confuse
「ただいまー」
おお、やっとの思いで帰ってきた!我が家よ!
と、誰もいない家にさびしく声を掛けるわけであり、寮なわけだが……
それでも家であることには変わりない。
オブホワイトとグレーで統一された、家具の少ないこの部屋は、約六畳の
部屋が一つと、小さなキッチン、洗面所ぐらいしかない。
可愛らしい人形もない、女の子らしい服もない、なんなんだこの部屋は?
とよく言われるのだが……それが重要か、いまいちよくわからない。
ベッドに倒れこみ、天井を仰ぐ
手に持ったカードを掲げ、文字を眺める。
「…ロロ…」
先刻、初めてにもかかわらず、大会出場者三人を一撃で倒した。
それはもちろん自分なのであるが…そんな感覚になれない。
別の自分が、それこそ自分ではない別の人が…私の代わりに戦った…
そんな感覚。
「…お目覚め下さい…我が主人……」
そして、この言葉。不意に聞こえた……その直後、“ロロ”に関する
全ての情報が頭に流れ込んできた。
いや、実際は全てではないのかもしれない。しかし、少なくともあの
状況をどう回避するかは、一瞬で思いついた。
理由は良く分からないが(ミスプリの影響であるとは思うが…)
私のもつこのカードは、力を秘めているのかもしれない…
と、いろいろと考えうる可能性を展開させてみたが…
「さすがに、SF小説の影響がありすぎるか……」
そう考えるのが一般的だ。というより常であろう。
特技も何もない、ましてや剣なんてはじめて持った私が、大会出場レベ
ルの三人を、初めてのゲームで、一撃で倒すことなんて不可能だ。
「…………ばかばかしい」
カードを机の引き出しの奥にしまう。どうせ私はこのカードに一銭も
使っていない。惜しくはない。
と、ドア横にある簡易メモポスト(本当は別の言い方があったけど、
こう呼んでからは忘れた…)に、何か入っていた。
「……」
まぁ、見ないわけにはいかないかな…と思って、ポストの中身を見る。
入っていたのは、届け物の案内。何か届け物があると、一旦下の事
務室に預けられて、そこから部屋に電話が入る。不在のときは、メモ
が入るのだ。まぁ私の場合、普段から届け物などないのだが…
「…またなんか……いやな予感がする」
というのも無理はない。
一度、男子の悪戯で、爬虫類の入った小包が届いたことがあった。
普段は暗く見られる私だが…実際、普通の女の子とは大差ない。
大絶叫だった。
普段から話すことすらしない私だ、誰も私の声だとは気づかないだろ
う…仕掛けた本人達以外は……
「取りに行かないわけには、行かないんだよな〜…」
仕方ない、行くか。
半信半疑で行けば、何が入っていても……た、多分大丈夫…
私はエレベーターに乗り込み、一階の事務室に向かった。
入り口付近にある事務室までの道のりが、なんとなく不気味に感じた。
真っ白、若干灰色がかった不規則な線が、その部屋を覆う。
ここは、データで作られた世界の、ほんの一部の小さな部屋。
そこにいる人間は、全部で十一人だ。
中央にスーツ姿の男性。そして、彼を中心に、十人が円形に並んでいた。
等間隔の光の柱に、それぞれの人間が立つ。
中央の人間を除いて、残りの人間は黒いコートを纏っている。皆、頭に
フードを被っているため、その表情は読み取れない。
規則的な機械音と、時たま聞こえる雑音。それ以外の音は無い。
不意に、中央の人間が口を開いた。
「さて、集まったみたいだね。始めよう。まず、ここに呼んだ理由から
だが……実は、十一人目が見つかった」
よく通る声だった。
周囲に居る者は、その視線を中央の男に向ける。
「…半端だな…それに急だ」
黒いコートの人間の内の一人が、声を発した。低く、それでいて風格のあ
る声だった。体格は比較的大きめで、身長は一番高いであろう。
「…まぁ、無理も無い。今さっき反応が生まれたからな……急いで手配さ
せた。戦力は一人でも多い方がいいからな」
腕組をし、鋭い目線を送る。
「しかし…」
先ほどのコートの男が言った。
「この人数にもう一人加えるとなると、集合場所を変えないとならないな」
皮肉のように言う。
「ならば、お前が行って始末してくればいい」
別の男が言う。比較的高めの声を持ち、その体格もスポーツタイプで、
凛とした雰囲気を醸し出していた。
「可能だよな、マスター」
どうやら、中央の人間はマスターといわれているらしい。
「ああ、もちろんだ。すでに“エントラ”も送ってある。ただ、もう一度
参加すればの話しだがな…」
小さな静寂が、その場を支配する。
「男か、女か?…」
低い声の男が言う。
「いいじゃない、性別なんて。私達には、そんなの関係ないはずよ。
それとも、女性には手が出せないの?」
言ったのは、女性だった。それも、二十代の半ばほどであろう。どう
やらここには、年齢・性別は関係ないようだった。
「図に乗るな『3』(スリー)、女であっても容赦はしない」
「ならいいけど…」
低い声の男は、マスターに向かって言う。
「俺に始末させろ。いまさら来る奴なんてそんなに当てにならん」
「…いいでしょう。まずは相手をしてみてください。『5』(ファイブ)の名はダテ
ではないことを見せてもらいましょうか」
マスターが言った。それぞれの人間は、ローマ数字で呼ばれるらしい。
「…それで、そいつの番号は?」
「……推定ではそのまま、『11』(イレブン)と推定されている」
「…そうか」
「では次回、またこちらから知らせます。解散」
その言葉と同時に、部屋が暗くなる。マスターのいる位置以外は、光
が消えた。
「おお、岼ちゃんか、小包来てるよ」
事務室のおじさんだ。彼とはとても仲がいい。
実は、この学校に入学してから始めて話したのが、このおじさんだ。
私から話したわけではないが……まぁ、今現在仲がいいのだから、そ
の点は問題ないだろう。
「ありがとうございます」
とりあえず受け取っておこう。きっと送り主はいないんだし……
「はい、これだな。ええと、送り主は……」
なんと!想定外の出来事が起こった!送り主がいるのだ!
「…え、あ、あの。誰ですか?誰から来たんですか?!」
小さな動揺を隠せず、早口になってしまった。
「ああ、ええと……うぉ………わー……ん〜、読めんな」
…まぁ、後で自分で確認すればいいか。
「あ、じゃあもらっていきますね」
そういって、少し緊張気味に小包をもらって、自分の部屋に帰ることに
した。
「World create technology……かな」
送り主の欄には、確かにそう書かれていた。“世界を作り上げる技術”
なんともまぁ、怪しい……
まさかとは思うが、またあの男子達が手の込んだ悪戯を仕掛けてきた
のではないかと、変に疑い深くなってしまう。
小包自体は小さく、それでいて軽い。
さて、エレベーターが私の部屋のある階に着く。
まだ夕暮れになったばかりの時間帯にも関わらず、その階は静か過ぎる。
部屋までの十数メートルが、いやに長く感じた。
部屋のドアを開けようとしたその瞬間、普段ならば…いや必ずと言って
もいいほどにあってはならないものが、私の目に飛び込んできた。
ちょうど右隣の部屋、先ほど私と一緒に意味深なゲームに参加して、奇
妙な思い出と共に、トラウマを植えつけられた友人のいる部屋だ。
そこにあったものは、普段の私ならば絶対に気にしないものであった。
他人の部屋など興味がないのだが…今の私には、それを指摘せずには
いられなかった。
<ピンポーン>
明るいインターホンが鳴った。
数秒の沈黙の後に、はーいという聞きなれた声が返ってくる。
ドタバタという音がして、慌てたようにしてその友人は出てきた。
開いたドアの隙間は狭く、中が見えるか見えないか…そんな具合だった。
「はいはーい…ありゃ、ゆりちーじゃん……なんだ、びっくりした…」
…そうそう、この子は私のことをそう呼ぶんだった…ちょっと恥ずかし
い呼び名だ。でも、このあだ名を替えるよう頼む勇気が、私にはない。
「ど、どしたの?」
多分、彼女なりに驚いているんだと思う。
私をまじまじと見て、瞬きさえもストップしていた。
私が他人の部屋を訪ねるなんて、きっと……………絶対に初めてだから。
「…………」
私は無言で、ドアの前に会ったものを指差す。
男子の靴だ。
ここは女子寮。言わずもがな、男子禁制。私も一人の女の子として、男
子が入ることには抵抗があるのだ。嘘ではない。
「……あ」
口を大きく開け、その場で顔面蒼白状態。
「これ、片付けといた方がいいと思うけど…何やってんの?」
私は小さな隙間から部屋の中を覗こうと、首を伸ばしてみたが…
「な、なな、何もやってないし!誰も居ないし!」
彼女の方から墓穴を掘った。
「それは居るって言ってるようなもんだよ…男子は入れちゃダメ」
まぁ、この忠告で聞く子ではない。直接部屋の中に入るしかないのだ。
「……さっきの……」
っと、想定外…しっかりと返答があったぞ。
「…へ?」
さっきの…では何がなんだか分からない。この子の言うさっきはいつ
だ?買い物中?ゲーム中?後?とりあえず話を聞くより他なかった。
「…“白日夢”……悔しくて……それで…」
一瞬、その言葉が意味するものが、よく分からなかった。
しかし、それはすぐに確信へと変わる。
例のゲームだ。
「…始まって…三分ぐらいで終わっちゃって……悔しかったから、
知り合いの男子に電話して、特訓してもらおうと思ってたの…」
…楽しかったのか?そんなにあのゲームが楽しかったのか?
私はもうやらないぞ。カードはさっきしまった、と言うより封印
した。
「…ねぇ、ゆりちーは勝ったんでしょ!あの人たちに勝ったんで
しょ!なら、一緒にやって!この……男子が入っちゃったことを
知っちゃったから……」
目面しいことはするものじゃない。
今日、今この瞬間に、私が新しく生み出した教訓だ。
それより、子の序が言った言葉の後半は脅迫交じりのような気が
するのは、気のせいだろうか…?
「お願い!」
私はこの言葉には弱い…頼まれると断れないタイプだ。
「…仕方ない…一回だけだよ。僕はもう興味ないから」
「ホント!?ありがと〜」
…これで本当に最後にしよう。
「じゃあ、部屋行ってカード取ってくるから、待ってて。靴は
ちゃんと隠しといた方がいいよ」
それだけ言って、部屋に戻った。
カードを出す。
一度はミスプリと思ったカードも、ちゃんと使える。
そういえば、未だ小包を開けてなかった。何が入っているんだろう?
手に持った小包を一旦机に置き、カードをその横に置いた。
がさがさと乱雑に紙袋を破き、中から出てきた真っ白な箱を開ける。