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All is well that ends well.  作者: ライカ
第二章 研究棟の三賢者
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第7話 歓迎会にて(中編)

 夜の学食は多くの人で賑わっていた。どことなく男子学生の眼鏡率が高いのは、数学科だからだと考えてしまうのは偏見が過ぎるだろうか。


 数学科の新入生歓迎会が始まって、すでに三十分ほどが経過していた。乾杯してからしばらくの間こそ、皆どこかぎこちないところがあったのだが、この頃になるといい感じに酒もまわってきたようで、だんだんと会話が弾んできている。


 ふと顔を上げて周りを確認すると、各々が最初の席から移動をし始めており、会場のあちこちで小グループが形成されているようであった。


 ちなみに、神崎はかなり早い段階から女子学生も含めたグループで実に楽しそうにしており、体力バカの真壁は先輩方(男子)のグループで楽しそうに飲み比べをしている。絶対にあのグループには加わるまい。


 私は当初、他の参加者(主に女子学生)と小粋なトークを弾ませる――という理想を掲げる一方で、結局は神崎のリア充ぶりを羨みつつ、真壁のグループに巻き込まれ泥酔――となるのだろうという半ば諦めのような覚悟も持ち合わせていた。最悪の場合を想定しておくことこそ肝要である。


 しかしながら、私の現状は最悪の状況からは大きく外れ、かなり理想に近い状態となっていた。




「すごい! 望月君って、お酒強いね!」


 そう言って、隣の席で私の数少ない取柄をほめてくれたのは、同じ一回生の北条さんである。亜麻色の髪に笑顔が素敵な美人であり、私と会話してくれているということからも性格がいいということは推して知るべしである。


「そうかな……。実は、もう結構酔っぱらっちゃってるんだけど」


 私は、今までの人生における最高に凛々しい顔で答えた。


 なお、当然全く酔っていない。今日は冷静でいるために酒の量を抑えると決めていた。すでに数杯飲んではいたが、いずれも度数の低いチューハイであり、この程度では私は酔わないということを経験から学んでいる。先日読んだ雑誌において「異性の心を掴むためには、ちょっと弱みを見せると効果的!」と書いてあった。知識は活用してこそ意味がある。


「実は……あまり酒には強くなくて……」


「そうなの? でも、アメフト部の新歓でもすっごく飲んでたって聞いたけど」


「噂には尾ひれ背びれがつくものだからね。私がたまたまお酒に強い先輩たちと飲んでいるところを見た人が、いろいろと話を盛っただけじゃないかな」


「そっかー。じゃあ、もしかして無理やり飲ませちゃってたかな? 望月君がお酒強いって聞いてたから、一緒に飲むの楽しみにしてたんだけど……」


「あれ……、なんだか、まだまだ飲めそうな気がしてきたな」


 私は凛々しい顔を保ちつつ全力で前言撤回した。先日読んだ雑誌において「会話では空気を読みましょう!」と書いてあった。会話は相手に合わせることこそ肝要である。先に話した内容との矛盾? そんなもん知らん。


 こんな感じのやりとりを先ほどから北条さんとしているが、残念ながら二人きりというわけではない。そんなに世の中甘くない。


 北条さんの座る席の近くには、私以外にも数名の男子学生が座っており、その全員から「なんとかして北条さんとお近づきになりたい」という執念じみたオーラが溢れている。当然、私もその一人である。


 これら冴えない男子学生からの何重にもオブラートに包まれたわかりにくいアプローチに、北条さんは実に丁寧に対応し、また返す会話で場を盛り上げていた。だが、会話は盛り上がるが恋の予感は全く感じないため、私を含め、冴えない男子学生の皆が焦りを感じ始めていた。


 その後、私はなんとかして周囲の男子学生から一歩抜きんでようと有効な一手を模索したが上手くいかず、トイレに行きたくなったことにより一時的に撤退せざるを得なくなった。


 トイレは学食を出てしばらく歩いたところにある。用を済ませ、直ぐにでも自分の席に戻ろうと急いで学食の入り口まで戻ったところで、私の座っていた席に別の男子学生が座っているのを見た。やはり世の中は厳しい。隙を見せた者から蹴落とされるのである。


 自らの行動の軽率さを後悔するとともに、如何にしてあの不埒者から席を奪い返すべきかを思案していたところに、神崎と真壁の二人がやってきた。


「そんなとこ突っ立って何してんの。てか、今日はおとなしくね? ちゃんと飲んでるか?」


「あえてセーブしている。今日は酒に飲まれる訳にはいかんのだ」


 焦る気持ちを抑えつつ、赤ら顔の真壁の質問に答える。


「で、上手くいってるのか?」


 そう聞いてきたのは神崎である。


「なかなか順調だったのだが、油断した……。席を奪われてしまった……」


「どのグループにいたんだ?」


「あそこだ、北条さんのいるグループだ。会話も弾み、なかなかいい感じになっていたのだが……」


 私の言葉を聞いた神崎は「なるほど」とつぶやいた。


「そりゃ、北条さんだからだぞ。あの子、会話回すのが上手いから。天気とかの無難な話題からでも話広げてくれるくらいだぞ」


「いやいや、確かに彼女は話すのが上手いかもしれないが、私も結構頑張っていたと思う。女子と笑顔で会話できたのなんて物心ついてからは初めてかもしれん」


「そんな悲しいカミングアウトは聞きたくなかったんだけど……」


 神崎が引いていた。そんなに悲しいことを言ったのか、私は。


「じゃあ望月、行くとこ無いなら俺んとこ来いよ! 先輩たちも、お前と飲み比べしたいって言ってるぜ!」


「絶対に嫌だ……」


 よく見ると、学食の奥で真壁のいたグループの先輩方がジョッキ片手に熱い視線をこちらに送ってきている……。嫌だぁ……。


「なら、別のグループに行くのはどうだ? あそことか女子多いぞ」


 神崎が示した先では、学食の中央付近で楽しそうに会話をしているグループがある。しかし、北条さんとの会話で成長の兆しを掴みかけていた私だったが、やはりいきなり会話に入っていくとなると緊張する。


 躊躇していると、肩をたたかれた。振り返ると、真壁が笑顔で学食の奥を指さしている。絶対に嫌だ……。


 私は、大学生活をより良いものに……いや、完璧なものにしたい。そのためには、これまでと同じ自分ではだめなのだ。変わらねばならないのだ。


 深呼吸とともに決心を固め、私は颯爽と一歩を踏み出した。




 この後、目的のグループに入れたものの、私が得たのは「天気の話題では会話は盛り上がらない」という事実だけであった。ちなみに、私が数学科の女子学生たちから「天気予報士」という不名誉なあだ名をつけられたと知るのは、もう少し後の話である。


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