4:ハンバーグと冒険者チーム「迎撃猟兵(アッファゲニェーガー)」
後半はお食事中の閲覧者さん御免なさい。
そして高評価してくださった方…誠にありがとうございます!
あれから何日か経って、ナージャもそれなりに慣れてきた頃…
結局は不機嫌で不穏なネネや「肉ばっかりで飽きてきた」とか
最近ワガママを言うようになってきたルヴァルたちに
仕方なくソウタは倉庫番の知識などからイケそうだと思われる
樹海の香草と頑張ってミンチにした魔物肉でハンバーグモドキを
作ってみることにした。
「ふぉお…?! すごく良い匂いなんだぬ!!」
「ソウタ兄ちゃんやっぱすげぇ!」
「……昔の肉の風味がするドロドロスープみたいな匂いがする」
「食欲が失せる様な例えを…いや、お前の前世を思えば仕方ないか」
「…ワタシはソウタが作ってくれたものなら何でも好きだよ?
それこそソウタのしr」
「その口を閉じろ痴幼女…兄様を惑わすな」
「あ゛ぁ?」
「やるか?」
「……ハァ……」
この二人は相変わらずである。二人だけにしたら間違いなく
今度こそ血を見るだろうが、ソウタが傍にいるか離しておけば
そういうことはもう無くなったが…この二人は暇さえあれば
ソウタにベタベタくっついて離れようとしないので困ったものである。
両方トイレにまでついて来た時は流石に両方に拳骨を落としたので、
そこまではしなくなったが…しかしこの二人のせいでゆっくり眠れる日が
思い切り激減しているのは非常にいただけない。
「キシシ…! モテモテじゃねえか兄鬼?」
「…ゼナ…お前、最近楽しそうだな?」
「アタシはここ来てからずっと楽しいぜ? まー樹海の怪物どもはまだまだ
怖いが…あのガキ共と一緒なら結構楽しんで戦えるし? たまに兄鬼が
連れてってくれるんならあのアムカイアド地獄山脈にも行ってみたいんだぜ?」
「…あの山脈が地獄とは大層だな」
「キシシ…! 兄鬼にとっちゃアムカイアドもただの山なんだな?
惚れちまうぜ?」
「やめろ、茶化すな…」
ゼナはどんな気持ちで言っているのかはソウタにはわからない。
何故ならゼナがそんな事を言えばネネとナージャがヤバイのだ。
そして矛先は何時もソウタか互いである。前よりはマシかもしれないが
だからといって毎度毎度は御免である。
「ナージャ」
「…何?」
「お前、魚は食べられるのか?」
「? …アイチェブ湿地の雷電泥河大鯰じゃなければ…大体は好きよ?」
「ナマズか…基本的には泥抜きせんとな…鮭…この辺じゃ川登魚だったか?
それは食えるか?」
「……産卵期のは痩せてて微妙だけど…今の時期なら…悪くないかも」
「そうか、ちょっとアムカイアド山脈向こうの川で何匹か獲ってきてやる」
「それなら一緒に行くわ。私の水魔法なら生きたまま持ち帰れる」
「ほう…悪くない」
そういうことでソウタはナージャを連れて魚獲りの支度を始めることにした。
ネネが「つれてって…」とあざと可愛いお強請ポーズをしたが
爽やかに眉間に青筋走った笑顔で「だが、断る」と答えるのを忘れないソウタ。
>>>
グランリュヌ・東国連合係争地…イオヤム樹海北方にある海岸線といえる土地。
ここは潮風と北部の荒涼気候の所為か草木が殆ど育たず、所謂ステップと呼ばれる
砂漠に近い環境の平原が広がっている。普通ならばこのような土地を欲しがるのは
まずいないのだが、この土地にはその環境に適応したラピスレミングと呼ばれる
体内に良質の魔力触媒となる魔石を蓄えこむ小動物型の魔物が沢山生息している。
この世界において魔石は例外なく何かしらの魔力機器に使える代物だ。
多くは武器になるが、もちろん生活に必要な照明器具の材料にも多用される。
そうなれば係争地である公的正式名はまだ定まっていないこの地帯を
ここから見て西の大国グランリュヌ帝国と、帝国とは古くから敵対している東の
諸国連合、東国連合が放って置くはずもない。互いに下らない歴史ガー、
固有の領土ガー等と大義名分(笑)を振りかざしつつ睨み合いを続けているのだ。
「…冒険者って、未知なる存在を求めるのが本分よね…?」
依頼で冒険者ギルド東国連合ルスカ王国支部より派遣された
女冒険者…半妖鬼女の多種撃士ユガは巷で煙草香草と呼ばれる
葉っぱの細切りを数本齧りながら愚痴った。
「そりゃー昔の話だろ。最近は魔物ハンターがメインで、
料金次第でその他雑用もこなすのが冒険者ってもんだ」
ユガに答えるのは彼女の古馴染みである冒険者、大柄の牛獣人で
同職のリヒャルト。彼は普通の葉巻をふかしている。
「夢なんて17の時に冷めたけど…だからといって…」
「ユガさん…悲しくなるんでそういう話やめましょうよ…?」
「…ゴブ? オイラにゃさっぱりわからんけど…そういうもんゴブか?」
「そういうものなんですよ…」
シガーグラスを噛むのも億劫になったユガはそれを丸めて捨てつつも
尚も愚痴るのをやめないので上目遣いで覗きこむように彼女に声をかけるのは
あどけない顔立ちの兎獣人で土地魔術師の少年トビア。
そして訳あって彼らと行動を共にしているハーフゴブリンの元・丁稚なエルヒス。
この世界においても冒険者は各国の正規兵士達と違い中立の立場である。
まぁ基本荒くれ者だらけな冒険者を傭兵にしたがるのは少ないが。
―帝国の糞共め…!
―何が優人種だ人間族が生意気な…!
―これ以上連中の拡大を許してなるものか…!
「……はぁ…」
「やーれやれだな…帰ったら一杯引っ掛けようぜ。
この間亜人種族向けの良い店見つけたんだ。店員は良い女も良い男も揃ってたぜ」
「あの…僕まだ未成年なんですけど」
「馬鹿だなトビア少年。ルスカ王国じゃ半分以上に薄めたワインなら
全然オッケーなんだぞ? ったく、折角可愛い顔してんだから
その顔を使ってエロそうなねーちゃんに揉まれて来いよ。そして卒業して来い。
冒険者で素人童貞なんて良いカモだぜ」
「えええええ!?」
「…羨ましくなんかねぇ…羨ましくなんかねえ…ちくしょう…
何でオイラは古風なゴブ顔に生まれちまったんだちくしょう…ゴブゥ…!」
「……頭痛薬が欲しいわ…」
―帝国の連中も動き出したぞ!
「…んじゃ、行くか。俺らは俺らで東西連中の睨み合いに水掛けしなきゃな」
「そうね…西側に知り合いが居たらそれこそこれ見よがしに
帝国と東国の連中の目の前で情報交換してやるわよ…」
「頑張りましょう! 戦争なんて僕らには全然儲かりませんからね!」
「…え、オイラ戦争ってかなり儲かるって聞いたゴブ」
「それは戦争を仕掛ける国家上層部やら大商人達の話。
下層木っ端の兵や基本中立である私達は命が代償になるばかりよ」
「…何だ。戦争ってそんなもんゴブか…戦争反対」
「第一儲かるにしても僕らが大物の討伐対象に対してそうであるように
早期に勝利で終わらせないと唯の骨断ち肉切れ損ですよ」
「つまんねぇ世の中だなぁ…」
「おいエルヒス。大したもんは入ってないが俺らの荷物忘れんなよ」
「あいよ……武器商人なんて夢のまた夢ってことか…世知辛いゴブ…」
やる気満々な東国連合兵隊らを尻目にユガ達冒険者は気だるそうに動き出す。
>>>
樹海北方のとある場所にある川のど真ん中で岩のように静かに立つソウタ。
「………」
川の流れは思ったより速く深いが、全く流されそうに見えない。それどころか
流れる水を受けるソウタの膝裏を避難所かというレベルで魚達が集まりだす。
「………」
ナージャは川縁でソウタを見守っている。最初は彼女が水魔法で
水ごと魚達を生け捕りにすると提案したのだが「風情がない」という
非合理的な理由でソウタに却下されたので静観している。
「………………シャッ!!」
―ドパァァァァアン!!
「…わ…!」
ソウタが体を捻って半回転しつつクンッ! っと腕を膝元の水に沈めて勢いよく
振り上げると爆音と共に水柱が上がり、ぐったりした魚の群れが諸共に飛び出す。
その殆どが鮭や虹鱒などに似た大型の魚であった。
「ナージャ」
「うん……水霊の名の下に…呼応せよ…流水清水…!」
ソウタの合図でナージャが呪文を唱えれば、水柱の一部が水玉となって
魚達を丁寧に包み込み、一つとなって彼女の元へ運んでいく。
「…すごい。全部気絶してる……そっか…風情ってそういうことなのね…」
「…? まぁ、下手に暴れられると魚というのは味が落ちることが多いからな。
さっさと気絶させて処理するほうが後々旨いものだ」
「そうなんだ…流石は兄様」
なんだか目をそれこそ猫目石のようにキラキラさせてこちらを見るナージャ。
こんな真似をすれば大概ドン引きされるのだが、これまで色々あって
結構やさぐれているナージャは逆にソウタを尊敬の目で見るのでむず痒い。
「これだけあるから何匹かつまみ食いしようよ兄様?」
「…生で食うのか?」
「えっ?」
「えっ?」
元日本人の感覚だとそこらへんの鮭類は生食オブ寄生虫地獄が
どうしても拭い去れないのでついそう返したソウタだが、
特異種な水霊ハーフリザード故に大概の毒素やら微生物なんて
諸共に栄養にしてしまうナージャが素っ頓狂に「えっ?」と返されると
ついついオウム返ししてしまうのは仕方ない。
「…いや、生食が悪いとは言わんが…俺もサーモンは大好物だし…」
「ふふっ…変な兄様」
最近ナージャが自然に笑えるようになってきたので好とするしかない。
大人の男なら年頃の女子を悲しませてはいけないのだ。何の話だ。
「………どうせなら氷頭膾とかサーモン塩辛にして食うべきだ」
「川登魚ってそんな食べ方があるんだ?」
「ああ、お前には少し早いかも知れんが…どちらも酒が進む…
無論白飯も…! くっ…だが膾用の米酢も合わせる白飯も米が無ければ…
っていうか日本酒すら………グガガ…何故米が無いんだ…ッ!」
「兄様…?」
何でもないと返したソウタ。ふとナージャの対岸を見ると、
熊の魔物と思わしき生物が「げっ!?」と言っているかもしれない顔で
川縁の傍で硬直していた。
「……良い所に来たな、熊肉」
魔物熊は全速で逃げ出すも空しくソウタに首を圧し折られた。
===
どうにか東西の領土戦争は双方の冒険者達の水刺しで
何時もの睨み合いに終わったが、ユガ達の足取りは重い。
「…たかが荒地の領土、されど生体魔石産出の領土…」
「くだらねえ大儀名分なんて虫にでも食わせろってんだ」
「またしばらく兵隊さんとはギスギスするんでしょうね…ハァ…」
「カネになる話を邪魔されたらまぁ…オイラにゃわからんでもないゴブけどねぇ」
「正直、お金の話は兵士達は理解してないのよ。馬鹿な反外国教育の賜物ね」
「彼の地は我が領土~♪ ってか? 件の領土をモノにしたところで
木っ端のテメーらに分け前なんて碌にあるはずも無いのにな、
馬鹿としか言いようがねえ…もしかしてさらに下らない格差確立の自己満足か?」
「流石に愛国心まで笑うつもりは無いけど…もう少し自分達を客観的に見る
観察・洞察・思考・理解・道徳精神を修行して欲しいわ…無理かもしれないけど」
「「「はぁ…」」」
「???」
エルヒスは三人が溜息をついたのがわからないようだった。
「あん…? 帰りまでちょっと水が足りねえかも…どっかで汲んでくか?」
口に水袋を傾けていたリヒャルトに反応したのはトビア。
「この辺りだと白砂川ですね…僕が水魔法を使えれば良かったんですが」
「気にすんなトビア少年。特化魔術師に無理を言うほうがどうかしてんだ」
「…というか、貴方のペースが早過ぎるのよ」
「んなこと言われても俺牛獣人よ? 沢山飲まないと鄙びちまうぜ」
「水が欲しかったらオイラの分で良ければ分けるぞ?」
「ばっかお前…お前の分じゃ全然足りねーから言ってんだよ」
「え、最初からオイラの分も勘定に入れてたの!? ひでぇゴブ!!」
「…さっさと行きましょう。一応他のパーティにも声は掛けておくから」
「あはは…おや…? これは…野生の麦の稲穂かな…?」
「似てるなぁ…でもそんなもの手に入れてどうするゴブ?」
「土魔術の中には植物を操る類のものもありまして…」
「あくしろよ~。干からびちまうって~」
口では色々言っているが結構仲良さそうに動き出すユガ達。
>>>
はもりはもり…と鮭を丸齧りしているソウタとナージャ。
「…水魔法にも浄化系があるんだな」
「うん。この魚も何食べてるか想像したくもないし…というか兄様?
私を何だと思ってたのよ。私を野生のリザードマンと一緒にしないでね?」
「すまん」
「ふふ…兄様だから許してあげる」
ふとナージャの周りにある魚を収納している水球を見るが、
あれから大分魚をぶち込んでるので減った感じがしない。
なのでもう一匹ずつ食っても…と思ったが、ここで腹を膨らませすぎても
後で試そうと考えているサーモン塩辛の楽しみが半減しそうなので
そろそろいい加減にしておくかと思った時、ソウタの魔力感知範囲に
人間系の魔力を感知した。
「…ナージャ。念のため潜水して隠れておけ」
「はい、兄様」
魚入りの水球と共に川に消えるナージャ。ソウタはソウタで
普通に川の中に鼻の上だけ出して潜伏する。
「………」
しばらく待っていると、以前にゴミのように葬った人間族の冒険者とは
見かけからして違う亜人種と思われる冒険者の四人パーティが
ソウタ達の潜伏する場所から少し離れた川縁に現れる。
肌色じゃなかったら髪の毛が生えたゴブリンみたいなのは荷物持ちらしく、
元奴隷にも二人いた牛獣人と同族と思われる雑多な武装をした男に
似たような武装だが牛男よりは小さい女…おでこから二本の
結構立派な角が生えた…ソウタにはハッキリとは分からないが
ドルクの同族っぽい者と耳からして兎と思われる獣人の…女…? と
思われる魔術師っぽい者で構成されているようだった。
「…何か…ちょっと静かじゃねえか?」
「……微かに…ホント微かですけど…血の匂いがします」
「…もしかしたら魔物の小競り合いがあったのかもしれないわね」
「え…マジかゴブ? やっぱりやめて真っ直ぐブレスラ市に戻るべきじゃ…?」
「来ちまったもんはしょうがねえ。おいエルヒス。周囲警戒してるから
トビア少年と一緒に水汲んで来てくれや」
「えぇー…!?」
「エルヒスさん。単独ランク金Ⅱ級のリヒャルトさんと
金Ⅲ級のユガさんが警戒してくれるので、ここは言うとおりにしましょう」
「ごぶぅ…! 荷物持ちの悲哀ゴブ…!」
ビクビクしながら川面に空の水袋を持って近づくエルヒスと
二人ほどじゃないが杖を構えて周囲を警戒して同伴するトビア。
「………(金…? この間ブチ殺した白金の冒険者より雑魚なのか…?)」
隠れてしまった以上、彼らとの接触なんてしても何の得にもならなそうだと
ソウタは思ったのだが…ソウタは何となく見た女…ではなかった
少年魔術師トビアのやはり男な胸のポケットから覗く見覚えのある草に…
「ぶぼぉおい!! そべはコメじゃないか!? コメだよな!?」
「ちょ、兄様!?」
「「「「!?」」」」
ついつい反応して彼らの前にドッバシャーンと飛び出してしまった。
思わずナージャも水球と共に彼らの前に出てしまう。
「んなっ!?」
「川からッ!?」
「ひっ!?」
「ごぶぶぶぶぶあばばばばばばばぁ!?」
見た目が見た目だし第一川から飛び出したのでその反応は当然だったが、
一番普通じゃないのはソウタだった。
「おいそこのウサギ!! 貴様…ッ! その稲穂を何処で手に入れた!?」
「「「!?」」」
「キェェェアァァァシャベッタァァァァァ!?」(注:エルヒス)
エルヒスのどうしようもない取り乱しっぷりは兎も角、
ユガ、リヒャルト、トビアは驚きつつも己の得物を構える。
「おい…ユガ…!?」
「……わかってるわ! ……何よ…こいつ等…! 色々と出鱈目すぎる!!」
「うぶ…吐きそうです…この二体…どうしようもないくらい魔力が…!」
「ヒェェェァァァァ!? 逃げ…! こ、腰がぁ…!」
「……チッ…結局どいつもこいつも私を亜人種とさえ思わないのね…!」
ナージャが最初に見せた殺意の気配を感じたソウタは、
一旦ナージャを制することにした。
「止せ、決め付けるな。対話を試みるんだ」
「でも! 兄様!!」
「俺を信じてお前は対岸にでも下がってろ」
「けど…!」
「言葉は通じる。話せば分かる。いつかの白金だかの冒険者どもは
ついカッとなって皆殺しにしてしまっ…?! …あ、いや、
待て待て落ち着けそこの三人!」
口は災いの元、エルヒスは兎も角ユガ達は冷や汗を掻きつつも
相対するソウタに対して何時でも動ける気配を見せる。
「白金級を皆殺し…!? 糞が…!!」
「…そこで腰抜かしてるエルヒスの言うとおりにしておけば良かったわね…」
「ヒィィィィ! も、漏れ…!」
「エルヒスさんそれだけはせめてどうにか踏ん張ってください!!」
一体どこから取り繕うべきかソウタは迷った。今のところソウタが出会った
冒険者はあの時皆殺しにした連中以外はファーストコンタクトなのである。
前回は己が悪いが、今回も…なんてのはやはり人としてどうかと思ったので
どういう感じで切り出すべきか悩む。
「あー…えーと…」
ソウタは何となく手を差し出そうとしたらガキィン! と弾かれた。
カランと足元に銀色の大振りなナイフが落ちる。投げたのはユガのようで
その姿勢のまま絶句していた。
「……オリハルコーティングのミスリルナイフで…金属…音…?!」
「おい剛力投擲のスキル込めて無かったのか!?」
「私があの化け物に手を抜くと思ってるの…!?」
「貴様アアアアアアアア!!!」
「あ」
ソウタがハッとした時にはもう片手に毒水の刃を装備したナージャが
ユガに斬りかからんとしていたので慌てて止めに入る。
―コシカァァ…ン…!
優しくキュッとナージャの腕を取ったらソウタの腕に情けない金属音と共に
ちょっと重めの衝撃が入ったので見ると、ソウタの内なる幻想浪漫をくすぐる
デザインの中々どうしてゴツ格好いい赤金色な戦斧の刃先がついてた。
赤金色斧の一撃を食らわせたのはリヒャルトだが青ざめて引きつった表情。
「う、嘘だろ…? 掠り傷すらつかねえ…!?」
「あー…」
「どうして止めたの兄様!? こいつら問答無用で…にゃぐ?!」
とりあえずソウタは殺気全開だったナージャの頭に空いている手で
優しくチョップ。咄嗟だったのでナージャは己を水化できなかったらしく、
目じりに涙を浮かべて結構痛そうだった。
「あー…えーと…とりあえずそこの少年…? 頑張って何か
魔法を使おうとしてるようで悪いんだが、俺に魔法ダメージを与えたかったら
せめて紅色ワイバーン…あー灰色…グレーターワイバーン亜種
クリムゾンスカイハイアーだったか? ともかくそいつ級の
全力ブレスを超えたレベルじゃないと無意味だぞ?」
「くりむぞ…すかぃぃいハァァァァ…ッ!?」
状況からして攻撃系じゃないと思うが、念のため言っておくことにしたソウタ。
紅色ワイバーンの事を知っていたらしく、トビアは開いた口が閉じなかった。
「リヒャルトおおおおお!!」
「!!」
「ん?」
ユガの叫び声と共にリヒャルトが飛び退いたのでふと声の方を見れば
彼女は魔力かスキルか何かでパンプアップした両腕で握り締めた…
注視しなくても分かるレベルで赤色の魔力を帯びた黒塗りの大太刀に似た剣で
ソウタを両断すべくその刃を振るってきていた。
ーギャリリリリイイイン!!!
「お?」
すさまじい音と火花と共に少し引っ掻かれたような痛みはあったが、
ソウタは身じろぎもしない。むしろいつぞやの紅色ワイバーンの最後っ屁な
全力引っ掻きみたいでちょっと懐かしささえ感じた。
「………こ、こんな…こんな事…」
斬りつけて素早く距離を取ったユガだったが、黒い刀剣が無残にも
刃こぼれしている様に膝をついてしまった。
「…あ…なんか…すまんな」
「一度ならず二度まdうにゃしゃああああ!?」
この光景もまた自分の生爪が剥がれて完全に戦意を失った
いつぞやの紅色ワイバーンを幻視し、とはいえ相手は会話ができる相手だし
こっちは敵意なんかこれっぽっちもないのでとりあえず謝っておくソウタ。
ちなみにナージャがまた暴れそうになったのでぐるんと半回転して
ナージャを気持ち強めに片手で抱きしめて押さえ込んでおいた。
「ヒャーハハハハハオワタァヒャヒャヒャヒャヒャハ!!」
見てないが声と臭い云々でエルヒスがほとんど発狂状態で
汚ねぇダブルバーストしたのが分かってソウタは鼻を摘みたかった。
「とりあえず…色々とアレなんで一旦落ち着かないか?」
「「「………」」」
「……あー…ハハッ…全部出たわ…出し尽くしたわ…あははははは…!」
「兄様……これは流石に私でもどうかと思う」
若干頬を染めてたがジト目なナージャに閉口するソウタ。
>>>
焚き火を前に外套の下は全裸で体育座りして「大丈夫だ、オイラは生きてる。
生きてりゃいくらでも汚名返上できるゴブ…」とかゴブゴブ言ってる
エルヒスを尻目にソウタはお詫びに丁寧に処理した鮭児っぽい鮭の丸焼きを
ユガ達に振舞おうとしたがそれは断られてちょっとガッカリしていた。
「……魔石を食った段階からして狂気の沙汰ね…」
「泣く子も黙って自害するイオヤム樹海のど真ん中で村長してるとか
その辺も滅茶苦茶眉唾っぽいが…嘘だと断じれる根拠なんて微塵も無えわ」
「討伐に最低でも白金級クランかその上の魔銀パーティが必要な
クリムゾンスカイハイアー(紅色ワイバーン)の話もですけどね…」
「魔石を食うのはそんなにおかしい事なのか…?」
言いつつポリポリ魔石を摘むソウタ。
「…貴方、本当に元人間なの?」
「普通だったら食った瞬間最低でも魔化重症で最悪魔物化するんだぞ?」
「…稀に何かしらの異能やら魔力増強等をすることはありますが…
ええ、普通ならそんな頭のおかしい事はしませんよ」
「……そうなのか…」
だがしかしソウタは魔石を摘むのを止められない止まらない。
「見ていて胸ヤケってレベルじゃないんで止めて欲しいのだけれど」
「……………そうか」
ユガ達が真面目に嫌そうな顔をするので仕方なく摘むのをやめたソウタ。
ちなみにナージャはソウタの胡坐の上に座らされて押さえ込まれているので
ユガ達が何かソウタが気にするっぽい事を言っても大人しくしているようだ。
何だかナージャの体温がかなり高いので気になるが、あまり強く押さえ込むのも
「事案」とか「やはりお前もか」とか変な幻聴が聞こえてきそうな気がしたので
どうにか自重している。
「…………生きてるってこんなにも素晴らしいことなのね…」
「おいナージャどうした」
「え? 兄様こそどうしたの?」
何か哲学っぽいこと口走ったので聞いてみるも逆に真顔で返され
状況が状況なので「…気のせいだった」としか言えなかったソウタ。
「で、だ…閑話休題なんだが…そこの…」
「トビアです。こんな顔ですが、僕はれっきとした男です」
「いや、それは分かってる。俺が気になるのはそこじゃなくてだな…」
ソウタはトビアの胸ポケットから覗いている稲穂らしき草を指差す。
「………これが何か?」
己を庇う様な素振りにそれ男子として如何なものかと突っ込みそうになったが、
そこは自重して「そう、それだ。それは米の稲穂じゃないか?」と聞くソウタ。
「コメ…? これは麦の野生種では?」
「いや…麦なら野生種にしてももっとこうヒゲみたいなのが生えてる筈だ。
そんな風に垂れ下がるような稲穂ではない筈だ」
「…そういえば、貴方、最初にもコメがどうのと言ってたわね」
「ああ…俺の…今はもうどうしようもなさそうな故郷では
それとよく似た植物を育てて食う文化がある。旨いんだ。ソウルフードなんだ」
身を乗り出しそうになったので三度自重するソウタ。
「…魔化鬼人も頭からバリバリ食べそうな貴方が…?」
「あー、そいつぁ確かにそんな気がしちまうぜ………大将、怒ってないよな?」
「気にはせん。あんな煮ても焼いても食えない奴はどうでもいい」
「…その感じだと過去に食ってみたっぽいな」
「アレは魔石以外はうちのチビ三人+αの練習台にしかならんよ」
「地域個体差が出るとはいえ、樹海のディアボーガを練習台て…出鱈目すぎるわ」
「いや、アレはアレでタフだから体のいいスキルの実験台にもってこいだぞ?」
「大将、その辺にしてくれ、頭が痛くなってくる」
気まずい沈黙に包まれそうなのでソウタは稲穂の話に戻った。
「えーと…トビア少年よ」
「あの…これでも僕一応もうすぐ成人になるので少年呼ばわりはちょっと…」
「…ではトビア…もう一度聞くんだが、その稲穂は何処で?」
「何処でって…こっちに来る前の…あの辺で…」
トビアが指し示した方向をしっかりと見据えるソウタ。
「30秒ほど待っててくれ。ナージャ。大人しくしてろよ」
「…兄様がそう言うなら…」
音も無くナージャをその場に残してユガ達の前から姿を消すソウタ。
「おい…おい…ちょ…?!」
「下手に考えるとまた頭が痛くなるわよ」
「………風さえ残さないって…どんな動きしたら…」
二の句を続ける前にソウタは戻ってきた。両手に根付きの土ごと
掘り返したと思われる稲穂の束を持って。
「………間違いなくコメの稲穂だ…古代米か、赤米か…その辺はまぁ…
籾殻を取ってみれば大体は…」
ブツクサ言いながら稲穂を傍らに置き、ナージャの隣に座り込むソウタ。
「あの…兄様…私、このままでいいの?」
まるで先ほどの状態をもう一度して欲しいかのような言い方だが、
ソウタはまるで聞いちゃいねぇ。さっきから「古代米にはガチで緑色も…」とか、
「天然で白米って存在してたか?」とかブツブツ独り言しっぱなしである。
何だかちょっと落ち込んでる気がするナージャなんて微塵も気にしてないようだ。
「………ねえ…ちょっと…? 妹さんが悲しげなんだけど」
「ここはあえて蒸してみて…………ん? あぁ、すまんすまん…
で、何の話だったろうか?」
「あ、兄様…!?」
真面目に無視されててショックだったのかナージャは涙目である。
「……うぉ!? すまんナージャ。俺が悪かった…」
若干心ここに在らずっぽい気がしないでもないが、大人としてソウタは
真面目に泣きそうになってるナージャを宥める。
「…ずっと魚の様子も管理してたのに…」
「あー…! えーと…!」
抱きしめるのは流石にどうかと思ったので頭を優しく撫でつつ
何とか詫びの言葉を探そうとはするソウタ。
「………この希少なダマスカス合金の大太刀…どうしたらいいかしらね…」
「うっ!?」
うろたえてると言えばうろたえているソウタの様子にユガが
先のトラブルで見事に歯こぼれしてしまった大太刀の件をボソリと呟けば
罰の悪そうな顔をするソウタ。
「……ぬグぅ…! よし! ならばもう方法は一つだ!
お前たちもヒブリドに迎え入れる! 確か灰と紅のワイバーンの爪と牙がまだ
倉庫に死蔵してあったはずだし!! 特製ハンバーグも食わせてやる!!」
「……は?」
大分後日のことになるが、ユガはこっそりつけている日記に
「あの時以上に自分の頭の中が意味不明で真っ白になったことは無い筈」と
書いたとか書いてないとか。
4:ハンバーグと冒険者チーム「迎撃猟兵」(終)