第6話 学食にて
大学生活も1週間ほどが経過し、だんだんと新生活にも慣れ始めてきた。
ちなみにこの期間、私は憧れのキャンパスライフを手中に収めるべく、あらゆる努力を行った。講義では最前列を確保することで講師の説明に集中する環境を整え、講義の合間などの空き時間には交友の輪(できるだけ女子学生)を広げようと積極的にコミュニケーションを図り、夜は講義の予習・復習やランニングなど自己研鑽をするための計画を立てた。
だが、現実は厳しい。幾何学の講義では基礎中の基礎であるε-δ(イプシロン・デルタ)論法が理解できずに頭を痛め、広がった交友関係は神崎を含めたむさくるしい男子学生達だけであり、夜は「帰るのがだるくなった」と私の家に上がり込んできた神崎と日々酒盛りをすることになった。なぜこうなった。
憧れのキャンパスライフを邪魔せんとする何者かの意思を私が感じ始めたある日、1限目に同じ講義に出席していた神崎と私は、次の講義までお互いに時間があったので、食堂で早めの昼食をとることにした。
私はタヌキうどん、ほうれん草のおひたし、そしてレンコンの天ぷらを注文した。
「そんなので足りるのか? ダイエット中か?」
カツカレーの大盛りに、サラダバーを山盛り、そして大学イモまで注文した神崎が、私のトレーを見ながら怪訝な表情をしている。
「ダイエット中ではない。お前のような体育会系の食べる量と、私のような一般人を同じにするな。それに、これが一番バランスのとれた食事なのだ。見ろ!」
「なにこれ?」
「レシートだ」
「いや、それは見ればわかるけど、レシートを見せられて俺はどうしたらいいんだ?」
「下の所に点数が書いてあるだろ? 栄養バランスの評価の点数だ。注文した食事の三大栄養素の摂取カロリーの量を評価したものだ。私が注文したメニューだと、この点数がちょうど理想の値と同じになる。完璧だと思わないか?」
自信満々に説明したのだが、神崎はなぜか呆れ顔である。説明が足りなかったか?
「お前のレシートを見てみろ。明らかに炭水化物の過剰摂取だ。運動する習慣があるならそれでもいいだろうが、私がその食事を続けたならデブ一直線だな」
「いや、これまで君がやたらとメニューを選ぶのに時間をかけていた理由がわかったよ。点数の計算していたのか」
「正確には、合計金額が五百円以下かつ、点数がちょうどになる組み合わせを探していた。タヌキうどん、おひたし、レンコンんの天ぷらによって、それは完成した。神崎も真似していいぞ」
「しない。……君、今後、ずっとそのメニューばっかり食べるつもりか?」
「まさか」
「さすがにそれはしないのか」
「タヌキうどんは春までの限定メニューらしい。夏場になると、また違った組み合わせを見つけないといけない」
「じゃあ、夏場までは?」
「とりあえず、この組み合わせだな。健康づくりは食事からと言うだろう」
神崎はカツカレーを食べる手を止め、ため息をついた。
「むしろ不健康だと思うけどな」
食事を終え、神崎と益体のない雑談をしていると、見知らぬ男子学生が神崎に話しかけてきた。神崎はその男子学生と見知った関係のようで、気安いあいさつを交わしている。
二人の会話を、少しの間ふむふむと分かったような感じで頷きながら聞いていた私であったが、次第に何やら気まずい気分になってきた。私は「では、失礼」と席を立つ。
「ちょっと待ってくれ」
神崎の友人に呼びとめらる。何かと思って振り向くと、彼は珍しいものを見るような目を私に向けていた。
「君、確かアメフト部の新歓コンパに来ていたよな」
「確かに参加していたが……。あの日はあまりにも酒を飲みすぎたので、記憶が定かではないのだ。もし、君とどこかの席で酒を酌み交わしていたとしたら、覚えておらず申し訳ない」
「いやいや、そうじゃない。君がアメフト部を中心とした先輩方との飲み比べに、次々と勝利を重ねていく光景を、俺が一方的に見ていただけだ」
「なるほど」
そういえば、以前に他の誰かにも同じようなことを言われたような気がする。まぁ、どうせ神崎だろうが。
「そういえば噂になっていたな。アメフト部の鈴木、野球部の木村、柔道部の村上、レスリング部の上原の体育会四天王に飲み比べで勝利し、あの汐月先輩に一目置かれた新入生がいるって。あれ、お前だったのか。すごいじゃないか」
そう言うと、神崎はささやかな拍手をする。
「ちょっと登場人物が多すぎて意味が分からん。それに、酒が強くても別にいいことはない」
酒が強くても本当にいいことはない。簡単に酔えないから酒代は増えるし、誰かと飲みに行っても、先に泥酔した同行者の介抱役をすることになる。先日、焼鳥屋に神崎を含めた友人たちと飲みに行ったときも、酔っぱらった阿呆どもの行動にキレた店員からの説教を受けたのは私である。私も頭が狂ったような振りをしておくべきであった。
「いやいや、そうとも限らないぜ。……さて、そろそろいい時間だ」
神崎はそう言うと立ち上がる。確かに、次の講義の時間が迫っていた。せめて、今日の講義の内容を完璧に理解し、ずいぶんと距離が離れてしまった憧れのキャンパスライフに一歩でも近づかなくては。




