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 新樹あらき 真珠まりは茫然と目の前を見たまま床にへたりこんでいた。


 下校途中。いつもの帰り道。

 目の前に突如眩しい光の塊が現れたかと思うと真珠を包み、光が消えたと思ったら景色が一変していた。

 石を組み作られた広い部屋。

 そこにいる人々から注目を集めている事に気づいた真珠は、すっと顔を伏せる。

 品定めするような不躾な視線は決して気持ちの良いものではない。

 そして顔を伏せる前に見えた、自分とはあまりにも違う人々の姿に戸惑っていた。


()()()()()


 その言葉が真珠の脳裏をよぎった。

 今置かれているのと同じような状況を小説で何度か見た事はある。

 普通の生活を送っていた学生や大人がある日突然全く見知らぬ別の世界に飛ばされる。

 そして大抵特別な技能などを与えられており、魔王を退治したり国を救ったりと活躍するのが王道の展開である。

 が、しかし物語の全てがそう上手く行く訳でもなく。


「【鑑定】の結果、この者の(ジョブ)は【一般人】と出ました」


 白いローブを纏った男性が告げた結果に、人々がざわめく。

 周囲の状況が全く分からないままだった真珠は、混乱しながらも少しずつ気持ちを落ち着けようとしていた。


(私、家に帰る途中でいきなり目の前が真っ白に光って――それで気が付いたらここに。ここ、どこ?何かのドッキリなの??)


 ちら、と目線だけで周囲を見回しても見知った人は誰一人おらず。

 何かのセットかと思った石造りの部屋は目を凝らしても作り物の粗は見られない。

 真珠が座り込んでいる絨毯の下はごつごつとした石の感触がして。

 思わずつねった足は確かな痛みを伝えてきた。


「何と!高位の魔術師数人がかりで行った儀式が失敗だったとは!」


 大きな声が聞こえて真珠がそちらを見ると、立派な椅子に座り王冠を被った初老の男性が額に手を当てて溜息を吐いている。

 彼の周囲にはすぐに人が集まり、何か難しい顔をして話し合いを始めた。


(さっき、何て言われた?儀式が失敗で、私の鑑定結果が一般人って。間違って連れてこられたってこと?)


 真珠の顔からさぁっと血の気が引いた。震える足で立ち上がり、よろよろと一番近くの窓に歩み寄る。

 部屋の中の主だった人々は話し合いに集中しているからか、幸いにも止められる事は無かった。


(違う、こんな所私知らない)


 窓の外に見えたのは、近代的な物など何一つ無い街並み。ふらつく真珠を不審に思ったのか鎧をまとった衛兵が近づいてくる。


「夢ならお願い、覚めて――」


 かすかな呟きと共に、真珠の意識はぷつっと途切れた。







 次に真珠が目を覚ました時、自分がベッドに寝かされている事に気づいた。

 着ていた制服はそのままだが靴は脱がされており、胸元までしっかりと薄めの布団が掛けられている。

 部屋はカーテンが閉め切られていて暗いが、入口付近に置かれたランプが周囲を照らしていてくれるお陰で室内の様子は多少わかりそうだった。

 体を起こして周りを見てみるとやはり見た事の無い部屋だったが、テーブルや椅子、観葉植物なども置かれており居心地は良さそうだ。


 ベッドの傍には小さな引き出しがあり、その上に水差しに入った水とコップが置いてあった。真珠は喉の渇きを覚えて手を伸ばす。

 何となく気になって匂いを嗅いでみたが少し柑橘の匂いがする他は特に変わった所はなさそうなので、コップに注いでゆっくり飲んだ。


 水を飲むと真珠は溜息を吐いた。

 どうやら夢ではなく、本当に知らないところに連れて来られてしまったようだ。


「うっ……ぐすっ……」


 目が覚めれば元の世界に戻っているのではないかというわずかな期待を打ち砕かれて、悲しさと恐怖がこみ上げる。


 これから自分はどうすればいいのか。

 これから自分はどういう扱いを受けるのか。

 家に、帰れるのか。


 不安でいっぱいで、袖で拭ったそばから次々と涙は流れてきた。


(嫌だよ……家に帰りたい――!)


 そうしてひとしきり泣いた後、部屋のドアが遠慮がちに叩かれた。

 真珠は少し悩んだ後ごしごしと顔を擦って「はい」とかすれた声で返事をした。

 入って来たのは若い女性で、シンプルなエプロンドレス風の服を着ている。


「失礼します。デリス様が面会にいらしてますが、お通ししても宜しいですか?」

「デリス、様?」


 誰の事を言われているのかと真珠が疑問に思っていると、すぐに答えが返ってくる。

 

「デリス様はお嬢様をこちらに運ばれてきた方で、騎士でいらっしゃいます。あぁ、目が腫れておられますね」

「あ、あの。ありがとうございます……」


 女性は持っていた桶をテーブルに置いてタオルを浸して絞ってから渡してくれた。

 泣いていた事を知られてしまい、恥ずかしくなりながらもタオルを受け取る。

 冷たいタオルを目に当てると気分も少しすっきりとした。


「もし具合があまり宜しく無いようでしたら、日を改めて貰いましょうか?」


 心配そうに声をかけられて、真珠はゆっくり首を横に振った。


「私も、聞きたい事があるので」


 この不安を少しでも無くしたい。

 それには誰かから説明して貰う必要がある。


(会うのは怖いけど、ここの事を何も知らないのはもっと怖い)


 緊張で震える手を握りしめながら、真珠は深呼吸をして来客に備えた。

拙作ですが、どなたかの暇つぶしになれば。

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