表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/18

3:元剣奴の半食人鬼娘に兄鬼(アニキ)と呼ばれて。

カオス警報

 イオヤム樹海西部…をうろついていたソウタ。その理由はそろそろ

こちらに飛来するはずだった季節の御馳走ワイバーンが全く来ないことに端を発する。


<<<


「おかしい…そろそろ紅色ワイバーンが来るはずなんだが…もしや狩猟しすぎて

ウッカリ絶滅させてしまったか? …む…牝くらいは逃がすべきだったか」

「うへぇ…流石ボス…パネェっすわ…」

「…さ…サスガ大旦那様…まぁ、素材の数もそうですし…は、ハハハ…

あ、あの白金級冒険者チームも…飛行能力等でそう易々…あ、大旦那様は…

あのチームも…そういえば一蹴、あはは…あははははははははアハハハハハハ―

「…樹海の生態系に異常が生じている可能性が出てきたのでちょっと見てくる」

「言ってらっしゃいませソウタ様…夕餉までにはお帰りくださいまし…」


 驚きつつもスーリャ、モーガンを初めとしたヒブリドの

幹部的な位置になっていた面々は慣れた感じが出てきている。

それは喜ぶべきかは別だ。かといって倉庫番みたいに毎度毎度

死にそうな顔をされるのも宜しくは無い。無論それは最古参の

少年少女達にも言えることだが。


「ちぇー…悔しいなぁ…僕も行きたいぜ…」

「止めるんだぬ! ワイバーンを甘く見てはいけないんだぬ!!」

「……そういえばヴァイスは昔エサにされそうだったね?」

「うあぁあああ思い出させるぬぁぁぁぁぁぁ!?」


 ヴァイスはポコポコとネネを叩くが、種族が魔水晶人スパティカーマンという

ヴァイスの鑑定によれば骨格が宇宙ダイヤこと六万晶金剛ロンズデーライト級に

硬い人間の上位種であるため、まるで意に返さない。


「くすぐり地獄の後なんて生ぬるいほどにヴァイスは…」

「ちょーし乗るんじゃねぇんだぬこのババ」

「ア゛ぁ?」

「ぬぐぅ!? ルヴァル~~!! 早くこいつを義手で無力化するんよ!!!」

「………ネネ…ソウタ兄ちゃんの邪魔になってるからやめろよ…」

「……そう言われてはいたしかたなし…うんがよかったな白目」

「…い、いつか…いつかずえったいに仕返ししてやるんだからぬ!!」

「できるかなぁ? いっしょうできないんじゃないかなぁ?」


「………ハァ…」


 放置するわけにもいかないのでここで要らぬ時間を食ったソウタ。


>>>


 本人に自覚は無いが、既にこの樹海における生態系の頂点中の頂点に立っている

ソウタであるため、ソウタ単独でいる場合は如何にケモノ根性たくましい

樹海の魔物達もソウタに近づくどころか遠巻きに様子見さえしない。

どうかとは思うが寂しい気がしてついつい常備の魔石を何粒か齧るソウタ。


「…完全に異常が出ているとなれば…今後は魔石も気軽に喰えんな…」


 そう言いつつも魔石を口に運ぶのを止められないソウタ。

既に彼は十分に魔石嗜好レベルがジャンキー級だと思われる。

そのうちネネみたいに体から魔石(厳密に言えばネネの耳部水晶は魔石ではない)

が生えてきても何らおかしくないレベルかもしれない。


「しかし西部も大分静かだな…俺のせいかもしれんが(正解!)……

だが、それでも虫の気配さえ無いと言うのはどうなのだ…?」


 それは虫に対して失礼である。虫でも危険察知センサーはあるにはあるのだ。

無論ソウタがそれを知る由もないのでどうにもならないことだが。

気配が無さ過ぎてついついヒブリドの自室で考えるように

ソウタは顎に手を当てて考えながら歩いてしまう。普通の者だったら

即座に喰われるが…それも今さらどうにもならない。


―アァァッァアッ!


 聞いたことの無い叫び声だったが、今までが今までだったので

ほとんど意に返さないソウタ。今さらだがソウタの超凶悪強化感知力には

魔力感知も入っている。内包する魔力を察知しているので

襲われたとしても魔力を通した攻撃でもソウタの体には

傷が付くことは無いだろうと高を括っている…要するに"舐めプ"だ。


「ニクゥゥゥッ!!」


「ん…?」


 茂みから飛び出したのは…樹海では見たことの無い…どういうわけか

すさまじく男受けしそうな体にかなり際どいビキニアーマー剣士装備だったが…

垂れ下がった長い耳に砂色の髪、青白い肌に整った顔立ち…なのかもしれないが

先の叫び声からして正気とは思えないケモノが如き歪んだ顔と

ドス黒い眼球に赤い瞳が光る…思い切り開いた口に生えそろっているのは

サメの歯のような牙…何の人の女型魔物…? かは知らないが、

とにかくその人型魔物らしきもの…便宜上人食い鬼女とするそれが

ソウタの一見すると単に逞しい人間の首筋に見えるといえば見える部分に

思い切り噛み付き…そのまま噛み千切ろうと…出来るはずも無く。

そのままプラーンと顎の力だけでソウタにぶら下がる形になっていた。


「…ふむ…まぁいいか…」

「グ、ァ…!?」


 どれだけ顎に力を込めようがソウタを手足でメチャクチャに殴ろうが

まるで意に返すことも無く当然ノーダメージなソウタは

そのままスタスタと思案しつつその辺をウロウロする。 


「…スーリャからもしていたから…多分これは人間の女の匂い…?

がするな…? この魔物…か?」

「ふぁっ!?」


 瞳の赤い輝きが失せ、サファイアのような青い瞳になった人食い鬼女は

普通なら言われるはずも無い言葉とこの状況に正気に戻ったらしい。

ハッとしてぺチャリと地面に落ちる人食い鬼女。


「あ、アタシ…なんで…ていうかここ何処ッ?」

「ここか? 周辺国家にいるらしい連中曰く"生半可な者が入れば

物理的に出られない泣く子も黙って自害するイオヤム樹海"だそうだ」

「イオヤっ…!?」


 正気に戻った人食い…いや超サービス精神満載ビキニアーマーの…

もとい何らかの混血異人種と思われる女剣士は腰に携えていた

刀剣を二刀流で構えて様子を伺う。無論ソウタとは距離も取る。


「安心しろ。ここでは俺がいる限り、ほとんどの樹海の魔物どもは

それこそ生半可な考えでは近寄ることすらしないぞ」

「そいつぁ一体どういう…こ…と…ぉ…あ…あぁあ…」


 女剣士はソウタを冷静に見ようとしたその瞬間腰砕けになってしまう。


「ふむ…良いな。すばらしい戦闘センスだ…彼我の実力差を瞬間的に見抜くか…

お前、かなりの修羅場を潜り抜けてきただろう?」


「なん、なんだ…アンタ…は…?!」

「ああ、すまなかった。俺はソウタ。ソウタ・カリオという。

未だ35歳という若輩男子だがこの樹海中央にある天突大樹

リッガルディッギーにある"大樹の根元街ヒブリド"で柄にも無く

酋長シカリを勤めざるを得ない元人間の多種万魔喰種マスクリーチャーイーターだ」

「な、え…はぁ…?」

「ああ…いいな…その対応…昔は不愉快だったが…普通の対応というのは

俺が元人間だということを忘れさせないでくれそうな気がする」


 女剣士は瞳を上に上げて左右にギョロギョロギョロギョロギョロギョロ動かす。

この反応は人間が強く考え事をすると無意識にやってしまう行動だそうだが、

この女剣士の反応はちょっとこちらの正気度が削られそうな勢いである。


「大丈夫か? 一応持っている気付けの魔石…じゃない。薬草を齧るか?

こいつはヒブリドの倉庫番が"即席煙草みたいなもの"だと太鼓判を押す代物だぞ」


 ソウタは女剣士にその何となく危なそうなハッパを差し出すと

女剣士はつい受け取って齧ってしまう。


「あ………ホントだ…ガキの頃は効いた煙草のスッとする感じに似てる…」

「人間がやりすぎると危ないらしいが…お前はどう見ても普通の人間じゃないし

まぁ良かろう。もう一本どうだ?」

「いや…いい…いいよ! 遠慮する…! っていうかアンタ…」

「何だ? もう一回自己紹介からやり直せばいいのか…仕方ないな、

俺はソウ―「いやもうわかってっから!! っじゃねえし?!!!

アタシが聞きたいのはそういうんじゃなくて…あー忘れちまったよ!!!」

―大変だな」「誰のせいだと思ってんだ誰の!?」


 とりあえずソウタは彼女に少しでも安心してもらいたかったので

その場に胡坐をかいた。それでもまあ目線は見下ろさねばならないが。


「とりあえず…お前、腹が減ってるんじゃないか? 干し肉で良ければ

ほれ、毒は無い。その辺はヒブリドに移民してきた人間の元奴隷達で

確認しているから問題ないはずだ」


 ソウタが差し出した何の肉かはまだ彼女には分からない干し肉を

差し出すが、流石に躊躇うので一口齧ってから差し出す。

あまり意味がない気がするが、やらないよりはマシだろう。

ソウタが「うむ…たまにしか喰えないせいか凄く旨く感じる…」とか言うので

ソウタの喰いさしである干し肉に…一瞬何かビクリとしたが、

とりあえずソウタが口をつけた所ではない部分から干し肉を食う女剣士。


「うんまッ!? んだよコレ!? マジで干し肉か!? クソ柔らけぇ!!」

「気に入ってもらえて何よりだ…その干し肉はこの樹海の春と秋限定…

それも今春以降はお目にかかれない希少な動物の干し肉なんだ」

「ふーん…? ん? イオヤム樹海で春と秋…?」

「ああ、俺は灰色ワイバーンと紅色ワイバーンと呼んでいる魔物の肉だ」

「!?」


 女剣士はソウタの食いさし部分も何のそのと一口で干し肉を食った。


「クッソ高級品じゃねえか…うあー…思わず一気に食っちまったぁ…」

「まだあるぞ、喰うか?」

「マジか! くれ!!」


 あっさり餌付けされてしまった女剣士。今度は両手で包むように根元を摘み

しゃぶりつくように味わっているので…腕があの胸を挟むことになり…

ソウタが久しぶりに目をクワッ! と見開いてしまうことになる。

しかもポツリと「異世界は良いぞ…」とか零したくらいだ。

あえて言えば童貞根性たくましいぞ、と。とんだ蛇足である。


「はぁ~…闘技場コロッセウムのクソボケ共を騙まし討ちにした甲斐があったなぁー…」

「ふむ…? 詳しく聞きたいな。ほれ、今度はサーロインに相当する部分…

あー…脂身と赤身のバランスが絶妙なので干し肉というか亜燻製だぞ」

「よこs…じゃねえ! …おくれ…」


 着実に餌付けされている女剣士。今度はちょっと分厚いので

頬張るように喰うもんだからソウタのドス黒い眼球でも

分かるレベルで充血し始めている。ソウタも男だ。ここ最近

闘争と衝撃の毎日だったので色々忘れてご無沙汰だったのだ。

同じ性別なら許してやるべきだ。異性は…母親の優しすぎる視線で頼む。


「あーっと…? アタシの昔話で良いんだよな?」

「ああ…外界の話はまず聞けないからな」


 喋りながら食べるので女剣士は普通の感じの食い方に戻り、ソウタは

少し残念そうな感じになったが、そこは良い大人として自制した。


「どっから話しゃー良いんだ?」

「お前が差し支えない部分は全て聞きたい」

「あー…んじゃ…あ、あとアタシは半食人鬼ハーフグールのゼナスフィールってんだ。

ゼナって呼んでも良いっちゃいいぜ、ソウタの兄さん」

「そうか…ではゼナ。聞かせてくれ」

「…んじゃーこっからでいいか…アタシが物心付いた頃なんだが…」


 女剣士改めゼナスフィールことゼナは語る。


 曰く、気が付いた幼少期にはその年でもう例のビキニアーマーをつけて

(間違いなく着けさせたやつは変態オブ変態)グランリュヌ帝国の

中央闘技場で戦わされていたそうだ。親は不明。母親が人間で父親が

グールだったらしいので食人鬼女グーラではなく半食人鬼なんだとか。


 肉のお代わりからまた曰く、彼女は大怪我を負うことはあれど

闘技場では負け無しという主催者的には微妙で、賭ける側にとっては

倍率こそ一部増しでしかなかったが確実に勝てる駒なので、やはり人気で

成長すればするほど本家のグーラ以上に人間の男受けする体つきにもなり

そういう意味でも大人気で、差し入れ等もあってとにかく喰うには困らなかった。

一部のファンは成長と共に離れるという彼女にとっては

まるで意味が分からない事もあったが、そこは絶対にソウタは突っ込まない。

突っ込んだらゲロクソにあざと可愛い幼女ネネ声が聞こえてきそうだからだ。


「まぁ…人間どもに見られても気持ち悪いだけだけどな?」

「まぁ、そうだろうな…ケモノに性的な視線を向けられても普通は嫌だろうさ」


 お肉お代わり二回目から三度曰く、視線は気持ち悪いが勝ったらその相手を

合法的に人も獣も惨たらしく食い散らしてやれるのは最高だったので、

そこまで悪くなかったそうだ。そういうのが好きな変態もいるだろうし。

法律からも立場からも剣奴だったが、そろそろ主催者としても彼女に

奴隷からの開放を持ちかける話も浮上してきたので、

あと幾許かの戦いであるとゼナは満更でもなかった。


「けどな…そうは問屋がなんとやらってな」

「なるほど…その先は何となく想像できそうだ」


 塩気の強い肉を食ってばかりだったので喉が渇いただろうと…

一応竹製の水筒を一口飲んで見せてから渡してやる。当然女として

色々思うところはあるだろうが、そこは我慢してくれと断っておいた。


「んぐ…んぐ…ぷぁ~…まぁ段々と闘技場で戦う相手が明らかにヤベェのが

増えてきたな~ってのはあったんだ。でもまぁ主催側の立場を考えたら

常勝無敗ジョーショームハイ? ってのはよろしくねえんだろ?」

「まぁ、そうだろうな。賭博としては客から上手に金を吸い取らねば

儲けも面白みもないだろうからな。必ず客が勝てる駒など普通は言語道断だろう」

「ああ、そうそうヤベェ魔物ってのが樹海ここ産だったな」

「そうなのか…?」

「いや…ソウタの兄さんにゃそうでもないんだろうがよ…一応アタシは

単純実力評価は白金の上…魔銀ミスリル級らしいけど…?」

「ほう…そうなのか…ではいつか一蹴した白金級チームよりは上か…

それは…うちの人間上位種なチビ三人にとって良い教師になってくれそうだな…」

「え? アンタ三人の子持ちなの!?」


 妙にビックリされたので「義理だ義理、拾ったんだ」と断っておく。

魔法使いどうていで子持ちとかラノベじゃなかったら唯の苦行だ。

仏陀だって出家前にバリバリ遊んでオラオラ励んでさらに嫁と子供がいたのだ。

非モテの癖に光源氏なんぞありえんのだ。あってはならないのだ。

ああ、キリストよ…貴方が心の奥底で抱いた苦しみルシファー

さぞ辛かろう…何らかの次元を超えてしまった脱線ってレベルじゃねえである。


「あ、まぁそれならまぁ…って別にどうでもいいわそんなの!!」


 機嫌を損ねてはならぬと少々残りが心許なくなってきた特製の餌付け…

もとい肉系嗜好品が心配になったがここで身銭を切らずば功徳を何ぞや?

とにかく彼女に新しい肉棒…じゃねえ肉ガムを与えて閑話休題。本題再開。


「んで、だ。いよいよアタシが闘技場のクソ共ブっ殺な運命を決定付けた

出来事に来るんだわ」


 お代わり肉ガム+炒り豆を与えて曰く、今から一月ほど前の日…

ゼナの常勝無敗っぷりが遂にグランリュヌ皇帝の耳に入り、

闘技場の剣奴でなくても帝国臣民には誉れ中の誉れらしい

特製の御前試合の話が皇帝直々の奴隷解放報酬という形で舞い込んだ。

 皇帝そのものはどうでも良かったが、思ったより早く待ちわびた話が来たので

気合を入れ、剣奴仲間では唯一のグールであり武術の師兄のような男と

死合いさながらの真剣練習に励んでつい殺しかけるくらい頑張って

一瞬でも早く御前試合を勝利するための準備をし、そして来るXデー…


「まさに最終決戦だと思った試合だったんだがな…ここで

クソみたいなカラクリがアタシの耳に入っちまったんだ」

「ふむ…」


 グランリュヌ皇帝は、どうしようもない猟奇性愛者リョナニストだった。

それすなわち、どんな手を使ってもゼナを皇帝の前で惨殺するというものだ。


「これでキレなきゃアタシゃデウス魔王シャイターンかっつうのw」

「ああ…口以外まるで笑ってないな…」

「あwたwりwまwえwだwこwのwやwろwうw」


 何となくクソ硬い大腿骨付き肉を与えてみたら骨ごと綺麗に咀嚼したゼナ。

その姿は怒れるグールに相応しいものである。


「だぁーかぁーらぁー? アタシはってったワケw」

「皇帝諸共か?」

「ばっかww失敗したからここまで来ちゃったんだよwww」

「そうだったのか…となると…ふむ…どうなんだ?」


 実はぺったん座りだった状態から器用にズッコケたゼナだが、

その表情に怒りはなかった。むしろ清清しさがあるような気もした。


「クソ豚皇帝を殺せなかったのはしゃーなしとして…此処だぜ?

イオヤム樹海。単独進入の生存率一部未満とか謳われる樹海ここだぜ?」

「ふむ…そうか、確かに一つの目的は達せられたな」

「んでもって…アタシの前にはそんな樹海で並み居る凶魔共を

単なる食料としか見てないソウタの兄鬼アニキがいるわけさ!

アタシ完全勝利してるんじゃね?」


 ゼナはそこそこ頭は弱そうだったが、まぁそれもまた好としたソウタ。

理屈だらけよりは多少頭が弱いほうが子供達には良いかもしれないのだ。


「まぁ、逃亡者にとって自由に勝るものは無いからな」

「そーそー……………で、その…兄鬼? アタシは…どうなるんだ?」


 先ほどまでの上気は何処へ行ったのかというレベルで

すぅーっと最初の頃のように青白い肌になって心なしか目が

最初に腰砕けになったときの様な怯えの目になったゼナ。


「そうだな…今のところ来るもの拒まず去るもの追わずだ…

ヒブリドは俗世から外された者たちの隠遁地だ。お前が望むなら、

俺は何も言わず受け入れてやる」


 その言葉を聞いた途端、静かに涙を流すゼナ。


「…よ、よかった…アタシ…まだ…生きてて良いんだ…」

「…ん?」


 情緒不安定なのかと思ったが、そういえば少し前から後ろに何か居たなと

振り返ってみれば、可愛い可愛いオオクチノマカミ。大口開けてビタリと止まる。


「ほう…? 喰ってしまえばこちらのもの…とでも?」

「わ………わぅーん…?」


 ハハハ後冗談が上手いですね? と言いたげなオオクチノマカミの口に

望みどおり腕を喉奥までぬるりと入れて口蓋垂…

いわゆる"のどち○こ"をグワシと掴むソウタ。


「オッガァギャグフ?!」


 こちらの狼が地球と同じであれば、喉奥に手を突っ込まれると

噛み砕くどころではなくなってしまう。だがそうでないにせよ

こうやって急所といえば急所には違いない部分をそんな風にされたら

苦しいってレベルじゃない地獄が待っている。まして牙の通らぬ

ソウタの表皮とその魔神が如き豪腕である。無間地獄である。

同時に背筋が大紅蓮マカハドマ地獄である。


「なあオオクチ。仮に丸呑みできたら、お前、腹の中がどうなると思う?」

「~~~カッ!? クォエェ!?」


 何か言いたいのか吐き出したいのかどちらにせよ

ソウタにはどうでもいいことだった。少しだけ握った口蓋垂を捻る。

とても優しく丁寧にである。動物虐待? 此方を食おうとした相手への

報復行為がまさかそんな? なぁ? 等と何やら胸中で述べているソウタ。


「…あのー…兄鬼? そいつってアタシの処刑役とかそういうんじゃないの?」

「まさか? こいつは中々賢いからな。魔石を取らずにヒブリドの

良き送り狼として囲ってやろうと思っているくらいだぞ?」

「んんん?」


 とりあえずさっきよりはマシな肌色…おそらく平常の青白い肌に戻った

ゼナは人差し指を側頭部に当てつつ凄く首を傾げる。

ちょっとバカ可愛いなと思ったのは内緒だ。


「お前は半端に賢いな、オオクチ。もしや最近ワイバーンが来ないのは…

さては貴様…この俺の獲物を横取りした犯人だったりするんじゃないのか?」


 もうオオクチノマカミは泣いていた。人間みたいに泣いていた。

声は出せないから無くしかなかった。流石に同情したので解放してやった。

そして解放されるや否や思い切り首を横に振った。命がけの否定だろうか。


「ふん…お前が犯人ならわざわざ俺の前に来るわけもない…

俺とてお前並に鼻は利く…ワイバーンの肉の匂いがしないのが証拠だ」


 今度は縦に残像が見える勢いで命がけの肯定をするオオクチノマカミ。


「……結局ワイバーン飛来無しの謎は分からんままだったが…

代わりにうちの三羽烏っ子達に良き教師を連れてこれたのだから…

とりあえず、それでよしとするか」


 ふと見ればオオクチノマカミは一目散に逃げ出していた。


「オオクチ! ついでだ! 貴様はこの樹海とオマケに山脈の狼族を纏めておけ!

出来なければ今度こそ貴様の魔石を喰らうぞ!? 別に逃げても構わんぞ?!

その時はお前が安眠できる時など一度も無いだろうがな!?」


―キャウォーン!!!?


 ギャアアア最悪だああ!? とでも叫んだのだろうか?

まぁ半端に賢いオオクチノマカミである。命懸けなら忘れないだろう。


「では、行くか」


 ソウタは立ち上がるが、ゼナは立ち上がらない。


「どうした」

「……サーセン…兄鬼…あのグランドウルフの亜種見てから…

その…マジで腰が…」

「……ハァ…」


 ソウタはゼナの前で背を向けてしゃがんだ。


「手の力で上れるな?」

「え…あ…いいのか?」

「構わん。足でも馬鹿な樹海の畜生どもはテイクアウトできる」


 ソウタがこちらを見ていないので、ゼナは少しだけ…とはいえ

青白い肌なので上気するとすぐ分かるのだが…ともかく彼女は

動かせる上半身の力でソウタの背に上り、おんぶされることになった。


「あ…悪い…首に…」

「どうということは無い。そんな力で俺が死ぬと思うか? 俺でさえ疑問だ」

「そ…そか…」


 ゼナは男の背中に上ったのは食い殺すときだけだったので。

そうではない理由で…あまつさえおんぶされるなんて

生まれて初めての事だったので、ついついぎゅううううっとしがみつく。


「むう…!?」

「あ!? ほ、ホントに大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」


 ゼナはソウタの表情を見ることは出来ない。何故なら今ゼナは

変に緊張して顔の筋肉がおかしいのだ。これ以上情けない様を見せられないと

剣士としての矜持などで見られるリスクを犯して見れるはずも無かったのだ。


 そしてそれはソウタにとっても幸いだっただろう。何しろビキニアーマー。

そんな格好した体つきからしてエロいねーちゃんをおんぶである。

それは空を翔る一筋の流れ星が如くな男の世界の一つだ。

ぶっちゃけ持ち手に地底楽園アガルタ。背中に理想郷ユートピア桃源郷アルカディアである。


 きっと…いや、どう見ても唯の夢が叶ったオッサンの顔である。

鼻の下を除けば天界から地上を微笑んで見守る大天使が如き顔だろう。

端的に言えば超キモい中年エロブタ野郎の顔だ。なぜ大天使に例えたし?


 そんなソウタは空を見上げた…そして目が合った。遅れ飛来した

紅色ワイバーンの番の群れの長っぽい一体と。初めてワイバーンが

「ファッ!?」って顔をしたのを見たのではなかろうか?

ワイバーンからしてみればここ最近にして最大の絶対敵ソウタが

一度たりとも見せたことの無い表情を浮かべていたのだ。

とりあえず速度だけは全速でそこを離れていく群れ。

だが今に限ってはどうでも良かったのだ。ソウタにとっては。


>>>


 ゆっくり…まさに「情けは人のためならず」の精神で歩いているうちに

ゼナの腰抜け状態がゼナの自尊心諸共に回復したので、ヒブリドにて

問題なく三羽烏っ子達との迎合…


「何だよこのエロいねーちゃんは!?」

「ぬ…ぬぬぬ…?! こ、これが…最終形態ゼノエクスレイドという奴かぬ!?」

「…………………くそが……………滅べ可及的光よりも速やかに」


「ハンッ…テメーも人の男か…エロガキがっ!」


 まあルヴァルは年相応にして常識的であろう反応である。

ヴァイスは同性的で年齢的な好奇心と女子の本能がないまぜになって

しかも鑑定能力があるもんだから頭の中がカオスとなり

目がおかしな泳ぎ方をしている。ネネはもう唯の怨鬼である。

スーリャは瞑想に耽り、モーガンは己の神オルクスに祈り、ドルクは精神が

時の狭間へ飛んでいた。倉庫番は「奴隷商時代に出会えていれば…!」と

血の涙を流さん勢いで何か一生の不覚を呪っていた。


「あぁ…そういえば俺も腰巻一枚だったから…忘れていたな…

そういえばビキニアーマーだったんだな…ゼナは」


 ソウタはアルカイックスマイルですっ呆けた。事前天上楽土にてさもありなん。


「ッ!? ど、どどどっど何処見てんだよ!!」

「…ん? いや、俺は体が体だから寒くないが…お前はどうなのかと…?」

「へ…? あ、いや…まぁアタシも体質的に寒さも暑さも屁でもないけど…?」

「そうか…とはいえ夜は冷えるから何か毛布等を出しておくから使ってくれ」

「あ…うん…サンキュー兄鬼?」

「どうということはない」


 今のソウタはアルカイックスマイルである。見破れまい。

奴の心の中に封じられし大悪魔マーラは事前天上楽土にて

うっかり自分が入滅してしまったのだから。


「……ソウタ…まどわされてはいけない! そのひとはソウタをダメにする!」

「おい…なんだこのおチビ…? アタシが兄鬼にんなことするわけねえだろ?」

「ぎぎぎ…ッ!? おおきいことがせいぎだとでもいうのか…?」

「マジで何言ってんだこのチビっこ…?」

「ソウタ! ダメ! あんな肉襦袢にくじゅばんに騙されちゃダ…め…?」

「どうしたんだネネ? 今日はやけに殺気立ってるな…?」


 ネネは膝を突いた。もうダメになってんだなぁコレが。


「いまこそわが瞳術最大最強最悪最終奥義…まさしく目のモノを見せ…ふぇ!?」


 ソウタはアルカイックスマイルのままネネを優しく抱きかかえた。


「…悪かったな…ネネ…俺はどうかしていたんだ…

今なら俺は賢者になれるかもしれん」

「ふぁぁあぁ!! 違うううう!! こんなのソウタじゃないいいいい!!

ワタシのソウタじゃなあああああぁぁぁっぁぁぁびゃぁああああああ!!」

「ぬ…!? ネネちーが普通に号泣…だと!? これは素晴らしいんだぬ!!

ぬふふ! んぬ~ぬっぬっぬ!! ぬ~ひゃっひゃっひゃっひゃっはぁぁー!!」

「お、い…ヴァ、イス…!?」


 ヒブリド始まって以来のカオスであった。


3:元剣奴の半食人鬼娘に兄鬼アニキと呼ばれて。(終)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ