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乞う《コウ》

書き終わったと思ったら全部消えてしまいました。こんな時に限って長かったのに。

どうにか復元させましたが、一回目よりは読みやすいかと思います。

闘技(トウギ)勝者(ショウシャ)矜焃(キョウカク)という辺境(ヘンキョウ)の里に住む男鬼(ダンキ)だった。結末(ケツマツ)を見ていなかった悧羅(リラ)荊軻(ケイカツ)に、どのようなものだったのだ、と(タズ)ねると苦笑が返ってきた。


瞬倒(シュントウ)とはいきませんでしたが見応(ミゴタ)えがございましたよ。あれだけの体格差(タイカクサ)もございましたけれど、なかなかのものでございますね。(キタ)甲斐(ガイ)がありそうな若者(ワカモノ)ですが…」


ふむ、と悧羅は矜焃(キョウカク)を見やった。巨躯(キョク)真珠色(シンジュショク)の一本角だ。遠目(トオメ)からではよく分からないが、(シン)よりも上背(ウワゼイ)はあるかもしれない。印象(インショウ)としては枉駕(オウガイ)に似ているけれど、(コト)なるのは武具(ブグ)を持っていないというところだ。武具(ブグ)は?、と聞く悧羅に、何も、と栄州(エイシュウ)が笑っている。


彼奴(アヤツ)、自身の体躯(タイク)のみでやりおった」


可笑(オカ)しそうに笑う栄州に、ほう、と悧羅も苦笑する。鬼といえど武具(ブグ)(モチ)いない者は(メズラ)しい。男鬼(ダンキ)であれ鬼女(キジョ)であれ何某(ナニガシ)かの武具(ブグ)は持っているものだ。文官長(ブンカンチョウ)である荊軻でさえ(ユミ)を使う。一切(イッサイ)武具(ブグ)を使わない者など悧羅を(フク)めても数えるほどしかいないだろう。


矜焃(キョウカク)対峙(タイジ)した鬼は舜啓(シュンケイ)では無かった。その一つ前に荽梘(スイカン)という鬼女(キジョ)に負けてしまったらしい。青い髪は短く()っているが(ヒタイ)には真珠色の一本角が輝いている。腰の両脇に刀が二本。こちらはどうやら武具(ブグ)を使うようだ。あちらは?、と荊軻に悧羅が(タズ)ねると肩を(スク)めている。


「あちらも初めて見る鬼女(キジョ)ですね。しかしながら…、少しばかり気の強そうな感じを受けております」


其方(ソナタ)の見る目は確かだからの」


(オソ)れいります、と荊軻が(ワズ)かに頭を下げた。


「二人とも(タイ)に引き入れるにしましても少しばかり用心せねば、(ハヤ)るやもしれませんね」


闘技(トウギ)(ワズ)かな(ジカン)でよくそこまで見抜くものだ、と感心しながら悧羅は荽梘(スイカン)を見る。負けたことが相当(ソウトウ)(クヤ)しいのだろう。(クチビル)()んで(コブシ)(ニギ)っているが、その(コブシ)(フル)えている。負けず嫌いな性格なのは見てとれた。鬼には男も女もその強さには関係がない。生まれ持ったものもあるだろうが、どれたけ日々(ヒビ)鍛錬(タンレン)()かさないかがその能力(チカラ)を左右する。


「舜啓も良いところまでいったようだの。夕餉(ユウショク)を抜かれなければ良いが…」


視線を咲耶(サクヤ)に向けると闘技(トウギ)を終えたばかりであろう舜啓の頭を小突(コヅ)いている。きっと詰めが甘いなどと(シカ)っているのだろう。後で夕餉(ユウショク)を抜かれそうなら宮に来るように舜啓に伝える必要がありそうだった。悧羅の横では媟雅(セツガ)が、何で負けてんのよ、と(ツブヤ)いているが、確実に媟雅(セツガ)の中の舜啓の位置はあがっただろう。歓声(カンセイ)()()まない鍛錬場(タンレンジョウ)の中心で枉駕(オウガイ)が高く片手を()げた。それだけで、場が静まり返る。


(ミナ)御苦労(ゴクロウ)であった。勝者である矜焃(キョウカク)には褒美(ホウビ)が与えられる。なれど、今回は久方(ヒサカタ)ぶりの闘技(トウギ)(ユエ)、上位三者(サンシャ)まで褒美(ホウビ)を取らせよ、との(オサ)のお言葉である。二番手荽梘(スイカン)、三番手舜啓(シュンケイ)、前へ」


呼ばれて鍛錬場(タンレンジョウ)に居た荽梘(スイカン)矜焃(キョウカク)の横に並ぶ。すでに咲耶の場まで退()いていた舜啓(シュンケイ)も、俺も?、と(ミズカ)らを指差して(オドロ)いたように場に出た。


「…そのようなこと言うたかの?」


(シン)様が、そのように、と。士気(シキ)を上げるためでございましょう」


苦笑する悧羅に荊軻がこともなげに言う。やれやれ、と悧羅は肩を落とすしかない。紳が民達(タミタチ)の鬼としての気質(キシツ)底上(ソコア)げしたいということは知っている。悧羅に(ダマ)って三者(サンシャ)までに褒美(ホウビ)を出すと決めたのならば特段(トクダン)悧羅が何と言うこともない。荊軻も知っていたということは枉駕(オウガイ)栄州(エイシュウ)も知っていたということだろう。


「この(タヌキ)どもめが」


小さく笑いながら二人に向けて言うと、二人とも小さく笑っている。その程度で悧羅が文句(モンク)を言うとも思っていないのが見てとれた。悧羅としても重鎮達(ジュウチンタチ)には(シン)を置いているので(カマ)いはしない。


「では矜焃(キョウカク)。お前の願いから聞こう」


枉駕の言葉に矜焃(キョウカク)が少しばかり迷ったような素振(ソブ)りを見せた。欲しいものでもあるのか考えあぐねているようだ。


「さて、何と言いだしますやら…」


小さく笑っている荊軻と共に見守っていると、(オソ)れながら、と低い声がした。申すが良い、と枉駕が先を(ウナガ)している。


(ワタクシ)は地位や金銀などには(キョウ)がございません。願いは一つ。最強とされる(オサ)との手合(テア)わせを願い(タテマツ)りまする」


は?、と場の(イタ)る所から驚愕(キョウガク)の声が響いた。(オサ)手合(テア)わせなど望んだものなどいない。あまりにも(オソ)れ多いことであると同時に(カナ)うはずもないからだ。荊軻も栄州もきょとり、として悧羅を見ている。


(メズラ)しい者もおったものよの」


名指しされて悧羅は苦笑するしかない。目の前で願いを聞いた枉駕もまた、きょとりとしている。


(オサ)御力(ミチカラ)絶大(ゼツダイ)であることは(ゾン)じております。なれど、一度その強さが如何許(イカバカ)りか(ハダ)で感じとうございます」


矜焃(キョウカク)の言葉に、それがお許し頂けるのであれば、と荽梘(スイカン)が声を上げた。


「私もその願い(タマワ)りとうございます。鬼たる者、強くあるべし。私も強さ以外に求めるものはございません」


冷たく抑揚(ヨクヨウ)のない声だった。言葉の通り強さだけが荽梘(スイカン)の全てなのだろう。荊軻の見る目は正しかったようだ。荽梘(スイカン)にまで()われて、枉駕が少しばかり狼狽(ロウバイ)した。待て待て、と声を上げたのは場に居た紳だ。


(イク)ら何でもそれはないだろう。悧羅と手合(テア)わせしてお前たちは何を()たいんだ?」


(マコト)(ツカ)える価値(カチ)があるのかどうか見極(ミキワ)めたいだけでございます」


二人の言葉が同時に(カブ)さって、場がまた驚愕(キョウガク)の声に包まれた。何という(オソ)(オオ)いことを、と非難(ヒナン)する声まで聞こえ始める。(オサ)、と荊軻に見られてますます悧羅は笑いを深くするしかない。長い鬼の世だ。このような考えを持つ者が現れても何ら不思議(フシギ)ではない。産まれた時から漠然(バクゼン)(オサ)こそ最強、(オサ)こそ(カナメ)という里の()(カタ)に若い鬼達が疑問(ギモン)を持つのも当然(トウゼン)と言えば当然(トウゼン)の流れだろう。くすくすと笑う悧羅の横では栄州が顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えている。


「何という()(モノ)か!」


今にも飛び出しそうな栄州に悧羅は、よい、と声をかけて(トド)めた。母様(カアサマ)、と子ども達も心配そうに悧羅を見る。それに笑顔を返して、どうするかの、と悧羅は肩を(スク)めてみせた。鍛錬場(タンレンジョウ)では紳が困ったように頭を()いている。望むものは何でも与えるとは言ったがそう来るとは思っていなかった。とりあえず待て、と矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)を手で(セイ)して、舜啓(シュンケイ)は?、と視線を変える。


「欲しいものは無いけど…。悧…、(オサ)手合(テア)わせできるなら俺もそれがいい。またとない機会だろうし」


(オサナ)い頃から悧羅に(アコガ)れさえ(イダ)いていた舜啓だ。何度稽古(ケイコ)をつけてくれと願っても、それだけは悧羅が(ヨシ)としなかった。理由は分かっている。子同然だと思っているから(キズ)つけたくないのだ、と。だが、舜啓としても悧羅の(スゴ)さや偉大(イダイ)さは知ってはいるが打ち合っていいのであれば、一度体験してみたい。


「お前までそんなこと言い出すのかよ」


困り果てたような紳が、じゃあ俺から一本取れたらどうだ?、と言いかけた時だった。ふわり、と紳の横に(クレナイ)(コロモ)()()りた。それまで近くにいたはずの母の姿が鍛錬場(タンレンジョウ)に見えて、子ども達が、母様(カアサマ)?、と声を上げている。降り立った悧羅に枉駕が軽く礼を取った。膝をつこうとする勝者三人に悧羅がそのままで良い、と声をかけた。


見事(ミゴト)であった。若い者がこれだけの能力(チカラ)()めておれば里も安泰(アンタイ)であるの」


優美(ユウビ)微笑(ホホエ)まれて、三人が一瞬(ホウ)けたがすぐに自分を取り戻したようだ。何で()りてきたの、と紳が悧羅を(タシナ)めたが、それに小さく笑って、悧羅は首を(カシ)げてみせる。


何故(ナニユエ)と言うても、これらの(ホッ)する褒美(ホウビ)(ワラワ)との手合(テア)わせなのであろ?」


「そうだけど、まずは俺と一戦(マジ)えてからでもいいじゃない」


「それでは褒美(ホウビ)にならぬではないかえ。()()()()()()(ワラワ)(ツカ)える価値(カチ)があるかどうか見極めたいと申した。そうであったの?」


視線を紳から三人に返すと矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)は大きく(ウナズ)いた。


舜啓(シュンケイ)だけはちと違うようだがの。里の(コトワリ)(オサ)たる(ツト)め。鬼たる者強くならねば()らぬとはいえ、(ミズカ)らの能力(チカラ)よりも(オト)るやもしれぬと思う者に生命(イノチ)()ける価値(カチ)もないと思うておるのであろ」


小さく笑われてそれでも矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)は大きく(ウナズ)く。


「それもまた新しきことを思うてくれるが(ユエ)であろ。これから先、まだ(オサ)というものを置かねばならぬのか、このような闘技(トウギ)で勝利した者が里を(オサ)めるべきではないのか、とも思うておらぬかえ?」


問う悧羅の前で矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の身体が、びくりと震えた。やはりの、と悧羅は笑っている。


「単純な強さだけでは民達はついてこぬよ?其方(ソナタ)達が強くありたいと思うは勝手じゃが、()がために強さを(ホッ)しておるのかのう?」


問いかけながら悧羅は一歩前に出た。悧羅、と(トド)める紳の声に、大事(ダイジ)無い、とだけ伝える。


「少しばかり離れておりや。加減(カゲン)はするがの」


仕方なく紳と枉駕も悧羅が観覧(カンラン)していた場まで退()いた。登ってきた紳に子ども達が、どうしよう、と涙目になっている。それぞれの頭を撫でて、心配いらないよ、と笑う紳だったが子ども達はそれでも不安そうにしている。


「どれもこれも自分本位(ジブンホンイ)でございましたね。強さとは何かを全く分かっていないでは無いですか。あんな()者共(モノドモ)がこれから先、数えきれないほどに(フク)らんでは目に余りますね」


嘆息(タンソク)する荊軻に、だから悧羅が出たんでしょ、と紳が(サト)した。そういうことでございましょうね、と荊軻は侮蔑(ブベツ)の視線を矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)に投げた。いつの間にか静まり返った鍛錬場(タンレンジョウ)に悧羅の声が降る。


「誰からでも、どの方向からでもよいぞ。何であれば三人まとめてかかってきや。その方が(ジカン)もかからぬ」


「…ほんに(ヨロ)しいのでございますな?」


矜焃(キョウカク)が、じりっと一歩退きながら確かめるが、その目には嬉々(キキ)とした色が燃えている。


(カマ)わぬ。加減(カゲン)はしてやる(ユエ)


微笑んで悧羅は両の手を組んだ。手を使わない、と示したのだ。

その姿にぎりっと歯軋(ハギシ)りをしたのは荽梘(スイカン)だ。目の前に立つのは自分と同じ鬼女(キジョ)だ。


何が違う?!、と心の中で問いかける。強さが必要であれば自分でも良いはずだ。美しいのは認めるが、それもまた自分が(オト)っているとも思えない。


何故(ナゼ)…、と荽梘(スイカン)はちらりと視線を悧羅が(モト)居た場に一瞬(ウツ)す。そこにずっと()がれてやまなかった男がいるからだ。


近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)____________紳。


初めて目にしたのは200年前の闘技(トウギ)舞台(ブタイ)だった。当時の近衛隊隊長を瞬倒(シュントウ)した姿に(オサナ)いながら()かれてしまった。いつか、いつか紳の横に並んで(イツク)しまれるのは自分であるはずだ、と信じて疑わず隣に立つために必死で稽古(ケイコ)し強さを手にした。それなのに、紳に想いを伝えても間を置かずに断られ、(サラ)には(オサ)である悧羅の夜伽(ヨトギ)(ニン)()き子まで成した。そのまま(チギ)りまで()わされてしまっては、荽梘(スイカン)には紳を(アキラ)めることしか残されていなかった。


諦められるのであればとっくにそうしていた。

ただ夜伽(ヨトギ)で子を成せただけで、何故(ナゼ)(オサ)に紳を()られなければなかなかったのだ。


やるせない想いは全て鍛錬(タンレン)にぶつけた。


こんな里の(コトワリ)がおかしいのだ。強いものが(オサ)になるのであれば、自分でも良いはずだ。(オサ)になりさえすれば、こんな里の(コトワリ)さえなければ紳を手に入れていたのは自分であったはずなのだ。


両の腰に下げた刀に手を当てると、ふわり、と紫の髪が目の前にあった。はっと抜刀(バットウ)して()りかかる。悧羅の首筋(クビスジ)(トラ)えてそのまま刀を振り切った。()った!、と笑みが浮かんだが振り切った刀に肉を斬り裂く感触(カンショク)がない。


(コワ)いのお」


背後から声がして荽梘(スイカン)が視線を返すと振っていない刀の上に悧羅がしゃがんでいる。


「女の私怨(シエン)は、こと(オソ)ろしい」


くすくすと笑われて、この!、と荽梘(スイカン)は刀を振るったがそれは(クウ)を斬っただけだ。代わりに荽梘(スイカン)の背中に衝撃(ショウゲキ)(ニブ)い痛みが走った。思わず息を呑むと上空に()り上げられていた。舌打(シタウ)ちして、(チュウ)に止まるとそのまま滑空(カックウ)して悧羅を目指す。すでに矜焃(キョウカク)と刀を抜いた舜啓(シュンケイ)が悧羅に(イド)んでいるが、ほれほれどうした、と悧羅は笑いながら(カワ)している。その姿は(ワラベ)(タワム)れているようにも、()っているようにも見えて、ますます荽梘(スイカン)激昂(ゲッコウ)する。


「ちょこまかと!」


振るった(コブシ)が悧羅に(カス)りもせず、鍛錬場(タンレンジョウ)の地を(クダ)(ケズ)っていくだけの事に矜焃(キョウカク)苛立(イラダ)ちを(カク)せない。振り上げた(コブシ)舜啓(シュンケイ)の刀がぶつかって(ニブ)い音を立てた。二人の一歩先に降り立った荽梘(スイカン)が悧羅の姿を(トラ)えて両側から刀を振るったが悧羅を傷つけることができない。


「少しばかり(ツヨ)うゆく。(カマ)えよ」


柔らかな声音(コワネ)の中に(スルド)いものを感じて三人は一瞬身構(ミガマ)えた。_____________刹那(セツナ)

三人の腹に重い衝撃(ショウゲキ)と痛みが走って、身体が鍛錬場(タンレンジョウ)の壁に(タタ)きつけられる。瓦礫(ガレキ)が身体に(カブ)去ってきて、くそ!、と矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)の声がする。声とともに二人が飛び出て悧羅に向かったが一寸先で(カワサ)れて今度は背中に衝撃(ショウゲキ)が走り、反対側の壁に身体が叩きつけられた。がらがらと落ちる瓦礫(ガレキ)を振り落としながら立ち上がると、悧羅は民達(タミタチ)を見ている。


大事(ダイジ)ないかえ?」


声をかけている先を見ると民達を守るように悧羅の結界(ケッカイ)()らいでいる。飛んだ瓦礫(ガレキ)破片(ハヘン)も巻き上げられた土埃(ツチボコリ)も民達にはかかっていない。長様(オササマ)!、と歓喜(カンキ)する民達に笑顔で応える悧羅に、くそが!、と矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)が飛びかかる。一歩遅れた舜啓も飛び出したが、その目の前で悧羅が(フタタ)び消えて前を行く二人の姿が空に蹴り飛ばされるのが見えた。(ウソ)でしょ、と(ツブヤ)いた舜啓の(フトコロ)に悧羅が入り込んだ。突然現れた悧羅に舜啓も足を止めざるを得ない。


夕餉(ユウショク)を抜かれたならば、宮に()いや」


笑って言う悧羅が舜啓を蹴り飛ばして、また壁に激突(ゲキトツ)してしまう。いってえ、と身体を瓦礫(ガレキ)の中から起こすと(クウ)に飛ばされていた二人の背後から蹴り飛ばす悧羅の姿が見えた。もの(スゴ)い勢いで二人の身体が鍛錬場(タンレンジョウ)に落ちて地面を穿(ウガ)つ。苦悶(クモン)の声を上げながらも間髪(カンパツ)いれずに起き上がり、少しばかり離れた場所の悧羅に向かって矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)は出せるだけの鬼火(オニビ)を出して悧羅に(オソ)いかかった。鬼火を(ハナ)った二人は上空に飛び上がり、そこからまた鬼火(オニビ)を放った。先に(ハナ)たれた鬼火(オニビ)は悧羅の立つ場所に命中(メイチュウ)爆発(バクハツ)爆炎(バクエン)が上がり爆風(バクフウ)が舜啓の身体を撫でていく。一緒に飛んでくる石や土埃(ツチボコリ)から思わず顔を(カバ)って上を見ると二人のものであろう鬼火(オニビ)数多(アマタ)に降ってきているのが煙の中から見えた。


「ちょっと!これはやりすぎでしょうよ!」


叫ぶ声も爆音(バクオン)にかき消される。すでに足場もぼろぼろで、何処(ドコ)に足を置いていいのかもわからない。だが、あの中心には悧羅がいるはずだ。


「悧羅!!」


思わず叫ぶ舜啓の背後で、なんじゃ?、と(オダ)やかな声がした。気づくと舜啓の周囲は紫の結界(ケッカイ)で包まれている。振り向くと悧羅が微笑んで立っていた。全身の力が抜けて舜啓は、悧羅ぁ、と抱きついた。おやおや、と背中を撫でられてほっとする。


「良かったぁ、巻き込まれてるんじゃないかって怖かった」


「あの様なものに(ワラワ)が巻き込まれるはずもなかろうて」


くすくすと笑う悧羅が褒美(ホウビ)はもう良いのか?、と舜啓に(タズ)ねる。うん、と悧羅から離れて、もういい、と舜啓が溜息をついた。


「もう十分わかったし。もともと俺が欲しかったのって悧羅に稽古(ケイコ)つけて欲しいってことだったから。それを悧羅が約束してくれるならもういい」


おや?、と悧羅が舜啓の頭を撫でた。少しばかり照れ臭くなって苦笑する舜啓に、約束しよう、と笑う。笑顔は(オサナ)い頃のままだ、と悧羅も微笑みを深くする。


「でも()()どうするの?あの二人、どう考えても悧羅を殺す気だよね?」


「そのようだの。…やれやれじゃて」


大きく嘆息(タンソク)して悧羅は上を見上げる。数多(アマタ)鬼火(オニビ)が落ちてきて場は崩壊(ホウカイ)している。一人は(オノ)能力(チカラ)(オボ)れ、一人は女の私怨(シエン)とは、何とも(ナサ)けない。


「これほどの能力(チカラ)を持ちながら何のための能力(チカラ)なのかも分からぬなど、鬼を語るのも烏滸(オコ)がましいの」


結界から出ようとする悧羅の腕を舜啓が引いて止める。危ないってば!、と(アセ)る舜啓に、大事(ダイジ)ない、と悧羅は笑って見せる。


「妾の可愛い舜啓はそこから出てはならぬえ」


すぐに終わる、と結界(ケッカイ)から出ると爆音(バクオン)爆風(バクフウ)(マギ)れて紳が悧羅を呼ぶ声と、子どもたちが悧羅を呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。


あまり心労(シンロウ)をかけるものではないな。


小さく笑って悧羅は軽く地を蹴る。鬼火(オニビ)を出しすぎてかなり能力(チカラ)行使(コウシ)したのだろう。二人とも息が上がっているが悧羅には気付けていない。これもまた未熟(ミジュク)よな、と悧羅は苦笑した。


「…ちと落ち着け…」


響いた声に矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)が振り返るが悧羅を目に止める前に蹴り飛ばされて原形(ゲンケイ)(トド)めていない鍛錬場(タンレンジョウ)に背中から叩きつけられた。くそ!、と起きあがろうとする二人の(ハラ)に重い衝撃と(ニブ)い痛みが走った。土の中に押し込められるように周りの岩や土が舞い上がる。思わず苦悶(クモン)の声が漏れた口から血も吐き出してしまう。


このっ!、とまだ起きあがろうとする二人の腹に(フタタ)び重い蹴りが入った。ますます地中に埋められる形になり、身体の、あちこちから血が流れ出すのが分かった。何なんだ、と苦痛にもがきながら二人が顔を上げようとするが、それが(カナ)わない。能力(チカラ)ごと()ぎとられたかのように全身が(ダル)い。どうにか体勢だけを変えると腹這(ハラバ)いになった(ソバ)から咳込(セキコ)んで吐血(トケツ)してしまう。ひゅうひゅうと喘鳴(ゼンメイ)まで聞こえてきて、身体の中も痛めつけられていることだけは分かる。片手の数ほども攻撃(コウゲキ)は受けていないはずなのに、なんなのだ!、と二人は倒れ込んだ。その二人に、やれやれ、と嘆息(タンソク)混じりの悧羅の声が降ってきた。視線だけを返すと(クレナイ)(コロモ)が目に映る。


「一人は(オノ)能力(チカラ)過信(カシン)(オボ)れ、もう一人は女としての私怨(シエン)(ミズカ)らを失い妾を殺そうとするなど、ほんに()(モノ)じゃ」


しゃがみ込んで二人の顔を(ノゾ)きながら、悧羅は苦笑している。その背後に壁の向こうの民達(タミタチ)を護るかのように揺らめく紫の結界(ケッカイ)が見えた。


其方(ソナタ)らが能力(チカラ)を望むは結構(ケッコウ)。なれど目的を見失い妾が民達まで巻き込まんとするは許されぬ。もう一度問う。其方(ソナタ)たちは何故(ナニユエ)(オサ)()を欲するのだえ?」


首を(カシ)げて問う悧羅に、強さこそ鬼たる(アカシ)だ!、と切れ切れの息の中から二人が精一杯(セイイッパイ)に叫ぶ。その目にはまだ悧羅に対する憎悪(ゾウオ)とも取れる光が宿(ヤド)っていた。


()(モノ)だけでなく弱き者でもあったのか」


「弱い…だと…!?」


吐血(トケツ)しながら立ちあがろうとする二人の背にまた衝撃(ショウゲキ)が走った。それだけでなく山一つでも乗せられたように身体の自由を(ウバ)われる。地面に押しつけられるようにして二人はまた倒れ込んだ。


「弱いであろ?(ミズカ)らの(ヨク)のみに(オボ)れ守るべきものがなんであるかも分からぬ者達に、まだまだ(オサ)()はやれぬ」


くすくすと笑う悧羅に、(ウバ)う!、と荽梘(スイカン)が叫んだ。


「何が何でも(ウバ)ってやる!私が先に見つけたんだ!私が先に…っ!それを、ただ(オサ)だってだけで…っ!!全部、ぜんぶぅっ!」


押さえ込まれた身体を必死に動かそうとして荽梘(スイカン)の身体から血が噴き出す。叫ぶ声と共に激しく吐血(トケツ)喀血(カッケツ)を繰り返した。まだ、分からぬか、と悧羅は立ち上がった。小さく息をつくと周囲を(オオ)っていた全ての結界(ケッカイ)が消え去る。観衆(カンシュウ)たちには怪我もないようで安堵(アンド)し、枉駕(オウガイ)と呼ぶ。


「これに」


駆け降りた枉駕に、ちと頭を冷やさせよ、と(メイ)じると、御意(ギョイ)、と枉駕が手を挙げた。(ヒカ)えていた武官隊隊士達(ブカンタイタイシタチ)が動いて矜焃(キョウカク)荽梘(スイカン)(トラ)える。


「男の方は少し話せばわかるやも知れぬ。なれど女の方はどうかの?お前と荊軻(ケイカツ)(マカ)す」


承知(ショウチ)、と頭を下げる枉駕を見ていると、悧羅!!、と紳の声が響いた。駆け寄ってきてそのまま自分の(カイナ)に悧羅を収める。


「大丈夫?怪我(ケガ)してない?」


ぺたぺたと身体を触って確かめる紳に、どこもどうもないぞ、と笑うと、良かったぁ、と力が抜けたようだ。もたれかかるように悧羅に抱きついてくる。その背中を優しく撫でていると荽梘(スイカン)の目にまた(イカ)りが(トモ)った。紳、と声をかけると、なに?、と顔を上げる。視線だけで荽梘(スイカン)を悧羅が見ると紳も視線を辿(タド)る。しばらくその視線を受け止めて、えっと…?、と紳が(ホオ)()いた。


「…そういうことで良いのかな?」


「そのようだ」


小さく笑う悧羅に、(マイ)ったね、と紳が軽く口付けた。火に油を(ソソ)ぐではないか、と(タシナ)める悧羅に紳は肩を(スク)めた。


「だってこれが一番早い。悪いね、俺、悧羅以外いらないんだ。それに何より悧羅を傷つけようとしたモノは全部(テキ)。悧羅が(オサ)として俺を(シバ)りつけてるわけでもない。俺が悧羅の側に居たくて望んで側に居させてもらってんの。そこ勘違(カンチガ)いしないでくれるか?」


そんなもの、と唇を噛む荽梘(スイカン)に紳は両手を挙げて見せた。


「言っとくけど、悧羅が居ない世に未練(ミレン)はないから。悧羅が死ぬときは一緒に死ぬし、悧羅が生きてる間は俺も生きる。俺の全ては悧羅のものだから、何があっても他のものにはならないんだよ」


言い切る紳の目の前で荽梘(スイカン)が息を呑む。そんな、と何か言いたそうな荽梘(スイカン)と言葉を失った矜焃(キョウカク)武官隊隊士達(ブカンタイタイシタチ)が連れ去っていく。


「…考えを(アラタ)めてくれると良いのだかな」


ふうっと息をつく悧羅の横で枉駕が闘技(トウギ)の終了を告げる。母様(カアサマ)!、と飛び降りてくる子ども達を受け止めていると何処からともなく長様(オササマ)と声が上がった。視線を戻した悧羅の目に映ったのはその場に平伏(ヘイフク)する民達の姿だった。

新型コロナワクチンの副作用でしょうか?

少しばかり熱っぽくなってきました。


それでも家の事をやってしまうあたり病気かな?と思って笑えてきます。


最近1話が長いですが、キリよくしようとすると中途半端に切れてしまうのでご容赦ください。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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