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町娘Cの余命は残り10日  作者: ぼん
2/2

初日(0日目)

コンコンッ


玄関の扉のノックの軽やかな音が聞こえる。

コンコンコンッと今度は少し長めのノック音と若い男性の声が聞こえてくる。


「フローディアさん?起きてますー?朝刊ですよー」


窓から差し込む朝日も手伝い、フローディアと呼ばれた女性は目を覚ます。

茶色の瞳、特に珍しくもない赤褐色の程よく長い髪。身長も平均で、体力も知力も普通。

外見だって良くも悪くもなく普通…あえて言うならば村人や町娘という存在だろう。


「ん~、起きます~ちょっと待って」


彼女が食卓机で寝落ちしてしまったのは、巷で流行りの大型冒険小説を夢中で読んでいたせいだ。

実話とフィクションを織り込んだ今はやりの話題作である。


目を擦りながら机に伏せていた顔を上げ、寝癖のついた髪をかきあげ起きあがる。

少し寝ぼけてフラ付きながらも朝の訪問客を出迎えるためにドアを開けた。


「おはようございます、朝刊をお届けに上がりました」


ノックをしていたのは長い黒髪を尻尾のように後ろでまとめたインテリ系と言うにふさわしい相貌のカンターという新聞配達員だ。眼鏡をしていないのが実に惜しい。

このところほぼ毎朝、朝刊配達のついでに朝寝坊常習犯と化したフローディアを起こしてくれる。


「ん~……おはようございます、カンターさん」


まだ半分も開いていない目を擦り、あくびを噛み殺しながら挨拶をするフローディアをアイリスの色をした瞳が優しく見る。特に甘さは含まない純粋な優しさの篭ってる視線だ。


「はい、どうぞ。今日で3日連続の御寝坊さんですよ」


そういうとカンターは持ってきた朝刊でフローディアの頭をポンッと叩いた。

たまにしてくれるこの行為をフローディアはたいへん気に入っている。まるで家族のような暖かい行為に思えるから。

彼女はてへへ、とイタズラがバレた子供の様な顔でカンターへお礼を述べる。


「ほんといつも起こしてくれて感謝してます」


「はははっ、夜更かしもほどほどにね。ではまた明日」


そう言うとカンターは配達を続けるべくフローディアの家をあとにした。

彼女は隣の家へと向かうカンターを見送ってから受け取った朝刊を今まで寝ていたテーブルに置き、寝間着から普段着へ着替える。生成り色のワンピースに薄茶色のエプロン、汚れてもあまり目立たない最強セットだ。朝ごはんの少し固めのパンをほおばりつつ掃除をする。その後量の少ない洗濯をこなし昼前には出かける準備。

天気がいい日は都市の外にある森で木の実の採取をする事が多く、今日もそのつもりで準備をする。

バスケットの様な形状の採取用籠を持ちドアに手をかけながらフローディアは振り返る。


「よっし、今日もいってきます」


フローディアは王都と呼ばれるこの街の東のハズレにある一軒家に、一人で住んでいる。

もう4年、返事はないが今更やめる気にもならない言葉を誰の気配のない家に投げかけ扉を閉めた。


フローディアの両親は共に冒険者だった。

現役で結婚しここに定住したのだが、ギルド依頼の大型魔獣討伐で戦死した。討伐は都市に居るすべての冒険者の参加が義務で、両親含め多くの犠牲を出し魔獣は倒された。

当時13歳で天涯孤独となったフローディアには家とギルドにある両親の預金だけが遺されたのだ。


また、国から殉職者の家族へ見舞金などが支給され、今もふところはばっちり。質素倹約を貫けば引き籠っても死ぬまで困らない程度には余裕がある。

まぁしかし何もせず毎日を過ごすには向いていない性格なので、今日も「採取」という仕事をこなす。

勝手気ままに取ってきた薬草や木の実などを商業ギルドが買い取ってくれる。うん、すばらしい仕組みだ。


いつも採取に出かける森は東の門のすぐ目の前に広がっている。

家から門まではせいぜい10分程度の距離で、1歩門を出れば魔獣の蔓延はびこる世界だ。

とはいえ街近くにの魔獣にはあまり脅威は無く、子供でも容易く倒せる程度なので安心して出かけられる。かくいう自分も昔はスライムを触ったり捕まえたり倒したりして遊んでいたものだ。


「今日は……ルタの実でも取りに行こうかな。ジャムも作ろう」


ルタは背の低い木になる実で、ベリー系の甘酸っぱい味がする。

各家庭でジャムにしたり、スキルを持つ人の手にかかれば薬にもなる実だ。

木に無数の棘があるので採取の際は革の手袋が必須となる。


(あ~…ジャム作るならパンも買わなきゃだなぁ…帰りに寄ろう)


そんな事を考えながらフローディアは慣れた足取りで採取場所を目指した。

考え事をしていたせいか、いつも使う半獣道はんけものみちで飛び出ていた枝に気づかず足を引っかけ傷を負った。


「……っ‼」


血がにじむ程度の傷で特に歩くのにも支障のあるものではないし、これぐらいの傷なら普段の生活でよく負う。なんら気にすることもない。


「……スカートを引っかけなくてよかったわ。」


さぁ。ルタの実採取スポットまではもう少し。

傷口をハンカチで軽くぬぐって再び歩き出す。


その後は何もなく無事に到着。さすがは群生地、前後左右視界いっぱいにルタの実がっている。

昼から始めた木の実採取は順調で、みるみる籠いっぱいになっていく。うん、楽しい。

あっという間に時は経ち、ふと周りを見ると、日が傾き始め巣へと変える鳥達の慌ただしい鳴き声が聞こえた。


「よっし!今日は大収穫ね!さーて早く帰らないと」


いつもの3割増程度収穫出来たルタの実はそのままでも美味しい。

3個4個ほどつまみ食いしながらルンルン気分で帰路につく…その途中。


「うっわ…最悪ぅ…」


目の前には冒険者か衛兵が倒したであろうスライムの残骸が多く打ち捨てられていた。

見た感じ、先3メートルは埋め尽くされている。

みんなが使うといってもぱっと見は獣道。そんなに広くもない道幅で避けながら歩くことは難しい。


(せめて端っこに寄せるとかしてくれたらよかったのに…)


スライムなどの軟体系の魔物は1日~2日で自然と地面に吸収されるので、この様に放置されることがほとんどだ。とはいえこれは頂けない。

仕方なくスライムの上を歩いていく。足裏からグニュグニュとした感触が伝わってくるのがなんとも気持ち悪い。


「冷たっ!」


スライム道の中盤に差し掛かったところでブニュっとした感触を感じると同時に足に冷水の様な液体を浴びた。

足元をみると弾力をなくしたスライムがデロデロと溶けていく。

どうやら瀕死であったスライムにとどめを刺してしまったらしい。毒液は最後の足掻きだったのだろう。


「うぅぅ…」


気持ちわるい。久しぶりにスライム汁を浴びた。

子供の頃はよく捕まえたスライムの反撃で汁も浴びていたし、浴びる事を面白がったりした。

……子供の頃は平気だったのに大人になると苦手になるものなのだ。


(早く帰ってお風呂入ろ……ギルドもパン屋も明日でいいや)


そう固く決心し、いつもより早足で残りの帰路を進んだ。



家に着き先ず風呂場に向かう。

すぐに洗おうと革の手袋を外した自分の手の甲に見慣れない痣があった。

赤々とした発色の、花のような痣。


「え、なにこれ」


もちろん心当たりなどは皆無だ。今までの生活で見た事すらない。

不気味に思い水で洗うがまったく落ちない。

その後も思いつく方法で落とそうと試みるがうんともすんとも掠れる様子すらない。


「えー……ほんとなにこれ……」


まぁ痛くも痒くもないし、ただ気分的に意味不明で気持ち悪いだけ。

明日にでもお医者様に相談してみよう、と切り替え早々に夕食を食べ昨日に引き続き読書からの寝落ちという名の眠りについた。

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