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食後のお茶を飲み干すと、デリスは「また明日」と言って部屋を出て行った。
真珠はそれを見送ってからリナの片づけを手伝おうとして断られる。
「お気遣いはありがたいのですが、私の仕事ですので」
申し訳なさそうに言うリナに、真珠はここが自分のいた場所と違うのだという事をまざまざと感じさせられて胸が痛んだ。
真珠はデリスの『お客様』でリナは使用人。真珠が良かれと思って無理やりにでも手伝おうとすれば、リナが他の使用人に見咎められる可能性がある。
もしくは自分を保護してくれているデリスにも何かしらの迷惑がかかる可能性だってあるのだ。
お世話になっているからには何かしたい、と思う気持ちが空回りして余計に迷惑をかけてしまったと反省する。
「宜しければ箱の中身を確認されますか?足りない物があればすぐご用意させて頂きます」
「……はい」
リナにフォローされて更に落ち込んだ真珠だったが、部屋の隅に置かれた箱に手をつける。
大きな箱の中身はネグリジェやシンプルで動きやすそうなドレスが数着、小さい箱には下着や手鏡、櫛などがどれも新品で入っていた。
(足りないどころか、充分すぎるような……)
本当に自分が使ってもいいものなのだろうかと真珠が考えていると、片づけを終えたリナが心配そうな顔で近づいてきた。
「どうなさいました?お気に召されなかったでしょうか?」
「いえ!素敵すぎて私には勿体ないなと思っていただけです。どれも新品みたいなので、汚したり壊したりしたらちょっと怖いなと」
真珠の言葉にリナは安心したように笑顔を見せた。しかし次は真珠の表情が凍り付く事になる。
「それらは全てマリ様の物になります。お好きなようになさって頂いて構わないのですよ」
「へっ?!」
「汚れたり壊れても、問題はございません」
「ええと、ここまでして貰う理由がわからないんですが」
少しの間借りるという考えでいた真珠は困惑していた。
「デリス様のご厚意と思って頂ければ。詳しい事は明日、ご本人の口からお聞き下さいませ」
リナはそれ以上教えてくれなかった。着替えを手伝いましょうか、という言葉を断って真珠は部屋に備え付けの浴室でネグリジェに着替えた。
「それでは、おやすみなさいませ。私は隣の部屋におりますので、何かございましたらこちらを」
「おやすみなさい」
手渡されたハンドベルを引き出しの上に置くと、真珠はベッドに潜り込む。睡魔はすぐにやってきた。
(もう一回寝たら、夢って事にならないかな……)
そんな希望を抱きながら、真珠の意識はゆっくりと薄れて行った。
「……るか――おい、聞こえるか?」
「うん……?」
もう朝かと目を開けると、目の前にはどこまでも広がる夜空と見た事のない美しい女性の顔があった。
(私、ベッドに入って寝たよね?これは、夢?)
瞬きをしても消えないそれらに真珠がただ呆然としていると、痛くない程度に頬をつつかれる。
「聞こえているな?アラキ・マリ」
立ったままこちらを覗き込んでいるその人は少しだけ眉間に皺を寄せて、腕組みをする。
彼女につつかれた感覚ははっきりとあった。
ということはこれは夢ではないのかもしれない。
だんだん頭がはっきりとしてきた真珠は、勢いよく起き上がってあたりを見回した。
幸い女性の背が高い事とすぐに避けてくれた事で、お互いの頭をぶつけるという惨事は免れる。
「ここっ、どこ?!」
「ここは、どこでもない場所。人に言わせれば神界や精霊界というらしいが」
広大な草原。真珠はベッドに入ったままの薄着で、夜だというのに特に寒さなどは感じない。
下に生えている草も柔らかく温かみさえ感じられ、こんな状況でなければそのまま寝転がっていたいと思うほど心地よかった。
(ちょっと待って、神界や精霊界?それに私の名前を知ってるって事は……)
その言葉から思いついた事を、真珠は恐る恐る口にした。
「もしかして、あなたは神様だったりしますか?」
「そうだ。我は光の神イリオスという」
真珠の言葉に女性は頷き、自分の名前を教えてくれる。
月の光を受けて輝く金色のふわふわとした柔らかそうな髪と空色の眼、そして神秘的な美貌と背中に広がる白い翼。その姿は、確かに人ではない存在なのだと信じられた。
次は少しシリアスな話になる……と思います