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闘技《トウギ》

少しばかり長くなりましたが、お楽しみください。

(マツ)りのような(ニギ)わいがその日の里には満ちていた。


(ヨワイ)十七以上の者に(カギ)闘技(トウギ)(モヨオ)す』


200年ぶりの(シラ)せが(クダ)ったのは一月(ヒトツキ)前の事だ。古くから里にいる者は(メズラ)しいこともあるもんだ、と笑っていたが若い者からすれば鬼としての自分の能力(チカラ)がどれ程のものなのかを知れるとあって申し込むものが(アト)()たなかった。(イマ)だ成長過程の者、すでに最盛期(サイセイキ)(ムカ)身体(カラダ)の成長が()まった者、(イド)む者はそれぞれではあったが平穏(ヘイオン)な里において闘技(トウギ)があるなど心が(オド)るというものだ。


鬼たるもの強くあるべし、というのが産まれ落ちた時から身体に(キザ)みこまれている。久方(ヒサカタ)ぶりに全力で(アバ)れられる上に勝利した者には望む褒美(ホウビ)(アタ)えられる。勝利せずとも成果(セイカ)が目に()まれば近衛隊(コノエタイ)武官隊(ブカンタイ)入隊(ニュウタイ)している者も、そうでない者も声がかかるのは分かりきった事だ。


しかも今回は(オサ)の子どもらも出るという。


遠慮(エンリョ)()らぬ』


子どもらが出るからといって手加減(テカゲン)はしなくても良いと父である近衛隊隊長(コノエタイタイチョウ)(シン)の言葉も()えられていた。(オサ)と紳の子ども達は六人すべてが一本角の持ち主だ。けれど能力(チカラ)体術(タイジュツ)においてはまだまだ発展途上(ハッテントジョウ)だろう。()めたる能力(チカラ)(スサ)まじいだろうが最盛期(サイセイキ)(ムカ)えている者達にとれば(ワラベ)の手を(ヒネ)るようなものだ。


けれど闘技(トウギ)と言えど真剣勝負(シンケンショウブ)普段(フダン)手合(テア)わせ願えない者たちと手合(テア)わせ出来るのは嬉しいものである。しかし余りに多くの者が(ツド)ってしまったので、仕方なく(フルイ)にかけるために一旦100人ほどを一つとして勝ち上がった物を本戦に出れる権利を与えた。(ツド)った者たちは久しぶりの闘技(トウギ)に喜びながら(ミズカ)らの能力(チカラ)体術(タイジュツ)存分(ゾンブン)発揮(ハッキ)した。


闘技(トウギ)の場として(モチ)いられたのは鍛錬場(タンレンジョウ)だった。鍛錬場(タンレンジョウ)(カコ)むように参加しない民達(タミタチ)密集(ミッシュウ)して、闘技(トウギ)を見守っている。見守る者達もまた、心が(オド)っているようで大きな歓声(カンセイ)が響きわたっていた。その最上階(サイジョウカイ)悧羅(リラ)の席が(モウケ)られている。


闘技(トウギ)最中(サナカ)に砂や(ホコリ)が飛ぶし、武器(ブキ)が飛んできたら危ないでしょ?」


心配し過ぎた紳が近くで見ることを(キン)じたからだ。無用(ムヨウ)な心配だ、と悧羅は笑ったのだが許してはもらえなかった。紳が見て一番安全だと思われる場に悧羅を置いたのだ。(ソバ)には荊軻(ケイカツ)栄州(エイシュウ)(ヒカ)え、悧羅の両隣(リョウドナリ)には皓滓(コウサイ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)が座っている。足元には妲己(ダッキ)まで(ヒカ)えていては、何が起ころうともこの場だけは安全な場だろう。


下の子ども三人は目の前で繰り広げられる鬼達の真剣勝負に目を輝かせながら、悧羅にしがみついている。


(オソロ)しゅうはないかえ?」


優しく(タズ)ねる悧羅に、ううん!、と元気な声が返ってくる。


「ぼくも出たかったなぁ」


残念そうに(ツブヤ)皓滓(コウサイ)の頭を()でて、もう少しの辛抱(シンボウ)だ、と悧羅は笑った。(ヨワイ)十三の皓滓(コウサイ)にはまだ早すぎる。ちぇえ、と(クチビル)(トガ)らせる皓滓(コウサイ)に苦笑していると、いやはや、と(ソバ)から栄州の声が聞こえる。


久方(ヒサカタ)ぶりの闘技(トウギ)とは、なかなかに血が(サワ)ぎまするな。(ワレ)ももう少し若ければ、と思いますなあ」


満足そうな笑顔で闘技(トウギ)を見つめる栄州の目は嬉々(キキ)として輝いている。栄州からすれば先代(センダイ)の時には毎年のように行われていた闘技(トウギ)(ツネ)に開きたいと思っていた。悧羅が(ヨシ)としなかったので、聞き届けられたのはこの500年で二回だけだ。その500年の間に優秀な鬼が()()を見る事がなかったかもしれない。それがこうして開かれるとなったのだ。今の鬼達の能力(チカラ)(ハカ)り知るよい機会だと喜びしかない。


「栄州ならば今とて(ワタ)りあえるのではないかえ?」


笑う悧羅に、お(タワム)れを、と栄州が笑う。


(ワレ)老齢(ロウレイ)でありますれば。若者達には(カナワ)ぬ。なれど(ワレ)天寿(テンジュ)(マット)うしても、良い鬼達が里を支えてくれるならば良いことですからな」


できるだけ心配は少なくして()きたいのだ、と笑う栄州に、縁起(エンギ)でもない、と悧羅は苦笑する。そう易々(ヤスヤス)()ってもらっては困る、と言う悧羅に栄州は笑ったままだ。


心残(ココロノコ)りはございませぬのでな。(オサ)御子(オコ)を六人も抱けるとは思うておりませなんだ。なれど、(ワレ)にとっては何よりの褒美(ホウビ)御子達(オコタチ)から(ジイ)とまで呼んでいただけておるのですからの」


笑い続ける栄州に、やれやれ、と肩を落とす悧羅に、母様(カアサマ)兄様(アニサマ)が出るよ、と灶絃(ソウゲン)(コロモ)を引っ張った。どれ、と視線を返すと妲己も起き上がっている。鍛錬場(タンレンジョウ)の中心に大刀(ダイトウ)を持った忋抖(カイト)が立っている。相手はかなり巨躯(キョク)だが二本角のようだ。特に問題なく勝てる相手だろう。立会人(タチアイニン)公平(コウヘイ)をきすために枉駕(オウガイ)(ツト)めるようだった。


始め!、と振り下ろされた手を合図(アイズ)に二人が動いたが勝負は一瞬(イッシュン)だった。おや、と苦笑する悧羅の目に巨躯(キョク)の鬼が地に伏せる姿が映った。(カマ)えた大刀(ダイトウ)を相手の首に当てる忋抖(カイト)枉駕(オウガイ)が勝ちを宣言(センゲン)する。


「やった!兄様(アニサマ)が勝ったよ!」


嬉しそうな玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)皓滓(コウサイ)の顔を笑って見ながらしばらく心配はいらないだろう、と悧羅は椅子(イス)に深く腰掛(コシカ)けた。出ている子ども達は順当(ジュントウ)に勝ち上がっている。勝利までは(ツカ)めなくとも良い線まではいくだろう。悧羅としては怪我(ケガ)をしてくれなければそれでいい。


“あの程度の相手など若様(ワカサマ)(テキ)ではございませんな”


起きあげた体躯(カラダ)をもう一度休めながら妲己が小さく笑っている。(オサナ)い頃から妲己や紳によって手合(テア)わせを行っているのだ。今の子ども達の実力は妲己が良く知っている。その割には心配そうであったではないか、と苦笑する悧羅に、お怪我(ケガ)でもされては許されませぬので、と()を振っている。


「おやおや、妲己は姫君(ヒメギミ)若君(ワカギミ)の勝利よりもお怪我(ケガ)なさるほうが心配なのですか?」


小さく笑いながら言う荊軻に、無論(ムロン)、と妲己は尾を振り続けている。500年前に悧羅に同行した時も勝ち負けよりも怪我をしないかどうかが心配だったのだ。割と早めに負ける、とは言っていたが怪我して負けたら、と思うと(キモ)が冷えたのを思い出す。


“まだまだ修行(シュギョウ)が足りておらぬ(ユエ)。上には上がおると知るのも一興(イッキョウ)だろうて。負けを知って(ツヨ)うなられるのだから”


鼻唄(ハナウタ)でも聞こえそうな妲己の様子に荊軻は苦笑するしかない。笑い合っていると闘技(トウギ)着々(チャクチャク)と進んでいく。鬼同士の戦いに(ジカン)はかからない。全力で(イド)めば(ナオ)のこと一瞬(イッシュン)だ。進んでいく闘技(トウギ)を見ながら、そういえば、と荊軻が口を開く。


褒美(ホウビ)は何を欲しがりますでしょうね?昔は(オサ)を望む者も多かったと聞いておりますが、今ではそれはないでしょうから」


「さての。手に余るもので無ければよいがの」


苦笑する悧羅に、そうでございますね、と荊軻が苦笑する。さすがに今、悧羅の夜伽(ヨトギ)の相手を(ツト)めたいなどと言い出す者はいないだろう。だがそれ以外だとすれば、何を欲しがるかなど荊軻にも分からない。土地や金銀などであればどうにかなるが、それ以外で何か言い出すようなものが思い浮かばないのだ。荊軻が愚考(グコウ)している間にも闘技(トウギ)は進んでいく。順当に勝ち上がっていた子ども達も最初に啝珈(ワカ)真珠色(シンジュショク)の一本角を持つ男鬼(ダンキ)に負けた。体格(タイカク)の差もあったのだが、それ以上に男鬼(ダンキ)能力(チカラ)(ヒイ)でていたのだ。(マバタ)きの合間に地につかされた啝珈(ワカ)は礼を取った後一目散(イチモクサン)に悧羅の場まで()け上がってきた。余程(ヨホド)(クヤ)しくて仕方ないのだろう。そのまま妲己に抱きついて顔を上げようとしない。


姫君(ヒメギミ)はまだ強くおなりになれまする”


抱きついたまま動かない啝珈(ワカ)を尾で優しく撫でながら妲己が声をかけている。無言で(ウナズ)啝珈(ワカ)(スス)り泣いているのが聞こえて悧羅も胸が痛くなった。かける言葉も見つけられず啝珈(ワカ)(ソバ)に膝をついてその背に手を当てる。(ハジ)かれたように啝珈(ワカ)が悧羅の胸に収まった。


「よう頑張った」


優しく抱きしめていると、姉様(アネサマ)だ!、と玳絃(タイゲン)が声を上げる。視線を返す悧羅の腕の中から啝珈(ワカ)も目を(コス)りながら顔をあげた。その頭を撫でて鍛錬場(タンレンジョウ)を皆で見やると、媟雅(セツガ)大刀(ダイトウ)(カマ)えている。相手は舜啓(シュンケイ)のようだった。おやまあ、と苦笑する悧羅の目の前でそれは一瞬(イッシュン)だった。


大刀(ダイトウ)()るった媟雅(セツガ)を軽くかわして、舜啓が高く舞い上がる。腰に差した刀を抜いて一振(ヒトフ)りし媟雅(セツガ)が体勢を(クズ)したところで足を(ハラ)う。背中から地に倒れた媟雅の首元の一寸先(イッスンサキ)に刀を勢いよく()()てると同時に媟雅(セツガ)大刀(ダイトウ)を足で(オサ)えた。

遠目からでもわかるくらいに媟雅(セツガ)が青ざめているのは見てとれた。


「ずいぶんと(ツヨ)うなっておるではないか」


くすくすと笑う悧羅の横で妲己が、くっくっ、と笑っている。


「…妲己…、其方(ソナタ)鍛錬(タンレン)をつけてやったのであろ?」


“せがまれましたので。舜啓の(タノ)みとあらば(ワレ)(イナ)と言えましょうか”


道理(ドウリ)近頃(チカゴロ)宮に居る(ジカン)が少ないとは思っていた。まさか舜啓を(キタ)えていたとは思っていなかったけれど、まだまだあれにほ先がございますよ、と妲己は笑っている。手合(テア)わせする間に妲己は舜啓に何某(ナニガシ)かの可能性を見出(ミイダ)しているようだ。


「それは楽しみじゃの」


笑いながら礼を取る二人を見守っていると、離れようとした媟雅(セツガ)(アセ)って駆け寄る舜啓の姿が見えた。怪我(ケガ)などしていないか確かめたいのだろうが、それを振り切って媟雅(セツガ)も悧羅の場まで駆け上がってきた。追いかけるように舜啓までも上がってきて、悧羅は苦笑を深めるしかない。啝珈(ワカ)と同じように妲己に抱きつく媟雅(セツガ)に舜啓が、怪我(ケガ)してない?、と声をかけている。


「うるさい!」


涙声(ナミダゴエ)で叫ばれて舜啓も肩を落とす。悧羅ぁ、と困ったような声で名を呼ばれて悧羅は立ち上がった。舜啓もすでに悧羅の背丈を越している。少しばかり見上げるように舜啓を見て、大事(ダイジ)ないよ、と(ナダ)めた。でも、と言う舜啓に、真剣勝負であろ?、と(サト)す。


「いつものように手を抜いておっては舜啓の力試しにもならぬ。能力(チカラ)の違いを分かることは良いことじゃ。(ハゲ)みにもなろうて。ほれ、次の試合が始まるえ。行って支度(シタク)をするが(ヨロ)しかろう」


舜啓の背を叩いて(ウナガ)すが、だってせっちゃんが、と舜啓はおろおろとしている。それにも(ナダ)めて、気を(マギ)らわすでないよ、と笑う悧羅に、うん、と舜啓が(ソバ)を離れようと背を向けた時だった。舜啓、と涙声(ナミダゴエ)媟雅(セツガ)が呼び止める。


「え?せっちゃん、やっぱりどっか痛い?力入れ過ぎたかな?」


焦る舜啓の顔を見ずに妲己に抱きついたまま、手加減(テカゲン)したでしょ、と媟雅(セツガ)が言う。


「真剣勝負だって言ったのに!馬鹿ぁ!負けたら許さないからね!」


言うなり大声で泣き始める媟雅(セツガ)に、おやおや、と悧羅は苦笑する。舜啓も、(マイ)ったな、と頭を()いている。手加減なし、と言われてもやはり媟雅(セツガ)には(キズ)()わせたくなくて能力(チカラ)(オサ)えてしまった。本能的(ホンノウテキ)抑圧(ヨクアツ)してしまったのは(イナ)めない。


見透(ミス)かされておったようだの。舜啓、どうするのだえ?」


小さく笑い続ける悧羅に舜啓は嘆息(タンソク)した。


「…今度は本気でやるから。それで許してよ。鍛錬(タンレン)の時でもなんでも、せっちゃんが本気でやれっていったらやるからさ」


溜め息混じりの舜啓に妲己も笑っている。尾で媟雅(セツガ)の背を叩いてやると、約束だからね!、と涙声(ナミダゴエ)がした。わかった、という舜啓に行くように悧羅が促すと、お願いね、と言い残して鍛錬場(タンレンジョウ)に駆け降りていく。大きくなったものだ、と背中を見送りながら小さく笑って、悧羅は啝珈(ワカ)の時と同じように媟雅(セツガ)の側に膝をついて、よう頑張った、と頭を撫でた。


「…(クヤ)しいよ母様(カアサマ)…」


下を向いたまま悧羅に抱きついて媟雅(セツガ)が声を殺して(ツブ)やいた。


「舜啓、全然本気じゃなかった!相手にもならなかったよ。まだまだみんなの背中が遠い…」


泣きじゃくる媟雅(セツガ)の背中を優しく撫でて、その気持ちがあれば十分だ、と言い聞かせる。手加減(テカゲン)されたのが(タマ)らなく悔しいのだろう。遠い日の紳もそうであったのかもしれない、と少しばかり思いを()せる悧羅に、まだ強くなるから、と媟雅(セツガ)が言う。


「楽しみにしておるに」


涙を拭いてやりながら悧羅が言うと、帰ったら鍛錬(タンレン)つけて、と妲己に()うている。どれだけでも、と妲己の尾で撫でられて媟雅(セツガ)はようやく大きく息をついた。悧羅から離れた媟雅(セツガ)玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)皓滓(コウサイ)が走り寄ってくる。


姉様(アネサマ)、ここまできたのがすごいんだよ!明日からまた一緒にお稽古(ケイコ)しようね」


弟達に(ナグサ)められて、ようやく媟雅(セツガ)にも笑顔が戻った。そうだね、と笑って弟達の頭を撫でていると、ほら、若様(ワカサマ)ですぞ、と栄州が身を乗り出している。大分数も少なくなってきているが、どうにか忋抖(カイト)はまだ残れているようだ。とはいえ残りは両手で()りるほどだ。ここから残れるほど甘くは無いだろう。どれ、と見守っていると予想(ヨソウ)(ハン)して忋抖(カイト)が勝ち上がって行く。なんとまあ、と目を細める悧羅に対し荊軻と栄州は大きく(ウナズ)いている。


日頃(ヒゴロ)から紳様に(キタ)えられておいでですからね。御自身(ゴジシン)でも鍛錬(タンレン)()かさずにおいでですし。順当(ジュントウ)ではございましょう」


「まだまだ伸びていかれようて。楽しみだのお」


笑う栄州だが、勝ち上がっているとはいえ忋抖(カイト)無傷(ムキズ)というわけではない。(コロモ)所々(トコロドコロ)(ヤブ)れているし、身体(カラダ)(イタ)るところから血も出ているのが見て取れる。(ツカ)れも()まっているのだろう。息もあがっているようだ。悧羅としては忋抖(カイト)怪我(ケガ)の方が気にかかる。礼をとって退()いていく先で紳が忋抖(カイト)に声をかける姿が見えた。悧羅が降りるわけにもいかず、ここは紳に(マカ)せるしか無さそうだ。


兄様(アニサマ)(ツカ)れてるね。大丈夫かなぁ」


皓滓(コウサイ)にも忋抖(カイト)の疲れが見えたのだろう。心配そうな声を出して悧羅の(コロモ)を引っ張った。


「疲れておっても闘技(トウギ)は待ってはくれぬでな。それは兄様(アニサマ)だけではなかろう?皆同じじゃて」


皓滓(コウサイ)の頭を撫でて教えると、そうだね、と(ウナズ)いている。技術的には(ヒイ)でてはいるが、忋抖(カイト)消耗(ショウモウ)が大きいのは明らかだ。


“しばらくは(イシズエ)体力(タイリョク)をつけねばならぬようです”


妲己も身を起こして忋抖(カイト)の姿に目を細めている。そのようだの、と悧羅が(ウナズ)く先で別の場からも歓声(カンセイ)があがった。二倍はあるかと思われる巨躯(キョク)の一本角を舜啓が瞬倒(シュントウ)したようだ。よし!、と一際(ヒトキワ)大きな声が上がって視線を向けると咲耶(サクヤ)が身を乗り出して叫んでいる。負けたら夕餉(ユウハン)抜きだからね!、と叫ぶ咲耶に周囲の者は皆笑っている。隣で恥ずかしそうにしている白詠(ビャクエイ)佟悧(トウリ)の姿も見えて、苦労が絶えぬな、と悧羅は苦笑した。


それにしても、と悧羅は妲己を見る。どのような鍛錬(タンレン)をつければここまで変えることが出来たのか、と少しばかり(アキ)れてしまう。悧羅の子ども達には少しばかりの遠慮(エンリョ)もあるのだろう。妲己の本気は一本角と変わりないのだが、悧羅が見ている(カギ)り子ども達と手合(テア)わせする妲己はかなり能力(チカラ)(オサ)えている。言ってしまえば(タワム)れているに近い。


舜啓には()()をしなかった、ということだろう。当然だ、と言わんばかりの妲己の顔を見ていると見つめられている事に気づいたのだろう。悧羅を見て少しばかり胸を張り尾を勢い良く振り始めた。


「…子どもらにも本気を出さねば(シカ)られるのではないか?」


“そうでございますね。ですがやはり御子(オコ)らは愛らしゅうて…。(ワレ)が本気になればお怪我(ケガ)をさせてしまいますので(ハバカ)られまして…”


首を(カシ)げる妲己に、本気じゃなかったの?、と子ども達が(セマ)っていく。いえその、と言葉を(ニゴ)す妲己に、本気でやってよ!、と子ども達が()め立てた。振っていた尾を力なく下げて、承知(ショウチ)、と小さく返した。ほれみい、と笑う悧羅に、(アルジ)のせいですよ、と妲己が一瞥(イチベツ)を投げた。すまぬ、と笑いを(コラ)えていると、おや、と荊軻の声がした。


「どうやら舜啓と若様(ワカサマ)のようですね。残りは四組のようですが…。さてどうなりますやら…」


(オダ)やかに笑う荊軻の視線を皆で辿(タド)ると、すでに闘技(トウギ)は始まっていた。大刀(ダイトウ)を手足のように使う忋抖(カイト)に対し舜啓は刀を抜く事なく軽く()けている。息の上がった忋抖(カイト)に対し、舜啓はまだ余力(ヨリョク)があるようだ。大きく振りかぶられた大刀(ダイトウ)逆手(サカテ)に取ってそのまま大きく一廻(ヒトマワ)しすると、忋抖(カイト)の身体が宙に浮いた。浮いた忋抖(カイト)の身体をそのまま地に叩きつけると、忋抖(カイト)から苦悶(クモン)の声があがったのが悧羅達にも聞こえた。(ニギ)られていた大刀(ダイトウ)から忋抖(カイト)の手が離れると、舜啓はその大刀(ダイトウ)をもう一廻(ヒトマワ)しして切先(キッサキ)忋抖(カイト)の首に突き付けた。


「勝負あり!」


枉駕(オウガイ)の声が響いて舜啓が大刀(ダイトウ)を引く。くるりと大刀(ダイトウ)を回して肩に(カツ)ぐと忋抖(カイト)に手を伸ばして立ち上がらせている。立ち上がった忋抖(カイト)大刀(ダイトウ)を返すと向き合って礼を取る。遠目(トオメ)からでも肩を(フル)わせている忋抖(カイト)の姿が目に入って悧羅の(コロモ)(ツカ)んでいた玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)の力が強くなった。


兄様(アニサマ)…負けちゃった…」


涙声(ナミダゴエ)になっている二人の頭を撫でていると、忋抖(カイト)も悧羅の側に戻ってきた。顔は下を向いているが肩が震えている。(コロモ)(ヤブ)けて(ホコリ)と血、至る所に(アザ)もある。


なんとも痛ましや、と悧羅が思っていると、ちょっと貸して、と忋抖(カイト)が弟達に言った。うん、と悧羅の(コロモ)を離して玳絃(タイゲン)灶絃(ソウゲン)皓滓(コウサイ)媟雅(セツガ)啝珈(ワカ)(ソバ)に寄った。悪い、と言いながら悧羅の手を忋抖(カイト)が引いて(カマ)えられた場の後ろに連れて行く。他の者の目が届かない場で、忋抖(カイト)、と悧羅が声をかけた。


「…母様(カアサマ)…、ちょっと幼子(オサナゴ)に戻ってもいい?」


背中を向けたまま震える声で聞かれて、悧羅は、よいよ、とだけ応えた。ゆっくりと振り向いた忋抖(カイト)の顔は涙で濡れている。それでも懸命(ケンメイ)に声を押し殺している息子に、おいで、と悧羅は両の(カイナ)を広げた。飛びつくでもなく、駆け寄るでもなく、ゆっくりと悧羅に近づいて忋抖(カイト)は悧羅の腕の中に収まった。声を上げることをせずに肩を震わせ続ける忋抖(カイト)の背を撫でながら、ようやった、と悧羅は(ネギラ)うしかできない。


「…まだまだだよ…。まだこんなんじゃ母様(カアサマ)を守れない…」


「その気持ちで十分じゃて。あまり(ハヨ)うに(オオ)きゅうなってくれるな。(ワラワ)役所(ヤクドコロ)がのうなってしまうに」


でも、と言う忋抖(カイト)の言葉はそこで途切(トギ)れた。その後に(ツム)ぐ言葉がみつけられなかったのだ。


其方(ソナタ)らはまだまだ(ツヨ)うなれる。身体も心も今からじゃ。そう(アセ)るでない。(ジカン)はまだ沢山(タクサン)ある(ユエ)。もうしばらくは妾に其方達(ソナタタチ)を護らせてたも」


声も出さずに悧羅の腕の中で忋抖(カイト)(ウナズ)く。痛ましい(キズ)数々(カズカズ)を見やりながら、よい経験をした、と悧羅は抱きしめる腕に力を込めた。まるで若い頃の紳を抱きしめているようだ、と思いながら悧羅は忋抖(カイト)の背をさする。鍛錬場(タンレンジョウ)を見ることは出来ないが、一際(ヒトキワ)大きな歓声(カンセイ)があがった。どうやら勝者(ショウシャ)が決まったようだった。

筆者、新型コロナワクチン二回目打ってきました。待機場で書いてましたが、すでに腕が痛いです。

利き腕でないのが幸いですね。


これで少しばかり一安心できそうです。

自分も家族も周りにも。

それでも予防対策はしっかりと致します。


お楽しみいただけましたか?

ありがとうございました。

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