9+:ヒブリドに入った某国密偵
人類歴1421年 春の中月 第三週 闇月の日
大樹の根源街ヒブリドについて
所在地:死が蠢くイオヤム樹海・中央・古代大樹リッカルディッギー根本部周囲
建立歴:およそ4年(人類歴1417年初冬?)
領規模:城塞都市パッヒェペの全周囲とほぼ同等だが、三分の一は畑や果樹園
公用語:東部交易語、大月帝国語、ニポン(?)語【※要検証】
書き言葉としてローマジなるシンプルな表音文字が当て字として主流。
【その他にカンジなる象形文字を無理やり表音化したらしい文字があるが検証中】
現時点においてルスカ王国ブレスラ市をメインに活動する亜人冒険者パーティ
迎撃猟兵を介さず安全に進入する事は不可能である。
道路は煉瓦とセメントが主だが、バイコーン【!?】馬車などの為に
道の中央は土と砂利を混ぜてあるだけに留められている。樹海内部の土は
それ自体が凶悪な魔力の塊みたいなものなので、どうやって弄ったのかは不明だ…
やってやれない事はないのは確かなのだが…どれほどの魔術師を用意して
何人もの工兵が必要なのかは流石の私でもこの場では判断致しかねる。
住人達の恰好はやはりその多くが各地で奴隷や浮浪者であったらしく
統一感など感じられないのか…と思われたのだが…どうも最近新たにヒブリドの
傘下に加わった悍ましい蜘蛛亜人たちの移民が作るらしい
布地や服で、クワモゥノ、ユックアータ、ワッフークゥと呼ばれている遥か南東の
果てにあるらしい国の服やチュニック、トーガなどの少しばかり古風の…
しかし実用性は高い服を着ており、ほぼ全てのヒブリド市民が「セントー」と
呼ばれている公共の湯浴み場【?!】を使うので小奇麗である。
女たちは種族・階級(検証中)を問わず化粧に装飾を施し競い合い、
男たちは農具を手にしたかと思えば武器を用いた訓練に暇がない…。
「シカリ」…この集落…いや街の支配者の称号らしいのだが、
その称号を預かる男の名は「狩王」とか「殲滅者」という
正直痛い名前だそうだ。だがこのシカリなるヒブリドの支配者は
『泣く子も黙って自害する』と謳われるイオヤム樹海に潜む数多のバケモノ共を
「食肉」として卸し…コカトリス【?!】、大鬼殺蜂に地獄山脈羊、
樹海猪などを「養殖」した存在なのだ…。
「近づくな、死んでも知らんぞ」という看板のある牧場って…? である。
最近は「狩場探し」で何度もヒブリドを出入りしているらしいので
今のところシカリなるヒブリドの盟主には会えていないが、その姿は
「魔化鬼人さえ頭からバリバリ食べそう」なんだとか。
色々聞き込みをしていくと本人も有事以外は姿を見せないことが多いので
出会い頭に悲鳴祭りを防ぐために石像を作ろうという案があったそうだが、
本人が「また姿が変異したら面倒なので要らん」とのことである。
いや、変異って…? 真面目にシカリの正体が不明瞭すぎる…。
食文化は建物が天幕や木造家屋だらけで村落並な外観にそぐわない高さがある。
まぁ何しろここはイオヤム樹海のど真ん中である。強大凶悪だが、
すこぶる旨い凶兆巨角鹿に「最期の影」とまで呼ばれる
グレーターワイバーンとその亜種で「死の夕焼」と騒がれる紅色巨大種の
クリムゾンスカイハイアーの肉さえもが露店の串焼きで食える時があるのだ。
他にも「はんばぁぐ」と呼ばれるヒブリド風の東国焼肉団子に
「カツゥドン」という太いパスタにここでは豚肉呼ばわりのイオヤムボア肉を
たっぷりのラード油で泳がせるように揚げたコートレット(カツレツ)に
一個のために下級貴族が一人消えるくらい価値があるコカトリス卵を
惜しげも無く使ったオムレツを…さらにはアムカイアドヘルシープのチーズを…
最低でも金等級冒険者クランか伯爵でもそうそう食えない高級品を…
下品にドン! ドン! ドン! と乗せて…「でみぐらす」とかいう香りからして
考察する必要もないフォンドヴォー(ソース)をバカみたいにかけて…!?
…ヒブリドではまだ貨幣の流通が疎らで理解も狭く浅いので私は仕方なく
非常時換金用の宝石類でそれを買って食してみた。五皿目まで記憶が曖昧である。
豚肉のコートレットはサクサクジュワトロからのパスタがツルツルシコシコ食感で
オムレツとフォンドヴォーの抜群の相性は語るまでも無い。
普通ならあの一皿のために荘園の一つ二つをフル稼働させて得た税収が溶ける。
だから宝石数点で五皿食えた私は非常に運が向いているのだと思えた。
あとアルプ魔法騎士国の流民にドワーフの移民も結構いるのでビール、ワイン、
火酒、果実酒とその混合酒も沢山あって…
流石にこれは特別な時にしか飲ませてもらえないようだ。どうしても飲みたければ
酒場はあるにはあるが…一杯交易金貨3枚はボッタクリというレベルじゃないので
交易をするとすれば酒類は今が稼ぎ時かもしれない。
他にも「ぴざモドキ」、「ほっとどっぐ」だ「ナンチャッテぴえろぎ」とかいう
「惣菜パン」なるパン類に「かすたーどクリームパンケーキ」や「蜂蜜タルト」…
材料が材料なので都でも同じものは食えるか不明な甘味に心が冒されそうになるが
ここはグッとこらえてさらなるヒブリドの内情…軍事・戦力を探らねばならぬ。
話だけ聞くとヒブリド領主は単独でグレーターワイバーンを単独で殺せるらしいが
…ありえん。ヒブリド領主=シカリ・狩王は大型の亜人種と聞くが、
一番弱いレッサーワイバーンでも銀等級クランか金以上の冒険者チームが
3チームはいる。騎士率いる兵隊でも中隊必須だ。
相当なバケモノだとしてもグレーターワイバーンだ。単純戦闘力でも
レッサーの10倍超過のあれをソロで討伐だと?
バカも休み休み言………てぇっ?!
「うめぇ…! カツゥドンやべぇ! 兄鬼マジパネェ!
クソ豚が神の食い物になってやがる!!」
それは同意する…あれは本当に幸福な肉と麦のマリアージュである。
問題はそこじゃない! 今! 私の! 近くで! そのカツゥドンを
下品にむさぼっているビキニアーマーの女グール剣士!! あの女は
我が帝国で第一級要討伐指定で白金Ⅲの近竜級賞金首の!!
「喰い裂き狂戦鬼ゼナスフィール」ではないか!? 愚鈍な陸軍め!
やはり樹海の魔物のエサなど嘘だったか!! …まずいぞ…
あの女が間違いなくゼナスフィールであるとすれば…あの女グール一人のために
大隊レベルが必要になるではないか…!
「ゼナ、ここにいたの?」
「あ? おーナー子じゃん。どーしたよ?」
「nっ…!?」
私は全力で息と気配を殺した。本能的でもあった。そうせねば死ぬと感じた。
「亜水亞人」…我が国でも「大海人魔」の悪名高い…先の海戦でも
数多くの戦列艦を単独で沈め…地上においても恐るべき超位水魔術で
文字通り大軍を血祭りに上げた水色鱗の魔女…!!!
「………」
「マジでどーしたよ?」
「…なんでもない。ねえゼナ。兄様から連絡あった?」
「兄鬼から? うんにゃ、何も」
「そう…」
「まだ戻って来てねーのか?」
「うん…」
「しかし兄鬼が2、3日姿を見せねーなんてそんな珍しくもな―
「七日…七日以上も兄様が戻らないなんておかしいのよ」
―う~ん…?」
かの二人が兄と呼ぶのは狩王のことか…? あの二人が組んだだけでも
もう既に三連隊(約6000人規模)クラスの脅威だというのに…!
「え。そんなにソウタさん戻ってないの?」
「言われてみれば…ここ一週間一度も見てない」
あの二人に恐れの欠片も無く話しかける少女と大女…大女はまだいい…
だがあの少女は…! 隠す気も無い発達した犬歯に怪しく輝く赤眼…!
何より魔除けが反応する…! あの娘はヴァンパイアだ!
日光にも動じないとなると…半吸血鬼…それもかなり血は薄いのだろうが…
無視できぬ…! ヒブリドはヴァンパイアの血統亜人種も受け入れている線は…!
これは一部たりとも無視できぬ…! 冗談ではない…! 早く本国へ戻らねば…!
不愉快だが東国連にもこの情報は流せるだけ流さねばならんだろう!!
ヒブリドは単なる亜人や落人の集落と軽んじてはならぬ!!
…確証は件のヒブリド盟主である狩王に会わねば得られぬが…だとしても
既に傾国級の危険人物を多数抱えているという事実は早急に持ち帰らねば!!
…でもその前にもう一回だけカツゥドンは食っておこう…。
9+:ヒブリドに入った某国密偵(終)
ソウタ「…カツうどん…どうしてこうなった…」