9:四度目の冬、五度目の春と大移民時代?
ハイパーお久しぶりシャラッセー(いらっしゃいませ)!!
ヒブリドにもチラホラと雪が降り(魔力の影響で地面には積もらない)
ソウタにとっては4回目の冬となったが、ヒブリドは相変わらずだった。
何しろ木材はイオヤム樹海で馬鹿みたいに採れるので困った試しがない。
全部が全部じゃないが、樹海の木々にはトレント系のモンスターが発生するうえに
何本かは切り倒しても数ヶ月もすれば別な木々がニョキニョキ生えてくるという
地球基準では謎過ぎる現象があるせいだ。その辺はスーリャをはじめとした
エルフ陣営曰く「精霊の存在」と「木々自体の生命力が白金級の魔物レベル」
であることらしい。今ではソウタ自身が謎過ぎる魔石無限モグモグ魔人なので
そういうものかと納得しているが。
そういうわけで何処の家でも普通の火じゃ木炭より長持ちするイオヤム樹木を
使ってるから暖炉に火を入れっぱなしに出来るし、上質な樹海魔物の毛皮に
主にユガ達のパーティがやっている交易で得た暖取りアイテムやグッズ、
あまつさえ本来は暖房用じゃないが暖房用に使ってる魔道具で快適を通り越して
冬なのに少し汗ばむくらいの環境にするのが容易いのだ。
「………何…だと…?」
「だ、だから…おで、この人と…結婚、したい」
「………何…だと…?」
最近はヒブリドの百姓筆頭みたいな立場になっているハーフオーガのドルクが
ソウタよりは間違いなく若い女性と共に家に来てこの問答を繰り返していた。
ちなみに主だった今やヒブリド幹部的立ち位置の面子も何故か勢ぞろいである。
「…う、うぅぅうぅぅぅうぅらぁめぇしぃぃやぁぁぁぁ…!!」
「ネネ、お前今日は輪にかけて怖いな…」(ルヴァル)
「…あ゛ァ?」
「ネネちー落ち着くんだぬ…これ以上兄者を困らせては駄目ぬ」
さっきからどこぞのRPGよろしく「いいえ」的な返答をするとループするような
状況の発端はそんなに大したことではない。いつもの様にヒブリドの住人に
木材などの定期配給を終え、元アルプ魔法騎士で実家が杜氏な
アルプ魔法騎士国出身のエルフらの協力で試作が本格的になった自領産の酒類で
一杯引っ掛けるかと考えていたソウタの元にドルクが件の女性を連れて現れ、
「おで、この人と結婚した、い…から…酋長ソウタ様に、仲人…」
と言われて色々な感情がないまぜになった、ぶっちゃけ大人気ないソウタの
あからさまなすっ呆けモードである。
「いい話じゃない? 町長が結婚の見届け人とか普通でしょ?」(ユガ)
「…………私も…兄様と………ふふ…うふふ…くふふふふふ…」(ナージャ)
「結婚にゃぁ…ほーん…?」(ミオン)
「ぐるる…ミオン…! 大事な話なんだから真面目に…」(クーファ)
「つーか、お相手さんも中々いい趣味してんなー」(ゼナスフィール)
「あは、久しぶりに血がホンワカしそうな話題ね」(カーヤ)
「…結婚の装飾品…鍛造しなきゃ…」(アイネ)
「鍛造?! そこは細工じゃないの!?」(ミハル)
「そういやオレのオフクロも親父にプロポーズかましたんだったか」(ヨハン)
やはり何処の世界でもこの手のイベントは女子が姦しく、
野郎共は基本キョトンかポカーンでソウタに至っては独身として
思うところある故、大人気ないすっ呆けモード継続である。
「……ぐぐぐ…」
これに関してはソウタは「テキトーにやってればよろしい」スタンスだった。
何故ならこれをイベントとしてこなせば…ヤバイ憧術幼女&パネェ蛇龍少女が
究極地固めを間違いなく画策せんと暗躍しまくることが安易に予想できたからだ。
酋長という立場に収めたが、こちらの世界の下位層民はソウタのような人物を
強力無比で寛大な支配者として担いで奉って讃える事で
最終的な平穏を得ようとするのだ。
「というか、団長。何で乗り気じゃないのよ? 貴方のことだから
結婚式とかソレ系の進行も色々知ってるんでしょう?」
「うっ?!」
やはりユガ姐さん。鋭い。いや、もしかすると出会い頭が規格外だったから
「どうせそれくらい余裕なんだろ?」というノリで聞いてるだけかもしれんが、
ソウタにそんな機微を察知できる能力があったら地球で苦労などしないのだ。
「親方…お、おで…絶対エーリンを、幸せに…する! から!」
ドルクの傍に居た女性…つまりドルクと結婚を考えている女子エーリンは
ドルクの逞しげな腕に両腕を絡めてきた。
「ぐぬぬ…」
「総長殿! これはとてもめでたい事ですぞ!!」
いつの間にか来てたアルプ騎士国のエルフ騎士たちも口々に言ってくるので
ここで退くに退けなくなってきたソウタは腹を括ることにした。
> > >
実際問題地球基準で見れば未だにキャンプ場じみた場所で未だ中世レベルにさえ
到達していない文明度のヒブリド。おめでたいイベントに異を唱える者も無し。
「いよっ! ご両人!」
「ヒブリド最初の夫婦にエルフ太祖の祝福あれ!!」
「スヴァルトアールヴァルの祖霊たちよ! 新しい家族に十一聖霊の御加護を!」
「我等が祖霊よ! 新たな夫婦が紡ぐ美しき子宝を育み給え!」
「氏族の始まりに栄光あれ!」
ドルクは何となくソウタが作ったワイバーンの骨棍棒を腰に佩き、
アルプ騎士団の生き残り達数人が快く貸した騎士のマント数枚を
スカーフのようなモノだのトーガのようなモノだの…ともかくそれっぽく着飾って
エーリンには元ルスカ王国貴族令嬢なカーヤがデザインした正式名は無いらしい
ルスカ王国の独特な着色を施した民族衣装に何処から調達したのか化粧品で
薄いがバッチリと化粧をし、二人は身長・体格差があるため手を繋ぐだけだったが
しっかり指を絡める「恋人つなぎ」でゆっくりと大樹の前に進んでいく。
「おめでとー!」(ミハル)
「おめでとうございます!」(トビア)
「もg…お幸せにゴブ…」
「俺ら基準でも美人な人族の嫁さんとか…ここ一番の度胸は
やっぱオーガ族だな…新妻を泣かせんじゃねえぞ…?」(リヒャルト)
「クソがー! 何だよドルクこの野朗!! テメー絶対許さねえからなー!
バカ兄弟が! とっとと幸せになっちまえクソ野朗!! そんでエーリンさんの
娘さんをオレに下さいごめんなさい冗談ですガチ怒りオーガ顔やめてぇッ?!」
「あはは! あんたってホント面白いわね!」(カーヤ)
「けどちょっと言葉選べって感じだなークソブタぁ?」(ゼナスフィール)
「サーセン! 踏むならケツで勘弁して下さい!」
「……うわ……」(アイネ)
「…こいつホントにブレにゃー奴だにゃー」
「ぐるる…尻尾が逆立ちますわん」
「結婚式くらい頭痛のタネを作らないでちょうだい…」
「オヤジとオフクロは…何を考えてたんだろうな…?」(ヨハン)
ドルクとエーリンの結婚式はノリノリなエルフ騎士たちが特に張り切るので
どこぞの貴族の結婚式みたいだと微笑ましそうなユガ達ヒブリド女子メンバー。
ちなみにヒブリド初の結婚式は様式がごった煮状態である。何しろ
東国連合とグランリュヌ帝国は信じる神は同じ…なのは人間種だけであり、
エルフは殆どが祖霊信仰、モーガンを初めとしたオーク系は冥王教徒、
なので最初はその辺で宗教的な対立が懸念されたが、そこは神仏習合でお馴染み
超多神道×メタメタDe大乗仏教な日本出身のソウタ、ミハル、ヨハンらが上手に
間を取り持ち「折角だから明る良い美味しい所だけを選ぶぜ」ということで、
出身国教に敬虔な人たちは結構目を回しているのだが、子供たちなどは
色々と派手な催しや面白いであろう儀礼儀式も知れて楽しそうであった。
「めでたい席だから酒類も今日に限っては大盤振る舞いだ」
「「「ヒャッハー!!」」」
これに反応するのはちょいちょい他方から入り込んできたドワーフ系である。
「だが未成年…ヒブリド基準で15歳未満はダメだぞ」
「……チッ……!」
「…ガッカリだぬ」
「…ちぇー…」
「お前ら…」
「兄様がいれば、わたし別にお酒とか要らないよ…?」
「……チィッ……!」
「ネネ、自重しろ」
「…わかった」
何気にヒブリド初の法律であるが、まさか最初の法律が飲酒・喫煙の
解禁年齢であるとは世の各国の法律家が聞いたら憤慨しそうではあるが、
無法というのもそれはそれで問題があった時に困るので倉庫番のジャッカスや
書記経験のある奴隷たち等と話し合って少しずつ制定はしているのだ。
施工していくのはかなりの時間を要求されるであろうが、その辺は
こっちの世界の法律に詳しい者らに丸投げで形だけ監修しているソウタである。
「えー…と…それじゃあ大人共は酒を…子供達は果実水のコップを持ってくれ」
少しぎこちないがソウタの一声に誰もが笑顔でコップを持った。
「………なあ、ユガ」
「あら、また一つ貸しにして良いのかしら?」
「ぬぐ…!? …えー…ヒブリドも四度目の冬となったが…あー…」
長すぎず、短すぎずな祝辞のようなナニカを考えながら言おうとしたが、
ドワーフ系の連中の目が段々冷えてきたのでチャチャっと纏めたいソウタである。
「次の春からはより一層忙しくなるだろうから、
今日は飲んで食って騒ごう! 乾杯!」
「「「カンパーイ!!!」」」
「「「プロージット!!」」」
「「「トゥアースト!!」」」
「「「アントゥース!!」」」
複数の国の言葉の乾杯の音頭が聞こえるのは致し方ないことである。
「うへ…苦渋い…!」
「そらワインだからなー」
「ヨハンくんマジでヤンキー…」
「これが…アルプワインの味なのね…!」
「ユガ姐…泣くほどなの…?!」
「はぁー☆ 生き返るわぁー★」(カーヤ)
「………わたし、ワイン苦手…」(アイネ)
「あちしも強いて言えばオツマミ食い専だにゃー」
「わぅ…! この香り…抗えないですわん…!」
一見すると酒に弱そう組は舐めるように呑みながら会話に華を咲かせ、
「ほーん…? 良いブドウ使ってんじゃんよー?」
「おっ、やっぱゼナっちはイケるんだな……折角だから呑み比べしねえか?」
「リヒャ公…腐ってもグールのアタシに挑んで後悔すんなよ?」
「おいおい牛獣人を舐めてもらっちゃ困るぜ?」
「あのー…トップ取ったら何でも言う事聞くとか…どうすかねー…」(モーガン)
「オイやめろ死に急ぐんじゃねえゴブ?!」
「ホッホーウ? ワシらドワーフの前で飲み比べとな…?」
「「混ぜろ混ぜろホッホッホーウ♪」」
「ヒェッ…!? お、オイラは絶対やらねーゴブ!!」
「とりあえず…大樽を運んできますね…?」(スーリャ)
明らかに酒豪だろ(?)組は当然のように呑み比べ大会を勝手に始める。
「さぁさぁ酋長さま…一献どうぞ」
「若い連中は連中で楽しんでおりますゆえ…」
「秋に仕込んだピクルスが良い加減に漬かっておりますぞ」
「オイ待て俺を年長者にカウントするな…! 俺はまだ若い…青二才だ…!!」
「「「またまたご謙遜を」」」
「ぬわーーーっ?!」
そしてソウタは酒が入ってタガが外れたらしい年長組に絡まれ、
「んむむ…!」
「ギギギ…!」
「ネネとナージャは相変わらずだなー…」
「………………ジーちゃんバーちゃん相手にまでそんな感じはマジでガキだぬー」
「へぇ…?」
「しにたいらしいな、つぶしてやるよ」
「…?! ま、待つんだぬ!? 何処からそのタルをくすねて来たんだぬ?!
すっごい酒臭いんだぬ!?」
「あーあ………僕はソウタ兄ちゃんを援護しに行って来るわ」
「ルヴァル?! お前はそれでも男かぬ!?」
「ソウタ兄ちゃんはこう言うね…"残念だが、童貞は男であって男じゃない"」
「この外道!! ひっ…!? ぬあーーーーーーーーーっ!!」
一部除いて酒は入っていないだろうと信じたい組も各々楽しんでいた。
「はい、あなたもどうぞ」
「あ…う、うん…も、らう…ぞ」
素か緊張か定かではないが、新妻になったエーリンと酒盃を交わすドルク。
「………誰かの結婚式に参加したのは何年ぶりだっただろうか…?」
どうにか年長組から抜け出し、傍らで年寄りに普通に呑まされて
少しフラフラしているルヴァルと新婚夫婦を交互に見つつ、
ソウタは取り止めのない過去に思いを馳せた。
「…む」
この地の特性から地面には積もらないが、鼻先を雪が掠め始める。
「こりが雪見酒ってヤツかにゃー?」
「はぅぅ…調子に乗りすぎましたわん…」
「まだまだぁ…! あらしはまだまだよぉ…!」
「ユガ姐そろそろ水とかに切り替えたほうが…」
「おーがすを舐めんじゃにゃーい!!」
「うわぁ!?」
「ふーん…? トビアくんってやっぱ可愛いわねぇ」
「!?」
「カーヤ…悪乗りはダメ…彼の男心を尊重して」
「…尊重してくれるならボクを援護してくれませんかァ!?」
「…? …なぜ?」
「ふぁっ?!」
「ヨハン君…?」
「ミハル…オレに死ねってのか…?」
「死ぬって?! そんなに苦手なの?!」
「………昔、オレのオフクロがさ…」
「あっ…いや、それ…」
酔いが浅いほうではある酒弱い組は真新しい降雪で新しい話題に賑わい、
「オラァ! 四タル目とっとと持って来いやぁ!!」
「ぐっ…! オレもだ! もちろん強いヤツな?!」
「ホッホーウ? こやつ等中々どうしてやりおるわい☆」
「ワシらも強いチェイサー追加じゃい!」
「ホッホッホ…! ドワーフ特製の火酒の出番じゃーい…!」
「………ぶ、ひぃぃぃ……こ、こんなはずでわわわ…」
「バカな奴ゴブ…人間族相手ならいざ知らず…」
「えーと…あら、倉庫番さんは何処に…?」
まぁ強かろうがアルコールは蓄積している酒強い組の呑み比べは佳境に入り、
「次は誰が夫婦になるのだろうか?」
「スーリャ殿…」
「ほう、死にたいようだな」
「麗しの黒玉石の姫君は貴様ごときには二百年早い…!」
「次はヒブリドの君主ソウタ殿であれば尚良いのだが…」
「よかろう木剣で誰が彼女の伴侶にふさわしいか決めようぞ!!」
「となるとヒブリド騎士団長任命式も兼ねるのが…」
「ふむ…このヴァインはもう少し熟成させたほうが良さそうだな…」
最初からノリノリだったアルプ騎士団関係者は酒のせいもあって
かみ合ってるようで存外バラバラに話していた。
「………五年と経たないうちに…ここも相当賑やかになったな…」
杯の中身を口に含みつつ、ふと年少組を見れば…
「………」
「……………これは…さすがにやばい」
「………あっ」
ヴァイスが普通の人間だったら未成年急性アルコール中毒大事件な状況に
ソウタは口の中の酒を盛大にブッパしつつ駆け寄った。
「ヴぁ、ヴァイスッ!? お前等という奴等は…ッ!! スーリャ!?」
…こんな感じで結局ヒブリド初の結婚式は主役のドルク・エーリン夫妻よりも
参加した面子が悪目立ちする結果に終わったが、参加したメンバーで
記憶が残っている者達からは概ね好評であった。
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そして五年目の春。ヒブリドに転機かもしれない出来事が発生する。
その日は大分慣れてきた春の種まきが終わりかけた頃の事である。
「ボス! ボス! これはちょっとオレらだけじゃ判断がキツいのががが!!」
「……どうした」
春だからなのかは知らないが、ソウタが珍しく熟睡しかけてた昨晩に
例によってネネとナージャが突撃してきた為に撃退から熟睡出来なかったせいで
中々に不機嫌そうな表情のソウタは息が荒い(何しろ大樹の上部がソウタの家だ)
モーガンを睥睨する。
「説明するより実際に見てもらいたいっていうか謁見というか…!」
「…分かったから先に下りていろ」
普段から主に女性がらみで息巻いて助けを求めにくるモーガンなので
今回もまた自分じゃ弁明しきれないバカをやらかしたのかと
眉間のシワを益々増やすソウタだったが、いつものように自宅を出て
大樹の上部から軽くズシンと降り立つものの、そこで待っていたモーガン達…
いや、間違いなく見知らぬ集団に表情が少し堅くなる。
「………知らない顔というレベルじゃないな」
「「………!」」
ソウタの視界に映る見知らぬ集団は、これまでの元奴隷達にエルフ、ドワーフ、
物好き或いは先見の明がある商人とはまるで毛色が違っていた。
「…とりあえず、ようこそ大樹の根元街ヒブリドへ…俺はここでヒブリド町長…
いや酋長をやってるソウタ・カリオだ。お前等は……あー……
失礼を承知で尋ねるが、何処の何種族だ?」
ソウタがそう問うのも無理は無い。挨拶を受ける前というかズシンと
大樹の根元に降り立った段階で跪く集団は他の人型種族と比べて
随分と特徴的な体つきをしていたのだ。
まず第一に、その集団は大きく二つに分かれており、その多くの腕の数が複数。
人間だったら尻部分にあたる所が思い切りクモ類のそれに酷似している。
「………えーっとね…」
「………わ、わらわ達は…」
二つの集団のそれぞれの代表は顔立ちと体つきからして女なのだが、
片方はエルフ寄りな顔立ちで、もう片方に至ってはやはり虫などでお馴染みの
哺乳類などの眼球とは違ってそれ自体は自力で動かすことの出来ない単眼が
おでこ部分に複数見られる。見た感じの年齢はエルフ寄りの方が大人の女性っぽく
おでこに単眼が四つある女はヴァイスとナージャの中間っぽい少女然な姿である。
「あーお先どうぞだし?」
「うむぅ…?! 最初の話と違うでは無いか…?」
やはり彼女等からしてもソウタの姿は見慣れたモノではないようで、
「最初はそなたが先と…」「いやーホラ見た感じは子供に優しそうっぽいし…?」
等あーでもないこーでもないとヒソヒソ話し合っている。
「どちらでも構わんので自分達が何処の何者か言ってくれないか…?
話が進まないと他の住人たちの仕事が止まってしまうんだ」
「「?!」」
声を荒げたつもりは無かったのだが、クモ人間(仮称)の二集団の
それぞれの代表はビクリと跳ねそうになり、当然彼女らに率いられている
他のクモ人たちに動揺の波が広がっていく。
「あぁ…名前と役職だけじゃ足りなかったか…俺は多種万魔喰種という…
どうもこの辺では同族らしい同族の存在が微塵も感じられんナゾ人種なんだ。
そういう意味ではナージャ…」
ちらりとナージャを見れば「兄様ならいいよ」と返される。
「そこにいるナージャは俺同様な感じの半亜爬虫…産生からして
本来は有り得ないはずの人間族と魔物のリザードマンとの混血だ」
「「…!?」」
今度は違う意味でクモ人たちに動揺が走る。
「そ、そこまで言わせてしもうては…わらわ達も相応に返答しようぞ…!
わらわ達は人蜘蛛族…の、ツチグモ氏族じゃ。わらわの名はシゥラリアドネ…
シゥラリアドネ・プリーモタランテッラ・プリンツェーサ!
若輩ではあるが氏族の姫巫女…そちらの酋長どのと似たような立場なのじゃ!」
「あー! あーと!? あーし達も同じアラクネっちゃアラクネなんだけども!?
あーし等はアトラナーカ氏族で! あーしの場合は筆頭氏長って言うし?!
だからあーしは一番偉いわけじゃー無いんで! その辺はご理解頂きたいし!?
あとあとあーし名前はジュディーカ・アトラナーカだし!? 宜しくだし?!」
見た目少女然なシゥラリアドネは先ほどよりは肝が据わった態度で返答し、
逆に大人っぽいジュディーカはまだまだ緊張気味である。
「…とりあえず立ち話というのも難儀だろうから…
おい、モーガン。椅子とかを頼む。スーリャ達は…」
「普通にお茶を出して良いのですか?」
「…ああ…間違っても煎豆茶は出すなよ? 俺の知識がこっちでも
通用するなら、彼女等はカフェで酔っ払ってしまう可能性があるんでな」
「畏まりました。一先ずジャムティーをお出ししてみますね」
「OK、ボス! んじゃー暇な連中は使えそうなイス全部持って来っぞ!!」
>
アラクネ達の臀部は普通の人型種族と違ってクモの腹部後体ソックリなので
アラクネ一人当たりイスを2個以上使う等あったが、その辺りでは最近
ヒブリド女性陣で最も肝が据わり始めているという噂のスーリャが
もしかしたら現代日本トップサービスに匹敵する気遣いで
アラクネ達の緊張感を上手く解してくれたようでどうにかなった。
「集団で押しかけておいて…こうも迎えて頂けたのは真に感謝極まりないのじゃ」
「あーしも氏長代表で本当に有難う御座いますだし…」
立ち上がって深々とお辞儀をする二人に「そこまで畏まるな」と返すソウタ。
「で、飲み食いしながらで構わないんだが…お前達はヒブリドに何の用だ?」
まぁ見た感じ大きな荷物を抱えていた者は少なかったので大体見当はつくが、
一応聞いてみるソウタ。
「「………」」
シゥラリアドネとジュディーカは無言で視線を交わしたかと思えば、
ゆっくりソウタの足元に侍る…というか土下座してきた。
「少しだけ! 少しだけで良いし!」
「この身くらいしか差し出せるモノも無いがわらわ達をしばらくの間
ここに滞在させてくりゃれ!!」
口に含んでたお茶を吐き出さないように頑張ったが、カップの中のお茶は
ダバダバと溢して固まるソウタ。
「「………」」
ゆらぁり…と音がしそうな感じで立ち上がろうとするネネとナージャを
他のヒブリド幹部メンバーが必死に抑え込む。
「風の噂じゃヒブリドは来るモノ拒まず去るモノ追わずと聞いたし!!」
「少しの間でも受け入れて頂けるのであれば! わらわ達にはアラクネの
固有能力である魔力糸で様々な物品を休まず提供するのじゃ!!」
「総代さんの好物だって聞いたワイバーンをも絡め取る
アラクネ特製の投げ網も全力で沢山作るし!!」
実質己の身を投げ売りしてくる行為までは予想してなかったので
ソウタは軽くフリーズしている。彼女達は必死なのかソウタが
ダバァと溢したお茶も舐め取りに来そうな感じになり、例によって
ヤベー幼女と龍女がケタケタ笑い出して抑え込むメンバーは全員顔面蒼白。
「わかったわかった!! 落ち着け! まず落ち着け! もうこのパターンは
正直真面目に胃とかに無視できないダメージがガチでクるんだ!!」
後に「ヒブリド大移民時代の始まり」と銘打たれる出来事だが、
それを銘打った人物が何者なのかは今も不明である。
9:四度目の冬、五度目の春と大移民時代?(終)
ウルトラ閲覧アザーッシター!!