。それでも、ずるい!、と叫ばれて紳と妲己が大笑いしている。逃げられないんじゃない?、と揶揄(カラカ)うような紳の言葉に悧羅は、仕方あるまいな、と肩を落とした。


「…わかった(ユエ)。今度母と手合わせ致そう」


困ったような悧羅とは逆に子ども達は、やったぁ!、と大喜びしている。俺と妲己じゃ不満かよ、と紳が笑っていると、それとは別なの、と媟雅(セツガ)もはしゃいでいる。鍛錬場(タンレンジョウ)で手合わせ出来ている三人が(ウラヤ)ましくて仕方なかったのだ。はしゃぐ子ども達の中で、あ!、と皓滓(コウサイ)が声をあげた。ぼくわかった!、と言う皓滓(コウサイ)に皆の視線が(ソソ)がれる。


母様(カアサマ)(オサ)なのは一番みんなを大切に思ってるからだよ。みんながいるから母様(カアサマ)がいるんだよね?みんなを守るための一番なんだよ」


目を輝かせて言う皓滓(コウサイ)の頭を紳が撫でた。


「大正解。みんなを一番に考えてくれる悧羅だから無理もする。だったら俺たちがしなきゃならないことは何かわかるか?」


「みんなを守ってくれる母様(カアサマ)を守ることだよね?」


無邪気(ムジャキ)な笑顔で言われて、紳は皓滓(コウサイ)の頭をくしゃりと撫でた。


「大正解だ」

ワクチンの影響か身体がだるいです。

ちょっと小休憩いたしましょう。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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