5
光の神イリオスと名乗った女性は真珠をじっと見つめていた。
「あなたが私を、ここに連れて来たんですか?」
真珠はイリオスに問いかけた。
「この場所にと、言うならそうだ。ただお前をこちらの世界へ呼び寄せたのは我ではない」
イリオスは複雑そうな顔で答えた。
次に真珠は自分にとって一番重要な問いかけをする。
「あなたの力で、元の世界に帰る事はできないんですか?」
「……帰りたいのか」
「当たり前です!私、家に帰る途中だったんです。無理やり連れて来られて、訳が分からなくて……帰りたいし、家族に会いたいよ――」
イリオスの言葉に真珠は思わず大きな声を出していた。
『帰りたい』『会いたい』と言葉にしてしまうと、感情が抑えきれず涙が溢れる。
神様相手にほとんど八つ当たりのようにしてしまったが、それを気にしている余裕などなかった。
「そうか。本当にすまないが、お前を帰してやるのはほぼ不可能と言える」
イリオスは包み込むように真珠を抱きしめると、悲しそうな声で告げた。
「なん、でっ」
すすり上げながら真珠がたずねると、イリオスの手が頭を撫でる。温かく優しいその手は、少しだけ真珠の心を落ち着かせた。
「人の手で行われた召喚の儀で、お前は無理やり肉体から魂をはぎ取られてこちらに来たのだ。すぐに我がこちらでの器を用意したが、あちらに残されたお前の肉体はおそらく死んだものとして扱われるだろう」
「嘘っ」
「嘘ならどんなに良かったか。通常我が異なる世界から人を招く時、元の肉体ごと移動させる。それなら事が済めば無事に帰してやれる。だが人による不完全な儀式で傷ついたお前の魂は、そのまま帰すと死んでしまいそうなほどに弱っていたのだ」
イリオスは真珠から少し離れると胸の上に手をかざす。自分の胸のあたりが青白く光るのを真珠は凝視していた。
「これがお前の魂だ。器に入れる事でやや安定はしたが、暗い色をしているだろう」
言われるままに観察すると確かに、丸い光は消えかけと言うのが正しいくらい弱々しい明るさだった。
「これが、私の魂――」
「その器に入っていればやがて魂は馴染み、元の輝きを取り戻す。人として普通の寿命程度は生きられるだろう。だが器に馴染むという事はこの世界に魂が定着するという事だ。それはお前が元の世界に戻れなくなるという事になる」
「そんな……それじゃあ」
「そうだ。我はお前に辛い選択を強いている」
魂だけとなっても元の世界に帰るか、この世界で生きるのか。
それは真珠にとってとても辛い二択だった。
(そんな……そんなのないよ)
帰っても待っているのは死。生きる事を選択すればもう帰れない。
どちらを選んでも、家族や友人と二度と会う事はできない。
声を上げて泣く真珠にイリオスはただ寄り添って頭を撫でていた。
「神様って、何でもできるんじゃないかって思ってました」
涙がようやく止まり、怒りや悲しみを通り過ぎて諦めに近い感情になりながら真珠は口を開いた。
「そうだな。我自身、時や空間に干渉する魔術を行使する事はできるが万能ではない。特に他の世界に関してはかなりの制約がかかる。お前を無事に帰してやると言えないのはそのためだ」
不甲斐ない神ですまないな、とイリオスは眉を下げた。
「あなたを責めるつもりじゃないけど、でも納得したわけでもないです。これからどうすればいいのかも、よくわからないし……」
真珠は表情に不安を滲ませる。
だがその答えは、この世界で生きる事を肯定するものだった。
「どうすればいいのか、か。それは好きにするといいぞ」
イリオスは好きにしていいと言ったが、真珠は逆にどうするべきなのか分からなかった。
そもそも自分は現在城に軟禁状態ではなかったのか。
考え込む真珠の頭をイリオスはぽんぽんと軽く叩いた。
「難しく考える事はない。我の目に余るような事でなければやりたい事をやり、行きたい場所へ行くといい。本当はもっと話をしてやりたいが、もうすぐ夜が明ける」
真珠がイリオスにつられて同じ方向を見つめると、地平線がぼんやりと明るくなり始めていた。
「どうする?お前が望むなら、遠く離れた場所へ連れて行く事もできるが」
イリオスの問いかけに、真珠はゆるく首を横に振った。
いきなり自分が消えてしまっては大騒ぎになりそうだ。
それにどこかへ行くのなら、その前にあの二人には挨拶くらい済ませておきたかった。
(それに、知りたい事もある)
デリスが親切にしてくれる理由だとか、自分が今いる国の事とか。
長居しても良い事は無いような気がしたが、それでも知れる事は知っておきたい。
真珠がそう説明すると、イリオスは頷いた。
「そうか、その選択をするのもお前の自由だ。それではな、マリ。次に会う時にはゆっくりと語らおう」
目の前にイリオスの手がかざされると急速に眠気が訪れる。
ふわふわとした心地よい眠気に包まれて、真珠の意識は再び深い所へと沈んで行った。