降臨《コウリン》
はじめまして。
数十年暖めていた物語です。
世に出すべきか悩みましたが、皆さんの反応が知りたいです。
長くなるかも知れないですが、お付き合いいただけると、ありがたく思います。
静寂が辺りを包む、満月の夜。白装束を纏った者たちは、一斉に弓を構えた。数にして40余り。
放て!、と首魁の男の声が響き天に向かって矢が放たれる。しかし、どれも目的には達しない。放った側から、燃え落ちるのだ。火の気のない場所にも関わらず燃え落ちる矢に怯みつつも、次の矢をあてがおうとしたが、それも叶わない。あったはずの場所に、矢は無く、弓までも紫の炎に包まれた。
何が起こっているのか、まるで見当がつかない。
ただ一つ、分かっていることは、今天から降り立とうとしている者がいるということだけだ。
弓も矢も無くなり、呆然と立ち尽くす者たちの前に、それは音もなく舞い降りた。
その姿に、皆息を呑む。漆黒の闇の中、月明かりと手持ちの松明の灯りが頼りだったが、あまりにも美しかったのだ。
紅い衣に身を包んではいたが、肌は透けるように白く身体の線は細い。薄紫の髪は真っ直ぐに腰まで伸びている。髪と同じ色の瞳、高い鼻梁。深紅の唇は、白い肌に良く映えている。
女だった。女であるのだが…。
ふむ、と辺りを見渡しているその姿は人ではない。
それは誰の目にも明らかだった。
美しい女の耳は、天に向かって尖っている。
なによりも、活目すべきはその額。
そこには、黒曜石のような光を放つ、一本の角。
「鬼か」
首魁の静かな声がした。
それには応えず、ただ女は静かに微笑んだ。
「この国の術者は、これだけかえ?」
白く長い指で、白装束の者たちを数えるような仕草をする。ただ、それだけのことなのに、浮き足立つ気持ちになる。
「何をもって、この地へきた」
月明かりが陰った中で、またも、首魁の声がする。それにも応えず、待て、と女は手で制し、天を指し示した。導かれるように、全ての視線が天に注がれ、またも息を呑んだ。
雲で月明かりが陰ったのだと思っていた。
指し示された場所には、数え切れないほどの影があった。その内の、2個が、滑空して女の側に立つ。
こちらは、若い男の姿だが、眉目秀麗。やはり額には角がある。
「お怪我はございませんか、長」
「はやり過ぎですよ。いくら人の国とはいえ、お一人で先に行かれるなど」
男の言葉に女は、肩をすくめた。
何気ないその所作でも美しい。頭の中が呆けそうになりながら、もう一度首魁が声を上げる。
何をもって、この地に来たのか、と。
女は、そこでやっと首魁と視線を合わせた。
「この国に居を構えることにした」
は?、と聞き返すが、その後が言葉にならない。白装束の者たちも、一斉に息を呑む。
鬼が、人の国に住むという。それが、どれだけの災いをもたらすか…。考えなくともわかることだ。
青ざめる者たちに目もくれず、女は一つの山を示した。
「あの霊峰。あの場所に居を構える」
「そんなことが、許されるわけはなかろう」
首魁が声を荒げるが、女は意に介さないといった風だ。
「許す、許さないの話ではない。決まったことだ」
決まった事…。ならば、この国の行く末も決まっているようなものだ。
鬼神は人の精気を喰らう。場を変えたということは、前の土地では精気を賄えなくなったということ。
人が、いなくなったということだ。
「其方たちが、妾らに手出しせねば、諍いは起こらぬ。むしろ、加護にもなるであろ」
そういう問題ではない、と首魁は唇を噛んだ。
確かに、鬼神のいる国に攻め込もうなどという馬鹿げた考えの人間はいない。妖や魑魅魍魎に至っても同じだろう。加護になるかと言われれば、そうだ。
しかし、それには代償がある。それも分かっている。
だが、現状天を埋め尽くすほどの鬼を相手に、何が出来るというのだろう。
首魁は一つ、溜息をついた。
受け入れるしかないのだ。
「…対価は?」
首魁!、と何処からか諌める声が上がったが、それを手を上げて制す。今、諍いを起こしては、ここにいる者だけでなく、何も知らずに眠っている民までも危険に晒すことになる。
「なかなかに、話が通る」
女は微笑を浮かべた。
「特段、なにも対価は取らぬ、妾らの暮らしの邪魔だてさえせねば。何某かで助けを乞えば、それにも応えよう。その際のみよな、対価を払わねばならぬのは」
「対価は必要ないというのか」
「そう言うておるに。この国にも主がおろう?その者にも、そう申し伝えよ。ただし、妾らに牙を剥けば容赦はせぬ」
信じがたかった。人の精気を喰らう鬼が、対価もなくただ、居を構えるだけだというのか。
なにか、あるはずだと思えてならない。
それでも。
「委細、承知した。主に申し伝える」
首魁の言葉に、女は満足そうに微笑む。
「一つ、よろしいか?」
「許す」
「其方の名を教えてはもらえぬか」
問いかけに女はくすくすと笑う。まるで鈴を転がす様な美麗さだ。
「妾は悧羅。3万が鬼の長である」
言うが否や、女はふわりと浮き上がった。同時に、側に控えていた2人の男も浮き上がった。
一瞬の瞬きの合間だった。
そこには、もう女の姿も、男の姿もなく、天を覆い尽くしていた影も消えていた。
辺りは月明かりに包まれ、ただ静寂のみが残されていた。
出来るだけ、はやく続きを記載できるように頑張ります。
ありがとうございました。