13:新クラン「スレッジハンマー」いきなりダンジョンアタック
東国連合ルスカ王国にて新しい冒険者クランが誕生した。
そのクランの名は「スレッジハンマー」…名前だけだと何処かの
冒険者パーティに被りそうなものだが、不思議と被ってなかった。
クラン結成の申請を受けたルスカ王国ブレスラ市支部の
冒険者ギルドではそこそこに話題である。何しろ結成を申請してきたのは
金級だがそろそろ白金昇格でもおかしくない迎撃猟兵の
単独ならオリハルコン認定でも問題は無いユガに同じくミスリル認定で
不備は無いであろうリヒャルトだったし、クランメンバーの大半が
そもそも冒険者として未登録で老若男女な面子だった挙句、
その新規登録メンバーたちが全員初期ランク査定試験でいきなり
初期認定で最高の銀Ⅸ級を軒並み叩きだしたのだ。なのでクランの初期
ランク評価も銀Ⅴ級から始まるとなって、東国連合のギルド職員間では
中々に熱い情報交換がされたのである。
「まぁ、目立たない方がおかしいのよ…ええ…そうよ…そうなのよ…」
「ユガ、ほれ、シガーグラスの新鮮なヤツ…」
引きつった笑みを浮かべるユガにちょっと青い顔したリヒャルトが
シガーグラス(異世界における噛みタバコの一種)を束で渡したら、
それをマジで食う勢いでムシャムシャと齧りだしたユガ。
「ぬおー…! これがヒブリド以外の街…! 空が広がってるんだぬ!」
「そういやヴァイスは小さいころは全然覚えてなかったっけ…」
「そうか…オメーらもチビん時は結構大変だったんだな…」
年相応にテンションが高いヴァイスを年不相応に微笑ましく見る
ルヴァルを見て外見不相応にちょっと涙ぐむヨハン。
ちなみにネネは言うまでも無くソウタの頭に引っ付いて彼の頭頂部に
顔を押し付けてスーハースーハーくんかくんか匂い嗅ぎ三昧である。
「あの時は分からなかったが…思ったより人間が少ないんだな」
「………東国連合はその多くが亜人寄りな社会体制なのよ兄様…
だからと言って…全員が全員受け入れられるわけじゃあないけどね…?
あの獣人も…あのエルフも…みんな…みぃんな…みいぃぃんな私を…?」
普通に病んできたナージャの頭をナデナデポンポンするソウタ。
ちなみにソウタは見た目のヤバさ、ナージャは戦闘奴隷時代にやらかした
血祭り伝説(3.5話参照)の関係で全身をローブで包んでいる。
「あは…こんな形でまたルスカに返ってくるとは思ってなかったわ」
「…カーヤ……辛くない?」
「ふふ、大丈夫よ…ここは西端のブレスラ市だし…?」
「…そう………なら、私はこれ以上、何も言わない」
「あは…アイネ、ありがと」
そういえばカーヤとアイネはルスカ王国に何かしらの因縁があったかと
2人の会話が聞こえてしまっているソウタであったが、女子の過去は
本当に仲良くならないうちに立ち入ってはいけない…と、
誰かが言っていた気がしたので聞かなかったことにした。
「ゼナがヒブリドで留守番をすると自分から言い出したのは驚いたな…」
「言われてみりゃ大将の言うとおりだな?」
色々と協議した結果、ソウタ、ネネ、ルヴァル、ヴァイス、ナージャ、
ユガ、リヒャルト、ヨハン、カーヤ、アイネの十人…クラン最低限人員で
今回のダンジョンアタックに挑むことになった次第である。
「こういう話はゼナが一番乗り気だと思ってたのだが…」
「ゼナは言動こそ粗暴でも彼女なりに結構考えて行動してるのよ?
この間だって貴方と色々話したいからって………何よ、姉鬼って…
そりゃまぁ私はハーフオーガスだけど…私の方が三つ年下だし…
第一ヒブリド入りだって彼女の方が先輩じゃないの…おかげで私は…」
色々ブツブツ言ったかと思えば目を細めたユガは
すーっと近づいてソウタの脇腹を連続でパンチしてきた。
「全部あなたのせいよ、うん。それは間違いないわ。最近は
"ヒブリドの裏番の姐さん"とか…実年齢以上に老けて見られかねない
正直いらない異名が囁かれ始めたのも…ええ、全部ソウタのせいよ。
酔っぱらった時以外じゃ殆ど吸わなかった筈の煙草の量も増えたのも
これももうソウタのせいでいいわよね? …ね? ……ねえ?」
「………不思議と反論できる気がしない」
「あー…まぁ…うん。今の大将が反論は火に油だな、この場合はw」
>>>
何はともあれ、クラン結成からの初陣先を物色してみたら
中々良さそうなダンジョンの情報が見つかるのに時間はかからなかった。
「ヒブリドからの距離も考えると…"凍土の蛇穴"が一番良さそうだぜ」
「名前から察するに寒そうな所だな」
「文字通り防寒対策は必須なダンジョンよ」
今回ソウタ達「スレッジハンマー」クランが挑むことになった
ルスカ王国公認攻略討伐令が出ているダンジョン"凍土の蛇穴"は
立ち入り条件が一人につき銀Ⅱ級以上評価で15人小隊推奨評価である。
「総階層は不明…まぁ完全攻略されるダンジョン自体珍しいほうだから
この辺は置いておくわ…」
「今のところは地下六階の"無限氷原"までが探索済みだな」
「無限…」
「多くのダンジョンは深層へ行くほど常識が通じないのよ…
昔私たちもトビアがパーティ入りする前に挑んだことがあるけど…」
「結果は散々でな…まず文字通り無限に広がる氷原で容赦なく
体力は奪われるし寒冷特化なモンスターの奇襲で気力も持って行かれる」
「一人がホワイトアウト中に行方不明、二人が手足凍傷で再起不能」
一切冗談も挟まないユガとリヒャルトの話にソウタとネネ以外は
押し黙ってしまう。得意属性等の都合上、冷気は数少ない致命的な
弱点となりうるナージャに至っては冷や汗が酷かった。
「アムカイアド地獄山脈より寒いのか?」
「それはあなた自身で確かめて頂戴…私にとってはどっちも同じだもの」
「エレメント系…目が無い魔物は…?」
「初っ端から目が退化した洞猿人とか岩粘体が居るな」
「むぐ…多くの魔眼が通じないのは…どうしよう…ソウタ?」
「今回はそういう手合いまで無理に戦えなんて言わんから安心しろ」
「ありがとう…ソウタ……あむ」
「分かったから耳をはむはむするな…舐めるのはもっとヤメロ」
「…ちっ…」
ネネとソウタのやり取りで幾分その場の雰囲気は解れたようだ。
「…っつーことはオレらは地下5階くらいまでの範囲ってことッスか?」
「とりあえず最初はそれな…それに地下四階は三階からの階段下りて
すぐの場所に大規模共用クランベース…っつーか街があるんだわ」
「街? ダンジョンの中にか?」
「その街については…そうね…直接辿り着いて見た方が早いわ」
そういうわけでダンジョン攻略に必要な準備を進め、ソウタ達のクラン
「スレッジハンマー」は"凍土の蛇穴"攻略を開始することになる。
・1F…地上一階層「凍土坑道・丁」
主な魔物は洞猿人、岩粘体、土壁蛙、魔化小鬼"ブルーキャップ"種
このダンジョン内でしか生育しないヒカリゴケの一種があるが、
どういうわけか魔物は魔化小鬼以外は目が退化している。
その為このダンジョンを始めて攻略する面々は光源を用意せずに
うっかり奥まで進んでヒカリゴケが殆どない暗部で命を落とす者がいる。
「…魔眼が効かないヤツはきらい…」
「イオヤム樹海の魔物はみんなネネの魔眼効いてたもんなー」
「ここじゃあネネちーが一番のクソザコ候補だぬぇー?」
「………もどったらおぼえておけよ…」
「ひゃーw怖い怖いww怖いから兄者にくっついておくんだぬーwww」
「ヴァイス…はしゃぐな…ワイバーン事件の二の舞になるぞ」
「うぐぬっ…!?」
ソウタに昔の事を言われプークスクスと笑うネネに対して
こればかりは反論が出来ないヴァイス。
「あん…? 白ちび子のやつ…どーしたんだ?」
「あは、聞いたことないんだねぇヨハン?」
「ちょ、ちょ…近いっす! カーヤさん近いっす!!」
「ヴァイスはその昔…ワイバーンの巣まで攫われかけたこと…ある」
「だからアイネも近ぇーってばよ!!?」
ムキムキでもやはりエルフの血筋であるからなのか、本人は
女性が苦手なヨハンにカーヤとアイネが確かに近めの距離である。
ムキムキ度合いだけは勝ってるソウタは何かちょっとイラついた。
「しかしわかっちゃいたが…この階層は楽勝だな?」
「ダンジョンの魔物もバカじゃないのね…でも、やっぱり
ここまで魔物が襲い掛かってこないって凄いわ…」
「…兄様を初見で恐怖しないのは…生物として異常だと思う」
「普段ソウタ大好きを公言するお前さんでもそう言っちまうのかよ」
珍しくナージャが他の面子と真面目な話(?)をしていたのを見て
ほんのり寂しい気もしたが、それでも微笑ましくなるソウタ。
「そういえばこのダンジョンにはフロアキーパーというのが
高確率で出てくるそうだな?」
「ええ、この階層だと大抵は土壁蛙の大型種もしくは洞猿人の異形種ね」
「運が悪いと両方出てくることもあるんだが…」
「あぁ…なるほど、道理で奥の方から大きな二つの反応があるわけだ」
「「………」」
ネネを肩に乗せたままソウタはそのまま奥までひとっ走りしていった。
ナージャもその後ろにぴったりくっついている。
「あっ、兄ちゃんずるいぞ! 魔石は僕にも分けてくれよっ!!」
「兄者ぁ! こんな薄暗い所であたいを放置しないで欲しいぬっ!!」
ヴァイスとルヴァルも各々慌ててソウタを追いかけていく。
「あ、は…ダムピールの私が言うのも何だけど…ソウタさんの
探知能力って…色々おかしいわよね…」
「今更、ソータは常識の枠外、理の外にも出てきてる」
「…そういや旦那って普通に口から火も吹けたっけ…」
「ふへ…? え、ホントに…?」
「それも今更、私の鍛冶を時々ソータが火炎ブレスで手伝ってくれる」
「あは、は…コーリちゃんが懐くのってそれ関係あるのかな?」
「なんか旦那のコト深く考えたら負けな気がしてきたぜ」
―ゲロロロップちゅ?!
―ウホォォオ?!
鳴いてる途中で踏みつぶされたカエルのような声と
有り得ないモノを見た人間じみた驚き方をした
ゴリラみたいな叫び声が聞こえてくる。
「…初っ端から楽勝ってレベルじゃねーなコレ」
「フロアキーパーの出てくる場所は基本光源必須なのだけれど……
……やっぱりソウタを私たちの常識で考えちゃダメみたいね…」
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・B1…地下一階「凍土坑道・丙」
迷宮解明者の案内書によれば、ここからディアブリンの魔物使に
騎魔兵が出てくるようになり、宝箱に擬態する粘体…
ミミックウーズも時折確認されるそうなのだが…
―ブチッ、メキッ、ボキュッ
―そいつは打撃耐性あるからルヴァルの方が効率良いんだぬ!
―グシャッ! バキュッ!!
―ゴボゴボゴボ…
出会い頭のソウタに対する本能的恐怖+ネネの魔眼でW金縛りからの
ソウタの膂力、ルヴァルのエネルギー体義手、ナージャの超位水魔術で
手折られるか圧砕されるか水死させられる結果しかない。ダメ押しで
ヴァイスの【鑑定】も仕事するのでソウタ達とエンカウントした
魔物たちが生存する可能性は極めて0%に近く、1%さえ限りなく遠い。
「………流石にここまで暇を持て余すとは思わなかったんだけど」
「大将やナージャは兎も角…ルヴァ坊も相当じゃねーか…」
「ふふ、アイネ…私、ダムピールとしての自信無くしそう」
「それを言ったら私の中のサイクロプスの血が死ぬ気がする」
「オレらって、付いてくる意味あったんスかね?」
「このままだと本当に荷物持ち役で終わりそうね…」
ソウタ達のお蔭で無傷で進めるとはいえ、何か釈然としないのは
見た感じだけなら圧倒的な光景しか出くわさないせいかもしれない。
「罠も…ヴァイスちゃん…全部、見つける」
「あは…ミオンが絶対行かにゃーって言ったのはそれもあるのかも」
「リヒャルト…【鑑定】ってそんなに万能だったかしら?」
「何だかんだであのチビたちもソウタ同様の魔石常食者だからな…
余裕で【鑑定】の限界とかも突破してるんじゃねーか…?」
「唯でさえヤベー旦那たちにあの白ちび子の看破力が加わっちまったら、
エルフにライフル銃ってレベルじゃねーんだろうな…」
>
・B2…地下二階「凍土坑道・乙」
ここからケイブマンとウォールフロッグが出てこなくなるが、
代わりに洞窟蜘蛛、ロックアント・働種という
超大型の虫モンスターが出るため、危険度が二段ほど跳ね上がる。
何しろ虫というのは余程圧倒的でない限りは幾ら怪我を負おうとも
恐怖と言う感情が無いので攻撃の手がギリギリまで緩まないのだ。
なので一部の熟練冒険者もふとした油断で痛い目を見るのだが…
「さっきから蟻しか出てこないな。ここはそういうフロアなのか?」
自重する気ゼロの魔石モグモグタイムしながらソウタは呟く。
傍らではヴァイスとルヴァルがロックアントの足でチャンバラごっこで
ネネはソウタの頭に掴まったまま昼寝しているようだった。
「せめて食べるか喋るかのどちらかにして欲しいわ…」
「いや、大将らには旨いモンなんだろうけどよ…」
胸やけしたような感じで胸をさすりつつユガはガイドスクロールを
スルスルと伸ばしていく。
「まぁ十中八九ソウタのせいでしょうけど、本当だったら
ケイブスパイダーとかも出てくるのよ。この階層は」
「ただ、可能性としては…この辺にもロックアントのコロニーが
拡大化して他の魔物が掃討されちまったってのもありうるんだよな。
ダンジョンの魔物ってのは必ずしも在来種だけとは限らねえから、
そういうパターンも無きにしも非ずだぜ」
愛用の葉巻を吹かしながら考察を述べるリヒャルトに
「うへ…あんな巨大蟻がゾロゾロ出てくるの…?」
「二、三匹だったら私のバトルハンマーで何とかなる…けど…」
「確かに単純に数揃えてトッコーされんのはフツーに脅威だからな…
あー…こいつらが単車コロがしてきてんだったらなぁ…
オレも闘琉判魔圧で黒焦げにしてやれんだが…
金物が近くにねえとこの技ぁ結構誤爆しちまうからよ…」
「ヨハンも何かスキルがあるのね」
いつの間にか大量の戦利品を背負うナージャがヨハンの近くにいた。
「うおおおおおっ!? いきなり傍に来ないでくれないッスかね?!
ナージャの姉さん!?」
「…その驚き様は私も女子として見てるから? それとも…?」
「ホント勘弁してくださいってマジで!?」
ナージャは意識して笑うせいか未だに引きつった笑顔になる。
その為か母親を思い出すレベルで強キャラなタイプの
女性が苦手なヨハンには色んな意味で怖く映ってしまう。
「ナージャ、ヨハンをからかうのもその辺にしておけ」
「はい、兄様☆」
ソウタの一声に態度からして反転したナージャは彼の傍へ戻る。
「ひ、ひでぇ…旦那も分かってたんならサッサと止めてほしいッス…」
「悪い、ナージャが珍しく俺以外で関心を持ってたのでつい…な?」
「でも一番は兄様だから安心してね?」
「………」
頭に引っ付いている偽幼女が昼寝中で良かったと思うソウタ。
ネネとナージャは相変わらず塩素洗剤と酸性洗剤の相性
(混ぜると危険な塩素ガスが出る)なので殊更である。
>
・B3…地下三階「凍土坑道・甲」
ガイドではここは実質ロックアントの巣と化しているそうで、
出てくる魔物も働種に加えて兵種、盾種、射種が出現するようになり
さらには領域守護者として赤刀種という
特異種が小さなコロニーを形成しているそうだ。
「しかし本当に蟻だらけで単調になってきたな」
「でも兄ちゃーん…酸を吐いてくるヤツは結構メンドくさいんだけど…」
「眼の位置が分かりにくくて魔眼もかけづらい…」
「あたい的には弱点が似たり寄ったりなんでかえって楽だぬ」
「虫なら気門(呼吸用の穴)から水を流し込めば全部一緒だと思うけど」
単純に気だるそうなソウタ、ネネ、ルヴァルに対して
呑気さが滲み出てるヴァイスとナージャである。
「あの五人の会話を聞いてると色々マヒしてくるから危ないわね…」
「硬てーし迷いがねーし酸はゲロってくるしでこっちは散々だぜ…」
「はは…ダグズアの丘巨霊も怖いけど…与えているはずなのに
ダメージを与えてる気がしない虫モンスターって地味に嫌なんだけど」
「金属装備愛用者にとって酸攻撃ほど怖いものはない」
「あと地味に見た感じが気持ち悪ぃんだよな…」
前者五人はほのぼのした感じを醸し出すが…ユガ達の後者五人は
そういうわけにもいかない。彼女たちが愚痴っているようにユガ達も
この世界では常人を遥かに超えた筋力を誇る実力者である。なので
鎧袖一触で多くの的に大ダメージを与えて大抵は決着がつくのだが、
虫と言う生き物は余程の戦力差が無い限りは多少傷ついても
此方を捕食するための攻撃行動が緩まない。さらには集団戦闘が
当たり前な蟻タイプなので味方の犠牲もお構いなしで突っ込んでくる。
それだけでも脅威なのに名前通りに盾みたいな外骨格を持つ種やら
当たっただけでも皮膚などを溶かす強酸を勢いよく噴射する種だの
顎が文字通り真っ赤な刀みたいな殺傷力を持つ種などが
やはり死など恐れる風も見せずに突っ込んでくるので
段々と精神から削られていってしまうのだ。
「集まるのも蟻の部品ばかりだな」
「それはそれで次の階にある…あの時に言った街で使えるから
持てるだけ持っておくべきよ…ところでリヒャルト…
私たちがここに潜ってからどれくらい経ったの?」
ユガの質問にリヒャルトはウェストポーチから金属製の
大きな砂時計を取り出して…鼻で笑ってしまう。
「体感であっという間どころかマジであっという間の時間だぜ…ハハッ」
「………嘘でしょ…?」
ユガもユガで自分用の大き目なネジ巻き式懐中時計を見て固まる。
ダンジョン突入前に見た時から短針が5つも動いていないのだ。
「俺も同じ時計だったら何かの間違いだって思えたんだが…」
「砂時計がひっくり返ったって事も…」
「いや、俺ら結構ノンビリ歩けてただろ…? だから
ついひっくり返っちまうような状況も皆無だぜ…?」
「…どうした?」
とりあえずユガは意味が無いと分かっててもソウタの足を踏む。
「……何か問題でもあったのか?」
「しれっと地下三階まで来てた時点で私も大分マヒしてたのが
悪いんでしょうけど…リヒャルト…一階層ごとの平均時間覚えてる?」
「俺が聞いてたのは三刻半(7時間)だな」
「聞きたくないんだけど隊の規模もお願い」
「俺も言いたくないんだが…中隊規模で強行軍…ハハハ…」
「…急ぎ過ぎたのか?」
無駄だと分かってるがソウタの足をグリグリと踏みつけるユガ。
「…もう一回休憩した方が良いのか?」
一縷の望みを賭けてソウタの脛に本気ローキックをしたが
これは逆にユガが苦悶する結果に終わった。
「…? …?? …???」
「ユガ姉ちゃん…足、大丈夫か?」
「かんがえるなー、かんじるんだー」
「久しぶりにクッソひどい棒読み謎発言だぬ」
「一々兄様を常識で判断しようとするなんて無意味なのに…」
ソウタは只管に何が失言だったか考え、昔似たような経験がある
ルヴァルは純粋にユガを心配し、多分平常運転なネネに
ヴァイスが突っ込みを忘れず、多少は憐れんでいる風なナージャ。
「あは☆ 何かホントに深く考えるとダメなヤツなんだね」
「でも、考えることを放棄するのは最悪手」
「おいアイネ…おめー唇がちょっと青くなってんぞ」
残る三人も三人なりにユガがどうして苦悶するのかを察したらしい。
>
・B4…地下四階「岩蟻の巣」
この階層は名前通りであるため、最初期にこのダンジョンを
完全攻略しようとしたクランやパーティが地下三階に上がる階段周辺を
協力して制圧し、今後の探索に新しい挑戦者が無駄に犠牲になるのを
防ぐために大規模な共用ベースキャンプ…昨今は発展しすぎて
一つの街…地下都市とまで呼ばれるベースキャンプが出来たのだとか。
「本当に街になってるんだな…」
アガータはダンジョン産のヒカリゴケを大量に使っているようで
まるで日没手前の薄暗い青空ような明るさを保っていた。
「それでも数年前までは魔物除けや結界の魔道具で領域を
キープしてるだけの普通の共用ベースキャンプだったんだが…」
「…こうなったのも主な原因がアレなのよ」
―ほいさ! ほいさ! ほいさっさ!
―今期の岩蟻蜜酒は出来がええゾ~♪
―黄金酒~は伊達じゃねえ~ホッホッホーウ♪
ユガが指差す方向にはヒブリドにもチラホラ入ってきている
ドワーフたちである。彼らが嬉々として運んでいる樽やら壺は
考えなくても酒であろうというのは明白だった。よく見れば
アガータの住人らしき者は過半数がドワーフである。
「ロックアントは蜜が採れるのか…」
「この辺りを探索すると生きた蜜壺と化しているロックアントが居てな?
まぁ守ってる赤刀種とか黒盾種とかの相手はキツイんだが…」
「その被害に目を瞑れるくらいの価値のある蟻蜜酒が造れるんだな?」
「その利権に東国連合冒険者ギルドと魔術師ギルドも絡んで…」
「ご丁寧に連中専用の転移魔方陣を置いたら数年後にこのザマよ」
「あは、でもすごくいい香り…」
「ミードは私も嫌いじゃない」
「何か香りから想像したら無茶苦茶甘ったるそうな味しそうだぜ」
飲酒が許されている年齢の面子の話題は酒に移行し始めるが、
「大人たちは何であんなヤベーのを呑みたがるのかわからねえんだぬ」
「………ソウダネー」
「そうかもねー…」
「………」
酒を無理やり流し込まれてマジで急性アルコール中毒になりかけた
ヴァイスの意見は至極当然であるし、無理やり流し込んだネネと
ナージャは棒読みになり、それを酔いつつ見ていたルヴァルは沈黙する。
>
ユガに言われて集められるだけ集めていたロックアントの部位は
アガータにおいては足元を見られない通貨としての価値があるようで
何より一部の部位は加工して可食だというのだから驚きだ。
他にも特産として一部のロックアントから採集できるアリタケ…
キノコの一種を改良した"アントポルチーニ"を使ったパスタ料理が
アガータの名物料理なんだとか。
「………だがしかし今一つ草が足りんな」
「突っ込むところはソコじゃないと思うわ! また流されたけども!
本来だったらココに来るまでに最低三日は掛かってるはずなのよ!?
それが半日以内ってどういうことなの?! 悪い事じゃないけども?!
でも何だかやっぱり納得がいかないのだけれど?!」
「うわ…姐さんが荒ぶりだした…!」
そんなわけで件の蟻蜜酒を含めた酒が入りだしたメンバーで
いち早く酒の力でタガが外れたらしいユガがソウタに噛みつき始める。
「ユガは酒に弱いからなぁ…このロックミードも基本は自然発酵だから
そんなに酒精は強くないはずなんだが…」
「ぷは☆ これホントにお酒なの? 甘いけどクドくないし?」
「………しゅわしゅわしてるけど…それも優しい感じ」
「まぁ確かにコレ酒飲んでる気がしねー…つかエナジードリンクっぽい」
予定でもここで一泊することになっていたので、一行は
宿で酒場で飯屋でもあるアガータの店で一息ついていた。
「不思議…ロックアントって…カニと言うかエビというか…」
「このアリタケってキノコの料理も旨いんだぬ。好きな味だぬ」
「むぅぅ…わたしはケモノ肉が食べたい…もっとケモノ肉を…!!」
「珍しく兄ちゃんの所に居ないと思ったら…」
―らからあらしはねぇー!? きいてんのソウター!?
―おいリヒャルト…
―がんばれ大将wほれ一献一献ww
―あはー☆ 私もお代わりくーださーいなー☆
―かーや…それ違うお酒…キツいやつ…こっちが本命…
―おい待てアイネ、オメーが飲んでるのも度数ヤベーやつじゃねーか?!
ふとソウタ達の様子を見たら酒乱し始めたユガやら煽り出した
リヒャルト云々で大変そうだったのでルヴァルはとりあえず
まだ残っているロックアントのピリ辛炒めをやっつけることにした。
13:新クラン「スレッジハンマー」いきなりダンジョンアタック(終)