6:ヒブリド古参のハーフオーク:モーガンの一日。
ヒブリド生活も大体三ヶ月。オレは給金で生まれて初めて交易金貨をもらった。
正直使いどころが微妙っちゃ微妙だ。昔だったら狂喜乱舞で
何も考えず時間の許す限り娼館でお楽しみまくりんぐッヒッヒなんだが、
非常に残念なことにヒブリドにそんなものはない。酒飲みから馬の合う
エルヒスの兄ぃと共に激しく切実に声高に進言しまくりたいが、
このヒブリドにはビッグボス・ザ・ルーラーであらせられるソウタ様でも
どういうわけか逆らえない精神ひえらるきーとやらがクッソ強いとかいう
オレからすれば戦闘力からして全く以って雲上なお嬢様、お姉様たちがいるのだ。
ボスが逆らえない相手に逆らうなんて…とてもじゃないが自殺行為だ。
「あー……親分が何処かから娼婦とかサキュバスとか…
そういう系のお仕事しまくってるお姫様連れてきてくれんゴブかねぇ…」
「…そればっかりはオーク神様次第だろうな…まぁオルクス様は
どっちかっていうと聖なる神々に敵対する永劫の使徒の大暗黒神だから
激烈熱烈な大神罰喰らいそうだけど」
「……世知辛いゴブねぇ」
「兄ぃ、展望が結構贅沢だよな」
「逆に奴隷だったおまいがオークの血筋らしからぬ謙虚さに驚きゴブ」
「ボスを前にして謙虚じゃないとかバカアホマヌケのコンコンチキだろ」
「違ぇねぇゴブ」
今日はもうやる事が無いので、最近試験的に始まった酒場で
オレとエルヒスは兄ぃ曰く「市場価格ではボッタクリってレベルじゃない」値段の
一杯交易金貨(以下:交金貨)3枚のヒブリド葡萄酒を酌み交わしている。
この一杯はスーリャちゃんを初めとしたエルフのお嬢様たちの汗の結晶だ。
個人的には彼女らの素敵汗が染みこんでると思うので金貨3枚でも破格だと思う。
あの足で潰した葡萄で作るのだ。神の雫と思って浴びるように飲みたい。
まぁ、折角の金貨が溶けるように消えると思うと若干は躊躇しないでもないが。
「にしても親分…最近独りでふらりと外出しまくりゴブ…羨ましいゴブ…
きっと親分のことだから……いや、オイラは親分を信じるゴブ!」
そういやボスはオレや兄ぃと同じ羅漢だったな…ボスだったら
引く手数多…いや、ボスに侍る"恐怖の煌き"たる幼女様とか大陸でも
"大海の悪魔"と恐れられた(見た目は全くそう思えん綺麗な水色鱗な美少女)
ナージャちゃんとかがボスのそういう色のある話を根切りしかねない勢いだし…
「そうだな。そういう意味ではボスにも今しばらくは
オレらと同じ羅漢で居ていただいたほうが…密に娼館の件を具申しやすいな」
「親分を信じれば良いゴブ! 親分はその点においては
年齢=彼女いない暦なオイラと同類の匂いがするゴブ!」
オレと兄ぃは無言で乾杯した。何を願ったか口にしたら流石に不敬だろ。
ヒブリドを初め樹海と山脈の頂点にして支配者たるボスが大儀が果たされるまで
色事ゼロを願ったんだからな。いっそのこと「酒池肉林の誓い」をしたいもんだ。
我等生まれし日は違えども、卒業するときは同じ日を…ってか?
「しかし今度はアムカイアド地獄山脈で何をしに行ったんだろ…?」
「聞いた話だと親分は"俺はぐるたみん=サンが欲しいんだ!"って
叫んでから山脈に突貫したらしいゴブ」
「聖グルタミンって何だ? クーファちゃんなら何か知ってるかな?」
「わからんゴブ、というか、クーファって犬耳さんとはオイラ接点ゼロゴブ」
「安心してください。オレもですよ!」
オレと兄ぃは硬く握手を交わした。ついでにオツマミも頼んだ。
流石にワイバーン肉は無理だったが…キマイラ肉の余りがあるそうなので
交金貨6枚はかなり痛いが、今食っとかないと損だと思ったのでそれにした。
真昼間じゃないが日中の酒ってのは凄く良い。気分は貴族様だ。
「それにしても…見違えたなぁ…」
オレがヒブリドに来た頃から三ヶ月とは思えん発展ぶりだ。最初は
だだっ広い豆畑と果樹園モドキに天幕がチラホラって感じだったのに…
「おぅ、モー公。金があるなら何か食ってけよ」
「悪いな。もう酒場で溶かしたわ」
「あー…そうか…しょうがねえなあ…」
基本ヒブリドじゃ貨幣の流通は少数だ。泣く子も黙るイオヤム樹海の
ど真ん中にあるヒブリドで、ボスやユガの姐さんらのパーティに
くっついて行かなきゃ出ることすらままならんし、ここに移民してきた連中は
9割が元奴隷に貧困・迫害された民族の生き残りの子供とかそんなのだから
そもそもが大金の使い方を知らん奴も多い。とはいえ最初期の物々交換だって
畑で取れたものを分配して、希望者がボスと一部の剛の者が狩ってきた
樹海の魔物肉を交換するってのが普通だったし。っていうか意味ない気もしたが、
「後々交易を始めたらヒブリドの住人で貨幣経済を知らん奴がいるのもまずい」
とのボスの言葉もあったので、オレみたいな知ってる連中とボスとで
貨幣の使い方を実践したりして、まだまだ不足しがちな配給の穴を埋めている。
続々…ってのは盛ってるが、移民ゼロってのは無い。ここ最近は
姐さんが始めた交易の帰りにひょっこりついてきたり、極偶にボスが
「拾った」と連れてきたりする連中もいるので、そういうことである。
「親分も言ってたが、世の中の大概のモノはカネで買えるゴブ。
カネはあっても困らないが、無くても困るモノって言葉には真理を感じたゴブよ」
「否定はできねえな。娼婦のおねーちゃんとヨロシクやるのだってそうだし」
「「早く卒業してえ…!」ゴブ!」
オレと兄ぃは周りの様子を伺って、婦女子の目線が無いことを確認した。
ちょっと酒が回ってるな、自重自重。
「オレは夕方になったらまた畑見てくるけど、兄ぃはどうすんだ?」
「そりゃーもうユガさんと交易の話ゴブよ。出来れば二人…は夢幻の如しゴブか」
「夢を見ることの何がいけない!!」
オレは兄ぃと軽く拳をぶつけ合った。やはりエルヒス兄ぃとは気が合う。
オレ達はきっと魂の兄弟だ。ボスとも分かち合いたいこの気持ち…!
「しかし…数日の留守は控えて欲しいゴブよ…」
「そうだな…」
何が控えて欲しいって…そりゃアンタ、ネネ様とナージャちゃんが
日に日にヤバイ空気をまとってくるんだよ。いつぞやは発狂しかけた
ネネ様が…ボスの留守中にヒブリドに攻めてきたらしきあの
オオクチなんとかとかいうグランドウルフ亜種とその取り巻きが…
…あぁ! 顔に! 顔に!! …忘れよう。こんなもん覚えてたら魘されるわ。
「ルヴァル坊ちゃんが可哀想で見てらんないぜ…」
「あの年で年下と年上の女性の怖さを知ったら将来が不安ゴブ…」
「その点で言えば…トビアきゅ…危ねぇトビア君がいてくれて良かったのか…?」
「あの顔で男ってどうなんゴブよ? 風呂に入ったときに色んな意味で衝撃ゴブ」
リヒャルトの兄貴はまぁ歴戦の…って納得出来るけど…オークとゴブリンの
唯一の取り柄…は言いすぎか、ともかく男のプライドを中折れ以上に叩き折る…
あの最終決戦仕様魔砲はオルクス様に猛抗議したいわ…。
「しかし夕方まで結構時間ありそうゴブね…何して暇つぶしするゴブ?」
「風呂…は何時入ってもあんまり関係ないしな…女湯覗くとか十回は死ねるし」
「そりゃーお前自殺行為ってレベルじゃねえゴブ…スーリャちゃん怖い」
「…考えてみりゃスーリャちゃんって白金級冒険者でやっと押さえられるくらいの
かなり強い部類のエルフ氏族の出らしいし…」
身の程を知らない何人かの勇者達の死(比喩)は無駄じゃないと思うが…
そういやぁ…ボスはボスで逆にネネ様とナージャちゃんに…う、羨ましくない!
羨ましくなんて…! あれ、何でオレ涙が…?
「どうしたゴブ?」
「兄ぃ、金残ってる?」
「……ふっ…仕方ない奴ゴブね…」
兄ぃ…オレの心を読んだとでも…? いや、流石に違うか。
「もう一回行って一杯引っ掛けるくらいは余裕ゴブよ。これでも
元商人の丁稚奉公ゴブ。ヘソクリの一つや二つも当たり前ゴブ」
ヘソクリかぁ…ヒブリドじゃ無意味だと思ったが…オレもやるかなぁ。
>>>
さて、ボスが山脈に突貫してから三日…そろそろネネ様&ナージャちゃんが
不穏になり始める頃だな…ボス…そろそろ戻ってきてください。
最高に恐ろしいのは泣き出したネネ様だ…普通泣く子ってそこまで面倒じゃない。
だが…ネネ様の魔眼の恐ろしさは最初から最後まで徹頭徹尾恐ろしいってのは
多分八つ当たりなんだろうがブチかまされた時に骨身に染みている。
ボスと初対面の時は絶望する余裕があったが、ネネ様がヤバくなったら
絶望さえ生温いコトがあるんだ…あと、ナージャちゃんもな…
何なんだあの高速異常回転する水球…スーリャちゃんとかオレ以上に魔術使える
マジックキャスター系な面々も叫喚してたぞ…? 水ってのは…水ってのは…
恵みを与えるだけじゃないのか…? いつだったか…やっぱりボスの留守中に
ヒブリドに攻めてきた見ただけでヤバイ系の亜種と思われるリザードマン群が
恐ろしく綺麗な水に顔面を覆われて次々死んでいったのは……漏らすかと思った。
「………ソウタ様…まだ戻らないのですか…」
「お戻りください…お早くお戻りください…」
「心臓は…心臓は…」
「綺麗な水は毒じゃない…」
リッカルディッギーの根元で…その昔ボスが日にちを数えるために
削って付けた部分の周囲は、オレ同様ボスを大小で信仰するレベルの連中が
こうやってボスの帰りを切に願う神殿みたいになってる。
何だろうね、ネネ様とナージャちゃんが何だか悪神みたいな印象受けちゃう…。
そんなコト思ったらボスが真面目に神様みたいに思えちゃうじゃん…良くないよ。
「なぁ、モーガンよぉ…ありゃー何なんだ?」
「ボスの早期帰還の祈りの…儀式?」
「儀式て…まぁ…大将の強さを見たら崇めるってのは…いや…どーなんだ?」
「簡単だって。オレだってボスの他にオルクス様を信仰してるんだぜ。巷じゃ…
っていうか基本オルクス様って死の大神で殆どが邪悪な魔王扱いなんだけどな。
兄貴にゃわからんかもしれんが、恐ろしいからこそその御力を以って
それ以下で自分達の脅威を……あーホラ魔除けって大体恐いデザインじゃん?」
「あー…パズゥズラマシュッツトの護符とかか」
「そうそう、そんな感じ…魔物素材とかも似たようなもんだろ?」
「それとこれとはまた問題が違うんじゃねーか?」
そういや…時々トビア君も祈ってたが……何か地獄を見たのかな?
「わっかんねーなー…困ってるなら兄鬼に直接言えば良いじゃねえか」
「「うおっ!?」」
いつの間にかゼナスフィールの姉御がいた。あの、心臓に悪いんで
ちゃんと視界に映ってくれませんか? ボスほどじゃないけど、
姉御の強さもオレらにゃ恐ろしいってレベルじゃないんで。
「いや、それが出来ないからああしてるわけで…まぁ…姉御にゃ不思議か」
「キシシ…! 見た目で決め付けんなよ? 兄鬼は超優しいんだぜ?
この間だってな…?」
あ、コレ長いやつだ。姉御も姉御でボスをオレがオルクス様に向けるレベルの
信心だから……ほーら、もう七回目だその話。何時だったかオオクチなんとかが
大樹の天辺からボスに強襲仕掛けてビッタンビッタンとウルフハンマー曲芸。
ゲロバーストしてるのにボス…笑いながら止める気ゼロなのよ。
人間だったら「やめでおぼぇゆるじげべごべんなざげばばばばば」とか
言ってるとしか思えない泣き声出すんだぜ? 見ててちょっと漏らしたんだぜ。
「いやー特にあの紅ワイバーn」
「姉御、それもこの間聞いたよ」
「んだよ、つまんねークソブタ野郎なぁ…」
ほんの少しだけ踏まれたい気もしたが、それはサイコパスの所業だ。
そっちの世界に行くべきじゃないと顔は知らないが
オレのじいちゃんが言ってる気がする。
「なー、ゼナ。とはいえそろそろ笑い事じゃねーだろ?」
「…あ? …あー…まぁあのナー子が焦点の合わない目で
ケタケタ笑い出した時はアタシもちょっと心臓止まるかと思ったなー…」
「マジかよ…それ大将未帰還一週間越えの時じゃねーか」
―カァン! カァン! カァン!
「お? おいブタ野郎、リヒャ公。兄鬼帰ってきたみたいだぞ」
「あー…とりま一安心だな」
「ほっ…」
兄貴は葉巻に点火。オレは胸を撫で下ろしたが、姉御に腕を捕まれた。
「な、何すか!?」
「いつもの御騒動を見に行こうぜー?」
「ええええええええ?」
「行って来い。俺はパス。見ていて辛いわ」
薄情だぜ、リヒャルト兄貴…。
>
オレがヒブリドの中央的広場に来た時には…あぁ、ボスの顔面にネネ様だ。
「ネネ。前が見えん」
「………ソウタはワタシだけ見てればいい」
「お前は何を言ってるんだ」
ボスの腹にはナージャちゃん。
「ナージャ。大人になれ」
「私はまだ14歳。全然余裕で子供なの」
いや、ナージャさんや、もうすぐ15で大人でしょうが。
しかし…状況がちょっと違えばオレ的に羨ましさ1000%だ。
オレもあんな感じで可愛い妹的存在に抱きつかれてみたい…!
真面目にルパナル建立を具申したい! もろちんそういうコースおなしゃす!
「団長…この羊っぽいのって…」
「アムカイアドに居たのでちょっと脅かして連れてきた。
こいつ等の乳でチーズでも作ってみるかと思いつかなかった昔の俺を殴りたい」
「地獄山脈地獄羊…よね? 難度白金Ⅱ以上のアムカイアドヘルシープよね?」
「名前は知らん。とりあえず立派なオスの何頭かと遊んでやったが、
キマイラほどじゃなかったぞ。モスマン10分の1以下かと笑ってしまったぞ」
「モスm…?! …うっ…頭痛が…」
お、ユガ姐さん…いつもいつもお疲れ様です!
「それと…山脈でジャガイモっぽいのも見つけたんで、これでチーズポテトだな」
ジャガイモ…? もしかして死者山芋の事か?
確か東国連合じゃ「畑の救世主、地獄山脈から取ってきた奴も救世主」
とか言われてる…? ハハハ、やっぱボスはすげーや。
どこまでやれるかわかんねーけど…奴隷だった頃とは比べ物にならねー毎日…。
ボス、マジでありがとう。ルパナルの件も叶いそうな予感がするぜ…!
期待してますよ! ビッグボス!!
6:ヒブリド古参のハーフオーク:モーガンの一日。(終)