Awake
…どうしてこんなことになってしまったのだろう
私の目の前は、悲惨な状況だ。
誰一人として、まともに動ける人物はいない。
倒れている人数は4人…うち3人は黒いコートを纏っていた。
それは…私を含まない。
「…大丈夫…毎回こうだから……」
私の目の前で、男の子声がした。
年齢は私と同じか、少し上。髪は短く、それでいて癖があった。
「…何度やっても……こうなるから…」
彼の着る白いパーカーが、私に何かを訴えかけるように靡く―――
まるで…私を知っているかのように。
「多分…これから先も……同じなんだ………」
それは、この惨劇から十分前という、とても短い時間で起きた。
「…化け物ってあんた…何言ってんだ?」
いきなり現れた男の問いに、A君が疑問符を浮かべる。
男が日本の人でないのは、見れば明らかにわかった。後ろにいる人物のうち、一番身長の低い少年が…多分日本の人であるとは思うのだが…自信は無い。
「見てのとおり、ここには人間しかいねーよ。化け物退治なら、専用のプログラム化なんかで勝手にやってくれ。喧嘩吹っかけられると、こっちが迷惑だ」
勢いよく話す。
そんな事にはお構いなしと言うような顔をして、男がため息を一つついた。
「いいか、俺が言ってるのは見た目が完璧に化物である奴のことを
言ってるんじゃねぇ。その中身だよ、な・か・み」
「だぁら、お前は何を言ってるんだって。ここには俺より強い奴は
いないし、いたとしてもそれは特殊機動隊の奴らだろ」
「……お前じゃあなさそうだ。よし、それじゃあ聞くが…この中で
黒いコートを纏ったことある奴……いるだろ…」
A君の話を無視して、男の目が私たちを睨む……
ばれた……私の存在が…でもなぜ……こんなにも早く、しかも的確な…
「…へっ、知ってるぜ…この中にいる男のうち、誰かはそのコートを
着た事があるに違いねぇって事をな」
お、男!よかった助かった。私ではないみたいだ…思わず安堵が漏れる。
「だから何だってんだよ、黒いコートならそこらじゅうで見かけるだろうよ」
A君も必死の反発をする。
「確かに周りにも黒いコートの奴らはうようよいやがる、だが残念ながら
この中にいるんだ」
男も負けじと声を張り上げた。
「すでに二人に絞れているんだからな…明らかに強い力を感じるんだよ…」
私が、B君、C君を交互に見る
二人とも、血相一つ変えずに、ただその話を聞いていた。
「…はぁ。こんな事やりたくねぇんだけど…仕方ねえか」
男と私の目が合う。
その殺気立った視線に、心臓が飛び出るかと思った。
「…お前じゃあねえよな」
男が私に話しかける。その問いに、大きく頷いた。
もちろん嘘である。
たとえ嘘であっても、それはばれなければ真実になるのだから…
「…まぁ、良いか」
その一言と共に、私の腹部に強烈な激痛が走った。
一瞬、視界が揺らぐ。
「―――っぁぐ」
声にならない声…
男の大きな拳が、私の腹部、ちょうど鳩尾の辺りに鋭く当たっていた。
15メートル近くある距離を、一瞬で。
「…本当にお前じゃねぇんだな。例えゲームでも、痛みは現実と大差ないぞ」
腹部から手を引きながら男は私に聞くが、その問いに答えることは出来
なかった。その前に、嗚咽でかき消されてしまう。
「…っは」
口から、飛沫のように血が飛んだ。
「水鶏!」
A君が叫ぶ。それに続くように、彼女が悲鳴を上げた。
「てぇええんめぇえぇぇ!」
A君が手に持った剣を男に振りかざした。一歩半しかないその距離で、
力いっぱい剣を振る。
「…かっかすんなって。この羊の中に隠れてやがる狼が悪い」
男の声は、遠くから聞こえた。私の場所から遠く離れた、元に位置に
戻っている。
またしても見えなかった。と言うより、風すら感じなかった気がする。
朦朧とする視界が、かろうじてその男を捕らえた。
「お前ぇ!来い!先に俺と戦いやがれ!」
「待った。その勝負、わいが受けたる」
後ろにいた少年が、二人の間に割り込んだ。
「お前は邪魔すんな!こいつをぶっ飛ばす」
何時に無く、A君が感情的になっているように思える。私の事を
気に掛けてくれるのは嬉しいが……戦ってほしくは無い…負けてしまう…
「ざぁんねん…そいつは他に用がある。だから、邪魔をしないようにエリア
4404の荒廃地に行こか」
少年が挑発的に言った。
「んにゃろー…やってやろうじゃねぇかぁ!」
…簡単に挑発に乗ってしまったA君が悲しい……
そして二人は、風のように去っていた。
「…後の二人はどうするの?」
女性の声だ…どこか落ち着いているが、それでいて冷酷さが感じられる。
「特に用は無い…そこの男はもう武器を出してるからな…服装もちげぇ」
「そ。なら…」
女性が一歩、足を出した。見えたのは、その一瞬だけだ。
「さようなら」
声は、ただ立ち尽くすB君と、その横の彼女の後ろから聞こえてきた。
パンと乾いた音がした。
直後、B君と彼女は、数字の羅列に包まれ、消えていった。
女性が黒いフードを身に纏い、手に白銀の小銃を持って立っている。
薬莢が音を立てて地面につく。
そこで初めて、私は現状を理解した。打たれたのだ…
「…ふぅ、全くあっけないわね。避けるとか抑えるとかすれば良いのに」
「無理だレイナ、早すぎる」
奥で一人、本を読んでいる青年が声を発した。女性はレイナ…という名前か…
「うっさいわね。どーせハルには適わないですよーだ」
レイナが頬を膨らませて、青年を一瞥する。
「さて、本題に入ろう」
男がC君を睨む。
「残ったのはお前だけだ。あっさりとした消去法だったろ」
男が笑顔を見せる。それに対してC君は俯いたままだ。
「女が一人しかいなかったからな、どうやって削ろうか…正直悩んだぜ」
笑いながら、男がC君に近づいていく。
…ってちょっと待て!私は男の子じゃ……そんなに女の子に見えないかな…
「さてと、んじゃあ用件を伝えるな」
俯いたままのC君に、男が声をかけた。
「…半端な奴は消えろ」
声色を変え、その服装までもが変わっていた。そう、黒いコートである。
手には大きな剣。男の身長であっても、その剣は男の体の半分以上の長さ
をしており、その刀身の幅は、赤ちゃんが丸々納まる広さだった。
男が剣を振り上げ、真下に降ろした。
音を立て、空を切る。
「…流石に、いい反応だ。殺りがいがありやがる」
C君の姿は、私の隣だ。
お腹を押さえて倒れこんでいる私のすぐ横、そこでしゃがんでいた。
「…ごめん水鶏……俺のせいで……」
そして、その姿もまた黒いコートだった。目を疑う。
そして知った。
あの強さは…私だけのものではないのだと……
「…あんたら…何者だ」
A君が目の前の少年に聞く。
「何者って聞かれてもなぁ。わいらも実際問題、何者かはようわからん」
真っ黒なコートを身に纏っている五也と対峙するA君が、手に持った剣を
強く握り直す。
ここは『戦闘世界』でもかなり人目の無い、と言うより人が来ることなど
皆無に等しい荒地だった。
「見たところ、あんさんはちっとばかし強そうなんでな、こっちに移動し
てもろうたや。邪魔やかんな」
「うっせぇ。ごたごた言ってねぇで、さっさと始めんぞ」
「はいはい。おー怖っ」
からかうように、五也が言う。そして、彼の手に長い槍が現れた。
先端は、まるで中国の武将達が使っていた奉天過激や絶鬼魂塊のように、
複雑な刃の付き方をしていた。
「しっかし、野次馬がいないと、こうも静かなんやな」
五也が周りをグルッと見回す。
ちょうど後ろを向いたとき、A君が飛び出した。
それに気づき、五也も後ろに少し間合いを取る。同時に、A君が止まった。
「なんや、そんな猪口才な手使ってくるんかいな…」
「…うっさい。俺はさっさとあっちに戻って、さっきの男をぶっ倒してやる
んだ。この際手段は選んでられるか!」
五也が仏頂面で耳を塞ぐ。
「うっさいわアホ!そんな叫ばんでも、よう聞こえるわ!」
言い返す。
「…わぁたよ。普通にやる」
「……そいで、そのことなんやけどな…」
五也の声が小さくなる。
「なんだよ」
「先に言っとくわ、スマン」
「…………は?」
唐突におきたその事態に、A君が混乱する。
「…なんだよ、突然改まって」
「いやぁ…なんや、向こうで馬鹿でかいのが始まるみたいなんよ」
「馬鹿でかい?戦闘か?」
「ま、そういうこっちゃ」
手に持った槍をぶんぶんと回しながら、五也が笑う。
「せやから、始っから全開でいかせてもらうで。面倒やけどな、
疲れるから」
「…槍が2本とか3本になるとかか?」
A君が聞くと、五也は感心したような顔をする。
「おぉ、なんや、わかったんかいな」
「昔同じ事といってる奴いたからな。因みにあいつは3本までは軽く
使ってた。本気で6本使われたときもあったな」
過去を振り返りながら、A君が再び五也を睨む。
「あぁ、それなら問題ないで」
笑顔から出されたその言葉は、A君の後ろから聞こえた。
「後ろにいられても、俺は大丈夫なんだよ!」
飛んできた3本の槍を、振り向きざまの遠心力の掛かった剣で弾く。
「…大丈夫……ではなさそうやな」
「なに…っく!」
背中に痛みを感じた。
見ると、弾いたはずの槍が1本、腰の辺りに深く刺さっている。
血がにじみ始めた。
「すまんな…12本や」
そして彼もまた、数字の羅列に包まれて、消えていった