5 やり直し
遠くで聞こえる賑やかな声は、グラウンドで部活動中の運動部の声だろう。
教室に残っているのは私一人で、私は自分の席に座っていた。机の上には、一枚のプリントが置いてある。
プリントは、私が以前真っ赤にした・・・すべて回答を赤ペンで書いた分数の宿題プリントと同じものだ。
「もう一度やって見なさいって・・・やったってわかるわけがない。」
先生はしばらく自分で考えてやってみるようにと言って、教室を出て行ってしまった。クラスメイトもそれぞれ部活などに行ってしまい、私一人だけが残った。
できないって言っているのに・・・どうやってやればいいのか。
こんなことをしている時間がもったいない。早く、村に行きたいな。きっと今日も少年が待っているのに。
わかるわけがない分数のプリントをやり直すことに、何の意味があるのか・・・
それでも一応、プリントに目を通す。
分数の計算ばかりで、全くわからない。分数にxが加わったり、()の中に分数が入ったり・・・分数自体がよくわからないのに、さらに手を加えられているので意味不明だ。
「うーん・・・駄目だ・・・」
「何が駄目なの?」
「え?」
唐突に後ろから声をかけられて、私は驚いて振り返った。
そこには、クラスメイトの女子が立っていた。名前は確か・・・
「橋本さん、帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと先生に用事があって、職員室に行っていたの。それより、いのこり?」
「うん・・・分数がよくわからなくて。前に分数のプリントが宿題で出たでしょ?分数が分からないから、全部赤ペンで書いたらやり直せって言われて・・・」
私はまっさらなプリントを指さして苦笑した。
「大変だね。分数は全くわからないの?」
「うん。昔から苦手で・・・理解できるわけもないって諦めているんだ。」
「そんなに!?・・・それじゃ、ちょっと待って。」
橋本さんは自分の机からノート、机の上に置いてあった筆箱からシャーペンを取って、何かを書き始めた。
「ねぇ、これ見て。」
橋本さんが描いたのは、ホールケーキのイラストだった。
「橋本さん、絵がうまいんだね。」
「ありがとう。このケーキをね、こうやって切ったとするでしょ・・・」
言いながら橋本さんは、ケーキを真っ二つにするように線を引いた。せっかく上手に描けた絵なのに、もったいない。
「今、ケーキを半分にしたでしょ?この半分になったケーキを、分数であらわすと何かわかる?」
「え、分数で?・・・分数・・・」
「この半分・・・右側のケーキね・・・これは一つと数えて・・・その1は、分数の線の上か下、どちらに入れればいいのかわかる?」
「上か下・・・」
なんだっけ・・・板の・・・線の上、下・・・確か意味があったはずだけど。うーん。
「答えは上。下には2と書くの。この半分にした右側のケーキは、2分の1ってこと。わかるかな?」
「???」
「ごめん、ウチも説明が下手だね。えーと・・・このホールケーキは、1で・・・半分にすると、2分の1になるの。半分にすると2つになるよね?それの1つだから、2分の1・・・これで説明があっているかわからないけど、私はそう覚えているよ。」
「???」
全くわからない。
橋本さんは、頭上にはてなマークを浮かべる私に、一生懸命言葉を探して説明してくれた。彼女の説明は上手ではなかったけど、それでも伝えようとしてくれる意思はものすごく感じた。
何枚か橋本さんが描いたケーキの絵を見て、私はなんとなく分数の意味が分かるようになってきた。
「つまり、4分の2は・・・4つに分けられたケーキ2つってことで・・・半分にしたのと同じ・・・2分の1と同じなの?」
「そう!!そうだよ!!」
「そっか・・・そういう意味だったんだ・・・」
私は理解できたことがうれしくなった。
意味の分からない分数が、少しだけわかるようになった。これなら、計算もできる気がする!
「・・・いや、無理だ。たし算とか、もう意味が分からない。」
「え!?」
「いや、たし算はわかるよ?ただ、この4分の21って何?」
「それは、こういうことだよ!」
次々とケーキを描いていく橋本さん。
そのおかげで何とか理解したが、次は下の数字が違うたし算が出てきて、もう意味が分からなかった。
わからないという度、橋本さんは絵を描いて説明してくれた。
掛け算になると、公式というものを教えてくれて、こうやって計算すればいいと、書いて説明してくれた。
「最初からこの方法で説明すればよかった・・・絵で描くから余計わからなかったよね・・・?」
「でも、それって本当に理解したことにならないと思うから・・・ありがとう、橋本さん。」
橋本さんのおかげで、分数をちゃんと理解できたような気がする。
まだ、計算はできるわけじゃないけど、分数の苦手意識は少しだけ無くなった。