5:ストレイキャット&ドッグ&ダムピール&キュクロプス
ハーフオーガスの女冒険者ユガ達こと、金級パーティ:迎撃猟兵が
ヒブリドに迎え入れられてから半月…ソウタから詫びの印ということで
本来なら後数年、下手すれば一生お目にかかれなかったかも知れない
灰色ワイバーンこと最低白金ランクの討伐対象であるグレーターワイバーンに
その亜種で難度は間違いなく魔銀ないし木目鋼ランクの
クリムゾンスカイハイアーの爪と牙+(ソウタ曰く)余った骨を使って
自分達の武具を新調したユガ達は約束通り樹海の前で待ち合わせ、先導案内からの
再ヒブリド入りしてフラッと居なくなったかと思えば戻ったソウタを前にして、
今度はユガが侮蔑の表情でソウタを睨んでいた。
「拾ったって…ホントなの? 誘拐じゃなくて?」
「酷すぎる…俺は行き倒れが樹海の畜生どものオヤツにならないよう
善意で拾っただけだというのに…大体五分くらいだろうに…
五分足らずで見ず知らずの相手にどうしろというのだ…」
今現在ソウタは正座(自主的)である。そしてそんなソウタの傍には
土汚れや擦り傷など「暴行を受けたと言われればそう見える」格好の
スカウト系冒険者と思われる三毛猫獣人の若い女とたれ耳な白黒犬獣人の
そこそこ身なりのいい兵士っていうか憲兵っぽい格好をした若い女が
「にゃぁ…」「くぅん…」等と小さく呻き声を上げながら横たえられている。
「大将がみみっちい事をするってのは微妙な線だとは思うが…
悪いな。この場合、俺は女の味方で居る方が賢いって知ってるんだぜ?」
「すいません! 僕も同意見です! ユガ姉が黒だと言うなら黒です!」
「……お、オイラは完全中立を保つゴブよ…」
「………ふっ…知ってたさ…俺に味方など居ないと…」
ルヴァルは何か言いたそうだったが、今余計なことを言えば
麻痺からの死ぬレベルのくすぐり地獄が待っていると知っているので
本当はソウタの弁護をしたくて仕方ないが、死にたくないので何も言わない。
ちなみにネネはソウタの背後に張り付いて「そういうのはダメそういうのはダメ
そういうのはダメソウタはワタシに手を出すべきそういうのはダメ
そういうのはダメそういうのはダメソウタはワタシに手を出すべきそういうの…」
と呪詛のごとく耳元で語りかけられ続け、ゼナスフィールは
「あー…? よくわかんねえけど…兄鬼、最低? 鬼畜?」と答え、
ナージャはナージャで無言でソウタの脇腹をドスドス殴ってる。
実はヴァイスが「兄者…大丈夫かぬ?」と心配してるが、周りを見て
聞こえるかどうかもわからん蚊みたいな小声なので今のソウタには聞こえない。
「…中年童貞を苛めて何が楽しいんだ…」
「え、大将マジか…確か大将35って…えー…」
「おいリヒャルト! ソウタの親分に対してそれはあんまりゴブ! 親分!
オイラは親分の味方ゴブよ! 親分は立派な漢ゴブ!(メチャクチャ嬉しそう)」
「ごめんなさいソウタさん! …いえ、ソウタ先生!
先生は立派な人…? です!(とても良い笑顔)」
「………何故だろう…今なら殺意の滅殺波動拳が出せそうだ…」
「…はぁ……貴方ほどの強さならそんな面倒なコトしないって思ってるから…
もういいわ。ちゃんと理由を話して頂戴」
<
ユガ達を迎え入れ、折角だから歓迎で何か熟成させなくても旨い魔物肉でも
振舞おうかと思い立って「五分待て」と残してソウタは
とりあえず最初の地点から恐るべき速度で食肉探索していたら、
感知に微弱にもほどがある樹海じゃまずお目にかからない、
偽装にしては情けないレベルで弱弱しい魔力反応を感じたので
そこへ行ってみれば、行き倒れと思われる薄汚れた格好の
若い女性二人を見つけたのだ。
「耳からして…猫と犬の獣人だろうか?」
ここでの獣人は、ジャッカスこと元奴隷商で今は倉庫番曰く…
基本的には人の姿に一部耳や尻尾に角といったソウタから見て
二次元によくある特徴の姿が殆どだそうなので、
そうなのだろうと断じるほか無い。
「…ふむ…もう少し遅かったら血の跡さえ無かったかも知れんな…」
ケモノ根性逞しいとはいえ、ソウタの存在で大分用心深くなっている
樹海の畜生共である。以前ならこのような者達は掻っ攫って貪っていただろうが、
ソウタの存在を僅かでも感じようものなら「いのちだいじに」で
即時撤退潜伏である。樹海はソウタが樹海ど真ん中に居を構え
樹海と山脈の生態系頂点に君臨してからその多くが
ソウタの存在を微塵も感じないと判断するまでまず捕食活動を行わないのだ。
ソウタにとっては手間の意味で面倒であり、それ以外の者にとっては
索敵からして面倒な事である。
「ふむ…おい…大丈夫か?」
気をつけて取り敢えず猫娘を起こしてみようとするが、反応が薄い。
見た感じでは樹海の魔物相手に怪我をしたというよりは、ここに来るまでに
だいぶ体力を消耗したような風体だ。
「にぅ…」
猫娘はうっすらと目を開ける。
「意識はあるのか、ならば…」
「………さよなら、あちしの人生…」
ソウタの姿を確認して三秒後に意識を手放した猫娘。
「………」
わかってはいるが、やはりそういう反応をされると割とショックなソウタ。
「おい…お前は大丈夫か」
「くぅん…」
犬娘はピクリと耳を動かし、そして猫娘同様うっすら目を開くが、
「………神は死んだ…わん」
ソウタの姿を見て涙を一粒流してやっぱり気絶した。
「………これはひどい」
そのまま放置するのは流石にどうかと思うのでソウタはこの二人を抱え、
こちらを伺っているであろうケモノ根性たくましい樹海の魔物達に
「俺の獲物に手を出す意味…わかっているんだろうな…?」と
八つ当たりの殺気をぶつけてからヒブリドへの帰路につく。
>>>
斥候の流れを汲む山伏義賊の猫娘こと、
ミオン・ミケーネが目を覚ましたとき、そこが何処かの天幕であると分かった。
「…にゃ! クー! クーファ! 生きてるなら返事するにゃ!!」
素早く周りを見渡せば隣には元・グランリュヌ帝国憲兵で色々あって
自分と冒険者家業を始める事になった相棒の犬娘こと
クーファ・ヒンメルサベラスの寝姿を確認したので
飛び起きて即座に彼女を起こしにかかる。
「…わふ…? み、ミオン…? 私たちは助かったのですか…?」
「取り敢えずそうらしいにゃ!! いや~良かったにゃ! てっきりあちしは
なんだかよく分からないけど絶対勝てなさそうなバケモノにクーと
仲良く胃袋入りしたかと…!」
「…二人仲良く同じ幻覚を見るなんて…わふふ…不思議な事もあるのですね」
「にゃはは…これもまた数奇なもんだにゃー…」
「目が覚めたみたいね」
「「!?」」
ミオンとクーファは思わず飛び上がるが、相手が亜人種の女冒険者、
それも何か暖かそうな飲み物…お茶の入ったコップ二つを乗せた御盆を持つ
同性だと分かり、ひとまず安堵した。
「私はユガ。ここヒブリドで厄介になってる金Ⅲ級のマルチアタッカーよ」
「同業にゃ? 奴隷商人の仲間とかじゃにゃいにゃ?」
「だったら身包み剥がれてるでしょうに」
ミオンとクーファは己の装備を確認して微笑んだ。
「それもそうですわん」
「とりあえず一安心だにゃー…一時はバケモノに拾われる幻覚見たんにゃw」
「私もですわんw」
「そ、そうなの…大変ね」
ミオンたちの言葉につい苦笑いを返してしまうユガ。
「それにしてもヒブリドって聞いたことないにゃ」
「そうですわん…グランリュヌの租界にもそんな町は無かったかと…」
軽く深呼吸してユガは二人に暖かい茶を手渡す。ありがとにゃー、
感謝いたしますわん、と二人はふーふーしながらお茶を啜る。
「驚かないで欲しいんだけど、ここヒブリドが存在するのは…
…イオヤム樹海のど真ん中…樹海大樹リッカルディッギーの根元を
中央にして拓かれた町なのよ」
「ぶに熱ちゃぁ!?」
「ばわふッ?!」
言うタイミングが悪かったのかミオンは熱い茶に口内を先制攻撃され、
クーファは見事な毒霧をぶちまけた。
「病み上がり同然な相手に言っていいセリフじゃにゃいにゃ!!」
「そう言われてもね…事実だから仕方ないのよ」
「くぅん…?! じゃ、じゃあ…まさか…?」
「目が覚めて何よりだ」
ぬうぅっと天幕にお邪魔してきたソウタ。
「キャイイイイイイイイイイイイン!!?」
「ギニャアアアアアアアアアアアッ!?!」
ダブル金切り声にユガは肩を竦め、ソウタは深い溜息が漏れる。
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ヒブリドの開けた場所でオープンテラスみたいな感じになってる所で
もきゅもきゅと何かの骨付き肉のこんがり香ばしそうなローストを食うミオンと
恐る恐るな態度でソウタに臨むクーファ。
「成程にゃ。つまりソーにゃんがここのリーダーなのも当然と」
「偉大なるヒブリド宗長閣下とは知らず、大変にご無礼な振る舞いを…」
「そこまで畏まられると俺も困るんだが…」
「殆ど初対面なのに無理を言うべきじゃないわ」
「……慣れているとはいえ、俺だって傷つくんだぞ」
「ならばもっと慣れるべきね。第一貴方のその異形体を見て取り乱さないなんて
よっぽどの修羅場を潜った…それこそオリハルコンやヒヒイロカネ級の
超上位ランカーか相当なサイコパスないしソシオパスじゃないと不可能よ」
「何気に酷い言われ様だ」
「常識を述べただけよ」
「…ユガは強いんだな」
「当たり前でしょう…一応私も一流の領域の冒険者なのだから」
そういう意味では普通に抵抗無く骨付きロースト肉をもっきゅもっきゅと
食ってるミオンも中々に図太い神経をしているとソウタは思った。
「ふにゃー…ってコトはこのお肉も…」
「キマイラの羊部分から毟り取ったやつだ」
「キマっ…!? にょおおおお!? 金貨なんて無いにゃ!!」
「…わふ……末端価格で交易金貨10枚くらいでしょうかね」
「こ、こうなったら食えるだけ食っとくにゃ! 代金は体で払うにゃ!」
「言い方をもう少しオブラートに包んでいただきたい…ヒブリドには
そういう話に敏感な面々がいるんだぞ」
「ソウタ…」
「兄様…」
「それ見たことか!!」
気がつけばソウタの肩にネネ、片腕にはナージャがビタっと。
「にゃ? そういうので良いにゃ? 別にあちしは気にしないにょ?」
「気にしろ。主に俺の精神衛生の為に」
何気にネネが太ももでソウタの首を絞めてくる。勿論そんなことで
窒息するようなヤワな体じゃないのはソウタもネネも理解はしていることだが。
「ミオンは言葉が少し足りないんですわん」
「スカウト職にゃら効率を重視するのは当たり前にゃ」
「…私たちがどうして行き倒れたのかも忘れたのですね…!」
クーファに強い視線をぶつけられたのでミオンはあさっての方向を見る。
「お前たち二人がどうして樹海西部近郊で行き倒れてたのかは興味が無いが…
ここでトラブルを起こさないのであれば好きにして構わん…
出来ればここでヒブリドのさらなる発展の為に尽力していただきたいというのは…
…本音でもないが、嘘でもないと言っておこう」
聞けば二人の年齢はスーリャとも近いということなので、そういう意味では
今後のスーリャら年頃の移民たちの能率上昇に貢献して欲しいソウタ。
「んにゃー…それは有難い話にゃー…でもにゃー…」
「ミオン…スカウトなんですからこの町の規模を見ても破格とわかるでしょう?」
「樹海じゃあちしのスカウトスキルなんてゴミみたいなもんにゃー…
さりとて農作業とかやったこともないし向かないってのも百も承知にゃー…」
にゃごにゃごわふわふと話し合う二人を見て、ソウタは傍らに来ていた
ヴァイスに話しかける。
「どうなのだ?」
「ぬー…兄者基準だとどれもこれも有象無象かもしれないけど…」
「クーファって子はまだ登録したてだからランクタグも鉄級だけど…
彼女が元グランリュヌ帝国憲兵だというのが事実なら…最低でも銀級の実力だし、
あのミオンってスカウト系冒険者は銀Ⅲだったわ…それで樹海近辺まで
来れたのだから…結構な潜在能力を秘めていると言えるわ」
「そういえば…俺はその冒険者のランクもよく分からんな」
「…まぁ、貴方が知っても正直微妙かもしれないけど…折角だし教えておくわ」
ユガ曰く、冒険者ランクは鉄<銀<金<白金<魔銀<飛行金<木目鋼、
<緋々色金<聖柩金<六万金剛晶とあり
ミスリル以上の冒険者はユガの知る限りでは100人といないそうで
ヒヒイロカネ以上に至っては個人で持っているのは極僅かで多くはパーティか
クランでしか存在しないらしい。
「…つまるところ、ダマスカス以上のランカーと戦うときは
俺もそれなりに気をつけねばならんということか?」
「単独で…しかもほぼ素手でクリムゾンスカイハイアーを討伐できる貴方なら…
…私見だけど、きっとアークライト級以上のみ警戒してれば良いんじゃない…?」
ヒブリドに移民して来て僅かな期間ではあったが、ソウタが先の
クリムゾンスカイハイアーこと紅色ワイバーンの死体を
臆面も無く寧ろ面倒くさそうに引っ張ってきた様を見ているユガだったので
彼女の目は若干死んでいるように見える。
「アークライト…男の浪漫をくすぐるな…俺も冒険者登録とか―
「勘弁して欲しいわ。嫌な予感しかしないもの」
「………そうか」
落ち込むソウタが普通の中年に見えなくも無いと思えたユガは
この日の日記に「ほんの数日で大分ヒブリドの毒が回ったかもしれない」と記す。
>>>
明けて数日。折角なのでミオンとクーファはルヴァル達と共に鍛えてみると、
中々やれるので上手いこといけばヒブリドで初の自警団も組織できるのではと
ちょっと夢を見てしまったソウタは、今一度単身で樹海の近郊をふらついていた。
「最近オオクチの気配が薄い…ククク…奴め…大分賢くなってきたじゃないか」
なんとなくオオクチノマカミが何処かでストレス性の嘔吐をした気がしたが、
それは流石に自意識過剰の妄想だと断じてソウタは樹海近郊のお散歩を続ける。
「…あん?」
またしても人間系の微弱な魔力を感じたのでそこへ急行するソウタ。
地理的にはダグズア大丘陵に近いのでヨートゥンの気配もしたので
これはもしかするとと思えば、そこには二人の満身創痍な女性と
予想通りヨートゥンの群れがいた。
「ほう…」
新たなる化物の出現に、その場にいた女子二人と
ヨートゥンの群れがあまりにも酷い動揺を見せる。
「カーヤ…ごめん…わたし…多分無理」
「いいよー…別に…今まで護衛してくれて有難うね」
「………」
まぁ状況が状況なのでそんな反応だろうとは思ったが、やはり
そんな末法の世を儚むような表情をされるとソウタの心に
無視できないダメージが叩き込まれる。
「………巨人ども…その二人…俺にくれないか?」
「オォォォォォン…!」
フザケルナとばかりにヨートゥン達がソウタに連続パンチを叩き込むが、
ペチペチ(ソウタ主観)と叩き返していなしていくソウタ。
霧の巨人なので普通は物理攻撃が聞かないはずなのだが、ソウタの叩き返しに
繰り出した連続パンチがアホみたいにはじき返されていく。
「……微妙な手応えだな…どれ…」
ソウタはその異形にも程があるおぞましい剛拳に己の魔力を充填させ、
ボゴンッ! と地面をめり込ませるほどの大ジャンプからの
ライダーチョップ的な一撃を巨人の脳天に叩き込めば、
叩き込まれた一体の巨人が爆発するように霧散し、大きな魔石を遺した。
「…あ、あはは…」
「………一撃、必殺…?」
カーヤと呼ばれた少女はへたり込み、彼女の護衛とかいう女性…
体格だけならソウタ級の身長な片目を前髪で隠したハンマー使いらしき彼女は
呆然としてしまう。
「…どうもエレメンタル系アンデッドというのは手応えが無くて好きじゃないな。
確実に殺したという実感が得られん」
しばしソウタによるヨートゥン掃討戦を見つめて何やら話し込んでる二人。
「ねぇ…アイネ…私…自分がダムピールだってやっぱり信じられないかも」
「…今そんなこと、言われたら…ハーフサイクロプスな私、ゴミに思える」
「ごめんね…」
「謝るな。余計辛い」
「うあぅ…」
「ふぅ…さて……むぅ…持ちきれん…幾つか食ってくか」
「「!?!?!?!?!?」」
カーヤ、そしてアイネと呼ばれたハンマー使いは絶句した。それもそのはず。
この世界に生きる人々にしてみれば狂気の沙汰でしかない
ソウタの楽しい楽しい魔石タイムなのだから。彼の魔石咀嚼音は
きっと二人の正気を同時に削っていったに違いない。
>>>
ヒブリドにて何となく自主的正座したソウタにはユガを筆頭に
ネネとナージャが結構辛辣な目線を向けている。
「私たちが最近始めたヒブリド製品の交易で極々偶に移民希望が出るけれども…」
「ソウタには妙な運がある。それはとてもいただけない」
「兄様…」
「……………何故だ」
この様子に目をパチクリさせるのは勿論カーヤとアイネだ。
「この町…ってあの人がトップなのかな?」
「戦闘力ではない精神ヒエラルキーの頭目と見る」
「そこの新入りさんに断っておくけど、私も結構な新参者よ」
「「え?」」
「……頭痛がしてきたわ」
今日もユガの日記の枕詞は「頭痛」で始まるだろう。
5:ストレイキャット&ドッグ&ダムピール&キュクロプス(終)