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Cafe Shelly

Cafe Shelly 長い夏休み

作者: 日向ひなた

 夏休み。僕たちにとっては長い長い季節の始まりだ。毎日何をして遊ぼうか、どんなことをして過ごそうか、楽しみでたまらない日々が始まる。

 去年はおじいちゃんの田舎に行って、さんざん虫を採ってきたな。セミなんかうじゃうじゃいたし。夜中にカブトムシやクワガタを採りに行ったのもすごく面白かった。親戚のおじちゃんが張り切って、僕たちを連れて行ってくれたもんな。いとこのカンちゃんなんか、虫が触れなくて大泣きしてたなぁ。今年はどんなことが起きるのか。小学校最後の夏休みだし、おもいっきり遊ばなきゃ。

 中学になると遊べないのはわかっている。兄ちゃんは中学二年生だけど、去年は毎日部活で忙しかったもんな。テニス部に入っているんだけど、上級生がいなくなってやっと球拾いから解放されたと思ったら、基礎体力づくりだとか言ってさんざん走らされているらしいし。今年は上級生になったから、今度は下級生を鍛えるんだって張り切ってたな。僕も来年はどこかの部活で上級生に鍛えられるんだろうか?やっぱ小学生がいいよなぁ。

 えっ、宿題はどうするのかって? そんなもん、夏休みの終わりにまとめてやるに決まってるじゃない。お盆までは遊び倒さなきゃね。

 夏休みまであと三日。ワクワクしないわけがない。今年はどんなことが待っているのか。夜、僕はお父さんに夏休みの計画を聞いてみた。

「そうだなぁ、まだはっきりとは決めていないけど。また田舎のおじいちゃんのところにお世話になるか? 知樹、お前一人で行く事になるけどいいか?」

 もちろん、大歓迎! おじいちゃんのところは山の方にあって、目の前に小川が流れている。そこで毎日のように水遊びもできるし。

 実はおじいちゃんのところに行きたいのにはもう一つ理由がある。おじいちゃんの家の隣に僕と同じ学年の女の子がいる。この子がかわいいんだなぁ。名前はよっちゃん。このよっちゃんと遊ぶのも一つの目的なんだよね。他にも近所には二つ年下のいとこのカンちゃんもいるし。

「宿題もちゃんとしないとダメだぞ。知樹はいつもギリギリになって宿題をするから、八月の終わりが大変だろう」

「わかってるよ」

 と言いながらも、それはすでに僕の計画の中では八月の終わりにやることになっている。形だけ勉強道具は持って行くけれど、ほとんど手を付けるつもりはない。

 よし、これで夏の計画はバッチリだ。あとはいつから行くのかを決めてもらうだけだな。もう気分は夏休み!

 夏休み二日前。僕の中ではカウントダウンが始まっている。学校の勉強なんか手につくはずがない。おかげで先生から何度も注意をされてしまったけれど。そんなのお構いなし。そしていよいよ明日、終業式が終われば夏休みという日の夜にそれは起きた。

「えっ、じいちゃんが!?」

 晩御飯を食べているときに電話に出たお父さんが大きな声で叫んだ。じいちゃんに何かあったのだろうか?

「わかった、とりあえずオレだけでも行くから。うん、そこに搬送されているんだな。じゃぁすまんがよろしく頼む」

 お父さん、電話を切るなり僕たちの方を向いてこんなことを言った。

「じいちゃんが倒れた。どうやら脳梗塞の疑いがあるらしい。ドクターヘリで県病院へ運ばれたそうだ。お父さん、これから行ってくるから」

 そう言って、食べかけの味噌汁を急いでかきこんで、おとうさんは出かける準備を始めた。

 ちょ、ちょっと待ってよ。おじいちゃんが倒れたってことは…僕の夏休みのおじいちゃんちに行く計画はどうなるの?突然の不安が僕を襲った。

 おとうさんは慌てて出ていこうとする。僕はその後を追って玄関へ。

「ねぇ、おじいちゃんが倒れたってことは僕の夏休みの計画はどうなるの?」

「バカっ! 今はそんなことを言っている場合じゃない。じゃぁ行ってくる」

 おとうさんはそう言って家を出ていった。僕の夏休みが…そ、そんな…。

 翌日、気分は最悪。

「おい、知樹、元気ねぇぞ」

 友だちから何人もそんな声をかけられた。そりゃそうだ、あれだけ楽しみにしていた夏休みの計画がパーになったんだから。まったく、じいちゃんも困ったときに倒れてくれたもんだな。家に帰ってきてからも、何もやる気が起こらない。

「知樹、通知表は?」

 お母さんに言われてしぶしぶ通知表を出す。

「あんた、また算数がダメじゃない。体育だけはいつもいいんだから」

 通知表を出すたびに、同じセリフを聴く。算数は苦手なんだからほっといてよ。そんなことより、じいちゃんの家に行く代わりの計画を立ててくれないと。でも、そんな事を言ったらまた怒られるのはわかってる。ふぅ、どう過ごしたらいいんだろうなぁ。

「ねぇ、じいちゃんはどうなったの?」

 冷蔵庫の麦茶をあさりながらお母さんに聞いてみる。

「まだ集中治療室ってところに入っていて、どうなるのかはわからないみたい。おじいちゃん、助かるといいけど…」

「助かったら、今年もおじいちゃんのところに行けるかな?」

「知樹、あんたまだそんなこと言ってんの。無理に決まってるじゃない。ひょっとしたら万が一ってこともあるし。そうなったら遊んでいる場合じゃなくなるんだから」

 お母さんにもあっさり否定された。じゃぁ、今年の夏はどうやって過ごせばいいんだよ。僕はふてくされて、ベッドに横になった。何もする気が起こらない。ホントにこの夏はどうやって過ごそうかな…。

 えっ、ここは? 洞窟の中みたい。その洞窟は海に面している。その洞窟の奥には小さな祠がある。奥はそんなに深くない。僕はその洞窟の奥の方にいる。

 洞窟の奥から入口を見る。すると…えっ、龍? 龍が天に昇る姿が一瞬見えた気がした。そこで目が覚めた。

 あれっ、いつの間にか寝てたんだ。でもあの夢は一体? 暑い中、扇風機も付けずに寝ていたので、汗びっしょり。いや、その汗は暑いからだけじゃない。これは…夢のお告げ? でも何の意味があるんだろう? そんな疑問が頭の中でぐるぐると渦巻く。

 だが一つあきらかなことがある。その場所に行ってみたい。そして、もう一度龍を見てみたい。けれど、その場所ってどこにあるんだろう? 僕は忘れないうちに、夢で見た洞窟と天に昇る龍のイメージをイラストで書いてみた。

「知樹、ごはんよ」

「はぁい」

 もうそんな時間か。僕は自分が描いた絵をもう一度眺める。うん、ここに行けば龍に出会えるんだ。心の中がワクワクしてきた。机の上のその絵を置いて、僕はご飯を食べに行った。

 その夜、パソコンを借りて早速検索をしてみた。

「龍、そして…洞窟」

 これでいくつかの場所は出てきた。が、どれも僕の夢のなかで出てきたイメージとは違う。もっとこじんまりとしたところなんだけどなぁ。ひょっとしたらまだ誰も行ったことのないような場所なのか? でもそれなら祠なんてあるわけないし。

「知樹、そろそろパソコン貸せよ」

 兄ちゃんがパソコンを横取りしてきた。

「ダメダメ、今調べ物しているんだから」

「何調べているんだよ」

 兄ちゃんが横から覗きこむ。僕はなんだか自分が調べているものが恥ずかしく感じて、急いで検索画面を消す。だがクリックをミスして兄ちゃんにその画面を見られてしまった。

「何だお前、洞窟探検にでも行くのか?」

「ち、ちがうよ」

「そういや机の上に妙な龍の絵が置いてあったな。あれ、お前が描いたのか?」

 しまった、さっき書いた絵を机の上に置いたままだった。兄ちゃんとは部屋が同じだから見られてしまったんだ。

「う、うん、まぁ…」

 何か言われそうで恥ずかしい。けれど兄ちゃん、僕に意外な言葉をかけてきた。

「これって竜宮伝説の洞窟だよな?」

「えっ、竜宮伝説の洞窟?」

 初耳だ。なんだろう、それ。

 僕がキョトンとしているのに対し、にいちゃんは僕のパソコンを横取りしてなにやら調べ始めた。しばらくすると、画面に出てきたのは…

「あっ!」

「ほら、お前の書いた絵そっくりだろう」

 僕は驚いた。そこにある写真は、まさに僕が描いた洞窟の奥から見た絵そっくりだった。

「ほら、ここに竜宮伝説の洞窟ってあるだろう。ここの洞窟は龍が天に昇る姿が見れるっていうことらしいんだよ。一回行ってみてぇと思ってるんだけどよ。場所が書いてないんだよなぁ」

 兄ちゃんの言葉もよそに、僕はその写真に見入っていた。この洞窟、やっぱ本当にあるんだ。行ってみたい。でも、これはどこなんだろう?

「この写真はどこにあったの?」

「これ、ある喫茶店のマスターのブログなんだよ。ここの喫茶店のマスターがある人から聞いて、休みの日に行ってみたらしいんだけど。でも、この場所は秘密らしい」

 喫茶店のマスターが知っているんだ。このとき、僕の頭の中で夏休みの計画が立ち始めた。

 竜宮伝説の洞窟かぁ。僕の頭の中はそれでいっぱい。どこにあるんだろう。遠くなのかな? 危険なところなのかな? 本当に龍がいるのかな? まずはどこにあるのかを調べないと。でもどうやって?

 手がかりはあのブログを書いた喫茶店。翌日、もう一度あのブログを見てみる。そしてその喫茶店を早速調べてみた。

「カフェ・シェリーってところなんだ」

 まずはここに行かないと。この喫茶店、どこにあるんだろう? 残念ながらブログには住所が載っていない。これも早速検索してみた。

「えぇっ、いくつかあるな…」

 早速住所を控えてみる。出てきたのは県外のお店ばかり。けれど最後に出てきたお店。これは僕が住んでいる街じゃないか。ここなら行けるかも。

 けれど喫茶店なんて小学生が一人で行く場所じゃないし。かといってお母さんに連れて行ってもらうのも無理そうだしなぁ。兄ちゃんに頼んでみるか。

「えっ、喫茶店に行きたいって? 無理無理、お前喫茶店なんて俺らが行けるような場所じゃねぇんだぞ。飲み物だって高いし。そもそもオレは部活で忙しいんだから。お母さんに連れて行ってもらえよ」

 あえなく拒否された。困ったなぁ、何かいい方法はないかな?

「知樹、勉強したの?」

 朝から僕がパソコンばかりいじっているので、お母さんがそんな事を言ってきた。

「自由研究の調べ物やってんだよ」

 ウソばっか。でも、こうでも言わないとまた怒られるからな。あ、ここでひらめいた。

「ねぇ、お母さん」

「なによ、急に甘えた声出して。また何かねだろうとしてるんでしょ。じいちゃんのところだったらあきらめなさい」

「じいちゃんのところが無理なのはわかってるよ。そのかわり、自由研究の取材で連れて行ってもらいたいところがあるんだけど」

「遠くは無理よ」

「近くだよ。でも、子どもだけで行けるような場所じゃないし」

「どこなの?」

「うん、カフェ・シェリーって喫茶店。そこのマスターに取材してみたいんだよ」

「取材って何の?」

「竜宮伝説について」

「あなた、また妙なことを調べ始めたわね。まぁ自由研究なら仕方ないか」

 ふふふ、お母さんの性格を上手く使って大成功。お母さん、勉強のためって言えばたいがいのことはやってくれるからな。

「お父さんにも相談してからね」

 えぇっ、お父さん…お父さんが出てくると、ちょっと面倒なんだよな。お父さんは逆に、ほんとうに必要と思えることしかやってくれないし。必要性を説明するのが大変なんだよなぁ。

 その日の夜、お父さんは二日ぶりに家に帰ってきた。おじいちゃん、どうやら峠は越したということらしい。けれど油断はできないとか。そんな緊迫した話の中で、どうやって喫茶店のことを切り出せばいいんだろう。恐る恐るお父さんにこう尋ねてみた。

「お父さん、夏休みのことなんだけど…」

「なんだ、まだそんな話をしているのか。じいちゃんのところだったら無理だぞ」

「それはわかってる。そうじゃなくて…もっと近場で連れて行って欲しいところがあるんだけど。自由研究の取材に行きたいんだ」

「取材? 何の?」

「竜宮伝説っていうのを題材にしているんだ」

 このとき、僕はきっとお父さんに馬鹿にされると思った。が、お父さんは予想外の反応。

「竜宮伝説って、もしかしたら洞窟のことか?」

「お父さん、知ってるの?」

 ここでお父さん、ちょっと考え込んでいる。

「そこに行きたいのか?」

「うん、でも場所がわからなくて。けれど、ブログでこのことを書いている人がいて。その人のところに取材に行きたいんだ。もちろん、その洞窟にも行ってみたいけど」

 お父さん、ここでまた考え込んでいる。

「ブログを書いた人って誰なんだ?」

「カフェ・シェリーって喫茶店のマスター」

 さらにお父さん、しばらく考え込んでいる。そしてぱっと顔をあげたと思ったら、またまた意外な言葉が出てきた。

「いつ行きたいんだ?」

「えっ、まぁできれば早めに…」

「じゃぁ、今度の日曜でいいか?」

「連れて行ってくれるの?」

「あぁ、カフェ・シェリーだったら近くだしな」

 お父さん、カフェ・シェリーを知っているみたいな口ぶりだな。なにはともあれ、予想外の展開ではあったけれどカフェ・シェリーには連れて行ってもらえることになった。これで僕の竜宮伝説への一歩が踏み出せたわけだ。

 そして日曜日。僕はお父さんに連れられて久々に街の中を歩く。こんなところにあるんだ。連れてこられたのはカラフルなタイルが敷き詰められている通り。道幅は狭いけれど、たくさんの小さなお店が並んでいる。

「ここだ」

 お父さんが指さした先には「Cafe Shelly」と書いてある黒板の看板が道においてあった。手書きの看板で、そこにはこんな言葉が書いてあった。

『ようこそ、未知なる世界の一歩を踏み出したあなた』

「知樹、お前のことを言っているみたいだな」

 まるで僕が今日ここに来るのがわかっているみたいな言葉だ。階段を登るたびに、未知なる世界へ近づく感覚がする。

カラン・コロン・カラン

「いらっしゃいませ」

 ドアを開くと、コーヒーの香りとクッキーの甘い香りがした。喫茶店ってこんな感じなんだ。僕がキョロキョロしながら入って行くと、綺麗なおねえさんが声をかけてくれた。

「いらっしゃい。きみは小学生かな?」

「はい、六年生です」

「お名前は?」

「吉永知樹です」

「知樹くんかぁ。私、マイっていうの。よろしくね」

 マイさんかぁ。なんか大人の女性って感じがするな。

 ふと気がつくと、お父さんはカウンターの中の人と話をしている。あの人がマスターなのかな?

「知樹、こっちに座れ」

 お父さんにいわれるがまま、僕はカウンターの席についた。

「これがうちの息子の知樹です。ほら、あいさつ」

「こ、こんにちは」

「君が知樹くんか。で、今日は私に聞きたいことがあるんだって?」

「は、はい。竜宮伝説の洞窟について」

 このとき、お父さんの顔がにやりとしたのに気づいた。

「竜宮伝説の洞窟ってことは、私のブログを読んでくれたんだね。ありがとう。その話の前に、知樹くんはコーヒーは飲めるかな?」

「はい、飲めます」

「じゃぁ、ぜひ飲んで欲しいコーヒーがあるから。お父さんも一緒でいいですよね」

 お父さん、無言で首を縦に振る。マスターがコーヒーを入れてくれている間、僕はお父さんに質問をしてみた。

「ねぇ、お父さんはこのお店知っていたの?」

「まぁな」

「じゃぁ、竜宮伝説は?」

 それについてはにこりと笑うだけで答えてくれなかった。どういうことだろう?

「知樹、今年はおじいちゃんのところに連れていけなくてゴメンな。おじいちゃん、しばらく入院することになったからなぁ」

 お父さん、今度は申し訳なさそうに僕にそう言ってくれる。そんな言い方をされると、逆に僕のほうが申し訳なく感じる。

「ところで知樹はどうして竜宮伝説の洞窟に行こうと思ったんだ?」

「うん、夢で見たんだ。龍が天に昇る洞窟の夢を。それを絵に書いたら、兄ちゃんがこれって竜宮伝説の洞窟だろうって。それでマスターのブログを見せてもらったんだ」

「夢で…そうか、導かれたのかなぁ」

 お父さん、なんだか意味有りげな言葉を言う。導かれたってどういうことだろう?

「はい、お待たせしました。知樹くん、飲んだら感想を聞かせてくれるかな?」

 僕は早速出されたコーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んでみる。家ではインスタントしか飲まないから、こんな本格的なのは始めてだ。ゆっくりと熱くて苦い液体を口に流しこむ。

 おいしい。コーヒーをこんなにおいしいと思ったのは初めてだ。このとき、夏の香りがした。

 おじいちゃんのところに行って川で遊んだり虫取りをしたり。そして縁側でスイカを食べて昼寝をして。あの独特の夏の香り。うん、これが味わいたいんだよなぁ。

 けれど今年は味わえない。そう思った瞬間、今度は少し違う香りがした。

 まだ感じたことがない、けれどどこか懐かしい海の香り。まだ見たことがない新しいものを探しに行く。それが今回の竜宮伝説。そんな冒険もしてみたい。夏だからこそ、やってみたい。小学校最後の夏休みだからこそ。急にそんな気持が強くなってきた。

「どんな味がしたかな?」

 マスターの言葉でハッとした。あれ、今まで感じていたのは何だったんだろう?

「知樹、コーヒーとは違う別の味がして、何か感じたんじゃないか?」

 お父さんの言葉に僕は首を縦に振った。

「ははは、ちょっと不思議な感覚だったかな。このコーヒー、シェリー・ブレンドはその人が望むものの味がするんだよ。人によってはその光景が見えたりすることもあるんだ。知樹くんは何か見えたのかな?」

 僕は首を縦に振った。そして今感じたことを言葉にしてみた。

「夏の香りがしました」

「ほう、夏の香りか。知樹はなかなか詩人だな。もう少し詳しく教えてくれ」

 お父さんの言葉に、僕は促されるように今見た光景を言葉にした。

「川遊び、虫取り、縁側でスイカ。けれどそれはすぐに叶わないものだって感じて。すると今度は海の香り。そこは真っ暗な洞窟の中。けれど輝くような明るさがある。そのとき見たんだ。僕は龍が天に昇るところを…」

 僕はさっき見た映像を思い出しながら、いやさっきより鮮明に目の前に描きながら言葉をつづった。

「知樹くん、今年の夏はそれを見に行きたいんだね」

「はい、だから教えてください。あの竜宮伝説の洞窟がどこにあるのかを」

 マスターはにこりと笑って、一枚の紙をくれた。

「ここが竜宮伝説の洞窟の場所だ。知樹くん、自分で探してみるといい」

 手渡された紙。てっきり地図が書いてあるものと思ったけれど違った。そこにはこんな言葉が書いてあった。

『大いなる神

 海に鎮座する場

 その神を守る龍

 常に神のおられるところへと

 昇りたもう』

「えっ、これが場所ですか?」

 ちんぷんかんぷんだ。たったこれだけで探せ、というの?

 僕がキョトンとしていると、お父さんが一言。

「知樹、これがお前の夏休みの課題だ。一人で探してみろ」

「一人で探してみろって、どうやって?」

「それを夏休み中に考えればいいんだ」

 僕はマスターから手渡された、謎の文言が書かれている紙をじっと眺めた。けれど何も思い浮かばない。

「知樹くん、一つだけヒントをあげよう」

 マスターの言葉に僕はパッと顔をあげた。今はどんなことでもいいから、手がかりがほしい。

「言葉の奥にある意味。これを考えるんだ。君ならきっとわかるはずだよ」

 言葉の奥にある意味? やっぱ暗号ってことなのか。

「わかりました。とにかくがんばります」

 この日から、この謎の文言との戦いが始まった。

「まずはこの大いなる神ってやつか」

 図書館に行って神話の本をかたっぱしからめくってみる。大いなる神ってくらいだから、神様の中でも一番偉いもののことなのかな。有名な神様はたくさんいるけど…でもどの神様が一番偉いんだ? どうやら一般的には天照大神みたいだけど。じゃぁそれを祀っている神社は? 宮崎の高千穂にある天岩戸神社ってのがあるけど。でもあそこは海には面していないし。

 海に鎮座するってことだから、海に面している神社なのか? それからインターネットで海に面している神社を探してみた。けれど数が多すぎて絞り切れないや。

「大いなる神、海に鎮座する場。ここがどういう意味を持つんだろうなぁ」

 この部分だけ考えるのに五日間も過ぎてしまった。気がつけばもう七月も終わりに差し掛かってきた。えぇい、自分一人で考えるにはもう限界だ。思い切って兄ちゃんにこの謎の言葉を見せて助けを求めてみた。

「えぇ、どれどれ…」

 兄ちゃん、マスターからもらった文言が書いてある紙をそれらしく眺める。

「何かわかった?」

「ちょっと待て。うぅん、お前さっき海に面した神社を探そうとしたって言ったよな?」

「うん」

「その神社の中で『大』っていう文字が入っているの、どのくらいあるかわかるか?」

「えっ、どうして『大』なの?」

「大いなる神ってくらいだから、名前に『大』の文字が入っていてもおかしくねぇだろう?」

 なるほど、そういうことか。よく考えたら、天照大神も大の字が入っている。関係ありそうだな。

 ボクはもう一度インターネットと向きあって、『大』の文字が入っている神社を探してみた。その神社の所在地を片っ端から地図で調べる。その中で海に面している神社はどれくらいあるだろう? 一つ一つ見ていく。

 すると意外な神社を発見。

「そういや、あそこは大神社って言ってるよな」

 思い出したのは、僕が住んでいる街にある大きな神社。ここはよく考えたら海に面したところにある。しかも名前は大神社。正式な名前は知らないけれど、みんながそう呼んでいるからそうなんだろうと思っていたけれど、どうやらこれがちゃんとした名前らしい。

「仮にこの大神社が竜宮伝説だとしたら……」

 僕はいてもたってもいられなくなり、早速自転車を飛ばして大神社へと向かった。ふだんは参拝客もまばらで、のんびりとした雰囲気を持つこの神社。何度か来たことはあるけれど、こんな調査目的できたのは初めてだ。

「どこかに洞窟があるのかな?」

 早速調査開始。けれどこの神社、海には面しているけれど、洞窟らしきものは存在しない。むしろ、隣接した海水浴場の砂浜のほうが目立つくらいだ。

「うぅん、ここじゃないのかなぁ……」

 半ば諦めムード。僕はもう一度マスターの文言が書かれた紙を取り出す。

『大いなる神

 海に鎮座する場

 その神を守る龍

 常に神のおられるところへと

 昇りたもう』

「大いなる神、海に鎮座する場。これがここだとしたら、その神殿を守る龍が神様のいるところへと登ろうとしているってことだよな」

 ここでいくら頭を働かせても、何も出てこない。

「何かいい手はないかな…」

 ここでひらめいた。うちのクラスに推理小説好きがいるんだよな。推理小説だけじゃなく、こういった暗号を解くのも好きな奴が。あいつに協力してもらうか。僕は早速自転車を走らせてそいつの家に向かった。

 そいつの名はアキラ。メガネを掛けて、いかにも文学少年ってタイプ。性格は僕と正反対で、あまり親しくはないのだが。

ピンポン、ピンポン

「アキラ、いるか? おい、アキラー」

 僕は逸る心を抑えきれず、玄関のチャイムを連打し、何度もアキラの名前を呼んだ。

「誰だ…なんだ、知樹か」

 玄関から迷惑そうな顔でアキラが登場。手にはなにやら本を持っている。おおかた、推理小説でも読んでいたんだろう。

「アキラ、ちょっと知恵を貸してくれ。今、竜宮伝説の洞窟ってのを探しているんだけど」

「なんだよ、その怪しげな伝説は?」

「怪しげじゃねぇって、実際にあるんだよ。でな、その場所を示すヒントを手に入れたんだけど、その暗号が解読できないんだよ」

 暗号と聞いた途端、アキラの目付きが変わった。

「どれ、見せてみろ」

 狙い通りだ。僕はアキラにマスターの暗号を見せてみた。

「どれどれ…うぅん、これだけで場所を特定できるのか?」

 アキラが考え始めると、奥からアキラのお母さんが登場。

「あらあら、こんなところで突っ立ってないで。中にお入りなさい」

 お母さんの好意でアキラの家の中で考えることに。おかげで冷たい飲み物にありつけることになった。

「まずは海に面した岩場が近くにある神社。これから探ったほうがいいかもしれんな」

 なるほど、地理的な条件から入ってきたか。

「あとは大いなる神がなんなのか、だ」

「それについてなんだけど、うちの兄ちゃんは『大』の字がつく神社じゃないかって言うんだよ」

「なるほどね。あとは竜宮伝説っていうのも気になるな。竜宮といえば浦島太郎だろう。そうなると…」

 アキラは早速インターネットで調べ始めた。だが浦島太郎の線からはいろいろなところが出てくる。

「これならどうだ…」

 検索ワードをいろいろと広げて調べてみるが、これといった手がかりは出てこない。

「根本から考え直すか」

 何やら一人で作業にとりかかるアキラ。僕は完全に置いてけぼりだ。

「アキラー、いるかー?」

 玄関から声が。あれは翔太の声だ。そういえば翔太の家はアキラの家のすぐ近く。翔太も慣れたもので、ズケズケとアキラの部屋まで入ってきたようだ。

「なんだ、知樹もいるのか」

 翔太はすぐにアキラの操作しているパソコンを覗きこみ、わかったようなわからないような顔をしている。

「お前ら、何を調べてるんだ?」

「竜宮伝説の洞窟ってやつなんだけど。翔太は知ってるか?」

「なんだよそれ。乙姫でも出てくるのか?」

「そういえば、どうしてこの洞窟のことを調べようと思ったんだい?」

 アキラの質問に、僕はことの経緯を説明し始めた。

 夢に出てきた、龍が昇っていく姿が見えた洞窟。それがカフェ・シェリーのマスターのブログで実在することを知って、そこに行ってみたいと思ったこと。

「で、そのマスターからその謎の文言をヒントとしてもらったんだ」

 アキラと翔太はマスターのヒントが書かれている紙を睨んでいる。

「知樹、そのマスターのブログって見せてくれないか?」

 あ、それどこにあるんだろう? 兄ちゃんに開いてもらったから、どこにあるかがわからないや。そのことを伝えると、アキラはちょっと考えて何やら検索。そして数分後。

「これのことか?」

 アキラが見せてくれたのは、まさに僕が見たあのブログだ。

「そうそう、これこれ! な、龍が昇っているだろう」

 ボクたちはその写真に見入っていた。光と影がつくる龍の姿。これを生で見てみたい。

「よし、じゃぁこれをオレたちで探そうぜ」

 翔太はやる気満々。アキラも目を光らせている。ここに竜宮伝説の洞窟探検隊が結成された。

「そうえいば不思議な事があるんだよ」

 僕は思い出したように口にした。

「なんだよ?」

「ウチのお父さんのことなんだけど。カフェ・シェリーのマスターのことも知ってたし、この洞窟のこともなんか知ってそうなんだよな。でも、自分で探してこいなんて言うし。どういうことだろう?」

「うぅん、大人の言うことはよくわかんないや。それよりも、どこまで手がかりをつかんだんだよ?」

 翔太はお父さんのことよりも洞窟探しに必死だ。僕は疑問を抱きながらも、アキラがパソコンで検索している画面を一緒になって眺めていた。結局この日はそれ以上の手がかりはつかめず、明日また集まることに。

 竜宮伝説の洞窟、どこにあるんだろう? 大いなる神が海に鎮座する場。ここが大きなヒントだとは思うのだが。

 この夜、僕はちょっと不思議な夢を見た。神様が旅をしている。そしてある場所に来た時に、大きな岩にゆっくりと腰掛けて、海と空を眺めている。ただそれだけの夢。ここでハッと目が覚めた。あ、もしかして! そうか、そういうことだったのか。

 翌日、僕はすぐにアキラの家に向かった。

「わかった、わかったよ!」

 興奮する僕にアキラは冷静な態度。

「何がわかったんだ?」

「鎮座する場って神社とばかり思っていたけど。岩だよ、岩」

「岩?」

「うん、神輿岩、あれのことじゃないか?」

 神輿岩とは、大神社の先にある大きな平たい岩のこと。ここは神様が休息をしたという云われのある岩。釣り人も神聖な場所ということで近づく人はいない。

「ということは、この神輿岩の中に洞窟があるっていうことか?」

「うぅん、そこまではわからないけど…」

「とにかく神輿岩を見に行こう。あそこは渡ることができないから、双眼鏡とか必要だな」

 翔太も誘って早速行く事になった。

 それから三日間、僕たちは神輿岩の観察と聴きこみを始めた。そもそも神輿岩にはどんな伝説があるのか。地形はどうなっているのか。あの中に洞窟はあるのか。神社の神主さんや近くに住んでいる人に片っ端から聞いて回った。そのときにマスターからもらった文言も見せてみた。するとほとんどの大人がにこりと笑ってこう答えてくれた。

「ほう、ここまでたどり着いたか」

 どういうこと? なんかみんなわかっているって感じで僕たちを迎え入れてくれる。けれど肝心の洞窟まではたどり着かない。アキラの家で、衛星写真を見ながら、さらには今まで観察した結果を照らし合わせながら出した結論がこれ。

「この岩の中に洞窟はなさそうだな」

 うん、アキラの言うとおりだ。

「そこでだ、この岩が見える範囲で洞窟の有りそうな場所を見てみると…」

 アキラは衛星写真を拡大して見せてくれた。

「まず南側は砂浜だから洞窟はない。西側は大神社になる。ここもさんざん探したけれ洞窟はみあたらなかった。大神社の北側。ここは岩場になっている。大神社からすぐに断崖絶壁になっているから近づけなかったけれど、ここに洞窟がある可能性が高いな」

 さすがはアキラ、そういう推理は鋭い。

「オレもそう思っていたんだよなぁ。どこか秘密の抜け道とかあるんじゃねぇ?」

 翔太は溶けそうなアイスをもったいぶって舐めながらそう言う。ちなみにアイスはアキラのお母さんからの差し入れだ。

「僕はそれよりも、聴きこみをした時の人たちの態度が気になったんだよ。ここまでたどり着いたなって、結構口にしてたから。絶対何か知っているよな」

 これには二人とも同意。ってことは、間違いなく竜宮伝説に近づいているってことなんだと確信している。僕たちは調べた結果を日記のようにしてアキラのパソコンに落とし込んだ。その記録を見ては推測を繰り返し、さらに確かめに行く。さらに聴きこみ調査も継続して行う。そんな感じで気がつけばもう八月に入ってしまった。そして今日、決定的な事実に行き当たった。

「これ見てみろよ」

 場所は図書館。ひょっとしたらどこかに竜宮伝説の記録が残っているのではないかと思って調べに来たのだ。アキラが僕たちに見せたもの。それは大神社の脇から岩場に抜ける道があったことを示す写真である。日付を見ると三十年以上も前。お父さんが僕たちの年齢の頃だ。

「あれ、これ…」

 写真に乗っている数名の人物。その中に子どもが何人か含まれている事に気づいた。そしてその子どもの一人が、なんとなくお父さんに似ている気がする。

「この場所がどこなのか、早速調べてみよう。周りの景色と地形から推測すると…」

 アキラはここがどこなのかを調べることに夢中。僕は写真の中のお父さんらしき人物に釘付け。ちなみに翔太は横でマンガを読んでいるが。

「わかったぞ、おそらくこの辺だ」

 アキラが指さしたところ。ここは僕たちがジャングルと呼んでいる、木や草が覆われている場所であった。

「とにかくここに行ってみよう」

「でも、ただ行っただけじゃ入れそうにないぞ」

「じゃぁ、草とか木を切る道具もいるな」

 相談の結果、こういった道具を家から持ってくることになった。洞窟捜索は明日。いよいよ明日、竜宮伝説の洞窟にたどり着くことができるかもしれない。胸がドキドキしてきた。

 けれどそれもまた延期に。

「おじいちゃんが…死んだ…」

 夜、お父さんが受けた電話でその報告を聞いた。明日お通夜、あさってお葬式。そのあと、お母さんと残っておじいちゃんの家の整理をすることに。あれだけ行きたいと思っていたおじいちゃんの家だった。けれど今は竜宮伝説の方が僕にとって大事なことなのに。

 アキラと翔太には事情を話して、洞窟探索はお盆明けにすることにした。僕はおじいちゃんの家に行くのに、今まで調べた竜宮伝説の資料を全て持っていた。

 お葬式の後、一人暮らしをしていたおじいちゃんの家の片付けを手伝わされた。そのときに出てきたのはアルバム。お父さんが子供の頃の写真が貼り付けてある。そこで驚くものを見た。

 図書館で見たものと背景がそっくりな写真。そこには三人の少年が写っている。一人はお父さん、そして一人はマスターじゃないか?

「ねぇ、これってお父さん、だよね?」

  僕はお母さんに尋ねてみた。

「うーん、多分そうだと思うけど。この写真がどうしたの?」

「うん、ちょっとね」

 お父さんとマスターは子供の頃、竜宮伝説の洞窟に行っているんだ。それを僕たちにも探させようとしている。ということは、間違いなく洞窟は大神社のジャングルの奥にあるんだ。あぁ、早くお盆が過ぎてくれないかな。

 それから時間が過ぎるのがとても長く感じられた。その間、今まで調べたことをまとめてみて、一冊のノートができあがった。そのノートを何度も見なおして、間違い無いと感じた。

 そして待望のお盆明け。家に戻ると、真っ先にアキラと翔太に連絡をとった。

「明日、いよいよ行くぞ」

「知樹、待ってたぞ。じゃぁ、十時に大神社に集合でいいな」

 こんなにも待ち焦がれていた日は今までなかった。僕は明日の準備をして、ワクワクしながら明日を待った。が、お母さんがこんなことを言い出した。

「知樹、あんたそろそろ宿題やりなさいよ。おじいちゃんのところで宿題やると思ったら、全然違うことばかりしてたじゃないの。宿題終わらせるまで、遊びに行くの禁止にするよ」

 そ、それは困る。どうしよう、明日約束したのに。勉強しないと出かけさせてくれない。そうだ、お父さんならわかってくれるはずだ。僕はお父さんにそれとなく相談をしてみた。

「お父さん、あと少しで竜宮伝説の洞窟にたどり着きそうなんだよ。明日、アキラたちとそこに向かう約束をしていたんだけど。お母さんが勉強しないと出かけさせてくれないっていうんだ。なんとかお母さんを説得して欲しいんだけど…」

「ほう、知樹はそこまでたどり着いたか。しかし、勉強とそれとは別問題だぞ。自分でどうしたらいいのか、考えなさい」

 お父さんの答えは僕にとってはちょっとショックだった。どうすればいい…そうか、勉強するポーズを見せればいいんだ。僕はその日の夜、早速お母さんの見えるところにわざとらしく夏休みの宿題を広げて、勉強に取り掛かった。こうなりゃ意地でも明日のことを認めさせてみせるぞ。

 結局その日の夜は、十一時まで頑張った。そして翌朝も六時に起きて勉強。朝ごはんの時、お母さんにそれとなく聞いてみた。

「ねぇ、これだけ勉強したんだから十時の約束に出かけてもいい?」

「うーん、そうねぇ。遊びから戻ってきたらまた勉強するって約束できるなら、行ってもいいか」

 よし、これで洞窟に出かけられるぞ。僕は喜び勇んで待ち合わせの場所へと出かけた。アキラと翔太はすでに待ち構えている。

「さぁ、これから行くぞ!」

 僕の掛け声で行動開始。まずは古い写真と同じ場所を探す。そこに道の痕跡があるはずだ。これを見つけるのは意外にも早かった。

「ちょっと草が多いけど、間違いなく道があるぞ」

 軍手で草をかきわけ、時折持ってきたカマで草を刈って前に進む。この道は間違いなく岩場へと続いている。そしてジャングルが途絶え、目の前には広い海が広がった。

「この下に洞窟があるに違いない」

 僕たちはいてもたってもいられず、岩場を走って下った。そして…

「見ろ、洞窟だ!」

 念願の洞窟が見つかった。恐る恐る中に入る。洞窟、といっても入り口がとても広くて中のほうまで光は当たっている。

「おい、鳥居があるぞ」

 確かに鳥居だ。けれど、竜宮って感じじゃないな。

「知樹、どこに龍がいるんだよ?」

 翔太につつかれてはみたものの、龍がどこで見れるのかはわからない。

「この洞窟で間違いないはずなんだけど…」

 僕たちは鳥居の奥、洞窟の突き当りまで行ってみた。だが、龍らしきものは存在しない。

「ここまできて、ガセかよ」

 翔太は半ばあきらめぎみ。僕もちょっとがっかり。洞窟の奥の方にいきついたけれど、何の手がかりもなし。仕方ないと思い振り向いたそのとき、僕は見た。

「りゅ…龍が昇っていく…」

「えっ!?」

 僕の声に反応して二人が振り向く。

「おい、どこに龍がいるんだ?」

「ほら、洞窟の入口…龍だ…」

「入り口って、何もねぇじゃねぇか」

「翔太、わからねぇか、ほら、ほら」

 僕がいくら言っても、二人はわかってくれない。あ、ひょっとして…

「ほらここ、ここに立ってみろ!」

 翔太を引っ張りだし、僕が立っていたところから入り口を見せてみる。すると…

「あっ!」

 翔太は息を飲む。

「見せてくれよっ」

 アキラが翔太と交代。

「これが…龍の正体か…」

 僕たちが見たもの、それは洞窟の入口が岩場の角度で龍が昇っているように見える姿。光と影が織りなす、この位置でしか見られない光景であった。

 僕は再び龍の姿を目に焼き付けようと、その位置に立った。なんだか力がみなぎる気がした。アキラは写真を撮っている。

「知樹、これはすごい発見だぞ」

 翔太は興奮してそう言う。こんな身近に、こんなすごい場所があったなんて。

 その日、僕は眠れなかった。竜宮伝説の洞窟。ついに僕たちの手で発見したんだ。これが成し遂げたって感覚なんだ。

 翌日、僕は興奮冷めやらぬ中でこれまでのことをノートにまとめた。そうして出来上がったのがこれ。

『竜宮伝説の洞窟冒険の書』

 僕は出来上がったノートをお父さんに見せた。

「うん、よくここまで調べたな」

 お父さんはそれ以上言わなかったけれど、顔がすごく満足してくれていたのがわかった。

「お父さん、カフェ・シェリーのマスターにも見せたいんだけど」

「よしわかった。じゃぁ夏休みの終わりに連れて行ってやる。ただし、宿題が終わってからだぞ」

 宿題…まだそんなのが残っていたな。けれど、今はやる気がみなぎっている。

 特に夏休みの絵。僕は迷うことなく、竜宮伝説の洞窟の絵を描いた。僕が夢に見た洞窟が現実のものになった。

 夢は追いかければ必ず実現する。これは本当だった。この言葉をノートの最後に書き足して、僕の夏は終わった。

 長い夏休みだった。けれど、とても充実した夏休み。そうだ、僕の子どもができたらこのことを体験させてやろう。きっと喜ぶに違いない。

 そうか、お父さんやマスターも僕にこれを体験させたくてわざと謎解きさせたんだな。今からワクワクするなぁ。

 僕たちが見つけたもの、それは未来に続く新しい宝物。これが竜宮伝説なんだな。


<長い夏休み 完>

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