告白
水無月は昔何をやったのか?
「……痛いところを突いてくるね。北條君は」
三角座りのまま。
水無月は苦笑していた。
「……ゴメン。でも、どうしても聞いておきたかったんだ」
「結構苦い記憶なんだよ?」
顔を自分の膝に押し付けて。
水無月はそうポツリと言う。
「絶対嫌だったら無理強いはしないけど、できれば知りたい」
何故って、一緒に戦うことになるかもしれない相手が、過去に何をやったのか。
知っておかないといけない気がしたからだ。
水無月はしばらく沈黙し。
「分かった。話してあげる」
話してくれた。
私ね、バロールシンドロームの奥義のひとつ、通称「時の棺」が使えるの。
狙った相手の時間を、ほんの一瞬だけだけど、停めることが出来るエフェクト……すごいでしょ?
まぁ、数日に1回くらいが限度だから、連発できないんだけど。
でも、それで重宝されて、結構上のランクのチームのメンバーに入ってた。
敵ジャーム、敵エージェントが何か致命的な技を繰り出して来た時、それを失敗させるための奥の手として。
でもね。
ある作戦の時、チームで仲の良かったメンバーが、重傷を負ったのね。
そこに敵の追撃が来た。
そのときにね、使っちゃったの。
「時の棺」
その子を救う手段は、他のメンバーが持ってた。
でも、使っちゃった。
信じ切れなかったんだね。
私の役目は、誰か一人を守ることじゃなくて、チーム全体を守ることだったのに。
そのせいで、結果は作戦失敗。
肝心なときに、敵の奥の手を封じることができなくて。
死人は幸い出なかったんだけどね、言われたわ。
「残念ながら、キミをチームに入れておくのは危険だ。抜けてもらう」
そして、この街に転勤になったのよ。
まぁ、自業自得なんだけどね。
「自分に与えられた役目を正しく理解しないで、感情で先走った結果よ」
そう自嘲気味に笑って、水無月はその話を終えた。
水無月には悪いことをしたと思う。
でも、聞いておきたかったんだ。
水無月が何で失敗したことがあるのか。それが分からないと、信用して背中を預けるのは難しいんではないかと思ったから。
「ただいま……」
支部での訓練での出来事を思い返しながら、俺は自宅の玄関に入った。
靴を脱ぎながら、姉さんにも悪いことをしていると思う。
早く帰るってあの日約束したのに、訓練をしてもらうために完全に破っている。
初日は怒られた。
何かあったと思った!連絡くらいしなさい!って。
もっともだ。
俺は平謝りした。
したけど。
明日も似た感じになる、と伝えたんだ。
猛反発された。理由も聞かれた。
でも、答えられないから黙ってた。
最後に姉さんが折れて、もう勝手にしたら?って悲しそうに言った。
胸が痛んだよ。
でもさ。
ここで訓練を積んでおかないと、大林さんの仇を討つときに、手を貸せないかもしれないんだ。
ゴメン、姉さん。
理由は言えないけど、許して欲しい。
靴を脱いで家に上がると、家の中が暗い。
もしかして誰も居ないのかと思ったが、玄関に姉さんの靴があったことを思い出す。
だったら、これは一体……?
そのとき、すすり泣きが聞こえた。
姉さんだ!
直感したので、俺は走った。
そして、すすり泣きの聞こえた部屋を開ける。
そこは居間で、部屋の中央で姉さんが座り込み。制服も着替えずに明かりも点けず一人泣いていた。
「姉さんどうした!?」
俺はそう言って駆け寄る。
俺の声で俺が帰って来たことに気づいたのか「あれ?もう、帰って来たの?」と姉さん。
「何かあったの!?」
「ううん……ただ、杏子ちゃんのことを思い出していただけ」
帰宅して一人になったとき。
ふと、親友の大林さんとの思い出が頭の中に蘇ってきて。
思わずその場で泣き崩れてしまったとのことだった。
姉さんは語った。
彼女との思い出を。
あれは、今から2年くらい前だったかな。
杏子ちゃんと一緒に、学校から帰っていると、私たちの道を塞ぐように、高級そうな車が停まったの。
すると、そこから一人のおばさんが降りてきて。
身なりはだいぶ良かったよ。
一目で「お金持ちだ」って分かった。
そのおばさん、私たちの方に大股で歩いて来て、いきなり封筒を突き出して来たのね。
それでね、言ったの。
「これで、息子の悪評を言いふらすのやめてもらえる?」
封筒の中には、一万円札がぎっしり入ってた。
それでわかっちゃった。
ああ、このおばさん、お兄ちゃんを殺したやつの母親だって。
「あなたたちが済んだことを言いふらすから、息子がいつまで経っても就職できないのよ」
「もうちょっと大人になったら?はっきり言ってゴキブリみたいよ?あなたたち?」
「お金が欲しいんでしょ?ホラ、受け取りなさいよ」
許せなかったけど、ものすごく怖かった。
どうしてこんな、メチャクチャなことが言えるんだろう?
この人、人間の心持ってないんじゃないの?
鬼か悪魔が目の前に立ってる気分だった。
だから、私は何も言えないで固まってた。
そこに。
「ゴキブリはあんたでしょ!?」
杏子ちゃんがね、私を守るみたいに一歩出てくれたのよ。
「金が欲しいんだろ、ですって?最低だわ。アンタの息子とやらが就職できないのも、それは全部心の醜さが招いたことじゃないの!?」
「なんですって!?」
「取り消さないからね!?ワタシ、間違ったことなんて一言も言ってないし!いこ、琴美!こんな汚い人と関わる必要無いよ!」
私の手を引っ張って、助けてくれた。
「……あんな、強くて、かっこよくて、優しい杏子ちゃんが、なんで、あんな無惨に殺されなきゃいけないの……?」
そういって、姉さんはまた泣いた。
「犯人は捕まらない……お兄ちゃんのときみたいに、また、私の大切な人を奪ったやつは何の裁きも受けないんだ……きっと」
姉さん……
姉さんの気持ちは、手に取るようにわかる。
でも、今回の事件の真相の一部を教えられている俺は、おそらく正規の法で犯人を裁くことはできないだろう、ということを知っている。
何故なら、相手はジャームだからだ。
真相を公表することが出来ない以上、表向きはおそらく迷宮入りになってしまうだろう。
その場合、姉さんにどれほどの苦しみを与えてしまうのか。
何も出来ない自分に、また、怒りが湧いた。
TRPGでこの話やったとき、このオバサンのシーンはだいぶノリノリでやった記憶。