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14:あるあるにはならないダンジョン稼ぎ

 昨夜の酒の力で幾らかスッキリしたらしいユガだったが、

アガータを出て以降の攻略はやはり昔の仲間が犠牲になったのを

思い出したようで、やはりソウタ達が居ても不安は拭えなかったようだ。


「ソウタ…貴方が凄いのは十二分に分かるんだけど…」

「ん…? あぁ…予定では次の地下5階までにするんだったな?」

「一応私たちの規模でも地下6階までは行けるのだけれど…」

「そこからはマジで天候さえ変化するダンジョン深層の真骨頂だからな…

野営の道具とかはあるにはあるが…6階からは緊急避難用でしかねえ」


 リヒャルトもまた昔の事を思い返しているのか、寒さとは違う

肩の震えを握り締めて抑えようとしている。


「む…まぁ今回は初見でもあるし…」

「貴方個人ならもっと奥まで行けるのでしょうけど…」


 ユガとリヒャルトの決して軽くは無い辛い過去を思えば、

地下六階以降への好奇心やダンジョン戦利品への欲は抑えたいソウタ。


「………」


 今一度ユガ、リヒャルト、ルヴァル、ヴァイス、ネネ、ナージャ、

カーヤ、アイネ、ヨハンをゆっくり見ていく。


「ユガとリヒャルトは多種撃士マルチアタッカー…」

「どうしたのよ、急に…」


 近接武器は選ばず、懐などに暗器かくしぶきを欠かさず忍ばせ、

蹴りなどの体術も使うので「雑種戦士」等と揶揄されることもある。

当然未熟者がやれば「器用貧乏」所の話では済まないが

2人とも単独で金等級の評価であり、昇格は試験を受ければ間違いない。

 しかしながら今回のダンジョンに対してかつての仲間を

事実として三人失っているというトラウマがある。


「カーヤは専攻が魔術で、アイネ同様の近専闘士インファイター…」

「うん? ハッキリ魔術師とは名乗れないのは申し訳ないけど…?」

「私も、本業は鍛冶師って…言ったよ?」


 この二人はミオンやクーファ同様に危険地帯を通るレベルで

何かしらの覚悟があって本巣を離れヒブリド入りしたので

当然戦闘力は素人は超えても種族特性頼りの護身レベル…

まぁアイネは徒手空拳の技術だけなら凄まじいが…それでも対人特化だ。


「ヨハンは単に喧嘩慣れしてるだけだからな…」

「え、ちょ何でオレは微妙に残念な感じで…」


 母親がエルフなパラレルワールド日本人という要素は

彼に雷系統の戦闘スキルという固有技能を与えたが…

さりとて彼の生きていた別世界日本も平和な国であるし、

そんな国だからこそヤンキーやってられるわけで…


「そういう意味ではやはりナージャが…」

「?」


 聞いた話では酷い半生だが、その半生だったが故に孤人奮闘し

個人の生存力・継戦力共に断トツではあるが…彼女は水系特化型であり

種族特性から見ても生半可ではない冷気が致命的な弱点になりかねない。


「かといって………」

「…ソウタ…?」

「兄ちゃんさっきからどうしたんだ?」


 ネネは中身が転生者だが外見が幼女。魔石喰いによる進化種族とはいえ

得た能力がバッドステータス付与の魔眼であり、直接攻撃への耐久力こそ

高いが前世の環境に相まって体力そのものに運動センスが壊滅的だ。

オマケに今回のダンジョンの環境が聞いた通りの話であれば

敵は兎も角こちらが視界を遮られがちな環境なので敵と基本は

目を合わせて行動不能にする能力が過半数なネネでは決定力に欠ける。

ルヴァルも似たような理由で経験も技能も不足である。

ヴァイスに至っては【鑑定】以外はマトモな戦闘力も無いので…


「いや、待てよ…?」

「ぬ?!」


 宛がわれた防寒着が着くずれしてないか確かめていたヴァイスを

ソウタは肩車した。


「ぬぇ?! あ、兄者ぁ?!」

「さっきから私達を見て何か考えたりしてると思ったら…何なの?」

「少し確かめたいことがあってな…とりあえず、ヴァイスは

このままでいるようにしててくれ…【鑑定】による敵能力看破は

このまましがみ付いたままでも出来るだろう?」

「そ、ソウタ…どうして…? ネネ…ネネが何か悪いことした…?!」


 アガータ到着まではソウタに肩車状態は我が特権かの如くだったので

年相応に狼狽えるように見えてかなりの狂気を孕んだ恐慌状態なネネ。

歯をガチガチ鳴らして震えながらソウタの足にしがみ付く。

傍目からすると中々にホラーである。


「だ、だから確かめたいことがあると言っただろう…?

ほら、全員準備はいいな? 兎に角地下5階の探索を始めるぞ」

「ごめんなさいごめんなさいなにかわるいことをしたのならあやまります

ごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいおねがいなんでもしますから

たくさんうむのいっぱいうめるうめますうませてくださいだからおねがい

すてないですてないですてないですてないですてないですてないで―

「ネネちーおちつk」

「はなれろはなれろそこはワタシのものおまえのものじゃないゆるさない

ユルザナ゛イユルサナイそゴはワ゛だシのお゛おオお゛おおオ゛おッ!」

「ぬひぃ…!?」

「に、兄ちゃん…ネネのヤツがかつてない程に…?!」

「「「「「「………」」」」」」


 ネネの狂慌状態は見慣れている者も居るだろうが、だからと言って

平気と言うわけでもないし当然ここは街中なので視線が色々ヤバい。


「話を聞けって…」


 とりあえず足に引っ付かせたままだとさらに狂気度が加速しそうなので

ゆっくり頭を撫でて、そこから片手で抱き上げるソウタ。


「捨てるなら最初から拾わん…お前が俺に愛想を尽かすなら別だが…」

「ぜひぃ…はひぃ…! つかさないぃ…! ぜったいのぜったいにぃ…!

ひぐ…! そうたはぁ…! わたぃのずべぇええうああああ…!!」


 鼻水もズルズルな状態で言葉にさえならなくなってきたネネを

小さく溜息を吐きながら撫でて宥め続けるソウタ。


「ヴァイスをお前の指定席に置いたのもちゃんと理由があるんだから、

深呼吸して、ほら、これで鼻をかみなさい」


 さりげなくルヴァルが差し出してきたハンカチっぽい布を

ネネに手渡せば、ソウタの言った通りに中々に盛大に鼻をかむので

「ホントに鼻水をかむなよソレ僕のだぞ!?」と顔が歪むルヴァル。


「ぐす……りゆうって…なに?」

「……今回の適材適所かどうかを確かめたいからなんだよ」

「ちゃんと詳しくおしえてソウタ…」


 撫で続けるソウタの手を握り締めて不満げな顔をするネネ。


「ユガ達の手前で言うわけにはいかんから何も言わなかったんだぞ…?」

「ワタシはソウタが考えてることは全部知りたいの…!」


 ほとんど脈絡も無く以前の時同様にソウタの唇を狙ってきたので

油断も隙も無ぇなこの偽幼女…! と思いつつも自由な手も

何気に拘束されていると気付いたため万事休すかとソウタは

せめて歯を剥き出しにするという抵抗を見せるが、


「ちぇすとー!」


 ソウタの肩に乗るヴァイスがネネに目つぶしを喰らわせたことで

ソウタの冥府魔道ルート突入のプチフラグはどうにか叩き折られた。

とはいえちょっと深く指が目に入ってたので少し心配なソウタである。


「ぐぎゃおおおおおおおっ!?」


「兄者と"オトナのけーやく"なんてひゃくまんねん早いんだぬ」


 ヴァイスは何処かから仕入れたらしい謎語録を言いつつ

目つぶしに使った指を自前のハンカチでゴシゴシ拭う。


「うごごごごごぉおのおおれえええええええ!!?」

「暴れるなら本当に置いていくぞ。大人しくしてろネネ」


 凄まじく血走った目でヴァイスを睨み殺さん勢いを見せたネネだが、

あまり感情を込めていないソウタの声音にビクリとして

ソウタの胸元にビッタリと張り付いて沈黙する。


「さて…それじゃあ出発するか」


「はぁ…考えてみたら私達の杞憂にも程があるわね」

「だな。大将も五階までって言ってたしよ?」

「兄様…もういいの?」

「よーし…今度こそ本格的バトルだー!」

「ふぅ、アイネ、金属装備にグリス掛けた?」

「ぬかりない」

「あ、耳がヒビ切れしねーように軟膏塗っとかねーと…」


 注目なんて今更なのでネネが一応大人しくなったのを見計らった

他の面々も表面上は努めて如何と言う事も無い感じで

ソウタの音頭に合わせて地下五階への階段を目指しアガータを後にする。



・B5…「魔氷迷宮」


 名前通り普通のやり方では溶けも砕けもしない氷のブロックを

うず高く積み上げて作られた迷路状のエリアが主体の階層である。

そしてそれ故に冷凍庫のような寒さが並の者では立ち入る事さえ

容易ではなくしてしまう。


「うおっ?! 頭にヘルメットか何か被らねえとダメな寒さか?!」


 何だかんだで髪型を気にしていたヨハンの後悔は先に立たない。


「ホントにあなたって……まぁいいわ、ホラ…予備の毛皮帽…」

「サーセン! 姐さん!!」

「んん…? そんなに寒いかな?」

「カーヤ…貴方はダムピールだからそうなのだろうけど…」


 ユガから予備の帽子を借りるヨハンの横で確かにこの中では

平気だからと基本腰巻一枚の変t…ソウタはともかく

マントとマフラーに手袋以外は普段と変わらないカーヤに

ちょっと動きが鈍るのではと心配になるレベルで防寒着を着込む

アイネが目で色々とモノを言いたげである。


「リヒャルトの兄ちゃん。ここってどんな魔物が出るんだ?」

「ここか? ここからは出現頻度順じゃないが…アイスゴーレムと…」


 その亜種で魔術師タイプのホワイトドール、影人霊魂シャドウピープル

スノービースト、イエティが悪魔化したような白魔使徒イタカディスパル

高い物理耐性を持つ氷結浮遊結晶アイシングフローターといった

火炎属性が弱点ではあるが、環境が環境であるため相当な火炎術師か

高支援能力者に多種撃士が居ないと苦戦必至と先達の多くが語るそうだ。


「シャドウピープルは雷が弱点だぬ!」

「っしゃオラァ! 今こそ見せてやるぜぇ闘琉判魔圧トールハンマーッ!!」


 ヴァイスの弱点看破で何処からともなく迸らせた紫電を

両手にまとわせ最前衛に飛び出したヨハンがその両腕を

豪快に振り下ろすと、紫電はプラズマ球になって飛び出したかと思えば

爆散してシャドウピープルとその周囲の魔物に激しい電撃を浴びせる。


―キョォォオオアアアア!?


 絶妙に人間に似ていない絶叫を上げながらシャドウピープルは

紫電の渦に焼き尽くされ、他の魔物も夥しい電撃でダメージ

+麻痺効果を受けてその場に崩れ落ちかける。


「これは確かに近くに居たら巻き添え必至ね…ッ!」


 ユガは愛用のダマスカス合金の黒大太刀で立ち直りが一番早い

アイスゴーレムやホワイトドールを斬壊していく。


「だがよッ! 出し所がハマればこの通りッ…てなっ!!」


―ムギャッ!?


 回復らしき魔術を使おうとしていたイタカディスパルのそっ首を

愛用のバトルアクスで叩き斬っていくリヒャルト。


「あは、討ち漏れは袋叩きでー☆」

「砕け散れ…」


 宣言通りユガ達がトドメを刺すには至らなかった魔物らを

カーヤとアイネの普通にハイパワー系コンビが撲殺していく。


「うむ…これも適材適所と…」

「兄者ぁー…よそ見してないでちゃんとぶっ壊してほしいんだぬ…」

「あぁ、すまんすまん…今はヴァイスが座ってたんだな」


 仲間たちの危なげない戦闘の様子を横目で確認しながら

やかましく飛び回るアイシングフローターをストレートジャブで

貫通破壊したり普通に掴んで地面に叩きつけたりするも

相手は上位アンデッド同等かそれ以上のタフさを誇る魔法生物系なので

ソウタの肩に乗っているヴァイスが内心ヒヤヒヤしつつ

ソウタにきちんとトドメを指すよう釘を刺してくる。

ちなみにネネは奮闘するルヴァルの影で何かブツブツ言いながら

ルヴァルの隙を窺うスノービーストに魔眼を喰らわせて攪乱はしていた。


「…何かネネちーがあたいに向けて呪言を吐いている気ががが…!?」

「いつの間にかもうネネはそんな能力を持ってるのか?」

「いや今のところ無いんだぬ?! でも何かそんな気が激しく…?!」


 実際余裕がある時はヴァイスをガン見して何か呟いてるので

傍から見たらまぁそう見えるのも無理はない。


「…休憩の時だけは交代してやらんとダメか…」

「あたいからもきぼーするんだぬ!!」


 適度に戦闘を繰り返しながら、開けた場所に出たので

ヴァイスの【鑑定】で見破れるトラップを避けつつ

野営の準備をすることにしたソウタ一行。


「これで床が氷だったら火おこしも大変だろうな」

「……地下六階は普通に氷原だから文字通りなのよ」

「…ああ…んでもって木材とか燃えやすいのは無いから…」


 ソウタの物言いについ地下六階の事を話してしまい、

ユガとリヒャルトの準備の手つきが少しぎこちなくなる。


「相当だったんだな」

「…ごめんなさい…結構昔の事なのに…」

「姐さん…旦那もこの階層で稼ぐって言ってるんスよ…?」

「ヨハンの言う事が最もだぜユガ…別に俺らは勇者とかそんな

御大層な使命のある連中でもねえんだから」


 言いつつやっぱりどこかぎこちないリヒャルトが普段は

薦めたりしない愛用の葉巻をユガに差し出す。

黙って受け取って火も点けてもらうユガ。


「兄者ー。昨日買ったアリタケ炙ってみてもいいかぬ?」

「兄ちゃん兄ちゃん! 僕は蟻蜜漬けのリンゴを炙りたいんだけど?」

「この樹海猪イオヤムボアベーコン……炙っちゃダメ?」


 少しだけユガ達はそっとしておくことにしたソウタはヒブリド三羽烏が

それぞれ準備した材料を炙ってオヤツにしていいかと聞いてきたので

「晩飯の事考えてほどほどならいいぞ」と対応することにした。


>>>


 魔物素材に時々出現する宝箱から結構な戦利品を得て

戦闘力的にヨハン、カーヤ、アイネが持てるだけ持ってみたら

鞄などがパンパンになってきたのでここらが切り上げ時かと判断した

一行は帰路につく。


「重さは兎も角、嵩張るんだよなあ…」

「あは、一部はみ出ててるし」

「若干動きが鈍るが、問題は無い」

「これが全部お金になるってのが僕は不思議だなぁー…」

「スノービーストの肉が食べられるなら後はどうでもいい」


 地下四階への上り階段までもうそろそろな場所に差し掛かったとき、

ヴァイスを肩車したソウタが立ち止まる。


「兄様…?」

「…ソウタ?」

「大将どうした? 何か忘れ物でもしたのか?」


 ソウタは自分以外の全員のコンディションなどをざっと見てみる。


「ヴァイス…全員の体調で何か問題あるか?」

「ぬぇ? ……んー…別に何も無いんだぬ? そういえば兄者?

何であたいの鞄には食糧と飲み物しか入れてないんだぬ?」

「…出発前に言った事を本当の意味で確かめるために必要なんだよ」

「ぬぇ?」


 首を傾げるヴァイスに対してその話にユガは少し訝しげである。


「そういえばそんな事を言ってたわね……結局何を確かめる気なの?」


 ユガに対して少し頭を下げるソウタ。


「え、ちょ…何よ急に…?」


「すまん。ちょっとヴァイスと一緒にこのダンジョンの奥の奥…

ぶっちゃけどこまで行けるか確かめてくるのでお前たちはアガータで

2、3日…いや明日の昼ごろまで待っててくれ」


「「「「「「えっ?」」」」」」

「兄様ッ?!」

「まってソウタそれならワタシも―

「え、ちょ、まっ兄者ああああああああああああああああああああ!?」


 他のメンバーの反応も待てなかったのかもうそこにソウタの姿は無い。 

代わりにヴァイスの絶叫らしい声の残響が残るばかりだ。



・B6…「無限氷原」


 ダンジョンディテクターの多くが語るダンジョンの謎。

特に挙がるのが「ダンジョン内であることを疑ってしまう別天地」だ。

ある所では階段を降りた先で普通に空に太陽らしきモノがあり、

地平線らしきモノの向こうまで砂漠だったり、階段がある場所以外は

同様に密林や火山地帯に海みたいな地底湖と目を疑う光景が広がるのだ。

そして"凍土の蛇穴"の場合は名前にもあるが果てが何処まであるのか

確かめたいようで確かめたくない広大な氷原である。


「ぬぎぎ…!? あああに兄者あああ!? 凍っちゃうんだぬうう?!」

「大丈夫だ、ちゃんと俺にしがみ付いておけ」


 ご丁寧に話通り時折吹雪さえ発生する。酷い時はホワイトアウトだ。


「ぬばばばばばば…?!」

「ヤバいと思ったら魔石を食え。下手な酒より温まるはずだ」


 真面目に凍えそうなヴァイスにソウタがアドバイスすると

ガチガチ震えながらも魔石をバリバリ齧る。


「ぬひっ…?! ……ふおぉ?! ホントだぬ?! 兄者すげー!」


 ソウタは感心するヴァイスを肩車したままズンズン前進していく。


「…兄者ー? ここってホントにダンジョンの中なぬー?」

「俺も少し自信を無くしそうになるんだが…やはりここはダンジョンだ」


―ウォオオオオオオン…!


 叫び声と共に何処からともなく雪の巨人…フロストジャイアントが

ソウタめがけて拳を振り下ろしてくる。


「ぬぎょわああああああああ!?」


 ソウタと同じ魔石喰らい進化種でも戦闘力がまるで仕事してないし

ネネと違ってガチ幼女ではあるしヒブリドの外は数年ぶりなヴァイスは

当然巨人モンスターとの遭遇経験も無いので半端なく絶叫する。


「あぁ、すまんすまん…ついついネネと同じ感覚で考えてしまう…」


 フロストジャイアントの一撃も傍目には難なくペチンと、しかし

フロストジャイアントは転倒する威力でソウタは弾いてしまう。


―オオオォォオォオン…!


 見た感じはゆっくりだが巨体なのでかなりの速度で素早く起き上がる

フロストジャイアントだったが、その眼にはとび蹴りのソウタが映る。


「ぬえぇぇぇええぇぇぇぇええ!?!」


 昔ワイバーンに攫われたトラウマを思い出したっぽいヴァイスの絶叫が

鼻先から粉砕されるフロストジャイアントの聞いた最後の音だった。


…。


 ベチベチとソウタの頭を半べそで叩き続けるヴァイス。


「しんぞうが止まっちゃうんだぬ! ネネちーと一緒にしないで!!」

「すまんすまん…どうにもネネに慣れ過ぎていた」

「ごめんで済むなら憲兵はいらないんだぬ!!」

「分かったからあまり大声を出すなって…」


―グィイイイイイイイ!!


「ぴぃっ!?」(注:ヴァイス)

「それ見た事か…今度は………氷の悪魔か?」


 吹雪が収まってきたからなのか、ヴァイスが大声を出したからなのか、 

どちらが正解なのかは不明だがソウタの周囲には文字通り

悪魔の氷像のような魔物…アイスデーモンが複数体現れていた。


「しっかり掴まっておけよヴァイス。なるべく早く終わらせてやるから」

「………急に飛んだり跳ねたりしないなら大丈夫だぬ」


 ヴァイスがしっかり頭の角を掴んだのを確認したソウタは

頑張るヴァイスの為にもアイスデーモンを破壊することに注力した。

アイスデーモンはソウタの動きに対して何か魔術を行使しようとするが、

彼らが魔術を発動する前に頭や胸をソウタが貫手で破砕していく。


「…ここに来て魔石が急に大きくなったような…?」

「そうなぬ? あたいには……あっ、前の階より等級が二つも上だぬ!」

「なるほど…やはり【鑑定】持ちが居るとわかりやすくて良いな」


 ということで魔石を味見するソウタ。ヴァイスも相伴する。


「ぬぁ!? ちべたい!!」

「俺は氷を齧った程度なのだが…お前が言うなら相当なんだな」

「こんな所で食べてたらお腹がゴロゴロしちゃうんだぬ!」

「ということはこの魔石自体に何か属性があったりは…?」

「んーと………ごめん兄者。まだその辺はわからないんだぬ…」

「まあいいさ。分かろうが分からなかろうが食ってしまう魔石だ」

「兄者ー見てるだけでお腹ゴロゴロしちゃいそーだから

いま魔石をパクパク食べちゃうのやめて欲しいんだぬ…」


 そう言われては我慢するしかないソウタ。



・B7…「無限雪原」


 ここまでの道のりは先達が残した探索情報がギルドから得られるので

不測の事態はある程度避けられてきたが、ここが"凍土の蛇穴"攻略の

最大の山場ではないかと言われている階層だ。


「全部おんなじに見えるんだぬ…」

「名付けも適当感が出てしまうのは納得の風景だな」


 出てくる魔物も地下六階のモンスターに加えてアイシングフローターの

上位種ブリザードエレメント、積雪の中を泳ぐように移動する様から

雪泳海龍スノーサーペントが出てくるようになる。


「兄者あああああ! あっちこっちから魔物がががががが!?」

「落ち着け、一番近い奴を【鑑定】するのに集中するんだ」

「兄者みたいに落着けないんだぬううううううう!?」


―Grrrrrrrrrrrrr!!


 吹雪こそ無いが雪が延々と降り続ける。しかしそれでいて

積雪の量は変化が殆どない。それこそ雪の海のようである。

そして魔物の多くはそんな雪の海から飛び出してきたりするので

気配察知などに優れた仲間抜きでは絶対に進むなと先達は語る。


「魔石は惜しいが、炎が使えんわけじゃないからやるか」


 あっけらかんと言ったかと思えば大きく息を吸い込み胸が

数倍に膨らんだかと思ったらソウタは普段皆に見せている火炎ブレスとは

色からして某怪獣王みたいなフレイムレーザーを周辺にブチかます。


―シュボオオオオオオオオオオオオオン!!


 音だけならばちょっと間抜けに聞こえるが、ソウタの放った

青いフレイムレーザーは雪の海を魔物諸共に蒸発させてしまう。


「……夏のかまど周りみたいにモワモワだぬ…っていうか暖かいんだぬ」

「また寒くなってしまうさ。いつでも魔石を食えるようにしておけ。

お前にとっては急激な寒暖差も危ないからな」

「ふぁい」


 実はもう口に魔石を含んで舌で転がしている横着なヴァイスである。


「むぉ? 兄者はにひゃ! はっひに階段はるんだぬ!」

「…口の魔石を食べてから喋りなさい」

「ふぁい!」


 ヴァイスが階段を見つけたようなのでそちらへ向かうことにした。


「なるほど…雪で埋まってしまっていては見つかりようも無いわけだ」

「このダンジョンをつくったヤツはネネちー級で陰険だぬ」

「…お前はホントにネネが嫌いだな」

大嫌どぅあいっきらいだぬ!」

「どっちかと言うとヴァイスは菜食でネネは肉食だしな…」

「お肉ばっかり食べてたらお腹痛くなってくるんだぬ!」


 先ほどまでかなり絶叫してたせいか、昔の事を思い出したようで

ヴァイスはつらつらとネネとの間にあった腹立たしいことを蒸し返す。

それを聞き流しつつソウタはヴァイスが見つけた実質隠し状態な階段を

改めて観察してみる。階段には雪が入らないようにということなのか

謎の金属製の重厚そうで巨大な蓋がされていた。


「鍵はどうなってる?」

「んー……掛かってないんだぬ…っていうか取っ手しか無いんだぬ」

「まぁ…これで鍵が必要だったとしても酸や炎で溶かすなり

全力で殴る蹴るで破壊を試みるだけなのだが」

「兄者だったら宝箱も強引で全然いけちゃうし…あたいの鑑定って…」

「大丈夫だ。爆発する罠とかだと困るからお前が必要だよ」


 取っ手を握って持ち上げようとすると、そこそこに重さを感じたので

これはもしかすると自分以外の者は大多数が持ち上げるだけで

複数なり身体強化スキルだ魔術を使わなければいけないのでは…?

と、思うとここのダンジョンを作った存在ないしダンジョンそのものが

ヴァイスが言った以上にある意味陰険な気がしてきたソウタ。


「まぁ…俺がダンジョンマスターでもそれくらいはやるか…?」


 この世界のダンジョンもダンジョンディテクター曰く

「得物を誘い込んで狩ろうとしているとしか思えない」そうなので

そう考えると絶対に攻略できないようなダンジョンにはなるまいが…

と、取り留めの無いことを考えていたら蓋が開き切った。


「ここから降り階段だぬ…」

「蓋は……一応閉めておくか…ヴァイス。松明を」

「あい、兄者」


 ヴァイスが鞄から取り出した松明に火炎ブレスをちょろっと吹いて

点火してから蓋を閉め、多分前人未到の地下8階へ降りていくソウタ。



・B8…地下8階「?」


 階段を降り切ったソウタの目の前に広がっていたのは…


「流氷と…海…だと…?」

「ふつーに空っぽいのもまたあるんだぬ…」


 名付けるとすれば「流氷界」とでもするのがふさわしいレベルで

降りてきた階段のある場所以外が流氷と海が一面に広がっていた。

見渡す限り流氷と水平線である。そしてその流氷には…


「……見覚えのある海獣がいるな…南極と言うかオホーツクというか…」

「ぬぇ?」


 ヴァイスには小さく見えても視力がバケモノなソウタには見える。

この階層に点在する流氷のあちこちにシロクマ、ヒョウアシカ、

トドと言った地球の海獣類に良く似たモノが生存競争しているのだ。


「とりあえず大き目の氷山に飛び移るか…」

「この距離…兄者以外は空飛ばないと無理くさいぬ」

「そう考えると…ここのダンジョンマスター的には進んでほしくない…?

ともすれば最深部も割と近いんだろうか」

「ねーねー兄者ー? 見覚えあるって言ってたけど何のコトだぬ?」

「近づけばわかるさ」


 と談笑しつつ地球の海獣類に似たモノたちの傍に接近してみると…


「…なるほど…似ているのは姿形くらいか」

「あ、ああ兄者が膝蹴りでぶっとばした巨人並にでっかいんだぬ?!」


 実際のシロクマでも4mを超える個体が出たりするが…ここにいた

シロクマのようなモノはその三倍を超えていそうだった。


「ブルォオオオオオオ!!」

「お口もでっかいんだぬ!! ワイバーンよりもおお?!!」


 巨大シロクマも巨大シロクマでソウタの姿を見て威嚇してくる。


「本物のシロクマの口の臭いは知らんが………かなり臭いな」


 とりあえず火炎ブレスでご挨拶するソウタ。


「ギャオオオオオオオオオッ!?」


 この巨大シロクマは火炎に耐性がどれほどあるのかは不明だが、

ソウタが口から吹いた青い火炎ブレスで火だるまになって

叫びながら転げまわってしまう。


「下手に接近戦をしてはヴァイスが大変だからな…後は…」


 とりあえず足元の流氷を叩いて確かめて氷の一部を抉り取るソウタ。


「ガオオオオオオオオッ!!」


 あらかた消化が済んですっかり煤塗れだが大した痛痒が無さそうな

巨大シロクマは怒り心頭でソウタに襲い掛かろうとするも、

顔面をソウタが投げつけた氷の塊(複数)が貫通して

そのまま死んでしまった。


「…この戦法は使えそうか?」

「あたいに言われても困るんだぬ! でもあの白いのちゃんと死んだから

当分それでいいと思うんだぬ!」


 色んな意味でテンパってるせいか、ヴァイスは魔石をバリバリと

食べ初め、その勢いを止めることが出来なさそうだ。


「考えて食べろよ…? ここから先また吹雪とかあるかもしれんからな」

「んぬぐ…?! ……ごめんなさい兄者」

「何だかんだでお前は三人の中で一番聞き分けが良いよな」

「ぬー…」


 ヴァイスの頭を優しく撫でるソウタ。自然と頬も緩んでしまう。



 氷上で巨大海獣モンスター相手に一方的な雪合戦ならぬ氷合戦で

中々な死屍累々っぷりを作り出していくと、ヴァイスが階段を見つける。

降りてきた階段と同じようにそこだけは普通に島みたいだったので

遠巻きにはソウタも先に確認済みである。


「さて…扉も無ければ蓋も無かったな…」

「ふつーだったらここまで来れないから何も仕掛けて無いぬ?」

「まさかここまで船も持ち込めんだろうしな…」

「あ、でもここの海にも何か居たんだぬ」

「俺も姿こそ見てないが海中に何かが居るのは感知してたな」


 ともすればここの階層は真面目に攻略させる気が無さそうだと踏んで

次の階層あたりが最後であればいいと思いながらソウタは階段を下りる。


・B9…地下九階「?」


 階段を下りた先に待っていたのは…地下五階と似たような内装だった。


「今迄の寒さに比べたら暖かい気がしてくるんだぬ…不思議だぬ」

「とはいえ、さっさと確かめてお前は風呂に入った方が良いな」

「兄者ー…お風呂の事考えたら寒さが増した気がするんだぬー…」

「すまんすまん…」


 長い通路を進むと、どうやら一本道のようで奥にはこれ見よがしな

巨大な扉が鎮座していた。


「ぬー…扉がちゃんと鑑定出来ないんだぬ…」

「ふむ…」


 ヴァイスを下して少し退かせたら、とりあえず扉に手を掛けてみる。

すると扉は抵抗感なく開き始めたので、ヴァイスを肩車しなおして

ゆっくり様子を窺いながらその先に進むソウタ。


「感知に反応が無いな…」


 扉の先には広い部屋があり、奥にはまた扉があるようだ。


「ヴァイス…ちゃんとしがみ付いてろよ」

「うん…!」


 角を握り締め、首にも軽く足を掛けてきたのを確認したソウタは

ゆっくりと歩を進めていくと…後ろの扉が勝手に閉まる。


「まぁ、大体分かってたことだ」


 扉が閉まったタイミングで部屋の中央に巨大な魔方陣が現れ、

そこからフロストジャイアント…三面六臂だったので

アスラ・フロストジャイアントとでも呼べばいい魔物が出現する。


「悪いがあまり遊んでやれん」


 愛用の巨大骨棍棒を片手にヴァイスの足に空いた手を添えて

ソウタは全力でアスラ・フロストジャイアントに突撃する。


―オォオォオオオオン…!


 不規則にサイドステップしながら走ってきたソウタが

不意に視界から消えたものの、アスラ・フロストジャイアントは

真後ろに現れて棍棒を振りかぶってきたソウタに対して

三つの首をグルリと向け六本の腕で怒涛のパンチ攻撃を繰り出す。


「だろうな…ッ!」


 ソウタは思い切り下に向けて火炎ブレスを吐いて軌道を上に逸らし、

そのパンチ攻撃を回避する。ヴァイスが居なければそのまま

パンチ攻撃を受けても良かったが、状況が状況なのでそれはしない。


「あ…兄者! こいつも炎には耐性あんまり無いみたいだぬ!!」


 しがみ付きながらもちゃんと相手を鑑定していたヴァイスにソウタは

「無理するな」と優しく声を掛けアスラ・フロストジャイアントから

一旦距離を取る。


―オォオオオオオン…!


 距離が空いたらアスラ・フロストジャイアントは六本の腕を

素早く動かしてそれぞれの手から魔方陣を出現させる。


「…ッチ!!」


 仕方が無かったのでソウタは全力で棍棒を投げ、そして自分も飛ぶ。

アスラ・フロストジャイアントも飛んできた棍棒には反応して

一本の腕で弾き飛ばそうとするが、腕を砕かれてしまう。


―ォォオンッ?!


「づああああああああああッ!!」


 アスラ・フロストジャイアントが腕の破壊で見せた隙をソウタは

当然逃さない。そのままアスラ・フロストジャイアントの顔面の一つを

飛び蹴りで砕き、勢いで転倒してしまった所へ連続で踏みつけを行い、

バラバラに砕け散るまでそれを繰り返した。


「ぬおおおおおおおおおおああああああああああッ!!!」


 そこまでされてはアスラ・ジャイアントにももう成す術は無い。

砕け散った氷の巨人が動かないのを確認したソウタは

ハッとしてヴァイスを確認する。


「あ…ぁ…ふが…」


 振り落とされなかったのは流石だが、やはりしがみ付き慣れてる

ネネと違って白目を剥いて気絶してしまっていたので「しまった…」と

呟き座り込んでヴァイスを抱きかかえ、彼女が起きるまで待つことに。



 ソウタの胡坐の上に腰掛けつつヴァイスはジト目でソウタを見ながら

アスラ・フロストジャイアントの魔石の半分をガリガリカリカリと

ハムスターのように頬を膨らましながら齧っている。


「あたい、ネネちーと一緒にしないでって言ったんだぬ」

「すまぬ…」

「ネネちー程じゃないけどあたい体力が無いって兄者は知ってる筈だぬ」

「悪かった…」

「っていうかあたいの存在を途中から忘れてる節があったんだぬ」

「ごめんな…」

「あと兄者…この間から背中から光の翼出して飛べた気がするんだぬ」

「すまん…それ普通に忘れてた」


 魔石を食べ終えたヴァイスは大人がやるようなノリで

肩をすくめて「やれやれだぬ…」と、おどけて見せる。


「まぁあたいはそんな兄者にいっぱい助けてもらってるし、

ネネちーみたいにしつこくないからこれで許してあげるんだぬ」

「…連れて行くのをお前にして良かった」

「でも兄者ー…流石にあたいでも此処じゃ兄者の邪魔って

わかっちゃうんだぬ…」

「重ね重ねすまん…とはいえ…ここが真面目に最下層な感じでな…」


 ここで引き返すのもどうなのかという気持ちがどうしても

抑えられないソウタ。だがこの先が最深部であるという保証も無い。


「俺は兎も角…ヴァイスの身の安全には代えられんか…」


 そんなわけなのでソウタはヴァイスを再び肩車して引き返そうとする。


「…兄者。あたいの鞄に一杯食べ物入れてるんだぬ」

「まぁ攻略が長丁場になるのを想定してたからな…」

「兄者、ユガお姉ちゃんに一日待てって言ったんだぬ」

「流石に2、3日待たせるのはまずいと思ってたからな…」

「実はあたい、リヒャルトおじ…お兄ちゃんの砂時計をこっそり

くすねてたんだぬ」

「やれやれ…お前という奴は…」

「この砂時計って一回が二時間らしいんだぬ」

「戻ったらちゃんと謝って返すんだぞ」

「んでこの砂時計まだ一回しかひっくり返してないんだぬ」

「…………ん?」

「ここの魔物ってあたいが見てきたのは全部火炎が弱点ないし

低い耐性の魔物しかいなかったんだぬ。そして兄者は空も飛べるんだぬ。

そして時間も全然一杯あるんだぬ」

「オセロの頃からもしやと思ってたが…お前は凄いなヴァイス」

「ぬひひ…!」


 ソウタとヴァイスは似たような悪い笑顔になった。


>>>


 2、3回砂時計を引っくり返す時間をアスラ・フロストジャイアントが

出た場所で過ごしたソウタとヴァイス。


「何回か吐かせてしまってすまんヴァイス」

「大丈夫だぬ! あたいだって仙人マハーマン! 人間の上位種だぬ!

でも宙返りとかはなるべくやらないでほしいんだぬ!」

「ぶっつけ本番だから善処しかできんが…」

「………ぬーぅ…」


 ヴァイスが渋そうな顔をしてそうだったのでソウタは

「努力する!」と力強く答えるしかなかった。



 その後2人が進んだ先で…部屋は四つあった。だが、空を飛んで

空中から絨毯爆撃ならぬ絨毯フレイムレーザー攻撃をされては

グレーターアイスデーモン、ブリザードエレメント大群&

スノーサーペントヒュドラ、氷の魔法騎士といったエリアボスであろう

ボスモンスターたちも碌に反撃できないまま溶かされてしまう。


「ひいいい!? オレを食べてもオイシクナイよ?!!」


 最後の部屋に待っていたのは蒼白なまでに真っ白なサイクロプスで、

彼は普通に両手を上げて喋ってきたので言葉で返すことにした。


「別に食ったりは………………魔石の質によるかな?」

「うわああああああああ!? 殺すの前提になってるうううう!?」

「兄者、このルフって奴ダンジョンマスターって称号持ってるんだぬ」

「ほう…」

「げぇっ!? オレより上級の【鑑定】持ちかよ?!」

「ヴァイス…こいつと俺はどっちが強いんだ?」

「んー…………兄者が10000としたらこいつは100だぬ」

「ぶっ!? そっちのデカいのが道理で見えないと思ったら…!?」

「お前…素直な奴だな…」

「勘弁してください! オレまだ100年も生きてないんですぅ!」

「兄者、どうするんだぬ?」

「ふむ…こいつが印象通りに戦意喪失しているなら帰っても良いが…」

「え、帰ってくれるんですか?」

「やっぱり魔石をk」

「嫌あああああ! 命だけはご勘弁をおおおおおおおお!!」


 鼻水まで出して泣いているのでこれが演技なら大したもんだと

ソウタは油断なく真っ白サイクロプスを眺めていたら


>―――――――――――――――――――――――――――――――>

―「凍土の蛇穴」支配権を得ることが可能になりました。

―「凍土の蛇穴」の支配者として君臨しますか?

<―――――――――――――――――――――――――――――――<


 この前よりも早いタイミングで謎ウィンドウが出てきた。


「流石に此処のは要らな……いや…待て…だがしかし………」


 今まで実質YESだったが、流石にここを支配するメリットが

正直微妙だったし謎ウィンドウも出っ放しだったので

色々ぼやきながらウンウン悩んでいたら…頬をペチペチされたので

ハッとしてヴァイスに「どうした?」と声を掛けるソウタ。


「あ…兄者…? その目の前の…何だぬ?!」

「ん…?」


 考えてみたら今迄は謎ウィンドウは一人の時だったので

他の人に見えるのかさえ気にしなかったソウタは

ここに来て何と答えたものかと考えていたら…

ちょっとどうしても試してみたいことが思いついてしまった。


「なぁ…ヴァイス…お前…攻撃魔法とか戦闘スキル欲しかったよな?」

「ぬ?!」


>>>


 アガータまで戻ってきたソウタとヴァイスを見た時、

待っていた全員が色々と驚くことになる。


「うわ…野良任せの4階入ってすぐん所で冒険者どもが何かやってるって

眷属が言ってたけど…これは…」


 何しろダンジョンマスターの蒼白サイクロプス…こと

「元・ダンジョンマスター」のルフが同伴していたのだ。


「ふぬーぬっぬっぬ!! あたいは遂に列強生物になったんだぬ!」


 そして両手の平から大量の氷を出しては消し、出しては消している

矢鱈とテンションが高いヴァイスの様子も尋常じゃないと見る八人。


「お、おいヴァイス…お前それ…」

「ルヴァル…もうあたいは名前負け仙人マハーマンでは無いんだぬ!

あたいは今や氷界地仙ヒャドマハーマン! 兄者同様に進化したんだぬ!」

「そんな…ばかな…!」(ネネ)

「…で、ソウタ…聞きたくないけど聞かせてくれるわよね?」

「ここだと流石にまずそうだから一旦ヒブリドに戻ってからな」

「え、ダンジョンから離れるの…?」

「サブマスターの分際でウルサイんだぬ。最深部まで来れるのは

兄者くらいなんだから黙ってついてくるんだぬ…この下僕っ!」

「…くぅ…ッ! 死ぬよりはマシとはいえ…こんなの…!」

「あー…今のやり取りで大体分かった気がしてきたぜ…」(リヒャルト)

「えと、アイネ…?」

「あんな露骨に蒼白でハゲなサイクロプスはどう見ても

魔化してるしそもそも声からして絶対違う」

「微妙にわからねーけど、とりあえずヒブリドに戻るんだよな?」



 そしてヒブリドに戻ったところで、この日ヒブリド育ちの

「凍土の蛇穴」新ダンジョンマスターとなったヴァイスが

色々な意味で居心地が悪そうだったルフをダンジョンマスターの

固有スキルで本巣のダンジョンに逆召喚して待機メンバーを

大いに驚かせる。


「ヴァイス…あなたホントにダンジョンマスターになったのね…」

「ぬっふっふ…! これでもうあたいはネネちーにも遅れは

取らなくなったのだぬ!! ぬっひょっひょっひょっ!!」

「ちょうしにのるな…!」


 ネネがくわっと目を見開くも、何処からともなくネネをピンポイントで

狙った吹雪が彼女の顔面に吹いてくる。


「んぎッ…!?」


 この攻撃には目の痛みと冷たさで思わず瞑ってしまうネネ。


「く…ぐ…!?」


 さらにいつの間にかネネの足が氷に包まれていた。


「あたいはネネちーほど陰険じゃないからぬー? 抵抗しないなら

ちゃんとその氷も解除してやるんだぬー?」

「おまえええ…!!」

「やめろってネネ! ヴァイスも普通に怖いぞ?!」


 状況に青ざめつつもルヴァルは二人を仲裁しようと頑張る。


「そう…貴方が進化したとかいう時にもあったのね…」

「それでそれがヴァイスにも見えたから…って、大将…アンタなぁ…」

「かつての三人にも多少は気を使ってカケラで魔石を食わせたしな…

まぁ当時は魔石を食ったら普通は死ぬなんて知らなかったが…

あれからヴァイスも他の2人同様沢山の魔石を食ってたし…

何というか…あの謎ウィンドウには不思議と嫌な感じがしなくてつい…」

「だからと言って…………はぁ、もう良いわ…貴方達を常識で

考えること自体間違ってるのでしょうからね…」


 そう言ってユガが視線を向けた先には…大量の氷のブロックがあった。

聞けば「凍土の蛇穴」地下五階から持ってきたそうだ。


「いやしかし…ダンジョンマスターの固有スキルはうらやましいな…」

「聞いた話でしかないけど…魔法職でもおいそれとは扱えない空間魔術を

当たり前のように使えるのよね?」

「そうらしい。だがこれでヒブリドの食糧保管事情が大改善しそうだ」

「普通の氷とは比べ物にならない保冷力だもんなぁ…」


>>>


 ダンジョン産の特殊な氷による食糧の保管環境の改善という

かつてないレベルでヒブリドの冷蔵技術が高まる可能性を

多くの者が実感するのに時間がかからなかった。


 何しろ特に酒造りでは低温保全と減菌がしやすくなったのでドワーフや

アルプ騎士国で実家がワイン杜氏だった面々は益々他の酒造りをするし、

今迄は落として遅くても2、3日以内に食べきらなければいけなかった

食肉類は香辛料を使わず容易に一週間以上保存できるようになって

程よく熟成させた食肉もより多く交易に回せるようになったのだ。


「兄者ー」

「…」

「兄者兄者ー」

「…」


 そしてもう一つ目に見えて変わったことがある。


「所で兄者―」

「今度は何だ…」


 今まではネネやナージャの手前、そして何だかんだで聞き分けの良さ、

頭の良さから年齢不相応かもしれない滅私に努めていたヴァイスが

何かにつけて…それこそ不必要にベタベタしてくるようになったのだ。


「兄者ー…呼んでみただけだぬ☆」

「元々ここでやれることが多くは無かったとはいえ…

お前には何か新しい仕事を振らんと駄目そうだな」

「えー…あたいもう氷の管理とかー…結構あるんだぬー…兄者ぁー?」

「ぐっ…」


 ネネほどじゃないがちょっとあざとさが出てきたヴァイスの甘え攻撃。

しかし相手は一応真正幼女である。だからソウタはネネやナージャ程には

強く出ることが出来ない。何しろダンジョンでの個人的な負い目もある。


「…くうぅ…っ!」「ギギギ…!」


 元々からこんな時は距離を置いていたルヴァルが

さらに距離を置かざるを得ない。何故ならば…


「おやぁー? 氷でも欲しいのかぬー? フリージングが必要かぬー?」


「「…ギぎギぎぎ…!」」


「なぁ兄ちゃん…」

「もうすぐ10歳なんだから少しは大人に…と、言うのもな…」


 今後は対応が面倒な女子が3人になるかもしれないと考えたら

何だか肩が重くなった気がしたソウタだった。


14:あるあるにはならないダンジョン稼ぎ(終)

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