乞う《コウ》
書き終わったと思ったら全部消えてしまいました。こんな時に限って長かったのに。
どうにか復元させましたが、一回目よりは読みやすいかと思います。
闘技の勝者は矜焃という辺境の里に住む男鬼だった。結末を見ていなかった悧羅が荊軻に、どのようなものだったのだ、と尋ねると苦笑が返ってきた。
「瞬倒とはいきませんでしたが見応えがございましたよ。あれだけの体格差もございましたけれど、なかなかのものでございますね。鍛え甲斐がありそうな若者ですが…」
ふむ、と悧羅は矜焃を見やった。巨躯で真珠色の一本角だ。遠目からではよく分からないが、紳よりも上背はあるかもしれない。印象としては枉駕に似ているけれど、異なるのは武具を持っていないというところだ。武具は?、と聞く悧羅に、何も、と栄州が笑っている。
「彼奴、自身の体躯のみでやりおった」
可笑しそうに笑う栄州に、ほう、と悧羅も苦笑する。鬼といえど武具を用いない者は珍しい。男鬼であれ鬼女であれ何某かの武具は持っているものだ。文官長である荊軻でさえ弓を使う。一切武具を使わない者など悧羅を含めても数えるほどしかいないだろう。
矜焃の対峙した鬼は舜啓では無かった。その一つ前に荽梘という鬼女に負けてしまったらしい。青い髪は短く刈っているが額には真珠色の一本角が輝いている。腰の両脇に刀が二本。こちらはどうやら武具を使うようだ。あちらは?、と荊軻に悧羅が尋ねると肩を竦めている。
「あちらも初めて見る鬼女ですね。しかしながら…、少しばかり気の強そうな感じを受けております」
「其方の見る目は確かだからの」
恐れいります、と荊軻が僅かに頭を下げた。
「二人とも隊に引き入れるにしましても少しばかり用心せねば、逸るやもしれませんね」
闘技の僅かな刻でよくそこまで見抜くものだ、と感心しながら悧羅は荽梘を見る。負けたことが相当に悔しいのだろう。唇を噛んで拳を握っているが、その拳が震えている。負けず嫌いな性格なのは見てとれた。鬼には男も女もその強さには関係がない。生まれ持ったものもあるだろうが、どれたけ日々鍛錬を欠かさないかがその能力を左右する。
「舜啓も良いところまでいったようだの。夕餉を抜かれなければ良いが…」
視線を咲耶に向けると闘技を終えたばかりであろう舜啓の頭を小突いている。きっと詰めが甘いなどと叱っているのだろう。後で夕餉を抜かれそうなら宮に来るように舜啓に伝える必要がありそうだった。悧羅の横では媟雅が、何で負けてんのよ、と呟いているが、確実に媟雅の中の舜啓の位置はあがっただろう。歓声の鳴り止まない鍛錬場の中心で枉駕が高く片手を挙げた。それだけで、場が静まり返る。
「皆、御苦労であった。勝者である矜焃には褒美が与えられる。なれど、今回は久方ぶりの闘技故、上位三者まで褒美を取らせよ、との長のお言葉である。二番手荽梘、三番手舜啓、前へ」
呼ばれて鍛錬場に居た荽梘が矜焃の横に並ぶ。すでに咲耶の場まで退いていた舜啓も、俺も?、と自らを指差して驚いたように場に出た。
「…そのようなこと言うたかの?」
「紳様が、そのように、と。士気を上げるためでございましょう」
苦笑する悧羅に荊軻がこともなげに言う。やれやれ、と悧羅は肩を落とすしかない。紳が民達の鬼としての気質を底上げしたいということは知っている。悧羅に黙って三者までに褒美を出すと決めたのならば特段悧羅が何と言うこともない。荊軻も知っていたということは枉駕も栄州も知っていたということだろう。
「この狸どもめが」
小さく笑いながら二人に向けて言うと、二人とも小さく笑っている。その程度で悧羅が文句を言うとも思っていないのが見てとれた。悧羅としても重鎮達には信を置いているので構いはしない。
「では矜焃。お前の願いから聞こう」
枉駕の言葉に矜焃が少しばかり迷ったような素振りを見せた。欲しいものでもあるのか考えあぐねているようだ。
「さて、何と言いだしますやら…」
小さく笑っている荊軻と共に見守っていると、恐れながら、と低い声がした。申すが良い、と枉駕が先を促している。
「私は地位や金銀などには興がございません。願いは一つ。最強とされる長との手合わせを願い奉りまする」
は?、と場の至る所から驚愕の声が響いた。長と手合わせなど望んだものなどいない。あまりにも恐れ多いことであると同時に敵うはずもないからだ。荊軻も栄州もきょとり、として悧羅を見ている。
「珍しい者もおったものよの」
名指しされて悧羅は苦笑するしかない。目の前で願いを聞いた枉駕もまた、きょとりとしている。
「長の御力が絶大であることは存じております。なれど、一度その強さが如何許りか肌で感じとうございます」
矜焃の言葉に、それがお許し頂けるのであれば、と荽梘が声を上げた。
「私もその願い賜りとうございます。鬼たる者、強くあるべし。私も強さ以外に求めるものはございません」
冷たく抑揚のない声だった。言葉の通り強さだけが荽梘の全てなのだろう。荊軻の見る目は正しかったようだ。荽梘にまで乞われて、枉駕が少しばかり狼狽した。待て待て、と声を上げたのは場に居た紳だ。
「幾ら何でもそれはないだろう。悧羅と手合わせしてお前たちは何を得たいんだ?」
「真に仕える価値があるのかどうか見極めたいだけでございます」
二人の言葉が同時に被さって、場がまた驚愕の声に包まれた。何という恐れ多いことを、と非難する声まで聞こえ始める。長、と荊軻に見られてますます悧羅は笑いを深くするしかない。長い鬼の世だ。このような考えを持つ者が現れても何ら不思議ではない。産まれた時から漠然と長こそ最強、長こそ要という里の在り方に若い鬼達が疑問を持つのも当然と言えば当然の流れだろう。くすくすと笑う悧羅の横では栄州が顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えている。
「何という痴れ者か!」
今にも飛び出しそうな栄州に悧羅は、よい、と声をかけて留めた。母様、と子ども達も心配そうに悧羅を見る。それに笑顔を返して、どうするかの、と悧羅は肩を竦めてみせた。鍛錬場では紳が困ったように頭を掻いている。望むものは何でも与えるとは言ったがそう来るとは思っていなかった。とりあえず待て、と矜焃と荽梘を手で制して、舜啓は?、と視線を変える。
「欲しいものは無いけど…。悧…、長と手合わせできるなら俺もそれがいい。またとない機会だろうし」
幼い頃から悧羅に憧れさえ抱いていた舜啓だ。何度稽古をつけてくれと願っても、それだけは悧羅が善としなかった。理由は分かっている。子同然だと思っているから傷つけたくないのだ、と。だが、舜啓としても悧羅の凄さや偉大さは知ってはいるが打ち合っていいのであれば、一度体験してみたい。
「お前までそんなこと言い出すのかよ」
困り果てたような紳が、じゃあ俺から一本取れたらどうだ?、と言いかけた時だった。ふわり、と紳の横に紅の衣が舞い降りた。それまで近くにいたはずの母の姿が鍛錬場に見えて、子ども達が、母様?、と声を上げている。降り立った悧羅に枉駕が軽く礼を取った。膝をつこうとする勝者三人に悧羅がそのままで良い、と声をかけた。
「見事であった。若い者がこれだけの能力を秘めておれば里も安泰であるの」
優美に微笑まれて、三人が一瞬惚けたがすぐに自分を取り戻したようだ。何で降りてきたの、と紳が悧羅を嗜めたが、それに小さく笑って、悧羅は首を傾げてみせる。
「何故と言うても、これらの欲する褒美は妾との手合わせなのであろ?」
「そうだけど、まずは俺と一戦交えてからでもいいじゃない」
「それでは褒美にならぬではないかえ。これらの者達は妾に仕える価値があるかどうか見極めたいと申した。そうであったの?」
視線を紳から三人に返すと矜焃と荽梘は大きく頷いた。
「舜啓だけはちと違うようだがの。里の理、長たる務め。鬼たる者強くならねば在らぬとはいえ、自らの能力よりも劣るやもしれぬと思う者に生命を賭ける価値もないと思うておるのであろ」
小さく笑われてそれでも矜焃と荽梘は大きく頷く。
「それもまた新しきことを思うてくれるが故であろ。これから先、まだ長というものを置かねばならぬのか、このような闘技で勝利した者が里を治めるべきではないのか、とも思うておらぬかえ?」
問う悧羅の前で矜焃と荽梘の身体が、びくりと震えた。やはりの、と悧羅は笑っている。
「単純な強さだけでは民達はついてこぬよ?其方達が強くありたいと思うは勝手じゃが、誰がために強さを欲しておるのかのう?」
問いかけながら悧羅は一歩前に出た。悧羅、と留める紳の声に、大事無い、とだけ伝える。
「少しばかり離れておりや。加減はするがの」
仕方なく紳と枉駕も悧羅が観覧していた場まで退いた。登ってきた紳に子ども達が、どうしよう、と涙目になっている。それぞれの頭を撫でて、心配いらないよ、と笑う紳だったが子ども達はそれでも不安そうにしている。
「どれもこれも自分本位でございましたね。強さとは何かを全く分かっていないでは無いですか。あんな痴れ者共がこれから先、数えきれないほどに膨らんでは目に余りますね」
嘆息する荊軻に、だから悧羅が出たんでしょ、と紳が諭した。そういうことでございましょうね、と荊軻は侮蔑の視線を矜焃と荽梘に投げた。いつの間にか静まり返った鍛錬場に悧羅の声が降る。
「誰からでも、どの方向からでもよいぞ。何であれば三人まとめてかかってきや。その方が刻もかからぬ」
「…ほんに宜しいのでございますな?」
矜焃が、じりっと一歩退きながら確かめるが、その目には嬉々とした色が燃えている。
「構わぬ。加減はしてやる故」
微笑んで悧羅は両の手を組んだ。手を使わない、と示したのだ。
その姿にぎりっと歯軋りをしたのは荽梘だ。目の前に立つのは自分と同じ鬼女だ。
何が違う?!、と心の中で問いかける。強さが必要であれば自分でも良いはずだ。美しいのは認めるが、それもまた自分が劣っているとも思えない。
何故…、と荽梘はちらりと視線を悧羅が元居た場に一瞬移す。そこにずっと焦がれてやまなかった男がいるからだ。
近衛隊隊長____________紳。
初めて目にしたのは200年前の闘技の舞台だった。当時の近衛隊隊長を瞬倒した姿に幼いながら惹かれてしまった。いつか、いつか紳の横に並んで愛しまれるのは自分であるはずだ、と信じて疑わず隣に立つために必死で稽古し強さを手にした。それなのに、紳に想いを伝えても間を置かずに断られ、更には長である悧羅の夜伽の任に就き子まで成した。そのまま契りまで交わされてしまっては、荽梘には紳を諦めることしか残されていなかった。
諦められるのであればとっくにそうしていた。
ただ夜伽で子を成せただけで、何故長に紳を盗られなければなかなかったのだ。
やるせない想いは全て鍛錬にぶつけた。
こんな里の理がおかしいのだ。強いものが長になるのであれば、自分でも良いはずだ。長になりさえすれば、こんな里の理さえなければ紳を手に入れていたのは自分であったはずなのだ。
両の腰に下げた刀に手を当てると、ふわり、と紫の髪が目の前にあった。はっと抜刀して斬りかかる。悧羅の首筋を捉えてそのまま刀を振り切った。獲った!、と笑みが浮かんだが振り切った刀に肉を斬り裂く感触がない。
「怖いのお」
背後から声がして荽梘が視線を返すと振っていない刀の上に悧羅がしゃがんでいる。
「女の私怨は、こと恐ろしい」
くすくすと笑われて、この!、と荽梘は刀を振るったがそれは空を斬っただけだ。代わりに荽梘の背中に衝撃と鈍い痛みが走った。思わず息を呑むと上空に蹴り上げられていた。舌打ちして、宙に止まるとそのまま滑空して悧羅を目指す。すでに矜焃と刀を抜いた舜啓が悧羅に挑んでいるが、ほれほれどうした、と悧羅は笑いながら躱している。その姿は童と戯れているようにも、舞っているようにも見えて、ますます荽梘は激昂する。
「ちょこまかと!」
振るった拳が悧羅に掠りもせず、鍛錬場の地を砕き削っていくだけの事に矜焃も苛立ちを隠せない。振り上げた拳と舜啓の刀がぶつかって鈍い音を立てた。二人の一歩先に降り立った荽梘が悧羅の姿を捉えて両側から刀を振るったが悧羅を傷つけることができない。
「少しばかり強うゆく。構えよ」
柔らかな声音の中に鋭いものを感じて三人は一瞬身構えた。_____________刹那。
三人の腹に重い衝撃と痛みが走って、身体が鍛錬場の壁に叩きつけられる。瓦礫が身体に被去ってきて、くそ!、と矜焃と荽梘の声がする。声とともに二人が飛び出て悧羅に向かったが一寸先で躱れて今度は背中に衝撃が走り、反対側の壁に身体が叩きつけられた。がらがらと落ちる瓦礫を振り落としながら立ち上がると、悧羅は民達を見ている。
「大事ないかえ?」
声をかけている先を見ると民達を守るように悧羅の結界が揺らいでいる。飛んだ瓦礫の破片も巻き上げられた土埃も民達にはかかっていない。長様!、と歓喜する民達に笑顔で応える悧羅に、くそが!、と矜焃と荽梘が飛びかかる。一歩遅れた舜啓も飛び出したが、その目の前で悧羅が再び消えて前を行く二人の姿が空に蹴り飛ばされるのが見えた。嘘でしょ、と呟いた舜啓の懐に悧羅が入り込んだ。突然現れた悧羅に舜啓も足を止めざるを得ない。
「夕餉を抜かれたならば、宮に来いや」
笑って言う悧羅が舜啓を蹴り飛ばして、また壁に激突してしまう。いってえ、と身体を瓦礫の中から起こすと空に飛ばされていた二人の背後から蹴り飛ばす悧羅の姿が見えた。もの凄い勢いで二人の身体が鍛錬場に落ちて地面を穿つ。苦悶の声を上げながらも間髪いれずに起き上がり、少しばかり離れた場所の悧羅に向かって矜焃と荽梘は出せるだけの鬼火を出して悧羅に襲いかかった。鬼火を放った二人は上空に飛び上がり、そこからまた鬼火を放った。先に放たれた鬼火は悧羅の立つ場所に命中し爆発と爆炎が上がり爆風が舜啓の身体を撫でていく。一緒に飛んでくる石や土埃から思わず顔を庇って上を見ると二人のものであろう鬼火が数多に降ってきているのが煙の中から見えた。
「ちょっと!これはやりすぎでしょうよ!」
叫ぶ声も爆音にかき消される。すでに足場もぼろぼろで、何処に足を置いていいのかもわからない。だが、あの中心には悧羅がいるはずだ。
「悧羅!!」
思わず叫ぶ舜啓の背後で、なんじゃ?、と穏やかな声がした。気づくと舜啓の周囲は紫の結界で包まれている。振り向くと悧羅が微笑んで立っていた。全身の力が抜けて舜啓は、悧羅ぁ、と抱きついた。おやおや、と背中を撫でられてほっとする。
「良かったぁ、巻き込まれてるんじゃないかって怖かった」
「あの様なものに妾が巻き込まれるはずもなかろうて」
くすくすと笑う悧羅が褒美はもう良いのか?、と舜啓に尋ねる。うん、と悧羅から離れて、もういい、と舜啓が溜息をついた。
「もう十分わかったし。もともと俺が欲しかったのって悧羅に稽古つけて欲しいってことだったから。それを悧羅が約束してくれるならもういい」
おや?、と悧羅が舜啓の頭を撫でた。少しばかり照れ臭くなって苦笑する舜啓に、約束しよう、と笑う。笑顔は幼い頃のままだ、と悧羅も微笑みを深くする。
「でもこれどうするの?あの二人、どう考えても悧羅を殺す気だよね?」
「そのようだの。…やれやれじゃて」
大きく嘆息して悧羅は上を見上げる。数多の鬼火が落ちてきて場は崩壊している。一人は己が能力に溺れ、一人は女の私怨とは、何とも情けない。
「これほどの能力を持ちながら何のための能力なのかも分からぬなど、鬼を語るのも烏滸がましいの」
結界から出ようとする悧羅の腕を舜啓が引いて止める。危ないってば!、と焦る舜啓に、大事ない、と悧羅は笑って見せる。
「妾の可愛い舜啓はそこから出てはならぬえ」
すぐに終わる、と結界から出ると爆音や爆風に紛れて紳が悧羅を呼ぶ声と、子どもたちが悧羅を呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。
あまり心労をかけるものではないな。
小さく笑って悧羅は軽く地を蹴る。鬼火を出しすぎてかなり能力を行使したのだろう。二人とも息が上がっているが悧羅には気付けていない。これもまた未熟よな、と悧羅は苦笑した。
「…ちと落ち着け…」
響いた声に矜焃と荽梘が振り返るが悧羅を目に止める前に蹴り飛ばされて原形を留めていない鍛錬場に背中から叩きつけられた。くそ!、と起きあがろうとする二人の腹に重い衝撃と鈍い痛みが走った。土の中に押し込められるように周りの岩や土が舞い上がる。思わず苦悶の声が漏れた口から血も吐き出してしまう。
このっ!、とまだ起きあがろうとする二人の腹に再び重い蹴りが入った。ますます地中に埋められる形になり、身体の、あちこちから血が流れ出すのが分かった。何なんだ、と苦痛にもがきながら二人が顔を上げようとするが、それが叶わない。能力ごと削ぎとられたかのように全身が怠い。どうにか体勢だけを変えると腹這いになった側から咳込んで吐血してしまう。ひゅうひゅうと喘鳴まで聞こえてきて、身体の中も痛めつけられていることだけは分かる。片手の数ほども攻撃は受けていないはずなのに、なんなのだ!、と二人は倒れ込んだ。その二人に、やれやれ、と嘆息混じりの悧羅の声が降ってきた。視線だけを返すと紅の衣が目に映る。
「一人は己が能力を過信し溺れ、もう一人は女としての私怨で自らを失い妾を殺そうとするなど、ほんに痴れ者じゃ」
しゃがみ込んで二人の顔を覗きながら、悧羅は苦笑している。その背後に壁の向こうの民達を護るかのように揺らめく紫の結界が見えた。
「其方らが能力を望むは結構。なれど目的を見失い妾が民達まで巻き込まんとするは許されぬ。もう一度問う。其方たちは何故長の座を欲するのだえ?」
首を傾げて問う悧羅に、強さこそ鬼たる証だ!、と切れ切れの息の中から二人が精一杯に叫ぶ。その目にはまだ悧羅に対する憎悪とも取れる光が宿っていた。
「痴れ者だけでなく弱き者でもあったのか」
「弱い…だと…!?」
吐血しながら立ちあがろうとする二人の背にまた衝撃が走った。それだけでなく山一つでも乗せられたように身体の自由を奪われる。地面に押しつけられるようにして二人はまた倒れ込んだ。
「弱いであろ?自らの欲のみに溺れ守るべきものがなんであるかも分からぬ者達に、まだまだ長の座はやれぬ」
くすくすと笑う悧羅に、奪う!、と荽梘が叫んだ。
「何が何でも奪ってやる!私が先に見つけたんだ!私が先に…っ!それを、ただ長だってだけで…っ!!全部、ぜんぶぅっ!」
押さえ込まれた身体を必死に動かそうとして荽梘の身体から血が噴き出す。叫ぶ声と共に激しく吐血と喀血を繰り返した。まだ、分からぬか、と悧羅は立ち上がった。小さく息をつくと周囲を覆っていた全ての結界が消え去る。観衆たちには怪我もないようで安堵し、枉駕と呼ぶ。
「これに」
駆け降りた枉駕に、ちと頭を冷やさせよ、と命じると、御意、と枉駕が手を挙げた。控えていた武官隊隊士達が動いて矜焃と荽梘を捉える。
「男の方は少し話せばわかるやも知れぬ。なれど女の方はどうかの?お前と荊軻に任す」
承知、と頭を下げる枉駕を見ていると、悧羅!!、と紳の声が響いた。駆け寄ってきてそのまま自分の腕に悧羅を収める。
「大丈夫?怪我してない?」
ぺたぺたと身体を触って確かめる紳に、どこもどうもないぞ、と笑うと、良かったぁ、と力が抜けたようだ。もたれかかるように悧羅に抱きついてくる。その背中を優しく撫でていると荽梘の目にまた怒りが灯った。紳、と声をかけると、なに?、と顔を上げる。視線だけで荽梘を悧羅が見ると紳も視線を辿る。しばらくその視線を受け止めて、えっと…?、と紳が頬を掻いた。
「…そういうことで良いのかな?」
「そのようだ」
小さく笑う悧羅に、参ったね、と紳が軽く口付けた。火に油を注ぐではないか、と嗜める悧羅に紳は肩を竦めた。
「だってこれが一番早い。悪いね、俺、悧羅以外いらないんだ。それに何より悧羅を傷つけようとしたモノは全部敵。悧羅が長として俺を縛りつけてるわけでもない。俺が悧羅の側に居たくて望んで側に居させてもらってんの。そこ勘違いしないでくれるか?」
そんなもの、と唇を噛む荽梘に紳は両手を挙げて見せた。
「言っとくけど、悧羅が居ない世に未練はないから。悧羅が死ぬときは一緒に死ぬし、悧羅が生きてる間は俺も生きる。俺の全ては悧羅のものだから、何があっても他のものにはならないんだよ」
言い切る紳の目の前で荽梘が息を呑む。そんな、と何か言いたそうな荽梘と言葉を失った矜焃を武官隊隊士達が連れ去っていく。
「…考えを改めてくれると良いのだかな」
ふうっと息をつく悧羅の横で枉駕が闘技の終了を告げる。母様!、と飛び降りてくる子ども達を受け止めていると何処からともなく長様と声が上がった。視線を戻した悧羅の目に映ったのはその場に平伏する民達の姿だった。
新型コロナワクチンの副作用でしょうか?
少しばかり熱っぽくなってきました。
それでも家の事をやってしまうあたり病気かな?と思って笑えてきます。
最近1話が長いですが、キリよくしようとすると中途半端に切れてしまうのでご容赦ください。
お楽しみいただけましたか?
ありがとうございました。