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All is well that ends well.  作者: ライカ
第一章 桜の下のバッカス
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第5話 桜の下のバッカス

 しばらく横になっていると、ふと強い風が吹いた。


 その強い風が桜の花びらを散らし、散った花びらが私の顔にも降ってくる。視界が桜色に染まり、これはいかんと身を起こし、顔を拭った。そうして開けた視界の先に、女神がいた。いや、女神と見紛うような女性がいた。


 彼女の周りを舞い散る桜の花びらは、まるで天女が纏う羽衣のようであり、私は美しい絵画を見ているような気分になった。彼女が手にしている一升瓶ですら、何かの芸術的作品なのではないかと思えるほどに、桜吹雪の中の姿は絵になっていた。


 その女性はあたりをきょろきょろと見回していた。探し物でもしているのだろうか。その様子を、私も何気なく見ていると、彼女と目が合った。


 酒に酔っているのだろう、頬を朱に染めた彼女は満面の笑みを浮かべると、思いのほか確かな足取りで、こちらへやってきて私の隣に座った。


「ずいぶんと飲んでいたようだけれど、まだ生きているとは恐れ入ったわ」


「なんとかくたばらずにすみました。それにしても、私がずいぶんと飲んでいたことを知っておられるのですね」


 近くで見ると、この女子学生はますます美人であった。普段の私であれば緊張してしどろもどろになっていただろうが、酒に酔っていたこともあり、すんなりと答えることができた。


「不思議なことを言うわね。アメフト部の先輩たちと大きな声で騒いでいたじゃない。あなたたち、ずいぶんと目立っていたわよ」


 少し呆れたように言いながら、女子学生は手に持っていた一升瓶の中身をグラスに注ぎ、渡してくる。


「まだ、飲めるのでしょう? 私もまだ飲み足りないのだけれど、相手が見つからなくて困っていたの。ダメかしら?」


「もちろん、まだまだ飲めますとも!」


 美人の酒を断ることなどできようか。いやできない。酒に強い体に産んでくれた両親に感謝をしながら私は酒を受け取った。


 女子学生は、もう一つグラスに酒を注いだ。そして、グラスを持ち上げる。


「新しい大学生活に」


 女子学生の意を察し、私もグラスを持ち上げて答える。


「新しい大学生活に!」


「「乾杯」」


 軽くグラスを打ち合わせた後、気分が高鳴っていた私は、手にしていた酒を一気に飲み干した。その様子を見た女子学生は「すばらしい」と手を叩いて喜んだ。


 そうしてさらに気分がよくなった私は、どんどんと酒を飲み続けた。




 目を覚ますと、家の玄関で倒れていた。


 一瞬、状況が分からずパニックになる。身を起こそうとしたところで激しい頭痛が私へ襲い掛かり、再び玄関へと倒れこむ。頭の痛みと、私の服から漂ってくるどこか酸っぱい匂いで、昨晩の新歓コンパで阿呆のように酒を飲んだことを思い出した。


 おそらく、前後不覚になるほど酔っぱらいながらも、なんとか下宿の玄関までたどり着いたのだろう。家の外で力尽きなかったのは不幸中の幸いである。


 電池が切れかけている携帯電話で時間を確認すると、一限目の授業の開始時間が迫っていた。あわててシャワーを浴び、着替えを済ませて家から飛び出た。


 下宿先から大学が近いこともあり、なんとか授業の開始時間に間に合った。講義室には多くの生徒がすでに着席しており、空いている席を探すのには難儀した。授業開始の直前になって、最前列の端に空席を見つけて着席した。


 そういえば、神崎は来ているのだろうか。あいつもこの授業を履修していたはずである。メールの一つでも送ろうかと携帯電話を取り出したが、電源が落ちてしまって動かない。昨日からまったく充電していなかったのだから、仕方がないであろう。


 私が大学に入学してからの記念すべき最初の授業は、講師を務めていた准教授には申し訳ないが、非常に退屈なものであった。その事実を裏付けるように、すでに過半数の学生が眠りの世界へと旅立っている。


 基礎教養であるために受講者が多く、どうしても講義形式での授業にならざるを得ないのは理解できるが、最前列の学生までを眠りへ導いてしまうのはどうかと言える。


 安くない学費を支払っている以上、私は眠らないためにあらゆる努力を行った。しかし、最終的には睡魔に負ける結果となってしまった。無念である。


 授業の終了を告げるチャイムが鳴り、特に延長をすることなく授業が終わる。あっという間に大量の学生が次々に講義室から出ていく様子は、さしずめ避難訓練のようである。


「ちゃんと授業に来ていたのか。驚いた」


 荷物を鞄にしまう手を止め、声のする方を振り向くと、神崎が立っていた。どうやら、こいつも授業には出席していたようである。


「それは、こちらのセリフだ。どうせサボっているものだと思っていたからな」


「人聞きの悪いことを言うな。まぁ、授業中はずっと寝ていたから間違いでもないが」


 二日酔いによる頭痛と気分の悪さでくたびれた私に対し、神崎は実に健康的な様子であった。


「そういえば、昨日はさっさと帰っていたな。この薄情者が」


「悪いね。でも、君もずいぶんと楽しんでいただろう?」


「私には、神崎のほうが楽しそうだったと思うぞ。あの女子とはどうなったのだ?」


「見ていたのか。……秘密だ」


 神崎は憎たらしくにやりと笑う。神よ、彼にそこはかとない不幸を与えたまえ。


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