8 残り
村を見つけて2週間が経った。あの時一度行けなかった日は除いて、私は毎日村を訪れて少年たちと遊んだ。
少年は変わらず私を出迎えて、いつもの場所に2人で隠れる。そこで、鬼が来るまでの間楽しく話すのだ。
少年が言った、あと少しの関係・・・それは少年の杞憂だったのだと感じられて、私はそのことについて忘れた。
「今日ね、橋本さんが宿題を見てくれたんだ。分数の問題があって、心配だからって・・・いい人だよね。」
「ふーん。君は分数ができなかったの?」
「うん。一度だけ村に来れない日があったでしょ?あの時、先生に居残りを言い渡されて・・・いつもと違う時間に来たら、村に行けなかったんだ。」
「・・・」
「分数もまだ不安が残るけど・・・だいたいできるようになったから、次のテストが少し楽しみなんだ。」
「そう。」
「?」
口数が少なくなった少年を不思議に思って隣を見れば、少年は遠くを見てぼんやりとしていた。
長いまつげ・・・透き通るように白い肌・・・幼さの残る顔立ちなのに、何処か大人びている横顔はとても魅力的だ。勝手な想像だが、話していると頭の良さもうかがえて、クラスにいたらモテそうだなと思った。
「ここには、学校はないの?」
「ないよ。学ぶ必要はないから。」
「学ぶ必要・・・」
学校がないのは彼の話から予想がついたが、学ぶ必要がないと返ってくるとは思わなかった。
学ぶ必要なんて、私達にもない気がする。だって、大人になったら分数なんて何の役に立つんだろう?働いて見たら意外と必要だったりするのかな?
「君たちは、大人になるから学ぶんだよ。僕たちは、ずっとこのままだから・・・学ぶ必要はないんだ。」
「ずっとこのまま・・・」
「うらやましい?」
「うん。」
それはもちろん、うらやましい。
ずっと変わらないでいられたら、大人にならないで生きていけたら・・・そんな願いを何時も抱いている。
「なら、なんで分数を勉強したの?」
「え?それは・・・橋本さんが教えてくれて・・・ううん。それができないと、家に帰らせてもらえなかったからだよ。」
「閉じ込められていたわけじゃないんだ、そのまま帰ってくればよかったでしょ?」
「そんなこと・・・できないよ。」
「なんで?」
「なんでって、そんなことしたらもっと怒られる。」
「・・・そうだよね。」
当たり前のことを答えたら、当り前に肯定された。少年が何を言いたいのかわからず、私は困り果てた。
「君がそこで、村に来るような子だったなら・・・きっと僕たちは別れずに済んだのにね。」
「それって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。ねぇ、君には僕がまだ見えている?」
「見えてるよ?」
変なことを聞く。少年が見えていなければ、話はできない。私は少年を再び見たが、はっきりと少年の姿を確認できた。
「はっきりと、見えてるよ。」
「そう。なら・・・明日もきっと遊べるね。」
「うん、明日も来るよ。」
私の言葉に、少年は微笑んで返した。