新地《シンチ》
遅くなりました。
更新します。
郷里に里を移した悧羅の疲れは思っていた以上に大きかった。移した日にまずは休むことにした子ども達も磐里と加嬬も目覚めたのは夕れだった。もちろん紳も悧羅を抱きしめたままその刻まで寝てしまったが、それは里の民達も同じだったようだ。里が地に落ち着いた、と悧羅からの報せを受けて安堵したのだろう。邸に戻って倒れ込むように眠りに落ちてしまったらしい。
状況を調べるために枉駕が隊士達を遣わしたが、里全体が眠っているので収穫もなく隊舎に戻って来てしまった。仕方なく枉駕が隊士達にも休息をとるように伝え、務めになりそうもない、と荊軻に報せて共に自分達の邸に戻り互いに休息することにしたようだ。荊軻も枉駕も休んでいなかったのだから当然といえば当然だが二人とも目覚めたのは紳と同じくらいの刻だった。
「この刻からでは何も分からないでしょう。翌日に廻しましょうか」
荊軻の一言で新地を調べるのは翌日からになったが、紳には都合が良かった。何しろ悧羅がまだ休んでいる。具合が悪いようでは無いのだが疲れているようで泥に沈むように眠っているのだ。時折目は覚ますがしばらく話していると、またいつのまにか眠ってしまう。それなりに心配ではあるが両肩と背中に新しく咲いた二輪の華は艶やかであったし、紳が送り込む精気も受け入れてくれている。身体の中にも余剰の精気があることも確かめて知っている。しばらくすればしっかりと目を覚ましてくれるだろう。
「母様、だいじょうぶ?起きてくれないね」
なかなか目を覚まさない悧羅の側から起きている間は離れようとしない子ども達に、大丈夫だ、と紳は笑って見せた。
「少し疲れただけだから。たくさんお休みしたらまた元気になってお前たちと遊んでくれるよ」
悧羅の手を繋いでいる子ども達の頭をそれぞれに撫でると、早くお目々覚ましてくれないかなぁ、と側に寝転がり始める。父様ぁ、と忋抖に呼ばれて、うん?、と紳は首を傾げた。悧羅の手を握ったまま忋抖が紳を見上げた。
「母様、すごいんだね。お里ぜんぶ持ち上げちゃったもんね」
そうだな、と紳が言うと、一番なんだね、と嬉しそうに笑っている。
「ぼく、母様が一番なのは可愛いからだって思ってたんだ。でも、母様は強いんだね」
「うん、母様強かった。お山の火が降ってきたのに、母様の鬼火でお里だいじょうぶだったもんね」
「わかもこわかったけど、母様のおそばに妲己が連れていってくれたからこわくなくなったよ?」
口々に言う子ども達に紳は笑顔が溢れる。でもさ、と悧羅を見ながら忋抖が肩を落とした。
「いっぱい頑張ると、つかれちゃうんだね。今だってお里の周りは母様の鬼火の色だよ?つかれててお休みしててもお里を守ってくれてるんでしょ?」
そうだよ、と紳も悧羅の額を撫でた。
「だから、父様も強くないといけないんだよね?」
まっすぐな目で見られて紳は頷いた。
「悧羅は強い。里で一番だ。だけど強い能力を使えばそれだけ悧羅は疲れちゃうんだ。できるだけ悧羅を疲れさせないように、父様達は強くなくちゃならないんだよ。今回みたいに大きな事はどうしても悧羅でないと出来ないけど、その悧羅を護らないといけないんだ」
うん、と忋抖が頷くと媟雅も啝珈も頷いている。
「妲己だって悧羅を護るために強くなってくれたんだ」
悧羅の枕元に寝そべっている妲己が小さく尾を振った。妲己は強いの?、と啝珈が聞くが妲己は尾を振るばかりだ。その姿に苦笑して紳が、強いよ、と代わりに応えた。
「強くないとお前達を乗せて里を翔け廻るなんてこと、任せられないだろう?」
そうなんだぁ、と啝珈に見られて妲己は小さく笑っている。
「父様だって妲己と競りあったら、手こずるかもしれないよ?」
「父様も?!」
媟雅が驚いたように起き上がった。媟雅や忋抖、啝珈にとっては紳は悧羅の次に強いと思っている。実を言えば近衛隊隊長を務めている時点でそうではあるのだが、悧羅との実力には天と地ほどの差がある。500年前に打ち合った時の事を思い出して紳は少しばかり懐かしくなった。実力の二割も出していない悧羅に手こずったことが思い出される。わざと悧羅が負けた事も腑に落ちなかった。結果としてその事があったから紳は悧羅を探し始めたのだから、縁があったということか。
「殴られた事だってあるからね。妲己は強いよ。だからまず強くなりたいなら、妲己に習うといい。妲己が善って言ったら次は父様が教えてやるから。…強くなりたいんだろう?」
微笑みながら紳が聞くと忋抖は黙って頷いた。
「ぼく、母様をまもりたい」
ぽつりと呟くように言う忋抖の頭を紳は撫でる。その気持ちがあれば大丈夫だ、と笑った。
「護りたいものがあるなら強くなれる。悧羅だって忋抖がそう思ってくれてるのを聞いたらきっと喜ぶよ。何より悧羅と俺の子なんだから強くなれるさ」
うん、と忋抖が大きく頷いた。頑張れ、と言うとまた、うん、と頷く。
「早く起きてくれないかな」
静かに目を閉じて眠っている悧羅を見ながら啝珈が溜息をつく。
「起きたら母様ありがとうってみんなで言うんだ」
ね、と媟雅が弟妹に問いかけると、うん、と子ども達が頷く。
“なによりの褒美でしょうて”
妲己に笑われて子ども達は少しばかり照れたように肩を竦めている。子ども達が側にいても悧羅はその日目覚めなかった。夜になって子ども達と湯を使い、悧羅が起きたら新しい場を散策する約束を紳は結ばされた。本当ならすぐにでも妲己に乗って散策したいのだろうが、悧羅の方を心配してくれる子ども達に紳は嬉しくなる。
「分かった。みんなで色々と見に行こう」
笑って約束する紳に子ども達が破顔した。どうなってるのかなぁ、と口々に言いながら楽しみにしている子ども達を湯から上げると、おやすみなさぁい、と妲己と共に自室に戻っていく。手を振る子ども達に笑って手を振りかえして苦笑しながら紳も自室に入る。水を一杯飲んでから寝所に向かった。眠っている悧羅の額に手を当てて精気を探るが減ってはいない。安堵の溜息をついて紳は悧羅の横に滑りこんだ。
そっと悧羅を抱き寄せると、小さな声を立てて悧羅がうっすらと目を開けた。微睡んで目を擦りながら、紳?、と声を上げた。丸一日振りの悧羅の声に紳は自然と笑みが溢れた。起きた?、と笑いながら声をかけると小さく頷く。その姿が可愛いらしくて紳はつい悧羅に口付けた。
「…すまぬ、だいぶ寝ておったかえ?」
「一日くらいだよ?やっぱり少し無理したんでしょ。子ども達が心配してたよ。昼間もずっと側にいたんだけど、早く起きないかなぁってずっと言ってた」
「…それはすまぬことをしてしもうた。子らは?」
起きあがろうとする悧羅を紳が抱きとめた。もう寝たよ、と教えると、おや、と悧羅も紳の腕の中に戻る。紳の胸に擦り寄って、ほうっと息をつく。
「まだ疲れがある?」
精気を送り込みながら紳が尋ねると、いいや、と悧羅が小さく笑っている。
「里は大事無いかえ?」
「今のところはね。悧羅がまだ寝てるから民達も結界の外には出てないよ」
「そうか…、それは民達にも難儀をかけてしもうておるな」
送り込まれる精気を受け入れながら、明日には、と悧羅が言う。
「明日には周りを見て何もなければ結界を解けるであろ」
王母の治める土地で何があるとも思えないが、一度は見て廻っておいた方がいいだろう。無駄に民達を危険に晒す訳にはいかない。そう言う悧羅に紳が小さく笑う。本当にどこまでいっても民達の事ばかり考えている。
「お腹は?空いてないの?なんか欲しいものない?」
「空腹、というわけではないな。しいて言えば水がほしいか」
返ってきた応えに、はいはい、と紳は起き上がった。水差しから水を湯呑みに注いで悧羅に渡す。起き上がった悧羅が湯呑みを受け取って悧羅は一気に飲み干した。まだいる?、と尋ねる紳に悧羅が首を振った。湯呑みを受け取って、紳は起き上がった悧羅の横に座る。
「しばらく寝ておったに身体が、怠いのぉ」
背伸びをしたり、首を廻したりする悧羅に紳は苦笑する。どうやら本当に身体は大丈夫そうだ。笑われて悧羅が、どうした?、と首を傾げてくる。いや、と笑いながら紳は悧羅に口付けた。
「子ども達が喜ぶな。明日になって悧羅が起きてたら走り回るんじゃないか?」
おや、とまた悧羅も笑う。それは嬉しいの、と言う悧羅にでもまずは、ともう一度紳は口付けた。
「俺に元気をくれないかな?一日、悧羅の声も聞けてなかったし明日は子ども達にとられちゃうだろうからな」
ふふっと小さく悧羅が笑う。
「では湯でも使ってこようかの」
立ちあがろうとする悧羅を紳が引き止めて布団に横たえる。
「そんなの待てると思う?それに身体の怠さも動けば楽になるよ?」
微笑む紳におやまあ、と悧羅は笑う。
「では紳にまずは元気を出してもらおうかの。そういえば、妾も紳の声を聞いておらなんだ」
悧羅が紳の首に手を廻すと触れられなかった一日を取り戻すかのように紳は深く悧羅に口付けた。
_______________________________________
朝になって目覚めている悧羅に子ども達は破顔して抱きついた。母様だ!、と背中にも胸にも抱きつかれて悧羅は笑う。
「母様もうだいじょうぶ?」
「たくさん寝てしもうたからの。大事ない。利口にしておったようだの」
問いかける子ども達の頭を撫でながら言うと、えへへ、と皆がはにかんだように笑った。一日側にはいたものの悧羅が起きて話してくれていることが余程嬉しいようで皆離れようとしない。
「母様が一番なのぼくたち分かったよ!」
忋抖がはしゃぎながら言うと媟雅も、すごかった!、と目を輝かせている。
「恐ろしゅうはなかったかえ?」
訪ねる悧羅に、ぜんぜん!、と子ども達が声を揃えて応えた。
「母様のおそばにいたもん。怖くなかったし、母様きれいでかっこよかった!」
見上げて褒められて悧羅は、そうか、と笑っている。だがらね、と忋抖は言う。
「ぼく、母様を護れるように強くなるね。母様はいつも、お里を護ってくれてるからちょっと疲れちゃうって父様が教えてくれたの。だからぼく強くなって母様がいつも元気なようにするんだ」
おや、と悧羅は目を細めた。忋抖の頭を、それは心強いの、と撫でると、媟雅も啝珈も、と言い出した。皓滓までも、こうも、と言い出して悧羅はますます目を細める。
「母様は最初から強かったの?」
媟雅が尋ねると、そうさのぉ、と悧羅は少しばかり考えた。
「最初から…それなりには強うはあったであろうが…。これほどになったは大きゅうなってからだの」
悧羅は次代の長として生まれ落ちていたから、幼い頃から能力を抑えなければそれなりの大人とも渡り合えただろう。けれど、父母から出来るだけ能力を使うな、と言われていたから必死に抑えていた。長として立って能力を抑えることをやめてからは、日増しに強さは増していったように思う。抑えていた蓋が開いて一気に溢れだした、という方が正しいかもしれない。
「じゃあ、どうしてそんなに強くなったの?」
聞く子ども達に悧羅は微笑んだ。父様がいたからだ、と笑って応える。
「母様は里の民達を護らねばならなんだ。なれど、それだけでは強くあろうとは思わなんだな。父様が里のどこかで健やかに暮らしておると思わばこそ、里を護らねばと思えたのじゃよ」
「母様は父様をずっと大好きだったの?」
媟雅が驚いたように聞いている。そうだ、と笑うと、父様は?、と紳に振り返った。
「俺もだよ。ずっと昔から悧羅だけだ」
すっごおい、と子ども達は嬉しそうに笑っている。二人の間に何があったか知る由もない子ども達にとっては理想の夫婦に見えるのだろう。じゃあ、父様のいったことは本当だね、と忋抖が言う。
「まもりたいものができたら強くなれるって言ったんだ。ぼくたちは母様をまもりたいから強くなれるよね?」
もちろんだ、と笑う悧羅に子ども達はますます抱きついた。
「母様、いっつもありがとう!」
抱きついて叫ばれて悧羅は苦笑した。なんの、と笑いながら子ども達を抱きしめる。礼を言うのは悧羅の方だ。自分の子どもとして生まれて来てくれて感謝しかない。
良い子に育ってくれておる、と笑っていると磐里と加嬬が朝餉を運んで来てくれた。
「お目覚めになられて安心いたしましたよ、長。お疲れでございましたね」
「心労をかけたな」
詫びる悧羅には子ども達がしがみついている。いいえ、と笑う二人が、さあさあ、と子ども達を促した。
「お食事が冷めてしまいますよ。母君も朝のお務めがございますから、そろそろお離しになられてくださいまし」
はぁい、と良い返事をして子ども達は置かれた膳の前に座った。ようやく解放された悧羅の手を取って紳も立ち上がる。手を取りながら悧羅が笑う。
「このように良い子らなら、もう一人二人欲しいものだな」
「あれ?頑張る?喜んで協力するけど?」
紳が笑いながら悧羅を覗きこむと、その内な、と苦笑する悧羅の笑顔が見えた。
ちょっとお昼寝、と思ったら大分眠ってしまいました。かなりの朝型人間なので、時折取り戻すようにお昼寝してしまいます。
朝は元気に動き回ってるんですが…。
お楽しみいただけましたか?
明日にはもう少しお話しを進められるとおもいます。
ありがとうございました。




