7 村人
昨日は、あの村に行けなかった。林に行ったにもかかわらず、私の前に村も少年も現れなかったのだ。今日は、現れるだろうか?一抹の不安を抱えて、私は林へと向かった。
暖かな日差しが降り注ぐ道を、ゆっくりと歩いて行く。家から林までは5分程度で、あっという間についた。
林の中へと入っていくと、少しだけ温度が下がったような気がして、鳥肌が立つ。
人が寄り付かない、とても静かな林。好奇心から最初入ったが、村が・・・少年がいなければ2度も入ることはないだろう雰囲気が、その林にはあった。
「よく、こんな場所に通っているよね。」
人を寄せ付けない何かが、この林にはある。
それでも、私がそこに通うのは・・・今日、ここへ来たのは、少年に会いたかったからだ。少年との約束もあるし、何より少年に会いたい。
今日は会えるだろうか?
林の中を進む。一歩踏み出すたびに私は、今日は村に行けると確信した。
その期待を裏切ることなく、私は背後から声をかけられる。昨日から待ち望んでいた、少年の声だ。
「よかった、来てくれたんだね。」
「・・・」
振り返る。ほっとしたような微笑みを浮かべた少年、少年の背後にはタイムスリップしたかのような村の風景。村に来たのだと感じた。
「来れた・・・」
「・・・そう。昨日は、来れなかったんだね。」
私の呟きを拾って、少年は悲しそうに目を伏せた。どうやら、私が昨日村に来れなかった理由を、少年は承知していることらしい。
おそらくそれは、よくないことなのだろう。少年の顔を見て、私はそう感じた。
「行こう・・・」
手を差し出してきた少年、私はその手を取った。
「今は・・・鬼ごっこの最中なんだ。」
「そっか。鬼はいつもの子?」
「そうだよ。僕がこの村に来てからずっと・・・鬼はあの子だ。」
少年がこの村に来てからずっと・・・少年がいつ村に来たのかは知らないが、たとえ一週間前だとしても、その間ずっと鬼とは・・・その子は嫌ではないのだろうか?
「そういう村なんだ。」
「え?」
「ずっと、変わらない。僕たちはいつまでも子供で、午前中は家の手伝いをして、午後は子供同士で遊ぶ。今日も、明日も明後日も・・・1年後も。」
ずっと変わらない。
その言葉が頭から離れない。まさにそれは、私の望むことだ。
変わっていく周囲・・・変わりたくないのに、変わることを求められる日々・・・そんな日常が嫌だった。
それが、この村にはないという・・・そんなウソだ。
「でも、3年・・・10年たったら、きっとあなたも大人になるでしょ?」
「ならないよ。・・・ねぇ、僕はいくつに見える?」
「それは・・・私と同じくらいに見えるから、高校生じゃない?」
「君は高校生なんだね。あと数年で大人かぁ・・・大人になるのが嫌なの?」
「嫌だよ。」
「なら、ここに残ればいい。」
少年の言葉は、この村に残れば大人にならずに済むというものに聞こえた。だが、そんなことあるはずがない。時が止まるわけでもない・・・少年たちは、この村で変わる季節を過ごしている・・・それは、流れる時を私と同じように生きているってことだ。
だから、いずれ大人になる。
「僕もね、君と同じなんだ。外から来て・・・この村を見つけた。きっと、この村は僕たちみたいな・・・変わりたくない人だけが入ることができる。」
「あなたも、変わりたくなかったの?」
「そうだよ。僕は一人っ子だったんだけど・・・ある日妹ができたんだ。僕はそれを受け入れたくなかった。でも、周囲はいいお兄ちゃんになるんだよって・・・僕を兄にしようとしたんだ。」
唐突に家族が増える。想像してみたら、大きなストレスを抱えそうだと思った。実際、少年は大きなストレスを抱えて、兄になるのが嫌でこの村に逃げたのだろう。
「僕は、僕なのに・・・お兄ちゃんなんて、ものじゃないのに・・・なんで、僕はただ、僕でいたかっただけなのに・・・」
「・・・辛かったんだね。」
「君もでしょ?」
「・・・うん。」
「なら、君も村の住人になろうよ。そして、僕と一緒に永遠に友達でいて・・・遊ぼう。」
この村にずっといる・・・少年と友達になって、一緒に遊ぶ・・・それはとても魅力的な話に聞こえた。だが、頷きたくなる頭をこらえて、私は考えておくと答えた。
「・・・そう。もう、遅かったみたいだね。」
「何が?」
「何でも。・・・あと少しの関係だろうけど、仲良くしてね。僕、君のこと結構気に入っているからさ。」
「ありがとう。でも、少しなんて寂しいこと言わないで。」
「なら、変わらないでいて。そうすれば、まだ間に合うから。」
少年の言葉の意味が分からなかった。私は、何も変わっていない。これからも変わる予定などないのに・・・