16:西に落人団が居れば拾い、東に喧嘩や訴訟があればスタンピードを仕向ける
グランリュヌ帝国は大陸西北領域のほぼ全てを領有している。それだけ広大なら
それ相応に人もモノも集まり豊かになる。そして身内での管理も疎かになり、
それ相応に腐敗層を生み出していく。まして帝国は人間至上主義国家であるため
人間以外の人種を亜人種として扱うのだから、やはりそれ相応に反発も起きる。
オルフェニウムスと名乗る武装旅団もその反帝国組織の一つだ。彼等は帝国内で
主に帝国貴族と帝国商人を襲うし命も奪うので帝国では無論盗賊団扱いである。
団員は帝国ではそもそも奴隷以下の人権しか持たない亜人種が主な構成員なので
帝国民…特に貴族に対し良心の呵責など無いに等しいので容赦もない。とはいえ、
オルフェニウムス団員には彼等なりの矜持がある。名前の由来からも来ているが、
彼等は孤児の集まりから始まったため「子供だけは襲わない」という流儀を持つ。
たとえ憎い帝国貴族だろうと子供だけは何もせず放逐する。絶対に子供にだけは
手を下さない。子供の場合例え決死の反撃があれど絶対に殺さないというルールを
頑なに守っていた。奴隷輸送車を襲った時に子供の奴隷が居たらなるべく
自分達の仲間に引き入れ、名前通り旅団規模にもなって帝国内を荒らし回った。
しかしそれが続けられたのはこの間までの事。ついに帝国が本腰を入れ、
高い戦闘力を持った亜人種のほぼ子供の洗脳戦闘奴隷による討伐団や
見た目だけなら精巧な子供に偽装した間諜らを用いてオルフェニウムス旅団を
確実に追いつめてゆき、とうとう彼らはイオヤム樹海が背後に見えるところまで
攻撃するに攻撃できない帝国少年兵団を中心とした討伐軍に追いつめられていた。
―無駄な抵抗はやめてください。大人しく捕まってください。僕たちの為にも。
―貴方たちが大人しく捕まってくれた方が僕たちにも助かります。
彼等の流儀、一つの大義名分である「子供は襲わない」を逆手に取った
帝国亜人児童戦闘奴隷兵からの降伏勧告が耳朶を打つ。彼らは同じことを
殆ど抑揚のない声で何度も繰り返し勧告してくる。
「…団長ッ?!」
「………悪い予感ばっかり当たりやがるな」
まだ年若いオルフェニウムス旅団長のラドゥは葉巻にマッチで火を点ける。
「…帝国め…汚い手段ばかり直ぐに思いつきやがって…」
前方には軽く見積もっても未だ8000超。対してこちらの残存戦力は
もう50も無かった。どうにか生存した多くが結成時の古株と
その弟妹分である事は彼等にとって救いなのか分からない。
ーいい加減に諦めたまえ亜人盗賊団諸君! それとも君達のつまらぬ矜持だか
流儀だかに則って死ぬのかね? 或いはソレを捨てて本当の外道になるのかね?
次に聞こえたのは声からして無駄な贅肉感が漂う帝国将校の挑発だった。
「…”泥棒が泥棒を見て泥棒と叫ぶ”…オイオイ一々笑わせンじゃねえよ…!!
”聖人が雷に撃たれる”ような救いのない大犯帝国のヒトモドキどもめ…!」
その昔、ラドゥの父は間違いなく帝国貴族だった。しかし帝国民らしくない
帝国貴族だった。表向きは亜人を帝国民らしく畜生奴隷として扱っていたが、
家に入れば一人一人に「酷い扱いをして済まなかったね」と真摯に謝罪し、
普通の帝国民の使用人と同じように労い平等に接した。流石に立場こそ
妾ではあったが、ラドゥの母…亜人種である獣人の彼女を他の夫人らと
同じように愛して慈しんでくれた。そんな父の子であることがラドゥは
とても誇らしかった。母親は違えど2人の兄と1人の姉もそんな父の背を見て
倣い振舞うので、そんな彼らの弟に生まれてこれたことも幸せだと思っていた。
その幸せは何時までも続かなかった。父は良識人であり、未来志向であったのが
ある日に災いしたのだ。グランリュヌ帝国とは対照的に亜人種が主体な東国連合と
草の根外交をしている事を快く思わぬ帝国民らしい帝国貴族が密告したのだ。
そしてラドゥは自分以外の全てを奪われた。
尊敬する父、愛する母、大好きな兄姉…彼等は現グランリュヌ皇帝の
猟奇的な性癖を満足させるのも兼ねて闘技場で魔物に生きたまま食い殺された。
当時少年期に入って間もないラドゥだけは敢えて檻に入れられて
その光景を嫌でもじっくりと見せつけられた。心が壊れてもおかしくなかったが
ラドゥは激しい憎しみで誤魔化し、心に現れ磨き続けた暗く冷たく鋭い怒りの刃を
いつかあのウェーハッハッハと気持ち悪く笑う豚皇帝に叩き込むことだけを夢見て
機会を窺い脱走し、同じような志を持った児童らを含めた孤児たちで
オルフェニウムス団を結成し十数年に亘って帝国領内を荒らしまわっていたのだ。
正にこれからという時だった。順当に資金も人材も集まってきて、
ちゃんとした大規模な反帝国軍を作れそうだった。
「………世の中ってのはマジでクソだな」
ラドゥは一気に吸い上げて短くなった葉巻を投げ捨てる。
「なあお前ら、このまま死ぬとして…あの猟奇性愛皇帝の喜ぶ顔を見るのと、
ちっとでも可能性を信じて泣く子も黙って自害するイオヤム樹海に飛び込むなら、
お前らはどっちを選ぶ?」
「…団長。聞くまでも無いだろ?」
「俺らは帝国の連中が喜ぶことは絶対にしないって決めただろ?」
「そうさ…樹海は怖いけどよ…? だがクソ帝国兵が喜ぶ顔なんざ真っ平だ!」
「行こうぜ。オルフェニウムス旅団が張るべき意地はここじゃねえ」
「ああ!」
「座して死ぬよりはマシだよね!」
「帝国のヒトモドキ共に殺されるよりは樹海の魔物の方が5000倍マシよ!
魔化猪人にも劣るヒトモドキ共に犬のように殺されるよりは…!
樹海の魔物にハグレ魔狼のように殺されてやるわよ!!」
「そうだよ! 奴らには首級どころか指一本だってやるもんか!
ヒトモドキ共にやるくらいなら5000倍はマシな樹海の魔物に
この身体を丸ごと全部くれてやるさッ!!」
「お前ら…バカだよなぁ…ホント…バカだよなぁ…」
行くも地獄、退くも地獄。なれど少しでも悔いなく死ぬなら、少しでも
憎い連中の顔が苦しげに歪めるのを思えるほうがいい。ラドゥも旅団員も
皆が頬に熱いものが伝うのを無視しながら笑い合った。
「行くぞ! イオヤム樹海に全速前進だッ!!」
>>>
風の噂で聞いた話では少し前に樹海付近で帝国のキメラ戦車部隊が消息を絶ち、
帝国の討伐軍はそれを知ったか定かではないが相当イオヤム樹海を恐れてるのか、
オルフェニウムス団が全速で樹海を目指しても全く追撃が無かった。
「…ここが、イオヤム樹海…」
「聞いた話と違って、普通の森みたいだな…?」
「入ったら五分で20人は死ぬって聞いたけど…まだ誰も欠けてないよ?」
団員たちがそうこぼし合うのにはラドゥも違和感を禁じ得ない。
つい新しい葉巻に火を点けて考えてしまうくらいだ。
「……単独生存率が一部(1%)以下ってのは本当なのか…?」
「今迄だったら帝国のゴキブリ共はしつこく追って来たよね…?」
グランリュヌ帝国軍は狡賢い。しかしその狡賢さも「蠱惑奇譚集」と呼ばれる
帝国皇宮お抱えのスパイ組織が集めに集めた情報の精査と裏付けを以ての
計算の上に成り立っている事は団員達も先の戦闘で痛感させられている。
「…そういや…いくらイオヤム樹海だからって…鳥の声が聞こえないってのは…」
「ええ…というか虫の声さえ聞こえないってのも変よね?」
「確かに変だな…お前ら、ちゃんと得物を構え直せよ…?」
どうせなら樹海近郊に立ち寄るくらいはしておけば良かったかと思うラドゥ。
思い返してみれば主にどんな魔物が潜んでいるのかさえ知らなかったのだ。
「…ちょっと前に聞いた話じゃ、ここには最近魔王が出るって聞いたぜ…?」
「イオヤム樹海の魔王? はは…苦しみなく一撃で殺してくれるってか…?」
―ズルッ、ズルルッ、ズルズルズル…!
「「「!?」」」
ラドゥはハンドサインで「静かにしろ」と示す。
(………何かデカいのを引き摺るような音…それに重めな足音も微かに…?
……まさか、ドラゴンなんて超大物さえ居たりするのか…?)
引きずるのが尻尾だとすればそれもあり得ると思うラドゥ。
オルフェニウムス団も二回ほどドラゴンに類する魔物に遭遇したことはある。
当時は見ただけで背筋が凍りつきそうな灰色の鱗のグレーターワイバーンには
少なくない犠牲が出た。ましてここは上位亜種の紅色…「最期の夕影」で有名な
クリムゾンスカイハイアーも飛行ルートとして使っていると小耳に挟んでいる。
つまり奴らもここで休んでいる可能性だって十分にあるのだ。
「ひっ…?!」
誰かが小さく叫んだ。引き摺るような音の正体が目の前に現れたからだ。
「…………むん?」
既に全員が声にさえ出せなかった。彼らの前に現れたのは人型…しかし2m超で
見ただけでも分かる筋肉の鎧に闇のような長い黒髪に悍ましい角が
数本も生えた頭、目の色はドス黒く瞳は極彩色に煌めいていた。
手足は金属の光沢を放っているようにも見えるどう控えめに見ても
バケモノじみた剛腕と剛脚。白虎模様の腰巻を穿いていると思えば背中には
巨大すぎる骨の棍棒。あまつさえ剛腕の片手にはクリムゾンスカイハイアーの
尻尾…そして全身の遺骸があったのだ。クリムゾンスカイハイアーは
一撃で首の骨を圧し折られているようで、それ以外に外傷らしい外傷は
血抜きの為につけたと思われる刀傷しか無かった。それはオルフェニウムス団員に
果てしなくどうしようもない絶望感を与えた。
「………!」
ラドゥは咥えていた葉巻を力無く落とした。本能が「諦めろ」と叫んで、
理性が「目の前の死を受け入れろ」と言っている気がした。それは他の
オルフェニウムス団員も似たようなモノだろうか。誰もがもう抵抗の意思を
見せたくても見せられなかった。誰も彼もが静かに涙を流していた。
一撃でクリムゾンスカイハイアーを綺麗に殺すような人型のバケモノだ。
オマケにあの巨体のワイバーンを血抜きする高い知能も備えている。
故に下手に抵抗するくらいなら諦めた方がマシだと思ってしまったのだ。
「………世の中ってのは…ホントにクソだな……」
ラドゥは己の不遇な人生を呪った。そして己の弱さを嘆いた。
「…はぁ…毎度毎度……………まぁいい、おい貴様ら。絶望するにはまだ早い」
「「「!?」」」
オルフェニウムス団員は目前のクリムゾンスカイハイアーの死骸を引き摺る
超異形魔人種…ソウタが流暢に帝国語を喋ったこと自体に改めて驚愕した。
>>>
最近の暇つぶしでやってる樹海を天空大樹リッカルディッギー頂上から何となく
俯瞰してからの樹海散歩中にハグレっぽい紅色ワイバーンがこっちを通りそうで
何故か通らなかったので無性にイラッとして即座に追いかけて秒でブッ殺して
チャチャッと血抜きして久しぶりに今夜の晩酌が賑わうなーとか考えながら
帰り道をボチボチ歩いていたら、まさかの武装してるが落人風の集団との
突発的エンカウント。言うまでも無く一先ずヒブリドに連れて行ってお話タイム。
「……オルフェニウムスって…貴方たち本当にあのオルフェニウムス旅団なの?」
「うっす。間違いねえッス。俺がアタマ張ってるラドゥです。ユガの姐さん」
「………」
ナチュラルにラドゥがユガを「姐さん」呼ばわりするのは仕方がない。何せ
オルフェニウムスの面子には年少者も割と居たし、彼らがソウタを見て
小刻みに震えつつも必死に泣き声を上げまいと耐えてる様にユガが
「ソウタ…あなたとうとうやってしまったのね?」とついつい邪推して
ソウタに突っかかってしまったし、ソウタもソウタで弁明さえ面倒くさいのか
黙って座して目を閉じたせいだ。だからラドゥがユガを実に自然な感じで
「姐さん」呼ばわりするのはどうしたって仕方のない事なのだ。
だからユガも最近効き目がグンと向上したスーリャ謹製のスペシャル頭痛薬を
無言で噛み砕いて水分も無しに飲み下して頑張る事にした。
「あらぁ…グランリュヌ帝国軍の軽く四連隊と…あは、それは無理ゲーね」
「数の暴力、は…何者であろうと、厄介極まりない」
「つうかガキを兵士とか…やっぱあいつらクズい意味でパネェわ」
「馬ッ鹿だなーヨハ公? 帝国だぞ? アタシを嬲り殺すのが楽しみだった
クソブタ皇帝の治めるクソブタ帝国だぞ? そんなもん普通普通だっつうの」
「あの…ゼナ姐さん…あんまくっつかないで下さいよ…!!」
「キヒヒ…! 見た目に似合わねえ童貞臭い事言いやがってー☆」
「姐さんだって処女じゃないっすか! あっ、ちょ…やめッ?!」
「おらおらおらー☆ 今ならちょっとだけ触っても良いぞおらー☆」
ゼナスフィールに絡まれるヨハンを見たソウタは無意識で歯ぎしりする。
「…ハーフエルフなんて大嫌いゴブ」
「やめろ兄ィ…余計に惨めだよ………………後でヨハンに感触を聞いとこうよ?」
相変わらずブレないハーフゴブ&オークのエルヒスとモーガンのコンビを見て
何だかちょっと和んでしまったソウタ。
「…で、だ…この様子から見ても分かるように此処…”大樹の根源街ヒブリド”は
種族なんて言葉が通じれば何だろうと来る者拒まず去る者追わずのスタンスで
今日までやっているわけだが…お前たちは今後どうしたい?」
ソウタの一言にラドゥ達は仲間内でヒソヒソと意見を交わし合う。
「ほぁー…こうして見ると中々に今回の新入りさんは多彩な感じがするんだぬ」
「割合としては何かしらの獣人が多めかな?」
「大体ルヴァルの見込み通りだぬ」
「またまたパーパの”じゅうぼく”増えるのー? パーパやっぱりすごいねぇ!」
「モフモフはソウタの髪で間に合ってる」
「………せめて吸うのかモフるのかどっちかにしろネネ」
「わたしのすべてを愛撫して#$%&していいから両方やらせて…?」
「やめろ! その顔で#$%&とか言うな!! というか毎回自重しろ!!」
「兄様。そいつホントに何処かへ棄てて来た方が良いと思う」
そしてネネとナージャは視線で火花を散らす。即やんわり止めるソウタ。
「………見てわかるかどうかはちょっとアレだが…何日かゆっくり考えてくれ」
「私としては残党になってしまったとはいえオルフェニウムスの組織力と
クラン級の人数と結束力は今後の交易に活かせそうだから欲しい所だけど、
貴方たちにもあの帝国を潰す大義があるでしょうから無理強いはしないわ」
「…首領さんと姐さんが嫌じゃなかったら仲間に入れてくれ」
「即断して大丈夫なのか?」
「…今日までに無駄に死なせちまった仲間たちは十数年かけて集めたんだ。
そして帝国はその程度の時間じゃ潰せねえってのもハッキリ思い知らされた…
俺一人ならそれでも色々割り切れるが…とにかく時間が居る。イオヤム樹海という
天然の要塞に囲まれたこのヒブリドを拠点にさせてくれるだけで十分有難いんだ」
「代表のお前がそこまで言うなら俺は構わんが…」
「ありがとよ…首領さん。しばらく厄介になる」
「…旅団を率いてたのは伊達じゃないのね。とりあえずようこそヒブリドへ」
「暫くはヒブリドに慣れる事から始めるといい」
「そう…だな…何か普通に最低討伐難度:聖柩金級の陸走甲竜が
ヒブリドの領内を散歩してるし…つうか…なぁ…俺の見間違いじゃなけりゃ…
牧場っぽい所にコカトリスとかアムカイアドヘルシープが普通に…?」
ラドゥとて魔物知識は浅くない。そして戦闘経験も多い。だからこそ
普通なら狩るだけでも大変な討伐難度上位のモンスターを畜産物扱いしてる
ヒブリドの異様さに目を回しそうになっている。
「ちなみにヒブリドのボスは何度も言っておくけどそこのソウタよ。
本人いわく元人間だけど真に受けなくていいから」
「待てユガ、それはとても大事な事だぞ」
「初っ端から魔石をバリバリ食ってるような奴はマトモじゃないから良いのよ」
「ぐぬぬ…!」
「「「………」」」
オルフェニウムスの面々は絶句するしかない。何故ならぐぬぬとか言いつつ
ソウタは魔石をパリポリと齧ってるのだから。この界隈における「魔石喰い」は
狂気の沙汰というのは大陸の常識である。故に絶句するしかない。
「ちなみにソウタの周囲で戯れてる子らは一人がドラゴンで三人は”魔石喰い”で
人間族の上位種に”存在進化”してるらしいけど…それも話半分で良いわ。
じゃないと私のように毎日素敵な頭痛との戦いが待ってるから…ふふ…ふふ…!」
「「「………」」」
ユガもユガで乾いた笑いを上げてスペシャル頭痛薬をバリボリ齧るのだから
オルフェニウムスの面々は「想像以上にヤベー所来ちゃったかな?」と
考えつつも開いた口が塞がらないようだった。
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オルフェニウムス団もやはり年少組の方が慣れるのは早かったらしい。
流石にラドゥら古株メンバーらは今日もヒブリドで見つけたビックリ要素に
思わずソウタに聞きに来たりしてるものの、概ねヒブリドでの生活そのものには
不満は無さそうだった。なので慣れてきた面子から兼ねてより交易メンバーを
選抜したかったユガは颯爽と声を掛けて協力を求め、彼らの力を得て
ヒブリドの魔物製品を多少はマシになった邪悪利の差分でヒブリドの住民に
大きな潤いを与えることになる。
「………まさか西側から手紙が届くとはな」
ある日、恰好は「ドーモ、洋風ニンジャです」な恰好したグランリュヌの
「蠱惑奇譚集」とかいう密偵らしい人物がそこそこにボロボロでゼェハァと
息を切らしながらも堂々とヒブリドに正面から入ってきたので相当に訝しんだが、
「二度とこんなことはしたくないのでお願いだから手紙を読んでくれ」と
スパイらしくない冷静さにも欠けた態度が気になったので少なくない土産を含めて
差し出された手紙をとりあえず自宅でゆっくり読んでいるソウタ。ちなみに
傍らには珍しくネネでは無くヴァイスがくっついて横から手紙を見ている。
近くではルヴァルが実に真剣な顔でボードゲームの戦略研究をしているようだ。
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拝啓 イオヤム樹海東西諸国容認独裁領ヒブリド自治区 首領 ソウタ・カリオ殿
突然の御手紙に多少は混乱があるかとは思われますし、西側からの手紙と聞けば
尚の事どういう事だとお思いでしょう? あれから大分時間が経っておりますし?
貴方はもうお忘れかもしれませんが、私は片時も忘れたことがないのだわよ?
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「………文章でさえその言葉遣いなのか…?」
手紙の差出人はグランリュヌ帝国の第八皇女プルミエトワーリュこと
プリム姫からだった。手紙の内容は要約すれば、またヒブリドから見て
北にある土地…ユガ達がソウタと出会う少し前に関わった帝国と
東国連合の係争地でまたしてもグランリュヌ東征軍と東国連合の西伐兵団が
小競り合いを始めたとか。グランリュヌは剣奴を初めとした戦闘奴隷に
キメラ戦車隊も駆り出し、東国連合は東国連合で一応は互いに
仮想敵国であるはずのアルプ騎士国からも義勇兵を募り、東部辺境諸国から
得体の知れない連中も集めたのだとか。今回は中立な立場の冒険者達も
ほとんど噛ませていないので、緊張状態が以前の比ではなく。本格的な開戦に
大きな一歩どころか真面目に火蓋が切って落とされそうなのだとか。
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そうなれば如何にヒブリドとて東西から否応なく面倒な介入があるでしょう?
殆どが東国連合相手の交易とはいえ、本当に戦争になって物流が停滞するのは
貴方にとっても宜しいとは言えない事態だと思うのだわよ? もちろん私だって
まだ父上の首を取れる算段もつかないのだから利用できない分余計に迷惑ですわ。
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「………しれっととんでもないことも書いてるが…」
ふと一緒に使いから突き出された土産物の箱を検めると、広い土地柄故に
大量のブドウ畑やサトウキビ畑を有しているグランリュヌだからこその酒…
瓶に描かれているのはグランリュヌ帝家の紋章なグランリュヌワインと
金文字で「特級」とか銘打たれてる無駄に豪勢な蓋がついたラム酒が数本に
やっぱり焼印で帝家御用達と一目で分かる超高級フロマージュ(チーズ)の
円盤というかタイヤみたいな楕円の塊。どちらもメチャメチャお高くて
相応に旨いヤツだと言うのはかつてのグランリュヌ旅行の10日間で
彼女の居城で味わったこともあるだけに、プリム姫が決して冗談半分とか
そんなノリじゃないのは何となく分かってしまう。
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最近だとランテンドラッヘ…? とか言う討伐に大隊必須な大物のドラゴン種の
群れをどんな手段かは存じませんけど従えてしまったとか聞きましたわよ?
聡明なヒブリド首領ソウタ殿であれば、私の言いたいことって分かりますわね?
報酬と言うか前菜替わりに手紙と同梱させていただいた
ワインとフロマージュはお気に召してくれましたわよね?
色よいお返事は東西係争地で発生するであろう双方が驚天動地…まぁ
出来れば東国連合側にダメージが大きそうなトラブルが嬉しいのですけどね?
そこは私もソウタ殿の諸々の都合を鑑みておりますのよ。
こちらから見て色よいお返事を確認できましたら、また使いをおど$#”%%―
ごうm&$##――シッカリ説得して寄越しますのでこちらから出せる範囲で
ちゃんとした報酬の注文を受け付けさせていただきますので、
東西係争の一件は是非よろしくお願いしますわね?
神聖グランリュヌ月光帝国 第14位帝位継承者 第八皇女プルミエトワーリュ
追伸:この手紙は読み終わったらそちらの羊さんにでも差し上げて下さいな。
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「………はぁ…」
突き返そうにもプリム姫の使いは文字通り逃げるように即座に立ち去ったので
嫌でも受け取ったことになる。だからこそ溜息を吐くソウタ。
「兄者ー。文面からだと内容とかあたいにはハッキリとはわからぬけどー?
差出人の名前が女の子っぽいんよー? ラブレターとかいうヤツじゃないのは
あたいでもわかるぬだけどー? これ早いとこ処分した方がイイんじゃぬー?」
「それは良いんだ」
ソウタは手紙をプチ火炎ブレスで跡形も無く焼き尽くす。
「………流石に不特定大多数の前で姿を晒すのはちょっとな…」
「ぬー?」
話し言葉は出来ても帝国語の読み書きはまだまだ勉強中なヴァイスに
ソウタは簡潔に手紙の内容を教えてやる事にした。
「ぬーむ……出来れば東国連合ぬー…? …んじゃーあたいのダンジョンから
とりまスタンピードでもけしかけてみるんよ?」
「………スッとえげつない事を出して来たな」
「どうせ地下四階以上は蟻んこを含めて野良モンスだしぬー?
そいつらを地下五階から追い立ててやればこっちは殆ど被害は無いんだぬ。
あ、アガータの人らはちゃんと避難勧告を一応するには勧告してやるんよ?
あたいを殺しかけた酒類なんかは兎も角、あそこのアントポルチーニ茸は
とても良いモノだからぬ。出来るだけ配慮はしてやるんだぬ」
「……ふむ…まぁアガータの連中とていざとなれば転移魔方陣があるし…
いやしかしとはいえ…」
いくら自分が居なくなった時の事の為だったとはいえ…ヴァイスに
攻略したダンジョンマスター権限は早まった行為だったろうかと
今更遅すぎる懊悩をするソウタ。
「兄ちゃんって変なところで難しい事を考えるよね?」
ボードゲームの研究に会心の答えが出せなかったのか
ルヴァルもソウタの近くに寄って座っていた。
「…逆にお前は単純な所が……いや、元々から頭の回転が速いうえに
ダンジョンマスター特典で知識拡張されたヴァイスは兎も角
お前はまだ11歳だったな…詮無い事を返して悪かった」
「…? まー僕は赤い騎士共を皆殺しに出来れば…後はテキトーでいいし…?」
「赤い騎士…か…」
出自からして色々もうマトモじゃない自分たちが今更良識人ぶるのも
どうかと思ったので、ソウタはヴァイスに支配しているダンジョンから
強制的にスタンピードを起こさせるよう頼んだ。
「西とも一応は恩と利益の交流をしたほうが向こうも攻めにくくなるだろうしな」
>>>
それから数日…ソウタの元には背恰好こそ同じだが匂いと気配で中身が
別人とわかるプリムの使いが手紙を持って現れた。
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東国連合に潜らせてた蠱惑奇譚集からの連絡と帝国東征軍の報告書によると
ルスカ王国のダンジョン”凍土の蛇穴”から何の前触れも無くスタンピードが
あったそうなのだけど…? 時期からして私の手紙が貴方に届いてから
さほど時間が経ってないのだわよ? 何かご存じ? って聞くのも変なのだけど…
貴方の方からの動きはこちらでは確認してないので、どうにも気になったから
軽く一筆を取らせて貰いましたわよ。とりあえず件の係争地は実質3分の2が
我が帝国の支配下に置くことが出来ましたわ。折角なので返信用の紙を
持たせてますので何か文通したいことがあればご随意にどうぞ?
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読み終わったらプチ火炎ブレスで手紙を焼いて隠滅。使いがほんの少しだけ
ビクリとしたが見なかったことにしてやるソウタ。
「ああ、返信なんだが…」
「…ど、どうぞ。お時間は三日ほどいただいておりますので…」
「その辺は問題ない。直ぐに書き終わる」
とりあえずプリム姫の使いにお茶でも出してソウタはササッと返事を書く。
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丁度そのダンジョンは知り合いがダンジョンマスターをしていると言えば、
お前は信じるか? 信じてるならそちらの用意できそうなもので
これからいくらか最後の方に列記させてもらうので、信じられると思ったら
そちらの息の掛かった東国系の商会にでも使い走りさせてくれ、
折角だからそちらの物品とこちらの金品等を交易したいと考えている。
値段はそちらが前に報酬を出す云々のやり取りがあったので踏まえたうえで
勉強してもらえるとありがたい…が、まぁ俺の言った事をそちらなりに
裏付けが取れるかどうかは知らんので、このやり取りも俺の単なる気紛れだと
思ってくれて一向に構わん。蛇足になってしまうのだが、
不幸な行き違いとはいえ俺は少し前にそちらの…そちらでは
どんな扱いになってるかは知らないが…昨年に樹海近郊まで出向したまま
誰一人と戻ってないであろう帝国のキマイラ戦車隊の一つを色々と誤解があって、
ちょっと皆殺しにしてしまっているのでな。一つ言っておけば俺は別に
帝国と敵対する気はない。そちらのキマイラ戦車隊との戦いも
こちらとしては不幸な事故だと考えている。そういうわけだ。返事等は任せる。
―要求物品目録―
ラム酒(最悪これだけ用意できるだけ用意してくれると嬉しい)
砂糖(可能であれば白糖か茶糖)
砂糖の原料(植物であるならば苗か種のようなものがあればそれも)
他にも奴隷などの人的資源を除外した帝国の特産品があれば寄越してくれ。
こちらもこれまでに稼いだ交易通貨で買えるだけ買わせて貰うので宜しく頼む。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
色々考えて書いたら何だか却って面倒を呼びそうな気がしたが、プリム姫は
皇女とはいえまだナージャと変わらない程度の年頃の少女なので
いかに教養があったとしても一笑で一蹴すると考えて大鬼殺蜂の蜜蝋で
こってりカッチリと封をした返事の手紙を使いに渡す。使いが何気なく蜜蝋を
褒めて原料を聞いてきたのでデーモンキラービーだと教えてやったら
覆面だったが物凄く引きつった顔をしたのが分かったのはちょっとだけ
面白いと思ったソウタであった。
返事には何も期待してなかったのだが、後日物凄い不機嫌な顔をしたユガが
自分にダメージが返ってくると分かったうえで恐らく全力でソウタの顔面に
飛び膝蹴りを喰らわせてきたので何事かと思えば、彼女が率いる交易隊と一緒に
グランリュヌ帝国の旗を身印にした何処其処のナントカ商会の隊商が
ユガ達に同伴し、言うまでも無くユガ以上にアンチ帝国のオルフェニウムス団に
滅茶苦茶睨まれて青褪めつつもヒブリドにやってきたのであった…。
16:西に落人団が居れば拾い、東に喧嘩や訴訟があればスタンピードを仕向ける(終)
今更ですけど、小説を書くのって心身のエネルギー消費が半端ないですよね。
ユガさん愛用の頭痛薬私も欲しいです(切実)