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3,5:フッセン湖の蜥蜴少女ナージャ

4話のプロットを書き終えた瞬間に思いついたので追加。

なのでこのエピソードのナンバリングは3,5話となっております。

 天突大樹リッカルディッギーを抱く死の樹海イオヤムと樹海中にある

アムカイアド地獄山脈が有名すぎるせいか他に存在する危険地帯は、

確かに樹海と比べればそうかもしれないが…だが決して油断してはいけない

その恐ろしさが軽んじられている。例えば樹海を抜けた南部には三箇所もある。


 まず東南部にダグズア大丘陵。

ここは長年その隣にある東部の東国連合で唯一非加盟であるが、

それだけの国力を持つ合議制の魔法騎士団連盟の大国、

「アルプ魔法騎士国」の西進を永きに渡って阻んでいる。

基本的に騎士道と直結した法律ゆえに仁義なき戦争を出来ない騎士国は、

それ故に西進せねばいずれは東国連合の総合国力に押し負け、

そう遠くない未来に併呑へいどんされる運命にある。


 だからこそ西進せねばならないのだが…この大丘陵…アムカイアド地獄山脈とは

また違った意味での危険地帯なのだ。丘陵と言うだけあり上り下りの坂だらけで

その高さが恐ろしいまでにバラバラであり、平坦な長地が皆無に等しい。

そのバラつきが山岳地帯に負けないほど不安定な天候不順を生み、

霧と小雨が途切れぬ日は無いと言われるほどに頻発する。

そして、同様に大地に満ちる魔力も不安定であり、乱雑な高魔力の塊と言って

差し支えない凶悪な原初アーキス系の魔物を生み出す元の一つである

"魔力溜マルスポット"さえ同時多発で乱出現するのだ。

それだけでも脅威だと言うのに、このダグズア大丘陵にはまだ危険な事象がある。


 エレメント系アンデッドモンスターだ。これらに物理攻撃はまず効かない。

そしてアンデッドであるが故に、他の生物が元来持つ生命力も魔力も全てを

喰らい、それによって新たな同族を生み出したり、たやすく亜種化・変異・狂化、

そして単純が故に恐ろしい巨大化をするのだ。ダグズア大丘陵には霧の巨人ヨートゥン

呼ばれる巨人型魔物が出るが、あれこそがエレメント系アンデッドモンスターの

基本的な最終形態なのだ。ここを攻略することは前衛系冒険者や騎士達にとって

非常に厄介極まりないのは言うまでも無いし、かと言って魔法系職なら

真っ先に狙われる。生死を司る古き大神の名が充てられるのも納得なのである。


 そしてそんなダグズア大丘陵を東に抜けた先に待つのがアイチェブ湿地。

または底無泥沼大瀑布。ここはダグズア大丘陵に降り注いだ水が

常に地下から染み出しており、それゆえにその全てが正確な深さが一切不明な

泥沼だらけの物理的に踏破が困難を極める場所だ。出てくる魔物はこの地域に

完全適応したものしか居ないので、自ずと沼から飛び出したり、こちらを

引きずり込んで襲おうとする魔物の宝庫だ。幸いなのは湿地の生物は

魔物も含めて周囲の危険地帯最弱ではあるそうだが…圧倒的に不利な地理で

圧倒的に優位性を持った魔物たちを最弱とは呼べないものがあるのだ。

かつては一度、もはや伝説ではあるが水と土の賢者マヌーチと

木霊の大魔法使いウディマスが協力してこのアイチェブ湿地に特殊永続魔術式を

組み込んだ魔木橋と呼ばれる魔道具を計算して張り巡らせ、

沼地を歩いて渡れるようにしたというが、その魔木橋は想定していた50年の

運用期間も保つ事は無く、魔物に術式を破られ破壊されるか

決して乾燥することの無い湿地の環境で徐々に腐ってしまったりして

結局は元通りの底無し沼だらけの地域に戻ってしまったのだ。

当然これによってマヌーチとウディマスは多くのものを失い、

後継者も無く研究者も匙を投げてしまい…とうとう資料すら

更新されていない有様なのだ。


そして最後に…グランリュヌ帝国に近く、アイチェブ湿地の西隣であり

樹海中央から見て西南に位置する最後の危険地帯がある。


 それがフッセン湖だ。奇しくも名付け親はかつて一度は

アイチェブ湿地を攻略しかけたマヌーチその人である。

ただ、このフッセン湖はマヌーチが最後の威信を賭け、一生をかけて

研究と観測を続けた浄水の湖である。そのため資料も多岐に渡り…

この湖はどんな危険があるのかというのが…全ての資料に必ず…

いや確実に行き着いて出てくる一言に尽きる。


 清浄すぎる。


 それの何がいけないのか? この湖の水は、とても美しく。

それは水深10m級の水底を覗ける程であり、高い透明度が故に陽光も透過する。

そのためそこに水が存在するのかと疑うほどに澄んでいるのだ。

では今一度それの何がいけないのかを簡単に語ろう。

そんなに美しいならさぞ良い生態系があるのだろうと…

マヌーチが最初に発表した資料に触発された多くの賢者に魔術師に

研究者がこぞって確かめに行った。


 その結果が…魚はおろかミズゴケさえ無く、水底には泥ではなく

砂かこの湖で死んだと思われる魔物などの骨があるだけなのだ。

普通の水中では死んだもの、朽ちたものは目に見えぬ浄化精霊達が

次の命を育む命の源に分解すると言われているが…このフッセン湖には

その浄化精霊さえ存在しないのだと言う。存在しなければ…しかし

では何故この湖には骨だけは残っているのかという疑問が残り…

そして多くの者たちが同じ結論に至る。


 特定浄化毒。


 その正体が何なのかは未だに謎である。分かっているのは

この湖に投げ込んだ朽ちたもの、肉のある死骸は、その全てが

骨かそれに準じた物質を除いて全て浄化されるのだ。

浄化精霊であるならば、骨も残さず命の源に還元するが、

このフッセン湖にあるとされる特定浄化毒はその骨ないし

それに準じた物質以外だけを浄化してしまうのだ。


 それを証明すべく命をかけた検証…湖の水を飲むと言う実験で

それを証明しようとした…あるいは死ぬための理由にちょうど良いと言う

頭のおかしな者たちが試したのだが…どういうことか飲んでも

腹から骨以外が浄化されるという現象が起きないのだ。


 ますます謎が深まり…結局マヌーチもその謎を証明できないまま

無念の最期を迎えてしまった。以降この湖の特定浄化毒の噂が

世界中に流布し…それこそ悪魔の証明のような妄言が出回り、

気が付けばフッセン湖は"唯一は骨沈みの死水溜り"等と呼ばれ、酔狂人か

数奇者以外のあらゆるモノがそこに立ち入ることは無くなってしまった。


 さて、そんなフッセン湖だが…今ここには一人の数奇者か酔狂人か

定かではないが…その湖を魚の如く縦横無尽に泳ぎまわる者がいた。


「ぷはっ…!」


 その者は…人に似た姿だが…顔や体の一部に水色の鱗をまとい…

目はリザードマンと同じ特徴を持つ人に良く似た…いや、

卵生のリザードマンと胎生の人間の間に生まれた…生まれてしまった…

便宜上は半亜爬虫ハーフリザードと区別されるナージャと呼ばれる少女だった。


 彼女の母は若い時分に狂乱した亜種のリザードマンに襲われ、

あろうことか暴行され、本来ならばありえないはずの命を…

彼女をその身に宿したのだ。ハーフリザードと似た見た目の種族は人魚こと

水生人マーフォーク半竜人ドラゴニュートが存在するが、マーフォークは元々から人間とも子を成せるが、

きっちり分化して生むし、ドラゴニュートはドラゴニュートで余程の奇形や

変異で無い限りはドラゴンに近い特徴…角や翼を必ず持って生まれるのだ。

まかり間違ってもナージャのように人間に酷似した姿の

体の一部だけに鱗をまとったりはしない。


 彼女は生まれたときから独りになる宿命を背負わされていたのだ。


「はぁ……ここ…静かで…いいなぁ…」


 彼女は笑みを浮かべるが…その笑みは歪んでいた。何故なら彼女は

本当に嬉しい気持ちで笑ったことがないからだ。その全てが

苦笑か冷笑か、無理やり口角を上げた引きつった作り笑いしか出来ない…

そんな人生だったからだ。ナージャの母は、彼女を産んですぐに発狂し、

彼女をそのまま殺そうとして母性と本能の狭間に自害という道に走った。

そして彼女は勿論…人間にも、父方の…殆どが魔物である…

リザードマンにさえ受け入れてもらえない…ならば彼女の行き先は何処か?

彼女は戦闘奴隷になるしかなかった。奴隷の受け入れにしても

ある程度は見れるものでなければ…生理的嫌悪を覚える風体でなければ…

戦闘奴隷以外に進む道も閉ざされるのだ。彼女は居場所を求めて

只管ひたすらに戦闘奴隷として戦った。己の居場所を勝ち取る為に。

だが、世界は彼女に優しくなかった。それは周到な罠のような、

今現在は彼女以外に持っていないであろう能力も原因となった。


「…? 水底に何か沈んでる…?」


 音も無く彼女は入水した。そして彼女は水中で目にも留まらぬ速度で

刹那の時間で水底に辿りつき、気になったものを拾い上げ、

本来なら急速浮上する…生身で急速浮上と言うのは

肺に多大なダメージを与えるが…彼女の肺は…いや、体が水に入った瞬間、

水と一体化するような特殊能力…かつて受けた鑑定では"水化"という

得体の知れない名前で出たものだ。おそらく父である亜種リザードマンの

能力なのだろうが、鑑定では鑑定したものの技能不足で全容が知れなかったが、

彼女は水中活動を繰り返すことでその能力を本能的に理解した。


 これはあくまで彼女の推測によるものだが、彼女は全身が水に使った瞬間。

己と水の境界が、奇跡的に薄皮一枚で保たれる程度に曖昧化するのだ。

故に…彼女は文字通り漬かった水と99パーセント近く同化し、

己の体を動かすように同化した水をコントロールするのだ。コレを活かすことで、

彼女は水中を亜音速で移動し、その勢いと手足を動かす感覚だけで水そのものを

完全に操り、巨大な水竜巻を生み出したり、水圧や水流そのものを

巧みに操ることで長らく水生体の弱点であった電流すら捻じ曲げ歪ませ

完全に無効化できる…つまり水中においてほぼ無敵なのである。


 この力を持って、彼女はかつて所属していた戦闘奴隷の水軍部隊で

若干12歳にして"水竜女公"という英名を冠するほどに活躍した。

何しろ彼女の部隊と相対して沈まなかった船は無かったのだ。

そのため"深淵のアギト"、"生ける水地獄"、"水霊みずち"、"死の海魔"と…

数多くの異名…いや悪名を与えられ…最後は味方からもその能力を恐れられ、

命を狙われるようになった。無論、己を理解しようとせず否定し拒絶する連中に

黙って殺されてやるものかと全てを水に沈めて返り討ちにした。

そして今年…14歳となった彼女に…その全ての悪名を集約したと思われる

最大の侮蔑も込められた異名を叩きつけられた…人でも水でもない

「亜水亞人」と。


 たった14年しか生きていない彼女にはあまりにも過酷だった。


 何であろうが彼女にだって心がある。若く幼い未熟な心がある。

それが傷つかないわけが無い、歪まないわけがない、磨耗しないわけが無い。

彼女は疲れた。疲れきってしまった。どうせ誰も受け入れぬなら、

最初から独りで居ればいい。寂しいようで寂しくなどない。他者は己を

何かしらの理由をつけて恐れ、否定し、拒絶し、無理解を貫く、貫かれたのだ。

 だから彼女にとって、若干でも似たような経緯のフッセン湖は楽園だった。

此処には彼女を否定する心を持った者は何者も存在しない。流浪の途中で

この湖の存在を知ったとき、世界は何処までも冷酷ではないのだと、

彼女の心に小さな安寧を与えたのだ。


「……あぁ…これ…真珠ね…そっか…真珠って骨に準じた物で出来てるんだ…」


 ナージャは真珠を眺めるが…そもそも彼女は光物の価値などわからない。

分かりようがない。親愛の気持ちでそのようなものを送られたことなど無いから。

誰かから貰ったものはまだ恐れられる前の僅かな勲章か、悪意ばかりだから。

だからナージャは真珠を再び水底へ沈めた。特にやる事も無くなった彼女は…

水面と一体化したかのように浮かんでいた。いっそこのまま本当に

水になれたらと思っていたら…彼女のお腹が鳴った。


「……生きているのだから…それもそうよね…」


 ナージャは自嘲して水から上がり、己の姿を包み隠す外套と衣服等を着て、

一旦フッセン湖を離れた。とりあえず隣のアイチェブ湿地辺りまで行って

適当に魔物を殺して喰うかという話だ。半分はリザードマンである彼女にとって

生食は恐れるに足らないのだ。


>>>


 所変わって、いつものイオヤム樹海にて、ソウタは水場を探していた。

何と言うことは無い水浴び…まぁ風呂のつもりである。

何だかんだで元日本人であるソウタ。如何に異形者に成り果てたとはいえ、

暖かさと冷たさを感じないわけじゃないのだ。暖かい風呂に入りたいという

心の叫びがあるのだ。まぁ、そういうわけなのでヒブリドでも風呂を作ったが…

どうせなら独り用の秘湯みたいなのを作ればよかったと悔やむばかりだ。


「とうとう俺の風呂時にまで本性剥き出しで突貫して来るようになった…!」


 誰とは言わない。社会的に死んで冥府魔道転生なんぞご免である。

湯の中から出てきたときは何処のミニ貞○かと思ったくらいだ。

真面目に無視できない心のダメージがあった。だからソウタは

今後は人知れず風呂的な何かをしようと絶賛行動中なのだが…


「……ふ…わけもなく樹海ではない…海とか付くくせにな…」


 それは漢字の問題であって全くの別問題だとは分かっているが、

言わねばならんのだ、言わねばダメージが溜まるのだ。


「……そういえば…一度リッカルディッギーに登頂したときに湖を見たな」


 ソウタは名前を知らないが、十中八九フッセン湖のことだろう。


「…距離的にも地理的にも…俺なら行ける…水風呂でも気分くらいは…」


 言ってて悲しくなったが、全裸突貫を毎度毎度理論武装のみで迎撃するのは

防御が難しい精神的ダメージが募る。まさかほぼ無敵かと思われた己に

このような…っていうか人間の頃からまるで変わってない部分があったとは…!

嬉しいようで悲しく、悲しいようで嬉しいという…またダメージになりそうな

グチャグチャした何かが出てくる…!


「やらぬ後悔よりやって後悔! どうせダメージを受けるならば…

納得して受けてやろう!!」


 いつに無くある種の好戦的熱意だったせいか、今日もソウタを狙う

畜生どもは近寄りさえしないようだ。


>>>


 急ぎすぎず、遅すぎない速度でソウタは真っ直ぐフッセン湖に向かい、

樹海では生態系頂点に君臨するも樹海外ではまだ確定ではないので

ソウタの能力に怯みつつも挑んでくる魔物畜生が居たが、


「邪魔ぁッ!!」


 の一言と一撃で鎧袖一触一発撃破である。時には複数に齧りつかれたまま

全く居に返さず突き進む。珍しい魔物はとりまブッ殺魔石ゲットの魔石タイム。

そんな感じでソウタは樹海外でもじわじわと生態系上位に食い込んでいくが、

無論本人はただフッセン湖で風呂モドキを堪能したい一心なので、

生態系の何位だろうが知ったこっちゃ無い。


「……そろそろか…?」


 一応匂いを嗅いで見るが…意識して真水の匂いを嗅ぎ分けたことが無いので

そこはサッパリである。だがソウタは諦めない、諦めきれない。

そこに独りで楽しめる風呂っぽい何かがあるならば! 行くしかないでしょうと。


「…む?」


 風の匂いが変わったと思ったとき…ソウタの目の前には一瞬海かと

思うも、その水面と大きな波がない水溜りに確信した。


「ここか…例の湖は…」


 という事で早速手ぬぐいと桶を片手に…一応愛用の虎柄腰巻は脱いで、

本当の意味で生まれたまま…もとい全裸になって風呂に入る真似事をしてみる。


「…うん…まぁ冷たいな…死ぬほどとかそういうんじゃなく…ううむ…」


 まあいいかと水浴びを始めるソウタ。如何せん暖かさが無いので

どうしてもプールとか海水浴とかの感覚が拭えない。

と、なるとやりたくなることがある。水底に行くことだ。


「………」


 ざぶざぶと水の中に入っていくソウタ。このとき大事なのは

息をゆっくり吐いておくことだ。そうしなければ浮いてしまう。


「………(何も無いな…いや、砂と…骨と…ふむ…これは…真珠か…

湖だから淡水だと思うのだが…いや、ここは異世界だ。そういうこともあるさ)」



 他に何か無いかと水底を歩き回ってみるが…先に見つけたもの以外

異なるものは何一つ見当たらなかった。


「…魔物も居ない…んん!?」


 思わず口にしてハッとしたソウタ。水の中だというのに全く苦しくない。

というか呼吸もしてないのに全く苦しくない。


「……ううむ…息をするように魔石を摘み食いし続けているうちに…

やはりどんどん人間どころか生物の枠からも外れていっているようだな…

まぁ、今さらではあるか…水の中だろうが地上と大して変わらんし…」


 精々水の音が自分の動きに合わせてゴポゴポコポとするあの

何ともいえない心地よさ…確か母の胎内に居た時の記憶が

そういう気持ちにさせるのだったかと考えてとりあえず湖の中を

ノシノシ歩いていく。歩けど歩けど砂か骨かそれに近いものばかり。

水底の砂漠かと思うほどに同じ光景が広がるだけだった。


「…暗視の力も高まっているせいか…暗いというより黒いという感じだな」


 まぁ地上では分からなかった事が分かったし、収穫ゼロというわけでもない…

とはいえ風呂という目的が全く達成されないのは如何なものかと思うソウタ。

 

「湖の底に財宝云々…等という馬鹿な話は…無いな」


 何となく水底で胡坐をかいてみる。聞こえてくるのは己の動きによって

動かされた水の音だけ。逆に言えばそれ以外は無音という。

考え事をするにはとても都合のよい環境があった。


「……一人になりたいときにはいいかもしれん」


 また本来の目的とは違うが精神的収穫を得られたかなとソウタは

水中でいつもの様に魔石を水ごと食って「水生生物ってメシ食いづらそうだな」と

正直陸生生物が考えても仕方のないこと考えていたのだが…


-ドボン…


「?!」


 正確な距離は流石に慣れない水中なので定かではないが、何かが

どこかの岸から湖に入水した音が聞こえたのでソウタは意識を切り替える。


「…こんな所に何が落ちたのやら…」


 歩き回ってみる限りではこの湖には骨系のモノ以外は何もないはずだ。

そしてこんなに綺麗なのに生き物が骨のみでしか無いということは

この湖は普通の湖でもないから余計に入水した何かに不穏を覚える。

相変わらずついつい地球の常識でものを考えてしまうので余計に不穏が酷い。


「水音…微かに…」


 水の中で何かが動くのだから入水したのは何かしらの生物ではあるのだろうが…

こんな所で泳ごうとするモノは一体何なのだろうかと立ち上がったその拍子、


 見上げた水面にパッと見はまだまだ幼い体の少女の裸体がどーん。


「ぶぼぉ!?」

「んへっ…?!」


 少女もまさか水底に顔は人っぽいが筋骨隆々で手足が異形な常識的に見て

人型のバケモノであるソウタがいるなんて思ってなかったので

お互い数秒の間、見事な硬直フリーズをしてしまう。


「なん…は? 人間…? いや、鱗が…というか何故全r…ヘァッ!?」

「は、わ…あ…ひああああッ?!!」


 ソウタはソウタで冷静なようで冷静じゃなく、勿論水色の鱗の少女も少女で

水底に普通に立ってる異形人ソウタが普通に言葉を水中で喋ったので

結構なパニックを起こしかけていたが…そんな時少女も目の前の相手が

何か全裸だってことに気づいておまけに自分を凝視してる(ように見える)ので

青いか赤いか肌色が変わったかと思ったら当然だが


「ひいいいいいいやぁああああああああああああッ!?!」

「というか普通に水中でしゃべ…!? 待て、俺は別に怪しい者ではうをぉ!?」


 少女は一瞬己の局部を隠そうとしたがギッと形相を厳しいものに変えて

両腕を思い切り交錯させたかと思えば上に振り上げる。するとソウタの

体が吹き上げる水流かと思うような勢いで投げ出されそうになるので

ソウタは肌色事件ラッキースケベに時代がかったありがちな台詞を吐くが

んなもん遅いってレベルじゃねえ。


-ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオ!


「しまった水中戦なんて数えるをををおッ!?」


-ドッパアアアアアアアアアン!!!


 その日、フッセン湖の中央あたりで巨大な水柱が上がったが、

その現象を見ていたのは時々ここに水を飲みに来る獅子型の魔物くらいで、

その魔物が背後に蛇ないしキュウリがあった猫みたいに

ビョイィンと跳ね上がって驚いて逃げるだけであった。


 水柱と共に水中から空中に打ち上げられてから暫くソウタは鱗もちの少女が

操っていると思われる湖の水面からドドドドドドドドと放たれる

大量の水の弾丸をぶち当てられまくって動けない。


「シネシネシネシネシネシネシネエエエエエエ!!!」


 何かしらの魔術で水面に立ちつつも岸まで下がり、顔を真っ赤にした

鱗もちの少女は目じりに涙を浮かべつつも真っ赤な鬼の形相で間違いなく

交渉なんか応じるはずも無い死ね死ね連呼で水弾連射である。


「…(痛くないのは俺が相応にバケモノだからなのか…?)…とはいえ…」


 空中でコンボを食らうなんて人生初だったので全くどうしていいかわからない。

何しろダメージこそ無いが空中で水弾に当たり続けているため満足に動けない。


「だああああああああらああああああああああああああ!!!」


「……これは…ぶふぉ! …何というか…べぷし! …どうしぶぷっ!」


 狙っているわけではないのだろうが夥しい数の水弾なのでソウタの顔面に

ベチンバチンと当たって喋りにくいったらありゃしない。


「ああああああああああああああああああああ!!!」


 ここに来て鱗もちの少女の表情もどんどん青くなってくる。

単なる水の玉ではないはずの水弾の連続攻撃で当てても当てても

見上げる先の化物ソウタには何ら痛痒を与えている気がしないのだから。

 化物は何かを喋っているのだが、今の少女にはそれが人間の言葉に聞こえない…

…本格的にパニックを起こしているので何かしらの呪文なのではと、

妙な術式を発動されてなるものかと顔面に当たるように頑張るのだが、

彼女とて無尽蔵に魔力があるわけでもなく、どんどん血の気も引いていく…

が、やめられない。何しろあの化物は見た瞬間から本能がどうしようもなく

警鐘を鳴らすのだ。この猛攻をやめれば死ぬ。隙を与えても死ぬ。

今まで沢山の敵と戦ってきたからこそ彼女は変に考えず闘争本能のままに

打ち上げ続けている化物への攻撃をやめない。やめられない。


「……(このままでは…ん?)」


 時折視界が顔面に水弾がぶち当たることで嗅覚もろともに鈍るのだが、

ソウタの人外域にある聴覚と魔力感知は今現在一方的になっているといえば

なっているソウタと少女の一対一の戦場の端に不審な音と気配を観測した。


「(あの少女の死角方向から何かがにじり寄っている…?)」


 せめて視界に水弾がぶち当たらなければ良かったのだが、このままでは

あの鱗もちの少女の死角に…十中八九魔物だと思われる漁夫の利狙いの

乱入を許すことになる。それはソウタとしてはあまり宜しくなかったので

頑張って体を全力で捻る。


「!?」


 するとソウタは水弾の連続命中もなんのそのといった動きで湖に落下。

そして途轍もない津波を伴ってソウタは水弾を撃ちまくってきた

こちらを見て驚愕と同時に諦めたような表情の鱗もちの少女の、


 死角から襲い掛かろうとした獅子型というかキマイラかマンティコアか

ともかくそういう魔物の顔面を力を溜め込んだパンチで打ち貫いた。


>>>


 濡れたままなので腰巻を穿きたくはなかったが、やはり

少女を前に全裸ってのはいただけないので我慢して穿いたソウタの前には

やはりきちんと…全身をローブなどでガッチリと包んだ鱗もちの少女がいる。


「……人の言葉…喋れるんだ」

「…一応、元人間なのでな」

「…冗談にしては笑えない」

「そうか」


 ソウタはとりあえず先ほど打ち殺した獅子型魔物から獲得した

結構大きい魔石を片手で弄んでいた。


「………わたしをどうする気」

「ん?」


 どうすると聞かれてもソウタは困る。行きがかり上助けただけなのだから。

見た感じは少女の顔の一部にもある水色の鱗が気にはなったが、

ここは異世界だし半亜神族ハーフエルフのスーリャや半豚鬼人ハーフオークのモーガンに

半大鬼人ハーフオーガのドルクなどという異世界ならではの

混血種族ハイブリッドを見慣れているのでそれがどうしたという感じだ。


「…どうせ貴方も私みたいな人でも魔物でもない者は気味が悪いでしょう?

忌み嫌うんでしょう? 理解できないんでしょう? 拒絶するんでしょう?」


 鱗の少女はドロリと濁った双眸をソウタに向ける。


「どうもしない。というか俺はお前みたいな混血種は始めて見るのでな」

「ああ、そう…どう? 気持ち悪いでしょ。カビみたいに一部だけ鱗で

後は全部人間に見える感じが何かの皮膚病みたいに見えるでしょう?」

「お前が仮に皮膚病であったとして、それが何だというんだ?」

「え…? だ、だってやたらと薄い水みたいな色の鱗なのよ?

ドラゴニュートだってもっと濃い青色か緑色をしてるじゃない…?」

「で? 俺にはお前のその鱗が小奇麗な刺青みたいに見えるんだが?」

「イレズミ…?」

「こっちでは肌に染料を彫り込んで何らかの証にしたりする文化は無いのか?」

「し、知らないわ…わたし、そんなこと気にする余裕もなかったし…!」


 鱗もちの少女はソウタの全く嫌悪を感じさせない…どちらかと言えば

良いほうの意味での好奇の視線と言動に動揺が隠せない。


「この目だって…何を考えているかわからないって…」

「目だけで相手の考えが読めるものなど鑑定もちやそれ系の異能者の

格好付けの言い訳に過ぎん。第一その眼は猫の目みたいで可愛らしいじゃないか」

「かわ…ッ!?」


 少女はまるで初めて言われたかのようで、素直な驚きの表情を見せる。


「まぁお前が今までどのような扱いを受けて世を渡って来たのかは

何となくわかった。あの遠慮の無い連続攻撃でも分かる事だろうが、

それも致し方ないことだともな」

「そう…なの?」

「俺がまとめざるを得ないねぐらの同居人たちも最初はそんな目をしたものが

ちらほらいたからな。まぁ人畜に等しい奴隷だったから仕方ないと理解できる」

「……そんな、姿…なのに…慕われてるの…?」

「面と向かって言われると中々に傷つくな」

「!? ご、ごめな…さ…」

「謝るな。瑣末なことだ」

「本当に…色々な意味で貴方は強いのね」

「…まぁ、そうでなければ今日まで生き残ってこれなかっただろうしな」


 ソウタはとりあえず地面に胡坐をかく。少女も少し力が抜けたように座り込む。


「……あー…何だ、いつまでもお前だ貴方だと言うのもアレだ。

木石でもないのだろうから名前くらいあるんだろう? …まぁお前の

これまでの言動からして俺が昔拾ったやかましい三羽烏の小僧小娘みたいに

ちゃんとした名前を与えられなかったというのならば構わんが」

「…ナージャ…東方交易語で"ヘビモドキ"って意味らしいわ…」

「…俺の知っているナージャの名の意味としては酷い意味だな」

「わたしの狂い死んだ母親がそう名づけたそうよ」

「……聞かないほうが良かったな、すまん」

「貴方も謝らないで…名無しよりはマシだし…似合ってるわ…こんなわたしに…」

「俺はソウタ、ソウタ・カリオだ」

「…貴族の子だったの?」

「ハッキリとは知らん。それが俺の故郷の天皇…皇帝から与えられた名誉氏名…

かばねかどうかさえも定かではない」

「不思議な国が故郷なのね」

「こんな風体でもあるので色んな意味で二度と帰れなくなったがな」

「…そう…」


 ふと見れば鱗持ち少女ことナージャは出会い頭からの感情の波が

今では随分と穏やかだった。


「さて…」


 ソウタのその言葉にナージャはビクリとする。


「…やっぱりわたしを如何にかするの?」

「どうもせんと言っただろう…俺はそろそろ塒に帰ろうかと思っているだけだ」

「…貴方…ソウタ…さ、んは…どこから来たの?」

「イオヤム樹海だ」

「えっ…!?」


 ソウタが親指で指し示す方向は間違いなく樹海の方向。ナージャの表情は

驚愕に満ちていた。


「…あんな所に暮らしてるの?」

「何分気づいたら樹海に迷い込んでいたのでな…記憶喪失ではないぞ。

神隠しというやつだ」

「………貴方がその辺の連中だったら嘘だって断じれたけど…本当みたいだね」


 ナージャはソウタに対してもう敵意など向けていない。向けられるはずが無い。

圧倒的存在感とあの戦闘力を目の当たりにすれば誰だってそう思うだろう。

存在感といえば思わず見返してしまったソウタの裸身を思い出して

何故か顔から火が吹きそうになって慌ててソウタから顔を逸らすナージャ。


「おま…ナージャこそこれからどうするんだ?

湖には体でも洗いに来てたんだろう?」

「…それはとっくに終わってたわ…」

「そうか…この辺も樹海程ではないがああいった獅子型魔物けものちくしょうも出るから

早いうちにもうちょっとマシな所を探すといい。それではn…あ?」


 時間的にそろそろ家の困った幼女ネネサマが発狂ぷっつんするかと思ったソウタは

踵を返すようにナージャに背を向けて立ち去ろうとして、腰巻の端っこを

ナージャに摘まれたので仕方なく振り返った。


「…どうした」

「ソウタ…さn…まの塒って…同居人がいるの…で、す…よね?」

「何だ急に改まって…………………加わりたいのか? 俺はともかく

俺の塒…大樹の街ヒブリドの住民はお前を忌み嫌うかもしれんぞ」

「……それでも…構わない…貴方が…ソウタ…さま…が…良いって…言って…」


 ナージャは顔を真っ赤にしてボロボロと涙を零し、鼻水さえ垂らしながら

ソウタに縋り付くような目線を向けている。


「…まぁ、ここで見捨てても寝覚めも悪いし…お前が挫けず頑張れるというなら、

俺は…ヒブリドの酋長シカリとしてお前を拒みはしない」

「あ…あぁぁ…あり…ありが…ふぇ…ふぇぇぇぇ…!」


 ナージャはソウタに縋り付いてそのまま静かに嗚咽を上げた。

見た目からしてルヴァル達とも年が近いかもしれないから大丈夫かなと

ソウタはナージャの頭を撫でて彼女が泣き止むまで待つことにした。


>>>


 本当に大変なのはこれからである。何しろヒブリドにはソウタが好き過ぎて

色々と拗らせている危険な見た目は幼女、頭脳は毒婦魔女なネネがいるのだ。


兄鬼あにき…手が早ぇよ」

「仕方ないだろう…放置するのはもっと最低だと思った…

というかその言い方では俺がナージャに出会って即行で

ヒャッハーと手を出したみたいに聞こえる! もっと言葉を増やせ!」

「わたしは…別に…ソウタ…あに様になら…別に…」

「ぬー…ルヴァルとそんなに年が変わらん女子だぬ…」

「マジで? 僕と幾つ違いなんだヴァイス?」

「三歳しか違わないんだぬ」

「14歳…クソ思春期の乙女…だと…?」(注:ネネ)

「…ひぃっ!? 何かいつも以上にネネちゃんがこええぇ!?」

「落ち着いてモーガン。ネネちゃんはいつも通りよ」

「スー、リャ…? おでは…そうは思わない、ぞ…?」

「はぁ…大旦那様はまた珍しい稀人を連れてきたんですなぁ」


 ナージャは最初こそソウタの後ろに隠れていたが、ヒブリドの住民は

人間含め誰も彼もが彼女の姿に「へー、何か変わった子だなー」という

軽いノリな好奇の目線しか向けてこないことに戸惑いを隠せなかったが、

あんまりにも軽いノリなので逆に警戒心が薄れていった。


「ヴァイス…ナージャの種族は分かるか?」

「ぬ? あー……ハーフリザードとか出てるんだぬ。兄者と同じで

結構レアな固有種なんじゃないかと思うんだぬ?」

「そうか…ナージャ、お前はある意味で俺と同じらしいぞ?」

「…兄様と…同じ…? 同じ…?」


 ナージャはソウタの腕に体を絡みつかせる。


「兄鬼…やっぱりそいつに…」

「ゼナ、童貞を舐めるな」

「…あー…うん…アタシは兄鬼を信じるぜ。そいつから人間の処女の臭いするし」

「…臭いって…あなた…兄様の何なの?」

「あん…? アタシは兄鬼の単なる妹分さ。ちなみにアタシはハーフグールだから

兄鬼ほどじゃねえけど鼻が利くんだぜ。処女臭ぇってのが気に障ったか?

アタシだって処女なんだぜ? もしかしたら兄鬼に

そういう意味で食われちまうかもしれねーけどな? キシシ…☆」

「おい! ゼナ!? 言葉を選べと何度言えb…うっ!?」


 ソウタは強い視線を感じるとと共に己の全身の筋肉が強張ったので

その視線の方を見ると…まぁ案の定ネネである。


「ソウタ…? ねえ? そのメス豚は何?」

「メスぶ…!?」


 これにはナージャもカチンと来たようで、ネネの前に立つ。


「…子供の癖に口が最悪ね…何様のつもりなの?」

「ソウタのお嫁様のつもりだトカゲ女…」

「……あ? 死にたいのか、クソガキ…?」

「あァ? …それはこっちの台詞だウロコ女…!!」


 ネネは情け無用の瞳術を発動したらしいのだが、ナージャには効果が現れない。


「!? ぐっ…!?」

「…わたしがお前のような何かしらの瞳術使いと戦ったことが無いとでも…?

わたしは水魔の化身とも恐れられた戦奴…舐めるなよ…?」


 それどころかナージャを瞳術で睨んだネネが苦しそうにするので

これには全員が驚愕した。ソウタは違う意味で変な汗が垂れてきた。


「ふざけるな…! ソウタから離れろ…! …ぐうぅぅっ!?」

「…己の体表を水鏡に出来るわたしにつまらない瞳術など通じない…!」

「いや、ちょ…お嬢さん方…?」


 ソウタの様にも多くが驚愕した。


「ボスが…めっちゃ焦ってる!?」

「ソウタ様…?!」

「お、おで…今、凄く大変な気がす、る…!」


「お、のれ…! ワタシが…! 精神系の瞳術だけだとでもぉ…!?」

「やってみなさいよ…! その前にお前をこの水弾で風穴空けてやる…!」

「待て待て待て待てぇ!!! ヒブリドで血生臭いことはやめろッ!!」


 ソウタはナージャとネネを押さえ込んだ。


「ふぁっ!?」

「兄様ッ!?」

「ちょっと落ち着け!? 話せばわかるって!?」


 この出来事は暫くの間ヒブリドで伝説みたいな扱いになった。


3,5:フッセン湖の蜥蜴少女ナージャ(終)

次回、皆のあねさんになるかもしれない人が出るとか出ないとか(無駄に己を追い込む苦行)

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